古本屋の覚え書き このページをアンテナに追加 RSSフィード


WWW を検索 古本屋の覚え書きを検索

2009-02-19

宮本省三


 1冊挫折。


 挫折8『リハビリテーション・ルネサンス 心と脳と身体の回復 認知運動療法の挑戦』宮本省三(春秋社、2006年)/認知運動療法に関する専門書。文章は上手いのだがバランスが悪い。批判を羅列し過ぎ。「ならない」の多用も目立つ。学生運動のアジ演説さながら。著者の性格が独善的なのか、あるいはリハビリ業界に対する怒りが勝ち過ぎているのだろう。致命的なのは、仮説を引用して断定しているところ。長い文章だと馬脚を露わすので、新書を書いた方が無難だと思う。偉そうな態度が気に入らず78ページで断念。PT(理学療法士)、OT(作業療法士)、ST(言語聴覚士)の賃金を鑑みれば、著者はあまりにも多くのことをセラピストに望み過ぎている。

「夜霧よ今夜もありがとう」ちあきなおみ


 この曲を聴いてからというもの、完全にハマってしまった。


D


決定盤シリーズ ちあきなおみ大全集

亀田大毅とメディアの豹変/『テレビ救急箱』小田嶋隆


 テレビはいつだって「利用できる人」を探している。少しばかり注目が集まると、直ぐにハシゴをかける。で、雲行きが怪しくなった途端、ハシゴを外してみせるのだ。


(※亀田)大毅の態度は擁護できない。容認もできない。が、パンチは、自分に返って来る。ボクサーというのはそういう存在だ。ボクサーである以上、下品なマナーはファンの反発を買うし、分不相応な大言壮語は赤っ恥の原料になる。天に向かって吐いた唾は残らず自分の顔に落ちて来るし、傲慢は惨敗というこれ以上ない屈辱として、わが身に返って来る。おまけに反則はライセンス停止を招き、不用意な切腹発言は、本人の背中に臆病者の烙印を焼き付ける結果になった。で、ひっくり返った亀は、二度と起きあがれない。あわれだ。

 一方、亀の背中に乗って竜宮城で遊んでいた連中は、まったくの無傷だ。

 みのもんたは、一番はじめに手の平を返した。テリー(伊藤)に至っては、亀田を非難するのみならず、TBSはぬるいとまで言い切った。これまでずっとそのTBSの番組内で全力を挙げて亀田を擁護し、亀田関連の仕事で一番潤ってきたのがほかならぬ自分自身であるにもかかわらず、だ。


【『テレビ救急箱』小田嶋隆中公新書ラクレ、2008年)】

 ブラウン管の向こう側にいるのは、「泳ぐのが巧み」な連中ってこと。彼等はテレビ局の意向に従って、踏みつけるべき人を踏みつけながら、この世を渡り歩いているのだ。


 それにしても、小田嶋隆のこの「亀」技は圧巻。

テレビ救急箱 (中公新書ラクレ)

龍樹、世親は『法華経』の本質をつかんでいない/『蓮と法華経 その精神と形成史を語る』松山俊太郎

    • 龍樹、世親は『法華経』の本質をつかんでいない

 松山俊太郎はサンスクリット学者という立場で蓮の研究をしている人物。

 法華経とは妙法蓮華経の略であるが、この「蓮華」に関する考察が対談形式で述べられている。要となっているのは「白蓮華」と「紅蓮華」の違い。そして、「白蓮華」が象徴しているものは何か。


 松山俊太郎の手に掛かると、龍樹や世親すらバッサリ切って捨てられる――


松山●わたくしの見るところでは、『大智度論』の作者とされる龍樹や『法華経論』の作者とされる世親は、ともに大学匠でありながら、『法華経』の本質を掴んでいません。

 その原因は、〈法華教団〉の滅亡のために、『法華経』の〈秘密の口伝〉が、二人の耳まで届かなかったからだと考えられます。

 この〈秘伝〉の亡佚(もういつ)のために、中央アジア出身の羅什三蔵は、『法華経』梵本の文面に〈不充足〉を感じざるをえず、漢訳するに当たって、いささかの粉飾を敢えて施しましたし、その羅什訳『妙法蓮華経』に基いて、天台智ギは、インドの原作者たちが思いも掛けなかったような、壮麗な思想体系を築き上げました。

 もしインドの〈法華教団〉が後代まで存続していれば、教団の内部で保持してきた知識をもとに、『法華経』の〈注釈書〉や〈解説書〉が著されたはずですから、好くも悪しくも、『法華経』の解釈は、インド色の強いものに狭められたでしょう。

 そうなると、智ギの思想体系も、まったく成立しなかったか、成立しても、現存のものとはまったく違ってた可能性が大きいと思います。

 また、中国にも日本にも、『法華経』を研究する学僧は跡を絶たなかったのですが、『法華経』の広宣流布を実践したのは、日蓮が始めでしょう。もしかすると、インドの〈法華教団〉は、広宣流布を実行に移す前に亡びてしまったのかもしれませんから、日蓮が世界史上で最初の〈広宣流布の実現者〉である公算はかなり大です。しかも、今日、『法華経』がアジア以外の地域に広がりつつあるのは、ほとんどすべて日蓮の流れを引く人々の活動によるのですから、インド人の夢を、日本人が主体となって果たしていることになります。

 さらにいえば、天台智ギの業績は、『法華経』の秘奥まで見抜いていないために、あえていえば〈創造的誤解の産物〉といった観がありますが、日蓮は、そのインド人では達成できなかった部分を吸収するとともに、鍵なしで鍵の掛かった扉を自在に開けるようにして、〈不生不滅の妙法蓮華経〉まで洞察しています。

 その辺までは、わたくしにも推測できるようになったつもりですが、それから先のことは想像もつきません。

 こうして三国の〈『法華経』受容史〉をたどってみると、インドで一度、『法華経』の信仰が絶えたことが、『法華経』と人類にとっては、むしろ幸運だったのではないかと思われてきます。


【『蓮と法華経 その精神と形成史を語る』松山俊太郎(第三文明社、2000年)】


 法華経が革新的であったために、法華経を構築したグループが「聞いただけではわからない仕掛け」を盛り込み、その鍵を「口伝」として真正の行者にだけ伝えた。そして、その鍵こそ「白蓮華」である。これが松山の主張だ。凄い。凄過ぎる。だって、松山は龍樹ですら窺い知ることのできなかった法華経の真意に辿り着いてしまっているのだ。


 松山の最大の武器は、文献学的考証に立脚しながらも、原理主義の陥穽(かんせい)に落ちていないところにある。自由闊達な対談は、まるで床屋談義の趣すらある。


 法華経の各品(かくほん)が形成された時系列にまで考察が及び、研鑚の凄まじさを知ることができる。

蓮と法華経 その精神と形成史を語る