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2009-02-22

イェーリング、森本哲郎


 1冊挫折、1冊読了。


 挫折9『権利のための闘争』イェーリング/私が読んだのは小林孝輔、広沢民生訳(日本評論社、1978年)。28ページで挫ける。傲慢な保安官を思わせる文体にウンザリ。1872年に行った講演の原稿が元になっているとのこと。先住民(インディアン)や黒人の権利は不問に付しながら偉そうなことを言うんじゃねえやい、という心持ちになる。


 28冊目『生き方の研究』森本哲郎(新潮選書、1987年)/久し振りに森本哲郎を読む。リリシズムが蝶のように舞っている。文体が深代惇郎とよく似ている。歴史上の様々な人物を取り上げ、生き方を問う。引用されている書籍も豊富だが、決してそれらに寄り掛かっていない。手放しで絶賛しても、必ず自分の言葉が加えられている。そこに森本哲郎の確かな思索の軌跡がある。特に、『ロビンソン・クルーソー』の章は痺れた。ため息が出るほどの文章だ。

「上を向いて歩こう」坂本九、近藤房之助、忌野清志郎


 同じ曲でありながら、それぞれカントリー、ブルース、ロックンロールという味つけの違い。歌手の力量が、歌の力を見事に引き出している。近藤房之助の声の表情と陰影、忌野清志郎のねばっこくからみつくようなヴォーカルが圧巻。


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コンプリート・オブ・近藤房之助 at the BEING studio


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社内主義から社外主義への転換/『スーパーサラリーマンは社外をめざす』西山昭彦


 ビジネス書ではあるが、日本人の内向性を見事に言い当てている。組織の内側に向かうエネルギーが、企業から体力を奪い取っている。


 この数年間、多くの企業の部課長と議論を重ねた結果、一つの結論に達した。これから日本企業が発展していくには、「社内主義」を転換し「社外主義」の道を歩む以外にないということである。社内主義とは、社員が主として社内を向いており、その結果として過度の社内サービス、内部調整、人脈づくり、社内情報収集などが起こり、付加価値創造に結びつかないエネルギーが過剰に費やされる状態である。

 そんなことは、わかっている、もうすでに改善してきたという経営者がいるかもしれない。しかし、筆者が事務局を務めるわが国最大の異業種交流会、アーバンクラブ(会員数1100人)に加盟する部課長114名のアンケート(1995年12月)によると、仕事を進めるうえでのエネルギー投入は、社内が66%、社外が34%、社内での過度のつきあいや根回しを圧縮し、社外に向かって仕事をするための改革が必要という人が89%にのぼっている。

 ある企業の営業部では、部長が管理職を毎夜会議室に集め、酒を飲みながら10時までつきあわせる。その結果、管理職は疲れがたまり、仕事に身が入らないという。また、別の会社では、毎週1回の部長会議のために、各部の社員が必死に分厚い資料をつくるが、その多くはほとんど読まれることなく捨てられていくという。さらに、役員から呼ばれたので、顧客とのアポをキャンセルする。せっかく他部門からいい案が出てきても、自分の部門の発案でないので得点にならないと潰してしまう。こんな事例が山のようにある。こんなことをしていて、人件費世界一の日本企業が、国際競争に勝てるはずがない。

 日本全体で膨大なむだなエネルギーが浪費されており、ここにメスを入れることが日本企業の再生と日本経済の発展に不可欠になっている。

 社外主義とは、社員の目が主として社外を向いており、社内調整やつきあいが最小限に圧縮され、社会に最大の付加価値を生み出すためにエネルギーが使われる状態である。いまこそ、社内主義から社外主義への転換を進めなければならない。


【『スーパーサラリーマンは社外をめざす』西山昭彦(読売新聞社、1996年)】


「敵は本能寺にあり」ってわけだ。しかしながら、組織という体制がヒエラルキーによって支えられている限り、内部構造における不要なエネルギーは常に浪費されることになる。問題は、これが新陳代謝なのか、はたまた腫瘍なのかということだ。進行性の癌であれば、会社の存続も危うくなる。また、末端社員に過大なストレスがのしかかっているような企業は、手足が自由に動かなくなった状態といえる。


 人体こそ理想的な組織とすれば、トップ(脳)からの指示系統というタテの線は不可欠だ。ただ人体は、脳からの中枢神経だけで機能しているわけではない。運動器系、循環器系、内臓系、感覚器系という多重構造が人体を成り立たせている。

 この多重構造を社内でいかに組織化するかが、経営者の力量なのだろう。健全な組織を構築すれば、次に衣服や武器が必要な段階となる。

スーパーサラリーマンは社外をめざす

G・H・ハーディはラマヌジャンを警戒した/『無限の天才 夭逝の数学者・ラマヌジャン』ロバート・カニーゲル


 ハーディは当代きっての数学者であった。しかし、このケンブリッジ大学教授ですら、ラマヌジャンの数学理論を「狂人のたわごと」程度にしか思っていなかった。ハーディ以外の数学者にもラマヌジャンは手紙を出していたが、誰一人としてまともに扱おうとする者はいなかった。そう。ラマヌジャンの頭脳は桁外れだった。


 賢明な警戒だった――溝は確かに深かったのだから。ハーディにすれば、ラマヌジャンの送りつけてきた定理の山はまるで異郷の森であった。ひとつひとつ木であることはわかるのだが、あまりに珍種なのでどこか他処の星からやってきたもののように思われたのだ。彼をまず驚かせたのはラマヌジャンの定理の奇抜さであって、その輝かしさではない。「このインド人は一種の狂人なのだろうか?」。友人のスノウによると、ハーディにとって、見知らぬ人から奇想天外の原稿を送りつけられるのは日常茶飯事だった。大ピラミッドの預言の謎解きをしたとか、大シオンの啓示の意味がわかったとか、シェークスピア劇にベーコンが挿入した秘密の暗号を解読したとか……


【『無限の天才 夭逝の数学者・ラマヌジャン』ロバート・カニーゲル/田中靖夫訳(工作舎、1994年)以下同】


 ハーディは、同僚のリトルウッドの手を借り何日もかけてラマヌジャンの数式の確認作業に取り組んだ。

「お初にお目にかかったこれらの定理が最高クラスの数学者にしか創造しえないことは一目瞭然だった」。そして、ハーディ流の典雅な言い廻しでこう付け加えている。「これらの定理は正真正銘のものに違いない。もしそうでないとすれば、一体誰がそれを捏造(ねつぞう)するだけの想像力をもっているというのか」。


 こうして、インド国内では理解されることのなかったラマヌジャンに、世界の扉が開(あ)けられた。後年ハーディは語った。「私の生涯最大の業績は、ラマヌジャンを発見したことだった」と。だが、そうではなかった――


 ラマヌジャンの真価を見抜く人物がインドにいなかったのも別段驚きではない。最上級の数学教育を受けたハーディは当時イギリス最高の数学者であり、最新の数学思想にも目を配り、しかもラマヌジャンが開拓した分野は彼の専門領域だった。その彼でさえラマヌジャンの定理に接するや、「このようなものは一度もみたことがない」と当惑したのだから。ラマヌジャンの研究を理解できず、自らの判断に自信がもてなかったのはインドの人たちばかりではない。ハーディとて同じなのだ。実のところ、今日彼の名誉とされているのはラマヌジャンの天分を見抜いたことではない。懐疑主義という己の壁を自ら打ち崩したことなのである。


 数学という知の系譜が出会うべくして、二人を邂逅させたのだ。いつの時代も、運命という偶然の底に流れる血脈がつながった時、人類史は大きく様相を変えてきた。


 数学がラマヌジャンを世界の檜(ひのき)舞台へ引き上げた。そして、ラマヌジャンは不遇の中で死を迎えることになる。何という運命の悪戯(いたずら)か。天才数学者の悲しい人生。この落差がラマヌジャンの存在を一層際立たせている。

無限の天才―夭逝の数学者・ラマヌジャン

日蓮の『立正安国論』/『鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮』戸頃重基


 日蓮の思想は右翼に利用されてきた歴史がある。


 ところで、北(一輝)、石原(莞爾)両者とも熱烈な日蓮信者であったわけだし、後述する井上日召日蓮宗僧侶であった。日本の「右翼」とされる人物には日蓮信者が多い。


昭和の右翼思想について


 我々は(変な言葉だが)昭和ファシズム国粋主義者や天皇主義者によってもたらされたと習った。だが実際には国策を主導したスーパーエリートらは、国粋主義者や天皇主義者というより――或いはそれ以前に――日蓮主義者だったということだ。


【「亜細亜主義と日蓮主義宮台真司


 鎌倉時代にあって国主に諫言(かんげん)を繰り返し、蒙古襲来と内乱を予言した日蓮を、国粋主義につなぐのは容易だ。蒙古の攻撃が神風によって封じられたエピソードを盛り込めば、もう完璧。


 宮台真司のテキストは興味深いものだが、社会におけるパラダイムシフトの有効性に重きを置いたものであって、思想の正当性に言及したものではない。ここ要注意。宮台流のアジテーションであると私は読んだ。


 日蓮の『立正安国論』は、天災地変や内憂外患の根源を思索した結果、とくに法然の念仏を禁止して、国土全体が正法たる『法華経』に帰依しなければ、安国にならないことを諌暁(かんぎょう)する、壮年の血気あふれた論書である。それは、「立正」の確立によってのみ「安国」の理想が実現されることを主張した、破邪顕正(はじゃけんしょう)の論書であった。この論書のなかで、日蓮がとくに法然の念仏を排撃していたのは、念仏が、現実の国土問題に対し、人びとの関心をあの世にすり変(ママ)えてしまうことを恐れたからである。天災地変や内憂外患から、国土の安全を守らなければならないときに、人びとが念仏信仰にひたって、ただわが身の後生(ごしょう)を願うだけにとどまることを、日蓮は極度に恐れていたのである。日蓮の立正安国は、もはや旧仏教の鎮護国家思想のむし返しではなかった。


【『鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮』戸頃重基〈ところ・しげもと〉(中公新書、1967年)】


 日蓮が他宗を排撃したのは、教団勢力拡張を目的としたわけではなく、現実から逃避し、体制に額(ぬか)づくという、無気力を助長する教えであった。それは、「もはや旧仏教の鎮護国家思想のむし返しではなかった」――この指摘は鋭い。


 この世を否定し、あの世の幸福を説く宗教はおしなべて邪教といってよい。人々から「生きる力」を奪って、知らず知らずのうちに権力者に迎合する態度が身につくからだ。哲学にせよ、宗教にせよ、そこに求められているのは「現実を変革し得る力」である。


 人々を無気力に陥れる本質的な課題は貧・病・争であろう。そして大衆消費社会、情報化社会においては、新たな別枠での貧・病・争が形成される。タテ階層の無限連鎖。これぞ無間地獄。

鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮