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2009-02-25

進化する進化論 米国事情


創造説のナンセンスな変異


《G・ブランチ/E・C・スコット(全米科学教育センター)》


 生物は進化したのではなく、クリエーターたる神が創造した……。米国では創造論者たちが依然として公立学校での進化教育に反対する運動を続けている。創造説を進化論に代わる信頼できる説であるかのように装い、「インテリジェント・デザイン」という名前をつけて偽装するなど、その戦術を巧妙に適応させてきた。また、進化に関して科学的な異論があるかのように偽って伝える、創造説教育の擁護は学問の自由を守ることであると装ってみせる、などの戦術もある。

 いくつかの州で立法化されたアンチ進化論法がなぜ悪質かは明らかだ。創造説を科学的に信用できる説として教えるか、進化論に科学的な異議があるとミスリードすることによって、進化について生徒に誤った教育を行うよう、教師と地域の学区を仕向けている。進化科学の広範な領域は、どこから見ても科学的に確立したものだ。公立学校の教科書とカリキュラムは、そうした基本的で明快で異論のない事柄を正確に提示している。進化論が危機にさらされた説であると生徒たちに教えるのは、端的にいって、ウソを教えることだ。

 さらに、このウソは危険なウソだ。現代進化論の確立に貢献した遺伝学者ドブジャンスキー(Theodosius Dobzhansky)が36年前にいみじくも述べたように、進化に照らして考えない限り、生物学のすべては意味をなさない。進化なしでは、なぜ生物界が現在あるような形で存在し、別の様相にならなかったのかを説明するのは不可能だ。進化について適切な知識を得る機会が生徒に与えられなかった場合、基本的な科学リテラシーを欠いてしまうだろう。この科学リテラシーは、医学やバイオテクノロジー、環境に関する問題がますます重要になる未来において、労働者と消費者、政策担当者に不可欠だ。

 こうしたアンチ進化論法案の通過はつまるところ科学ではなく政治から生じるものであり、これを根本的に断つのは科学の進歩にはよらない。科学教育の健全性を心配する市民が、そうした立法化の動きに終止符を打つべく進んで行動することが必要だろう。


【『日経サイエンス』2009年4月号】

えひめ丸事故で「やむなく沈没」 閣僚経歴に絡み笹川氏発言


 自民党の笹川尭総務会長は24日夜、都内で開かれた党参院議員のパーティーであいさつし、平成13年に起きた米原潜と実習船えひめ丸の衝突事故への対応で退陣に追い込まれた森内閣で閣僚を務めた自らの経歴に触れ、「ゴルフをやっていて閣僚を首になったわけではないが、あれでやむなく沈没した」と発言した。

 死者9人を出した惨事だけに不適切な表現との批判も出そうだ。笹川氏は共同通信の取材に「米潜水艦のせいとはいえ人命が失われたのだから当時の閣僚は責任を取った。人命は重く、閣僚の責任も重いということを言った」と説明した。

 えひめ丸事故当時、森喜朗首相はゴルフ中で、事故の報告を受けた後もゴルフを続けたとして批判され4月下旬に退陣した。笹川氏は総合科学技術会議担当相だった。


【産経新聞 2009-02-25】

挨拶のできない人々


 仕事上で様々な企業や店舗へ行くが、挨拶のできない人を時折見かける。私は声が大きいので、聞こえないということは考えにくい。「多分忙しいのだろう」「きっと心に余裕がないのだろう」と思うように努力しているのだが、あまり上手くゆかない。


 私の実家は幼少の頃より来客が多く、きちんと挨拶をしないとゲンコツが飛んできた。教育方針といった大袈裟なものではなかったことだろう。ただ、当たり前のことを当たり前にやれ、といった雰囲気であった。だから近所でも「あそこの子は本当にしっかりした挨拶をする」と評判だった。


 何度か足を運んでいるうちに、挨拶できない人の輪郭が見えてくる。彼、あるいは彼女達は上司に対して挨拶を欠かすことはない。つまり、スネ夫がジャイアンを無視することがないのと同じだ。ということは、私はのび太なのか。


 挨拶のできない連中は、一瞥をくれた瞬間に上下関係や社内力学を判断し、無視しても構わない相手かどうかを選別しているのだ。やっぱりスネ夫だ。


 挨拶というのは、社会に向かって自分の心のドアを開く営みであると私は考えている。つまり、「挨拶をできない」という反応の鈍さが、必ず生活や人生に反映しているはずだ。連中に子供がいたとすれば、子供の反応を敏感に察知し、喜怒哀楽を共有することは難しいだろう。


 挨拶しない奴を見る度に、「ケッ、こんなところに犬のクソが落ちてやがるよ」と私は心で罵ることを励行している。一度でも挨拶を欠いた人物に、私の方から挨拶をすることはない。挨拶の道は厳しいのだ。

「孤独な詩人」忌野清志郎


 どんとの曲を清志郎が歌っている。2006年1月に開催された「どんと紅白」というステージ。自家薬籠中の物とした観がある。ローリング・ストーンズの「Like a Rolling Stone」を彷彿とさせる。ソウルフルなバラードが魂をビリビリさせる。是が非でも清志郎のCDに収録してもらいたいものだ。


D


DEEP SOUTH

サラエボ紛争を生き抜いた子供達/『失われた思春期 祖国を追われた子どもたち サラエボからのメッセージ』堅達京子


 はっきり書いておこう。作品としてはイマイチだ。だが、サラエボの子供達の言葉の数々は一読に値する。否、そのためだけに対価を支払ったとしてもお釣りが来る。


「そしてぼくは、ぼくらの国の言葉で書かれ、ぼくらの国の俳優が演じているこの作品を、サラエボで上映することで、苦しんでいる子供たちに、ほんの少しだけの喜びを、ほんの少しだけの微笑を、ほんの少しだけの感動を与えてやりたいんだ。そして何より、彼らに会いたいんだ。特別なことは何もない。ただ、彼らが生きているのをこの目で見て、この手で触って、楽しく語り合って、そしてこの映画を一緒に見たいんだ」


【『失われた思春期 祖国を追われた子どもたち サラエボからのメッセージ』堅達京子〈げんだつ・きょうこ〉(径書房、1994年)】


 逆境が魂を崇高にするのか。はたまた、悲惨が心に悟性を開花せしめるのか。こんな美しい言葉が次から次と、インタビューに応じて溢れ出る。


 10代でありながらも、少年少女達は既に私の何倍もの人生を知っているのだろう。彼等は確固たる“人間”だ。私以上に人間だ。

失われた思春期 祖国を追われた子どもたち

不可触民=アウトカースト/『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール


 いつの時代も歴史は勝者によって綴られる「後出しじゃんけん」だ。負けた人々は「ずるいよ」と言うことも許されない。勝てば官軍、負ければ賊軍だ。


 インドといえばガンディーである。インド独立の父と呼ばれ、マハトマ(偉大な魂)と称えられた。私も「何となく」尊敬していた。さしたる理由もなく凄い人物だと思い込んでいた。遠くの山河が美しく見えるように、遠い過去の歴史もまた美しい。距離は汚穢(おわい)を隠す。50メートル離れれば、あなたも美人に見えるはずだ。きっと。


 マハトマ・ガンディーは不可触民制廃止のために戦った。しかし彼は、一度としてカースト制度を否定したことはなかった。ガンディーが目指したのは、不可触民(アウトカースト)をカースト内の最下層に収めることだった。カースト万歳。ガンディーはバラモン階級出身だ。(※ヴァイシャ出身とのこと)

 不可触民の権利のために立ち上がったのはアンベードカルであった。インドにこれほどの巨人がいたことを私は知らなかった。それは恥ずべきことであった。“虐げられた人々”は“人類の苦悩”を体現する人々だ。であるが故に、人間扱いされない人々のために戦う勇者は、人類の苦悩を救う菩薩に等しい。アンベードカルは生涯にわたって、不可触民として生き抜いた。


 アンベードカルは、貧しい不可触民の家に生まれた。

 不可触民というのは、ヒンズー社会の最下層階級であり、太古の昔からカーストヒンズー(不可触民以外のヒンズー教徒)によって“触れるべからざるもの”として忌避されてきた。

 1950年、インド新憲法がこの不可触民制を廃止するまで、不可触民階層は“触れるべからざるもの”“近寄るべからざるもの”“視るべからざるもの”という三つのクラスに区分され、徹底的に差別されてきた。その数約6000万。3億のヒンズー教徒の20パーセント、5人に1人が不可触民であった。


【『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール:山際素男〈やまぎわ・もとお〉訳(三一書房、1983年/光文社新書、2005年)以下同】


 ビーム(※アンベードカル)兄弟はいつも教室の隅っこに、家から持ってきたズック袋を床に敷いて座らせられた。それが不可触民の子弟への当然の扱いであった。多くの教師は面と向かって教えることも、質問することすら避けた。言葉をかけるだけで“穢れる”からだ。兄弟はのどが乾くと、誰かが水をのどに流しこんでくれるのを待つしかなかった。飲水に手を触れることは絶対許してもらえなかったからだ。


「穢(けが)れ」だとさ。罪もない人々を差別する自分達の薄汚い精神構造を不問に付して、よくもそんなことが言えたものだ。アーリア人のインド支配から生まれたカースト制度は、2500年もの間にわたってインドをがんじがらめにしてきた。これに勝る緊縛プレイはない。究極のSM思想――それがバラモン教でありヒンドゥー教の正体だ。あのガンディーですら差別思想から解放されることはなかった。

 赤道の直ぐ上に位置するインドで、飲み水を制限されることは文字通り死活問題となる。金がないことよりも切実だ。特定の人々をばい菌扱いするような思想は、今尚インドを支配している。

アンベードカルの生涯 (光文社新書)