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2009-02-26

S・J・ローザン


 1冊読了。


 29冊目『ピアノ・ソナタ』S・J・ローザン/直良和美〈なおら・かずみ〉訳(創元推理文庫、1998年)/シェイマス賞なんてのがあったんだね。さほど期待はしていなかった。表紙がどことなく『A型の女』(マイクル・Z・リューイン)を思わせた。物語は淡々と進む。舞台がアメリカだとは思えないほど静かに。私はイギリスのように思えてならなかった。主人公のビルがどうしてもヤンキーに見えない。謎解きはあるのだが、プロットを支えているのは魅力的な登場人物だ。キャラクター作りは似ていないものの、筋運びが藤原伊織を彷彿とさせる。アイダの人物造形が秀逸。ピアノ演奏の描写も素晴らしい。中高年向けミステリと言っておこう。

世界の金融システムは実質的に崩壊した=ソロス氏


 著名投資家のジョージ・ソロス氏は20日、世界の金融システムは実質的に崩壊した、とし、危機が短期間で解決する可能性は見えていない、と述べた。

 ソロス氏は米コロンビア大学で、動揺は大恐慌時よりも大きい、との見方を示し、現状をソビエト連邦の崩壊に例えた。

 同氏は、2008年9月の米リーマン・ブラザーズの経営破たんが市場システム機能の転換点だった、と述べた。

 ソロス氏は「われわれは金融システムの崩壊を目撃した」とし、「金融システムは生命維持装置につながれた。今もまだ同じ状態にあり、景気の底入れが近いとの兆しはみえていない」と述べた。

 オバマ米政権の経済再生諮問会議議長を務めるボルカー元米連邦準備理事会(FRB)議長もこの日、世界の鉱工業生産は米国よりも速いペースで減少している、と述べている。

 ボルカー氏は「大恐慌も含め、いかなる時代においても、全世界で景気がこれほど急速に悪化するのを見たことがない」と述べた。


【ロイター 2009-02-23】


ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ

「同じ列車に乗ることはない」SION


 YouTubeで偶然見つけた歌手。福山雅治が熱烈なファンだってさ。度肝を抜く声は、まるでトム・ウェイツ浪曲を唸っているような印象。曲調がどことなくソ連のウラジミール・ヴィソツキーに似ている。妙に後を引く不思議な声だ。


D


住人~Jyunin~

『歓喜の街カルカッタ』ドミニク・ラピエール/長谷泰訳(河出書房新社、1987年)


歓喜の街カルカッタ(上) 歓喜の町カルカッタ(下)


『パリは燃えているか?』の著者が、マザー・テレサの国インドで体験した、愛とヒロイズムの大型ノンフィクション。


 この街には、西欧の豊かな町のどこよりも、ヒロイズム、思いやり、そして喜びと幸福があった。

豊かな生命力は深い矛盾から生まれる/『不可触民 もうひとつのインド』山際素男

 山際素男を初めて読んだが、この人は文章に独特の臭みがある。漬け物や演歌と似た匂いだ。漢字表記や送り仮名までが匂いを放っている。


 だが、これは名文――


 生命というものは、矛盾(むじゅん)そのものを一瞬一瞬、あわやというところで乗り越え、乗り越え損(そこ)ない、といった際(きわ)どい運動の非連続的連続のくり返しの中に存在するものであろう。

 だから、生命力が豊かだということは、より深い矛盾の中から生れてくるなにものかでなくてはなるまい。


【『不可触民 もうひとつのインド』山際素男〈やまぎわ・もとお〉(三一書房、1981年)】


 一読後、再びこの文章を目にすると「そいつあ奇麗事が過ぎるんじゃないか?」と思わざるを得ない。多分、インドの豊穣な精神を表現したものだろう。しかしながら、インドが抱えてきたのはカースト制度という「桁外れの矛盾」であった。


 暴力の社会階層化、差別の無限システム――これがカースト制度だ。インドは非暴力の国であり、核を保有する国家でもある。そして中国同様、文化・宗教・言語すら統一されていない巨大な国だ。大き過ぎる危うさを抱えているといってよい。


 山際の文章に何となくイライラさせられるのは、「矛盾を肯定するものわかりのよさ」を感じてしまうためだ。所詮、傍観者であり、旅行者の視線を脱しきれていない。苦悩に喘ぐ人々に寄り添い、同苦し、何らかの行動を起こそうという覚悟が微塵もない。「本を書くためにやってきました」以上である。


 読みながら何度となく、「山際よ、インドの土になれ! 日本に帰ってくるな!」と私は叫んだ。だが私の声は届かない。だって、30年前に出版された本だもんね。


 差別は人を殺す。ルワンダの大量虐殺もそうだった。人類は21世紀になっても尚、差別することをやめようとはしない。きっと差別せざるを得ない遺伝情報があるのだろう。問題は、自由競争のスタート地点で既に厳然たる差別があることだ。

不可触民 もうひとつのインド 不可触民―もうひとつのインド (知恵の森文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

ガンディーはカースト制度の信奉者であった/『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール


 歴史は粉飾される。目一杯化粧を施し、ロンドンブーツを履き、更に竹馬に乗ることも珍しくない。嘘と欺瞞と修正主義がセットメニューになっている。歴史とは権力者の都合次第で書き換えられる物語だ。


 ガンディー、アンベードカルは全く異った形で不可触民解放に向って進んだ。

 ガンディーはカースト制の信奉者であった! 彼の狙いとするところは、カースト制はそのままにし、不可触民制だけを廃止して不可触民を第5位カースト民の地位に引き上げようというものであった。ヒューマニストとして彼はこれら抑圧された人びとに心から同情し、カーストヒンズーたちの手によってひどい目に遭わされていることに心を痛めたのである。だから彼は、彼の運動の支持者であり後援者であるオーソドックス・ヒンズーの資本家たちを刺激しないよう常に非常に注意深かったのである。彼は幾百万のこれらの無知な、訴える術も知らぬ無辜の民が回教やキリスト教に無理矢理改宗させられていることに反対して指一本上げようとはしなかった。ガンディーのやり方は改良主義的であり、アンベードカルのように、この社会を根本から建て直す革命を目指すというより、傾きかけた古い家を改築しようというものであった。


【『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール/山際素男訳(三一書房、1983年)】


 目的が方法を決定する。ガンディーとアンベードカルは目指す目的地が違っていた。ガンディーはインド独立を目指した。そして、カースト制度という牢獄内で不可触民のために屋根を設けようとした。ただし、牢獄の壁を壊すことは許さなかった。ここにアンベードカルが対決せざるを得ない原因があった。


 商社の顧問弁護士として赴任した南アフリカで、ガンディーは屈辱的な差別を受けた。一等車に乗っていたところ、インド人(有色人種)であることを理由に、車掌の手で列車から突き落とされたのだ(※「イーチ大塚の感動スイッチ」による)。


 ということは、だ。ガンディーが南アフリカで体験した人種差別というのは「インド人差別」であって、肌の色や国家の違いによる差別であった。後年、ガンディーがカースト制度を死守しようとしたことを踏まえると、「同じ人間ではないか」という感受性は生まれなかったのだろう。ガンディーの矛盾は、差別のダブルスタンダードを自覚できなかったところにある。

アンベードカルの生涯 (光文社新書)