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2009-03-20

コロンブスによる「人間」の発見/『聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か』岡崎勝世

 新書だからとナメてかかると大変な目に遭う――そう思い知らされた。興味のあるテーマだが、とにかく難解。序盤では、論旨がどこへ向かっているのか、概念がどのようなものなのかすら理解できなかった。白状しておくと「俺には無理だな」と5回くらい本を閉じた。


 ヨーロッパにおける世界史(あるいは普遍史)は、歴史上の出来事を聖書に無理矢理はめ込むことだった。ま、世界をヨーロッパに閉じ込めようとしたわけだ。


 ここに「聖書」という名のジグソーパズルがあるとしよう。ヨーロッパの連中はジグソーパズルが“世界の全てだ”と考えていた。ところが、コロンブスがアメリカ大陸を発見し、マゼランが世界を一周したりして、次々と新たな、そして豊富なジグソーピースが発見された。「これは、まずい」とヨーロッパ人は思った。そこで、完成済みのジグソーパズルを押したり寄せたりして隙間(すきま)をつくり、アメリカやアジアの歴史を強引に押し込んだってわけだ。異形のジグソーパズル――これが聖書を基準にした普遍史だった。


 コロンブスが発見したのは、単に「新大陸」だけではなかった。第1回航海の帰路の船上で書いた手紙で、今日のキューバ、ハイチなどの島々発見の事情などを報告しつつ、「これらの島々で、私は今日まで、多くの人が考えているような怪物に会ったことがありません。それどころか誰も彼も皆姿よく、その色も、垂れ下げている髪以外は、ギネアの人間のように黒くありません」(『クリストバル・コロンの四回の航海』大航海時代叢書第一期第一巻、岩波書店、69頁以下)と書いている。コロンブスは、怪物ではなく、そこで「人間」を発見したのである。


【『聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か』岡崎勝世〈おかざき・かつよ〉(講談社現代新書、1996年)以下同】


 コロンブスの手紙の言葉は、ヨーロッパ人自身が、それまでの「化物世界誌」を自ら打破していく、第一歩となった。その歩みは、このような状況の中では、急速に進むというわけにはいかなかった。とはいえまた、この認識は、古来の「化物世界誌」と共存しながらも、しかしアズテック王国征服(1519)、インカ帝国の征服(1521)など、スペイン人の「新大陸」進出のなかで、次第に、着実に広がっていく運命にもあった。


「化物世界誌」とはヘレフォード図に描かれた世界観のこと。ヨーロッパから見た世界の果て――つまり、アフリカやアジア――には化物(ばけもの)が棲んでいると当時の人々は信じていた。更に、ヨーロッパ人が言うところの「理性」とは、キリスト教を理解できることだった。何たる傲慢か。「全知全能」という思い上がりが、このような発想を生むのだろう。


 コロンブスは先入観の強い人物だったと見える。彼は死ぬまでアメリカ大陸をアジアだと思い込んでいた。新大陸であると言ったのはアメリゴ・ヴェスプッチであり、彼のファーストネームから「アメリカ」という名称がつけられたのだ。


 そしてコロンブスはアメリカ先住民を大量虐殺し、奴隷にした。世界史はいまだに聖書中心の記述が行われており、欧米列強は平然と有色人種を殺戮し続けている。

聖書vs.世界史―キリスト教的歴史観とは何か (講談社現代新書)

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