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2009-03-28

オーストラリア・カジノとつながるヴァチカン財務部/『無境界の人』森巣博


 森巣博(もりす・ひろし)はオーストラリア・カジノを拠点とする博徒(ばくと=ギャンブラー)である(森巣は「カシノ」と表記している)。本書のテーマは「日本人論」であるが、自在な筆致はギャンブル哲学を通奏低音とした小説のような味わいもある。


 で、ギャンブラーの知的な弁解を紹介しよう――


 いろいろな持ち株会社が交錯して複雑なのであるが、資本の流れを追うと、その謎が解ける。カシノ・オーストラリアには二つの大株主が存在する。ひとつは、オーストラリア・ペンション・ファンド(日本で言う厚生年金基金。老齢年金のための投資を行うオーストラリアの準政府機関)。もうひとつが、なんとヴァチカン財務部に行き着く。この二者でカシノ・オーストラリアの過半数の資本(つまり管理経営権)を握っている。畏れおおくもかしこくもカトリック教会が、カシノライセンスを寄越せと、国あるいは地方行政府にねじ込むのである。いや、失礼した、ロビー活動を行うのである(オーストラリア・クイーンズランドケアンズにできたリーフ・カシノには、持ち株会社も介在せずに、直接カトリック教会が10パーセントの資本参加をしている)。

 すなわちわたしがこのカシノの博奕で負けても、そのお金は、オーストラリアの老人福祉に使われるか、有り難くも神様のところへ行くのである。もう死後のわたしには天国での居場所が用意されているのだ。博奕ヲ止メマショウ、などと神を畏れぬ不届き者は、地獄へ行け。


【『無境界の人』森巣博(小学館、1998年/集英社文庫、2002年)】


 ヴァチカン市国は言わずと知れたカトリックの総本山であり、世界最小国だ。なんと東京ディズニーランドより狭い(Wikipediaによる)。でだ、カトリックと言えば日本にキリスト教を持ってきたフランシスコ・ザビエルが思い出される。そう。イエズス会のメンバーだ。これが1549年のこと(「以後よく(1549)伝わるキリスト教」と中学で暗記させられた)。つまり、500年前からキリスト教は確かな世界戦略を描いていたということになる。


 昔であれば当然のように珍しい物や便利な物をちらつかせて交渉に臨んだことだろう。海老沢泰久著『青い空』(文藝春秋、2004年)では、江戸時代の日本人に治療を施す外国人キリシタンが描かれていた。


 文明が進んでいたヨーロッパからやって来る宣教師は、それぞれの国の産業動向を見極め、貿易の一助を担ったものと想定できる。


 中世における「教会という名の権力」――その意味を知らずして西洋社会を理解することは不可能だ。宗教は、政治・学問のはるか頭上に君臨していたのだ。


 十字軍の歴史を思えば、キリスト教の世界戦略が「世界征服」だったとしても、誰一人驚かないことだろう。私なら、オーストラリア・カジノをヴァチカン市国が経営していたとしても驚かないよ。

無境界の人 無境界の人 (集英社文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

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