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2009-04-14

世界大恐慌 ドラッカー19歳/『ドラッカー入門 万人のための帝王学を求めて』上田惇生


 そろそろピーター・F・ドラッカーを読もうと思い立ったのだが、いずれの内容も重量級と察して本書を選んだ。正解だった。上田惇生は、ドラッカー作品の大半の翻訳を手掛け、ドラッカー本人とも親交があったという。やや礼賛が勝ちすぎていて鼻につくがこれは仕方がないだろう。


 ドラッカーは、“マネジメント”という概念を生んだ人物である。私は勝手に、「長谷川慶太郎を10倍くらい偉くした人」程度にしか思っていなかった。違っていた。「私が間違っていました」と100回書こうかと思った。


 ドラッカーは「文明の観察者」であった。彼は徹底して、政治と経済に影響を与え、そして影響を被る“人間”を見つめた。更に理論と体系化の価値を重んじながらも、それらに捉われることがなかった。


 当然といえば当然だったが、港町ハンブルグでの生活に耐えられなくなったドラッカーは、ドイツの金融センター、フランクフルトへ転居し、大学も名門フランクフルト大学に籍を移した。仕事も英語が話せることでアメリカ系の証券会社に転職した。しかも半年ほどして景気上昇を確信する論文を書き経済誌に掲載された。

 ところが、最新の理論モデルとデータを駆使したその論文が出た直後、あの株式大暴落、世界大恐慌が起こった。1929年、ドラッカー19歳のときだった。それ以来、彼は理論による予測とくに数学モデルを使う予測は一切やめた。


【『ドラッカー入門 万人のための帝王学を求めて』上田惇生〈うえだ・あつお〉(ダイヤモンド社、2006年)以下同】


 実に興味深いエピソードだ。19歳という若さが、素早い方向転換を可能にしたのだろう。これが30代、40代であれば、保身に汲々としていたかもしれない。


 理論を支えているのは統計(データ)である。だが、データというものは全て過去の出来事である。つまり、理論は過去に向かって開かれたものなのだ。であるがゆえに、完璧な理論はこの世に存在しない。理論は常に修正を加えられ、またある時には完全に否定される。


 人間の脳は“類比(アナロジー)”せずにはいられない(養老孟司著『カミとヒトの解剖学法蔵館、1992年)。しかしながら、それは固定した性質のものではなく、生涯にわたって進化し続けるものだ。そして“人間を見つめる視点の高さ”によって、理論の抽象度が高まる。


 その後、ドラッカーはナチス・ドイツと袂(たもと)を分かち、10年後に初めての著作となる『「経済人」の終わり』(1939年/岩根忠訳、東洋経済新報社、1958年)を出版。無名の青年が世に問うた作品を、首相になる前のウィンストン・チャーチルが激賞した。首相になるや否や、「イギリスの幹部候補生学校の卒業生全員に配った」。若きドラッカーの主張が、第二次世界大戦に影響を与えたといっても過言ではない。


 著者はこうも記している――


 日本経済を発展させたのは、日本政府ではなく日本企業であり、その日本企業にマネジメントとマーケティングを教えたのがドラッカーであり、品質管理を教えたのがエドワード・デミングであり、生産システムを教えたのがジョセフ・ジュランである。3人ともニューヨーク大学の教授だった。


 私は少年時代を高度経済成長期の中で過ごした。ドラッカーに恩があることを初めて知った。

ドラッカー入門―万人のための帝王学を求めて

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