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2009-05-05

ガッサーン・カナファーニー


 1冊読了。


 60冊目『ハイファに戻って/太陽の男たち』ガッサーン・カナファーニー/黒田寿郎、奴田原睦明〈ぬたはら・のぶあき〉訳(河出書房新社、1978年〈『現代アラブ小説集 7』〉/新装新版、2009年)/一昨日読み終えていたのだが、書くのを忘れていた。広河隆一著『パレスチナ 新版』(岩波新書、2002年)で紹介されていた一冊。予想をはるかに上回る傑作小説だった。河出書房新社の英断に敬意を表したい。標題作の中篇二つと短篇五つが収められている。どれも読ませる。パレスチナ人が置かれている現実が窺え、彼等が我々と全く変わらない人間であることがよくわかる。ガッサーン・カナファーニーは二十歳(はたち)の頃から糖尿病に苦しみ、1972年7月18日、車に仕掛けられたダイナマイトに吹き飛ばされて死んだ。享年36歳。私の中ではノーベル文学賞級の作品である。

『がんの痛みを癒す 告知・ホスピス・緩和ケア』高宮有介(小学館、1996年)


がんの痛みを癒す―告知・ホスピス・緩和ケア


 最近はがんの告知を受ける人が増えてきているせいか、ホスピス、緩和ケアなどという言葉が行き交うようになりました。本書は、末期がん患者の痛みをモルヒネを使用することによって最小限に押さえ、その患者の余命いく月かのあいだに望む事をさせて、人間らしい最期を迎えさせる大学病院の緩和ケアの4年間にわたる患者と医師たちの人間ドラマともいえる感動のノンフィクションです。登場する患者は6歳から70代まで男女さまざまです。38歳の女性は悪性黒色種で3か月の余命を宣告されるが、一人息子のために体が許す限り仕事をし、最期まで周囲の人々との交流を大事にしながら大晦日に亡くなります。また70代でお酒の好きな男性は最期の数日前まで酒を飲み続けます。もちろんタバコやペットもOKです。「常識を破れ」を合い言葉に、残された時間のクオリティ・オブ・ライフ(生命の質、生活の質)を支えるスタッフの真摯な生き方が、患者やその家族への癒しに繋がっていく様子が読者の胸を打つことと思います。今後の終末医療への提言を含め、人生の最終章を実り豊かに生きるための必読書として、男女・年代に関係なく読むことができます。

画竜点睛を“誤った”一冊/『権威主義の正体』岡本浩一


 薬と毒がセットになったような本だ。前半で緻密に権威主義を批判しておきながら、後半では権力者の走狗になっているような感を覚えた。その意味で、画竜点睛を“誤った”一冊といってよい。


 岡本浩一の著作は2冊しか読んでいないが、いずれも秀逸な「まえがき」から始まり、序盤から中盤にかけては堅実な走りを見せる。ところが、レース終盤で必ず崩れる。つまり、説明能力は長(た)けているが、斬新な見解を示せない人物といってよい。「まとめ屋」なら、それらしくしていればいいのだが、大口を叩こうとして失敗する悪癖があり、最終章でいつも墓穴を掘っている。


 真の権威は、権威主義の異臭を放たぬものである。


【『権威主義の正体』岡本浩一〈おかもと・こういち〉(PHP新書、2005年)以下同】


 こんな痺れるテキストが「まえがき」にあれば、誰だって期待せずにはいられないだろう。


 そして、一章を割いてナチスによるホロコーストを検証しているが、非常によくまとまった資料となっている。続いて、アッシュの同調実験、ジンバルドの監獄実験、ミルグラムの服従実験、アドルノの権威主義的人格の研究などに紙数が費やされている。いずれも有名な実験だが、微に入り細をうがった説明で、予備知識のある人が読んでも飽きさせない工夫を凝らしている。


 ところが、この直後から調子がおかしくなる。あらゆる事象を権威主義で読み解こうとして論調が支離滅裂に傾いてゆく。そして、遂には唖然とするような結論を臆面もなく記している――


 高等教育を受けた人ほど、権威主義的傾向が低いという結果は、これ以外にもさまざま発表されている。有意な関係なしとの報告も散見されるが、逆方向の結果はまず見かけない。教育以外の関連する指標も含めて総括すると、権威主義が相対的に高いのは、教育程度が低い人、老人、田舎に住んでいる人、障害者、教条主義的色彩の強い宗教に関わっている人、社会経済的地位の低い人、社会的に孤立している人という結果が出ている。したがって、一般的に、教育程度が高いほど、権威主義傾向は低くなるものと考えておいて大きな間違いはないだろう。


 何と単なる差別主義に堕してしまっている。まるで、田舎者(※差別用語です)の主張そのものではないか。例えば、権威主義と聞いて我々が真っ先に思い浮かべるのは官僚であろう。官僚システムは高度かつ純粋に権威主義の機能を強化した組織である。ではなぜ、官僚システムに自浄作用が働かないのか? それは、鍛えられた知識・学識が敏感に権力を嗅ぎ分け、自分の将来にとって有用な権威に額づく態度を判断する道具になっているからだ。


 また、中世の魔女狩りもこれでは説明できない。当時、西洋では教会経由でなければ学ぶことができなかった。殆どの科学者が神学などを専攻しているのもこのためだ。魔女狩りは、中世における教会という権威を背景にした異端審問によって生まれた。つまり、「教育程度の高い人」によって引き起こされた側面があるのだ。


 そもそも心理学の実験データは、解釈によっていかようにもこじつけることが可能なものが多い。岡本の主張が稚拙なのは、具体的なデータを示していないこともさることながら、高校・大学進学率の上昇に伴って社会における権威主義的風土が変わった事実を全く証明していないところにある。


 多分、これはケアレスミスだろう。「知性」と書けば何の問題もなかったところを、岡本は「学歴」という“権威”を提示してしまったのだ。


 そして噴飯物の最たるものは以下――


 偉人の言葉や格言をやたらに引用する人は、権威主義である可能性が高い。引用の対象が一人か二人に限られ、引用頻度が高い場合、それが教条になっていることは明らかである。


 岡本は自著の『無責任の構造 モラルハザードへの知的戦略』(PHP新書、2001年)で、どれほどミルグラムやアッシュの言葉を引用したか覚えていないらしい。引用に問題があるわけではなく、「引用の仕方」が問われるべきなのだ。ここに至ると、牽強付会すら自覚できなくなっていることが明らかだ。


 最終章の結論は、そのいずれもが権力者に媚びを売る主張となっている。著者がJCO臨界事故の調査委員を務めたこととも関係しているのだろう。「味を占(し)めた」のかもね。いずれも、間違っているわけではないのだが、主張する方向が逆向きになっている。


 また、非常に驚かされたのだが、「あとがき」に「構想は早くから描いていたのに、本書にとりかかる気持ちをととのえるのに数年の時間が必要だった」と綴っているが、実は大半の内容が『無責任の構造』と重複している。


 岡本浩一は多分、「権威主義研究の権威」を目指しているのだろう。その割には自己に対する厳しさが足りない。個人的には、『無責任の構造』をお薦めしておく。

権威主義の正体 PHP新書 330

ないものねだり


 病人は言葉につまりました。いままでまったく気がつかなかったのですが、いつでもそこにないものばかりを欲しがる癖がついてしまったので、さて、いまなにを一番欲しいかということをはっきり、すぐ言うとなると、どうしても言えないのでした。


【『少女パレアナ』エレナ・ポーター村岡花子訳(角川文庫、1962年)】

少女パレアナ (角川文庫クラシックス)