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2009-05-09

パレスチナ人の叫び声が轟き渡る/『ハイファに戻って/太陽の男たち』ガッサーン・カナファーニー


 ガッサーン・カナファーニーは現代アラブ文学を代表する作家の一人。そして彼はパレスチナ解放人民戦線のスポークスマンでもあった。イスラエル建国に伴って12歳の時に難民となり、二十歳(はたち)の頃から糖尿病に苦しみ、1972年7月18日、車に仕掛けられたダイナマイトに吹き飛ばされて死んだ。享年36歳。


 いやはや凄い小説群だった。中篇二つと短篇五つが収められているが、どれも読ませる。小説好きにとっては堪(たま)らない世界だ。そして、全ての作品に共通するのは、イスラエルに抑圧され、世界から見放されたパレスチナ人の怒りと叫びとため息だ。


 カナファーニーの作品は作家という作家に「文学はどこから生まれるのか?」という命題を短刀のように突きつけている。そして彼が示したのは、「虐げられた人々の血と涙を吸ったパレスチナの大地」であった。真の文学が人間から生まれるものであることを、これほど雄弁に表現した小説を私は知らない。


 広河隆一著『パレスチナ 新版』(岩波新書、2002年)で紹介されていた「彼岸へ」(1962年)が圧巻だった。わずか15ページの小品で、その殆どが一人のパレスチナ人男性の独白となっている。「旦那さん」と呼ばれる人物は、警察の要職にあると思われる。男は「パレスチナ人に未来がない」ことを呪った――


 旦那さん、つい先だって、俺はあることについてずいぶん長いこと考えちまったんですよ。俺たちの中にも、時々はものを考えたりするやつがまだいるってことを、旦那さんにも知ってもらわなくちゃあなりませんよ。俺は通りを歩いていたんですよ。するといきなり、そう、ちょうど大きなガラス板が落ちてきて、粉々になっていくようにね、ある考えが俺の脳天におっこちてきて、それが粉々に割れて、そのかけらが身体の内側に散ってゆくような気がしたんですよ。俺は自分に言ったんです。“おお、なんてこった、どうすりゃあいいんだ?”ってね。

 ねえ、旦那さん、そいつはどんな人間にだって投げかけられる、ちっぽけな問いにすぎないんですよ。たとえそうする前に俺には15年の歳月が過ぎてしまっていたとしてもですよ。けれど驚きましたよ、まったく、今度だけはこの疑問がよく乾かされて固くひきしまった、もうほとんどすっかりでき上がったといってもいいくらいのやつになっているんですよ。そいつは俺の脳天に落ちるやいなや、俺の目の前に、尽きちまうことがないみたいな、暗くて長い長い一筋の裂け目を開いてみせたんですよ。そのとき、俺の口を独りごとがついて出たんですよ。

《たとえ何がどうあろうと、俺がいるってことは動かせねえ事実なんだ。今まで、熱い茶の入ったコップの中にほうりこまれた砂糖のかたまりのように、皆で俺を溶かしちまおうとしていた。そうしようとすることでは、アッラーもとくとごらんになっていることだが、あんた達は驚くほど精魂かたむけましたね。けれども俺は、とにかくまだ溶けちまわずにいるんだ》って。“それじゃあ、どうする?”っていうこの問いはいつまでも鳴りやまないんですよ。こういったたぐいの問いってやつは、ねえ旦那、まったく驚きのきわみってやつですぜ。いったん頭をもたげちまったが最後、完全に渇きがいやされるまでは、絶対にひきさがろうってしねえんですからね。そうなんですよ、“それじゃあ、どうする?”っていう問いなんですよ。大きな声じゃあ言えませんがねえ、旦那さん、俺には“それじゃあ、どうする?”なんてのは、実際には決してありえないことのように思えるんですよ。俺に言わせてもらえば、そうなりますね。すると皆は、俺がはなっからあきらめちまってる逃げ腰の臆病者だっていうんですよ。俺のことを裏切り者だってさえね。俺にはもうこれ以上、俺の返答をおさえとくことはできねえんです。旦那さん、真実ってのは空おそろしいもんですね。ごまかしようのないことってのが俺の中に段々とたまってきて、いっぱいになっちまって、いつかもう俺には持ちこたえられる限度を越えてしまって、爆発しちまうに違いねえって気がするんですよ。


【『ハイファに戻って/太陽の男たち』ガッサーン・カナファーニー/黒田寿郎、奴田原睦明〈ぬたはら・のぶあき〉訳(河出書房新社、1978年〈『現代アラブ小説集 7』〉/新装新版、2009年)以下同】


 正直に書いておくと、この作品をそっくり入力しそうになった。とにかく訳がいい。落語を思わせる小気味のよさがある。ここでは、イスラエルとパレスチナの紛争のもとで、パレスチナ人の抱える実存的な苦悩が吐露されている。つまり、イスラエル(=ユダヤ人)が行ったのは、パレスチナ人の存在を抹消することだった。実際にイスラエルのゴールド・メイア元首相は「パレスチナ人とは、いったい誰のことか?」と問い、「そんなものは、存在しないのだ」と自答している(本書「解説」/出典はP・L・O東京事務所の資料)。


「溶かす」という表現も、砂漠の多いパレスチナ地方の人々にとっては切実な感覚を想起させる言葉だろう。イスラエルは、パレスチナ人を溶かして蒸発させようと目論んだ。それは今も尚続いている。


 男は続ける――


 聞いてますか、旦那さん? “それじゃあ、どうする?”なんてのは金輪際ありゃしないんですよ。俺の生涯、俺だけじゃあねえ、俺たちの生涯ってのは、俺たちの抱えている問題と並んでひっそりとつつましく延びている、もう一本のまっすぐな線のことじゃあねえかと俺には思えるんですよ。俺はこれまでのつらかった時代に、自分の中に備わった自分でも驚くような勇気をふるって、この真相ってやつを口にしてるんですよ。といいますのはね、俺自身には誇りってものがこれっぽっちも与えられていねえんです。俺に許されているのは、せいぜいがまだ物が言えるっていう栄誉くらいのもんですよ。あんた方はものごとをでっちあげるという栄誉を、そっくり大切にしてきましたからね。あんた達は一時間毎に、一日毎に、いや一年刻みに、たえず俺たちに手を加えて、ついにこういう成れの果てにしあげちまったんだということを、知らねえわけではないでしょうね、旦那さん、あんた達は俺を溶かしてしまおうとしましたね! そのためにまあよくも、まるで疲れることも倦きることも知らぬげに、不断の尽力をしてくれましたね。旦那さん、そうは問屋がおろさねえと言うほど、俺たちはうぬぼれちゃあいませんよ。いや、あんた達はまったく驚きいるほど首尾よくやってのけましたよ。あんたがた(ママ)はまったくまんまと俺を変えてしまったってこと、ご自分でわかってますねえ……そう、一人の人間から一つの状態へとね。そう、ですから、この俺というのは、一つの状態なんですよ。それ以上のものでは決してねえんだ。たとえそれ以下であることはあっても。俺は一つの状態なんだ。俺たちは一つの状態なんだ。そうだからこそ俺たちは驚くほど平等なんですよ。旦那、これは驚くべきことですよ、まったく途方もねえことですよ。そりゃあ長い時間かかりましたよ。しかし、ねえ旦那さん、百万人の人間を一緒に溶かしちまって、それを一つの塊りにしてしまうってことは、決して並のことではねえですよ。ですからそれには長い時間が必要だってことには、同意してもらえると俺は思いますがね。あんた達は、この百万人もの人間から一人一人が持ってる各自の特性ってやつを喪わせちまったんですよ。あんた達には、一人一人を見分ける必要なんかねえんですよ。だってあんた方が目の前にしているのは、状態なんですから。もしあんた方がそれを盗っ人の横行する状態だと呼びたけりゃあ、あんたの前にいるのは俺達(ママ)盗っ人の集団てことになるんですよ。もし裏切りの横行する状態だと言えば、俺達は裏切り者の集団てことにだって、なるんですよ。


 私の耳から雑音が消えた。男の声だけが真っ直ぐに響いてきた。新装版(1988年)から20年の歳月を経て本書が復刊された意味を思う。9.11以降のアメリカの行状を知ることなしには、カナファーニーの描く世界に共感することは困難であっただろう。


 半世紀近くも前に、パレスチナの民の声を代弁した男がいたのだ。なぜ、誰も耳を傾けなかったのだろう。それは、1959年から始まったベトナム戦争のためだったと私は想像する。日本の輸入超過は1958年に始まり、1965年以降は大幅な貿易黒字となっている


 私が子供の時分から「パレスチナ」という言葉は「ゲリラ」とセットになっていた。私は大人になるまで「ゲリラ」が悪党を意味していると思い込んでいた。私の眼には「溶かされてしまったパレスチナ人」しか映っていなかったってわけだ。


 男は畳み掛けるように言う。「おれはまた別の見方からいうと、俺達は商品的状態なんじゃあねえかって言いたいんですよ。俺たちにはまず見世物的な商品価値があるんですよ」――観光地化された難民キャンプ。外貨も稼げるので一石二鳥ってわけだ。


 更に痛烈な一撃を加える――


 そのつぎには、俺たちは、リーダーシップをとるための材料ってことになってるんですよ。俺たちはその国の声明文に盛り込むためのものとか、人間性を誇示したり、民衆を競売にだすときの、恰好の材料にされるんですよ。どちらにも御利益(ごりやく)のある、政治生命をつなぎとめておくためには欠かせないものの一つにされちまってるんですよ。俺たちには“それじゃあ”なんて先のことに関するものなんか一つもありはしませんよ。こいつはまったく恐ろしいことだが、ごまかせない事実ですよ。とにかく現にそうなってるんです。俺のこの世での役割ってのは、もうはっきりとした形に決められてるんです。俺個人としては、単なる一匹の豚ってわけです。それから集団としての俺は、商品として、観光客向けに見世物として、また政治ボスとなりたい者たちには、捨てがたい効能を備えた一つの状態、それが俺なんです。俺は自分が気づいたこのことを口に出してはっきり言う前に、ずいぶん長いこと考えましたよ。俺にはわかっているんですよ、こんなことを言えば、演壇にのぼってこういう風に言う人が、ひきもきらずにいるだろうってことはね。


 ダイナマイトで吹き飛ばされたカナファーニーの言葉は、パレスチナの民の怒りを伴って轟き渡る。どれほど惨めな状況に置かれていようとも、人間は言葉で抗議できることを教えてくれる。ガッサーン・カナファーニーは、アラーでさえ見棄てたパレスチナの民衆に寄り添い、死んでいった。


「彼岸にて」は1962年に発表されている。その翌年に私は生まれた。この作品が存在する世界に生まれることができて私は幸せだ。

ハイファに戻って/太陽の男たち

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