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2009-06-30

高橋克彦


 1冊読了。


 75冊目『時宗 巻の弐 連星高橋克彦(NHK出版、2000年/講談社文庫、2003年)/引き続き主役は北条時頼である。文章の味わいという点では少々物足りないが、サービス精神でぐいぐい読ませる。中島敦テイストが欲しいところ。蒙古の影が忍び寄る中で、時頼は日蓮から「立正安国論」を受け取る。バイタリティ溢れる日蓮像が面白い。

超ひも理論の危うさ/『迷走する物理学 ストリング理論の栄光と挫折、新たなる道を求めて』リー・スモーリン


 ストリング理論とは超ひも理論のことで超弦理論ともいう。


 細かい話である。原子よりもはるかに小さな世界だから、それも当然。1ミリの1000万分の1だってさ。宇宙を構成する最小物質が粒子ではなく、振動するひもであるというのだ。しかも、この世界は十次元から成っていて、三次元+時間以外の六次元は小さすぎて我々の眼には見えない。


 ウーム、細かい。細かいもんだから神経質にならざるを得ない。アインシュタイン一般相対性理論量子力学は相容れなかった。マクロとミクロの世界の力学が異なってしまった。光は粒子として観測されたが、波の作用を示していた。シュレーディンガーが方程式を表した。アインシュタインが噛みついた。「神はサイコロを振らない」と。ハイゼンベルク不確定性原理で逃げ切ろうとした。(※「近未来最先端軍事テクノロジー」を参照した)


 そういうわけで(どういうわけだ?)、大統一理論のための苦肉の策が超ひも理論だと私は考えている。本書は理に傾きすぎた超ひも理論に対して警鐘を鳴らす――


 問題はそれだけではない。ストリング理論は、鍵を握るいくつかの予想に依拠しており、その予想については、いくらかの証拠はあるが、決め手となるほどの証拠はない。さらに悪いことに、この研究には科学者の手間がこれほどかけられているというのに、「ストリング理論」という名で通用しうるような、完結して筋の通った理論があるかどうかもわかっていない。われわれが手にしているのは、じつは、そもそも理論などではなく、近似計算の膨大な集合であり、それとともにからみあういくつかの予想があって、その予想が正しければ、理論の存在を指し示すことになる。しかしその理論は実際にはまだ書き下ろされてはいない。その基本原理が何かもわかっていない。どんな数学的言語があればそれが表せるかもわかっていない――たぶん、それを記述するには、新しい数学を考えなければいけないのだろう。基本原理と数学的に明確な表し方がないので、ストリング理論が何を言っているかも言えない。


【『迷走する物理学 ストリング理論の栄光と挫折、新たなる道を求めて』リー・スモーリン/松浦俊輔訳(ランダムハウス講談社、2008年)】


 リー・スモーリンは量子重力理論を専門とする学者である。誠実な態度、真摯な反省が本書には込められている。


 結局のところ、科学の進歩は実験で検証できない世界に突入したということなのだろう。つまり、想像力で補わなければ説明できない地点に到達しつつあるのだ。では、解明できた先には何があるのか?


「神」だよ。「神」以外に考えられないわな。つまり、科学+想像力によって、この世界は神の創造物なのか、あるいは神がインチキ野郎なのか、はたまた神なんて最初っからいなかったのかがわかるに違いない。


 結論――科学は宗教と同じ町内に引っ越して来た。翻って宗教側に突きつけられているのは、科学的な態度で神の側から世界を説明することである。

迷走する物理学

2009-06-29

2009-06-28

時間の複層性/『死生観を問いなおす』広井良典


 広井良典は時間を捉え直すことで、死生観を問い直す。果たして時間は主観なのか客観なのか。また時間は一種類しかないのか。そして広井は、時間の複層性を注視する――


「時間のより深い次元」ということをやや唐突な形で述べたが、たとえて言うと次のようなことである。川や、あるいは海での水の流れを考えると、表面は速い速度で流れ、水がどんどん流れ去っている。しかしその底のほうの部分になると、流れのスピードは次第にゆったりしたものとなり、場合によってはほとんど動かない状態であったりする。これと同じようなことが、「時間」についても言えることがあるのではないだろうか。日々刻々と、あるいは瞬間瞬間に過ぎ去り、変化していく時間。この「カレンダー的な時間」の底に、もう少し深い時間の次元といったものが存在し、私たちの生はそうした時間の層によって意味を与えられている、とは考えられないだろうか?


【『死生観を問いなおす』広井良典(ちくま新書、2001年)以下同】


 考えさせられる指摘である。例えば、受精してから誕生に至る十月十日(とつきとおか)の間に、新生児は進化の過程を辿るといわれる。何とはなしに、羊水の中で人類の悠久の歴史が流れているような印象を受ける。あるいは、DNA的時間というのも存在するかも知れぬ。一本の川を宇宙の歴史と考えれば、それこそ無数の時間が流れていそうだ。


 広井の考察は時間と空間との関係に及ぶ――


 こうなってくると、時間と空間とは相互に独立したものではなく、互いに関係し合ったものとなる。つまり、例えば先にふれたようにシリウスまでの距離は8.6光年、一方七夕の彦星であるアルタイルまでの距離は16光年だそうなので、ということは私たちはいつも「8.6光年前のシリウス、16光年前のアルタイル」を同時に見ていることになり、いわば異なる過去に属する星々を「いま」見ていることになる。単純に言えば、「遠い」星ほどその「古い」姿を見ているわけであり、時間と空間はこうして交差する。私たちは宇宙の「異なる時間」をいまこの一瞬に見ている、といってもよいだろう。


 これまた座布団を三枚差し出したくなるような例え話だ。浦島太郎は竜宮城で数日間を過ごしたが、地上では700年が経過していた。こうした時間の複層性が示しているのは何か?――


 つまり、時間というものは、「世界そのものの側」に存在するのではない。それは認識する「人間の側」にあるもので、世界を見る際の枠組み、色メガネのようなものである。


 時間は「私が認識する」ものだった。主観。なぜなら、変化を観測する人物がいないと時間は存在しないからだ。人類が滅亡した時点で時間は消失する。それでも納得できなければ、宇宙が消滅した時点で時間は存在しなくなると言っておこう。


 この相対化の方向を、極限まで推し進めたのがアインシュタインだった、ということができる。相対論の体系では、先にもふれたように、絶対時間、絶対空間の存在は否定され、時間や空間は、事象を観測する主体(座標系)を特定して初めて意味をもつことになる。つまり、時間や空間は認識主体との関係でまさに「相対的」であり、それらとは別に唯一の客観的な時間・空間が存在しているのではない。したがって、異なる個人、たとえばAさんとBさんとは異なる「時間」の中に存在していることになる(ただし、これは光速の有限性ということがあって初めて出てくる結論だから、光速が有限であることがほとんど無視できるような地球上の現象に関する限りは、そうした時空の相対性は事実上無視できるものになる)。

 ふり返って見ると、カントの段階では、先にふれたように時間は世界の側から「人間の側」にもって来られたが、それでもなお、人間の世界の内部では、ある普遍的な、絶対的な(唯一の)時間が存在していたのだった。それがアインシュタインの相対論に至ると、時間はおのおのの個人によって異なるものとなり、唯一の「絶対時間」なるものは存在しなくなる。つまり共通の“時間という色メガネ”すら実は存在しない、というのが相対論の結論である。ニュートンからカント、マッハ、アインシュタインへの歩みは、したがって絶対時間あるいは「直線的時間」というものが解体してゆく歩みであるということもできる。


 まったくもって凄い展開になっている。これは思索の要あり。ある人物の人生を生と死で結べば、それは「直線的時間」といえよう。だが、死へと向かいつつある我々の時間は、あっちへ行ったりこっちへ行ったりとウロウロすることが珍しくない。しかも、時間というものは過ぎてしまえば一瞬なのだ。


 若くして亡くなる人がいると心が痛む。だが、我々は資本主義に毒されてしまい、人生七十年という平均値を8時間労働のように考えている節がある。更に恐ろしいことに、人生そのものを仕事量で判断する傾向すらある。


 広井良典の知的作業は永遠をも峻別しながら、豊穣なる時間を志向している。

死生観を問いなおす (ちくま新書)

ジョナン・D・モレノ


 1冊挫折。


 挫折37『マインド・ウォーズ 操作される脳』ジョナサン・D・モレノ/久保田競監訳、西尾香苗訳(アスキー・メディアワークス、2008年)/余計な情報が多いために論旨が不明瞭。ページ下段の脚注スペースも取り過ぎだ。脚注を横書きにすればいいだけの話。大幅に割愛して新書にすべきだ。

メールマガジン「片言自在」


 今までE-Magazineで発行してきたが、数日前からまぐまぐでも発行することにした。E-Magazineは株式情報の妙なメールマガジンが大量発行されていて、システムが不安定になることを懸念した。

2009-06-27

「糸」中島みゆき、Bank Band(桜井和寿)


 中島みゆきのライブバージョンが断トツでいい。日本語の節回しがきちんと歌になっている。DVDにしか収録されていないのが惜しまれる。

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Singles 2000


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BGM Vol.2 ~沿志奏逢 [DVD]

(DVD)


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歌旅-中島みゆきコンサートツアー2007- [DVD]

(DVD)

2009-06-26

ケニアの元マウマウ団戦士、植民地時代の「拷問」で英政府を提訴


 5人の高齢のケニア人たちが23日、半世紀前の英国植民地時代に拷問を受け違法に投獄されたとして、英国政府を相手取り損害賠償請求を起こした。

 裁判を起こしたのは、英国植民地時代に独立闘争を担ったマウマウ団(Mau Mau)の元戦士(男性3人、女性2人)。1950年代のいわゆるマウマウ戦争では、マウマウ団と英国植民地軍が激しく衝突し、同団の戦士ら推定16万人が拘束され、強制労働キャンプに収容された。

 ロンドン(London)の高等法院(High Court of Justice)に損害賠償請求を起こすため、生まれて初めてケニアを離れた5人は、英国植民地政府に貼られた「テロリスト」のレッテルを取り払い、「植民地主義の足かせから祖国を解放した自由戦士」として認知されることも希望している。

 弁護団の1人、マーチン・デイ(Martyn Day)氏は、ロンドンで会見し、「多くのマウマウ戦士たちが拷問を受けて殺された。この裁判の目的は、それらすべての出来事を英国の裁判所であからさまにし、50年代に行ったことは間違っていたと(英国政府に)認めさせることにある」と話した。

 原告の1人、元女性戦士のJane Muthoni MaraさんとSusan Ngondiさんは、性的暴行を受けたうえ身体の一部を切断されたと話す。

 81歳の元戦士、Paulo NziliさんはAFPに対し、1954年に植民地政府軍に拘束されたあと、ペンチで去勢され、殴る蹴るの暴行を受けたと語った。こうした拷問で、多くの戦士たちが命を落としたという。「裁判に勝てたらうれしい。でも、自分にとって最も重要なことは、自由戦士、解放者として認識してもらうことです」 

 英国植民地政府の役人だったジョン・ノッティンガム(John Nottingham)氏も、今回の裁判に力を貸している。拷問命令は拒否していたというノッティンガム氏は、植民地政府の文書を丹念に調べた。当時、英国サイドのプロパガンダや都合のいい解釈が流布しており、実際に起きていることを包み隠していたという。

 同氏によると、ケニアの独立が近づくにつれ、英国軍はマウマウ戦士たちの扱いに関するファイルを組織的に焼却した。重要なファイルの多くは、秘密法のもと、前年になってようやく公開されたという。

 前出のデイ氏は、「訴訟が遅れた理由の一つは、英国の裁判所に対し、一切の決定はナイロビ(Nairobi)の植民地政府ではなくロンドンの英国政府が行っていたという十分な証拠を集めるためだった」と説明した。

 一方英国英府は、拷問が行われたとされる時期からはかなりの年月がたっていることもあり、裁判で争う用意があるとの見解を示している。


AFP 2009-06-24

リー・スモーリン


 1冊挫折。


 挫折36『迷走する物理学 ストリング理論の栄光と挫折、新たなる道を求めて』リー・スモーリン/松浦俊輔訳(ランダムハウス講談社、2007年)/「光は年をとらない」のコメントで「おや?」さんから薦められた一冊。序論で挫けた。多分、いい本である。著者の真摯な態度と誠実な人柄が伝わってくる。しかしながら、やはり気分が重くなる。現代物理学に対して否定的な主張が450ページあまりも続くのだから。しかも、A5版という大きさ。きっと言葉を選んで慎重な議論が展開されているのだろう。だからこそ、これだけの分量になったと考えられる。そして、堪(こら)え性のない私はあっさり兜を脱いだ、というわけ。

「お年寄り」という言葉の欺瞞/『我が心はICにあらず』小田嶋隆

 小田嶋隆のデビュー作にして最高傑作。オダジマンの若さが、ストレートな毒となって疾走している。世の中を斜めに見上げる視線が冷ややかさを湛(たた)えて、反骨の域に達している。そして時折、街の光景をハードボイルドのように描いてみせる。駄洒落や下ネタは、江戸っ子特有の照れ隠しであることが察せられる。


 小田嶋は「お年寄り」という言い回しに隠された欺瞞を暴く――


「田中さんのご長男は弁護士になったんですって」

「田中さんのご長男は大学教授になったんですって」

「田中さんのご長男は八百屋さんになったんですって」

「田中さんのご長男は大工さんになったんですって」

 ここで「さん」のついている職業と、ついていない職業を比べてみるとそのあたりの事情が良く分かる。我々は時々、軽蔑していることを隠すために丁寧語を用いるのである。

「お年寄り」という言い方にも私はひっかかる。ニュースのアナウンサーは「学生」を「学生さま」と呼んだり「子供」を「お子様」と呼んだりしないのに、ことさらに年寄りだけを「お年寄り」と呼ぶ。たぶん心のどこかに「老いぼれ」「くたばりぞこない」「よいよい」「人間の残骸」といった気持ちがあるから、尊敬語を使ってバランスを取らなければならないのだ。

 最近では「老人」を「老人」と呼ばずにすますために「熟年」とか「実年」とかいった言葉が発明されている。が、実際に使ってみるとますます皮肉に響いてしまうだけだ。早い話が「うんこ」を「うんこちゃん」と呼んでみてもうんこはうんこだし臭いものは臭いのである。


【『我が心はICにあらず』小田嶋隆(BNN、1988年/光文社文庫、1989年)】


 そして中年期になった今でも尚、少年の心を失っていない私のような読者が痺れるのは、うんこネタとゲロネタである(笑)。少年は汚いものを愛する。なぜなら、心の奥底でうんことゲロが最終兵器であると固く信じているからだ。もしも、放射能とうんこを並べられたら、私は間違いなくうんこを怖れることだろう(←ウソ)。


 で、お年寄りだ。昨今の年寄りは若くなった。ジイサンもバアサンもファッショナブルである。特に女性の場合、たとえ結婚をしたとしても30代、40代からシミ・そばかす対策に身をやつし、理想的な体重を維持し、颯爽と流行の髪形をあしらっている人が多い。そして、いよいよ50代に突入すると、「アンチエイジング」と来たもんだ。「抗老化」「抗加齢」だってさ。ケッ。


 自分の年齢が戦うべき対象であるならば、小学生は老成を目指すべきなのだろう。目尻には墨でシワを描き、額には梅干しをセロテープで貼り付け、背中を丸めてゴホゴホと咳込み、カァーーーッ、ペッと痰を吐くのがアンチエイジングといえる。ま、女子高生の化粧や茶髪なんぞはそれに近いのかもね。若さの否定は実に滑稽だ。じっとしていたって大人になれるんだけどね。


 かように自分の年齢と戦うことは愚かだ。死という人生の最終章から目を背け、若く「見せる」ことにいかほどの意味があるというのだろうか。ないね。これっぽっちも意味はない。そんなに見栄えをよくしたいのであれば、着ぐるみでも被(かぶ)ればいいのだ。


「若々しい」のと「若く見せる」のとは違う。大体だな、外見ばっかり気にするのは中身がない証拠なんだよ。真のアンチエイジングは、躍動する精神と柔軟な思考に宿るのだ。昨日の自分よりも今日の自分を新しく変革する努力の中に存在するものだ。更に、貫禄と気品が備われば言うことなしだ。


 年を取っているだけの、古いうんこみたいな年寄りにだけはなりたくないものだ。

我が心はICにあらず(単行本)


我が心はICにあらず(文庫本)

「星落秋風五丈原」


「星落つ秋風(しゅうふう)五丈原(ごじょうげん)」と読む。歌に心がある。絶品。


 作詞:土井晩翠

 作曲者:不詳


一、

  祁山(きざん)悲愁の風更けて

  陣雲暗し五丈原

  零露(れいろ)の文(あや)は繁くして

  草枯れ馬は肥ゆれども

  蜀軍の旗光無く

  鼓角(こかく)の音も今しづか

  丞相(じょうしょう)病あつかりき

  丞相病あつかりき


二、

  夢寐(むび)に忘れぬ君王の

  いまはの御(み)こと畏(かしこ)みて

  心を焦し身をつくす

  暴露(ばくろ)のつとめ幾とせか

  今落葉の雨の音

  大樹ひとたび倒れなば

  漢室の運はたいかに

  丞相病あつかりき


三、

  四海の波瀾収まらで

  民は苦み天は泣き

  いつかは見なん太平の

  心のどけき春の夢

  群雄立(たち)てことごとく

  中原鹿を争ふも

  たれか王者の師を学ぶ

  丞相病あつかりき


四、

  嗚呼南陽の旧草廬(きゅうそうろ)

  二十余年のいにしへの

  夢はたいかに安かりし

  光を包み香をかくし

  隴畝(ろうほ)に民と交れば

  王佐の才に富める身も

  ただ一曲の梁歩吟

  丞相病あつかりき


五、

  成否を誰れかあげつらふ

  一死尽くしし身の誠

  仰げば銀河影冴えて

  無数の星斗光濃し

  照すやいなや英雄の

  苦心孤忠の胸ひとつ

  其(その)壮烈に感じては

  鬼神も哭かむ秋の風


六、

  嗚呼五丈原秋の夜半(よわ)

  あらしは叫び露は泣き

  銀漢清く星高く

  神秘の色につつまれて

  天地微かに光るとき

  無量の思(おもい)齎(めぐ)らして

  千載の末今も尚

  名はかんばしき諸葛亮

  名はかんばしき諸葛亮

2009-06-25

「童神(わらびがみ)」古謝美佐子


「慈(いつく)しむ力」は、これほどまでに豊かで美しい。私が歌を聴いて実際に涙を流したことがあるのは、中島みゆきの「ファイト!」とこの曲だけである。


沖縄 名作の舞台

21世紀の子守唄/古謝美佐子「童神」


母性愛超え未来託す心


 2001年9月20日。高視聴率を続けていたNHKの朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」で一曲の新しい沖縄民謡が流された。主人公の古波蔵恵里と息子の和也が小浜島へ渡るシーンの挿入音楽として、数分間オンエアされた。


 天からの恵みを受けて、この世に生まれたわが子よ。私がお守りして、育てるからね。

 愛しのわが子よ、泣いちゃいけないよ。

 太陽(てぃだ)の光を受けて、どうか良い子に、どうかすくすく育ってね。


 沖縄方言の歌詞に、こんな思いが込められた。民謡歌手・古謝美佐子(元ネーネーズ)が、情感たっぷりに歌い上げる「童神」(わらびがみ)だった。放送終了後、この歌は静かな反響を呼び、島唄関連のホームページ上で「何という歌?」「誰が歌っているの?」といった質問が、飛び交った。この新しい子守歌は、老若男女を問わず瞬く間に人々の心をとらえた。


「童神」は、美佐子の夫で作曲家の佐原一哉が1996年暮れに作曲した。孫の誕生を4カ月後に控えていた97年2月、美佐子がその曲に歌詞をつけ、作品が完成した。


孫へのプレゼント


 その年の6月初旬。沖縄市内の病院で、美佐子の長女・絵里奈が初孫・脩也を出産した。産声を上げたばかりの赤子を、美佐子はやさしく抱き上げた。「童神」を、幼いころ十分に構ってやれなかった愛娘(まなむすめ)と新しい命・脩也のために歌った。孫へのプレゼントのため作った歌だった。


「この子(娘)も、私と同じ母親として歩んでいくんだな」「母は、私や弟たちを育てるのに、どんな思いをしてきたのだろう」。美佐子の心の中で、いろんな思いが去来した。しばらくして、「童神」を舞台でも歌うようになった。


 最近はほとんど使われなくなったが、「童神」はれっきとした沖縄ことばである。子どもは天真爛漫(てんしんらんまん)で、神のように穢(けが)れがなく清い心の持ち主であるという、子どもをほめたたえる言葉だ。


 八重山諸島や本島の一部には、海の彼方(かなた)から五穀豊穣(ごこくほうじょう)をもたらす存在であるミルク(弥勒)神を待望する民俗信仰が受け継がれている。豊年祭で、ミルク神は稚児(ちご)、村人を引き連れ、集落を練り歩く。


「沖縄の祭りの中で、子どもが集団で出るのは子孫繁盛を祈念する場合が多い。子孫繁盛は、五穀豊穣に直結する。清浄無垢(せいじょうむく)な稚児には、神意が託宣される」


 こう話すのは、「新民謡の系譜」の著者で、民俗習慣にも詳しい大城学(国立劇場おきなわ運営財団企画制作課長)だ。


 大里村古堅にも、ミルク神と子どもたちが練り歩く「ミーミンメー」という祭りがある。大城は「ミーミンメーの子どもたちが、まさに童神。子どもは神のお供でもあるが、神のご利益を得る存在でもある」と言う。ミーミンメーの時、子どもたちは大人から尊敬され、祝福される。両耳を引っ張りながら「ミーミンメー、ミーミンメー」(わらべ歌、赤田首里殿内」)と歌う子どもたちのしぐさは愛らしく、「童神」そのものだ。


 島唄事情に詳しい東京在住の音楽プロデューサー藤田正は、「人の始まりそのものである子どもは、大人たちに見守られ祭りに参加しているようでありながら、半面、主催者たる大人たちによってみれば、村と島の命の“円環”を完成させるためのまさしく「童神」である」と評する。美佐子の「童神」については、「“ 母なる大地”とは単なる言葉ではないことを歌いきる、それがこの歌の命だと思う。生命の“円環”を未(いま)だに女がしっかりと司(つか)さどり、それを現代の沖縄の女性(古謝)が自分の原点回帰として歌える、作れるのは大したものだ」とし、「最も新しく作られた名作である」と惚(ほ)れ込んでいる。


「童神」にとっての舞台は、新しい命を生み育てる女性の母性愛そのものである。それだけでなく、子どもたちを温かく包み込む村落共同体や海の彼方を含む「小宇宙」であると言えようか。


普遍的な親ごころ

  

 大城は、「この歌は21世紀のわらべ歌だ」と力を込める。子や孫に対する愛情、村落共同体を未来へとつなぐ子どもたちの成長を見守る普遍的な親心を感じるのだという。「今の社会は、親が子どもたちをコントロールしすぎだ。大人の物差しではなく、子どもたちが主体的に動ける環境づくりをしないと……」とも話した。


 5年ほど前から、美佐子は作家・五木寛之の講演会にゲスト出演し、全国各地で新旧さまざまの島唄を披露している。「童神」を歌うとき、いつの間にか赤子を抱いて、あやすようなしぐさをするようになった。


 舞台の袖(そで)から、古謝に熱いまなざしを送る五木。「思わず涙がでそうになった」と、コラムに記した。「ポピュラー性と芸術性とが、これほどこん然一体となっているアーチストを私はほかに知らない」とも書いた。孫のために作られた子守歌は、広く、深く人々の心に染み込んでいっている。


【琉球新報 2002-06-26】


天架ける橋

スーザン・ブラックモア、フェリペ・フェルナンデス=アルメスト、上杉隆


 2冊挫折、1冊読了。


 挫折34『「意識」を語る』スーザン・ブラックモア/山形浩生、守岡桜訳(NTT出版、2009年)/どうも山形浩生と相性が悪い。困ったものだ。元々はラジオ番組の企画として取材をしていたが、番組がボツとなり書籍にしたもの。序文が不要なまでに冗長。読者のために割愛するという手もあっただろうに。ってなわけで本文に辿り着く前に挫けた。尚、フランシス・クリックの生前最後となったインタビューも収められている。


 挫折35『人間の境界はどこにあるのだろう?』フェリペ・フェルナンデス=アルメスト/長谷川眞理子訳(岩波書店、2008年)/何を隠そう長谷川眞理子訳も苦手である。著者は慎重居士。主張の角度が鈍い。慎重であれば、せめて腰の強さを示して欲しいところ。197ページで2000円は高い。


 74冊目『ジャーナリズム崩壊上杉隆(幻冬舎新書、2008年)/記者クラブ制度が日本のジャーナリズムを崩壊させると警鐘を鳴らしている。著者の体験を交えながら、自らに課しているルールを紹介している。上杉隆には「正しい喧嘩精神」が横溢している。ジャーナリズムの現状を憂える人は、まず新聞購読をやめるべきだ。テレビ局が大手新聞社が独占していることを考えると、記者クラブ制度の問題はより一層深刻である。政治とメディアの癒着が国家を滅ぼすことは十分あり得る。

2009-06-23

『新聞が面白くない理由』岩瀬達哉(講談社、1998年)


新聞が面白くない理由 新聞が面白くない理由 (講談社文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)


 記者クラブの腐敗を暴き、日本の新聞の病理を抉(えぐ)る。いま日本の新聞の衰退ぶりは深刻である。政官業界の目を覆いたくなる惨状を惹起した要因のひとつは、監視能力が著しく低下した新聞にあるといってよい。健全な民主主義のためにはジャーナリズムの復権が不可欠である。新聞のグローバル・スタンダードからほど遠い記者クラブや宅配制は、新聞の自立を妨げ弱体化させる以外のなにものでもない。本書は、破綻寸前の日本システムが立ち直るためにも、新聞ジャーナリズムの健全化と活性化を願うものである。


 官公庁と癒着関係を続ける「記者クラブ」の腐敗を暴く。オンブズマンの告発まで、新聞が「官官接待」報道をできなかった理由。現状の「記者クラブ」は、なぜ「権力の監視機関」たりえないか。新聞界の雄「株式会社朝日新聞社」の抱える内憂外患。衰退一途の日本の新聞ジャーナリズム。その健全化と活性化の条件。

2009-06-22

2009-06-21

『インナーマザーは支配する 侵入する「お母さん」は危ない』斎藤学(新講社、1998年)


インナーマザーは支配する―侵入する「お母さん」は危ない


 子どもの危機、大人の危機。「他人の評価」「世間の目」「親の期待」「条件付きの愛」という呪縛。子ども時代に取り込んだインナーマザー(内なる母)=親教が心の成長を阻む!! 親と子の在り方とは? 自分自身の在り方とは? 自己を見つめ直す提言の書。

都議選に「惜敗を期す」?=「必勝」を言い間違え−麻生首相


 麻生太郎首相は20日午後、東京都文京区の都議選立候補予定者の事務所を訪れて激励した。前回の都議選で立候補予定者が惜敗したためか、首相はあいさつで「必勝を期して」と言うべきところを、「惜敗を期して」と言い間違え。同席した深谷隆司元通産相から、すかさず「必勝です」と指摘される一幕があった。もっとも、首相は訂正もせず、そのままあいさつを続け、「再び勝って、大いなる力が発揮できるよう、お願い申し上げます」と支援を呼び掛けていた。


【時事通信 2009-06-20】

脳内で繰り広げられる壮大なネットワーク/『ここまで解明された最新の脳科学 脳のしくみ』ニュートン別冊


 脳に関する興味は尽きない。たかだか1kg程度の物体が「私」を構成しているのだ。これに優る不思議はない。美しいイラストに目を奪われながら、脳の仕組みや機能が概観できる。入門書としてうってつけの一冊。


 では、脳という宇宙の中がどのような状況になっているのだろう――


 銀河系には、1000億以上の星が輝いている。それらの星どうしが、たがいに通信回線でつながっているようすを想像してみてほしい。しかもその接続状況は、分きざみで目まぐるしく切りかわっていく。そうした通信回線がつくるネットワークが、はげしい情報のやりとりをくりかえしながら、銀河系にある1000億以上の星を一つにつないでいる。

 気の遠くなるような、とても私たちのイメージの中におさまることのない壮大な世界だ。このような世界こそが、私たち一人一人がもっている脳の姿である。


【『ここまで解明された最新の脳科学 脳のしくみ』ニュートン別冊(ニュートン プレス、2008年)以下同】


 絶妙な例えだ。星々が瞬間的に相互作用を繰り返し、変化し続ける。脳は“躍動する宇宙”であった。


 また、こんな例えも示されている――


 1000億あるというヒトの脳のニューロン(神経細胞)。そのそれぞれが数千から数万のシナプス(ニューロンどうしのつなぎ目)をもち、複雑な回路をつくっている。

 想像してもらいたい。ニューロン一つ一つを1人の人間だとして、脳の中でおきていることを考えてみよう。世界の人口は約65億人とされている。脳の中では、世界人口の10倍以上の人間が、それぞれ数千人以上の相手と会話をしているようなものなのだ。


 つまり、だ。世界中の人々が同時にチャットを行ったとしても、脳の働きには遠く及ばないってことだ。ムム、凄い。


 そんな素晴らしい機能があるにもかかわらず、どうして我々は欲望にまみれた生き方しかできないのであろうか? あたかも、スーパーコンピュータで掛け算の九九を計算するような真似をするのはなぜか? つくづく不思議な話である。


 文化や文明というのは、世代間・地域間を越えたシナプスの結合といえるだろう。脳内の情報量は格段に増加の一途を辿っているはずだ。しかし、知識の増加に伴って人類の幸福度が増したようには見えない。果たしてソクラテスの時代と現代社会の人間と、どれほど生き方が変わったことだろう。変わってないね。多分。変わったとすれば、現代の方がより低劣になっていることだろう。なぜなら、入力される情報量が多すぎるため、自分の頭でものを考えなくなってしまったからだ。


 そう考えると、人間は“脳の使い方”を誤っているに違いない。だからこそ、哲学や宗教といった“取り扱い説明書”が必要となるのだろう。


 恥ずかしながら本書で初めて知ったのだが、ニューロンとニューロンの間(シナプス)って、くっ付いてなかったんだね。いやはや驚いた。

 実は、ニューロンの電気信号がシナプスで化学信号(グルタミン酸など)に変換して、それを受け取ったニューロンがまたぞろ電気信号に戻すらしい。この作業が、最大で秒速100メートル(=時速360km)で行われているというのだ。こりゃ、新幹線より速いよ(笑)。まるで、インターネット上で繰り広げられる情報交換を、100倍のコマ送りにしているような世界だ。


 きっと、脳内でも熾烈な権力闘争が行われているのだろう。理性が勝つか感情が勝つかって感じなんでしょうな。新皮質と古い皮質とが火花を散らしてせめぎ合っているに違いない。脳を支配しているのが「自分」だと思ったら大間違いだ。しかも本書によれば、ニューロンの間では「電気信号の多数決」が行われているのだ。

 個々のニューロンに名前はない。とすれば、だ。脳味噌は匿名の細胞達(その数1000億!)が支配する「2ちゃんねる」みたいなものということになる(笑)。

脳のしくみ―ここまで解明された最新の脳科学 (ニュートンムック Newton別冊)

2009-06-20

スティーブン・ピンカー、エドワルド・デル・リウス、高橋克彦


 1冊挫折、2冊読了。


 挫折33『言語を生みだす本能(上)』スティーブン・ピンカー/椋田直子〈むくだ・なおこ〉訳(NKKブックス、1995年)/下卑た用例があり、100ページあまりで挫ける。私は神経質なのだ。愉快な文章だが、やはり専門書である。そこそこの覚悟がなければ読み終えることができない。今度はピンカーのもっと軽い内容のものを読んでみることにする。ま、あればの話だが。


 72冊目『新版 リウスのパレスチナ問題入門 さまよえるユダヤ人から血まよえるユダヤ人へ』エドワルド・デル・リウス/山崎カヲル訳(第三書館、1983年)/著者はメキシコの漫画家。1983年3月東京の「イスラエルのレバノン侵略に関する国際民衆法廷(IPTIL)」に出席した際に書き上げた作、となっているが経緯については記されていない。非常に不親切な作りである。しかしながら内容は素晴らしい。イラストと手書きの文字で構成されている。ま、第三書館という出版社と胡散臭い翻訳者が組んでいるので、ガッサーン・カナファーニーが指摘する政治目的への利用という疑惑は拭い難い。


 73冊目『時宗 巻の壱 乱星』高橋克彦(NHK出版、2000年/講談社文庫、2003年)/第1巻の主人公は北条時頼。鎌倉時代を舞台とした見事な「政(まつりごと)小説」。華僑と思われる謝国明の息子・太郎が秀逸なトリックスターとして描かれている。これは一気読み。

原爆資料館を訪れたチェ・ゲバラ/『チェ・ゲバラ伝』三好徹


 1959年、ゲバラは親善大使として来日した。12日間の日程に広島訪問は含まれていなかった。なぜか?


 1959年革命の成功からわずか半年後の7月、ゲバラは使節団の団長として日本を訪れた。このときゲバラは広島訪問に強くこだわった。日本を訪れたキューバの使節団は6名。団長はゲバラ。使節団は日本各地の産業を見学しキューバの特産品である砂糖の貿易交渉もした。広島行きはゲバラの強い希望だった。しかし、日本政府はこれを許さなかった。

 そのときの副団長であったフェルナンデスさん(ノーベル平和賞を受けた反核団体IPPUWのメンバーの一人)が回想する。「どうしても広島を見せてくれないんだ。アメリカがやったことは見せたくない、そう思ったのかもしれない。それなのにチェはすごかった。『僕らには48時間しかないから、日本政府には言わずに広島に行こう』と言い出したんだ」。


【「チェ・ゲバラの原爆惨禍へのこだわりと広島への思い」】


「アメリカの隣で革命政権を樹立した連中に、反米感情をけしかけるような展示を見せるべきではない」と日本政府が判断したと考えることもできる。だけど、本当はそうじゃないね。まず間違いなくアメリカ大使館と相談していたことだろう。


 チェ・ゲバラは広島行きを断行した――


 一行は資料館に入った。約1時間かかったというから、長い方である。(同館の平均の見学時間は30〜40分)

 チェは、館内のさまざまな原爆による被害の陳列品を見るうちに、見口氏(※広島県の外事担当)に英語でいった。

「きみたち日本人は、アメリカにこれほど残虐な目にあわされて、腹が立たないのか」

 それまで、見口氏はもっぱら大使と話すだけで、チェやフェルナンデスとは、ほとんど口をきいていなかった。それまで無口だったチェがこのとき不意に語りかけ、原爆の惨禍の凄じさに同情と怒りをみせたのである。見口氏はいう。

「眼がじつに澄んでいる人だったことが印象的です。そのことをいわれたときも、ぎくっとしたことを覚えています。のちに新聞でかれが工業相になったのを知ったとき、あの人物はなるべき人だったな、と思い、その後カストロと分かれてボリビアで死んだと聞いたときも、なるほどと思ったことがあります。わたしの気持としては、ゆっくり話せば、たとえば短歌などを話題にして話せる男ではないか、といったふうな感じでした」


【『チェ・ゲバラ伝』三好徹(文藝春秋、1971年)】


「きみたち日本人は、アメリカにこれほど残虐な目にあわされて、腹が立たないのか」――腐敗しきった権力者と戦い続けた男の率直な疑問が、私の背筋に強烈な鞭(むち)を入れた。私は漫然と平和を支持しているうちに猫背になっていた。日本人が唱える平和はいつだって微温的だ。そう。三食昼寝つきの平和主義だ。(Wikipediaでは「アメリカにこんな目に遭わされておきながら、あなたたちはなおアメリカの言いなり(対米従属)になるのか」となっている)

 人間の思考は立場によって価値観を変える。こうした多重性や複層構造がダブルスタンダード(二重基準)を生む。その典型が戦争である。戦争はいつだって緊急事態であるため、通常の法律は適用されず軍法会議によって犯罪性が問われる。つまり、戦争行為自体を犯罪と考えない前提で成り立っているのだ。このようにして我々の思考は、平時における人殺しを憎み、戦時における虐殺を称賛するようになる。


 国家間の戦争は殺人を容認する。だから、殺人以下の犯罪はおしなべて容認されてしまう。

 アメリカは戦後、原子爆弾を投下したことについて謝罪すらしていない。そして日本政府が謝罪を要求したこともない。


 原爆慰霊碑の「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」という文章には主語が欠けている。そして、「過ち」を犯した責任が不問に付されたままだ。もしも喧嘩両成敗という判断基準があるとすれば、原爆投下は正当化されていることになろう。あるいは、加害者と被害者を一緒くたにして反戦思想を標榜するのであれば、すべての犯罪は「人間の罪」として放免されてしまうだろう。


 原爆資料館を見たゲバラは「これからは広島を広島の人を愛していこう」と語った。キューバでは毎年、8月6日に平和を祈る集会が行われている。キューバの少年少女はヒロシマナガサキに原爆が落とされた日を知っている(「チェ・ゲバラの原爆惨禍へのこだわりと広島への思い」)。

チェ・ゲバラ伝

2009-06-19

人生の逆境を跳ね返し、泣きながら全力疾走する乙女/『裸でも生きる 25歳女性起業家の号泣戦記』山口絵理子

 山口絵理子は「マザー・ハウス」というバッグメーカーの社長である。バングラデシュのジュート(麻)を使用したバッグは、すべて現地工場で製造されている。


 小学校に上がって直ぐいじめに遭う。中学では非行少女に。そして高校時代は柔道選手として埼玉県で優勝。一念発起をして偏差値40の工業高校から慶應大学に進学。在学中に米州開発銀行で働く機会を得て念願の夢がかなった。だがそこは、貧しい国の現場からあまりにも懸け離れていた。ある日のこと、山口はインターネットで検索した。「アジア 最貧国」と。出てきたのは「バングラデシュ」という国名だった。1週間後、山口はバングラデシュ行きの航空券を手配した。


 山口絵理子は逆境に膝を屈することがない。だが、山口はよく泣く。そして泣きながら全力疾走するのだ。


 彼女の生きざまは高校時代の柔道によく現れている。埼玉県内の強豪である埼玉栄高校を打倒するために、男子の強豪である工業高校へ山口は入学する。女子柔道部がないにもかかわらずだ。監督はバルセロナ五輪の代表を古賀稔彦(としひこ)と争ったこともある元全日本チャンピオンだ――


 そんな不安を振り切るために練習量を多くしていった。

 私は、高校の朝練の前に自宅の前にある公園で一人練習をはじめた。

 そして朝と午後の部活が終わってからは学校の1階から5階までを逆立ちで上がるというトレーニングを5往復毎日実践した。

 それから電車で30分かけて町の道場に直行し、また2時間練習をし、それからまた家に帰り一人打ち込み、筋トレをする、三食の前にはいつもプロテインという、今思えばゾッとするような日々を365日、休みなく続けた。

 私の部屋は、そこら中「目指せ、日本一!」「打倒 埼玉栄!」などと書かれた汚い壁紙でいっぱいだった。

 そして、毎日つけている柔道日記は、悔し涙でどのページもはっきりと見えなくなっていた。それでも、勝つことはできなかった。

 夏の合宿があった。猛暑の中、私はいつものとおり稽古をした。

 監督が久しぶりに柔道着になって私の名前を呼んだ。

「やるぞ!」

 私はこの監督との稽古で、通算10回も絞め落とされたのだった。「絞め落とされる」とは、簡単に言えば頚動脈を絞められて、意識を失う状態が10回もあったということである。

 私はその稽古中、唇は真っ青になり、青あざのある顔面は鼻水と涙でぐちゃぐちゃになり、どうしようもなくこの場にいるのが怖く耐えられなくなり、脱走を試みた。

 自分でもどういった精神状態だったかは正確に覚えていないが、私は柔道着のまま全力で走った。

「もうやだ!」

 走る、走る。

「家に帰るんだ! もう柔道なんてやりたくない!」

 後ろから、巨漢の先輩が追いかけてくる。

 担ぎあげられた。監督の前に連れて行かれ、「てめぇ! 逃げ出す奴がいるか!」

 と思いっきり殴られた。

 私はプッチンと切れ、思いっきり監督の腹をパンチした。監督は思いっきり私をまた殴った。私は全力で殴り返した。

 そんな死闘の末、合宿は終わり、私はもう「やめたい」と本気で思った。人の何倍も練習しているのに、全然勝てない。

 練習でこんな目にあって、そして周りからは白い目で見られ、心も体もボロボロだった。

 私は泣きながら、部屋に飾ってある「目指せ、日本一!」の壁紙を破り捨て、柔道着を段ボール箱にしまい、柔道をやめる決心をした。


【『裸でも生きる 25歳女性起業家の号泣戦記』山口絵理子(講談社、2007年)以下同】


 私も運動部だったので、彼女の練習量がどれほど凄まじいかがよく理解できる。吐くゲロすら残っていない状況だ。育ち盛りとはいえ、これほどの練習をしてしまえば、今尚深刻なダメージが残っていることだろう。監督を「殴り返した」ことから、ぎりぎりまで追い詰められた彼女の様子が見てとれる。


 高校生の山口は泣き明かし、泣き通す――


 1週間くらい部屋に閉じこもったままで、ずっと泣いていた。

 7冊以上たまった柔道日記を見た。そこには、

「絶対にあきらめない。絶対にあきらめない。あきらめたらそこで何かも終わってしまうから」

 と書かれていた。

 袖がちぎれて半そで状態になっているボロボロのミズノの柔道着を、段ボール箱から出してみた。

 柔道着の裏には、秘密で私がマジックで書いた「必勝」という汚い字が見える。その柔道着を見て、今までの辛い猛練習が頭いっぱいに広がった。

 雑巾みたいに、毎日投げられ続けた日々。それでも私は、いつも立ち上がって向かっていった。

 投げられても、投げられても、「来い!」って言って私は巨漢に立ち向かっていったはず。

 次の日、朝練に向かった。

 また地獄のような練習がはじまった。

 ずっと練習に参加していなかった私を白い目で見る先輩たち。

 練習ではいじめられた。壁にわざとたたきつけられ、引きずり回され、また絞め落とされ、私は吐いた。耳はつぶれてしまったが、それでも頭にぐるぐるテーピングを巻きつけ練習を続けた。

 ある日、膝の靭帯(じんたい)を3本も切断し歩けなくなった。

 病院に行ったらお医者さんが言った。

「手術をしないと30歳になったとき、確実に歩けなくなる」


 勝てなかった山口だったが、3年生の時に埼玉県で優勝。全国大会で7位に輝いた。もう少し手を伸ばせばオリンピックが見える位置まで上り詰めていた。しかし、柔道をやり切った彼女は別の道を選ぶ。


 そんじょそこいらの成功物語を自慢気に語るビジネス書ではない。心清らかな乙女の見事な半生記だ。10代、20代の女性は必読のこと。30過ぎの男どもは、本書を読んで己の姿を恥じよ。

裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記 (講談社BIZ)

2009-06-18

『ビアフラ物語 飢えと血と死の淵から』フレデリック・フォーサイス/篠原慎訳(角川選書、1982年)


ビアフラ物語 飢えと血と死の淵から


 ビアフラ動乱は私が小学生から中学生にかけての出来事だったと記憶している。そのときフォーサイスは戦場にいてこの悲劇を目撃し、ジャーナリストとして国際社会に虚しく訴えていた。欧米諸国の植民地経営に関する無責任さに怒りを感じていたのだと思う。そのため彼は後年私財を投じてクーデターを計画、傭兵を雇い武器を調達し、これからというところで官憲に見つかり計画は頓挫。その代わりに『戦争の犬たち』を書いた、という逸話はあまりに有名。

 そういうわけで、ビアフラ物語はそれ単独で読むよりは『戦争の犬たち』を読んだ後に読むとさらに理解が深まる。はるか昔に絶版となっているため今は古書としてしか入手できないと思うが、戦後のアフリカ史、欧米の植民地政策史を語る上でも重要なエピソード。


俊(とし)


戦争の犬たち (上) (角川文庫) 戦争の犬たち (下) (角川文庫)

2009-06-16

山崎豊子の盗作疑惑


 社会の暗部を鋭くえぐった小説の作者として評価を得て、「日本のバルザック」と呼ぶファンがいる一方、盗作疑惑が何度も指摘されている作家でもある。参考とした資料をほとんど脚色せず作品に反映させたため、盗作との指摘を資料の執筆者から何度も指摘を受けている。よって盗作問題については、「資料の引用」とするか、「盗作」と取るか意見が分かれる所である。

 フィクションに実話を織り込む手法は激しい批判を浴び、また「大地の子」をめぐって遠藤誉・筑波大学教授から自著「■子(チャーズ)―出口なき大地―」に酷似しているとして訴えられる(遠藤誉『■子の検証』明石書店を参照、なお訴訟自体は遠藤の敗訴が確定した)など、盗作疑惑がしばしば取りざたされた。1968年、『婦人公論』に連載中だった長篇小説『花宴』の一部分がレマルクの『凱旋門』に酷似していることを指摘された事件もその一つである。山崎は、秘書が資料を集めた際に起った手違いであると弁明したが、その後さらに芹沢光治良『巴里夫人』や中河与一『天の夕顔』からの盗用も判明したため日本文芸家協会から脱退した(1969年に再入会)。1973年には『サンデー毎日』連載中の『不毛地帯』で、今井源治『シベリアの歌』からの盗用があるとして問題となった。


Wikipedia

「I want you back」Jackson 5


 ジャクソン5のデビューシングル「帰ってほしいの」。1969年10月。私が聴いていたのは、それから10年後のこと。マイケル(当時11歳)もこのまま大人になってくれればよかったのに……。「ABC」と双璧をなす名曲。


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ジャクソン5-アンソロジー

米軍による原爆投下は人体実験だった/『洗脳支配 日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて』苫米地英人

    • 米軍による原爆投下は人体実験だった

 またしてもベッチーである。これは傑作。最近の量産ぶりは玉石混淆だが、本書は一つの集大成ともいえる。それほど完成度が高い。各章の意図が明確で、薀蓄(うんちく)に傾きがちな悪癖が影を潜めている。装丁もグッド。


 苫米地の胡散臭さは、天才にありがちな「ま、わかる奴だけわかればいいや」という手抜きに起因している。穿(うが)った見方をすれば、「トンデモ本と思わせておけば好都合」という魂胆さえ見え隠れしている。


 例えば、スピリチュアル系の内容だと仏教の造詣が求められるし、本書であれば経済の仕組みに関する基礎知識が不可欠だ。私が読んできた限りでは、苫米地英人が単なる思いつきで、いい加減なことを書いた形跡はない。凄いことをさらりと書いておきながら、知を統合させる方向へリードしているように感ずる。


 本書は初の経済モノ。資本主義経済という名のもとで、どのように大掛かりな洗脳が行われ、国民が目隠しをされているかを暴き出している。イントロは、原爆投下にまつわる洗脳だ――


 原爆投下の理由について、新型爆弾である原爆を当初、米国の原爆を開発した科学者たちは、呉などの軍港の、それも沖合いに投下するという説明を受けていました。それを、当時の米国軍部は原爆の威力を測定する意味合いで、都市部に落とすことに変えました。人体実験を目的として日本に落としたと言えます。このことは、残された米軍の資料など、さまざまな証拠から明らかになっています。

 ところが日本人の多くは、「第二次世界大戦を早く終らせるために、アメリカは日本に原爆を投下せざるをえなかった」と教育され、いまだにそう思い込んでいます。

 実際、昭和20年の東京大空襲など、一連の空爆による日本全土焼き払い作戦のときから、米軍部は日本に戦争遂行能力がないことをはっきり知っていました。日本全土を焼き払うこと自体、すでに人体実験です。一般市民が無差別に死んでいくなかで、戦争の恐怖がどのように天皇を頂点にした国家を変えていくのか、研究していたのだと私は見ています。

 そして、その次に原爆投下です。敗戦前の少なくとも半年の間、日本人は国ごと一部の米国人の実験用モルモットとして、やりたい放題に殺されたというのが歴史の事実です。


【『洗脳支配 日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて』苫米地英人(ビジネス社、2008年)】


 私もそのように思い込んでいた。日本軍に侵略されたアジア諸国の国民から見れば、原爆投下は正当化されるのかも知れない。はたまた、ソ連軍の参戦によって米軍は終戦を早めることを余儀なくされた、と。


 真珠湾攻撃の宣戦布告が遅れたとはいえ、アメリカ側は事前に知っていたという記録もある。とすれば、アメリカが第二次大戦後の世界における主導権を握るためにも、でかい花火を打ち上げる必要があったのだろう。


 その結果、広島では14万人が、長崎では7万4000人が、東京は106回の爆撃を受け、3月10日だけで8万4000人が殺された。

 ここで重要なことは戦時中の日本がどのような状況であったのかということである。稀代の悪法である治安維持法や不敬罪によって、警察や憲兵が威張り散らしていたことは容易に想像がつく。夫や子供を戦地へ送り出した妻や母達は気丈に耐えるしかなかったことだろう。そこへコーンパイプをくわえたマッカーサーがやってきたのだ。チョコレートを持った米兵も。終戦(本当は敗戦)と同時に、灯火管制が布かれていた日本に電灯が煌々(こうこう)と灯(とも)った。


 ってことはだよ、ひょっとしたら安堵に胸を撫で下ろした国民の方が多かったかも知れぬ。そして、そこにこそ洗脳の余地(=「情報の空白部分」)が形成されたのだろう。マッカーサーは日本に自由を与えた。そして、自由になった日本国民は知らぬ間にアメリカが誘導する方向へ歩を進めた。


 原爆慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と記されている。過ちを犯したのはアメリカであったにもかかわらずだ。日本人は何でも水に流してチャラにするのだった。で、天皇の戦争責任もアメリカの原爆の責任も不問に付されるってわけだ。


 大き過ぎる問題は国民の目に映らない。群盲象を撫でる状況となる。苫米地英人は一冊の書物に心血を注ぎ、象の姿を皆に見せようと試みたのである。ここには眼を開かせるだけの力が、確かにある。

洗脳支配ー日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて

リハビリ〜歩行をイメージする/『脳から見たリハビリ治療 脳卒中の麻痺を治す新しいリハビリの考え方』久保田競、宮井一郎


 今読んでいる最中の『マインド・ウォーズ 操作される脳』(ジョナサン・D・モレノ著/久保田競監訳、西尾香苗訳、アスキー・メディアワークス、2008年)の表紙見返しに「脳機能の最高権威 久保田競(京都大学名誉教授)監訳」とあった。その関連で本書を取り上げておく。


 前にも書いたが初心者向けの内容である。最新治療法のアウトラインをざっと紹介している。注目に値するのは以下――


 さらに興味深いことに、歩くことを想像すると歩行時の脳活動に近い活動分布を示すことがわかりました。実際の歩行と比べると活動の中心は一次運動野よりも前の補足運動野に見られますが、ここで大切なことは運動の想像をするだけで実際に運動をするときと同じような神経ネットワークが活動するということです。


【『脳から見たリハビリ治療 脳卒中の麻痺を治す新しいリハビリの考え方』久保田競(くぼた・きそう)、宮井一郎編著(講談社ブルーバックス、2005年)以下同】


 イメージ・トレーニングがリハビリにおいても有効であるとの指摘だ。我々は日常において足で歩いていると実感しているが、その指令は脳から出されたものであるがゆえに、実は「脳が歩いている」ともいえる。


 もう少し厳密に書こう。例えばほっぺをつねったとする。すると、ほっぺに痛みを感じる。しかし実際は、脳内の頬に該当する神経が痛みを認識しているのだ。つまり、頭蓋骨を外して脳味噌のその部分を刺激すれば、ほっぺをつねらずしても頬に痛みを感じさせることが可能となる。これを発見したのがワイルダー・ペンフィールドである。ペンフィールド体性感覚ホムンクルスを一度は見たことがあるだろう。


 こうした事実から、人間の行動というものが「初めにイメージありき」であることが理解できる。


 入門書としておとなしく終わればいいものを、久保田は最後に本音を漏らす――


 最後に少し触れておきますが、リハビリテーションでよくなった体験報告の手記が数多く出版されています。これらは医学的な記載が不十分なものが多いので、読んで参考になることは多くありません。


 それは、「お前にとっては」というレベルの話だろう? 「脳機能の最高権威」にあぐらをかいている人物が馬脚を露わした瞬間だ。久保田は科学的事実と経験的事実を混同している。多分、データを重視する考えを示したつもりであろうが、期せずして学者の思い上がりを吐露した格好になっている。


 他人の経験から何を読み取り汲み取るかは、聞き手の側の問題である。久保田は間違いなく患者の話を軽々しく扱うタイプの人物だろう。

脳から見たリハビリ治療―脳卒中の麻痺を治す新しいリハビリの考え方 (ブルーバックス)

2009-06-15

小林秀雄


 1冊挫折。


 挫折32『小林秀雄全作品 25 人間の建設小林秀雄(新潮社、2004年)/岡潔との対談を読むのが目的だった。100ページ余りの分量で、本書の3分の1を占めている。ま、文系vs理系の大物対決といった感あり。初めての出会いでありながら、肝胆相照らす対談となっている。酒盃を重ねていることもあって、談論風発、議論の行方が好き勝手というのも楽しい。新潮社の小林秀雄全作品シリーズの対談だけ読んでしまおうと目論んでいる。

株式有料情報の手口/『本当にあった嘘のような話 「偶然の一致」のミステリーを探る』マーティン・プリマー、ブライアン・キング


 Web上には情報商材なるものが多い。その多くが、「絶対に」「確実に」「誰もが」儲けられると謳っている。馬鹿言っちゃいけないよ。そんな手に誰が乗るものか。確実に儲けることができるのは、情報商材を販売している奴だけに決まっている。


 相場関連では圧倒的に株式とFX(外国為替取引)が目立つ。最近、私が尊敬する矢口新(やぐち・あらた)氏までもが有料情報を売るようになった。実に情けないことである。仮に、そこそこ確率のいい情報があったとしても、そんなものは仕手筋の連中が動かす相場の尻尾に過ぎない。


 そもそもマーケットというのは、自分以外の存在は全員が敵なのだ。当たり前の話である。自分が儲かっているからといって、他人にまで儲けさせようなんて人物がいるわけがない。とどのつまりは、自分のポジションを有利にする目的以外、考えられない。


 本書は小説や映画以上に劇的な偶然のドラマを多数紹介した本であるが、こんな話まで載っている――


 じつを言うと、今回の場合、偶然などではなかった……もっとも、超常的な力や超自然の力が働いたわけではない。この男はニューズレターを発行していたのだが、「私は最新のデータベースを使い、業界内部の事情通から情報提供を受け、高度な計量経済学モデルを駆使して株価予想をしています」と謳ったニューズレターを64000人に送っていたのだ。そのうち32000人分には、来週、ある銘柄の株価が上がると書き、残りの32000人分には下がると書いた。

 翌週の株価がどう動こうと、彼はニューズレターの第二弾を送る――ただし、彼の予測が「当たった」32000人余りの人たちだけに。そのうち16000人分で次の週の株価上昇を予測し、残りの16000人分では株価下落を予測する。実際の株価変動がどうだろうと、16000人にとっては、彼の株価予測が2週連続で当たったことになる。そのやり方を続けるのだ。この手を使って彼は、自分の株価予測は必ず当たる、という幻想を作りだすことができた。

 彼の目的は、ニューズレターの送り先を、6週連続で予測が(偶然)当たった1000人ほどに圧縮することだった。今後も「お告げ」のご利益にあずかろうと、この人たちなら喜んで、彼の要求通りに1000ドル払うはずだ。


【『本当にあった嘘のような話 「偶然の一致」のミステリーを探る』マーティン・プリマー、ブライアン・キング/有沢善樹、他訳(アスペクト、2004年)】


 実に巧妙な手口だ。相場というのは上がるか下がるかに賭けるので、確率は50%ということになる。ま、その意味では宝くじや競馬の類いよりはずっと確率がいい。手数料も安くなったしね。その50%を逆手に取ったわけだ。


 情報を受け取る側は、当たるか外れるかにしか関心がない。2勝すれば「ホウ」、3勝すれば「凄い」、4勝すれば、これはもう信じるしかない。有り金のありったけを突っ込んでもおかしくない。


 こういったプレイヤー心理を知ればこそ、こんな手口を思いついたのだろう。脱帽するしかない。


 経済誌「フォーブス」でアメリカの長者番付で1位(2008年版)になったウォーレン・バフェットをご存じであろうか? 11歳の時から株式投資を始め、一代で巨額の資産を築いた立志伝中の人物である。総資産額は日本円にして6兆円以上となる。では、バフェットのパフォーマンスはどのくらいかといえば、1956-1969年の平均が29.5%、バフェットが経営するバークシャー・ハサウェイ社の1965-2006年の平均が21.4%である。


 かのアインシュタインは、「数学における最も偉大な発見の一つは、複利の発見である」と言っています。また、ロスチャイルドは、世界の七不思議とは? と訊かれた時、「それは分からないが、8番目の不思議が複利である、というのは確かだ」と答えたそうです。


【『貧乏人のデイトレ 金持ちのインベストメント ノーベル賞学者とスイス人富豪に学ぶ智恵北村慶PHP研究所、2006年)】


 確実に儲けることができれば、資産は雪だるま式に増大してゆくのだ。これだけ見ても、いかに勝ち続けることが難しいかがわかる。


 よく投資本で「何億円稼いだ」ってなやつがあるが、その何億円というのは同じマーケット参加者の金であることを忘れてはなるまい。一般的にマーケットで勝ち続けている人間は5%といわれている。つまり、上がるか下がるかは50%の確率だが、勝ち続けることができるのは5%ってな話だ。一般投資家は長期投資でなければ、まず勝算がない。

本当にあった嘘のような話 (アスペクト文庫 B 19-1)

「Playing for Change」Songs Around the World


 10年前にグラミー受賞歴もあるプロデューサー/エンジニアMark Johnson構想の下スタートしたプロジェクト。1998年MarkとプロデューサーWhitney Burdittがタグを組みPlayng For Change:A Cinematic Discovery of Street Musicというフィルムを製作。このドキュメンタリーは2004年に完成、数々の賞も受賞した。2008年にはPlaying For Change:Peace Through Musicという新たな作品が完成、Tribeca Film Festivalでプレミア上映された。それは世界中の100人以上のミュージシャンがその声と映像でパワフルなグループのようにコラボレートした壮大な作品となり、話題に。10年以上世界中を旅して録画したこのドキュメンタリーだが、その中でクルーは様々な設備、テクノロジー、楽器、教育を必要としている地域、国があることを実感、ついにPlaying for the Change Foundationを設立。この基金によって2009年1月には南アフリカにNtonga Music Schoolを、さらに今年後半にはヨハネスブルグにMehlo Arts Centerがついに建設されることとなり、今後も音楽とアートの輪を世界中に広めてゆこうという素晴らしいプロジェクト!もちろん本作品をご購入いただければその収益金の一部はこの基金に廻ります。そのほかPFCのホームページでも募金を集めています。

  • 音楽を通して世界に創造、連繋、平和をもたらすことを目的としたマルチメディア・ムーヴメント=PLAYING FOR CHANGE CD+DVDがついにリリース。
  • 10年前からロケをスタートし、南アフリカ、中東、ヒマラヤなどをめぐり最新のモバイル・テクノロジーを使い100人以上のミュージシャン(コンゴ、イスラエル、ネパール、インド、アイルランド、アメリカ、ロシア、スペイン、ブラジル、ジンバブエベネズエラ、フランスなどの国などのミュージシャンに混じり、スペシャル・ゲストとしてU2のBONO、BOB MARLEYKEB'MO'、AFRO FIESTAなどの面々も参加)の演奏/歌を録画、録音。公園や道端、丘の上などさまざまなはロケーションは主に屋外となっており、楽器も様々、ほとんどは世界的には無名のミュージシャンだが、それぞれの映像・録音をミックスさせることにより遠くに離れている人たちがまるで一緒に演奏しているような素晴らしい映像作品となっている。

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Playing for Change: Songs Around the World

2009-06-14

和田アキ子という代理オヤジ/『テレビ標本箱』小田嶋隆


 テレビを観なくなってから一年ほど経過している。いや一年は大袈裟だな。9ヶ月くらいか。この間に観たのは、NHKスペシャル1回のみである。既にスイッチを入れないというレベルではなくて、コンセントが抜きっ放しになっている有り様だ。我が家にあってテレビは、限りなく粗大ゴミに近いDVD再生器具と化している。


 時々、よそのお宅でテレビを観る機会があるが、まあ酷いもんだね。ブラウン管の向こう側に確固たる個人は存在しない。ヒエラルキーの中で自分のポジションを確認しながら、与えられた役割を演じているだけの世界だ。


 自力で新聞を読みこなせない層のためのテレビ版新聞ダイジェストをニュースショーと呼ぶのだとするなら、ワイドショーは、ニュース解説に読後感まで付け加えた一種の完パケ商品だ。「どう考えるか」のみならず「どう感じるか」までをすべて丸投げにした完全なおまかせニュース商品。

 たとえば「アッコにおまかせ!」では、文字通り和田アキ子という一人の代理オヤジに世界の解釈が丸ごと委ねられている。で、日曜日のオヤジの無気力につけ込む形でアッコ節が炸裂する。末世だ。


【『テレビ標本箱』小田嶋隆中公新書ラクレ、2006年)】


「完パケ」とは完全パケットの略か。和田アキ子は「力」を体現している。小田嶋隆は「代理オヤジ」と手加減しているが、ま、自民党か暴力団というのが正解だろう。あるいは、神……。つまり、「逆らうことが許されないもの」の象徴として和田アキ子は存在しているのだ。そして、現実世界にドラえもんは存在しない。


 世にマザコン男性は多い。年上の女性から叱られることで快感を覚えるタイプだ。“叱ってくれる”という関係性に甘え、寄り掛かり、もたれてしまうような手合いだ。かような連中は、和田アキ子を支持し、田中真紀子を支え、細木和子を懐かしむのだろう。まったくもって馬鹿につける薬はない。


 とはいうものの、和田アキ子はいなくならない。ということは、だ。ヒトという動物が従属関係の中で生きていることを示している(本当か?)。支配するか、額づくかのどちらかだ(フム、もっともらしい)。


 しかし、和田アキ子に従属するのは間違っている。なぜなら、彼女には信念や哲学がなく、感覚でものを言っているからだ。じっくりと検証すれば、容易に自語相違が見つかるはずだ。


 謙虚さを失った人物は他人から学ぶことができない。その一方で、真面目さだけが取り柄の連中が傲慢な人物に魅了されてしまうのも、また事実である。確かに世も末だ。

テレビ標本箱 (中公新書ラクレ (231))

「Candle Chant」DJ KRUSH featuring BOSS THE MC


The New Day Rising!」で紹介されていた。こりゃ凄い。ジャンルは異なるがトーキング・ヘッズのように脳髄を揺さぶる。そして、歌詞はルー・リードより強烈だ。曲の最後は完全な祈りと化している。まるで、お経そのもの。元々ブッダが表した経は「歌」のように聴こえるものだった。

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漸-ZEN-

生きることは難しい/『生き方の研究』森本哲郎


 森本哲郎は文章がいい。春の小川のように優しく瑞々しい。


 先人の生きざまを通して現代人の生のあり方を問う。文芸評論より一歩踏み込んだ内容である。著者の人生に色濃く影響を与えた書物も取り上げられていて、「私の人生観」といった趣もある。


 洋の東西を問わず、時代の古今を問わず、人間はいつも自分の生き方について考え、苦しみ、悩んできた。なぜなら、自分の人生は自分でつくりあげてゆくものだからである。だが、もし、自分の人生が自分の思い通りになるならば、だれも苦しんだり悩んだりすることはなかったろう。それどころか、自分の生き方を考え、人生を設計することは、この上なく愉しい思案となったにちがいない。ところが――残念ながら世の中は、いつの時代にあっても、けっしてそんなに甘くはできていないのである。

 だからこそ生きるのはむずかしい。生き方を考えるのは苦しい。そこで、つい、生きることの意味を等閑(とうかん)に付し、習慣に従ってその苦しみから逃げようとする。


【『生き方の研究』森本哲郎(新潮選書、1987年)以下同】


 人生は思うようにいかない。ヒトがまだ半分裸で過ごしていた頃、生きるとは文字通り環境との戦いであったはずだ。猛獣に襲われる危険がつきまとい、天候に右往左往したことだろう。医療や衛生といった概念もなかったがゆえに、朝起きたら幼子や年寄りが死んでいたことも珍しくなかったに違いない。


 文明の発達は、まず幼児の死亡率を低下させた。続いて、死に至る病のいくつかを克服した。大半の人々が死ななくて済むようになったが、幸福とは縁遠い人生を歩んでいる。つまり、死刑執行の猶予期間が長くなっただけで、人生の中身はそれほど変わっていないように見受けられる。死という当たり前の現象が我々の日常から乖離すると、死の意味すらまともに考えなくなってしまった。今、死は病院にしか存在しない。現代精神の脆弱さは、死を忌避するところにあると思う。


 けれども、人間は物だけで生きるのではない。いや、物が豊富になればなるほど、どこか心の空虚さをそれとなく感じる人はふえているはずである。一抹の空しさ、それは数字にはあらわれない。だが、その空しさは、おそらく、生き方を問う必要すら感じさせなくなってしまった豊かな社会そのものに対する一種の裏切られたような気分なのではあるまいか。


 敵は猛獣から人間関係に姿を変えた。「隣の芝は青い」。確かに。資本主義経済は、国民全員をレースに駆り立てる。消費というルールの買い物競争だ。三種の神器にはまだ夢があった。そして何よりも生活を劇的に変えてくれた。今、人々が求めている物は、「他人よりも勝(まさ)っている」という修羅の心に過ぎない。レースはヒエラルキーのより上位を目指す走り高跳びと化す。


 生きることが難しくなったのは、身近にモデルとなる大人が存在しないためだ。生きざまを感じさせるほどの人物はそうそういない。だから子供達は、ブラウン管の向こう側で踊っている連中に飛びつく。だが、奴等には生活感がない。どうせ、テレビカメラの前で白い歯を見せているだけだ。


 本書の不満を一つだけ上げれば、森本は生き方を風流に帰着させようとしている点だ。そんなものは、権力者から離れた位置で余生を過ごす封建時代の生きざまに過ぎない。芸術は確かに人の心を潤す。だがその芸術が、権力者というパトロンを必要としたこともまた歴史の事実であろう。花鳥風月を愛(め)でているだけで、社会を変革することはできない。


 結局、人生は何と戦ったかで決まるのだ。勝ったか負けたかはどうでもいい。いかなるものに爪を立て、パンチを繰り出したか。そこに人生の意味がある。

生き方の研究

2009-06-13

岡真理著『アラブ、祈りとしての文学』文献一覧


1 小説、この無能なものたち


文学は何ができるかサルトル平井啓之訳(弘文堂、1966年)

良心の領界スーザン・ソンタグ/木幡和枝訳(NTT出版、2004年)

アウシュヴィッツは終わらない あるイタリア人生存者の考察プリーモ・レーヴィ/竹山博英訳(朝日選書、1980年)

イメージ、それでもなお アウシュヴィッツからもぎ取られた四枚の写真』ジョルジュ・ディディ=ユベルマン/橋本一径訳(平凡社、2006年)

わたしを離さないでカズオ・イシグロ土屋政雄訳(早川書房、2006年)


2 数に抗して


シャヒード、100の命 パレスチナで生きて死ぬこと』アーディラ・ラーイディ/岡真理、中野真紀子、岸田直子訳(インパクト出版会、2003年)

滅ぼされたユダヤの民の歌』イツハク・カツェネルソン/飛鳥井雅友、細見和之訳(みすず書房、1999年)

望郷と海石原吉郎ちくま学芸文庫、1997年)


3 イメージ、それでもなお


※『ハイファに戻って/太陽の男たち』ガッサーン・カナファーニー


4 ナクバの記憶


ベンヤミン・コレクション 1 代の意味ヴァルター・ベンヤミン/浅井健二郎訳(ちくま学芸文庫、1995年)


5 異郷(ゴルバ)と幻影(ファンタズム)


現代アラブ小説全集 8 北へ遷りゆく時・ゼーンの結婚』黒田寿郎、高井清仁訳(河出書房新社、1978年)

言葉を撮る デリダ/映画/自伝ジャック・デリダ、サファー・ファティ/港道隆、鵜飼哲、神山すみ江訳(青土社、2008年)


6 ポストコロニアル・モンスター


集英社ギャラリー〔世界の文学〕20 中国・アジア・アフリカ』(集英社、1991年)

地に呪われたる者フランツ・ファノン/鈴木道彦、浦野衣子訳(みすずライブラリー、1996年)

ナギーブ・マフフーズ短編集 エジプト人文豪の作品より』塙治夫訳(近代文芸社、2004年)


7 背教の書物


『ハラーム 〔禁忌〕』ユースフ・イドリース/奴田原睦明訳(第三書館、1984年)

物語のディスクール 方法論の試み』ジェラール・ジュネット/花輪光、和泉涼一訳(書肆風の薔薇、1985年)


8 大地に秘められたもの


 前掲書


9 コンスタンティーヌ、あるいは恋する虜


ネジュマ』カテブ・ヤシーヌ/島田尚一訳(現代企画室、1994年)

恋する虜 パレスチナへの旅ジャン・ジュネ/鵜飼哲、海老坂武訳(人文書院、1994年)


10 アッラーとチョコレート


 なし


11 越境の夢


『0度の女 死刑囚フィルダス』ナワル・エル・サーダウィ/鳥居千代香訳(三一書房、1987年)

サバルタンは語ることができるか』G・C・スピヴァク/上村忠男訳(みすずライブラリー、1998年)

ハーレムの少女ファティマ モロッコの古都フェズに生まれて』ファティマ・メルニーシー/ラトクリフ川政祥子訳(未来社、1998年)


12 記憶のアラベスク


アラブ人でもなくイスラエル人でもなく 平和の架け橋となったパレスチナ人牧師』リア・アブ・エル=アサール/輿石勇訳(聖公会出版、2004年)

悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事』エミール・ハビービー/山本薫訳(作品社、2006年)


13 祖国と裏切り


 前掲書


14 ネイションの彼岸


 なし


15 非国民の共同体


 なし

アラブ、祈りとしての文学

晩飯を食うのもあと千回くらい/『あと千回の晩飯』山田風太郎


 多分、老いに差し掛かった年齢で読めば違った感想を抱くことだろう。40代の私にとっては、枯れた印象しか残らなかった。あるいは、朽ち果ててゆく人間の意地や悪あがきといったところか。


人間臨終図巻』が持つ濃厚さとは無縁だ。勢いの弱くなった筆文字を思わせる文体である。そこに山田風太郎の生活感が滲み出ている。


 山田風太郎の魅力は飄々とした軽やかさにある。自由とわがままの間を思考がヒラヒラと舞う軽妙さ――この一点において山田は頑固の度を増す。山田風太郎は何事にもしがみつくことがない。敢えて言えば「何事からも離れている」自由を堅持している。


 そんな人物が70代となり、晩飯に固執する――


 いろいろな徴候から、晩飯を食うのもあと千回くらいなものだろうと思う。

 といって、別にいまこれといった致命的な病気の宣告を受けたわけではない。72歳になる私が、漠然とそう感じているだけである。病徴というより老徴というべきか。

「つひにゆく道とはかねてききしかどきのふけふとはおもはざりしを」

 という古歌を知っている人は多かろう。この「つひにゆく」を「つひにくる」と言いかえて老いと解釈すれば、人生はまさにその通りだ。


【『あと千回の晩飯』山田風太郎(朝日新聞社、1997年/朝日文庫、2000年)】


 冒頭に配されたエッセイはかなり話題を呼び、新聞のコラムなどでよく引用されていたように記憶している。そして著者は、残された「千回」のメニューを計画するのだが、その通りに実行されることがない。食い意地を張ってはみたものの、やはり山田風太郎は山田風太郎であった。


 私は食べ物にうるさい方ではないので、死の前日であったとしてもご飯と味噌汁、納豆と冷奴(ひややっこ)があればそれで構わない。だが、山田風太郎が書いた「晩飯」とは暗喩(メタファー)であろう。そこに気づいた時私は思った。「残りの人生で、あと何人の人と出会えるのか」と。


 きっと私の人生の登場人物の数は決まっているはずだ。当然、敵役もいれば、通りすがるだけの通行人みたいな人もいれば、友情という彩りを添えてくれる人々もいることだろう。その中で、私に刺激を与え、人格を突っつき、私という存在を投げ飛ばすような人物との出会いを私は求める。


 刺激と反応が進化を促進する。この人生は、私がどこまで進化できるかを試すものだ。だから私は人と会い、それと全く同じ気持ちで本を開くのだ。

あと千回の晩飯 (朝日文庫)

『箱根山』獅子文六(新潮社、1962年)


箱根山


 天下の険、名勝箱根山の観光開発をめぐり、運輸省を巻き込んだ二大資本の熾烈な争いは、第三の勢力の殴り込みで、さらに大混乱。駆引きと思惑が乱れとぶなか、伝統と格式を誇る地元老舗旅館は対立し、あおりをくらった若い二人の恋路も、いまや前途多難だ。西武、東急、藤田観光の世に名高い箱根開発戦争をモデルに、箱根の独得な歴史も織り込んだ、シリアスでユーモラスな企業小説の嚆矢的傑作。

堤康次郎


 康次郎の女性関係は派手であり、女中、社員、部下や息子の妻、乗っ取った会社の娘、華族の娘等々“これは”と思う相手を片っぱしから手中にしていったといわれている。そういう女性との間に生まれ、一族の中に入っていない子供たちの数は把握できていない。「本妻妾を含めて同居した女性は4人、作った子供は12人。愛人の数は有名な女優を含めて正確な数は誰もわからないし、本人もわからなくなっていた。子供12人というのは嫡子として認めた数にすぎず、100人を超えるという説もある」、「葬儀は康次郎そっくりの子供の手を引いた女性が行列を作った」とも言われる。


【「Wikipedia」以下同】


 駿豆鉄道買収騒動の際眼前で右翼に銃撃された際には、堤は微動だにせず、相手を感服させ自分の側に引き込んでいる。(※「ピストル堤」という渾名の由来)

2009-06-12

山口絵理子


 1冊読了。


 71冊目『裸でも生きる 25歳女性起業家の号泣戦記山口絵理子(講談社、2007年)/まあ面白かったよ。一日で読了。ビジネス書ではなく半生記である。小学生時代はいじめに遭い、中学では非行に走り、高校では柔道に挑む。柔道ったって生半可なものじゃない。埼玉県屈指の強豪校を破る目的で工業高校の男子柔道部に飛び込んだのだ。文字通り、血反吐(ちへど)を吐くほどの練習量。山口絵理子は埼玉県で優勝し、全国大会で7位を勝ち取った。その後、一念発起をして偏差値40の工業高校から慶応大学へ進学。留学をきっかけに国際貢献できる仕事を目指すようになる。在学中に、ラテンアメリカ向けの援助や融資を行う米州開発銀行で働く。念願の夢がかなったものの、そこは途上国の現場とは懸け離れた仕事場だった。自分が望んでいたのはこんな世界ではなかった――山口はパソコンに向かって、「アジア 最貧国」というキーワードで検索した。現れたのは「バングラデシュ」だった。1週間後、山口は飛行機のチケットを買った。こうしてバングラデシュに渡り、起業をし、バッグメーカーの社長となった。実に25歳の時である。たった一人で会社を興し、たった一人で工場と交渉し、たった一人で営業をしてきた。山口絵理子はよく泣く。だが、その涙は痛いほどよく理解できる。一直線に生きる山口は、まるで光のように走る。10代、20代の女性に是非読んでもらいたい。大人が読めば殆どの人が自分を恥じたくなるはずだ。日本にもこのような若者がいる。まだまだ捨てたもんじゃない。

2009-06-11

岡真理


 1冊読了。


 70冊目『アラブ、祈りとしての文学』岡真理(みすず書房、2008年)/傑作。アラブ、パレスチナ文学を論じた作品だが、思想・宗教の高みに到達している。小説好きは元より、差別に関心のある人は必読。岡真理は「物語を読み解く」達人といってよい。虐げ続けられた人々の言葉にならない言葉を読者に伝えてくれる。物語は聞き手(あるいは読み手)が能動的に発信することで完結する。一気に読むと、ジェンダー論特有の小難しさが鼻につくが、それは著者が細部を丁寧に語っている証拠であろう。月刊誌『みすず』に連載された記事に大幅な加筆をしたとのことだが、主張にブレがなく書き下ろしに感じるほど。広河隆一著『パレスチナ 新版』(岩波新書、2002年)→ガッサーン・カナファーニー著『ハイファに戻って/太陽の男たち』(河出書房新社、1978年〈『現代アラブ小説集 7』〉/新装新版、2009年)→本書と読むことをお薦めしておこう。これが私にとってのパレスチナ三部作だ。

超能力に対する態度/『小林秀雄全作品 26 信ずることと知ること』

 年代別に編んだ小林秀雄の全作品集。こうした企画物がソフトカバーになっているのも不景気の表れか。茂木健一郎が心酔し、池田晶子が惚れ抜いた講演(「信ずることと考えること」昭和49年8月5日、鹿児島県霧島)を文章にしたもの(※テープ起こしではない)が収められている。


 私は小林秀雄の文章はあまり好きじゃない。ハッとさせられる表現は多いのだが、それは文体によるものではなくして、語彙の配列にあり、飽くまでも思考の軽やかさを示したものだ。小林の主張には逆らい難い切迫感があり、それが単なる思考ではなく、豊かな情緒に支えられていることがわかる。


 本書には書評、対談、講演などが録されているが、断然対談が面白い。気心の知れた今日出海とのやり取りでは品のよい江戸っ子ぶりが発揮され、昭和初期のモノクロ映像が立ち現れてくるような雰囲気がある。


 そして白眉は何といっても「信ずることと知ること」に尽きる。私はこの部分だけ三度ばかり読んだ。


 今度のユリ・ゲラーの実験にしても、これを扱う新聞や雑誌を見ていますと、事実を事実として受けとる素直な心が、何と少いか、そちらの方が、むしろ私を驚かす。テレビでああいう事を見せられると、これに対し嘲笑的態度をとるか、スポーツでも見て面白がるのと同じ態度をとるか、どちらかだ。念力というようなものに対して、どういう態度をとるのがいいかという問題を考える人は、恐らく極めて少いのではないかと思う。今日の知識人達にとって、己れの頭脳によって、と言うのは、現代の通念に従ってだが、理解出来ない声は、みんな調子が外れているのです。その点で、彼等は根柢(こんてい)的な反省を欠いている、と言っていいでしょう。(「信ずることと知ること」)


【『小林秀雄全作品 26 信ずることと知ること』(新潮社、2004年)】


 小林は常々言論人として「インテリの責任」を問う。そして、思想的格闘のない底の浅い考えを嫌悪する。


 超能力という人知を超えた摩訶不思議な現象を目の当たりにすると、「わからないから」嘲笑する。「理解できないから」面白がる。講演の中でも、「人間にはそういう力がある」と言い切った後で、「そんなものよりも驚くべきことはたくさんある」と斬りつけ、返す刀で現代科学をもバッサリと断じている。


 翻ってネット上の言論を見渡すと、驚くほど小林の指摘が当てはまる。言葉をこねくり回して、ああだこうだと書き連ねているが、大半は政治的立場という党派性からもたらされた感情論であることが多い。「ネット右翼」などという言葉がそれを象徴している。


 悪名高い匿名掲示板にしてもそうだろう。政党や企業から宗教団体に至るまで悪口・陰口のオンパレードとなっているが、利害が敵対する勢力の連中が書いていることは一目瞭然だ。党派性に支配されている限り、きちんとしたコミュニケーションは成立しない。


 その意味からも「彼等は根柢(こんてい)的な反省を欠いている」という言葉は重みがある。社会に対する責任を果たさないのは、“自分の人生”を確かに生きていない証拠だ。自分という座標軸が定まっていないから流される。流されるからフワフワした責任のない言動となる。


 本書には収められていないが、講演では「なぜ徒党を組むのか」というテーマにも触れている――


 だから信ずるという力を失うと、人間は責任を取らなくなるんです。そうすると人間は集団的になるんです。(中略)

 イデオロギーは匿名ですよ、常に。責任を取りませんよ。そこに恐ろしい力があるじゃないか。それが大衆・集団の力です。責任を持たない力ってものは、まあ恐ろしいですね。(中略)

 集団ってのは責任取りませんからね。どこへでも押し掛けますよ。自分が正しい、と言って。(中略)

 左翼だとか右翼だとか、みんなあれイデオロギーですよ。あんなものに「私(わたくし)」なんかありゃしませんよ。信念なんてありゃしませんよ。


【「なぜ徒党を組むのか」】


 小林の名調子に激昂の色が加わる件(くだり)である。主義主張の奴隷になっている人物に「私」は存在しない。彼や彼女が体現しているのは命令系統だけだ。それを小林は「イデオロギー」と批判しているのだ。


 三木清の「個人であろうとすること、それが最深の、また最高の名誉心である」(『人生論ノート』新潮文庫、1954年)という言葉を思う。ただひたすら思う。

小林秀雄全作品〈26〉信ずることと知ること 信ずることと考えること―講義・質疑応答 (新潮CD 講演 小林秀雄講演 第 2巻)

(※左が書籍、右が講演CD)

2009-06-09

ジョン・スタインベック、山田風太郎


 2冊読了、2冊挫折。書くのを忘れていたよ。


 挫折30『チャーリーとの旅 アメリカを求めて』ジョン・スタインベック/大前正臣訳(サイマル出版会、1964年)/竹内真訳より読みやすい。ややリードといったところ。竹内訳の方がいい箇所もある。だがどちらも、なぜか読み終えることができない。スタインベックが経験した事実よりも、文章の方が面白いせいだと思う。何とはなしに、エッセイを書くためにアメリカ大陸を横断する必要はなかったように感じてしまうのだ。でも、いつかまた読むと思う。


 68、69冊目+挫折31『人間臨終図巻』山田風太郎(徳間書店、1986年)/下巻を読み損なった。死亡時期が高齢になるにつれ面白くなくなる。本書はトイレ本だ。少しずつ読んで、学ぶべき作品。各ページが墓標のように直立している。自分の誕生日が訪れるたびに、同じ年齢で亡くなった人を知るのもいいだろう。

Card Observer


 世界中のデザイン名刺が紹介されている。

聡明な女性であれ/『石垣りん詩集』


 石垣りんの言葉には目方がある。それは“生活の重み”であり、日常の瑣事(さじ)の底を流れる“生の苦悩”であろう。


 女達に連綿と受け継がれる営みを、石垣りんは謳う――


私の前にある鍋とお釜と燃える火と


 それはながい間

 私たち女のまえに

 いつも置かれてあったもの、


 自分に力にかなう

 ほどよい大きさの鍋や

 お米がぶつぶつとふくらんで

 光り出すに都合のいい釜や

 劫初からうけつがれた火のほてりの前には

 母や、祖母や、またその母たちがいつも居た。


 その人たちは

 どれほどの愛や誠実の分量を

 これらの器物にそそぎ入れたことだろう、

 ある時はそれが赤いにんじんだったり

 くろい昆布だったり

 たたきつぶされた魚だったり


 台所では

 いつも正確に朝昼晩への用意がなされ

 用意のまえにはいつも幾たりかの

 あたたかい膝や手が並んでいた。


 ああその並ぶべきいくたりかの人がなくて

 どうして女がいそいそと炊事など

 繰り返せるだろう?

 それはたゆみないいつくしみ

 無意識なまでに日常化した奉仕の姿。


 炊事が奇しくも分けられた

 女の役目であったのは

 不幸なこととは思われない、

 そのために知識や、世間での地位が

 たちおくれたとしても

 おそくはない

 私たちの前にあるものは

 鍋とお釜と、燃える火と


 それらなつかしい器物の前で

 お芋や、肉を料理するように

 深い思いをこめて

 政治や経済や文学も勉強しよう、


 それはおごりや栄達のためでなく

 全部が

 人間のために供せられるように

 全部が愛情の対象あって励むように。


【『石垣りん詩集』(ハルキ文庫、1998年)】


 料理こそは、人類の知恵であり大いなる遺産だ。古(いにしえ)の時代にあっては、男達が獲ってきた獲物は女達へのプレゼントであり、女達が作る手料理は男達への報酬であったことだろう。それがどうだ。今はお金に姿を変えてしまった。加工のしようがない。


 生み出された知恵が、様式ではなく形式に堕落すると、仕事は義務と化し単なる苦痛となる。ルーティンワーク。お弁当のおかずは冷凍食品。


 石垣りんが謳い上げた食卓は高度経済成長以前の光景だ。三種の神器も出回っていなかっただろうから、女達の仕事は大変手間のかかるものであったはずだ。保存できるように工夫も凝らしたことだろう。そして女達は家に縛りつけられた。


 社会の中で主体性を発揮することもかなわない女達に対して、石垣りんは「学べ」というエールを送った。しかも台所で。「今いる場所で学べ」とのメッセージは、「聡明な母が社会を変革する」という信念の表明だったに違いない。自分を見つめ、家庭を見つめ、そこから社会を照らす灯台になれ――そんな期待が込められている。


 母親の愛情は本能的なものである。そこに賢明さが加われば、もう男達はかなわない。政治家の大半も女性にすべきだ。

石垣りん詩集 (ハルキ文庫)

2009-06-08

山田風太郎、ニュートン別冊


 2冊読了。


 66冊目『あと千回の晩飯』山田風太郎(朝日新聞社、1997年/朝日文庫、2000年)/帰省の際に持ってゆき、帰京後読了。飄々として散漫、といった印象あり。エッセイはやはり余技か。期せずして老いの苛酷な現実が滲み出ている。


 67冊目『脳のしくみ ここまで解明された最新の脳科学』ニュートン別冊(ニュートンプレス、2008年)/とにかくイラストが綺麗でわかりやすい。脳の入門本としては最適。ただし、図と文章の構成がよくない。イラストが大き過ぎて、文字が小さく感じてしまう。しかも横書きゴシック体なんで、読みにくいったらありゃしない。また、執筆者が多いせいだと思うが、アルツハイマー人口について左ページでは150万人としておきながら、右ページでは100万人となったりしている(144、145ページ)。それでも、及第点をつけられる内容だ。

神様やヒーローを待ち望んではいけない/『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール


 ヒンズー教は差別という制度を宗教化したものだ。アーリア人バラモン階級に配することで、インド現地住民との混血を避ける目的もあったとされている。つまり、政治の宗教化とも言えよう。


 2500年間という長きにわたって、不可触民の祈りをヒンズー教の神様が聞き入れてくれることはなかった。そりゃそうだよ。だって、アーリア人がでっち上げた神様なんだもの。


 いかなる宗教であれ、信仰心は尊いものだ。だが、そこに説かれている教義=思想は千差万別であり、おのずと高低浅深がある。そして、思想は人間を縛る。縛られた思考は自由を失う。自由を失った人間は奴隷と化す。ここから明らかになるのは、「人間をどれだけ自由にしたか」という一点に信仰の正当性が存在することだ。


 アンベードカルは、不可触民の人々に巣食う依存心を撃つ――


「奴隷制を今こそ廃止せねばならない。しかしその仕事を神やスーパーマンがやってくれると考えてはいけない。諸君の解放には、政治的力によってもたらされるのであり巡礼や断食なぞによって実現するのではない。聖典を幾ら読んだとて諸君は奴隷制、貧困、欠乏から解放されることはないのだ。今も同じぼろをまとっているではないか。父親たちと同じように、投げ捨てられた食物のかけらにすがって生きようとするのか。父親たちのように、スラムや小屋の隅で朽ち果てるのか。家畜が疫病で倒れてゆくようにむざむざと悪疫の犠牲になって死んでゆくのか。諸君の宗教的断食、禁欲、苦行が飢えから諸君を解放してくれはしなかったではないか」


【『不可触民の父 アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール/山際素男訳(三一書房、1983年/光文社新書、2005年)】


 国家を変革するには政治にコミットするしかない。護摩を焚(た)き、空念仏を唱えたところで何一つ変わらない。現実逃避の祈りは人間を骨抜きにしてしまう。


 アンベードカルは、ヒンズー教に束縛された不可触民の思考を解き放つことから始めなければならなかった。


 それにしても、何という雄弁であろうか。差別という重荷で曲がってしまった背骨に、これでもかと強烈な鞭(むち)をくれている。


 不可触民は少しずつ目を覚ましていった。既に眠り続けていられる状況ではなかった。何もしないで心を死なせるくらいなら、抗(あらが)って死んだ方がましだ。


 アンベードカルから叱責を受けて、不可触民は自分達が人間であることを思い出したのだ。

アンベードカルの生涯 (光文社新書)

24本骨傘


「雨宿(あまやどり)」は高強度グラスファイバー仕様で、「艶(えん)」が軽量ウッドシャフト仕様となっている。定価10000円が2980円なのだから70%オフ。持ち運びに便利な収納ケースも付いている。


24本骨傘 高強度グラスファイバー仕様 【雨宿】 (あまやどり) 直径約105cm ネイビー 22818 24本骨傘 軽量ウッドシャフト仕様 【艶】(えん) 直径約105cm ワインレッド 22824

(※左が「雨宿」、右が「艶」)

2009-06-07

『狼/男たちの挽歌・最終章』

 私が最も数多く観ている作品。軽く100回以上は観ているはずだ。作品としてはB級なんだが、好きなものはしようがない(笑)。ステレオタイプと言われればそれまでだが、人間関係の様式美を断片的に積み上げているような趣がある。


 登場人物の行動が不自然で突っ込みどころ満載。本物の殺し屋は無駄な弾を使わないし、銃を手離すことも絶対にない。だが、それを補って余りあるパワーが映画全編に横溢している。ラストの悲劇は、絵に描いたような因果応報となっているが、殺し屋の人生を浄化することで、観客にある種のカタルシスを覚えさせる。


 サリー・イップの歌声も魅力的だ。


 まあ、最初の10分間だけでも見てごらんなさいよ――


D


狼 男たちの挽歌・最終章 [DVD]

千人の死が織りなす一大絵巻/『人間臨終図巻』山田風太郎


 洋の東西を問わず、約1000人になんなんとする人々の死に様が描かれている。死を照射しているが、人物図鑑としても立派に通用する。一人に割いているのは高々半ページほどである。山田風太郎の歴史と人物に対する造詣の深さが圧巻。


 ま、とにかく読んでごらんよ。人が生まれてくる時は皆一様だが、死は千差万別の趣がある。亡くなった年代順で書かれていて、自分の年齢と比較しやすい。非業の死あり、刑死あり、割腹自殺あり、事故死あり、病死あり……。一見すると安楽に見える死も、本当のところはわからない。いずれにせよ、死は平等に訪れる。


 山田風太郎のエピグラフが本書の魅力を際立たせている――


 同じ夜に何千人死のうと、人はただひとりで死んでゆく。

 山田風太郎――


【『人間臨終図巻』山田風太郎(徳間書店、1986年)以下同】


 もし自分の死ぬ年齢を知っていたら、

 大半の人間の生きようは一変するだろう。

 従って社会の様相も一変するだろう。

 そして歴史そのものが一変するだろう。

 山田風太郎――


 死は推理小説のラストのように、

 本人にとって最も意外なかたちでやって来る。

 山田風太郎――


 最愛の人が死んだ日にも、人間は晩飯を食う。

 山田風太郎――


 死ねば終わり、である。来世を信じようが否定しようが、それは変わらない。化けて出てくるのもいるかも知れないが、幽霊みたいな連中が社会の現実を変えることはない。怨念という力が存在するのであれば、ドイツはユダヤ人の怨念によって崩壊しているはずだし、アメリカは先住民の怨念に倒されてしかるべきだ。


 100年後には今生きている人の殆どは死んでいる。かような事実を思えば厳粛な気持ちにならざるを得ない。争そうために生きている人生が馬鹿らしくなってくる。財産・地位・名誉……。我々が重んじる価値は何一つ墓場に持ってゆけないものばかりだ。


 老いは死の影である。人は老いを忌避しているのではなく、老いの直ぐ向こう側に見える死を恐れるのだ。死はなだらかな平地に存在しない。いつだって唐突に現れる断崖(だんがい)なのだ。上り坂で出てくるか、下り坂で現れるかもわからない。自分の意思と関係なく、自分の人生がそこで裁断されてしまうのだ。死は、悪魔が勝手に下ろす幕だ。


 本書を読んでいる最中に私の父が亡くなった。私の胸中には大いなる墓標がそびえ立った。だがそれは、鎮魂を目的としたものではなく、私の人生を力強く支えてくれる柱となるに違いない。

人間臨終図巻〈1〉 (徳間文庫) 人間臨終図巻〈2〉 (徳間文庫) 人間臨終図巻〈3〉 (徳間文庫)

2009-06-06

『職人衆昔ばなし』斎藤隆介(文藝春秋、1967年)


職人衆昔ばなし 続・職人衆昔ばなし


 大工、指物師、鳶職、左官、畳職、瓦師、石屋、ぬし屋、ガラス工芸、ペンキ職、飾り職、螺鈿師、表具師……現代生活の忙しさにまぎれ、滅び去らんとする職人世界の伝統を守り続けて、腕と意地とを貫き通した27人の職人衆たちの燻し銀のように重厚な芸談集。現在は殆ど物故された名人たちだが、その体験談は未来にも通ずる貴重なものを含んでいる。口の重い名人気質の職人から興味深い話を巧みに引出し、彼らの語り口を生き生きと再現した聞書の傑作。

パレスチナというリトマス紙


 パレスチナを取り巻く問題(※断じてパレスチナ問題ではない。その本質はイスラエル問題であり、ユダヤ問題だ)を指摘できない人や団体は、欧米の支配下で生きる人々であると言ってもいいだろう。その一方で左翼は、自分達の政治目的のために利用する。

2009-06-05

ガッサーン・カナファーニー


 1936年、英国委任統治下のパレスチナの、地中海岸の都市アッカーで弁護士の家庭に生まれたカナファーニーは、1948年、ユダヤ人国家の建国により、12歳で難民となった。ダマスカスの難民キャンプで苦学したのち、56年、クウェイトへ渡り、国連パレスチナ難民救済事業機関が運営する学校で美術の教鞭をとる傍ら、ジャーナリズムの世界に入り、60年、ベイルートへ。そこで、ジャーナリストとして健筆をふるいながら、同時に、PFLP(パレスチナ人民解放戦線)のスポークスマンとして活動するが、72年5月にイスラエルのロッド空港で起きた日本赤軍による機関銃乱射テロについてPFLPが犯行声明を出した数週間後の72年7月8日、イスラエルの情報機関が自動車に仕掛けた爆弾によって幼い姪ラミースとともに暗殺される(イブラーヒーム・ナスラッラーの小説『アーミナの縁結び』がカナファーニーに捧げられたオマージュであるとすれば、イスラエルの狙撃兵に射殺される、主人公ランダの双子の妹の名がラミースであるのは偶然ではないだろう)。

 36歳で亡くなるまで、カナファーニーは、ナクバによってパレスチナを追われ、異邦で難民として生きる同胞たちの生の経験をこそ、ひたすら小説作品に形象化し続けた。いまだ完了せぬナクバのその後を生きる難民たちの生を、それが生きられているまさにそのときに小説に描いた、同時代の稀有な証言であった作品はやがて、カナファーニーの作家的成熟とともに、難民という実存から、人間の生と祖国のありかたを根源的に問うものへと深化してゆく。だが、その未来における思想的投企は、作家の早すぎる死によって、突然、絶たれたのだ。カナファーニーの暗殺は、ロッド空港での日本赤軍によるテロルに対する報復とされているが、PFLP幹部の中でカナファーニーが標的となったのは、イスラエルによるナクバのメモリサイド(※記憶の抹殺)に対して、カナファーニーがペンによって、ナクバの記憶を、そして、世界から忘却されたパレスチナ人の生を鮮烈に描くことで、パレスチナ人のイメージを世界の記憶に刻みつけようとした作家であったからにちがいない。


【『アラブ、祈りとしての文学』岡真理(みすず書房、2008年)】

アラブ、祈りとしての文学

スーザン・ボイルを破ったダンサー集団、早くも映画出演が決定!


 英オーディション番組「Britain's Got Talent」の決勝で、世界的な人気者となった48歳の歌姫スーザン・ボイルを破って優勝したストリートダンサー集団「ダイバーシティ(Diversity)」が、英国初の3D映画「ストリートダンス(StreetDance)」に出演することになった。英スクリーン・デイリー誌が報じた。

 ダイバーシティは、“多様性”を意味するその名の通り、年齢、人種、職業など異なるバックグラウンドを持つ12歳から25歳の男性11人組。うち、兄弟が3組含まれている。同番組では、映画のパロディなどを盛り込んだエンターテインメント性の高いダンスで観衆を魅了した。

 バーティゴ・フィルムズが製作する今回の映画にはほかにも、今シーズンの「Britain's Got Talent」の決勝に進んだダンスグループ「フローレス(Flawless)」や、昨年の優勝者、弱冠15歳の美少年ブレイクダンサー、ジョージ・サンプソンらも出演する。今年8月から撮影を開始、2010年公開予定。


eiga.com速報 2009-06-05

2009-06-04

ダイバーシティ(Diversity):ブリテンズ・ゴット・タレント2009


「ブリテンズ・ゴット・タレント2009」で優勝したダンスユニット。昨日紹介したリンクでは「ディバーシティー」となっているが、動画の発音を聞く限りでは「ダイバーシティ」のようだ。スーザン・ボイルは明らかに予選の時と異なっていた。メディアに露出したことで、彼女の中で何かが狂ってしまったのだろう。


 効果音に合わせたキレのよさやメリハリもさることながら、ダンスを変化に富んだ物語にしているところが彼等の魅力。審査員がスタンディングオベーションをしていないもの、完成度の高い構成によって「見終わった」感が強烈なためだろう。あのサイモンが最初のパフォーマンスを見終えて親指を立てた。この時点で既に審査の対象ではなく、完璧な仕事に対する満足感を示しているようにすら見えた。時に主役が大男から子供に変化するのも楽しい。英語がよく理解できないので心許ないが、どうやら複数の兄弟で構成されているみたいだ。


 最初のパフォーマンスがとにかく凄い。「炎のランナー」の細かい演技が秀逸。パーマの子供が頭を叩かれて後ろに一回転し、左側ではスローモーションで前転している。細部という細部が完璧。立て続けにもう二つの仕掛けを施している。これがわずか2分間で行われているのだ。


 やり取りも自然体で謙虚。何とも言い難い爽やかさが滲み出ている。そして明るい。ここに至るまで彼等は何千回、何万回も振り付けを繰り返してきたことだろう。見事なパフォーマンスは、鍛錬に裏づけられたものであり、まさに修行そのものだ。言葉を介さなくても、彼等のダンスは雄弁だ。

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2009-06-03

目撃された人々 24


 今日、1000万円騙し取られたというオバサンに会った。気の毒としか言いようがない。


 騙される人は往々にして人がいい。否、人がいいからこそ騙されるのだろう。


 何をどのような基準で信じるかが問われている。甘い基準で見知らぬ他人を信じてしまう人は騙されやすい。さしたる根拠もなく儲け話に乗っかってしまうことが、私にはどうしても信じられない。


 トーマス・ギロビッチ著『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』(新曜社、1993年)を読んでおけば、騙されることもなかったろうに。


 一冊の本への投資を惜しむと、こんな羽目になるのだ。騙されたくない人は、騙される前に読んでおくこと。後悔先に立たず。

2009-06-02