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2009-07-12

林秀彦


 1冊読了。


 80冊目『おテレビ様と日本人』林秀彦(成甲書房、2009年)/林秀彦はテレビドラマ『鳩子の海』や『七人の刑事』の脚本を書いた人物。テレビ側の人間としてスポットライトを浴びていたさなかに自殺を試みた。その後、日本を脱出しオーストラリアの山中で暮らしていた。18年ぶりに帰国すると、日本人が白痴化してる事実に打ちのめされた。テレビの光と闇を知る著者が、真っ向からテレビを批判している。単純に見えるが、実は複雑性をはらんでいる。二元論に傾いているのも、白痴化した大衆を見据えてのことだろう。その意味で、読者の知性を試す主張であり、容易にイエスとは言いにくい内容となっている。林は多分、単純vs単純という構図を企図したに違いない。松山善三に師事したことからも硬骨漢であることが窺える。本書には「熱い怒り」がたぎっている。

『要人(VIP)を守れ! プロ・ボディーガードの驚異の世界!』清水伯鳳(近代映画社、1995年)


要人(VIP)を守れ! プロ・ボディーガードの驚異の世界!


 オウム真理教によるサリンの恐怖、警察庁長官狙撃事件、さらには都庁爆弾テロ事件等々、続発する反社会的行為に対応するにはどうしたらいいのか…。知られざる裏の社会で生きてきた著者がその体験的知識にもとづいて鋭く説く、これぞ必読の警世の書。『極限を生き抜く!』の改題改訂版。

『モンテ・クリスト伯 7冊美装ケースセット』アレクサンドル・デュマ/山内義雄訳(岩波文庫、2007年)


モンテ・クリスト伯 7冊美装ケースセット (岩波文庫)


 200年の長い間、世界各国で圧倒的な人気をあつめてきた『巌窟王』の完訳。無実の罪によって投獄された若者ダンテスは、14年間の忍耐と努力ののち脱出に成功、モンテ・クリスト島の宝を手に入れて報恩と復讐の計画を着々進めてゆく。この波瀾に富んだ物語は世界大衆文学史上に不朽の名をとどめている。1841-45年。

世間にひれ伏すインナーマザー/『インナーマザーは支配する 侵入する「お母さん」は危ない』斎藤学


 インナーマザーとは「内なる母」のこと。虐待、過干渉、ネグレクトなど、さまざまな形で子供の心を踏みにじり、侵略し、遂には変形させる悪魔のような存在だ。親子の姿は支配関係となり、日常的に親が子をコントロールし続ける。プレッシャーに耐え切れなくなった子供は、心を歪(いびつ)な形に変えることで適応しようとする。幼児にとっては、文字通り生存に関わる問題だ。


 しかしながら、インナーマザーとは実際の母親を指すものではない――


 インナーマザーは、実際の母親とは少し違います。親そのものというより「世間様」といってよいかもしれません。というのは、母親も父親も、「自分の」考えで子どもを教育する前に、「世間様」にひれふしている場合が多いからです。自分の本音では「そのくらいいいんじゃないか」と思っても、「世間様」に後ろ指をさされないよう、「世間様」に恥ずかしくないよう、「そんなことをするとご近所に笑われるから、してはいけません」としつける。「良い子母親」をやっているわけですが、子どもも親の意向を汲み取り、「世間様」と取り入れるようになります。親が考えるであろう恐れや不安を、子どもは自分の恐れや不安として取り入れるようになるのです。

 こうして親と同様、「世間様」にひれふす子どもができあがります。彼らにとって「世間様」は教祖なのです。教祖に従うよう親が子どもを躾(しつけ)という名目で支配してしまいます。

 これを私は「親教」と呼んでいます。


【『インナーマザーは支配する 侵入する「お母さん」は危ない』斎藤学〈さいとう・さとる〉(新講社、1998年)】


 つまり、世間の奴隷と化した母親が、我が子を奴隷化させる営みが行われているというのだ。子供本人も大きくなるにつれ、奴隷を求めるようになることだろう。このあたりに、いじめの本質があるのかも知れない。


 インナーマザーは仏教で説かれる他化自在天(たけじざいてん)と似ている。「他を化(け)すること自在」とは、自由自在に他人をコントロール下に置くという意味である。


 他化自在天は第六天の魔王とも言われ、欲望世界の頂点に存在する。ということは、権力者を意味しているとも考えられる。権力者はいつだって他人を意のままに操ろうと目論んでいる。


 三世代が同居しなくなり、兄弟の数も減り、地域がコミュニティ機能を果たさなくなった現在、子供が依存する対象は母親しか残っていない。その母親が誤った価値観に基づいて、“正しいと錯覚している教育”を施すところに悲劇が生まれる。子供は「冷酷な視線」と「音を立てない暴力」にさらされる。


 子供の本能はひたすら母親を愛する方向へ慣性が働く。

 子供は母親を愛さずにはいられない。そうしなければ生きてゆけないからだ。ヒトは15年から20年にわたって親の庇護を受け、やっと一人前の大人になる。この時、自分という存在を親に受け容れてもらえなければ、子供の人生の基盤は大きく揺らぐ。で、揺らぐものだからしっかりと立てない。


 江戸時代にあって徳川幕府は、戸主に権限を与える家制度を布(し)いた。家父長制は家庭内にまで及んだ行政ヒエラルキーであり、権限を持つことで戸主は幕府側の位置に立たざるを得なくなるシステムだった。ところがインナーマザーの場合は、権力による統率ではなくして、世間に額(ぬか)づく自発的行為となっている。ここが恐ろしい。


 多分、メディアによる情報統制が完璧になりつつあるのだろう。子供にとって「ホッとできる場所」が家庭でなくなったとすれば、逃げ場はどこにもない。既に、「生きにくい」(生きることが難しい)という妙な日本語がまかり通るようになった。


 では、打開する方途はあるのか? ないね。これっぽっちもない。だから、自分で何とかするしかない。いつまでも被害者の立場に甘んじていれば、犠牲者としての一生しか歩めない。自分の意志で「自分を変えよう」と心を決めれば、必ず何らかのタイミングで「よき出会い」が訪れる。心が傷ついている人には、以下の言葉を贈ろう――


「待て、しかして希望せよ!」(アレクサンドル・デュマ著『モンテ・クリスト伯岩波文庫山内義雄訳)。

インナーマザーは支配する―侵入する「お母さん」は危ない


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