古本屋の覚え書き このページをアンテナに追加 RSSフィード


WWW を検索 古本屋の覚え書きを検索

2009-07-15

バルカンのホスピタリティ/『終わらぬ「民族浄化」 セルビア・モンテネグロ』木村元彦


 コソボ紛争は複雑である。まず、ユーゴスラビア紛争を理解しなくてはならない。

 ユーゴスラビアという国家は、チトー大統領の傑出したリーダーシップによって諸民族が微妙なバランスを取ることで成り立っていた。チトーの死(1980年)によってこの均衡が崩れる。1991年、ユーゴスラビア紛争が始まる。


 で、ユーゴ紛争の内容は以下――

 コソボ紛争は、セルビア人とアルバニア人の長年にわたる憎悪が衝突したものだった。そして、セルビア人大統領ミロシェヴィッチ率いるユーゴに対して、1999年3月24日、遂にNATO(北大西洋条約機構)軍が空爆を開始した。


 要はこうだ。まずセルビア人がアルバニア人を迫害した。そしてNATO軍と国際世論を味方につけたアルバニア人が今度はセルビア人を迫害している。木村元彦によれば、何と3000人ものセルビア人が行方不明となっているとのこと。


 取材に応じているセルビア人は皆冷静であり、フェアな考え方をしている――


 ジンジッチ(※セルビア共和国大統領)の決断は、米国からの援助(約5000万ドル)と引き換えに国内法を無視したものだとベリツエは憤る。

ミロシェビッチ戦争犯罪については、私たちセルビア人も何が行われたのか知りたいし、彼は裁かれるべきです。しかし、一方で同じように私たちセルビア民族の民間人を誘拐したり、殺したりしてきたKLA(※コソボ解放軍)の幹部たちが、今やコソボで要職に就いているのを見ると悔しくて涙が出る。ミロシェビッチの首をよこせと言うのならハシム・タチ(KLA元司令官、現在は独立強硬派のPDK・コソボ民主党党首)もハーグに送るべきではないのか」


【『終わらぬ「民族浄化」 セルビア・モンテネグロ』木村元彦〈きむら・ゆきひこ〉(集英社新書、2005年)以下同】


 実は大きな問題が二つある。


 まず、ミロシェビッチ大統領を悪党に仕立て上げたのは戦争広告代理店だった。

 次に、NATO軍の空爆はアメリカ軍需産業の在庫処分が目的だった。人も建物もない場所で、雨あられを降らすように旧式となった爆弾が落とされた。

「人道」「国際援助」という大義名分を掲げて、アメリカはいつだって好き勝手な真似をしている。


 尚、アメリカの手口については以下を参照されよ――

 セルビア人が著者をもてなす場面がある――


 家に上がれと言うのでバラックの中にお邪魔する。台所に腰掛けて改めて話を聞いた。流しの上にはジュース一本と豚肉のペーストの小さな缶詰が三つ。

「朝昼晩とこればかりなのよ。でも肉は身体が温まる。飢えと寒さにはこれが一番」

 そして客人にはまずこれを、と自家製のラキヤ(梅で作ったブランデー)を取り出しグラスに注いだ。バルカンのホスピタリティーを凄いと思うのはこういう時だ。貧窮極まる難民の家庭で幾度もてなされたことか。しかし、それが彼らにとっての尊厳なのだ。こういう時はありがたく頂く。一気に煽ると強烈なアルコールが胃壁にぶつかってくるのが分かる。


人間とは「ケアする動物」である”という広井良典の指摘や、「ブッダはどのような人も分け隔てなく歓待した」(後日紹介)という友岡雅弥の考察を彷彿とさせる。


 国家エゴの犠牲となった人々が、美しい人間性を発揮している事実に心を激しく打たれる。果たして我々は“最後のパン”を客人と分け合うことができるだろうか?

終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ (集英社新書)

投稿したコメントは管理者が承認するまで公開されません。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20090715/p3