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2009-07-31

イラクチームの快進撃を政治利用したブッシュ大統領/『蹴る群れ』木村元彦


 私はサッカーをまったく観ない。多分、日本代表がワールドカップの決勝戦に進出したとしても観ることはないだろう。そんな私が本書を開くや否や、一気に引きずり込まれ、貪(むさぼ)るように読んだ。


 彼等は紛争という大地に立っていた。彼等は人種差別というフィールドを駆け抜けた。そして彼等は同胞の希望を託してボールを蹴り上げた。世界各国のサッカー選手が、これほどの困難な状況下でプレーしていることを私は初めて知った。政治・宗教・民族にまつわる問題がチームを引き裂き、翻弄する。彼等にとってサッカーができることは、文字通りの自由を意味した。


「サッカーというスポーツで世界は一つになれるかも知れない」――そんな青臭いことを本気で思わせるほどの内容だ。高校の教科書に採用すべきだ。世界が置かれた現実を、これほど雄弁に物語っている作品はそうない。


 では、イラク戦争を見てみよう――


 5月、アブグレイブ刑務所での米兵による虐待行為が明るみに出た。世界中に発信されたその写真は、おぞましさに目をおおいたくなるような代物(しろもの)だった。イラク人捕虜を全裸にした上での自慰行為の強制、覆面(ふくめん)をさせた上で殴打し、踏みつける、人間ピラミッド、タブーである豚肉を食べさせる等々。しかも、実行している米兵は指をさして笑っている。人間の尊厳を踏みにじった、この同胞への蛮行。

 その話題に変えると、(イマード・)リダはとたんに声を荒らげた。耳にするや否や、まるで目の前に米軍部隊がいるかのように、今まで理性的だった男は激しく興奮しだした。

「おまえたちはイラクを解放すると言っておいて、こんなひどい仕打ちをする。おまえらが言っていることは全部嘘だ! 世界はこんな蛮行は許せないと言っているぞ!」

 私は米兵の代わりに、怒鳴られる格好となった。

 アブグレイブで起こった出来事が、メディアを通じて流されたことで、当事者であるイラク人たちが、どれほど屈辱的な思いをさせられたことか。民族的トラウマといっていい。五輪出場を決めることで、同胞に蔓延(まんえん)したこの屈辱感を一掃(いっそう)したかったのだと、リダは言う。


【『蹴る群れ』木村元彦〈きむら・ゆきひこ〉(講談社、2007年)以下同】

 イラク代表選手の多くは明朗かつ知的だった。その彼等がアメリカに対しては一様に怒りを露(あら)わにした。温厚なラザク・モサも「あの虐待の様子がテレビに映しだされたとき、もしも、すぐそばにアメリカ人がいたら、私はそいつを殺していたかもしれない」と語っている。


「無差別攻撃を受けて、サドルシティに住む私の友達は、3人が死に、2人が重症(ママ)を負った。デモクラシーとやらはどこにあるんだ?」(MFハイタム・タヘル)

「アメリカは、バグダッドに自由を授けにきたと言っている。そんな嘘を、絶対に私は認めはしない」(セルマン)


 これが“被害者の声”だった。アメリカは“現代の十字軍”といってよい。自分達の勝手な正義を掲げて、彼等は他の国々を蹂躙(じゅうりん)する。冷戦構造が崩壊して、世界はアメリカの縄張りと化した。


 ところが、このイラクチームの快進撃を、こともあろうにアメリカのブッシュ大統領が政治利用しようとした。大会期間中、再選を目指す選挙広告にこのようなコピーを流したのだ。

「今回のオリンピックより、自由になった国が2つ出場します。テロリストが牛耳(ぎゅうじ)っていた政権は、2つ減りました」

 2つとは、アフガニスタンとイラクを指す。このキャンペーンにイラクチームは猛反発した。激怒したMFのサリフ・サディルはアメリカのスポーツイラストレイテッドのインタビューにこう答えている。

「自分を宣伝するなら、ほかにやり方があるじゃないか。私たちの国に米軍がいることを、私たちは望んでいない。米軍には出ていってもらいたい」

 ファルージャの地獄を知っているムナージドは、もっと過激に言い切った。

「よそ者がアメリカを侵略し、それに抵抗したら、そのアメリカ人はテロリストってことになるのか? ファルージャの人は皆、テロリストというレッテルを貼られている。全部嘘っぱちだ。もし、自分がサッカーをやっていなかったら、間違いなくレジスタンスに加わっていただろう」

 アメリカに追随し、この戦争を肯定した日本のメディアも、ブッシュの思惑に加担した。8月29日の産経新聞は、イラク=ベスト4の快挙を〈産経抄〉でこう書いた。

『「四強は大きな成果だ」。こう胸を張った監督も選手も、内心は敗戦の悔しさより、何の恐怖心もなく帰国できる喜びを噛みしめたに違いない』

 米国のイラク攻撃が平和をもたらしたと喧伝(けんでん)したいのだろう。冗談ではない。戦闘がますます激化しているイラクに何の恐怖心もなく帰国できるはずがない。実際、シュタンゲの後を継いだハマド監督は、BBCに対して、

「オリンピックが終ったら、我々は街路を歩くのも怖い場所に帰っていかねばならない。多くの人たちがアメリカを憎んでいる」

 と発言しているのだ。スポーツ選手が負けて悔しくないはずがない。取材もせずに、勝手に「内心」を憶測で「違いない」と言い切る傲慢(ごうまん)さ。


「良好な日米関係」とはこういうことを指すのだ。アメリカの国家的犯罪を正義と信認し、細部にわたって理想の物語を紡ぎ出すのが日本の役目だ。アメリカンドリームはいつだって力によって支えられている。そう。暴力だ。


 イラク選手の言葉を“民族的な感情”に過ぎないと斥(しりぞ)けることは難しい。その民族感情をはっきりと自覚させたのはアメリカの攻撃に他ならない。たとえ国家の指導者に罪があったとしても、その国の民を殺していい道理など存在しない。


 それにしてもブッシュという男は、猿回しの猿同様に判断力を欠いている。親子二代にわたって戦争を遂行した大統領として歴史に名を残すことだろう。ブッシュの祖父はヒトラーのビジネスパートナーだった。曽祖父もまた親ナチス派だった(菅原出〈すがわら・いずる〉著『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか草思社、2002年)。

 イラク選手の言葉から“民の声”が聞こえてくる。彼等が発する言葉には力強い真実の響きがある。私は彼等に阿羅漢を見出す。


 世界がいかなる閉塞状況に追いやられようとも、フットボール選手は芝の上で躍動する。フィールドを駆って彼等が蹴るのは不自由と不条理だ。

蹴る群れ

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