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2009-08-15

「雨降り道玄坂」ふきのとう


 私が中学生の頃によく聴いた曲。北海道のミュージックシーンは独特で、全国区と異なっている。フォークからニューミュージックへと移行する期間でもあり、まだ演歌っぽさが残っている。

D


2000 BEST

意地の悪い引用


 戦後、「利口な奴(やつ)はたんと反省するがいい。俺(おれ)はバカだから反省などしない」と言った高名な文芸評論家がいた。戦時中、古典に沈潜し、「記憶するだけではいけない。思い出さなくてはいけない。でも、心を虚(むな)しくして上手に思い出すことは非常に難しい」と説いた人だ。それこそ反省という営みであるはずなのに、本当は利口なので、いち早く虚心を捨てたらしい。


発信箱:忘れられた追悼式=伊藤智永(外信部)/毎日jp 2009-08-15


 文章はいいのだが、いささか意地が悪い。文芸評論家とは小林秀雄である。セリフが果たして正確といえるだろうか? 「頭のいい人はたんと反省するがいい。僕は馬鹿だから反省しない」(Wikipedia)、「僕は馬鹿だから反省しない。利口な君達は、好きなだけ反省すればいいんじゃないか」(Street / Fighting / Men)といった表現もある。座談会ということを踏まえると、「俺」という発言は不適切に感じる。新潮社の『小林秀雄全作品』を2冊ほど読んだが、対談では若い頃からの友人である今日出海に対しても「僕」で通している。そういう意味では、悪意が感じられる文章だ。

紙幣とは何か?/『エンデの遺言 「根源からお金を問うこと」』河邑厚徳、グループ現代

 我が国における紙幣とは「日本銀行券」のことである。私はこれを小学生の時分にクイズで知った。よもや、こんな妙ちきりんな名前だとは夢にも思わなかった。「券」だと? じゃあ、映画のチケットと変わりがないことになる。しかし、流通の範囲がべらぼうに異なる。ただ、日本全国のお店、会社で取引可能な商品券と考えると腑に落ちる。


「紙幣(しへい)とは、広義には、公的権力(主に国家)により通貨として強制通用することが認められている紙片である」(Wikipedia)――何だ、この素っ気ない言い方は(笑)。まるで、大金持ちの坊っちゃんが「ケッ、こんなモンは所詮紙切れなんだよ」と捨てゼリフを吐いているように聞こえる。


 ミヒャエル・エンデは紙幣の意味を法律家に問い質(ただ)した――


「私は10人の法律家に手紙を書き、法律的見地から銀行券とは何かと尋ねました。それは『法的権利』なのか、国家がそれを保証するのか。もしそうなら『お金』は経済領域に属さず、法的単位ということになります。『法的単位』なら商いの対象にはできません。しかし、そうではなく経済領域に属するものなら、それは商品といえます。10人の法律家からは10通りの返答がきました。つまり、法的に見て、銀行券とは何なのかを私たちはまるで知らないわけです。定義は一度もされませんでした。私たちは、それが何か知らないものを、日夜使っていることになります。だからこそ、『お金』は一人歩きするのです」


【『エンデの遺言 「根源からお金を問うこと」』河邑厚徳〈かわむら・あつのり〉、グループ現代(NHK出版、2000年)】


 何ということか。我々は紙幣の意味もわからずに紙幣を使い、紙幣を追い求め、紙幣のためにあくせくと生きていたのだ。もっと混乱させてあげよう。では、紙幣と貨幣はどのように違うのか? 紙幣は日本銀行が発行し、貨幣は国が発行する。で、発行元が異なる理由もわからない。


 疑問はどんどん膨らむ。国立印刷局が紙幣を印刷し、造幣局が貨幣を鋳造すると、どの程度の報酬が支払われているのであろうか? ちなみに、券種を問わず紙幣1枚あたりの印刷代は約16円である(廣宮孝信著『国債を刷れ! 「国の借金は税金で返せ」のウソ彩図社、2009年)。これぞ錬金術(笑)。


 脳がそうした性質を持つことから、われわれがなぜお金を使うことができるかが、なんとなく理解できる。お金は脳の信号によく似たものだからである。お金を媒介にして、本来はまったく無関係なものが交換される。それが不思議でないのは(じつはきわめて不思議だが)、何よりもまず、脳の中にお金の流通に類似した、つまりそれと相似な過程がもともと存在するからであろう。


唯脳論宣言/『唯脳論』養老孟司

 ということは、だ。お金とは「情報」ということに落ち着く。つまり貨幣とは、交換媒介機能、価値尺度機能、価値保蔵機能を併せ持った情報なのだ。永井俊哉氏は貨幣の機能を「コミュニケーションメディアである」としている。


 この情報は、一般的に労働の対価として考えられている。多くの人々がそのように考えることは国家権力にとって甚だ都合がよい。では、目覚めた民衆となるべく二つの疑問を提示して今回は筆を擱(お)こう。


 労働の対価は正当に支払われているのか? 労働以外にお金を獲得する方法はないのか?

エンデの遺言 ―根源からお金を問うこと (講談社プラスアルファ文庫)