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2009-08-16

野家啓一


 1冊読了。


 99冊目『物語の哲学 柳田國男と歴史の発見』野家啓一〈のえ・けいいち〉(岩波書店、1996年/岩波現代文庫、2005年)/文庫版は副題が削除されている。これは傑作。経典本と言っておこう。2年ほど前から「思想とは物語である」と考えるに至り、それ以来探し求めていたのが本書であったといっても過言ではない。「物語」と「歴史」について、そして科学・文学・宗教との関係性について鋭い考察を加えている。「語る」行為が、「話す」と「書く」の間に位置するという指摘も首肯できる。岡真理著『アラブ、祈りとしての文学』(みすず書房、2008年)を読んだ人は必読である。また、時間論という点からは広井良典著『死生観を問いなおす』(ちくま新書、2001年)との共通点も見られる。各章冒頭のエピグラフが見事なチョイス。引用も多いのだが決して寄り掛かることがない。濃密な文体でありながら、ダレることなく最後まで疾走している。野家啓一が掘り当てた水脈は、大乗仏教の成立を想起させるほど深くに位置している。「大きな物語」が滅び、「小さな物語」のネットワークが新たな歴史を生むならば、ブログをささやかな武器とすることは可能だ。だがその一方で、「物語り」という文化を育むには一定の時間的経過を必要とするゆえ、最終的には地域に密着したコミュニティのあり方を模索すべきだろう。いやあそれにしても、野家啓一恐るべし。

為替の価格変動要因/『矢口新の相場力アップドリル【為替編】』矢口新


 いい本である。値段を除けば。書き手からすれば、異様なまでにコストパフォーマンスが高いことだろう。ってことは、読み手がリスクを背負う羽目となる。誰かの利益は、他の誰かの損失なのだ。これぞ相場道。


 四六判より一回り大きいソフトカバーで、「ドリル」だと? 既に書いた通りで、「説明編」が30ページ、ドリル形式の問題集が100ページほど。問題&メモ欄で1ページを占めているので、正味80ページとなる。読者がメモ欄に書き込むと出版社は本気で考えたのであろうか? そんなことはあり得ない。本のノド(※綴じてある箇所)の部分が傷んでしまう。つまり、分量の足りない原稿で一冊の体裁を繕(つくろ)っただけの話だろう。


 どうも、矢口新はおかしい。有料メールマガジンも発行している。その言い訳が実に胡散臭かった。折からの不況のせいで、大口の顧客を失ったというものだった。しかも、利益を出しているにもかかわらずだ。


 金融マーケットは弱肉強食の世界であり、自分以外の投資家は全て敵である、というのが矢口の教えだった。それがどうだ。「みんなで手をつないで儲けましょう」と、にじり寄っている。きっと、抜き差しならぬ事情があるのだろう。悲しいことだ。


 本書は、為替の価格変動要因について20の問答形式で解説したもの。知っているようで知らないことが多く、そこそこ勉強になった。言わば、風が吹けば桶屋が儲かる理由を示した内容だ。


●日計りの買いはその日の数時間だけ相場を支えているだけなのでいずれは売りがでること

●ヘッジファンドの買いは数日から数カ月相場を支えているが、やはりいずれは売りが出る

(中略)

●輸入(石油会社など)のドル買いには、輸出(自動車産業など)のドル売りでしか対抗できない


【『矢口新の相場力アップドリル【為替編】』矢口新〈やぐち・あらた〉(パンローリング、2004年)】


 ポジションは取った方向に圧力を掛ける。そしてトレンドは、ポジションの保有期間の長さによって決定される。


 これは株式においても同様である。単純に考えてみよう。発行株式数が10株しかない企業があったとする。このうち誰かが3株を取得した。するとマーケットに残っている株式は7株となる。当然、買い圧力が掛かる。つまり値段が上がる。上がった値段の株を他の誰かが2株買う。残った5株は更に上昇する。ま、こんな具合だ。


 上記テキストはポジションの量を無視している。なぜなら、量はトレンドを左右しないからだ。トレンドを支配するのは保有期間、すなわち時間である。


 建てられたポジションは必ず決済される。膨らんだポジションはスクウェア(ゼロ)に向かう。相場は買われ過ぎては売られ、売られ過ぎては買われ、スクウェアを中心に行ったり来たりを繰り返す。


 すなわちここで示されているのは、実需筋の動きがトレンドに大きな影響を及ぼすことである。ま、政府・日銀のドル円介入が最大といっていいでしょうな。だって、売られることないんだから。ちなみに、防衛と称して自国の通貨を売っているのは日本政府だけだ。守られるのは輸出企業だけであって、国民全体の利益にかなうのは、飽くまでも円高であることを銘記しておく。


 徒手空拳でマーケットに挑めば、ケツの毛までむしり取られる。それゆえ、戦略・哲学・論理が不可欠となる。しかし、だ。マーケットを支えているのは熱狂と失望なのだ。買う人が多いから上がる。売る人がいなければ、何段でも値を上げる。このまま無限に上がり続けるのではないか? ――誰もがそう思ったのがバブル景気だった。1989年12月29日の大納会に付けた値段は3万8915円。空前の熱狂の後には「空白の10年」が待ち受けていた。


 買いが買いを呼び、売りが売りを呼ぶ。相場は人気投票だ。その「人の気」を読むところに醍醐味がある。

矢口新の相場力アップドリル 為替編