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2009-08-18

井上薫


 1冊読了。


 100冊目『裁判官が見た光市母子殺害事件 天網恢恢 疎にして逃さず』井上薫(文藝春秋、2009年)/昨日読了。本書を読むまで、差戻後控訴審で死刑判決が下ったことを私は知らなかった。テレビを観ないとこういうことが、ままある。弁護側は直ちに控訴したようだが、結局のところ無駄な抵抗に終わることだろう。私は事件よりも本村洋という男に興味があった。多分、それまでは真面目でおとなしい性格だったに違いない。自宅で妻の死体を発見して彼は鬼と化した。彼は文字通り正義を体現した。彼は法そのものと化した。少年は彼にこそ裁かれるべきだった。そして彼に裁かれたのだ。本村以外の誰にこんなことができただろうか。たった一つの武器は言葉であった。彼の言葉はまるで聖典だ。私は彼を法律として採用したい。本書は、元裁判官の井上薫が裁判員制度を前にして、法律制度の矛盾や問題点を指摘した内容である。いささかテクニカルな面に傾きすぎるきらいはあるが読みやすい。裁判員制度入門としてはうってつけだ。

初ゴーヤチャンプルー


 初めてゴーヤチャンプルーを作る。もちろん、クックパッドを参照した。小学校で育てたというゴーヤを数日前にもらったのだ。作り始めてから気づいたのだが、卵を用意するのを失念していた。実は卵アレルギーなのだ。とは言っても、食べることができないのは半熟目玉焼きの黄身だけである。


 数年前の話になるが、野口五郎がテレビ番組で「ある日、突然卵アレルギーになった。以来、身体が卵を受け付けなくなった」と語っていた。私は当時、毎日のようにゆで卵を食べていた。「ったく、野口五郎もだらしがないね」と呟いた。翌日、ゆで卵の黄身を食べた瞬間、頭の中がキーンと痛んだ。あれ、おかしいな? それからというもの、私は黄身を食することが不可能となった。何ということか。情報によるアレルギーの伝染だ。ひょっとすると、五郎を嘲笑った祟(たた)りかもしれぬ。


 結構上手くできた。「隣の奥さんからおすそ分けをもらったよ」とかみさんを騙せるほどの仕上がりだ。もちろん決め手は「ゴーヤチャンプルーの素」である。食べた後で別のページを検索したところ、「木綿豆腐はふきんで絞る」なんて書いてあった。確かに水分はよく切っておいた方がいい。あと、ゴーヤは3〜4ミリが好ましい。私は5ミリくらいにしたので中々火が通らなかった。これなら、豚肉を美味しくいただける。


 チャンプルーは「ごた混ぜ」という意味らしいが、豆腐のプルプル加減とネーミングがマッチしていてグッド。

命懸けの糾弾/『プーチニズム 報道されないロシアの現実』アンナ・ポリトコフスカヤ


 アンナ・ポリトコフスカヤは殺された。自宅アパートのエレベーター内で何者かの手によって蜂の巣にされた(2006年10月7日)。それまでにも彼女は、北オセチア共和国で起こったベスラン学校占拠事件の取材に赴く機中で紅茶に毒を盛られたことがあった。銃口を向けられた瞬間、彼女の口元は引き締まったことだろう。


 一読の価値はある。読みにくい文章は多分、著者と訳者に半分ずつ責任があるのだろう。ポリトコフスカヤは残された時間が限られていることを感じていたのかもしれない。文章は疾走し、時々道からはみ出しながらもスピードを緩めない。怒りの感情は、敵を睨(にら)みつけるあまり、視野が狭くなることもある。表現に多少の問題があったとしても、彼女の正義感は輝いている。


 ウラジーミル・プーチン――初のKGB出身の大統領である。テレビのニュースでその顔を見た時、酷薄な表情に驚いた記憶がある。飢えた狼、あるいは獰猛(どうもう)なのような顔だ。過去に人を殺したか、殺す命令を下したことのある目つきをしていた。


 ロシアは無法地帯と化していた。警察も裁判官も買収され、メディア情報は統制され、軍隊は行き着くところまで腐敗していた。発展する経済を支えているのはニューロシアンだ。彼等はソ連崩壊後の混乱に乗じて資産をものにした新興勢力であり、マフィアでもあった。その一方で貧富の差は極端に拡大した。


 それでもロシアの民はプーチンを支持し続けた。ロシア国民はスターリン時代から何の進歩も遂げていなかった。

 そして、ロシアの軍隊は落ちるところまで落ちた――


 プーチンが実際どのように軍部を支援したのかについて、いくつかの話をしよう。国民の血税でこのような軍隊が維持されている国に住みたいと思うか、それは、あなた自身で考えていただきたい。あなたの息子が18歳になり、「人的資源」として徴集されたとしたら、どう思うか。兵士が群れをなし、時には小隊や中隊単位で毎週のように脱走するような軍隊の実態に満足できるか。2002年の1年間だけで、大隊に匹敵する500人を超す兵士が戦闘ではなく暴行によって死亡した軍隊ならどうだろう。両親から兵士に送られてくる10ルーブル札から、果ては戦車の隊列まるごと将校が盗み取る軍隊なら? 上級将校は下級将校にやりたい放題のことをし、下級将校はその憎しみを兵士に向けている軍隊は? 将校という将校が例外なく兵士の親を憎んでいる軍隊は? そして、この憎しみの理由というのが、将校のひどすぎる行状に息子を殺された母親が憤り、懲罰を求めることも珍しくないからだとしたらどうだろう。


【『プーチニズム 報道されないロシアの現実』アンナ・ポリトコフスカヤ/鍛原多惠子〈かじわら・たえこ〉訳(NHK出版、2005年)】


(※最初のワンセンテンスと後ろの部分がつながっていない。これが本書の特徴である)


 一党支配の大国には、どうしてこれほどモラルが存在しないのだろうか? 中国も同様である。国家としての自浄能力や自制心を完全に欠いている。そして国民はどこまでも忍耐強い。国家の腐敗指数と国民の忍耐力は比例関係にある。


 チェチェン人の少女がロシア将校に強姦された挙げ句に殺害された。こんなことをしでかしても、ロシアでは中々有罪が下らない。罪を問われないのであれば、何だってやるようになるのが当然だ。それ以前から旧ソ連軍は世界に憎悪をばらまいてきた――

 チェチェン人の男は必ず復讐を遂げる――

 アンナ・ポリトコフスカヤの復讐は誰が果たすのか。次に暗殺されるロシアのジャーナリストに期待すべきなのだろうか。それとも、ロシアの民衆が決起するのを待つべきなのだろうか。あるいは、ロシアが滅ぶまで放置すべきなのだろうか。


 ポリトコフスカヤ女史は、権力を批判する自由と引き換えに殺された。であれば、言論の自由に価値があると信ずる者には、彼女の仇を討つ義務があるのだ。

プーチニズム 報道されないロシアの現実