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2009-08-18

命懸けの糾弾/『プーチニズム 報道されないロシアの現実』アンナ・ポリトコフスカヤ


 アンナ・ポリトコフスカヤは殺された。自宅アパートのエレベーター内で何者かの手によって蜂の巣にされた(2006年10月7日)。それまでにも彼女は、北オセチア共和国で起こったベスラン学校占拠事件の取材に赴く機中で紅茶に毒を盛られたことがあった。銃口を向けられた瞬間、彼女の口元は引き締まったことだろう。


 一読の価値はある。読みにくい文章は多分、著者と訳者に半分ずつ責任があるのだろう。ポリトコフスカヤは残された時間が限られていることを感じていたのかもしれない。文章は疾走し、時々道からはみ出しながらもスピードを緩めない。怒りの感情は、敵を睨(にら)みつけるあまり、視野が狭くなることもある。表現に多少の問題があったとしても、彼女の正義感は輝いている。


 ウラジーミル・プーチン――初のKGB出身の大統領である。テレビのニュースでその顔を見た時、酷薄な表情に驚いた記憶がある。飢えた狼、あるいは獰猛(どうもう)なのような顔だ。過去に人を殺したか、殺す命令を下したことのある目つきをしていた。


 ロシアは無法地帯と化していた。警察も裁判官も買収され、メディア情報は統制され、軍隊は行き着くところまで腐敗していた。発展する経済を支えているのはニューロシアンだ。彼等はソ連崩壊後の混乱に乗じて資産をものにした新興勢力であり、マフィアでもあった。その一方で貧富の差は極端に拡大した。


 それでもロシアの民はプーチンを支持し続けた。ロシア国民はスターリン時代から何の進歩も遂げていなかった。

 そして、ロシアの軍隊は落ちるところまで落ちた――


 プーチンが実際どのように軍部を支援したのかについて、いくつかの話をしよう。国民の血税でこのような軍隊が維持されている国に住みたいと思うか、それは、あなた自身で考えていただきたい。あなたの息子が18歳になり、「人的資源」として徴集されたとしたら、どう思うか。兵士が群れをなし、時には小隊や中隊単位で毎週のように脱走するような軍隊の実態に満足できるか。2002年の1年間だけで、大隊に匹敵する500人を超す兵士が戦闘ではなく暴行によって死亡した軍隊ならどうだろう。両親から兵士に送られてくる10ルーブル札から、果ては戦車の隊列まるごと将校が盗み取る軍隊なら? 上級将校は下級将校にやりたい放題のことをし、下級将校はその憎しみを兵士に向けている軍隊は? 将校という将校が例外なく兵士の親を憎んでいる軍隊は? そして、この憎しみの理由というのが、将校のひどすぎる行状に息子を殺された母親が憤り、懲罰を求めることも珍しくないからだとしたらどうだろう。


【『プーチニズム 報道されないロシアの現実』アンナ・ポリトコフスカヤ/鍛原多惠子〈かじわら・たえこ〉訳(NHK出版、2005年)】


(※最初のワンセンテンスと後ろの部分がつながっていない。これが本書の特徴である)


 一党支配の大国には、どうしてこれほどモラルが存在しないのだろうか? 中国も同様である。国家としての自浄能力や自制心を完全に欠いている。そして国民はどこまでも忍耐強い。国家の腐敗指数と国民の忍耐力は比例関係にある。


 チェチェン人の少女がロシア将校に強姦された挙げ句に殺害された。こんなことをしでかしても、ロシアでは中々有罪が下らない。罪を問われないのであれば、何だってやるようになるのが当然だ。それ以前から旧ソ連軍は世界に憎悪をばらまいてきた――

 チェチェン人の男は必ず復讐を遂げる――

 アンナ・ポリトコフスカヤの復讐は誰が果たすのか。次に暗殺されるロシアのジャーナリストに期待すべきなのだろうか。それとも、ロシアの民衆が決起するのを待つべきなのだろうか。あるいは、ロシアが滅ぶまで放置すべきなのだろうか。


 ポリトコフスカヤ女史は、権力を批判する自由と引き換えに殺された。であれば、言論の自由に価値があると信ずる者には、彼女の仇を討つ義務があるのだ。

プーチニズム 報道されないロシアの現実

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