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2009-08-19

法律の表と裏/『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』田中森一


 告白スタイルの自叙伝としては、宮崎学の『突破者 戦後史の陰を駆け抜けた五〇年』(南風社、1996年/新潮文庫、2008年)、佐藤優の『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社、2005年/新潮文庫、2007年)などに匹敵する内容だ。


 前半は貧しい少年時代から苦学をして遂に検事となり、撚糸工連事件平和相互銀行事件など名だたる事件を手掛けた。


 長崎県の平戸島で生まれ、定時制高校を経て岡山大学へ進学する件(くだり)は、この時代の濃厚な雰囲気に満ちている。高度経済成長が幕を開けた頃だ。田中は貧しい環境に甘んじる少年ではなかった。止み難い向学の念から奇策をひねり出す――


 しかし、むろん大学受験用の高い参考書類なんて買えるわけがない。中学生のころ、父親が便所に捨てた学習参考書も、買ったものではなかった。学校の教員になりすまして、ただで送ってもらったものだ。教科書の奥付にある発行元の出版社に対し、

「中学校の数学を教えている田中森一という者ですが、私のクラスの授業に御社の問題集を採用したいので、参考のために送付してもらえませんか」

 と、嘘を書いた手紙を3社の出版社に出した。すると、出版社側はてっきり学校の授業に使ってもらえると思い込む。案の定、すぐに送ってくれた。ただし、参考書が家に送られてきたら、そのあとが面倒だし、父親に見つかるから、送り先はバスの停留所止めにしておいた。交通の便が発達していない当時の郵便事情では、そうすることも珍しくなかったからだが、そうしておいて学校帰りに取りに行っていた。


【『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』田中森一〈たなか・もりかず〉(幻冬舎、2007年/幻冬舎アウトロー文庫、2008年)以下同】


 これを知恵と見るか悪知恵と見るかで、田中という人物の評価は分かれる。「貧乏に対して徹底抗戦した」とも思えるし、「目的を遂げるためなら、手段を選ばない男」と評価することも可能だ。検事となった後、田中は後者となる。


 田中は大きな事件を次々と手掛けてゆく中で、捜査が政治に支配されていることを思い知る――


 平和相銀事件の本質は、岸組による恐喝事件だったはずだ。それが銀行側の特別背任にすりかわった。本来、被害者が加害者になったようなものだ。その事件が、住銀の首都圏攻防に大きく貢献したのは間違いない。結果的に、われわれ検事は、都心の店舗をタダ同然で住銀に買い取らせるために捜査をしたようにも見えた。伊坂はすでに亡くなっているが、古巣の検察にこんな騙し討ちのようなことをやられて、死ぬに死に切れなかったのではないだろうか。

 この平和相銀事件を体験し、私は東京地検特捜部の恐ろしさを知った。事件がどのようにしてつくられるか。いかに検察の思いどおりになるものか、と。捜査に主観はつきものだが、それが最も顕著に表れるのが、東京地検特捜部である。


 その後、田中が担当する捜査は検察上層部の政治的思惑で潰される。不正を追求すべき検察が、不正の温床となっていた。田中は辞職する。その後、弁護士となり闇社会のスーパースター達と親交を深める。


 本書のタイトルは「反転」であって「反落」ではない。上から下に落ちるのが反落であれば、表から裏に移動したのが反転であろう。だが田中は、検察庁から恨みを買っていた。特に元上司である石川達紘は蛇のような執念を燃やした。(※石川については、西尾敏信の記事を参照のこと)


 田中の言い分は筋が通っている。だが肝心の主張(4分弱の通話)には触れることなく控訴は棄却された。現在、田中は塀の向こう側にいる。


 出る杭は打たれる――所詮そんなレベルの話だ。石橋産業手形詐欺事件の捜査が我が身に及ぶや、田中は狼狽を隠せなかった。自分が検事の時は手段を選ばぬ取り調べを行っていた人物にもかかわらず。その様子はどう見ても「反転」ではなく「反落」である。


 田中森一は貧しさを忘れた瞬間から、転落していったのだ。確かに正義を主張してはいるが、それは個人という範疇にとどまっている。本気であれば、刺し違えても悪を討とうとするはずだ。


 裏情報をひけらかしたところで、世の中が変わるはずもない。「自分の言葉」で他人の心をつかむことで、変革の第一歩が始まるのだから。

反転―闇社会の守護神と呼ばれて (幻冬舎アウトロー文庫)

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