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2009-09-11

固定相場制以前、固定相場制時代、変動相場制時代の主な出来事


固定相場制以前、固定相場制時代の主な出来事


【注】○=日本(円)、★=世界、※=欧州、△アジア


1800年代★1816年、英国で「金本位制度」が開始、1800年代を通じて世界各国で徐々に浸透
 ○1871年(明治4年)、1ドル=1円(純金1.5g)でスタート
 ※1873年(明治6年)、1ドル=4.20マルクでスタート
 ○1897年(明治30年)、円は2分の1に切り下げられ、1ドル=2円
1910年代★1914年の第1次世界大戦開始を機に、各国が「金本位制度」を停止(1917〜1925年)
1920年代○1923年(大正12年)、関東大震災による超インフレから1ドル=2.6円まで円安が進行
 ★ドイツでも超インフレから1ドル=4.2兆マルクまでマルク安が進行→その後1兆分の1のデノミを行い1ドル=4.2マルクとなった。
 ★「金本位制度」が一時的に復帰(1925〜1931年)
1930年代★NY株式大暴落(1929年)を機に各国が金本位制から管理相場制へ移行(1931年)
 ○満州事変(1931年)や第2次世界大戦勃発(1939年)等から1ドル=4.25円までの円安
1940年代★太平洋戦争勃発(1941年)以降、ほとんどの通貨で「無為替状態に
 ★1944年、ブレトンウッズ(米)において「ブレトンウッズ協定」を締結。◎米ドル・英ポンドをリザーブ通貨とする、◎為替安定のため各通貨を対ドルで±1%(対ドル以外は相互に±2%以内)に固定、◎金の価値を対ドルで1オンス=35ドルに固定、◎国際通貨基金IMF)、世界銀行を創設
 ★その後も無為替状態が続く(軍用交換相場が中心)
 1949年(昭和24年)、1ドル=360円(1ドル=4.20マルク)の固定相場制が開始、その後、約20年にわたって固定相場が維持された
1950年代※1957年(昭和32年)、ローマ条約が批准され、ECのもととなるEEC(1958年)が発足
1960年代★1960年代後半以降、米貿易赤字の拡大をはじめとした、米経済ファンダメンタルズの悪化を背景に、米ドルが対円、対独マルクで大きく下落
 ※1967年(昭和42年)、EC(欧州共同体)発足
1970年代★1971年(昭和46年)、日独通貨当局の介入にもかかわらずドルは続落
 ニクソン大統領が、ドルと金の交換禁止を含んだドル防衛策(「ニクソン・ショック(1971年8月)」)を発表したが、ドルは1ドル=347円まで下落
 ★「スミソニアン合意(1971年12月)」による各通貨の許容範囲は対ドルで±1%から、±2.25%に拡大し、ドルは実質切下げ(金1オンス=35ドル→38ドル、1ドル=360円→308円)
 ※欧州各国が互いの為替レートを±1.125%以内の変動に抑える「欧州通貨へび」と、対ドルレートを±2.25%以内の変動に抑える「トンネルの中のへび」から構成される「スネーク制(1972年)」が開始
 ※対ドルでの制限はブレトンウッズ崩壊(1973年)とともに消滅し、スネーク制自体もその後崩壊(1976年)、EMS創設(1979年)にその役割を譲る


変動相場制時代の主な出来事


【注】○=日本(円)、★=世界、※=欧州、△アジア


1970年代★円相場が「変動相場制度(1973年2月)」に移行
 ○ドルは250円台にまで下落し、ブレトンウッズ体制が崩壊
 ○第1次石油ショック(1973年10月〜1974年)により、日本の経常収支が赤字化、インフレが進行、これによりドルは一時的に307円まで反発(1975年12月)
 △日本の貿易黒字拡大(1976年〜)、第1次・第2次短資流入規制(1977・1978年)等により、ドルは175.50円近辺(1978年10月)まで反落
 ○米カーター大統領のドル防衛策(1978年11月)、第2次石油危機(1978年12月)等から、ドルは260円近辺まで急反発(1980年3月)
 ※EMS(欧州通貨制度)が発足(1979年3月)、ERM(為替相場メカニズム)を採用(対ECUで±2.25%以内、イタリアと英は再調整で±6%に拡大)
1980年代米金利低下、円防衛策(1980年3月)等によりドルは199円台まで下落
 レーガノミクス等の影響で、ドルは278円台(1982年11月)に反落
 △アジアの多くの国で「通貨パスケット制度」を採用し、準固定相場制度が普及
 ★対独ドル売り協調介入により、240円台までドル安が進行
 ★さらに「プラザ合意(1985年9月)」により、ドルは240円台から200円割れへ急落
 ルーブル合意(1987年2月)」で一時的にドル下落は止まるが、「ブラックマンデー(1987年12月)」にて再下落
 「クリスマス合意(1987年12月)」を受け、120.45円(1988年1月)でドルが反発
1990年代前半東西ドイツが統合(1990年10月)
 ○米インフレ懸念等からドルは、160.35円(1990年4月2日)まで上昇
 ○G7(1990年4月)での円安是正等から、ドルは123.65円まで反落(1990年10月)
 ○湾岸戦争などから、ドルは142.15円まで上昇(1991年6月12日)
 ○米金利低下から122.70円(1992年1月)に下落後、135.00円(1992年4月)に反発
 ※「欧州通貨危機(1992年9月)」で英・伊がERMを離脱、ドルは118.60円まで下落(1992年9月30日)
 ○ドルは、126.21円(1993年1月)まで上昇後、100.40円まで反落(1993年8月)
 ※「2度目の欧州通貨危機(1993年8月)」勃発、ERM変動幅が±15%に拡大
 マーストリヒト条約が発効(1993年11月)、EU(欧州連合)が発足
 米政府筋の円高誘導コメントなどから、ドルは113.60円から100円割れ(1994年6月)、さらに「ドルの戦後最安値79.75円(1995年4月17日)まで下落
1990年代後半〜アジア通貨危機により、多くの通貨が変動相場制に移行
 ○日本の株・債券・円がトリプル安となり、ドルは147.62円(1998年8月11日)へ
 ※欧州統合通貨「ユーロ」が誕生(1999年1月:11カ国)
 ※ギリシャが「ユーロ」に参加(2001年)
 ○日銀の円買い介入や投機筋のドル売りによって、ドルは101.30円(1999年11月26日)まで下落後、135円台まで反発(2002年1月)、その後ドルは反落し、2004年3月末時点で105円近辺での推移となっている


【『為替オーバーレイ入門 戦略的為替リスク・マネジメント』中窪文男(東洋経済新報社、2004年)】

為替オーバーレイ入門―戦略的為替リスク・マネジメント

コスモスコスモス 2010/09/17 18:23 為替介入に国の借金で何兆円も使うのだったら、準固定為替(2,3年ごとに見直し決めてゆく)制度を検討したらいかがでしょうか? その方が経済も安定するし、国益にもかなうと思います。

sessendosessendo 2010/09/18 10:35 為替介入とペッグ制は別次元の問題です。

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