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2009-09-27

『鳥のように、川のように 森の哲人アユトンとの旅』長倉洋海(徳間書店、1998年)


鳥のように、川のように―森の哲人アユトンとの旅


 アユトンの体には美しき森の記憶がある。長倉洋海がそれを「詩」として「知」として見事に結像させた。二人の旅は、いわば、人の記憶の宝さがし。かけがえのない言葉と風景に、魂が洗われた。静かに、深く得心した。

本地垂迹説/『鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮』戸頃重基


 仏教の伝来に対する、氏神信仰からの激しい抵抗の結果、仏教の側では、一種の妥協と譲歩を余儀なくされた。インドの仏が、衆生(しゅじょう)を済度するために、神の姿でわが国に現れたとする本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)こそ、仏教の神道に対する妥協の産物、つまり神仏習合思想の現われにほかならなかった。鎌倉時代になってからも、氏神信仰はさかんであり、ことに宮中では、神事が仏事に優先していた。


【『鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮』戸頃重基〈ところ・しげもと〉(中公新書、1967年)】


 ブッダが三世にわたる因果を説いたのも「妥協の産物」といえよう。では、何のための妥協であったのか? それは理論的なものではなくして、リアリズムに立脚した衆生済度(しゅじょうさいど)のためであった、と私は考える。戸頃の見方はやや政治的視点に傾きすぎている。

鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮

「治療不可」レインボー


 私が18歳の時に出たアルバム。シングルカットされた「アイ・サレンダー」が大ヒット。驚くべきことに、私はこの曲で初めて第九の「歓喜の歌」を知った。プログレッシブ・ロックの余韻はこの辺りまでか。動画はブルージーなアレンジとなっている。今観ると、リッチー・ブラックモアも若いねえ。気が短い人は4分過ぎから視聴するといい。


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アイ・サレンダー