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2009-11-29

欲望が悲哀・不安・恐怖を生む/『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ

 いかなるレベルでも、ほしい、なりたい、獲得したいという欲望があるかぎり、そこには必然的に心配や悲しみや恐怖があるのです。豊かになりたい、あれやこれやになりたいという野心は、野心自体の不潔さや腐敗性が見えるときにだけ、なくなります。どんな形の権勢欲も……首相、裁判官、宗教家、導師(グル)としての権勢欲も根本的に悪いとわかったとたんに、もはや権勢欲は持ちません。しかし、私たちには野心が腐敗的なこと、権勢欲が悪いことが見えません。反対に、善いことのために権力を使おう、と言うのです。これはまったくのたわごとです。まちがった手段は正しい目的のためには決して使えません。手段が悪ければ、目的もまた悪いでしょう。善は悪の反対ではないのです。悪いものがまったくなくなったときにだけ、善は生じてくるのです。


【『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ/藤仲孝司〈ふじなか・たかし〉訳(平河出版社、1992年)】


 欲望が満たされないと不安に駆られ、欲望が満たされると今度は失うことを恐れる。つまり欲望の充足を我々は部分的な幸福と思い込んでいるが、完全な錯覚だということ。それが証拠に、満たされた欲望によって獲得された幸福感は長く続かない。いわゆる相対的幸福(他人と比較して得られる幸福)は相対的である以上、上には上がいるわけだから絶対に幸福になれないという矛盾をはらんでいる。村一番の美人が日本一の美人にかなわないのと同じ話だ。しかも欲望というのは釣られて生じる性質があり、メディアは大衆消費社会の扇動に余念がない。鮮やかな色彩と刺激的な音楽や効果音でもって知覚できない領域に揺さぶりをかける。サブリミナル情報にさらされた我々は、必要でもない商品に向かって夢遊病者のようにさまよう。「あると便利」な品物が、「ないと不便」に変換される。所有する人が増えると今度は「ないと恥ずかしい」レベルにまで変化する。世の中に豊富な商品が出回れば出回るほど、我々は何となく居心地の悪さを感じている。物が空間を浸蝕しているためだ。たとえこの世のすべてを手に入れたとしても、我々の欲望は月を欲しがることだろう。ブッダは少欲知足(欲を少なくして足るを知る)と説いた。欲望を否定するのではなく、欲望から離れる生き方を勧めた。

子供たちとの対話―考えてごらん (mind books)

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