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2009-12-05

ジェフリー・ディーヴァーの新作『ソウル・コレクター』&文庫化『12番目のカード』


ソウル・コレクター


 科学捜査の天才リンカーン・ライムのいとこアーサーが殺人の罪で逮捕された。自分はやっていない、とアーサーは主張するも、証拠は十分、有罪は確定的に見えた。しかしライムは不審に思う――証拠がそろいすぎている。アーサーは罠にかかったのではないか? そうにらんだライムは、刑事アメリア・サックスらとともに独自の捜査を開始、同様の事件がいくつも発生していることを知る。そう、姿の見えぬ何者かが、証拠を捏造し、己の罪を他人になすりつけ、殺人を繰り返しているのだ。犠牲者を監視し、あやつり、その人生のすべてを奪い、収集する、史上もっとも卑劣な犯罪者。神のごとき強大な力を持つ相手に、ライムと仲間たちはかつてない苦戦を強いられる……。


12番目のカード〈上〉 (文春文庫) 12番目のカード〈下〉 (文春文庫)


 ハーレムの高校に通う16歳の少女ジェニーヴァが博物館で調べものをしている最中、一人の男に襲われそうになるが、機転をきかせて難を逃れる。現場にはレイプのための道具のほかに、タロットカードが残されていた。単純な強姦未遂事件と思い捜査を始めたライムとサックスたちだったが、その後も執拗にジェニーヴァを付け狙う犯人をまえに、何か別の動機があることに気づく。それは米国憲法成立の根底を揺るがす140年前の陰謀に結びつくものだった。そこにジェニーヴァの先祖である解放奴隷チャールズ・シングルトンが関与していたのだ……。“140年もの”の証拠物件を最先端の科学捜査技術を駆使して解明することができるのか? ライムの頭脳が時空を超える。

シリーズ・13億人の深層 第1章 甦るシルクロードの大地「中国・新疆ウイグルへの夢」

  • GyaO!(1時間12分)

 確かにエネルギーが横溢(おういつ)している。資本主義経済は成長・発展をその価値とするが、一人の勝者が五人の敗者をつくり、十人の落伍者を生む側面もある。人々の間にヒエラルキー内での上昇志向がある限り、増え続ける物に囲まれた「心貧しき者」が次々と誕生することだろう。お金は人々を分断し、世界を分離させる。お金には力がある。つまりそれは暴力の象徴である。資本が創造した高層ビルは、必ず巨大な影をつくる。

異なる視線/『紙屋克子 看護の心そして技術/別冊 課外授業 ようこそ先輩』NHK「課外授業 ようこそ先輩」制作グループ、KTC中央出版編


 fwikさんから薦められた一冊。面白かった。とにかく紙屋克子の人柄が素晴らしい。言葉の端々にヒューマニズムが脈打っている。多分、受信料の徴収が芳(かんば)しくないNHKが、その天下り先と目される出版社と共謀し、番組をテキスト化するという割安な手法で一石二鳥を狙ったシリーズなのだろう。それでも、いいものはいい。


 紙屋は授業に先立ち、子供達にゲームをさせる。ここに実は深慮遠謀があるわけだが、まあ見事な手腕である。ゲームはこうだ――子供達は一対一で向かい合って1分間見つめ合う。最初は「無関心」で。次に「興味深く」見つめる。


 それから「相手のことをよく知りたいなあ」と思ってよく見ると、さっきは見えなかったものが見えてきたということも起こった。無関心のときはどこに目をやったらいいいか困っていたので、その1分間がちょっと長かった。


【『紙屋克子 看護の心そして技術/別冊 課外授業 ようこそ先輩』NHK「課外授業 ようこそ先輩」制作グループ、KTC中央出版編(KTC中央出版、2001年)以下同】


 単純なゲームでありながら、「注意深く見る」ことの重要さを雄弁に物語っている。「ものが見えている」状態は二つの瞳の焦点が合っていることを意味するが、集中度によって見えてくるものが異なる。つまり、光学機器の倍率と同じなのだ。全体を俯瞰(ふかん)する時であれば望遠鏡を使うべきだ。しかし、一人の人間を見つめる場合は顕微鏡、あるいはレントゲンやMRIの視線が求められるのだ。


 自分の生活を振り返ってみよう。目には映じているが、見ていないものの何と多いことか。女性が丹念に化粧を施す時、じっと鏡に見入る。たとえ、それが無駄な抵抗であったとしてもだ。その程度(失礼)の集中力で我々は周囲の人々を見ているだろうか? 同様に、自分の人格や来し方や思想や生きざまを見つめたことがあるだろうか?


 例えば山の中で、今まで見たこともない美しい花を発見したとしよう。あなたは時が過ぎるのも忘れて、ただじっと眺めることだろう。この瞬間、「観察するもの」と「観察されるもの」との間に分離は存在しない。完全に一体化している。これが、クリシュナムルティの説く「見る」という行為である。ところが二度目に見る時は、「これをどうやって持って帰ろうか」「みんなに教えなくっちゃ」「そうだ、写真を撮ってブログにアップしよう」などと欲望が生じて、分離するのだ。「何という種類なのだろう?」「種はできるのかな?」などというのは、知識による分離といっていい。つまり、「花」に対して「私」が立ち上がった瞬間に世界は断絶するのだ。


 紙屋の深慮遠謀はこうだ――


(※「看護」の)もう一つの漢字は「護」(まもる)という字です。目でよく見て、相手のことをよく理解しようと思って見て、「大丈夫ですか」って、手を当てて護ってあげること、それが看護ということなのです。


 何て素敵なオバサンなんだろう! 私はいっぺんに紙屋が大好きになってしまった。


 紙屋は重度の意識障害患者を蘇生させた実績で一躍全国に名を馳せた。現在は筑波大学の名誉教授。医療ではなく看護という立場で病気と向き合ってきた。それまで、病気とは医師が治すものであった。紙屋は全く新しいアプローチを切り開いたといってよい。


 人と人とが出会う一瞬に現れる何かがある。そこに歓待(ホスピタリティ)の心があれば、相手は心を開くものだ。紙屋は「ナースの仕事」を深く追求しながら、「患者という人間」に出会ったのだ。きっと、紙屋の瞳が善なる放射線を反射して患者を照らしているのだろう。

紙屋克子 看護の心そして技術―課外授業 ようこそ先輩・別冊 (別冊課外授業ようこそ先輩)

動画:子供たちとの対話


 クリシュナムルティは90歳で亡くなっているが、最晩年の映像だと思われる。顔を拭う右手に震えが見られる。ガンディーと友情を結び、ネルーと語り、インディラ・ガンディーにアドバイスをし、国連から顕彰され、各大学で講演を行い、アメリカの大学でテキストに採用された思想家は、尊大ぶるところが全くなかった。妙に慈(いつく)しむような視線もない。真っ直ぐに子供達と向き合っている。『子供たちとの対話 考えてごらん』もこのような雰囲気であったのだろう。後輩に少しばかり翻訳してもらったので併せて紹介する。釈尊の対機説法もきっとこのように繰り広げられたに違いない。子供達は「竜女」(りゅうにょ)の化身か。



 さぁ、何について話したいかな?


 ―― Pride.(誇りについて)


 何だって――誇り? 君は誇りを感じているかい?


 ――時々。


 時々。なぜ? 君はどんなことに誇りをもっているんだい?


 ――Achievement.(成果、業績、功績)


 成果か。君はいままでに何を成し遂げてきたんだい?


(「……多くの人が成果をあげてきた」といった内容か?)


 君が求めているのは、成果なのかい? それが、みんなが話したいことかい? ……誇り、成果、成功、お金、地位、権力、それが君たちが欲しいものすべてかい? 恐らく、それは間違ったルールだ。愚かであってはならないよ。自分をdeceive(惑わす、だます、欺く、裏切る)してはだめだよ。(君たちは…そういう考えを…)


 ――(少年の発言)


 今、この少年はこのように言っている。「私たちは、それらのことでcontribute(貢献する、寄与する)できる」と(?)。それで、君はどうしてそれがわかるんだい? よし、こっちへおいで。


 ――(「お金があれば、やりたことがなんでもできる、だからお金をたくさん稼ぎたい」みたいなことか?)


 それで、君はなにになりたいんだい?


 ――(お金持ちになれるようなものならなんでも。そうすれば尊敬されるし。お金だけが信頼できる)


(笑える箇所なのに私には聴き取れません)


(笑)確かに君は正しいよ。それで、○○なら、それがとても快適な生活なのかい?


 ――そうです。


 それで幸せなんだね?


 ――そうです。


 それが、君の望むことかい?


 ――そうです。


 それなら、そうすればいい。(?)


 ――(簡単な方法は?)


 ……他になにか質問は?


 ――meditation(瞑想)とconcentration(集中)の違いは?


 ……本当にそれについて話し合いたいのかい?


 ……他になにか質問は?


 ――meditation(瞑想)とconcentration(集中)の違いは?


 ……本当にそれについて話し合いたいのかい? 本当に、瞑想と集中とはなにか知りたいのかい? わかったよ。もし本当にそれについて話したいのなら、これから私が言うことをしっかり注意深く聞いておくんだよ。


 ――Yes, sir.


「Yes, sir.」なんて言うんじゃないよ(笑)。もし本当にそれについて話したいのなら、それは本当に本当に重大なテーマです。集中とはどういうことだと思う?


 ――それについて、深く考えるということです。


 それで、それはどういう意味だい?


 ――考え続けたいと思う何か。


 こっちへおいで――。“考え続けたいと思う何か”―― それでいいかい?


 ――はい。


 それに挑戦したことはあるかい?


 ――……。


 君は、あの花々を見たいと思うかい? もしくは、本を? 君の先生たちが話すことを? とても注意深くそれらのことを見たことがあるかい? あれらの花々を? 先生たちが君に話されることを? 聞いているかい? そして本に集中したことがあるかい?


 ――時々。


 時々。いつ、そういうことが起きるのかね?


 ――……。


 君がそれらを好きなときかね?


 ――うん。


 それじゃ、君がなにかを好きなとき、君の注意や、考え、エネルギーを向けるんだね?


 ――うん。


 概してそれを「集中」と呼ぶんだよ。君は本に集中したり、あれらの花々に集中したり、君の友達や先生が話すことにもね。長いこと、なにかを集中して見たことがあるかい?


 ――わからないな。


 いいよ、今、それをやってみるんだ。今やってみるんだよ。誰かが君に話していることに集中したり、あれらの花々を長いこと見てみたり。他のことを考えたりせずに。それが集中するということだよ。君のすべての注意を向けて、何かを聞いたり、本を読んだり、壁を通っていく何かを注意深く見たり……。それらをやってみるかい? そして、今やってみるかい?


 ――はい。やってみます。


 そうかい。よし。【※続きはこちら→http://www.youtube.com/watch?v=W9g0J0IdkIQ

恐怖と絶望


 恐怖は人を飛ぶように走らせ、絶望は愚行と同じくらいたやすく悪知恵に結びつくものだ。


【『あなたに不利な証拠として』ローリー・リン・ドラモンド/駒月雅子訳(ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2006年/ハヤカワ文庫、2008年)】

あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)

(※左がポケミス、右が文庫本)