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2009-12-06

J・クリシュナムルティ


 1冊読了。


 132冊目『生と覚醒のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)/これがクリシュナムルティ法華経に該当すると思われる。3〜5ページのテキストなのだが、読み手にはロッククライミングに匹敵する力が求められる。実に様々な光景が美しく描写され、対話調で書かれている。問答形式が日蓮の『立正安国論』を想起させる。全4冊。1と4が既に絶版となっているが、大野純一がコスモス・ライブラリーから出版してくれることを期待する。クリシュナムルティが描き出す情景は、一瞬を鮮やかに切り取ったような世界で、時間の経過を感じさせない。「現在という瞬間を生きる」意味が何となく理解できる。研ぎ澄まされた五官がどれほど豊穣な感受性に満ちたものであるかを示している。クリシュナムルティ作品の読了はこれで7冊目。

個人の尊重が江戸文化を育んだ


 初めて個人というものが尊重され、その個人の判断によって、つまりは己の好悪の好みによって決めることが出来るという自由な精神を持つことが出来た時代であった。しかも江戸開闢以来の進歩の時代に対して、普及の時代であり、急進的でなく、あくまで遠心的で、縦に伸びるよりも、横に広がったゆっくりとした時間を持った時代でもあったのである。(※江戸時代、文化文政期〈1804-1829〉)


【『大田南畝蜀山人のすべて 江戸の利巧者 昼と夜、六つの顔を持った男』渥美國泰(里文出版2004年)】

大田南畝・蜀山人のすべて―江戸の利巧者 昼と夜、六つの顔を持った男

在原業平の辞世


 在原業平は元慶(がんぎょう)4年(880年)5月28日、55歳で死んだ。何の病いで、どんな終わりかたをしたのか、くわしいことはわからない。が、その死はかなり突然におとずれたのではあるまいか。というのは、彼はつぎのような周知の辞世を残しているからである。


   病(やまい)して弱くなりにける時よめる

 つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日(きのう)今日(けふ)とは思はざりしを


 死にのぞんで、おそらく、だれもがそう思い知るにちがいない。むろん私も。死の用意というのは、人間にとってこの上なく至難なことなのである。業平のこの歌は、万人にかわって死に対する真情を吐露してくれているといってもいい。


【『生き方の研究』森本哲郎(新潮選書、1987年)】

生き方の研究

自我は秘密を求める/『伝説のトレーダー集団 タートル流投資の魔術』カーティス・フェイス

 中級者向け。コモディティ相場で勇名を馳せたリチャード・デニスが考案したトレーダー養成プログラムが公開されている。元はといえば、「トレーダーを育成することは可能か不可能か?」という賭け事から始まった。リチャード・デニスは「育てられる」と豪語した。カーティス・フェイスは新聞広告に応募して集められたメンバーの一人だった。


 では、この本を読めば一攫千金が成るのかというと、そう甘くはない。大体、リチャード・デニス本人が晩年には大きく利益を減らしているのだから。育成された「タートルズ」も全員が成功を収めたわけではなかった。


 投資手法とバックテストの結果が記録されていて、大変参考になる。既に古くなってしまった手法も見受けられるが、トレードの基本的な考え方が理解できる。


 投資の鉄則は「ルールを固く守ること」である。そしてこれが最も難しいことなのだ。損切りができない、ナンピン買いを入れる、利益が乗ると直ぐ枚数を増やす、逆張りを試みる――素人が陥りやすい罠がここにある。株式だと損は知れているが、為替や先物の場合はあっという間に丸裸にされ、時には借金を抱える羽目となる。


 そして段々相場がわかったような気になってくると、投資手法をあれこれと物色するようになる。妙な有料情報に手を出すのもこの頃だ。スパムメールの大半はエロ情報かお買い得品案内か投資情報となっている。引っ掛かる人々が存在する限り、エセ情報はなくならない。


 なぜ人は情報を求めるのか――


 わたしが思うに、そういう考えに頼って複雑さをもとめてしまうのは、不安になると何か特別に感じられるような理由が欲しくなるからではないだろうか。秘密の知識を持てば、それは特別に感じられるが、単純な真実を手にしてもそうは感じない。つまり、わたしたちの自我は、自分が他者よりどこかしら優れていることを示すために、特別な知識を手にしていると信じさせたがるのだ。わたしたちの自我は、一般に知られる真実だけでは我慢できない。自我は秘密をもとめている。


【『伝説のトレーダー集団 タートル流投資の魔術』カーティス・フェイス/飯尾博信、常盤洋二監修、楡井浩一訳(徳間書店、2007年)】


 これは凄いよ。知識によって複雑となった思考が、更なる複雑さを求めるというのだ。まるで、カオス理論(笑)。知ることは、わかることだ。で、わかるは「分かる」だから、知はどんどん枝分かれしてゆく。フィボナッチ係数に則って(笑)。


 我々は、「ここだけの話」に弱い。秘密や悩み事を打ち明けられると、明らかに「自我の拡大」を感じる。ちょっとした大物気分ってわけだよ。


 では、ヒエラルキーを構成する社会の仕組みを考えてみよう。先進国の定義というのは「ヨーロッパ仕様の社会と経済」という次元に過ぎない。そのヨーロッパの歴史を動かしてきたのは何か? それはキリスト教会と秘密結社であった。教会は告白を聞くことで信者のプライバシーを知り尽くし、秘密結社は内々の情報を交換し共有する場であった。ヨーロッパの秘密結社といえば、石工職人によるギルドとして出発したフリーメイソンが有名だが、現在でも様々なサロンやクラブが緻密なまでの階級社会を構成している。


 仏教には口伝(くでん)という歴史があり、秘密性の高さ=難解という括りで、より難解な教えがブッダの悟りに近いという認識がある。武術の世界にも一子相伝という文化が見られる。王位を継承するのは王子であり、社長を継ぐのは社長の倅(せがれ)だ。つまり、ヒエラルキーがピラミッドを形成している以上、上層に仲間入りできるのは一部の人間に限られているのだ。


 これで明らかになったことだろう(ならなかったら許せ)。ヒエラルキーの原動力は「情報へのアクセス権」なのだ。


 例えば建設業で談合が問題視されている。だが、本当の問題は談合にすら参加できない中小・零細企業が多いことではないのか? 企業の信用力なんて当てになるものではない。上場企業だって倒産しているのだ。結局、信用なんていうものは選ばれた一部の企業に与えられたワッペンに過ぎない。


 人間同士の力関係においては、より高度な情報を知っている者が有利となる。だから、振られそうになる男は、「お前、俺に何か隠し事をしてないか?」などと彼女に言ってしまう。「別に……」と言いながら彼女はほくそえむ。「あんたにお前呼ばわりされるのも、あとわずかよ」と。君は大丈夫か?


 そして我々が享受している文化は、「秘密に価値があること」を幼少の頃から叩き込んでいる。仮面ライダーが実は本郷猛であることや、タイガーマスク伊達直人であることを知っているのは、テレビの前に座っている我々だけだったのだ。「オヤジさん」も「ルリ子先生」も知らないことを我々は知っていた。また、3分という時間経過をウルトラマン以上に自覚していたのも我々だった。「ウルトラマン、時間がないよ!」と叫んだ記憶があなたにもあるはずだ。ひみつのアッコちゃんの秘密はコンパクトに過ぎなかったことも、サリーちゃんがこの世の人間でないことを知っていたのも我々だけなのだ。


 チト、引っ張りすぎたな(笑)。結論――物語という物語は「秘密に価値がある」ことを教えている。なぜなら、読み手の視線が「神」と同じ位置にあるためだ。

伝説のトレーダー集団 タートル流投資の魔術