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2010-01-15

J・クリシュナムーティ


 1冊読了。


 8冊目『自我の終焉 絶対自由への道』J・クリシュナムーティ/根木宏、山口圭三郎訳(篠崎書林、1980年)/クリシュナムルティ関連13冊目の読了。このペースで行くと今年中には読み終えてしまいそうだ。『あなたは世界だ』と同様、クリシュナムルティの華厳経に該当する作品。本書は『道徳教育を越えて』(霞ケ関書房)に続く2冊目の著書となる。原書は1954年刊。異様な昂奮に駆られて読み進むのだが、スルリと脱け出て捉えどころがない。全く不思議だ。彼は講話をする際、常に「それ」と共にあった。「それ」とはクリシュナムルティの空観である。彼には「空」なる世界が見えているのだ。講話の内容がそれを証明している。技巧や思考などでは到底及ばぬ言葉の奔流がある。クリシュナムルティの言葉は、「洞察の噴出」としか表現できない。多分、覚知した悟りに言葉が追いつかないためなのだろう。それが凄まじくトリッキーに感じられる。とても聴衆が理解できるとは思い難い。しかし、彼の言葉に触れると確実に真理に触れることができるのだ。

個性は「角」である


 私たちはみんな、ほかの人とは違う「角」(つの)を持って生まれてきました。「角」とは、自分が自分であることのシンボルであり、自分がうまれ持った生来の資質のことです。

 この「角」は、何しろひときわ目立ちますから、他人は真っ先にその「角」のことを話題にいてきます。動物としての習性からでしょうか、集団の中で「角」のためにつつかれたり冷やかされたりして、周囲から格好の餌食(えじき)にされてしまうこともあります。そんなことが繰り返されますと、いつの間にか「この『角』があるから生きづらいんだ」と思うようになる人も出てきます。

 自分が自分らしくあること、その大切な中心である『角』、それを自分自身で憎み、邪魔にして隠しながら生きるようになってしまうと、生きること自体が色あせ始め、無意味なものに感じられるようになってきます。生きるエネルギーは枯渇し、すべてが立ち行かなくなってしまいます。


【『「普通がいい」という病』泉谷閑示〈いずみや・かんじ〉(講談社現代新書、2006年)】

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)