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2010-01-26

メンデ・ナーゼル


 1冊読了。


 12冊目『メンデ 奴隷にされた少女』メンデ・ナーゼル、ダミアン・ルイス/真喜志順子〈まきし・よりこ〉訳(ソニー・マガジンズ、2004年/ヴィレッジブックス、2006年)/スーダンの村がアラブ民兵に襲撃される。民兵は家に火を放ち、大人達の喉をナイフで切り裂き、子供達を連れ去った。この時、メンデは12歳だった。女の子は全員がレイプされた。8歳の少女までもが。その後、彼女達は奴隷として売り飛ばされた。動物以下の仕打ちに遭い、日常的に虐待される日々。家から出ることが許されたのは2年後のことだった。読みながら私の心に沸いてくるのは怒りではなかった。明白な殺意だ。同じイスラム教を信じる者が殺戮に手を染め、奴隷商売で一儲けしているのだ。メンデが脱出に成功したのは2000年のことだった。この時のメンデの主はイギリスのスーダン大使館広報官だった。アフリカが置かれた悲惨な現状を知るには、レヴェリアン・ルラングァ著『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』と本書は必読である。メンデの健気(けなげ)な生きざまに、息苦しくなるほどの感動を覚える。

自殺、12年連続3万人超 09年、過去5番目の多さ


 2009年の自殺者は全国で3万2753人(暫定値)と前年より504人(1.6%)増え、統計を取り始めた1978年以降で5番目に多かったことが26日、警察庁の集計で分かった。3万人を超えたのは12年連続で、政府などによる総合的な自殺対策が急務となっている。

 警察庁によると、月別の自殺者はリーマン・ショック直後の08年秋以降急増。09年に入っても前年同月を上回り続け、3〜5月には連続して3000人を超えた。9月以降は前年同月を下回っているものの、2460人だった12月以外はいずれも2500人を超えている。

 都道府県別で前年より大きく増えたのは埼玉(143人増)、千葉(122人増)、沖縄(69人増)など。大阪(146人減)、北海道(127人減)、鹿児島(64人減)などは大きく減った。


日経ネット 2010-01-26

レーガン大統領暗殺未遂事件


 レーガン政権の船出は暗殺未遂事件に見舞われるという衝撃的なものだった。

 大統領に就任して69日後の1981年3月30日、講演先のワシントンD.C.のヒルトンホテルを裏口から退出した際に、レーガンはジョン・ヒンクリーによって狙撃される。3秒間で6発の弾丸が発射され、レーガンの脇にいた大統領報道官のジェームズ・ブレイディ、シークレットサービスのティモシー・マッカーシー、ワシントン市警警官のトーマス・デラハンティーの三人が被弾してその場に倒れた。

 レーガンは別のシークレットサービスのジェリー・パーによって大統領専用車に押し込まれたが、そのとき胸に痛みが走った。しかし出血が認められなかったので、車に押し込まれたときの勢いでどこか痛めたのだろうと思ったという。ところがその後パーと話をしているうちに咳き込み、泡立った鮮血を吐いた。これを見たパーは、大統領は被弾しており、しかも銃弾は肺に穴を開けているととっさに判断、運転手に最寄りの病院へ大至急直行するよう指示した。実際に弾丸は大統領の心臓をかすめて肺の奥深くで止まり、かなりの内出血を起していた。救急病棟に到着したころには呼吸も困難な状態で、この直後にレーガンは倒れ伏せてしまう。まさにパーの機転がなければ命に関わる重傷だった。

 それでもレーガンの意識はしっかりしており、周囲の心配をよそに弾丸摘出の緊急手術の前には医師たちに向かって「あなた方がみな共和党員だといいんだがねえ」と軽口を叩くほどだった。執刀外科医は民主党員だったが、「大統領、今日一日われわれはみんな共和党員です」と返答してレーガンを喜ばせている。手術は全身麻酔を必要とする大掛りなものだったが、レーガンは70歳の高齢者としては驚異的なスピードで回復、2〜3週間後には退院して執務に戻っている。

 レーガンは入院中にも妻のナンシーに「ぼくはしゃがみ忘れたんだよ (Honey, I forgot to duck.)」と軽口をたたくなど陽気な一面を見せ続けた。このセリフは1926年、ボクシングヘビー級のタイトル戦でチャンピオンのジャック・デンプシーが挑戦者ジーン・タニーに不意の敗北を喫したときに妻に向かって言った有名な「言い訳」を引用したもの。その後も、演説中に会場の飾りつけ風船が破裂し、場内が一時騒然となったとき「奴は、またしくじった」と一言述べ、会場を爆笑と大拍手に包んだ。

 大統領選挙戦の頃から見せていたレーガンのこうした機智や茶目っ気は全米を魅了して、史上最大の地滑り的勝利をレーガンにもたらすことに貢献したが、これはこの後8年間の政権を通じて変わることがなかった。政策の失敗やスキャンダルなどでいくらホワイトハウスが叩かれても、レーガンの比較的高い支持率は決して急落することがなかったのも、こうしたレーガンの「憎めない人柄」に拠るところがきわめて大きかったのである。

 なおこの事件を受けて制定されたのが、民間人の銃器購入に際し、購入者の適性を確認する「ブレイディ法」(重症を負った報道官に由来)である。


Wikipedia

精神科医がたじろぐ「心の闇」/『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』M・スコット・ペック


 日常に潜む邪悪を暴(あば)いた傑作。長らく品切れであったが、やっと増刷された。前半ではカウンセリングで知り得た邪悪な人々を描き、後半ではベトナム戦争ソンミ村虐殺事件を通して「邪悪に加担するメカニズム」を検証している。


 本書は2月度の課題図書。原書は1983年刊。アメリカ経済が底冷えし、多くの人々が不安に駆られていた頃だ。その後、プラザ合意(1985年)を経て日本はバブル経済が崩壊(1990年)した。レーガノミックスを引き継いだクリントン大統領が情報スーパーハイウェイ構想という花火を打ち上げ、日本の金融資産はアメリカに吸い取られた。これがグローバル経済の始まりである。こうした背景を踏まえると、時代の変化に先駆けた一書といっていいだろう。人の心と経済とは密接に結びついている。景気の「気」を支えているのは「人の気力」であるからだ。


 バブル崩壊後に日本語版が出て、たちまちベストセラーになった事実が興味深い。しかしながら、殆どの読者はなにがしかの被害者意識を正当化する程度の読み方で終わってしまっているような気がする。


 まず、宗教心や宗教的概念の薄い我々日本人は「悪」に対する身構えすらない。では、簡単な質問をさせてもらおう。悪の反対は何だろうか?


 答えは「善」である。肝心なのは「正義」ではないということ。なぜなら、窃盗団の一員にとっては「物を盗む」ことが正義であるからだ。このように正義という価値観はコロコロと変わる。イラクの正義がアメリカの正義と一致することはない。


 では、善とは何か? こう尋ねられると我々はたちどころに口ごもってしまう。


 善にせよ、悪にせよ、いずれにしても価値というものは「関係性」の中で生じる。M・スコット・ペックは邪悪の顕著な傾向として「嘘」を挙げている。しかも彼が問題視しているのは些細な嘘であり、微妙な嘘である。虚偽に対して鈍感な人は本書の意味が理解しにくいことだろう。「嘘は暴力に至る控え室である」とパトリシア・エイルウィン(元チリ共和国大統領)は語っている。


 小さな嘘、自覚のない嘘が関係性を破壊する。嘘は癌細胞のようなものだ。増殖に増殖を重ねて肉体を蝕む。メディアから垂れ流される嘘が、どれほど人心を荒廃させていることか。


 R夫妻の私とのやりとりを注意深く読んだ読者には、彼らが数多くのうそをついていることがわかるはずである。ここにもまた、驚くべき定常性が見られる。これは、彼らが一つか二つのうそをついていたという問題ではない。ロージャーの両親は、くりかえし、また、常習的にうそをついている。彼らは「虚偽の人々」である。そのうそは、いたるところに見られるのである。そもそも、彼らが私に会いにきたことが、ひとつのうそだったのである。


【『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』M・スコット・ペック/森英明訳(草思社、1996年)以下同】


 M・スコット・ペックは本書で紹介する人々をソシオパスではないとしているが、期せずしてソシオパスとサイコパスの相違を浮かび上がらせている。


 これは厳密に考えると、発達障害にも関わり、軽度の自閉傾向とどのように線引きするかが難しい。社会への不適応が何に由来するのかが見分けにくいためだ。


 サイコパスは簡単にいうと、「善悪の概念を欠いた人物」である。一般的には孤独な変質者と思っている向きが多いだろうが実は違う。どちらかというと、魅力的でチヤホヤされる人間の中にいるのだ。そしてサイコパスは、他人を意のままに操ろうとする特徴がある。


 私は芸能人の殆どはサイコパスだろうと考えている。正真正銘の本気でそう思っている。プロダクションに支配され、枕営業をこなし、番組ディレクターの指示通りに動く彼等は、サイコパス原理の奴隷であろう。だからタレントとして成功を収めると彼等はサイコパスへと変貌してゆくに違いない。若手のお笑い芸人を見よ。やつらはテレビに出るためとあらば、どんなことでもやってのけるだろう。


 本書は前半と後半の構成が絶妙である。個別の邪悪性を暴いてみせた上で、今度は集団や組織で作用する邪悪のメカニズムに切り込んでいる。


 集団のなかの個人の役割が専門化しているときには、つねに、個人の道徳責任が集団の他の部分に転嫁される可能性があり、また、転嫁されがちである。そうしたかたちで個人が自分の良心を捨て去るだけでなく、集団全体の良心が分散、希釈化(きしゃくか)され、良心が存在しないも同然の状態となる。いかなる集団といえども、不可避的に、良心を欠いた邪悪なものになる可能性を持っているものであり、結局は、個々の人間が、それぞれ自分の属している集団――組織――全体の行動に直接責任を持つ時代が来るのを待つ以外に道はない。われわれはまだ、そうした段階に到達する道を歩みはじめてすらいない。


 企業の業績は社長、部長、課長、係長に分散され、子供の責任は父親と母親とに分散される。集団のヒエラルキーは責任感を薄める。弱められた責任感は傍観者的態度を促す。なぜなら、責任がないからだ。そして集団には常に同調圧力が働いている。組織に逆らう異分子は速やかに排除される。これが組織を構成する原動力である。


 組織は一旦つくられると、その目的は「組織の維持・拡大」となる。これが組織の辿る運命なのだ。いかなる組織といえども避けようがない。そして、いつしか組織の伝統や文化や不文律が人々を束縛するようになると、組織は「悪の温床」と化す。その最高のモデルが官僚組織である。


 組織は必ず腐敗する。国家も、企業も、学校も、家族も腐敗する。


 邪悪を打破するために必要なのは自由だ。つまり、何らかの集団や組織に参加し、不自由を感じている人々は、既に悪に加担している可能性が高い。

文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)

競馬場で自殺する人などいない


 損失がどれほど大きくても、真のギャンブラーは生き残るものなのだ。俗に言われるように「競馬場で自殺する人などいない」。次のレースを逃すかもしれないからだ。


【『ギャンブルトレーダー ポーカーで分かる相場と金融の心理学』アーロン・ブラウン/櫻井祐子訳(パンローリング、2008年)】

ギャンブルトレーダー――ポーカーで分かる相場と金融の心理学 (ウィザードブックシリーズ)