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2010-03-06

動物文明と植物文明という世界史の構図/『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男

 これは勉強になった。人類史の壮大なパノラマを「環境史」という視点で読み解く作業が実に刺激的である。最近よく聞かれるようになったが、世界の大きな戦争は寒冷期に起こっているという。これは少し考えればわかることだが、寒くなれば暖房などのエネルギーを多量に使うようになる上、農作物が不作となれば大量の人々が移動をする。当然のように温暖な地域を目指すことになるから衝突は必至だ。


 このように世界の歴史を「環境」から検討する学問を環境史という。人類の歴史が大自然との戦いであったことや、天候が人間心理に及ぼす影響を踏まえると、その相関関係はかなり説得力があるように思う。


 たまたま、ジョン・グレイ著『わらの犬 地球に君臨する人間』という陰気臭い本と一緒に読んでいたこともあり、本書に救われるような気がした。学問の王道はやはり「面白主義」である。予想だにしなかった事柄が結びつく時のスリルが堪(たま)らん。


 私は今まで、西洋文明=騎馬民族vs東洋文明=農耕民族と何となく考えていたが、本書では動物文明(家畜&麦作)vs植物文明(稲作&漁業)という構図が示されており、文明の違いを様々な角度から検証している。更に、アジアにおいて黄河文明などは動物文明であったとのこと。


 先進国は基本的に西洋のルールに従っていると思われるが、その暴力性・侵略性が実によく理解できる。


安田●やはり家畜の民がつくった文明が、現在の世界を支配しているということです。この点が21世紀には大変大きな意味をもつと思います。人間を家畜と同じようにコントロールして奴隷をつくる。そして人間の性、つまり子どもを産むことにまでタッチする文化をどう考えるのか。たとえば遺伝子操作やクローン技術は、全部ヨーロッパ文明=家畜の民が生み出した技術革新です。

 もともと家畜の民だった人がつくった地中海文明のうえに、キリスト教という家畜の民の巨大宗教がやってきて、自然支配の文明をつくりだした。これが人類の歴史における大きな悲劇だったと思う。


【『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之〈いし・ひろゆき〉、安田喜憲〈やすだ・よしのり〉、湯浅赳男〈ゆあさ・たけお〉(洋泉社新書y、2001年)以下同】


 人間の家畜化が奴隷化であった。ヨーロッパの隣に位置するアフリカの歴史を見れば一目瞭然だ。

 西洋における農業は麦作が中心だった。麦作は畑を耕すために動物の力を必要とした。そして麦作は個人戦で展開することができた──


安田●僕は湯浅さんから教えられたんですが、ムギというのは天水農業の下では個人の欲望を自由に解放できる農作物です。つまり、自分の土地を所有し、水に支配される度合いが少ないために、自分の好きなように土地を耕していけば、それだけ生産性が上がる。ですから個人の欲望を解放しやすいわけです。一方稲作は、いつも水に支配されていますから、個人の欲望は解放しにくい。共同体に属さないことには農耕がしにくいという制約がありますね。


湯浅●水管理には協調性が必要です。


 別の見方をすれば、個人で開墾することができたからこそ、奴隷に任せることも可能であった──


安田●稲作は苗代をつくり、種籾をまき、田植えをし、草取りをし、刈り取るというように、かなり集約的で時期が制限された農耕ですから一所懸命やらないといけない。


石●稲作は技術集約的、かつ労働集約的ですね。


安田●奴隷には任しておけないということですね。ムギとコメはそこに根本的な違いがある。


石●それは面白い。稲作文明で大規模な奴隷が発生した例は思いつきませんね。


湯浅●僕は麦作文明からは、労働の生産性を追求する経済学、稲作文明からは土地の生産性を追求する経済学が誕生したと思っています。前者が今日の近代経済学にも通じる。マルクス経済学も労働の経済性の追求でしょう。労働の生産性というのは、自分以外のエネルギーを自分のエネルギーにしてしまうわけです。初めはウシ、ウマ、いまや石炭、石油になっています。


安田●これはあくまでも「家畜の経済学」ですね。


湯浅●そう。それに対してコメの経済は土地の生産性を重視する。つまり、一定の限界があり、最終的には水の量で決定するわけですね。


石●それと地形ですね。


湯浅●そう。日本の中世文書をご覧になればわかるように、紛争は入会と水をめぐる争いですよ。


 そして牧畜が森を破壊する──


安田●それまで、中世ヨーロッパの農業社会は非常に不安定だった。ところが、稲作農業というのは初期の段階から土地の生産性を生かす方向にいっていますから、非常に循環的だった。ですから、東と西の中世社会を比べてみたときに、日本やアジアの水田稲作農業のほうがはるかに生産性も高かったし、社会的な安定性という面においてもヨーロッパの中世社会よりもよかった。


湯浅●だいたい物質文明は、16世紀まではアジアのほうが高かったわけです。


安田●秋の終わりに家畜を殺して、やっと冬を越していた三圃式農業の悪循環を脱却するために、四圃式農業が登場した。それによって、初めてヨーロッパの農村が近代化への道を歩み出したのです。


石●しかし、家畜を森林に放したために、大規模な森林破壊が起きる。ブタの放牧によって、若芽とドングリを食われて木がなくなってしまう。


安田●もちろんこれもヨーロッパの森林破壊の一つの原因です。それは、もっと前から行われていた。


湯浅●僕は、鉄の破壊力も大きいと思っています。


 最後の「鉄の破壊力」というのは、鉄を精錬するために大量の木を燃やす必要があるためだ。また塩害によって、森を開拓せざるを得ない状況も生まれたようだ。


安田●ヨーロッパへ留学した研究者の多くは、21世紀は個人を解放し、個人が自立しなければならないというわけです(笑)。日本人は個人が自立していない。ヨーロッパ人はきちんと個を確立している、と。

 それはそうですが、逆にいったら個人が勝手気ままにやる社会ということです。これをコントロールしようと思ったら、厳しい法律を決めるしかない。「おまえ、これをやったらおちんちん切るぞ」という厳しい法律で個人をコントロールするしかないのが動物文明です。今の中国は、まさにこの方策を断行するしかない。そうしないと四分五裂してしまう。中国文明も黄河文明がそうであるように、動物文明、家畜文明の性格を強く持っている。


湯浅●僕は、日本的な個は充実していたと思っています。日本社会は西ヨーロッパと同じように、「多数中心社会」だと思っています。一つの中心に集中しないようにしている。たとえば天皇と将軍という複数のシステムができていて、一つが独走しないように常に片手が牽制している構造ができているわけです。

「個が充実してない」というよりも、その仕方が違うのではないでしょうか。日本の歴史で欧米的にいちばん個が充実していた時代は戦国時代です。その後、江戸的な抑制システムに転換していく。あの下剋上の時代こそ、個が充実することによってコミュニティも充実したのではないでしょうか。京都の祇園祭の母体となる「町衆」も戦国時代に誕生しました。


 個人戦によって西洋では過剰な自意識が芽生えた。そこに権利を守る必要が生まれたというわけだ。アメリカが訴訟社会であるのも、人種の坩堝(るつぼ)=多様な価値観が入り乱れているためなのだろう。価値観が異なるのだから「暗黙の了解」という文化は生まれない。


石●人間の欲望を抑制する「装置」は何かと考えたんですが、過去で最も効果的な装置は宗教ですよね。それと、農村社会も多分、立派な装置を備えていたようにみえる。常にお天道様が相手ですから、早稲まきのイネをまいて駄目だったら、すぐに遅まきに切り替える、というふうにいくつも装置がある。農耕社会というのは、常に生き残っていくためには同じ作物を植えないで、半分は収穫は低いけど乾燥に強いものを植えるようなやり方をしている。

 アフリカの農耕社会では、「ムゼー(長老)の知恵」といって、同じトウモロコシでも何種か何回かに分けて種をまきます。あるものは発育が遅いけれども収穫が非常にいい、あるものは早くできても収穫が悪いというように、常に安全装置をみています。

 たぶん牧畜社会では、そうした安全装置がないですから、病気で全部のヤギが死んでしまうと、結局隣の村へヤギを盗りにいくことになる。


 つまり、「生きるための侵略主義」ということになろうか。しかも西洋の連中には一神教の神様までついていたわけだから侵略を正当化するのも朝飯前だ。


 農業を支配しているのは気候である。西洋も稲作をすりゃよかったのに、と言ったところで、雨が少なければそれもかなわない。元々は自生していたのだろうから、突飛な作物を植え付けすることは考えにくい。それこそ畑違いというものだろう。


 我々にしたって、「稲作は循環型だから俺等の勝ちだ」なんて油断していられない。大体、食糧の殆どを輸入しているわけだから、農作物と国民性の相関関係も随分と変わっているに違いない。


 食べ物を自分達で供給しなくなったことによって、我々は根無し草のようになってはいないだろうか? どこで作られたのかもわからない加工食品を食べることで、ひょっとしたら無国籍になりつつあるような気がする。


 取り敢えず今のところは温暖化が進んでいるようだから、しばらくの間は世界の動乱は起こらないことを信じたい。

環境と文明の世界史―人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ (新書y)

寺島しのぶの見上げた女優根性


 ベルリン国際映画祭のコンペティションに出品された若松監督作品『キャタピラー』で最優秀女優賞を獲得。


「生活する人間を撮っているんだから、脱いで何が悪い。裸だけで騒ぐって、意味わかんないですよ」


『AERA』2010-03-01

宝月誠、岸田秀、小野田寛郎


 1冊挫折、2冊読了。


 挫折17『逸脱とコントロールの社会学 社会病理学を超えて』宝月誠〈ほうげつ・まこと〉(有斐閣アルマ、2004年)/横書きだった。横書きというだけで読む気が失せてしまった。


 33冊目『ものぐさ精神分析岸田秀〈きしだ・しゅう〉(青土社、1977年/中公文庫、1996年)/今月の課題図書。10年ぶりの再読。面白い。脳科学が発展した現在でも十分に通用する論理だ。二枚腰、三枚腰といったところ。性に関する部分が肛門のオンパレードでいささか鼻白(はなじろ)むが、それは私の幻想が強いためなのだろう。後半で心理学者をこき下ろしているが内部告発というよりも完全な反逆。やはり冒頭の国家と歴史について書かれたテキストが圧巻。あと2〜3回は読む必要がありそうだ。


 34冊目『たった一人の30年戦争』小野田寛郎〈おのだ・ひろお〉(東京新聞出版局、1995年)/一気読み。いやはや凄い。何がこれほどまでに涙を誘うのか? 小野田さんが上官の命令によって「投降」したのは昭和49年(1974年)3月9日のことであった。実に終戦後から29年を経ていた。私は当時小学4年生だった。幼心に「凄い人がいるな」とは思ったものの、まさかこれほど凄い人だとは知らなかった。表紙になっている写真は投降前のもので、眼光の鋭さはまさに軍人のものである。当初は4人で行動していたが一人が昭和29年に死亡。一人は逃走。そして生死を共にしてきた小塚一等兵が昭和47年に射殺された。陸軍中野学校二俣分校で学んだ小野田さんは、中野学校そのものと化していた。中野学校で学んだ技術によって小野田さんは生き延びることができた。そして中野学校で叩き込まれた諜報活動の習性によって小野田さんは終戦を信じることができなかった。日本政府が幾度となく動き、家族による呼び掛けも行われたものの、小野田さんは「いまだ任務を解かれていない」という一点で諜報活動を続けた。本当にたった一人で30年間にわたって戦争を続けていたのだ。まず驚かされるのは、その冷静さである。飲み水に留意し、毎日大便の状態を検(あらた)めて健康をチェックする。口論となった際にも合理的な姿勢は変わらない。捜索隊が置いていった手紙は「秘密開緘」(ひみつかいかん)という方法で開封した痕跡が残らないようにした。こうしてフィリピンのルバング島で「残置諜者」(ざんちちょうじゃ)として戦い、じっと日本軍を待ち続けていた。30年ぶりに帰ってきた祖国は金まみれになっていた。当時の田中内閣からの見舞金100万円を、小野田さんは靖国神社に奉納した。苛酷な30年間は勘違いといえば勘違いである。だが我々が生きている物語も大なり小なり「心のルバング島」に囚われていることだろう。小野田さんは清廉に生きた。その事実が読者の心を打たずにおかない。傑作である。

米国で極右組織が急増、09年は前年比3倍


 米国内のヘイトグループ(人種や宗教に基づく差別・排斥を扇動する集団)に関する調査を行っている人権団体、南部貧困法律センター(Southern Poverty Law Center、SPLC)が2日発表した報告によると、過激な反政府主義や陰謀説を掲げる極右組織や武装集団がここ数年で、急増しているという。

「愛国者」を名乗り活動しているこうした極右組織の数は、2008年には149団体だったが、翌2009年には512団体と、約3倍に急増した。うち武装集団は、前年の42団体から127団体に増加した。

 同センターによると、極右組織は政府を第1の敵と位置づけ、あらゆる種類の陰謀説にとりつかれているという。

 極右組織の急増の背景には、米国人口における人種構成の変化や、それを体現したとも言える米国初の黒人大統領の誕生、また膨張する国家債務や破たん金融機関に対する救済に対する不満があると指摘している。またそれらの組織は、オバマ政権の一連の政策を「社会主義的」あるいは「ファシスト的」だと主張している。


【AFP 2010-03-05】

繁栄と多忙が「祈り」を葬る


 繁栄も祈りを弱体化するだろう。あちこち旅をするなかで、発展途上国のクリスチャンは祈りの効果をあれこれ考える時間が少なく、より多くの時間を実際に祈ることに費やしていることがわかった。裕福な人々は、当面の問題を解決するには才能や資産を、将来の保障には保険証券や退職年金制度を当てにする。貯蔵庫に1か月分の食料品の蓄えがある私たちは、「我らの日用の糧を今日も与えたまえ」と真剣に祈ることなどほとんどない。

 時間の重圧は、祈りに必要と思われるゆっくりした時間の流れをどんどん閉め出してしまう。他者とのコミュニケーションは、テキストメッセージ、電子メール、瞬間的な電子通信など、ますます簡素なものになっている。会話をする時間が減る一方で、じっくり考える時間はもっと少なくなっている。絶えずつきまとう「不足」感。時間不足、休息不足、運動不足、余暇不足。すでに予定から遅れているような生活のどこに神の入る余地があるだろう。


【『祈り どんな意味があるのか』フィリップ・ヤンシー/山下章子訳(いのちのことば社、2007年)】

祈り―どんな意味があるのか