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2010-03-16

エディ・タウンゼントと井岡弘樹/『遠いリング』後藤正治


 エディ・タウンゼントの名を知ったのは、沢木耕太郎の『一瞬の夏』(新潮社、1981年/新潮文庫、1984年)を読んでのこと。ボクシング・トレーナーとして育て上げた世界チャンピオンは藤猛海老原博幸柴田国明ガッツ石松友利正、井岡弘樹の6人。赤井英和もエディの教え子だ。名伯楽という言葉は彼のためにあるようなものだ。


 後藤は井岡を取材するために津田博明が経営するグリーンツダジムに通った。足繁く訪れるうちに他のボクサーとも親しくなり、後藤のペンは期せずして無名のボクサーの群像を描くことになる。つまり本書の主役はボクシング・ジムという「場」である。


 そこには教える者と教えられる者がいた。チャンピオンと無名の選手がいた。ベテランと初心者がいた。そして夢に向かって突き進む若者達がいた。


 冒頭の章でエディ・タウンゼントと井岡弘樹が描かれている。これでは尻すぼみになるのではないかと心配したが、後藤は勝者と敗者のドラマを見事にすくい上げている。


 エディにとって井岡は残された最後のチャンスであった。井岡は見事に応え、18歳でチャンピオンとなる。そして初めての防衛戦を迎えた。その時エディは既に癌に冒されていた。絶対安静を振り切ってエディは車椅子で井岡の元へと向かった。朦朧(もうろう)とする意識と戦いながらもエディは井岡を叱咤激励した。遂に試合の日が訪れた──


 井岡は、エディの様子にハッとしたようだった。そばに寄ると、短い間、老人と眼でうなずき合って、それから離れていった。その後若武者は、部屋の隅にほとんど視線をやらなかった。

 その日エディには、グリーンツダジムの近くで開業医をしている二木日出嘉(にき・ひでよし)が付き添っていた。二木がエディの瞳孔が開いているのに気付いたのは、神代が戻ってきた直後である。リングサイドで観戦するという願いも、もはやかなわなかった。二木は百合子と打ち合わせ、すぐに救急車の手配をした。危篤状態のエディが控室から運ばれていったのは、井岡がリングに向かう直前である。エディの状態を、このとき井岡は知っていない。エディが控室から運ばれていったのは気付いたのだが、別の部屋に行ったのかなと、そのときは思っていた。


【『遠いリング』後藤正治〈ごとう・まさはる〉(講談社、1989年/岩波現代文庫、2002年)以下同】


 エディはリングサイドで井岡の試合を観ることがかなわなかった。だが彼の魂は井岡と共にリング上にあった。生の焔(ほのお)を若き弟子に吹き込んだ。


 病院の1階のロビーにテレビが置いてあって、次女のダーナが、ラウンドが終わるたびに2階へあがってきて試合の様子を教えてくれた。そして11ラウンドが終わった頃、エディの意識が戻りはじめ、最終12ラウンドの頃にははっきりと戻っていた。井岡のKO勝ちを告げるダーナに、エディははっきりと、うん、うん、とうなずいたのだ。それに、なぜ、この日だったのだろう、井岡の試合が終わるまでは死ねないという執念が、この世の訣れの日をも動かしたのだろうか。


 試合終了後、井岡が病院を訪れて勝利の報告。その5時間後にエディは逝った。ボクシング一筋の人生は静かに幕を下ろした。


 何かに打ち込む、何かに賭ける人生は時に壮絶な姿を現す。否、狂気に取りつかれることなくして、何かを達成することはできない。単なる欲望でも名声でもなく、我を忘れるほどの没頭に真の充実があるのだ。


 エディはボクシングを愛した。それ以上にボクサーを愛した。彼はどのトレーナーよりもタオルを投げ込むのが早かった。「ボクシング辞めた後の人生の方が長いのよ。誰がそのボクサーの面倒を見てくれるの? 無事に家に帰してあげるのも私の仕事ね」とその理由を語っている。また、選手が勝った後は不意に姿を消し、敗れた場合にはずっと傍にいた。「勝った時には友達いっぱい出来るから私いなくてもいいの。誰が負けたボクサー励ますの? 私負けたボクサーの味方ね」。


 井岡はエディ亡き後もエディと共に歩み続けた。


「エディさんにいわれたことがあるんです。一番いけないのは負けたときに元気の残っている試合だって。たとえ負けたとしても全部出し切ったらいいんだって。あの試合はもちろん良くなかったんだけど、出し切った試合だったし、だから自分としては恥ずかしい試合じゃなかったと思ってるんですけど」


 大量生産された画一的な商品に囲まれ、二流三流のまがい物を買わされているうちに、ふと気がついてみれば自分自身がどうでもいいような存在になり果てている。挙げ句の果てにはつまらぬ意地を張ったり、自分勝手な真似をすることが個性と勘違いされるような時代だ。


 ボクサーが体現しているのは「裸にされた力」である。きらびやかな衣装もなければ、過去を問われることもない。リング上には世間の人びとが競い合っているハードルが何ひとつ存在しない。何か、言いようのないきらめきがそこにあるのだ。

遠いリング (岩波現代文庫―社会) 一瞬の夏 (上) (新潮文庫) 一瞬の夏 (下) (新潮文庫)


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