古本屋の覚え書き このページをアンテナに追加 RSSフィード


WWW を検索 古本屋の覚え書きを検索

2010-04-30

クリシュナムルティ・センター


 1冊読了。


 63冊目『クリシュナムルティ 人と教えクリシュナムルティ・センター編(めるくまーる、1992年)/高橋重敏が主宰するグループの文集といった内容。中村元〈なかむら・はじめ〉が一文を寄せている。特に触発されるところはなかった。クリシュナムルティ関連はこれで31冊目の読了。

金融の黎明期を支えた明治のリーダー


 それにしても何と見事な、先端の認識を彼らは持っていたことか。ケンブリッジでマーシャルの講義を聴いた添田寿一はもとより、当時の一流の経済人は、福沢諭吉であれ、松方正義であれ、渋沢栄一であれ、デフレの弊害を理解し、また、「インフレが貨幣現象」であれば、「デフレも貨幣現象」であることを深く認識していた。


【『世界デフレは三度来る』竹森俊平(講談社BIZ、2006年)】

世界デフレは三度来る 上 (講談社BIZ) 世界デフレは三度来る 下 (講談社BIZ)

ヘイフリック限界


 この誤りは、L・ヘイフリックが1950年代から注意深い研究を行うことによって、正されました。ヘイフリックは、正常な細胞ならある回数分裂するとそれ以上分裂しなくなり、ついには死んでしまうことを見いだしました。カレルらの実験では、培養細胞の栄養素としてニワトリの血漿を毎回供給しており、その中に新しい細胞が混入していたために、同じ細胞を34年間培養したのではなく、次々と新しい細胞に交代していたということがわかったのです。

 ただし組織培養を繰り返していると、時々異常な細胞が生じてきます。それは、いつまでも分裂を繰り返します。また、ガン細胞も無限に分裂することが知られています。ガン細胞とは、分裂がコントロールできなくなって暴走してしまった細胞なのです。


【『植物はなぜ5000年も生きるのか 寿命からみた動物と植物のちがい』鈴木英治〈すずき・えいじ〉(講談社ブルーバックス、2002年)】

植物はなぜ5000年も生きるのか (ブルーバックス)

2010-04-29

福永武彦


 1冊読了。


 62冊目『忘却の河』福永武彦(新潮社、1964年/新潮文庫、1969年)/これぞ、「ザ・小説」。いやあ凄い。たまげた。ローリー・リン・ドラモンド以来の衝撃だ。さして興味のない筋書きでありながら、ぐいぐい読ませる。めくるめく文体。ありきたりの風景を、絶妙な線とタッチで描いている絵画のようだ。独白で展開する七つの章。「忘却の河」というタイトルであるにもかかわらず、書かれているのは「記憶の山」だ。過去の澱(よど)みが次から次へと流れる。擦れ違う家族のそれぞれが迷い、葛藤し、悩みながら生きる姿が綴られている。小さな秘め事が不信感を増幅する。繰り返される生と死の輪廻(りんね)。出生の秘密と子守唄の謎。満たされない現在と、過去の恋愛が交錯する。河を流れる水は源から生まれ、ゆったりと嫌な臭いを放ちながらも流れてゆく。最終章で迷いが自省へと昇華する。まるで河から海へと流れ込むように。

パトカー追跡の車衝突 部品飛び別の車直撃 計2人死亡


 29日午前3時55分ごろ、愛媛県宇和島市寄松の国道56号で、パトカーに追跡されていた同市保田の飲食店店員、Kさん(20)運転の乗用車が電柱に衝突。大破した車両から飛び散った部品が走ってきた同市夏目町2丁目の代行運転手、Mさん(59)運転の車を直撃し、毛利さんは頭部外傷で間もなく死亡。車外に投げ出された加藤さんも脳挫傷で約3時間後に死亡した。

 宇和島署の説明では、パトカーは、現場から約1.8キロ手前の路上で加藤さんの車が信号無視したため、止まるよう何度かアナウンスした。その後急に速度を上げたため、赤色灯とサイレンをつけて追跡。加藤さんの車が前方を走っていた毛利さんらの車2台を追い越そうとして反対車線の電柱に衝突した。その際、飛び散った加藤さんの車の部品が毛利さんの車右側の運転席のサイドガラスを突き抜け、毛利さんの頭部に当たったという。

 現場は片側1車線の直線道路で、当時、路面は未明から降っていた雨でぬれていたという。

 同署の台野寿署長は「違反を発見した上でサイレンを鳴らし、赤色灯を付けて追跡した。現在までの調査では追跡行為に問題はなかった」とコメントを出した。


asahi.com 2010-04-29

脳の大きさと集団形成


 現生霊長類の研究から、大きい脳を持つものは大きい集団で暮らす傾向があることが明らかになっている。


【『歌うネアンデルタール 音楽と言語から見るヒトの進化』スティーヴン・ミズン/熊谷淳子訳(早川書房、2006年)】

歌うネアンデルタール―音楽と言語から見るヒトの進化

2010-04-28

ドラッグ漬けにされる少年兵


 何時間も歩いた。立ち止まったのは、イワシやコーンビーフをガリといっしょに食べ、コカインやブラウン・ブラウン(※火薬とコカインを混ぜたドラッグ)を吸引し、白いカプセルを何錠か飲んだときだけだ。この組み合わせのドラッグをやると、エネルギーがどっと湧いてきて、ぼくらは獰猛(どうもう)になった。死という考え方は、頭をよぎりもしなかったし、人を殺すことが、水を飲むのと同じくらい簡単になった。ぼくの頭は、初めての殺しの最中にぷつんと切れた。そればかりか、良心の呵責(かしゃく)に耐えられないことを記憶するのをやめた。というかそのように思えた。


【『戦場から生きのびて ぼくは少年兵士だった』イシメール・ベア/忠平美幸〈ただひら・みゆき〉訳(河出書房新社、2008年)】

戦場から生きのびて ぼくは少年兵士だった

スーザン・ソンタグの遺言/『良心の領界』スーザン・ソンタグ


 スーザン・ソンタグの名前は知っていた。初めてを見た時は「インディアンの血が混じっているのか?」と思った。


 高橋源一郎は授業でこのテキストを紹介した後で、「窓の外を見てください。風景が変わって見えませんか?」と語った。自分の内側に向かって強烈な力が働く。魂の核、心の芯といったものが意識させられる。スーザン・ソンタグは掘削機だ。固定概念という大地に鉄の爪を立てる。


 彼女はこの序文を書いた10ヶ月後に亡くなった──


 序


 若い読者へのアドバイス……

(これは、ずっと自分自身に言いきかせているアドバイスでもある)


 人の生き方はその人の心の傾注(アテンション)がいかに形成され、また歪められてきたかの軌跡です。注意力(アテンション)の形成は教育の、また文化そのもののまごうかたなきあらわれです。人はつねに成長します。注意力を増大させ高めるものは、人が異質なものごとに対して示す礼節です。新しい刺激を受けとめること、挑戦を受けることに一生懸命になってください。

 検閲を警戒すること。しかし忘れないこと──社会においても個々人の生活においてももっとも強力で深層にひそむ検閲は、【自己】検閲です。

 本をたくさん読んでください。本には何か大きなもの、歓喜を呼び起こすもの、あるいは自分を深めてくれるものが詰まっています。その期待を持続すること。二度読む価値のない本は、読む価値はありません(ちなみに、これは映画についても言えることです)。

 言語のスラム街に沈み込まないよう気をつけること。

 言葉が指し示す具体的な、生きられた現実を想像するよう努力してください。たとえば、「戦争」というような言葉。

 自分自身について、あるいは自分が欲すること、必要とすること、失望していることについて考えるのは、なるべくしないこと。自分についてはまったく、または、少なくとももてる時間のうち半分は、考えないこと。

 動き回ってください。旅をすること。しばらくのあいだ、よその国に住むこと。けっして旅することをやめないこと。もしはるか遠くまで行くことができないなら、その場合は、自分自身を脱却できる場所により深く入り込んでいくこと。時間は消えていくものだとしても、場所はいつでもそこにあります。場所が時間の埋めあわせをしてくれます。たとえば、庭は、過去はもはや重荷ではないという感情を呼び覚ましてくれます。

 この社会では商業が支配的な活動に、金儲けが支配的な基準になっています。商業に対抗する、あるいは商業を意に介さない思想と実践的な行動のための場所を維持するようにしてください。みずから欲するなら、私たちひとりひとりは、小さなかたちではあれ、この社会の浅薄で心が欠如したものごとに対して拮抗する力になることができます。

 暴力を嫌悪すること。国家の虚飾と自己愛を嫌悪すること。

 少なくとも一日一回は、もし自分が、旅券を【もたず】、冷蔵庫と電話のある住居を【もたない】でこの地球上に生き、飛行機に一度も乗ったことの【ない】、膨大で圧倒的な数の人々の一員だったら、と想像してみてください。

 自国の政府のあらゆる主張にきわめて懐疑的であるべきです。ほかの諸国の政府に対しても、同じように懐疑的であること。

 恐れないことは難しいことです。ならば、いまよりは恐れを軽減すること。

 自分の感情を押し殺すためでないかぎりは、おおいに笑うのは良いことです。

 他者に庇護されたり、見下されたりする、そういう関係を許してはなりません──女性の場合は、いまも今後も一生をつうじてそういうことがあり得ます。屈辱をはねのけること。卑劣な男は叱りつけてやりなさい。

 傾注すること。注意を向ける、それがすべての核心です。眼前にあることをできるかぎり自分のなかに取り込むこと。そして、自分に課された何らかの義務のしんどさに負け、みずからの生を狭めてはなりません。

 傾注は生命力です。それはあなたと他者をつなぐものです。それはあなたを生き生きとさせます。いつまでも生き生きとしてください。

 良心の領界を守ってください……。


 2004年2月


  スーザン・ソンタグ


【『良心の領界』スーザン・ソンタグ/木幡和枝〈こばた・かずえ〉訳(NTT出版、2004年)】


 若い女性であれば暗誦(あんしょう)できるまで読んでもらいたい。このテキストは数十冊分の書籍に匹敵するほどの代物だ。孫子に言い伝えるほどの価値がある。


 冒頭で「注意力」の重要性を指摘している。集中力ではない。ここにクリシュナムルティと同じ視点が窺える。集中は力を一点に集約することであり、周囲が見えなくなる。何かを覚えておこうとすると我々は集中する。記憶力を総動員している時、「疑う力」は退けられている。そこで「善悪の吟味」がなされることはない。


 彼女は意気地のない折衷(せっちゅう)主義者ではなかった。しなやかなリアリストであった。限定的にではあるが武力行使も認めていた。国家同士の戦闘状態にあっても正当防衛という局面はあるに違いない。


 リベラルな立場で政治的メッセージを発信し続けたが、ソンタグは運動家ではなかった。一人の作家として、一人の女性として、一人の人間として自分の思いを綴り、語ってきた。その柔軟さは「党の方針」といったものと正反対に位置していた。


 おかしなことに対して「おかしい!」と言い切る強さが彼女にはあった。多くの人々は煮え湯を飲まされるような思いをしながらも声を上げることはない。それどころか、自分が得をするとなると「おかしなこと」を支える側に回ることも決して珍しくない。「社会とはそういものだ」と。


 社会の秩序に唯々諾々(いいだくだく)と従う時、内なる秩序が崩壊する。内なる秩序に則(のっと)るのがクリシュナムルティが説く「反逆」である。


 世界に暴力と貧困がある限り、我々を取り巻く外部秩序は腐敗していると言ってよいだろう。つまり、反逆こそが最も正しい生き方となるのだ。


 殆どのビジネス書が胡散臭いのは、体制に迎合することで成功を収めている人が多いためだ。彼等の人生の目的は「競争に勝つこと」であり、自分の成功のために社会を利用しているだけであろう。資本主義とは、人間が資本の奴隷になることを意味している。


 この世界に反逆できる人こそが、真に自由な人である。

良心の領界

小池重明


 この男には不思議な魅力があった。人間の不純性と純粋性を兼ね合わせていて、つまり、その相対性のなかに彷徨(ほうこう)をくり返していた男である。善意と悪意、潔癖と汚濁、大胆と小心、勇気と臆病といった相反するものを総合した人間といえるだろう。徹底して多くの人に嫌われる一方、また、多くの人に徹底して愛された男である。


【『真剣師 小池重明 “新宿の殺し屋”と呼ばれた将棋ギャンブラーの生涯』団鬼六〈だん・おにろく〉(イースト・プレス、1995年/幻冬舎アウトロー文庫、1997年)】

真剣師小池重明 (幻冬舎アウトロー文庫)

2010-04-27

鈴木英治


 1冊挫折。


 挫折31『植物はなぜ5000年も生きるのか 寿命からみた動物と植物のちがい』鈴木英治〈すずき・えいじ〉(講談社ブルーバックス、2002年)/110ページで挫ける。ちょうど真ん中くらいだ。何と言うか、学校の教科書を読んでいるような気分になってくる。余技がなさ過ぎて盛り上がりに欠ける。

憎悪


 憎悪には独特の心拍数がある。


【『蝿の苦しみ 断想』エリアス・カネッティ/青木隆嘉〈あおき・たかよし〉訳(法政大学出版局、1993年)】

蝿の苦しみ 断想

戦争と写真/『他者の苦痛へのまなざし』スーザン・ソンタグ


 スーザン・ソンタグの本を初めて読んだ。凄い。柔軟さとしなやかさが強さであることを示している。当初、「鞭のようだ」と思った。が、それは正確ではない。衣(ころも)のように包み込み、水のごとく浸透する、と言うべきか。


 彼女は揺らぐ。バランスをとるために。だからソンタグは初めから「揺れる」ことを恐れるところがない。人の意志決定を司(つかさど)っているのは、脳内の電気信号の揺らぎであるとされる。

 ソンタグは判断を下す前に思考を振り子みたいに揺らしている。意図的に。その振幅が思考に余裕を生み、豊かさを醸(かも)し出す。


 本書は戦争と写真に関する考察である。暴力とメディアと言い換えてもよいだろう。


 スペイン内戦(1936-39年)は現代的な意味で目撃された(「取材された」)最初の戦争であった。


【『他者の苦痛へのまなざし』スーザン・ソンタグ/北條文緒訳(みすず書房、2003年)以下同】


 報道された戦争は「翻訳された戦争」である。戦争の情報化が始まった。情報は常に加工される。ある時は国威発揚のために、別の際には敵を撹乱(かくらん)させる目的で嘘が盛り込まれる。


 我々は正確な情報を求めている。そこには、正確な情報さえわかれば正当な判断ができるという勝手な思い込みが存在する。見事な欺瞞だ。


 そして戦争の犠牲者の写真はそれ自体でひとつのレトリックなのだ。写真は繰り返し立ち現われる。写真は単純化する。写真は扇動する。写真はコンセンサスという幻覚を創りだす。


 ごらんなさい、と写真は言う。【こんな】ふうなのですよ。戦争とはこういうことを【する】のですよ。それに【あの】写真の、ああいうことも、あれも戦争がすることです。戦争は引き裂き、引きちぎる。戦争は抉りとる。戦争は焼き、解体し、【滅ぼし尽くす】。


 写真は主張する。「これは嘘偽りのない事実だぞ!」と。写真は見る者の視点をカメラの位置に閉じ込める。首を動かすことは不可能だ。そして瞬間の中に記憶が固定される。


 遺体が映っていれば、彼あるいは彼女の来し方と、【あったはずの】行く末とに我々は思いを馳せ、写真には映っていない殺人者の存在を強烈に意識する。遺体は「自分」と化す。このような所業が許されていいはずがない。死は憎悪を掻(か)き立てる。


 ところが殺された者が大量殺戮者であれば、我々は溜飲(りゅういん)を下げる。いや、「殺し足りない」と思うほどだ。「寸刻みで切ってやりゃいいんだよ」とまで思う。「物語としての遺体」。


 それとは対照的に、一方の側には正義、他方には抑圧と不正があり、ゆえに戦闘は続けられねばならない、と信じる者にとって重要なのは、まさに誰によって誰が殺されるかということである。イスラエルのユダヤ人にとって、イェルサレム都心のスバロ・ピザ・レストランへの襲撃で、ばらばらにされた子どもの遺体の写真は、何よりもまずパレスチナの自爆者によって殺されたユダヤ人の子どもの写真である。パレスチナ人にとって、ガザ付近で戦車に轢き殺された子どもの写真は、何よりもまずイスラエルの兵器によって殺害されたパレスチナの子どもの写真である。戦闘者にとっては、誰かということがすべてである。したがってすべての写真には、キャプションによる説明、あるいはキャプションによる偽装工作が求められる。近年のバルカン半島でのセルビア人とクロアチア人の戦闘では、村の爆撃で殺された子どもたちの同じ写真が、セルビア人、クロアチア人双方で宣伝活動のために流布された。キャプションさえ変えれば、子どもたちの死は繰り返し利用できるのである。


 つまり、同じ写真であっても意味を変換することが可能なのだ。ポジとネガは善悪となって反転する。善悪は交互に点滅する。戦時中の価値観はいつだって政治に支配されている。善悪を判断するのは政治家だ。


 一般の言語は、ゴヤの作品のような手作りの図像と写真との違いを、芸術家は絵を「メイクし」(作り)、写真家は写真を「テイクする」(撮る)という月並みな言い方で説明する。だが写真の映像は、それが一つの痕跡である(雑多な写真的痕跡からなる構成物ではなく)かぎりにおいて、単に事件を透明に反映したものではない。それは常に誰かが選びとった映像である。写真を撮ることは枠をつけること、枠をつけることは排除することである。さらに写真をいじることは、デジタル写真術と写真店による修正のずっと前からおこなわれており、写真が偽りの映像を作ることは常に可能だった。


 しかし、である。戦争の全てをあらゆる角度から撮影した膨大な写真があったとしても、見る人の意図は恣意的(しいてき)な物語を作り上げることだろう。結局、皆が皆自分の都合に合わせて情報を取捨選択している。


 記憶することは以前にもまして、物語を呼び起こすことではなく、ある映像を呼び出すことになっている。


 我々は映像によって「物語を紡(つむ)ぐ自由」すら奪われてしまったのだ。私の常識や価値観は、メディアへの迎合と反発の間にしか築かれない。


 これは五感の中で視覚情報が圧倒的な情報量を占めていることとも関係しているのだろう。我々はあらゆるものを「見た目」で判断する。中身を問うのはその後の話である。


 視覚情報は欲望を喚起する。男性がグラマーな女性を好むのは、遺伝子を残しやすいためといわれる。とすると遺伝的優位性は目に見える形を成していることになる。


 人は視覚に捉われ、翻弄され、判断を誤る。


 他者の苦痛へのまなざしが主題であるかぎり、「われわれ」ということばは自明のものとして使われてはならない。


 我々は「我々」という言葉を使うことで、「私」を大きく見せようと目論む。私が「我々」と言う時、私は「スタンダード」(標準)となっている。政治的メッセージは必ず「我々」を多用する。「我々以外は敵だ」と言わんばかりに。


 写真を見た瞬間、我々はそこに意味を読み取ろうとする。我々は「わからない」ことに耐えられない。見るという行為が、胸倉をつかんで関係性を強要する。意味がわからなければ、観察者は部外者となってしまう。


「見る」ことは「見えなくなる」ことでもある。見えている物の裏側や、自分の背後は決して見えないのだから。とすると、「わかる」ことは「わからなくなる」でもあるのだ。


 苦しみを容認せず、苦しみに抵抗することは、何を意味するのか。


 写真は見る者をして傍観者に仕立てる。ギャラリーは野次馬と化し、覗き見に加担させられる。ジョルジュ・バタイユ著『エロスの涙』で紹介されている中国の残酷な写真について触れている。私はバタイユの感覚が全く理解できない。

 かくも残忍極まりない処刑が中国では春秋時代(紀元前770-紀元前403年)から清朝(1644-1912年)に至るまで行われてきた。バタイユはこの写真に魅せられ、手元から離すことがなかったという。「お前が同じ目に遭ったらどうなんだ?」と言いたくなる。


 サブリミナル効果が示すように、生と死(セックスと暴力)は人間を刺激してやまない。格闘技が我々を熱狂させるのは、勝者が生を敗者が死を体現しているからだ。


 残念ながら惨殺された遺体の写真は暴力的衝動を引き出す。人間の良心は「殺す者」への共感を拒む。一歩誤ると暴力への渇望すら生みかねない。


 メディア情報が席捲する時代にあって、我々に必要なのは静かに「瞑目(めいもく)する」ことではあるまいか。そんな気がしてならない。

他者の苦痛へのまなざし エロスの涙 (ちくま学芸文庫)

中途半端な自意識


 半端な人間は、いつでも半端な自意識を持っている。と言うよりも彼らは確固たるアイデンティティーを持てないでいるが故に、常に自意識ばかりを成長させている。

「オレってさあ」「アタシってね」と、何かにつけて自分の話ばかりしたがるこのヒトたちは、実は自分についてまるで確信を持てないでおり、それを持つことを切実に必要としているのだ。


【『山手線膝栗毛』小田嶋隆ジャストシステム、1993年)】

山手線膝栗毛

2010-04-26

クリシュナムルティから影響を受けた人々/『変化への挑戦 クリシュナムルティの生涯と教え』J・クリシュナムルティ


 人が歴史を動かすのか、歴史が人をつくるのか──いずれにしても時代と人は密接につながり、シンクロしてゆく。


 世に偉人と言われる人々は、それまでの価値観を一変させた──


 歴史を通じて、ごく稀にではあるが伝統に抗した人々がいる。ソクラテスアインシュタイン、マーティン・ルーサー、偉大な革命家イエス・キリストフロイト、仏陀。彼らは自分自身および周囲の世界をまったく新しい見方で見つめる勇気と洞察力を持っていた。そして彼らが見たものは世界を永遠に変えた。


【『変化への挑戦 クリシュナムルティの生涯と教え』J・クリシュナムルティ/柳川晃緒〈やながわ・あきお〉訳、大野純一監訳(コスモス・ライブラリー、2008年)以下同】


 この文章は制作を担当したイーブリン・ブローというおばさんが書いたのかもしれない。DVDに登場する中でこの人物だけが傲慢そうに見えて仕方がなかった。イエス・キリストについては、クリシュナムルティ自身が「実在しなかったと思う」と言っている。


 更にクリシュナムルティが常々語る「組織宗教」というのは、明らかにカトリックを意識していると思われるが、わざわざ「偉大な革命家」と形容するのもおかしい。「神」という言葉を多用しながらも、神の欺瞞を衝いたのがクリシュナムルティであったはずだ。神こそは、人類最大の詐欺だというのが私の考えだ。


 時代が民衆にプレッシャーを与え続けると、星のごとく偉人が登場する。彼等の生きざまや、ものの見方が人々に伝播(でんぱ)し、時代の潮流を変える。


 人と人とは大なり小なり何らかの影響を及ぼし合って生きている。そして、時代や社会に束縛されない人物が一石を投じた瞬間、世界にさざ波が広がってゆくのだ。


 次に紹介されている人々は、たぶん個人面談をしたことがあると思われる──


 アインシュタインがニュートン〔以来の物理学〕に対して成し遂げたようなことを、彼はスピリチュアリティの領域で成し遂げた。20世紀の大部分にわたり、世界中の何百万もの人々が彼のビジョンに惹きつけられた。ダライ・ラマオルダス・ハクスレーエリック・クラプトンカーリル・ジブラーンハリケーン・カーターグレタ・ガルボディーパック・チョプラヴァン・モリソンヘレン・ケラーチャーリー・チャップリンジョナス・ソークジョージ・バーナード・ショー、母親、学生、農民、詩人、科学者、そして国家元首。彼らの各々に直接、彼は人類が直面している最も根源的な問題を語った。


 こういう場合は、きちんとロバート・パウエルのテキストを紹介するべきだ。

 それにしても凄い顔ぶれだ。ヴァン・モリソンに至っては「No Guru, No Method, No Teacher」というアルバムでクリシュナムルティへの謝辞を書いている。タイトルもそのまんまって感じですな(笑)。色々と検索してみたところ、「ビートルズからグルの依頼もあったが、クリシュナムルティに断られている」という記事もあった。グルを否定する人物に、グルを依頼するってのもいい根性をしているね(笑)。


 人が人を呼ぶ。人は必ず人を得る。彼等がクリシュナムルティからどのような影響を受けたのか、それは定かではない。それでもクリシュナムルティの魂の巨大さに圧倒されたことは確かだろう。


 彼の教えをスピリチュアリズムの範疇(はんちゅう)でしか捉えることのできなかった人々も多かったはずだ。残念ながら、そのような人々は今尚後を絶たない。クリシュナムルティの教えはもっとシンプルなものだ。目に見えない神や霊などは一切否定しているのだから。


 仏教は人を得てインドから中国、そして日本へと伝わり発展した。クリシュナムルティの教えも同様に、人を得て広まってゆくことだろう。

英和対訳 変化への挑戦―クリシュナムルティの生涯と教え ノー・グールー、ノー・メソッド、ノー・ティーチャー(イン・ザ・ガーデン)+2(紙ジャケット仕様)

内なる充実


 内面のものを熱望する者は

 すでに偉大で富んでいる。(「エピメニデスの目ざめ」1814年、から)


【『ゲーテ格言集』ゲーテ/高橋健二編訳(新潮文庫、1952年)】

ゲーテ格言集 (新潮文庫)

2010-04-25

岩田規久男、竹森俊平、スーザン・ソンタグ、J・クリシュナムルティ


 2冊挫折、2冊読了。


 挫折29『マクロ経済学を学ぶ』岩田規久男(ちくま新書、1996年)/文章が肌に合わず、あっという間に挫ける。


 挫折30『世界デフレは三度来る(上)』竹森俊平(講談社BIZ、2006年)/講談社がやたらとネーミングを変えて刊行しているが、驚くほど活字が読みやすくなった。ま、以前が酷かったからね。特に講談社文庫の読みにくさは多くの人々が指摘していた。上下で1100ページの大冊。20世紀の経済史を揺るがす出来事がドラマチックに綴られている。この著者は相当頭がいい人だ。文章のあちこちに自信が漲(みなぎ)っている。文章もいい。それでも250ページで挫ける。歴史に重点が置かれていて、当てが外れたというのが本音である。秀逸なマクロ経済史にもなっているので再読するかも。


 60冊目『良心の領界』スーザン・ソンタグ/木幡和枝〈こばた・かずえ〉訳(NTT出版、2004年)/高橋源一郎著『13日間で「名文」を書けるようになる方法』の冒頭で紹介されている文章をどうしても読みたくて速効で入手。「若い読者へのアドバイス……」と題された序文である。高橋本で全文紹介されているのだが、この4ページを読むだけでも価値がある。柔らかいこと、しなやかであることが強さであることを見事に証明している。人は善良であればあるほど煩悶(はんもん)し、懊悩(おうのう)する。かつて「わかりやすい正義」が正義であった例(ためし)がない。彼女とクリシュナムルティの対談が実現していたら──と思わずいはいられなかった。ただし、田中康夫を買い被っているのは頂けない。


 61冊目『知恵のめざめ 悲しみが花開いて終わるとき』J・クリシュナムルティ/小早川詔〈こばやかわ・あきら〉、藤仲孝司〈ふじなか・たかし〉訳(UNIO、2003年)/クリシュナムルティ30冊目の読了。日本語訳はあと10冊ほどしかないはずだ。録音された講話で原書に補完を加えた労作。生々しい言葉の揺らぎから、クリシュナムルティの思想を読み解こうとする姿勢は高く評価していいだろう。ただ、「訳者あとがき」で延々と言いわけをして、他の翻訳を悪し様に言う姿勢は大いに疑問だ。その独善性にクリシュナムルティの教えを見て取ることは不可能だ。大体、藤仲が単独で翻訳したものは滅茶苦茶な文章が多く、朗読するのも一苦労させられる。この二人は翻訳と通訳とを明らかに勘違いしている。大野純一訳は癖があるものの、はるかに読みやすい。本書は話し言葉で綴られているため、読みにくい上、難解な表現が数多く見受けられる。私が読んできたものの中では一番難しかった。

存在するとは知覚されること


 アインシュタインは、チューリッヒの連邦工科大学の学生であった1897年にマッハの『力学の発達』を読み、深い影響を受ける。そして、当時確認された光速度一定の法則という経験的な事実から、つまり「現象」の側から出発し、逆に時間・空間概念を変更する、という大転換を行う。そこに生れるのが相対性理論の体系であった。

 ここで、相対論において基本的な発想となっているのは、いわば「存在するとは知覚されること」という、これもまた世界についてのマッハ的な理解である。光よりも速い物質は存在せず、かつ知覚される(=ものが見える)とはその物質から放たれた光が観察者の網膜にとどくことだから、世界や事物の存在は光によって成り立つことになる。


【『死生観を問いなおす』広井良典(ちくま新書、2001年)】

死生観を問いなおす (ちくま新書)

2025年&2050年 GDP世界ランキング予想


 データはゴールドマン・サックスの調査を元にしていると思われるが、欧米が指をくわえているわけがない。特に中国の場合、民主化というカントリーリスクがつきまとっている。


D

ヨアン・アンドネの抗議行動


(ヨアン・)アンドネが英雄になったのは、そのシーズン最後のリーグ戦でのダービーだった。

 3-0、文句のない〈ディナモ〉(※ルーマニア)の圧勝。ディフェンダーながら、自らも得点を決めたアンドネは、勝利を告げるホイッスルを聞くと感極まった。彼はスタンドのヴァレンティンを見つける。背を向けた。そして、一気にパンツを下ろした。

 周囲は凍りつく。チャウシェスク大統領の長男に向けて下半身を見せる抗議行動。否(いな)、侮蔑(ぶべつ)行動――いったいどんな恐ろしい粛清が待ち受けているのか。

 アンドネにとって幸運だったのは、ヴァレンティンのお気に入りだった〈ステアウア〉のFWマルウス・ラカトシュと仲が良かったことだった。代表の右ウイングで勇躍していたラカトシュは、試合さながらに快速をぶっ飛ばしてヴァレンティンに駆け寄り、必死に友人の非礼を詫(わ)びて罪の軽減を訴えた。


【『蹴る群れ』木村元彦〈きむら・ゆきひこ〉(講談社、2007年)】

蹴る群れ

2010-04-24

相場におけるリスクとリターン


 ある市場に入ってきている資金は、ほかのどこでも活用できる資金です。その資金には金利というコストがかかっています。そのコスト以上の利回りで運用されなければロスを出しているに等しいといえます。あるいは、インフレ上昇率以上の利回りが得られなければ目減りします。株式、債券市場の発行体も投資家もすべて自分が取ったリスクのリターンを欲しています。

 この、なんとかペイさせたい、儲けたいという究極の目的は同じでも、人によって好むリスクの種類や取り方がさまざまなために、相場が成り立っているといえます。そしてそのリスクとリターンは、バランスシートのようなもののうえで、常に見合っていると考えます。したがって、リスクのない夢のような儲け話などは存在しないのです。

 たとえば割引国債(ゼロクーポン)を単純に見ると、一見、夢のような話でしょう。50で買ったものが、償還時には確実に100になるのです。しかし、割引国債の購入者はインフレリスクをもろに背負い、ほかの投資物件への機会利益を放棄しています。国債といえどクレジット(信用)リスクもゼロではありません。すなわち、将来何が起こるかわからないという時間のリスクを取っているのです。夢のような儲け話とは50で買ったものが、その瞬間に100で売れることです。そこには価格変動のリスクはありませんが、しばしば犯罪につながるリスクが存在します。


【『実践 生き残りのディーリング 変わりゆく市場に適応するための100のアプローチ』矢口新〈やぐち・あらた〉(パンローリング、2001年)】

実践 生き残りのディーリング (現代の錬金術師シリーズ)

フィリップ・クローデル、ヴィカス・スワラップ


 1冊挫折、1冊読了。


 挫折28『灰色の魂』フィリップ・クローデル/高橋啓訳(みすず書房、2004年)/体力不足のため後回しにする。これは必ず読む予定。


 59冊目『ぼくと1ルピーの神様』ヴィカス・スワラップ/子安亜弥〈こやす・あや〉訳(ランダムハウス講談社、2006年/ランダムハウス講談社文庫、2009年)/「どうせ出来過ぎた話なんだろ?」と思いながら読んだ。確かにその通りだった。それでも滅法面白かった。最後のシーンなど泣かずにはいられなかった。孤児の少年ラムがテレビのクイズ番組で全問正解し大金を獲得する。これを支払うことができない番組制作会社が警察と共謀して、ラムが不正を犯したことにしようと企む。警察にしょっ引かれ、拷問されるラムのもとへ一人の女性弁護士が駆けつける。まともな教育も受けず、スラム街に住む少年がなぜ難しいクイズの全てに答えることができたのか? 物語は少年の過酷な人生を描き始める。ラストで二つひねりを入れて、完璧な着地を決めた鉄棒さながらの作品だ。童話のようでありながらも、深い人生哲学が語られている。文句なしの傑作。

周恩来の養女・孫維世


 文化大革命時代には、女優としての名声の高さと毛沢東との男女関係から江青の嫉妬を買い、迫害を受けた。孫維世は養父である周恩来が署名した逮捕状を以って、北京公安局の留置場に送られ、1968年10月4日に獄中で死亡した。遺体は一対の手枷と足枷のみ身に付けた全裸の状態であった。一説には江青が刑事犯たちに孫維世の衣服を剥ぎ取らせて輪姦させ、輪姦に参加した受刑者は減刑を受けたと言う。また、遺体の頭頂部には一本の長い釘が打ち込まれていたのが見つかった。これらの状況から検死を要求した周恩来に対し、「遺体はすぐに火葬する」という回答のみがなされた。


Wikipedia

本物の右翼


 若いとき三島由紀夫や保田ヨシロウと食事したことがあるが、本当の右翼は物静かで、貧困にたいする思いやりがつよい。財閥をたおして民を助けるという意味では右も左もない。


【「派遣村で格差社会はなくならない」岩下俊三】

急性ストレスと慢性ストレス

 生きていくために不可欠な生理的メカニズムであるストレスが病気の原因になる、というのは矛盾していると思われるかもしれない。この点を理解するためには、“急性ストレス”と“慢性ストレス”とを区別する必要がある。急性ストレスとは、脅威に対して即座に、短時間だけ起こる身体反応だ。慢性ストレスのほうは、ある人がストレッサーの存在に気づかない、または気づいても逃れようがないために継続的にストレスにさらされ、ストレス・メカニズムが長期的に活動を続けている状態である。


【『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ/伊藤はるみ訳(日本教文社、2005年)】

身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価

2010-04-23

科学的常識の危うさ


 こんな言い方をすると、「まだ遺伝子に祈りがどういう影響を与えるかはよくわかっていないはずだ」という意見が出てくると思います。科学に全幅の信頼を寄せている人は特にそうです。

「科学的にきちんと説明してほしい」、こう言うに違いありません。

 しかし、この言い方は一知半解(いっちはんかい)な人間に特有の不遜さが感じられます。「そんなことあるはずがない」と言うとき、その判断の根拠になっている自分の科学的常識の危うさには気づいていないのです。


【『人は何のために「祈る」のか 生命の遺伝子はその声を聴いている』村上和雄、棚次正和〈たなつぐ・まさかず〉(祥伝社、2008年)】

人は何のために「祈る」のか 人は何のために「祈る」のか 生命の遺伝子はその声を聴いている (祥伝社黄金文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

権力は性を管理しようとする


 権力はかならず性を管理しようとするものだが、西洋において性衝動を型にはめようとした強権力のひとつがキリスト教であった。キリスト教は、情熱に悪しき性質のあることを教えるのにおさおさ怠ることがなく、原罪という概念を人に植えつけた。神学は男の仕事であった関係から、原罪は女がもっているものとされてきた。イエスは信仰篤い売春婦にやさしみをかけたという伝聞がある。しかし、「だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである」という言葉を吐いたことのほうで、イエスはよく記憶されている。


【『エロスと精気(エネルギー) 性愛術指南』ジェイムズ・M・パウエル/浅野敏夫訳(法政大学出版局、1994年)】

エロスと精気(エネルギー)―性愛術指南

2010-04-22

数学者の名言/『新装版 数学・まだこんなことがわからない 難問から見た現代数学入門』吉永良正


 数学の未解決問題を初心者にわかりやすく解説した良書で、講談社出版文化賞を受賞したのも頷ける。数式を無視しても十分堪能できる。


 美という次元において、数学はもっとも宗教に近い学問であると私は思っている。また、数学が対象とする量、構造、空間も極めて哲学的な示唆に富んでいる。


 初めて知ったのだが完全数友愛数、はたまた婚約数というのがあるそうだよ。不思議な規則性、法則性が実に刺激的だ。


 そして本書の極めつけは数学者による名言の数々である。さすがに定理を追求する人々の言葉だけあって味わい深い。しかも簡潔だ。


「未解決問題があるかぎり、科学は生気に満ちている。問題の欠乏は科学の死を、すなわち独自の発展の停止を意味する」ヒルベルト


【『新装版 数学・まだこんなことがわからない 難問から見た現代数学入門』吉永良正(講談社ブルーバックス、2004年)】


 偉大な数学者ダーフィット・ヒルベルト(1862-1943)は、1900年にこう宣言しています。

「われわれは決して止むことのない呼び声を、われわれの内に聞く。ここに問題がある。その解答を求めよ。解決は、純粋理性によって得られる。なぜならば、数学には、無知であり続けることは存在しないからである」。


 結局、真にすぐれた問題とは、数学者がその解決に取り組むなかから、まったく新しい数学的【方法】と、新しい数学的【対象】とを必然的に産み出す問題であるといえるのです。つまり、数学者は一つの問題をとことんつきとめることで、数学的視野の拡大に到達するわけです。(中略)

 現代数学の巨人アンドレ・ヴェイユ(1906-98)が、『数学の将来』のなかで述べた次の言葉ほど、数学の発展のダイナミズムと、数学にとっての未解決問題のもつ意義とを、みごとに表現したものはない、と私は思っています。

「将来の大数学者は、過去においてもそうであったように、踏み固められた道を避けるであろう。彼らは、われわれが彼らに残す大きな問題を、われわれの想像の到達できない思いがけない近づき方で、まったく姿を変えて解くであろう」。


 数学を言語と考えるならば、数々の定理が将来どのように使われるかは誰にもわからない。

 森重文の言葉からは、数学世界の険しさがひしひしと伝わってくる──


「趣味は?」と聞かれた森(重文)は──数学者に向かって、随分、不可思議な質問をするインタビュアーもいるものだと、そのとき私は思ったのですが──、こう答えていました。

「無趣味に近いです。いったん問題を考え始めたら、他のことがまったく考えられなくなるから」。

 もう少し、森語録を拾っておきましょう。

「研究は主に自宅で深夜、家族が寝静まってからやります。途中で考えを中断されると、なかなか元に戻れませんから。朝7時までかかることもある生活が2〜3ヵ月続くと、堅気の生活に戻らなくてはと思います。時差に悩みますので」。

「数学には科学技術の基礎と、芸術という二面性があります。ぼくの数学の応用は見当がつかないが、芸術家の意識もない。せめて芸術家のような暮らしをしているといえばいいかな」。

「数学者としてやっていこうかと思ったのは最近。もう逃げようがない感じ。でもいいアイデアが浮かばなくなるんじゃないかなと、いつも不安ですね。漆芸をやっている知人が『苦しい、苦しい』っていうのがよくわかります」。

 とくに最後の発言など、私なんか心底感動してしまいました。天才にしてこれです。数学とは何と過酷な学問なのでしょうか。


 フィールズ賞が40歳以下の研究者を対象とするのも何となく納得がゆく。藤原正彦も『天才の栄光と挫折 数学者列伝』で、数学は若者の学問といわれており、集中力を持続させるだけの体力が求められると書いている。それが証拠に50歳以上の学者による大発見はほぼ皆無である、とも。


 それはきっと虫眼鏡で太陽の光を集めて鉄を溶かすような作業なのだろう。そういや、羽生善治も似たようなことを書いていたっけ──

 それにしても、ここ数年の数学本の賑わいぶりには目を瞠(みは)るものがある。

新装版 数学・まだこんなことがわからない (ブルーバックス)

真綿で首を絞める


 パパは、「うちの息子」はまちがいなく進級できることや、学問のある人たちを説得するには金に物を言わせるよりもむしろ、気持ちよく応対し、真綿で首を締(ママ)めるようにするほうが効きめがあることをママに説いてきかせた。(「パパ」)


【『チェーホフ・ユモレスカ 傑作短編集 1』アントン・パーヴロヴィッチ・チェーホフ/松下裕〈まつした・ゆたか〉訳(新潮社、2006年)】

チェーホフ・ユモレスカ―傑作短編集〈1〉 (新潮文庫)

2010-04-21

友の足音


 時代の流れとともに、その存在がますます意味を持ってきた思想家ヴァルター・ベンヤミンは、1916年の末に友に宛てた手紙の中で、こう述べています。

「真っ暗な闇の中を歩み通す時、助けになるものは、橋でも翼でもなく、友の足音である」

 ナチスの軍靴の音が高鳴る時代、「アウシュヴィッツの時代」に、アドルノホルクハイマー(20世紀ドイツを代表する社会学者、思想家)などの「魂の友」となり得たベンヤミンならではの言葉です。

 友とは暗闇の中ですがりつく対象ではありません。携帯で呼び出すと、飛んでくるだけの人ではありません。もちろん、友はそういうこともしてくれます。でも、それだけでは「都合の良い人」であっても友ではありません。

 友も歩いているのです。私のように歩いているのです。その存在を想うだけで、その足音だけで、私は一人で歩けるのです。姿が見えなくてもよいのです。離れていてもよいのです。

 私にとって、仏教という宗教は、このベンヤミンの言葉における「友」のニュアンスに近いものがあります。


【『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』友岡雅弥第三文明社、2000年)】

ブッダは歩むブッダは語る―ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う

免疫学者の多田富雄さん死去 能楽にも深い関心


 国際的な免疫学者で、能楽にも深い関心を寄せた東京大名誉教授の多田富雄(ただ・とみお)さんが21日、死去した。76歳だった。葬儀は未定。

 多田さんは千葉大医学部卒。74年、同大医学部教授に、77年、東大医学部教授に就任。東京理科大生命科学研究所長などを務めた。81年度の朝日賞を受賞、97年からは朝日賞の選考委員だった。84年の文化功労者

 体内に侵入したウイルスや細菌などから身をまもる免疫細胞のひとつ、T細胞には、異物を攻撃するアクセル役のほかに、ブレーキ役があり、両者でバランスを保って暴走を防いでいることを明らかにした。免疫の働きが強すぎると、自分を攻撃する自己免疫病につながってしまう。これらの研究成果を一般向けに解説した「免疫の意味論」は93年第20回大佛次郎賞に選ばれた。

 青年時代から能楽に関心を寄せ、時に自ら小鼓を打った。脳死移植や原爆などをテーマにした新作能を次々発表した。

 01年に脳梗塞(こうそく)で倒れ、重い右半身まひや言語障害といった後遺症を抱えたが、リハビリを続けて左手でパソコンを打ち、朝日新聞文化欄に能をテーマに寄稿するなど、意欲的な文筆活動を続けていた。


asahi.com 2010-04-21

黒シール事件−石原慎太郎のレイシズム


 若手の論客として知られた新井将敬という政治家がいた。東大卒、旧大蔵省のキャリア官僚出身のエリートだったが、株取引での利益供与を要求した証券取引法違反容疑が浮上し、衆院が逮捕許諾の議決をする直前に自らの命を絶った▼在日韓国人として生まれ、16歳の時に日本国籍を取得した新井氏は1983年に旧衆院東京2区から初出馬、落選した際に悪質な選挙妨害を受けた。選挙ポスターに「元北朝鮮人」などと書いた黒いシールを大量に張られたのだ▼それを思い出したのは、永住外国人への地方参政権付与に反対する集会で、石原慎太郎東京都知事が「(帰化した人や子孫が)国会はずいぶん多い」などと発言したからだ▼選挙区内の新井氏のポスターにせっせとシールを張って歩いたのは、同じ選挙区の現職だった石原知事の公設第一秘書らだった。「それ(帰化)で決して差別はしませんよ」と集会で知事は語ったが、彼の取り巻きが過去にしでかしたことを思い起こせば、そんな発言を誰が信じよう▼与党幹部には帰化した子孫が多いという発言の根拠はインターネットだという。そりゃあ、石原さん、いくらなんでもちょっと無責任すぎるよと言いたくなる▼あからさまな差別的発言を大きく報道したメディアは本紙だけだった。「またいつもの放言だ」と取材側がまひしているならかなり深刻だ。


【筆洗/東京新聞 2010-04-20】

「金縛り」は100%科学的に解明できる!

    • 偽りの記憶/『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』スーザン・A・クランシー

民衆が語る中国 1 紅衛兵誕生へ


 陰惨な暴力を振るった元紅衛兵達が、笑みを湛(たた)えながら過去を振り返っている。罪悪感はどこにも見られない。それどころか昂揚感すら漂っている。国家の暴力を受け入れる彼等が、暴力を肯定するのも当然か。


D


D


D


D


D

資本主義経済と市場経済


資本主義経済

 封建制の次に現れた経済体制で、産業革命によって確立された産業経済体制。この仕組みの中では、資本が投下され、利潤を生んで回収されるために、経済の中心を資本の自己増殖運動ととらえることもできる。それゆえに「資本主義」と呼ばれる。


【『ドンと来い! 大恐慌藤井厳喜〈ふじい・げんき〉(ジョルダンブックス、2009年)以下同】


市場経済

 生産や消費が主に市場によって社会的に調整される経済制度。企業や個人は市場で自由に経済活動を行い、財の需要と供給が決定される。

ドンと来い!大恐慌 (ジョルダンブックス)

2010-04-20

人間の身体をどう捉えるか


 人間の生きる身体をどのように捉えているかがリハビリテーション治療を決定する最も重要な出発点である。身体を解剖学的に捉えるのか、運動学的に捉えるのか、運動発達学的に捉えるのか、神経生理学的に捉えるのか、日常生活能力的に捉えるのか、社会行動学的に捉えるのか、あるいは認知神経科学的に捉えるのか、システム論的に捉えるのかによって、運動療法が異なってくる。どのようなまなざしを身体に向けるかによって運動療法の差異が表面化してくる。

 身体へのまなざしの差異が、ある時代に多数を占めた視線が、時には何十年にもわたってセラピストの思考の中核となって臨床を支配する。そして、時には不幸な対立を生み出す。


【『リハビリテーション・ルネサンス 心と脳と身体の回復 認知運動療法の挑戦』宮本省三〈みやもと・しょうぞう〉(春秋社、2006年)】

リハビリテーション・ルネサンス―心と脳と身体の回復、認知運動療法の挑戦

日本語初のDVDブック/『変化への挑戦 クリシュナムルティの生涯と教え』J・クリシュナムルティ


沢村貞子に似ているな」──私が初めてクリシュナムルティの顔を見た時の印象だ。若かりし頃の写真は彫像のように端正でエネルギッシュだ。思わず、「ヨッ、色男!」と声を掛けたくなるほど。


 英語のDVDを大野純一の提案でDVDブックにしたようだ。これは正解だ。クリシュナムルティのトリッキーな言葉を聴いただけでは理解できない。ま、実際は何度読んでも理解し難いのだが。


 彼は我々の価値観を根底から揺さぶる。そして条件づけされた我々の思考には揺り戻しの力が働く。元の木阿弥(もくあみ)だ。


 私はテキストを先に読んだ。その後、DVDを観る決心が中々つかなかった。ファーストコンタクトに臨むに際し、体調をととのえ、心を清める必要を感じた。ただ、何となく。


 クリシュナムルティの声は甲高かった。声がいいとは言い難い。それでも彼独自の響きを発しながら、情熱と真剣が横溢(おういつ)している。クリシュナムルティが事前に講話の内容を用意することはない。彼は聴衆を一望しておもむろに語り掛けることを常としていた。どこの国であろうと、どんな規模の会場であろうともだ。


 彼自身が語っていることであるが、講話の最中は一種のプロセス状態にあるという。

 一見すると、何かにに取り憑(つ)かれたような、はたまた陶酔しきったような印象を受ける。私は「誰かに似ているな」と考え、思い当たった時に我ながら驚いてしまった。ヒトラーであった。しかしながらヒトラーが野望を振るわせていたのに対し、クリシュナムルティは慈愛を響かせていた。


 確かにプロセス状態を見て取ることができる。彼はしばしば瞑目(めいもく)する。そして開かれた眼(まなこ)は外に向かっていながら、明らかに内側を見つめている。つまり彼は自分自身とも対話をしていたのだ。


 そして、わずかではあるが椅子に腰掛けて沈黙の中から人々を見つめるシーンがある。私が観たかったのはこれだ。

 この小柄で華奢(きゃしゃ)な身体の老人に、なぜこれほどのエネルギーが満ちているのであろうか? 組織をつくることもなしに、たった一人で半世紀以上にわたって世界に反逆できたのはなぜか? そんな疑問に駆られてならない。


 クリシュナムルティを知るためには、彼の人となりはどうでもよく、ただひたすら彼の言葉から彼の内面世界を探るしかない。彼は常に言う。「言葉は『そのもの』ではない」と。確かにそうだ。悟りは言葉に変換できない。荘厳な夕焼けを電話や手紙で伝えることも難しい。「正確な言葉」「深い感動」は伝えることができても、風景そのものを伝えることは決してできないのだ。


 クリシュナムルティは厳しい人だった。連続講話を終えて「変化した人は一人もいない」と言い切り、今わの際(きわ)にあって「私の教えを理解した人は一人もいなかった」と語った。これを額面通りに受け止めるかどうかは個々人が判断することであろう。私は彼の単独性を示した言葉であったと理解している。

 少なからず理解し、変化した人は存在した──


 アチュイト・パトワルダーン:旅に疲れ果てたあるジャイナ教徒がやって来た時のことを憶えています。それは朝の11時頃、クリシュナジがちょうど入浴しようとした時でした。彼はクリシュナジがここにいることを聞き知ったので、何週間もかけて徒歩でやって来たと告げ、そしてとても差し迫った問題を抱えているので、ぜひ彼に会わせてほしいと言いました。

 そして彼は対座しました。ジャイナ教徒は言いました。「私は、14年余り、思考〔想念〕の超克という問題を探究し続けてきましたが、もはや前進することができなくなりました。」それからこう続けました。「私は、苦行や、その他あらゆるものを試みましたが、万策が尽きました。」彼は、もしも46歳の今に至るまでのこの14年間余りにわたってしてきたことが無駄に終わり、何の成果も得られないなら、生き続けても仕方がないので死のうと決心していたのです。彼は、答えを見出さねばならないという切迫感に駆られているようでした。クリシュナジは微笑み、そして言いました。「あなたは答えを見出そうとしているのではありませんか?」「あなたは解決の道を見つけ出そうとしているのですね」彼は言いました。「私だったらむしろこの過程を変え、自分が自分自身に対して何をしようとしているのかをただ見つめてみるでしょう。」「思考がそれ自身に対して何をしようとしているか、見てごらんなさい」と彼は言いました。「思考が自分の働きを停止させるために自らを説得し、自らに圧力をかけているのは、そうすることによって何かを手に入れたいからです。が、これは思考にはできないことなのです。」「ですからあなたは、あなたが14年間試みてきたことは、思考が試みてきたことであり、そしてどうあがいても思考にはけっしてそうすることができないという単純な事実を把握しなければなりません。あなたが思考にしてほしいと願っていることは、思考の能力範囲にはないという究極の事実をただ見てみるのです。私が言っていることがおわかりですか?」僧は深く感じ入り、そして言いました。「ええ、わかります。」しかしクリシュナジは言いました。「あなたは思考にそれをするように求めてきたのですが、そうしてはだめなのです。思考がそれ自身に対していることをただ見つめてみるのです。もしそうしたら、その後待つのです。」

 すると突然、僧の表情に変化が生じました。彼は目を閉じ、とても静かになりました。そして4分ほど後に彼は目を開けましたが、涙があふれていました。彼はクリシュナジの足元に触れ、そして言いました。「私は長い間これを得ることを待ち望んできましたが、そうできずにいたのです。ありがとうございました。それでは失礼します。」クリシュナジは言いました。「いや、そんなに急いではだめです。5分間お坐りなさい。」僧は坐りました。


 彼は静かに坐っていましたが、突然出し抜けに言いました。「もう一つ質問があります。」クリシュナジは言いました。「もちろん、私はそれを待っていたのです。」僧は言いました。「確かにおっしゃるとおりでした。それについて私が何もしないのに、思考はすっかり静まりました。しかし、どうしたらその状態を持続できるのでしょう? どうしたらそれを再び得ることができるのでしょう?」クリシュナジは言いました。「それこそはまさにあなたがお尋ねになるであろうと思っていた質問です。」彼は言いました。「しかし、その質問をしたのは誰なのでしょう? 静かな精神がこの質問をしているのでしょうか、それとも、静まることができず、それを気にしている精神がその質問をしているのでしょうか? だとすれば、またもやそれは古い精神です。あなたは古い精神に逆戻りし、その古い精神が、たった今手に入れたものを持続させたいので、その質問をしているのです。それに固執し、それを持続させたがっているのです。こうしたすべては思考の働きなのです。あなたはいったんはその部屋〔古い精神〕から出たのですが、今またその中に舞い戻り、そこから答えを求めているのです。つまり、思考によって答えを得ようとしているのです。自分が何をしているかおわかりですか? 思考がそれ自身に対して何をしているかおわかりですか?」すると再び僧は沈黙しました。今度は、しばらくの間沈黙した後、彼は平和に満ちた目を開けてクリシュナジの足に触れ、言いました。「私はあなたに再びお目にかかることはないでしょう。」


【『変化への挑戦 クリシュナムルティの生涯と教え』J・クリシュナムルティ/柳川晃緒〈やながわ・あきお〉訳、大野純一監訳(コスモス・ライブラリー、2008年)】


 私はこのジャイナ教徒と同い年である。ま、単なる偶然だろう。しかし、40代という中年期は人生が堕落するか、もう一段高められるかが問われる時期でもある。私自身、親や恩人、そして友人や後輩が次々と亡くなり、中年期の壮絶さを実感している。


 若い頃は迷うことが少なかった。勢いもあった。出たとこ勝負で何とか凌(しの)げた。しかし、40代となっていつしか迷うことが多くなった。それは、この暴力と不正にまみれた世界を、意識するとしないとにかかわらず自分が支えてきたことに気づくことが多くなったためだ。


 世界の現状を知れば知るほど苦悩が押し寄せてくる。苦悶(くもん)に喘ぐ人々の声を聞けば聞くほど、どうしようもない怒りに駆られる。こうした感情が恐るべきストレスとなって心の深いところに沈澱しているのだ。創造の決意と破壊の衝動が拮抗(きっこう)する。映像や活字は否応(いやおう)なく我々を傍観者にする。「フン、どうせ……」と思った瞬間から心は堕落の一途を辿る。あるいは激情に駆られて世界を構成する暴力に取り込まれる。


 クリシュナムルティは「止まれ」と呼び掛ける。そして「思考から離れよ」と。更に「あの花を見よ」と。


 彼が静謐(せいひつ)なる世界から自得した言葉は、正真正銘の本物の響きに覆われている。彼の言葉に共鳴する私自身の心の震えを大切にしたい。

英和対訳 変化への挑戦―クリシュナムルティの生涯と教え

「Wozu sind Kriege da」Udo Lindenberg


 Udo Lindenbergはドイツのミュージシャン。数日前に初めて知った。曲名は「何のために戦争があるのか?」。





Das Beste...mit und Ohne Hut...

憎悪が祈りと化す時


 2000年10月29日、理髪店で散髪したあと、ホスニーは、衝突が起きているサラフッディーン門へ出掛け、そこで頭を打ち抜かれて即死した。息子の死にすべての自制を失った母親は、両手を天に掲げ、ほおをなき濡らしながら祈った。「アッラーよ、私の息子を殺したイスラエル兵士の母親にも、同じ苦しみを与えておくれ! 私の心臓を焼き焦がしている、この同じ苦しみを!」(ホスニーアル=ナッジャール、14歳)


【『シャヒード、100の命 パレスチナで生きて死ぬこと』アーディラ・ラーイディ/イザベル・デ・ラ・クルーズ写真/岡真理、岸田直子、中野真紀子訳(「シャヒード、100の命」展実行委員会、2003年)】

シャヒード、100の命―パレスチナで生きて死ぬこと

2010-04-19

人間は権威ある人物の命令に従う


 このびっくりするような実験は、今現在に至るまで心理学の歴史のなかで重要なものとして、議論を巻き起こし続けている。なぜならば、人は権威のある人物に命じられれば、力で強制されなくても破壊的な行動をしてしまうことがあること。そして、悪意もなく異常でもない人が、非道徳的で非人間的な行為を行うことがあり得ると言うことが明らかになったからである。さらにいえば、ミルグラムの実験は、個人の道徳性について私たちが思っていたことを根本から揺るがせてしまった。道徳的なジレンマに直面したとき、普通は、人は良心に従って行動すると考える。しかし、権力が社会的な圧力を加えているような状況では、私たちが持っている道徳概念などはたやすく踏みにじられてしまうことをミルグラムの実験は劇的な形で示したのである。


【『服従実験とは何だったのか スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産』トーマス・ブラス/野島久男、藍澤美紀訳(誠信書房、2008年)】

服従実験とは何だったのか―スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産

ソ連がアフガニスタンを侵攻するようにアメリカが誘導した/『そうだったのか! 現代史 パート2』池上彰

 パレスチナに関するトピックは物足りないが他は文句なし。ただし、パレスチナ自治政府が汚職にまみれていることを初めて知った。最も勉強になったのは核兵器の誕生とチェルノブイリ原発事故について。後日、稿を改めて書く予定。


 中村哲を読んだばかりなので、やはりアフガニスタンの歴史に注目せざるを得ない。そしてマスードを生んだ国でもある。


 旧ソ連がアフガニスタンに攻め込んだのは1979年のこと。戦闘は10年にわたって繰り広げられた。これには恐るべき舞台裏があった──


 ソ連軍によるアフガニスタン侵攻は、ソ連の極めて勝手な「安全保障観」によるものでした。しかし、その裏では、アメリカの秘密作戦があったことが、それから9年後に明らかにされています。

 当時、アメリカのカーター大統領の国家安全保障担当補佐官だったズビグニュー・ブレジンスキーは、1998年1月発売のフランスの週刊誌『Le Nouvel Observateur』で、記者のインタビューに答えて、アフガニスタンの反政府勢力への秘密の援助は、ソ連軍の侵攻より6カ月も前の1979年7月に始まっていたことを認めました。ブレジンスキーは、こう語っています。

「私は、この援助がソ連の軍事介入を誘発することになるだろうという私見を覚書にして大統領に渡した」

「我々が、ソ連を軍事介入に追い込んだのではありません。しかし、意図的に力を加え、ソ連がそう出てくる蓋然(がいぜん)性を高めていったのです」

「この秘密作戦は傑出したアイデアでした。ロシア人たちをアフガニスタンの罠に引っ張り込む効果を生みました。私に後悔しろとでも言いたいのですか?」(以上、いずれも金成浩〈キム・ソンホ〉『アフガン戦争の真実』より)

 ソ連軍が実際にアフガニスタンに侵攻すると、ブレジンスキーは、カーター大統領に、「今、我々はモスクワをベトナム戦争(のような泥沼の戦争)に引き込むチャンスである」という文書を提出しました(同書)。


【『そうだったのか! 現代史 パート2』池上彰ホーム社、2003年/集英社文庫、2008年)以下同】


 内乱を起こさせて政権を転覆させる手法は、アメリカが南米各地で行ってきた常套手段である。目的を遂げるまでは、資金や武器をいくらでも提供する。アメリカは世界最大の「暴力輸出国」なのだ。彼等は弾(はじ)かれたビリヤードの玉の動きでも予測するように発展途上国を弄(もてあそ)ぶ。


 中村哲はアフガニスタンで川から20kmに及ぶ用水路を引いたが、CIAが流すのは武器と金だ。これらは川から引き込んだ水同様に勢いよく流れる。血と権力を求めて。


 アメリカがやったことはこうだ。街角で二人の男が睨(にら)み合っている。アメリカは片方の男にこっそりナイフを与え、その後拳銃を渡した。激情に駆られた男がナイフを振り回したところへ、後ろから相手の兄貴(ソ連)が出て来たわけだ。


 ベトナム戦争が終結したのは1975年4月30日のこと。北爆開始から既に10年が経過していた。世論は反戦に傾いてた。時間が経過するにつれて米兵の残虐行為も明らかにされた。

 ソ連をアフガニスタン戦争に引きずり込むことで、アメリカとしてはベトナム戦争から立ち直る時間稼ぎをしたかったのだろう。結果はアメリカの目論見通りとなった。

 大国のエゴは小国の民を殺戮してやむことがない。自分達の発展のためなら、罪なき人々を虫けらのように殺し、自国民すら犠牲にできるのだ。そして戦争を決定した連中は整った身なりで、議論をし続ける。


 戦争のルールを変えるべきだ。政治家同士が直接対決するようにすべきだ。リングか金網を用意して、国民が見つめる中でどちらかが死ぬまで闘えばいいのだ。


 1987年から89年にかけて、(アフガニスタンのゲリラに対する)アメリカの援助額は、年間6億3000万ドルにも達しました。サウジアラビアも「聖戦」への支援として、ほぼ同額の援助を行いました。


 国民の血税が、アフガニスタン人とソ連人の血を求めて奔流と化す。戦争は儲かる。つまり戦争には経済的合理性があるのだ。破壊と創造こそは、まさしくキリスト教の神の仕事だ。


 情報化社会とは、世界中が情報に翻弄され、情報が暴力と化し、情報が幸不幸を決定する様相のことであり、脳細胞までが情報に支配される時代を示している。

そうだったのか! 現代史 (集英社文庫) そうだったのか!現代史〈パート2〉 (集英社文庫) アフガン戦争の真実―米ソ冷戦下の小国の悲劇 (NHKブックス)

ローマ法王、涙ながらに謝罪 性的虐待の被害者に


 カトリック聖職者による未成年者への性的虐待問題で、ローマ法王ベネディクト16世は18日、訪問先の地中海の島国マルタで、虐待被害者の男性8人と会談、涙ながらに謝罪した。今年に入り世界各地で次々とこの問題が報告されて以来、法王が被害者と会うのは初めて。DPA通信などが伝えた。

 性的虐待問題では、米国で虐待を隠ぺいしていたとして法王を裁判の証人として呼ぶ要求が出たり、英国で法王の逮捕を求める運動が始まるなど法王とバチカンの権威は失墜しており、会談により事態沈静化を図る狙いがあるとみられる。

 法王は8人とともに祈った後、「遺憾と悲しみ」の意を伝えた上で、事件の徹底的調査と責任者の処罰を約束。被害者の一人によると、法王は目に涙を浮かべていたという。8人は30代と40代で、いずれも少年時代に聖職者に虐待を受けたと主張している。

 これに先立ち法王は約1万人の信者らを前にミサを執り行った。


共同通信 2010-04-19

『警察庁長官を撃った男』鹿島圭介(新潮社、2010年)


警察庁長官を撃った男


 2010年3月30日に時効を迎えた国松孝次・警察庁長官狙撃事件。警視庁の現職巡査長が犯行を自供したり、当初からオウム真理教による組織的犯行の疑いが指摘されながら、警視庁公安部の捜査は犯人逮捕には至らなかった。一方で、2002年11月、愛知県警察に逮捕された一人の男に警視庁刑事部捜査第一課は注目していた。男の名は中村泰。東大を中退したインテリで、銃に対する知識は豊富。何より、逮捕容疑となった現金輸送車襲撃で見せた射撃の腕前は、とても70歳を過ぎた老人とは思えないものだった。中村の関係先を捜索すると、おびただしい量の銃やマシンガン、実弾が発見され、さらに長官狙撃事件に関する膨大な資料が……。治安機関トップを狙撃するという、重要未解決事件の舞台裏に光を当てる迫真のドキュメント。


D


D


D

ギャンブラーは勝ち負けの記録を書き換える


 こうして、賭けに勝ったときはそれを額面どおりに受け入れる一方、賭けに負けたときには、その理由を巧妙に見つけて説明づけてしまうことにより、ギャンブラーは、自分の賭けの勝ち負けの記録を個人的に書き換えてしまうのである。つまり、賭けの負けは、「負け」としてではなく、「勝てたはずのもの」として記録されることになる。


【『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ/守一雄、守秀子訳(新曜社、1993年)】

人間この信じやすきもの―迷信・誤信はどうして生まれるか (認知科学選書)

2010-04-18

中国−大躍進政策の失敗と文化大革命/『そうだったのか! 現代史』池上彰

 教科書には載っていない現代史を池上彰がわかりやすく解説した作品のパート1。今月の課題図書。知っているようで意外と知らないのが現代史だ。例えば中国・台湾問題やイスラエル・パレスチナ紛争など。各章が大きなトピックとなっているが、絵巻物の縦糸と横糸を織りなしている。


 現代史を動かしているのは大国のエゴであり、富と暴力という作用が働くことが一目瞭然だ。1970年代のオイルショックに関して私は被害者意識しか持っていなかった。ところが歴史の流れとして見れば、「セブン・シスターズ」と呼ばれる石油メジャーが生産を独占していたが、産油国の利益を守るためにOPEC(石油輸出機構)が価格の引き上げに踏み切る。これがオイルショックとなるわけだが歴史は別の潮流をつくる。産油国では相次いで貧富の差が拡大、これがイスラム原理主義の台頭を招き、イラン革命からアフガニスタン紛争にまでつながっているというのだ。


 ま、こんな具合でどのトピックも面白いのだが、私が知らなかった中国の現代史をピックアップしておこう。ソ連崩壊の章でスターリンによる粛清の嵐、社会主義国特有のプロパガンダと嘘、密告主義、そしてフルシチョフによるスターリン批判が描かれている。


 しかし、中国共産党は「スターリン批判」を認めませんでした。のちにソ連共産党と中国共産党は対立し、「中ソ対立」と呼ばれるようになるのですが、その遠因ともなりました。

 中国共産党にとっては、「鉄の意思を持って断固として社会主義を進める」スターリンは、見習うべき存在だったのです。

 いまも中国のパレードでは、レーニン、スターリン、毛沢東の3人の巨大な顔のポスターが登場します。中国共産党にとって、スターリンは革命のお手本なのです。


【『そうだったのか! 現代史』池上彰ホーム社、2000年/集英社文庫、2007年)以下同】


 これもその一つか。1937〜1938年の大粛清だけで70万人、その後の飢餓や拷問による死亡を含めると700万人もの自国民を殺戮した人物がスターリンである。


「政権は銃口から生まれる」(革命は武力でなし遂げられる)毛沢東


 明らかに暴力を肯定しているところを見ると、やはりこの二人は似た者同士なのだろう。


 で、文化大革命だ。毛沢東が推進する大躍進政策が失敗に帰す──


 飢餓が農村を襲いました。

 1960年の前後3年間に、2000万人が餓死したと言われています。4000万人という数字もありますが、はっきりしたことはわかりません。

 首都の北京市内でも、野草をとって飢えをしのぐ人の姿が見られました。飢えから人肉を食べるという、この世の地獄が各地で出現したのです。

 しかし、これも国外に知られることはありませんでした。「中国は毛沢東の指導のもと、大躍進政策で大いに発展している」という宣伝だけが行われていたのです。


 集団農場化によって農民は労働意欲をなくしていた。そして、もう一方では鉄鋼生産に全力を傾注し、家庭の鍋釜まで集められる始末だった。共産主義は党の無謬性(むびゅうせい)を前提としているため、正確な情報は一切隠蔽(いんぺい)される。計画経済の名の下では捏造(ねつぞう)されたデータが独り歩きをする。大体さ、党という存在自体が嘘なんだよね。共産主義というのは政治的幻想に過ぎない。あるいは貧しい民が見る夢。


 1959年に毛沢東は失脚し、劉少奇(りゅう・しょうき)と■小平(とう・しょうへい)が登場する。二人は修正主義を導入して経済の立て直しを図った。毛沢東は再び権力を奪取すべくそのカリスマ性を利用して林彪(りん・ぴょう)に指示を与え、北京大学の壁新聞から火の手を上げたのだった。毛沢東は「造反有理」という言葉で壁新聞を擁護。若者は紅衛兵となって扇動された。


 紅衛兵は暴走しました。

「造反有理」=「反抗するものには道理がある」というお墨つきを受けた学生たちを止める者はありませんでした。


 子どもが実の親を告発することも奨励されました。大衆の前で、子どもが親の顔をなぐるなどということが、ごく日常的に展開されていたのです。親子関係の破壊まで行われました。

 絶望して自殺する人も相次ぎました。自殺をすると、「人民を拒否し、党を拒絶した」と判断されて、その「思想の悪さ」が批判されるという始末でした。


 文化財は破壊し尽くされ、ブルジョワと目されるや否やたとえ老人であっても容赦することはなかった。誰一人として反対意見を述べることができる者はいなかった。個人崇拝の恐ろしさはここにある。若者という若者は毛沢東の意のままに暴虐の限りを尽くした。死亡者、行方不明者は数千万人に上るとも言われている。


 スターリンのソ連に続いて、中国でも独裁者によって悲劇が生まれました。どうして、悲劇を防げなかったのか。

「何が正しい文化や思想であるかは共産党が決める」という体制になっていて、個人個人が自分の生き方、理想というものを自分なりに考えることができない社会だったのではないか、という批判もできるでしょう。

「自分の頭で考える」ことの大切さを痛感させる出来事でした。


 池上の指摘はもっともだ。だが果たして、現在の日本には自由な批判があるだろうか? もちろん建て前としては存在する。極端かもしれないが、例えば政治家に「選挙民は愚かだ」と言う自由があるだろうか? 「自分の頭で考える」ことができるのであれば、なぜ我々はパレスチナ問題に手を差し伸べようとしないのだろうか? どうして抵抗することもなく高い税金を納めているのだろうか?


 結局、社会の成熟とは「巧妙な暴力」を意味しているのだ。ジャン・ボードリヤールはそれを「透きとおった悪」と呼んだ。先進国に生まれた者は、知らず知らずのうちに民主主義=善という価値観に支配され、それ以外を悪と認識している節がある。


 都合の悪い歴史を封印するのは中国の常套手段だ──


 文化大革命を発動させる遠因になった「大躍進政策」の失敗もまた、現在の中国で取り上げられることはありません。このため、そもそも歴史を知らない若者たちが増えています。日本に対して「歴史を直視せよ」と求める中国政府自身が、自国の負の歴史を直視することができないのです。


 教育という名の洗脳は今も尚続いている。21世紀になっても言論の自由すらない国で、抑圧された民衆の不満はくすぶっているに違いない。過去3000年の歴史は国家転覆の歴史でもあった。各地で民主化を望むデモが繰り広げられているようだが報道されることはない。伝えられるのは反日デモだけだ。


 文化大革命で失脚の憂き目に遭った■小平(とう・しょうへい)が天安門事件を武力で封じ込めたのは、学生達の姿が紅衛兵と重なった見えたからではあるまいか。

そうだったのか!現代史 (集英社文庫) そうだったのか!現代史パート2 (集英社文庫)


D


D


D


D


D

裁判権放棄密約 米兵犯罪裁かぬ理不尽正せ


「日本を守ってくれるなら、レイプには目をつぶります」という話だわな。飲み屋と暴力団の関係さながらだ。


 政府がつき続けてきたうそがまた一つ明らかになった。米兵の犯罪をできるだけ立件しないという密約のことだ。

 政府が犯罪を罰しないと公言するのでは、「法治国家」と言えるのか。国民の正当な処罰感情に応えるより、米国のご機嫌取りを優先した形だ。いったいどこの国の政府だろうか。

 他の密約と比べても、この密約は国民の人権を直接、侵害している点で、ひときわ理不尽、悪質だ。

 問題は2年前、研究者の新原昭治氏が米側公文書を見つけて発覚した。1953年の日米合同委非公開議事録で、日本側代表が「(米兵の事件なら公務外でも)特に重要な事案以外、日本側は第一次裁判権を行使するつもりがない」と発言している。

 法務省が全国の地検に対し「重要と認められる事件のみ裁判権を行使する」と通達した同年付の文書も見つかった。

 文言が同一で、密約の存在を如実に裏付ける。それでも法務省は当時、「日本人と同様の基準で起訴、不起訴を判断している」と述べ、通達は事実でも、裁判権放棄ではないと否定していた。

 だが今回の文書発覚で、もはや言い逃れはできまい。58年の岸信介首相(当時)と駐日米大使の会談の記録だ。米大使が先の非公開議事録に言及し、「公にしてほしい」と求めている。動かぬ証拠と言うほかない。

 政府はかつて米兵の起訴率は日本人より高いと強弁した。だがこれは、軽微な道交法違反を積極的に起訴して数字を押し上げたまやかしの結果にすぎない。

 ジャーナリストの布施祐仁氏によると、刑法犯の2000〜08年の起訴率は国内平均が54%なのに対し、米兵は23%。強姦(ごうかん)に限ると国内平均が62%で米兵は26%にすぎない。密約が今も生きていることの証左ではないか。

 昨年の読谷村のひき逃げ死亡事件で県警は逮捕状をすぐに請求しなかったが、密約との関連はないのか。表面化しないまま立件されなかった例も多かろうと疑われる。

 隠蔽(いんぺい)は国民への背信行為であり、法務省は潔く認めるべきだ。外務省も徹底調査し、国民に明示してもらいたい。その上で米兵と日本人で犯罪処理を同等にする新たな協定を結び直すべきだ。それでこそ政権交代に意義がある。


琉球新報 2010-04-15

『与党は帰化した子孫多い』石原知事


 石原は人類の先祖が猿であることを学ぶべきだ。


 民主党などで検討されている永住外国人への地方参政権付与をめぐり、東京都の石原慎太郎知事が17日、都内の集会で「帰化された人、そのお子さんはいますか」と会場に呼び掛けたうえで、「与党を形成しているいくつかの政党の党首とか与党の大幹部は、調べてみると多いんですな」と発言をした。

 発言は、自民党を中心とした地方議員ら約500人が参加して千代田区内で開かれた「全国地方議員緊急決起集会」の席上であった。「(帰化した人や子孫が)国会はずいぶん多い」といい、根拠を「インターネットの情報を見るとね。それぞれ検証しているんでしょうけれど」と人物は特定せずに説明し、与党にも言及した。

 石原知事は「それで決して差別はしませんよ」としながらも、続けて朝鮮半島の歴史に触れ、韓国政府が清国やロシアの属国になるのを恐れて「議会を通じて日本に帰属した」として1910年の日韓併合を韓国側が選んだと話し、「彼らにとって屈辱かもしれないけども、そう悪い選択をしたわけではない」などと述べた。

 その上で、「ごく最近帰化された方々や子弟の人たちは、いろんな屈曲した心理があるでしょう。それはそれで否定はしません。その子弟たちが、ご先祖の心情感情を忖度(そんたく)してかどうか知らないが、とにかく、永住外国人は朝鮮系や中国系の人たちがほとんどでしょ、この人たちに参政権を与えるというのは、どういうことか」と批判した。

 石原知事は、平沼赳夫衆院議員らの新党「たちあがれ日本」を支援、反民主の保守政治回帰を訴えている。


東京新聞 2010-04-18

聴覚は因果関係を司る


養老●これもとてもおもしろいのですが、神経内科の医者であるオリバー・サックスという人が書いていますけど、聴覚の落ちた人を見ていて、非常にはっきりした特徴が二つあったというんです。一つは、彼らは因果関係の理解が非常に遅い。僕は昔から、因果関係は耳だと言っていたんですが、まさにそうなんです。耳というのは情報が時間的に配列されますから、理屈を説明するときには直列に順々と説くんですよ。ところが目というのは直感的に、同時並列で、つまり「百聞は一見にしかず」というのはそのことで、同時並列でポンとわかる。ところが、耳が聞こえないと因果関係がつかめない。


【『「わかる」ことは「かわる」こと』佐治晴夫〈さじ・はるお〉、養老孟司〈ようろう・たけし〉(河出書房新社、2004年)】

「わかる」ことは「かわる」こと

米ゴールドマン、不動産ファンドがほぼ全資産失う=FT


 英フィナンシャル・タイムズ紙によると、米ゴールドマン・サックスの国際不動産投資ファンドは、米国やドイツ、日本への投資に失敗し、資産のほぼすべてを失った。

 このファンドはホワイトホール・ストリート・インターナショナル。先月投資家に送付された年次報告書の内容を同紙が報じた。18億ドルだった純資産額は3000万ドルに激減した。

 同紙によると、ゴールドマンは同ファンドに4億3600万ドルを投じている。広報担当者はコメントを控えた。

 今週はモルガン・スタンレーも、88億ドル規模の不動産ファンドが資産の3分の2近くを失う可能性も明らかになっている。


ロイター 2010-04-16

2010-04-17

『戦争に反対する戦争』エルンスト・フリードリッヒ編/坪井主税、ピーター・バン・デン・ダンジェン訳(龍溪書舎、1988年)


 スーザン・ソンタグ著『他者の苦痛へのまなざし』で紹介されている写真集。


 ヒットラーの迫害に抵抗し、反戦博物館活動を推進した編者による第一次世界大戦中の反戦写真記録集。

 人間が狂気になる「敵」兵への残虐な行為。言語に絶する障害を蒙った兵士の戦後の苦しい生活など「戦争」の真実を我々に教えてあます所がない。

時代の現実を見据えた日蓮


岸田●我々が「見ていない現実」というのは常に、都合の悪い、見たくもない現実ですけれども、その折々の「見たくない現実」というのは、時代によってそれぞれ内容は変わっているとは思います。日本だけではありませんが、とくに日本という国はいろいろな現実を隠蔽して成り立ってきた国ではないかと思います。都合の悪い現実を見ようとする動きもむろんあるわけですけれども、隠そうとする動きもあって、見ようとする動きと隠そうとする動きが対立抗争してきて、むしろ隠そうとする動きが優位に立っているのが日本の歴史だ言えると思います。また、隠そうとするいう動きも別にまとまっているわけではなくて、いろいろな隠し方があり、あっちの人が見ていることをこっちの人は見ていない、こっちの人が見ていることをあっちの人は見ていないというようなこともあるわけですね。現代という時代を、日本人がいちばん見たがっていない現実とは何かという観点から見るならば、この時代の歪みというか閉塞状況といいますか、この時代には何かよく分からないようなことがいっぱいありますが、そういうことがいささか見えてくるんじゃないかと考えます。(中略)


石川教張〈いしかわ・きょうちょう〉●いまの岸田さんのおっしゃった発言の内容からいくと、やっぱり危機感をどういうふうに受け止めるのか、あるいは持つのかという問題だろうと思います。日蓮の時代は、いまも言われたように末法への意識が非常に強いものがあったし、現実に飢饉だとか、疫病だとか、地震とかが起こり、「生と死」というものが非常に現実的に、絶え間なく起こっているというところがあるわけですね。そういう意味では苦しみというのが抽象的なものではなくて、まさに死体が町中にゴロゴロ転がっている。そういう現実が絶えずあるわけです。そういう意味では、いつ死ぬか分からない。そして、もちろんそれによって家庭が崩壊する、親子、夫婦が途端に離れ離れになるといったような厳しい現実が眼前にあるということですね。そういうなかからの末法意識というものが、非常に強くあったのではないかと思うわけです。

 そのなかで、いったい人間というのはどういう点に心の置き所をおくべきなのか。そういう問題が絶えず問われていたんじゃないかと思います。いわば現代的に言うと、これは岸田さんのご専門ですけれども、まさに行動基準、あるいは人生の指針というものをどこに置くべきなのかということが絶えず問われていたということですね。

 そのなかで、日蓮の目というのは絶えず現実に注がれている。


【『ものぐさ社会論 岸田秀対談集』岸田秀〈きしだ・しゅう〉(青土社、2002年)】

ものぐさ社会論―岸田秀対談集 (岸田秀対談集)

インドネシアの伝統武道プンチャック・シラット


 まるで優美な舞踏を見ているようだ。護身術にも用いられている。


D


D


D


D


D

ヘンリー・ミラー「クリシュナムルティは徹底的に断念した人だ」/『ヘンリー・ミラー全集11 わが読書』ヘンリー・ミラー


『わが読書』の初版は1960年(新潮社)である。全集は1966年の刊行。ということはヘンリー・ミラーのファンであれば、昭和35年から41年にかけてクリシュナムルティの名前に触れていたことになる。


 ただしこの時点でクリシュナムルティの作品は今武平〈こん・ぶへい〉訳『阿羅漢道』(文党社、1924年)の1冊しかなかった。大正14年の発行で、訳者は今東光日出海兄弟の父親。今武平は神智学協会の会員で、日本郵船会社の船長職に就(つ)いていた。著者名は「クリシナムルテ」となっている。これは1998年に田中恵美子訳で『大師のみ足のもとに』(竜王文庫)として発行されている。


 ミラーによれば、ニューエイジ・ムーブメント(1970年代後半から)に先駆けて、スピリチュアルブームがあったことが窺える。1965年にベトナム戦争が勃発することを踏まえると、アメリカ社会には閉塞感があったことだろう。社会や時代が行き詰まってくると、必ず神秘主義に飛びつく連中が出てくる。無気力者による妄想は幸福の青い鳥を探し求めてやまない。


 ヘンリー・ミラーの自伝的小説『北回帰線』はアメリカで発売禁止処分とされた。奔放な性描写が問題視されたのは有名な話である。日本人はこの手の話題になると、「何だ、エロ本か」という低劣な反応に傾きがちであるが、実はそうではない。


 性というものは、キリスト社会においてがんじがらめに抑圧されており、カトリックなど保守的なキリスト教団においては「快楽」そのものが禁忌(タブー)視されているのだ。きっと、人間を創造するのは神の仕事であって、お前等下々の者が勝手に行うことはまかりならん、といった姿勢があるのだろう。しかも、女性が子を産む行為は神に似ているから、女を貶(おとし)めておく必要もある。

 挙げ句の果てには、こんな馬鹿な話も出てくる──

 教義に洗脳されてしまうと、常識的な価値判断すらできなくなるという好例であろう。


 1960年代のヒッピー達が叫んだ「セックス、ドラッグ&ロックンロール」も同様で、欧米で繰り広げられる「反社会的」なものの底流には、「反教会的」精神が流れている。我々日本人が「世間」に束縛されているように、西洋の面々はキリスト教ドグマに支配されているのだ。


 このように考えると、ミラーが描いた性表現は明らかに時代への「反逆」であったと見ることができよう。そんな彼がクリシュナムルティに辿りつくのは当然ともいえよう。


 ところでぼくが出し控えた一つの名がある。それはおよそ秘密な、怪しげでむずかしげな、学者くさい、精神を奴隷化する種類のものと対象的に目立つ名──クリシュナムルティである。ここに実在の導師とも呼ばれて然るべき現代の一人物がある。彼はひとりで立っている。彼はキリストを除き、ぼくの考えうる限りの誰よりも徹底的に断念した人だ。基本的なところでは彼は実に単純でわかりやすいから、彼の明快直截な言葉と行為とがひきおこした混乱を理解することは容易である。人々はわかりやすいことを承認するのを好まないものだ。サタンのあらゆる悪だくらみよりも深いひねくれ根性から、人間はおのれの天賦の諸権利を認めることを拒む──ある仲介者による、これを通じての解放、救済を要求する。案内者、助言者、指導者、思想体系、儀式といったものを求めるのだ。おのれの自らの胸にあるはずの解答をよそに探し求めるのだ。知恵よりも学識を、弁別の術よりも力を、上に置く。しかし何よりも、人間はまず第一に“世の中”が解放されねばならぬと称して、おのれ自らの解放のためにはたらくことを拒むのだ。とはいえ、クリシュナムルティがしばしば指摘したように、世界の問題は個人の問題と一つに結びついている。“真理”はつねに現存しており、“永遠”はいま、ここにある。【そして救いは】? 御身が、おお人間よ、救いたがっているもの、それは何ですか? 御身のちっぽけな自我ですか? 霊魂ですか? 個性ですか? そんなものを失ってしまえば、御身は御身自身を発見することでしょう。神のことは心配無用だ──神はご自身のことはご自身でめんどうをみる術をご存じだ。御身の疑惑を深めよ、あらゆる種類の経験を抱擁せよ、熱望することをやめず、忘れることをも記憶することをも努めず、御身の経験したことを吸収同化し全一ならしめよ。

 あらまし、これがクリシュナムルティの説きかただ。


【『ヘンリー・ミラー全集11 わが読書』ヘンリー・ミラー/田中西二郎訳(新潮社、1966年)】


 実に興味深い記述である。クリシュナムルティの言葉が、それぞれの民族性をも浮かび上がらせることがわかる。西洋人は「神の否定」と受け止めるが、日本人であれば「社会への反逆」と捉える人が多いのではないだろうか。


 西洋には神がそびえ立っている。神という前提のもとで人間は「救われるべき対象」と化す。つまり、生まれついた瞬間から「救いを必要としている」ことになってしまう。そして人間は神になることは不可能だから、絶対に神に逆らうことができない。人間は僕(しもべ)として一生を過ごす他ない。


 人類の歴史は200万年にも及ぶが、いまだかつて神様が人助けをしたことはただの一度もない。何と不親切なことだろう。神様はお年寄りに座席を譲ったこともないのだ。


 それどころか十字軍の遠征魔女狩り以降は、常に殺戮(さつりく)の旗印として神様は君臨してきた。GOD(神)はDOG(犬)よりも凶暴であった。


「誰もわたしを知ることはできない」と彼はある個所で言っている。彼が何を代表し、存在と本質において何のために闘っているかを知るだけで十分である。


 これには異論を挟んでおきたい。クリシュナムルティの言葉は、「単独の道を歩む」ことを示したものであり、「過去の束縛から解き放たれて自由に進化し続ける」ことを表明したものであって、神秘的な役割をほのめかしているわけではない。


 なぜなら、彼を「わかった」と言ってしまえば、我々は過去の知識を根拠にして判断を下したことになるからだ。そして、「わかった」瞬間に学ぶことが途絶えてしまう。川を流れる水のように、絶え間ない気づきがある限り、人間は無限に生を謳歌できるのだ。


 かつてヴァン・ゴッホは弟のテオとの会話のなかで言った。「キリストがあれほど限りなく偉大なのは、どんな家具も、その他の愚劣な附属品も、彼の行手を邪魔しなかったからだよ。」クリシュナムルティについても、同じような感じを受ける。【何ものも彼の行手を邪魔しない】。


「ただひとりあること」「単独であること」の意味はここにある。クリシュナムルティほど自由な人を私は知らない。

ヘンリー・ミラー全集 11 わが読書

米SEC、サブプライム関連でゴールドマン・サックスを告発−詐欺行為を追及


 米証券取引委員会(SEC)は16日、米金融大手ゴールドマン・サックスを、投資家に大手ヘッジファンドのポールソン・アンド・カンパニーが反対取引を行っていることを開示せず、サブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)関連の金融商品を販売し投資家を欺いたとして告発した。

 今回のSECの民事訴訟では、ゴールドマンと同社のファブリス・トゥール氏(当時バイス・プレジデント)がサブプライムローンを裏付けとした債務担保証券CDO)を組成して販売したとされる。さらにSECは、ゴールドマンは積極的にCDOの販売促進を展開した一方で、同社の顧客である大手ヘッジファンドがCDOに組み込まれる証券の選定に関与していたことや同ファンドが反対取引を行っていたことを開示しなかったと主張している。

 これに対しゴールドマンは声明文の中で、SECの訴えは「法的に見ても事実に照らし合わせてもまったくの事実無根」と反論。同社は巨額の罰金を科せられる可能性があるほか、約10億ドル(約920億円)の投資家損失の補填を求められる可能性もある。ゴールドマンは住宅市場の崩壊に賭けていたが、金融危機下で同社がどのような行動を取ったかをめぐって批判を浴びており、同社にとってはさらなる痛手となった。

 SECの訴えでは、ポールソン・アンド・カンパニーは、米住宅市場と同市場関連証券が変調をきたし始めた2007年初めにゴールドマンに対し、CDO組成関連で1500万ドルを支払っている。


ウォール・ストリート・ジャーナル 2010-04-17

2010-04-16

マーク・ブキャナン、J・クリシュナムルティ


 2冊読了。


 57冊目『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学マーク・ブキャナン/水谷淳訳(ハヤカワ文庫、2009年/『歴史の方程式 科学は大事件を予知できるか』早川書房、2003年を改題)/地震や森林火災などには「べき乗則」が働いているそうだ。つまり、大地震や森林大火災はたまにしか来ないということ。ここから臨界が変化する瞬間に斬り込んでいる。最終的には「歴史物理学が可能かどうか?」というテーマ。状況の変化という事実を、因果で読み解くことはできないというのが著者の結論か。相変わらずこなれた文章だが、結構難しかった。


 58冊目『ザーネンのクリシュナムルティ』J・クリシュナムルティ/ギーブル恭子訳(平河出版社、1994年)/クリシュナムルティ本29冊目の読了。読みやすかった。テキストを枠組で囲う意味がまったくわからない。余白が無駄な上、上下のバランスが崩れている。版型を大きくする必要はなかったはずだ。写真が豊富ではあるが出来が悪い。内容は文句なし。スイスのザーネンで毎年講話が行われていたが、収録されているのは1985年夏の最後のもの。原文に忠実な訳文がライブ感を巧みに醸(かも)し出している。「一緒ですか?」というクリシュナムルティの呼び掛けが対話であることを示している。講話はスピーチではなくトークであった。ブッダやソクラテスと全く同じ対話の精神がここにある。

バートランド・ラッセル著『怠惰礼賛』


 その注目すべき本『怠惰礼賛』のなかでバートランド・ラッセルは、労働時間を週4時間に減らすべきだと示唆している。彼の見込みでは、それによって人は生活必需品と基本的安定が与えられるはずであり、「それ以外の時間は、彼がふさわしいと見なす用途にあてられるべき」なのだ。もしこの素晴らしい提案が実施されたら、人はもはや一日の終わりに疲労を感じないかもしれない。自己探求は膨大なエネルギーを必要とするという事実を見逃さないようにしよう。もしより多くの余暇ができたら、われわれはプシケのより一層の探究のため、倍加したエネルギーでもってわれわれ自身の内部へと突き進むことができるのではないだろうか?


【『気づきの探究 クリシュナムルティとともに考える』ススナガ・ウェーラペルマ/大野純一訳(めるくまーる、1993年)】

気づきの探究―クリシュナムルティとともに考える

オスとメス別に進化 証拠発見


 これまで生物の基本的な形は、子孫を残すことができるメスで、オスは進化の過程でメスから生まれたと考えられてきました。ところが東京大学などのグループがメスとオスは、それぞれ別に進化してきたことを示す証拠を初めて発見し、生物の基本的な形を見直す成果として注目を集めています。

 この研究を行ったのは、東京大学理学系研究科の野崎久義准教授と、アメリカの研究所のグループです。これまで原始的な生物では、オスになるために欠かせない遺伝子は、見つかっていましたが、メスになるのに欠かせない遺伝子が見つかっていなかったため、生物の基本的な形はメスで、オスはメスから誕生すると考えられてきました。ところが藻の一種で、精子と卵子で生殖を行う原始的な生物の「ボルボックス」を研究グループが調べたところ、世界で初めてメスになるために欠かせない遺伝子が見つかったということです。見つかった遺伝子は、卵子がつくられる際に働くとみられていて研究グループでは、オスとメスは、性別がない状態からそれぞれ必要な遺伝子を獲得し、誕生したとしています。野崎准教授は「オスとメスは根本的に違っていることが明らかになった。男女は生物学的には根本的に違うということを認識すれば、男女関係も、よりうまくいくのではないか」と話しています。


NHKニュース 2010-04-16

小ネタ満載/『世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本』一条真也監修、クリエイティブ・スイート編


 中々面白かった。たまにはこんな本もいい。週刊誌感覚で読める。聖人がキリスト教に傾きすぎているきらいはあるものの、そこそこ目が行き届いている。文庫本に善悪を網羅することは不可能であろうが、狙いには好感が持てる。


 クリシュナムルティが紹介されているので読んでみたが、まったく当てが外れた。わずか2ページの記事で、長めのプロフィール程度しか書かれていない。ま、取り上げただけでもよしとしておくか。


 ナメてかかっていたところ、結構知らない小ネタがあってビックリ。教養は細部から成る。そこに神が宿っていないにせよ。


 手っ取り早く言ってしまえば善悪というのは多数決の概念である。より多くの人々を幸せにした人が善で、より多くの人々を不幸のどん底へ追いやった者が悪ってわけだ。


 同じ神を奉じるユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、よく「アブラハムの宗教」とも総称される。アブラハムとは、「箱舟伝説」で知られるノアの子孫で、ユダヤ民族の先祖と称される人物だ。


【『世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本』一条真也監修、クリエイティブ・スイート編(PHP文庫、2008年)以下同】

「アブラハムの宗教」という言葉を私は知らなかった。エイブラハム・リンカーンの名前も響きが変わってくる。


 キリスト教を築いたのは、じつは開祖イエスではなく、彼の没後に師の教えを広めた「十二使徒」だといわれる。ペテロは、そのリーダーと目される人物だ。


 というよりも、ペテロとパウロの二人が「イエス」なる人物を創作したのがキリスト教だと私は考えている。「イエス」という人物が実在した証拠は何ひとつ存在しないのだから。


 一歩間違えれば彼女(ジャンヌ・ダルク)は、聖人ではなく魔人として、本書にとりあげられてもおかしくなかった。なにしろ、カトリック教会から異端者、そして魔女という烙印を押されて、火刑に処されたのだから。没後20年を経て、教会がその判定を撤回しなければ、いまだに魔女と称されていたかもしれないのである。

 教会のジャッジによって聖女になったり魔女になったりするところが面白い。結局、風評と同じレベルだ。善悪の根拠は人々の理性でも感情でもなく、教会に依存しているということか。火あぶりにされ、「イエス様、イエス様!」と叫ぶ彼女を神が助けることはなかった。


 また、ヒトラーの占星術に対する信奉は篤く、戦争の際も、いつどこに攻め込むかはすべて占星術で決めていたといわれるほどだ。ちなみに、これに対抗して、連合国軍も占星術師の意見を作戦にとりいれたというのだから、第二次大戦は魔術戦争という側面もあったといえるだろう。


 これも初耳。


 ちなみに、グルジェフの思想の影響を受けた秘密結社に「トゥーレ協会」というものがある。これがヒトラー率いるナチスに、多大な影響を与えたのは有名な話だ。


 出たよ、グルジェフ!(笑) 尚、ハーケンクロイツに関しては苫米地英人による以下の指摘もある──


 お坊さんでもほとんどの人が知らないようですが、「■(=卍の逆)」(鉤十字〈ハーケンクロイツ〉)はヒトラーがチベット密教に憧れてナチの旗に使ったのです。ヒトラーは超人思想の持ち主で、チベット密教はナチズムの元になったのです。有名な神秘思想家ゲオルギィ・イワヴィッチ・グルジェフが持ち込んだ神秘主義にヒトラーは憧れていました。グルジェフやヘレナ・ブラヴァッキーたちがチベットまで行ってきて、ヨーロッパに伝えたチベット密教が、おそらくドイツの神智学協会みたいなものを作り上げたと私は考えています。そのあたりででき上がった神秘主義と、バリバリの原理主義プロテスタンティズムが結びつくと、そのまんまヒトラーの超能力思想に繋がって、それが彼の優性遺伝思想になるわけです。それを生み出した大もとはチベット密教です。少なくともチベット密教は私にとってはカルトです。


【『スピリチュアリズム苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(にんげん出版、2007年)】


 最後にもう一つ。国際謀略モノによく登場する「アサシン」の意味──


 ニザール派シーア派 > イスマーイール派 > ニハサン一派=ニザール派)は政治的手段のひとつとして、暗殺を繰り返した。彼らは、別名アサシン(大麻)派と呼ばれていたことは有名だが、とくにシリアのニザール派が勇猛果敢であったため、スンニ派がそう呼んだそうだ。暗殺を命じられた刺客は、大麻など麻薬を服用して任務を遂行していたことからそう称されたようだ。


 人が歴史をつくるのか、それとも歴史が人をつくるのか。時の流れが臨界を形成し、一人の人物がある方向へと一気に傾かせる。時代の寵児(ちょうじ)はトリックスター的要素をはらんでいる。


 因果という物語性に支配されていると、どうしても人の要素に目を奪われてしまう。事実は何も語らない。物語をつくり上げるのは後世の人々なのだ。


 蛇足となるが、掲載されているイラストが薄気味悪い。

世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本 (PHP文庫)

アインシュタイン「数学における最も偉大な発見の一つは複利の発見である」


 かのアインシュタインは、「数学における最も偉大な発見の一つは、複利の発見である」と言っています。また、ロスチャイルドは、世界の七不思議とは? と訊かれた時、「それは分からないが、8番目の不思議が複利である、というのは確かだ」と答えたそうです。


【『貧乏人のデイトレ 金持ちのインベストメント ノーベル賞学者とスイス人富豪に学ぶ智恵』北村慶〈きたむら・けい〉(PHP研究所、2006年)】

貧乏人のデイトレ 金持ちのインベストメント―ノーベル賞学者とスイス人富豪に学ぶ智恵

2010-04-15

春は出会いと別れの季節


 春は昔から出会いと別れの季節だった。それゆえ、詐欺まがいの訪問販売業者や、街頭で新鮮なカモを探索するキャッチセールスの皆さんにとっても年に一度の書き入れ時だったわけで、つまるところ、春は、どさくさにまぎれて何かをはじめたり、うやむやのうちにその場から逃げ出したりするためにはぴったりの季節なのである。でなくても、3月から4月にかけて、町には新入生や山出しや事情を知らない新参者があふれかえっている。とすれば、その混乱と感傷と興奮に沸く春霞の空気は、テレビにとって、願ってもない背景なのだ。だからこそ、テレビの見世物小屋は、桜咲くこの季節に、古いテントを畳み、新しい花茣蓙(ござ)を広げる作業を繰り返してきたわけです。そう。テキ屋の皆さんと一緒。桜前線とともに各地の祭りを北上しつつ、その場限りのテンポラリーな商売を楽しむ、と。縁日。


【『テレビ救急箱』小田嶋隆中公新書ラクレ、2008年)】

テレビ救急箱 (中公新書ラクレ)

池内紀


 1冊挫折。


 挫折27『となりのカフカ池内紀〈いけうち・おさむ〉(光文社新書、2004年)/退屈な本だった。80ページでやめる。

恐怖なき教育/『未来の生』J・クリシュナムルティ

英知の教育』同様、クリシュナムルティスクールで行われた講話と質疑応答で構成されている。


 冒頭に27ページに及ぶ序文が記されており、クリシュナムルティの教育に懸ける情熱がほとばしっている。


 彼は言う。「学校は児童がくつろぎを感じ、安心できる場所であることが第一義だ」と。それは、「木登りができ、もし木から落ちても叱られないという感じなのだ」と絶妙な例えを示している。


 教育の現状を考えてみよう。殆どの国において教育は政治の支配下にある。教師は選別され、教科書は検定され、生徒はランク付けされる。学校では目標が設定され、育つべき人間像を叩き込まれ、社会に貢献することが善であると吹聴される。国家という強大な意志による「人間プレス工場」──これが教育の実体であろう。


 学校の目的は、労働者と兵隊を育てることだ。歴史と称して、隣国への憎悪を植え付けることも平然と行う。いつの間にか我々は国家なくしてアイデンティティは成立しないとまで思い込むようになる。そして「国民の義務」を課せられるのだ。


 子供達は競争へと駆り立てられる。ヒエラルキーの下(もと)で行われるラットレースだ。自己実現をするためには社会で成功する他ない。「私」は社会から評価される対象と化し、国家に隷属する。そして召集令状が届けば、家族は万歳をしながら見送ってくれることだろう。国家の命令とあらば、勇んで人殺しに手を染め、敵の喉をかっさばき、目玉を抉(えぐ)り抜いてみせるのだ。なぜなら、それが国民の義務だからだ。


 と、まあそんな現状だろう。クリシュナムルティはこれに真っ向から反逆する──


 児童が今まで一度も経験したことがないかもしれない、信頼にもとづいたこの新しい関係のまさに最初の衝撃が、若者が大人を恐怖すべき脅威として見なすことのない自然な意思疎通に役立つであろう。安心していられると、児童は、学習にとって不可欠な尊敬の念を自分なりのやり方で表わすものである。この尊敬の念には、権威と恐怖が一切ない。児童に安心感があるときは、彼の行動や態度は大人によって押しつけられたものではなく、学びの過程の一部になるものである。生徒は教師との関係で安心していられるので、自然に周囲を思いやるようになるであろう。そしてこのような安心していられる環境においてのみ、感情的開放性と感受性が開花できるのだ。くつろぎ、安心していられると、子供は自分の好きなことをするだろう。しかし自分の好きなことをすることによって、何をするのが正しいのかを見出すだろう。するとそのとき、子供の行動は、反抗や強情、抑圧された感情によるものでも、あるいは一時的な衝動のたんなる表現でもなくなるだろう。

 感受性とは、自分の周囲のあらゆるもの──植物、動物、木、空、川の水、飛んでいる鳥、そしてまた周囲の人々の気持ち、通りすがりの見知らぬ人に対しても──に敏感であることを意味する。このような感受性が、ほんとうの道徳と行為である打算的でも利己的でもない応答の性質を生み出すのだ。敏感なので、児童の行動は開放的で、隠しだてのないものになるだろう。それゆえ、教師側からのちょっとした示唆でも、抵抗や摩擦なしに容易に受け入れられることだろう。

 われわれの関心は人間の全的発達にあるので、知的推論よりもはるかに強い感情的な衝動をまず理解しなければならない。必要なことは感情的能力を養うことであって、その抑制に手を貸してはならないのである。知的ならびに感情的な事柄を理解し、それゆえそれらに対処できるときには、何の恐怖感もなくそれらに取り組むようになるだろう。

 人間の全的発達のためには、感受性を養う手段としての独居(ソリチュード/一人でいること)が必要不可欠になる。われわれは、一人でいるとはどういうことか、瞑想するとはどういうことか、死ぬとはどういうことかを知らなければならない。が、独居、瞑想、死の意味は、それを探究しぬくことによってしか知ることができない。それは教えてもらうことはできないものであって、学びとらねばならないものだ。指し示すことはできるが、指し示されたものによる学びは、独居や瞑想の刻々の体験ではない。独居とは何か、瞑想とは何かを刻々に体験するためには、探究の状態にいなければならない。探究の状態にある精神だけが学ぶことができる。しかし、探究が以前得た知識、他人の権威や経験によって抑制されるときには、学びはたんなる模倣になり、そして模倣は、当人が学んだことを刻々に体験せぬまま、ただ反復するようにさせるのだ。

 教えるというのは、たんに情報を伝達することではなくて、探究精神を養うことである。このような精神は、寺院や儀式からなる既成宗教をむやみに受け入れたりはしないで、宗教とは何かという問題にまで進むべきであろう。信仰や教義のたんなる受容ではなく、神、真理、または何と名づけようが、そういうものの探究こそが真の宗教なのである。


【『未来の生』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1989年)】


「そんな悠長な教育ができるはずがない」と思った人々は、既に生産性に取りつかれている証拠である。混乱する世界を変革するには教育しかないのだ。人類の未来は、小さな子供達の胸の中にしか存在しない。


 我が子に命令し、言うことを聞かないと罰を与え、言いなりになれば褒美を授ける。これが我々の世界なのだ。教育という名の矯正は、まるで盆栽のようだ。針金をぐるぐる巻きにし、伸びゆく力を抑えつけ、余計な枝は剪定(せんてい)され、小ぢんまりとした大人が出来上がるってわけだよ。


 教育の失敗例はそこここに転がっている。いじめ、不登校、引きこもり、リストカット、家庭内暴力、万引き、薬物乱用、援助交際……。そうであるならば、最初っから自由にした方がいいのではないだろうか? 「自由に生きてみろ」「大人の言いなりになるな」「あらゆる価値観を疑え」──そんなふうに育てられたら、人間はどのように伸びてゆくのだろうか? 丁と出るもよし、半と出るもよし。親が子供の失敗や落伍を恐れるようなら、どうせ会社人間しか育てることはできない。


「真に自由な人間」を見てみたいものだ。

未来の生

ソロス氏:世界経済に「二番底」リスク−景気刺激策の性急な解除で


 ジョージ・ソロスのポジショントークか? あるいは彼が、欧米のスポークスマンに成り下がったということなのかもしれない。


 資産家のジョージ・ソロス氏は、景気刺激策を性急に解除すれば世界経済は「二番底」に陥るリスクがあるとの見方を示した。

 ソロス氏は14日、イタリアのベネチアで記者団に対し、「景気回復は金融システムへの相当の支援と大規模な景気刺激策の結果だ。これを性急に解除すれば、二番底のリスクがある」と語った。


ブルームバーグ 2010-04-14

遂に登場、低価格で書籍をPDF化するサービス


 1冊100円、検索可能なOCR(透明テキスト)は別途100円。こりゃ安い。iPadKindleなどの電子ブックリーダーで読むことが可能になる。いやはや本当に凄い時代になったものだ。

カテゴリーは本質を示さない


 種はあいまいで、さまざまに変る境界を持っているのである。何がそれを種としているのかは、場合によって異なる。もしも種に全体を統一させる性質があるのならば、それが何であるのか、私たちにはわからない。何かに属するということは、何かのクラスに属するということであって、何らかの本質が存在するという証明ではない。ある意味でそれは一時的な状態であり、やり直し可能である。決して、永遠で必然的なものではないのだ。私たちが人間という種に属するのであれば、それは、私たちが何か特別な性質を持っているからではなく、私たちが、自分の系統にそのように線引きをするからなのである。


【『人間の境界はどこにあるのだろう?』フェリペ・フェルナンデス=アルメスト/長谷川眞理子訳(岩波書店、2008年)】

人間の境界はどこにあるのだろう?

2010-04-14

孤独感は免疫系統の力を弱める


 ハーバード大学の心理学者デビッド・マクレイランドは、最も深い感情を自分自身の心の中にしまっておく性向のある人は、“危機”に直面した際に、免疫系統の力を弱めるホルモンを放出するということを明らかにしている。

 これまでに報告された事実から、ヘブライ大学のジェラルド・カプランは、強いストレスに対して心理的なサポートのない人たちは、サポートに恵まれた人たちに比べて、身体や心の病気にかかる率が10倍も高い、と結論づけている。

 したがって、人間的なつながりを最も必要としながら、それをほとんど持てない人たちの死亡率が極端に高いということは驚くに値しない。

『失意 医学的にみた孤独の結末』という本の中で、ジェイムズ・M・リンチは、仲間づき合いの欠如と心臓疾患との驚くべきつながりを説明している。彼はその中で、人生の危機に直面し、しかも人間的な接触の恩恵を受けていないと、人間は生命が脅かされるような心臓障害にかかることが多い、と述べている。リンチはまた、コミュニケーションの機会がある場合には、身体的な障害が起こる危険性が少なくなるとも言っている。

「人間の孤独が強まっているということが、20世紀における病気の最も深刻な原因のひとつかもしれない」これが彼の結論である。

 医師たちは、情緒的なサポートが病気の回復過程で、最も近代的なテクノロジーと同じくらい効果的ではないかということを認識し始めてきている。


【『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル小此木啓吾〈おこのぎ・けいご〉訳(フォー・ユー、1987年)】

生きぬく力―逆境と試練を乗り越えた勝利者たち

マリカ・ウフキル、戸井十月、J・クリシュナムルティ


 1冊挫折、2冊読了。


 挫折26『砂漠の囚われ人マリカ』マリカ・ウフキル、ミシェル・フィトゥーシ/香川由利子訳(早川書房、2000年)/モロッコの王家へ養女となった少女が政変によって幽閉されるという実話。そこそこ読ませるのだが、最近読んできた手記に比べるとレベルが低すぎる。150ページでやめた。石井みきの装画が素晴らしい。


 55冊目『小野田寛郎の終わらない戦い』戸井十月〈とい・じゅうがつ〉(新潮社、2005年)/NHKのドキュメンタリー番組制作から生まれた作品。戸井十月が1年間にわたってインタビューしてきた。読み物としてのインパクトは少々弱いものの、今まで語られなかった周辺情報が盛り込まれている。特に帰国直後からブラジルに渡った件(くだり)のエピソードが心に残った。


 56冊目『自由とは何か』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1994年)/クリシュナムルティ財団が発行している「テーマ別作品シリーズ」の一冊。自由と教育こそはクリシュナムルティにとって最大のテーマであった。このシリーズはテキストが短いので大変読みやすい。「何かからの自由は、真の自由ではない」という姿勢に貫かれている。目覚めた人という意味で彼は「ブッダ」と言っていいだろう。クリシュナムルティが敬愛していたのも、実はブッダであった。クリシュナムルティ本はこれで28冊目。

言葉の重み/『小野田寛郎 わがルバン島の30年戦争』小野田寛郎


 本書がルバング島から帰還して、最初に発表された手記である。簡潔にしてハードボイルドのような文体、的確な状況掌握、作戦を遂行するための強靭な意志──発見直後の写真と同じ小野田の鋭い視線が読者に注がれ、行間からは歯ぎしりする音が聞こえてくる。


 小野田は少年時代から負けん気が強かった。当然ではあるが、そんな性質も陸軍中野学校入りした要因であったのだろう。そうでありながらも彼は極めて理知的だった──


 5年生の冬──中学最後の寒稽古のとき、私は古梅(こばい)に言った。

「このまま、お前に負けっぱなしで卒業したんじゃ、俺の立つ瀬がない。すまんが、もう一度、立ち合ってくれ」

「よし、なんべんでも相手になってやるぞ」

 防具をしっかりつけ直して、二人は対峙(じ)した。剣道部の全員がかたずをのんで私たちの決戦を見守った。きょうばかりは断じて負けられなかった。古梅が面をとりにきた一瞬、私はななめ右前へ飛んだ。古梅の胴が鳴り、確かな手ごたえが竹刀の先から伝わった。

「小野田、すごい抜き胴だったぞ」

 あとで古梅が恬淡(てんたん)と言った。それを聞いたとたん、私は全身が赧(あか)くなった。技の優劣にこだわっていた自分が、たまらなくはずかしかった。


【『小野田寛郎 わがルバン島の30年戦争』小野田寛郎〈おのだ・ひろお〉(講談社、1974年/日本図書センター、1999年)以下同】


 まるで山本周五郎の『一人ならじ』の世界そのままである。


 諜報戦に求められるのはスーパーマン的な能力ではなく、やはりバランス感覚であろう。小野田には少年時代からそのような性質が顕著であった。


 盟友の小塚とはルバング島で四半世紀以上も一緒に過ごした。男二人となれば、ぶつかり合わないわけがない。まして情況が過酷になればなるほど気も荒くなる。空腹や疲労は人をして畜生道に追い込む。


 ある日のこと、小塚がいきり立った──


「バカ野郎とは何だ、俺の言うことがきけない奴は、もはや味方じゃねえ、敵だ、日本人じゃねえ、殺してやるッ」

「殺す!? よし、殺したいなら殺してみろ。だが、その前にひとこと、言うことがある。それを聞いてから、それでも殺したかったら殺せ」

 私は再び荷物を置き、小塚の目をにらみながら言った。

「俺は命令とはいえ、きさまと長い年月、国のため、民族のために何とかお役に立ちたいと努力してきた。俺は同志であるきさまを、自分の感情だけで傷つけないよう、ずいぶん心をくだいてきたつもりだ。それなのにきさまは、俺の指導がよくないから、多数の投降者を出し、赤津を裏切らせ、島田を殺すはめになったと、これまでに何度も同じことを言った。

 だが、お前がそういうことを言いだすときはきまっている。敵の勢力が強いとき、天候が悪いとき、計画どおりにことが運ばず、心身ともに疲れているとき、食事の時間が遅れて空腹になったとき──きさまはこの四つのうち、何か一つにぶつかると必ず俺を批判し、怒りっぽくなる。きょうの場合は三番目だ。なぜ、もっと冷静になれないんだ。俺たちは二人だけなんだぞ」

「うるせえッ、いまさら、説教なんてたくさんだ」

「そうか、これだけ言ってもきさまは、同志の俺を殺さなければ気がすまないのか。よし、命をくれてやる。俺を殺して、あとはきさま一人で生きぬけ。そして、俺のぶんも戦え!!」

 すぐ眼下には荒波が打ち寄せていたが、私の耳には何も聞こえなかった。小塚も聞こえなかったろう。二人を包むいっさいの物音が絶え、静寂の中で私たちは対峙した。

 何十秒か過ぎた。

「隊長どの」

 目をそらした小塚が言った。

「先に歩いてくれ」

 そのひとことが、私たちを前よりも強い同志にした。

 私は黙ってうなずき、陽に灼(や)けた海岸の小石を踏んで歩きだした。


 小野田は何があろうとも残置諜者(ざんちちょうじゃ)の任務を優先した。祖国から見捨てられた30年もの間、小野田は日本を見捨てなかったのだ。彼は天皇のためではなく日本民族のために戦っていた。


 フィリピン軍は幾度となく討伐隊を派遣するが、ことごとく蹴散らされた。島民は二人を「山の王」「山の鬼」と呼んで恐れた。


 ここにも実は小野田の深慮遠謀があった。完全に隠れてしまっては、日本軍が再びやってきた時に自分達の存在を伝えられなくなってしまう。だから時々姿を現しては住民を威嚇(いかく)し、自分達のテリトリーを知らしめることを意図していたのだ。


 帰国後、マスコミは砂糖に群がる蟻のように小野田を追い回した。高度経済成長に酔い痴れた日本人は、勝手な憶測で面白おかしく小野田を論じた。戦争はルバング島で終わらなかった。


 まるで浦島太郎だった。日本民族のために必死の思いで生きてきたにもかかわらず、玉手箱を開けた途端、「軍人精神の権化」「軍国主義の亡霊」と罵られた。元将校という人物からは「自決すべし」という手紙が寄せられた。小野田は些細なことで父親とぶつかった時、その場で割腹(かっぷく)しようとしたこともあった。


 軍国主義に諸手(もろて)を上げて賛成した人々が、今度はその手で小野田を指差した。何という身勝手であろうか。自分自身の空虚さに耐えられない連中は、いつだって好き勝手な放言を吐くものだ。小野田にケチをつける輩(やから)はルバング島へ島流しにするべきだ。


 小野田はその後、折に触れて保守系論壇に利用されたこともあった。戦前の教育を一身に受け、戦後30年近くにわたって時計が止まっていたのだから致し方ない側面もある。それでも小野田の言葉は清らかで重い。

小野田寛郎―わがルバン島の30年戦争 (人間の記録 (109))

米軍誤爆の瞬間


 こうした現実を「誤差」と考えるところに戦争の本質がある。そして、これが相手国の日常なのだ。


D


D


D

「学校へ出たら斃(たお)れるまでは決して休むな」

 秀三郎は「巨人」とも「ライオン」ともいわれ、「世の中に恐いものはない」とまで自ら豪語するような明治を代表する学者だったが、唯一畏敬の対象とした人物が父永頼だった。

「私は子供の時から剛情我慢と云う習慣を養われた。私の父親は非常に頑固で学校へ出たら斃れるまでは決して休むなといわれた位いで今迄病気抔で学校を休んだ事はない」(『斎藤秀三郎伝 その生涯と業績』大村喜吉)


【『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯』中丸美繪〈なかまる・よしえ〉(新潮社、1996年/新潮文庫、2002年)】

嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯 嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯 (新潮文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2010-04-13

今日からKDDI


 NTTを解約し、今日からKDDIに変更。回線速度は40.463Mbps。

戦略的環境、戦略的思考法、戦略的分析


 このように、自分のとる行動だけでなく、他のさまざまな人の行動と思惑がお互いの利害を決める環境を【戦略的環境】と呼ぶ。すなわち、自分にとっての利害が、単に自分がどうするかだけではなく、他の人がどうするかに依存して決まる環境が戦略的環境である。また、自分が戦略的環境のもとに生活していることを認識して、合理的に行動すべき意思決定することが、【戦略的思考法】である。【戦略的分析】とは、社会経済現象を戦略的環境における戦略的思考にもとづく意思決定の結果としてとらえ、分析していく手法を指す。


【『戦略的思考の技術 ゲーム理論を実践する』梶井厚志中公新書、2002年)】

戦略的思考の技術―ゲーム理論を実践する (中公新書)

視覚の謎を解く一書/『46年目の光 視力を取り戻した男の奇跡の人生』ロバート・カーソン

 子供の時分から「目が見えること」が不思議でならなかった。超能力や超常現象よりもはるかに不思議である。「幽霊を見た」ことよりも、まず目が見えることを驚くべきなのだ。


 もちろん視覚だけではない。五感のすべてが同じように不思議だ。それは結局、感覚器官を司る脳の不思議であった。ここ数年にわたって脳や視覚に関する書籍を読んできて、ブログにもわざわざ「視覚」というカテゴリーを設けている。本書は視覚に関する決定版であると断言しておこう。


 長い間、目は「見えている」と考えられてきた。つまり、カメラが写真を撮影するように目蓋(まぶた)を開けば、そこに世界が映るというわけだ。ということは万人が同じ世界を見ていることになる。


 思春期の私が疑問を抱いたのは「あばたもえくぼ」という諺(ことわざ)だった。惚れてしまえば、ニキビの痕(あと)もえくぼに見える。友人から「好きな子がいる」と打ち明けられるたびに、「あんな女のどこがいいんだ?」と思ったことが何度もあった。


 教訓その一──人は主観によって世界を見つめている。


 また、あなたが見ている「赤」と私が見ている「赤」は厳密には違うことが近年明らかになってきた。人の数だけ「赤」があるってわけだよ。ま、薄い色のサングラスみたいなフィルターがかかっていると考えればいいだろう。


 脳や視覚というのは実験することができない。ゆえに、事故や病気などによる障害を通して手探りで研究されているのが現状だ。その中で最も有名なのが1958年に手術で目が見えるようになったブラッドフォードである。視覚に関する書籍にはよく引用されているエピソードである。ブラッドフォードは「見えた世界」を理解することができなかった。特に「人の顔」を見わけられなかった──


 手術後、視力そのものがどんなに回復しても、ほかの人たちと同じようにものを見られるようになった患者は一人もいない。視覚のいくつかの面は文句なしに機能したが、まったく機能しない面もあったし、ほかの人たちと異なる不可解な機能の仕方をした面もあった。ほぼすべての患者は手術後すぐに、動くものと色を正確に認識できた。最近まで目が見えなかったとは信じがたいほど、高い認識能力を示す。しかしそれ以外となると、そうはうまくいかなかった。

 ブラッドフォードもそうだったように、患者たちは人間の顔がよくわからなかった。高さや距離、空間を正確に認識することにも苦労した。こういう状態では、視覚を通して世界をきちんと理解することができない。視覚以外の手がかりに頼らずに、目の前にある物体の正体を言い当てることも難しかった。それまでに手で触れてよく知っているはずのものでも、その点は同じだった。いわば視覚のスイッチを「オン」にするために、いま目で見ているものに手で触れようとする患者が多かった。手で触れることができないと、途方に暮れてしまうようだった。

 理解不能な映像の洪水に押し流されて、混乱し、いらだち、疲れてしまう場合も多かった。とりたてて努力せず無意識にものを見て理解できる患者は、一人もいなかったようだ。ものの大きさや遠近感、影には、多くの患者が悩まされた。世界は意味不明のカラフルなモザイクにしか見えなかった。目に映像が流れ込んでくるのを押しとどめるために、目を閉じてしまう人もいた。あるものを見ても、次のものを見たときにはもうすっかり忘れてしまう人もいた。絵や写真を理解できる人はほとんどいなかった。勘をはたらかせたり、視覚以外の感覚を動員したりして、視覚による理解を助けている人も多かったが、とんでもない思い違いをする場合も少なくなかった。

 しかも、これはあくまでも視覚レベルに限った問題でしかない。心の問題はこれよりはるかに深刻だった。

 視力を取り戻した人たちは、深刻な鬱状態に落ち込んだ。そこから抜け出せた人はほとんどいなかったようだ。この種の患者の症例を収集してドイツで出版された『空間と視覚』という文献の著者M・フォン・センデンは、次のように述べている。


 数々の症例報告全体から言えるのは、このような患者にとって、ものの見方を学ぶことは、数知れない困難がつきまという一大事業だということである。手術により光と色という贈り物を与えられればさぞうれしいにちがいないという一般の思い込みは、患者たちの実際の気持ちとまったくかけ離れているようだ。


【『46年目の光 視力を取り戻した男の奇跡の人生』ロバート・カーソン/池村千秋訳(NTT出版、2009年)以下同】


 このため後天的に視覚を得た人々は例外なくうつ病になっている。


 ところが本書の主人公マイク・メイはおとなしい視覚障害者ではなかった。3歳の時に爆発事故で失明。ところがマイクは走ることを恐れない。何と自転車にまで乗り、アマチュア無線好きが高じて、50メートル以上の鉄塔に登ってアンテナの向きを変えたこともあった。いたずらで、わずかな距離ではあるが自動車の運転までしたこともある。大学生の時にはアフリカのガーナへ留学。障害者アルペンスキーでも世界選手権に出場し、金メダルを三つ獲得。チャレンジ精神の塊(かたまり)みたいな男で、大学院を出た後は、何とCIAに就職している。そして彼は目が見えないにもかかわらずブロンド美人としか付き合わなかった。


 マイク・メイにとって障害は、人生の障害ではなかった。目は不自由だったが自由に生きた。メカにも強い彼は、視覚障害者用のGDP装置を開発する経営者になっていた。手術すれば見えるようになるかもしれない──眼科医から告げられた時、彼は大いに悩んだ。なぜなら何ひとつ不自由はなかったからだ。ところが、光を取り戻すことができたとしても、強い薬を服用するため発癌リスクが高くなると告げられた。つまり、目と引き換えに命を差し出すことになるのだ。だが彼はマイク・メイだった。挑戦こそが彼の本領だ──


 ところがグッドマン(医師)は消毒や包帯のことなどひとことも口にせず、妙なことをし、妙なことを言った。親指と人差し指でまぶたを開かせながら尋ねた。「少し、見えますか?」

 ズドーン! ドッカーーーーーン!

 白い光の洪水がメイの目に、肌に、血液に、神経に、細胞に、どっと流れ込んできた。光はいたるところにある。光は自分のまわりにも、自分の内側にもある。髪の毛の中にもある。吐く息の上にもある。隣の部屋にもある。隣のビルにもある。隣の町にもある。医師の声にも、医師の手にもくっついている。嘘みたいに明るい。そうだ、この強烈な感覚は明るさにちがいない。とてつもなく明るい。でも痛みは感じないし、不愉快ですらない。明るさがこっちに押し寄せてくる。それは動かない。いや、たえず動いている。いや、やっぱりじっと動かない。それはどこからともなくあらわれる。どこからともなくやって来るって、どういうことだ? すべて白ずくめだ。グッドマンの尋ねる声がまた聞こえる。「なにか見えますか?」。メイの表情が満面の笑顔に変わった。自分の内側のなにかに衝き動かされて笑い声を上げ、言葉を発した。「なんてこった! 確かに見えます!」。ジェニファーは心臓がドキンドキンと脈打ち、喉が締めつけられた。「ああ、神様」

 光と出会って1秒後、明るさが質感をもちはじめた。このものに手で触れられないのか? その1秒後、明るさは四方八方から押し寄せるのをやめ、ある一つの方向からやって来るように思えてきた。あっちだ。頭上のブーンという音のするほうからやって来る。ほんの一瞬だけ、光から意識が離れて、診察室のブーンという音の源は蛍光灯だという知識を思い出した。そう思って光に意識を戻すと、その光が特定の場所から、頭の上の蛍光灯からやって来るのだと確信できた。その1秒後、光はもはや単なる光ではなく、目の前ではっきりとした明るい形をを取りはじめた。まわりにあるのは壁だろう。頭の上から降り注ぐ光とは別の光だから、きっとそうだ。どうして光が違うかは考えるまでもなかった。それは色が違うからだ。そう、色だ! 幼いころに親しんでいた、色というものだ! いま、色のスイッチが押されたのだ。


 まるで「悟り」を描いているようだ。「見る」とはこれほど劇的な感覚なのだ。光の粒という粒が目に突き刺さるような感覚が凄まじい。「神は言われた。『光あれ』」(旧訳聖書「創世記」)、そしてブッダは白毫(びゃくごう/眉間の白い毛)から光を放って世界を照らした。仏典では物質のことを「色法」(しきほう)と表現するが、その意味すらもマイク・メイは教えてくれている。彼が生きる世界は一変した。


 診察室を出て、待合室に足を一歩踏み出すと同時に、メイは固まってしまった。この美しく輝かしい空間はいったいなんなのか。このあまりに素晴らしいものの数々はいったいなんなのか。四方八方から色と形が降り注いできた。忙しそうな人たちがてんでんばらばらの方向に歩いていく。その場にあるものはどれも極大サイズに見えた。周囲を見回し、きらびやかな待合室をすべて目の中に取り込もうとした。足元に目を落として、思わず驚きの声を上げた。

「この形! この色! これは、カーペットの上に載ってるの?」

「ええ、カーペットの一部よ」と、ジェニファーが説明した。「カーペットのデザインなの」

 まわりには、診察の順番を待つ人たちが座っていた。その誰一人として身じろぎ一つせず、落ち着き払っているように見える。このカーペットに目もくれず、ぼけっと座っているなんて、メイには信じられなかった。こんなにすごいカーペットが目の前に存在しているというのに、どうして平気な顔をしていられるんだ?


 きっと我々も生まれてから間もない頃は、同じような感動を味わったことだろう。そして、いつしか慣れ、当たり前となり、心は鈍感になっている。目が見える幸福を我々は味わうことができなくなってしまったのだ。豊かな世界はもはや灰色にしか映らない。


 その後、マイク・メイには視覚障害があることが判明する。他の患者同様、やはり人の顔を見わけることができなかった。男か女かもわからないのだ。また彼は錯視画像を見ても錯覚することがなかった。例えば直線だけで描かれた立方体を我々が眺めていると向き(奥行きを感じる部分)が反転することがあるが、彼には正方形と直線にしか見えなかった。立方体と認識することもできないのだ。


 つまり、目は「見えている」のではなく「映像の意味を読み解いている」のだ。


 すべてのカギを握るのは、文脈と予測。この二つの武器が使えるのと使えないのとでは大きな違いがあった。


 私はまたしても悟りを得てしまった(笑)。これは凄い! 結局、視覚の最大の特徴は「錯覚できる」ところにあるのだ。錯視は単なる見間違いではなく、視覚が紡ぎ出す物語性なのだ。ということは、「世界」はそこに存在するものではなくして、我々が想像することで像を結んでいると考えることも可能だ。そして世界とは意味に他ならない。

46年目の光―視力を取り戻した男の奇跡の人生


D

平均231万円日本の葬儀代  詐欺同然超高額のカラクリ

葬式は、要らない (幻冬舎新書)


 日本人の葬儀費用は平均231万円。これはイギリスの12万円、韓国の37万円と比較して格段に高い。浪費の国アメリカでさえ44万円だ。実際、欧米の映画等で見る葬式はシンプルで、金をかけているように見えない。対して我が国といえば巨大な祭壇、生花そして高額の戒名だが、いつからかくも豪華になったのか。どんな意味があるのか。古代から現代に至る葬儀様式を鑑みて日本人の死生観の変遷をたどりつつ、いま激しく変わる最新事情から、葬式無用の効用までを考察。葬式に金をかけられない時代の画期的な一冊。

伊勢崎賢治「誰もペシャワール会を批判はできない」


 伊勢崎賢治の皮膚感覚が凄い。まったく思案するところがない。まるで、「熱い」「冷たい」と言っているような趣すらある。その上実に淡々と答えている。一方、インタビュアーの神保哲生の声の弱さはジャーナリストとして致命的だ。相手に届く声の響きがない。まるで独り言だ。


D

寺檀関係と墓の歴史


 貴族・武家などごく少数をのぞき、庶民が寺と寺檀関係をもつようになったのは、1635年以降であり、庶民が墓を作るようになるのも1700年頃からのことである。


【『庶民信仰の幻想』圭室文雄〈たまむら・ふみお〉、宮田登(毎日新聞社、1977年)】

庶民信仰の幻想

2010-04-12

すべての数学的な真理を証明するシステムは永遠に存在しない


 このように、いかに難題であっても、数学の問題は、真か偽のどちらかに違いない。したがって、数学的真理は、いつかは必ず証明されるように思われる。

 ところが、実は、そうではないのである。不完全性定理の重要な帰結の一つは、数学の世界においても、「真理」と「証明」が完全には一致しないことを明確に示した点にある。しかも、ゲーデルは、ただ完全に一致しないという結論だけを示したわけではない。彼は、一般の数学システムSに対して、真であるにもかかわらず、そのシステムでは証明できない命題Gを、Sの内部に構成する方法を示したのである。

 つまり、命題Gは、真であることはわかっているが、数学システムSではとらえきれない。それでは、SにGを加えて、新たなシステムを作ればよいと思われるかもしれない。しかし、その新しい数学システムには、さらに別の証明不可能な命題を構成できるのである。これをいくら繰り返して新たな数学システムを作っても、ゲーデルの方法を用いて、そのシステム内部でとらえきれない命題を構成できる。したがって、すべての数学的な真理を証明するシステムは、永遠に存在しないのである。


【『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎〈たかはし・しょういちろう〉(講談社現代新書、1999年)】

ゲーデルの哲学―不完全性定理と神の存在論 (講談社現代新書)

歳をとるということ


 それにしても、歳をとるということはやっかいなことだ。なにしろ、おまわりや医者のような連中が自分より年下になってしまうのだから。


【『「ふへ」の国から ことばの解体新書』小田嶋隆徳間書店、1994年)】

「ふへ」の国から ことばの解体新書

2010-04-11

「考えること」は「わかること」ではない


小林●ぼくら考えていると、だんだんわからなくなって来るようなことがありますね。現代人には考えることは、かならずわかることだと思っている傾向があるな。つまり考えることと計算することが同じになって来る傾向だな。計算というものはかならず答えがでる(ママ)。だから考えれば答えは出るのだ。答えが出なければ承知しない。


【『小林秀雄全作品 25 人間の建設』小林秀雄(新潮社、2004年)】

小林秀雄全作品〈25〉人間の建設

スーザン・ソンタグ


 1冊読了。


 54冊目『他者の苦痛へのまなざし』スーザン・ソンタグ/北條文緒訳(みすず書房、2003年)/戦争写真に関する哲学的考察が繰り広げられる。しなやかで強靭な鞭(むち)のような知性が読者に襲い掛かってくる。無惨な映像を目の当たりにした時の心の揺れを的確に捉え、写真の欺瞞性を暴き、イメージに支配される心理を探る。写真は切り取られた事実ではあるものの、それは異なる位相となって我々の生活に侵入してくる。写真を見た瞬間に我々はカメラを持つ者と同じ視線に閉じ込められてしまうのだ。「他人の目を通して見る事実」と言っていいだろう。写真や映像は果たして千里眼と言い得るだろうか?

『ロシアのユーモア 政治と生活を笑った300年』川崎浹(講談社選書メチエ、1999年)


ロシアのユーモア―政治と生活を笑った300年 (講談社選書メチエ)


「共産主義時代にも盗みはあるでしょうか」「ないでしょう。社会主義時代にぜんぶ盗まれていますから」体制にとって「危険な世論」でありつづけたアネクドートは、口から口へと広まる。辛辣に権力を嗤いつづけたロシア人の過激な「笑い」を通して、ピョートル大帝期から現代にいたる、激動のロシア300年を読む。

文庫化『壊れた脳 生存する知』山田規畝子(角川ソフィア文庫、2009年)


壊れた脳 生存する知 (角川ソフィア文庫)


 三度の脳出血で重い脳障害を抱えた外科医の著者。靴の前後が分からない。時計が読めない。そして、世界の左半分に「気がつかない」……。見た目の普通さゆえに周りから理解されにくい「高次脳機能障害」の苦しみ。だが損傷後も脳は驚異的な成長と回復を続けた。リハビリをはじめとする医療現場や、障害者を取り巻く社会環境への提言など、障害の当事者が「壊れた脳」で生きる日常の思いを綴る。諦めない心とユーモアに満ちた感動の手記。

スパイの嚆矢はトロイの木馬


 世間一般には、キリストが生まれる1200年も前のこの『トロイの木馬』事件がスパイのはじめとされている。しかし、エジプトの歴史をたずねると、それよりも二千数百年前、紀元前3600年から3400年前に、ある将軍が兵士200人を粉袋に縫いこんで、包囲中の城壁内に送りこみ、トロイの木馬と同じ方法で成功した話があるし、聖書のなかにも紀元前約1490年にモーゼがカナンの地を探るため、ヌンの子ヨシュアに率いられた12人の密偵を送りだしたことが書かれている。


【『秘録 陸軍中野学校』畠山清行著、保阪正康編(番町書房、1971年/新潮文庫、2003年)】

秘録・陸軍中野学校 (新潮文庫)

2010-04-10

深遠なる問い掛け/『英知の教育』J・クリシュナムルティ


子供たちとの対話 考えてごらん』と同じ体裁で、インドのクリシュナムルティスクールで生徒に対して行われた講話と質疑応答が収められている。


 クリシュナムルティは晩年になっても子供達と対話をした。彼は生涯にわたって指導者となることを拒み続けた。だからこそ、子供達とも全く対等な視線で魂の交流ができたのだろう。


 大人は得てして一方的な訓戒を述べたがるものだ。まして功成り名を遂げた人物であれば尚更その傾向が強い。胸を反(そ)らせて声高らかに成功体験を語ることだろう。だが、そこに落とし穴がある。社会で成功した者は社会の奴隷である。社会のルールを知り、それに従い、社会から認められたからこそ成功したのだ。彼等は自分達が成功した社会が永続することを望み、社会を維持させるべく保守的とならざるを得ない。そこに「条件づけ」が確立されるのだ。


 宗教もまた同様である。教えを説く人と、説かれた教えに額(ぬか)ずく人々によって教団が構成されている。

 ヒエラルキーは効率のよい指示系統の構築を目的としている。とかくこの世は一方通行の道路だらけで、進入禁止のコースも決して珍しくない。成功街道を歩むには、それ相応の免許証が必要となる。


 顛倒(てんとう)する世界をひたと見つめ、クリシュナムルティは人々に問いかける。その姿勢は児童達に対しても変わるところがない。彼の講話はスピーチではなく、魂の深い部分に問いかける対話である。映像を観るとわかるが、聴衆を見渡しながら彼はしばしば目をつぶり、じっと一点に見入っている時、明らかに自己の内部を見つめている。


 多くの仏像が半眼(はんがん)であるのは彼岸(あの世)と此岸(この世)を見つめているとされるが、クリシュナムルティの視線に私は同じ性質を感じてならない。


 クリシュナムルティは生徒の正面に立って、「君達は何のために学んでいるのか?」と問う。そこには遠慮も手加減も全くない。生徒は知らず知らずのうちに自分や自分の置かれた環境と向き合わざるを得なくなっている──


 君たちは、私がこれまでに見てきたうちでもっとも美しい渓谷のひとつに暮らしている。そこには、特別な雰囲気がある。ことに、夕方や朝とても早くに、ある種の沈黙が渓谷に行き渡り、浸み透っていくのに気づいたことはないだろうか。このあたりには、おそらく世界でももっとも古い丘があって、まだ人間に汚されていない。外では、都会だけではなくそこら中で、人間が自然を破壊し、もっとたくさん家を建てようと木を切り倒し、車や工業で大気を汚染している。人間が動物を滅ぼそうとしているのだ。虎はほとんど残っていない。人間があらゆるものを滅ぼそうとしている。なぜなら、次々と人間が生まれ、より多くの住むところが必要になっているからだ。しだいしだいに、人間は世界中に破壊の手を広げつつある。そして人は、こうした谷──人はわずかしかおらず、自然はまだ汚されておらず、いまなお沈黙と静謐(せいひつ)と美のある谷にやって来ると、ほんとうに驚いてしまうのだ。ここに来るたびに、人はこの土地の不思議さを感じるけれども、たぶん君たちはそれに慣れてしまったのだろう。君たちは、もう丘を見ようとはしないし、もう鳥の声や葉群(はむれ)を吹き抜ける風の音を聞こうとはしない。そんなふうに、君たちは、しだいに無関心になってしまったのだ。

 教育とは、ただ本から学び、何かのことを暗記するというだけのことではなく、それがほんとうのことやあるいはうそを言っているかを、見、聞きする術(すべ)を学ぶことである。そういうことすべてが、教育の一部なのだ。試験に合格し、学位を取り、就職し、結婚して定住するだけが教育ではない。それは、鳥の鳴き声を聞き、大空を見、えもいわれぬ樹木の美しさや丘の姿に眺めいり、それらと共に感じ、ほんとうに、じかにそれらに触れることでもある。だが、年を取るにつれて、そんなふうに見、聞きしようとする気持ちが、不幸なことに消え去ってしまう。なぜなら、心配事は増えるし、もっとたくさんのお金、もっといい車、もっと多くの、または少しの子供を持ちたいと思うようになるからなのだ。嫉妬ぶかくなり、野心的で欲ばりで、妬(ねた)みぶかくなり、その結果、大地の美しさへの感受性をなくしてしまうのだ。世界で、何が起こっているか知っているだろうか。現在のいろいろな出来事を、気をつけて調べてみなさい。戦争や反乱が次次に起こり、国と国とがお互いに対立しあっている。この国にも、差別や分裂があり、人口は増加の一途をたどり、貧しさ、不潔さ、そして完全な無感覚と冷淡さがはびこっている。自分が安全ならば、ひとに何が起ころうといっこうに気にしない。そして、君たちは、こういうことすべてに合わせていけるよう教育されているのだ。世界が狂っているということ──お互いに争い、けんかし、いじめ、おどし、苦しめ、攻撃しあうということすべては、狂気なのだということが、わかっているだろうか。で、君たちは、それに合わせていけるように成長するというわけだ。それは、正しいことなのだろうか。社会と呼ばれるこの狂った仕組みに、君たちが進んで、あるいはいやいやでも適応するようにすること、それが教育の目標なのだろうか。それから、世界中の宗教に何が起こっているか、知っているだろうか。この分野でも、人間は腐っていこうとしているし、誰も何一つ信じてはいないのだ。人間は、何の信仰も持ってはいないし、宗教とは単なる大がかりな宣伝の成果にすぎなくなっている。

 君たちは、若く、生き生きとしており、そして純粋だから、大地の美しさを見つめ、愛情豊かな心を持つことができるのではないか。そして、持ち続けることができるのではないだろうか。もしそうしなければ、成長するにつれて、君たちは適応してしまうだろう。なぜなら、それがいちばん安易な生き方だからである。成長するにつれて、君たちのうちごく少数しか反抗しなくなり、その反抗も、問題の解決にはならないだろう。君たちのうちには、社会から逃避しようとする者も出るだろう。しかし、そうした逃避には、何の意味もありはしない。必要なことは、社会を、人々を殺すことによってではなく、変えることなのだ。社会は、君たちでもあり、私たちでもある。君たちや私が、この社会を作り上げたのだ。だから、君たちが変わらなければならない。この異様な社会に適応してはいけない。とすれば、どうすればいいだろう。

 君たちは、このすばらしい谷で暮らした後は、争いと混乱と戦争と憎しみの世界へ送り出されようとしている。君たちは、こういう古い価値に従い、適応し、それらを受け容れるつもりなのか。古い価値とは、お金、地位、威信、権威のことである。それが、人間の望みのすべてであり、社会は君たちがそういう価値のシステムに適応することを望んでいる。だが、もし君たちが今、考え、観察し、そして本からではなく、自分のまわりでいま起こっていることをみな自分自身で見守り、耳傾けることによって、学びはじめたならば、今の人間とは違った種類の人間──思いやりがあって、愛情深く、人々を愛する人間──に成長するだろう。もしそういうふうに生きるならば、たぶん君たちはほんとうに宗教的な人生を発見するだろう。

 だから、自然を、タマリンドの木、咲きほこるマンゴーの木を見つめ、それから、朝早くと夕方とに、鳥たちの声に聞き入りなさい。木の葉の上のとりどりの色や光、大地の美しさ、豊かな土地を見てごらん。そういったものみなを見、また世界のありさまを、そのすべての残酷さ、暴力、醜さといっしょに見た今、これから何をすべきなのだろう。


【『英知の教育』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1988年)以下同】


 のっけから全開である。五感を研(と)ぎ澄まして世界を見つめよ、と。


 実は視覚というのは受動的な感覚機能ではないことが科学的に明らかになっている。生まれつき目の不自由な人が手術などによって視覚を得ると、見た物を殆ど理解することができない。このような人々は必ず一旦物に触れてから再び見直すことで映像を理解するのだ。視覚と触覚との連合は、我々も幼児期に数年かけて行っているといわれている。


 つまり、「ものが見えている」と思うのは大きな間違いで、本当は「視覚映像を読み解いている」のである。後天的に視覚を得た人々はこれが上手くできない(脳の神経経路がつながらなくなっている)ため、殆どの人々が目が見えるようになった途端、うつ病になっている。


 見るという行為には無意識のうちに想像力が働いている。時にこれが先入観となって錯視が生じる。

  • 騙される快感/『錯視芸術の巨匠たち 世界のだまし絵作家20人の傑作集』アル・セッケル

 クリシュナムルティが説く「観察」とは、こうした想像力や先入観から離れて見つめることを意味している。「見る者」と「見られる物」という分断を超えた観察である。一切の思考を働かせることなく対象に見入る時、そこには対立関係の消え去った「関係性」しか存在しない。


 ここから更に「観察」の深い世界が示される──


 注意をする、注意を払うとは、どういう意味かわかっているだろうか。注意を払うと、ものごとがもっとはっきり見えてくるのだ。鳥たちの鳴き声がもっとはっきり聞こえてくる。さまざまな音の違いがわかるようになる。十分に注意深く木を見つめれば、木の美しさ全部が見えてくる。木の葉や小枝が見え、それらに風が戯(たわむ)れているのが見える。こんなふうに、注意を払えば、ものごとがとてつもなくはっきりと見えるようになるのだ。そういうふうに、注意を払ったことがあるだろうか。注意は、精神集中とは違う。集中しているときには何も見えていないのだ。だが、注意を払っているときには、実に多くのことが見えてくる。さあ、注意を払ってごらん。あの木を見つめ、影を、そして風にそよぐ葉を見つめなさい。あの木の姿を見つめなさい。木の全体性を見つめなさい。このように見るようにと言うのは、これから私が話そうとしていることは君たちが注意を払わなければならないことがらだからである。教室にいるときも、戸外にいるときも、食事をしているときも、散歩をしているときも、注意はきわめて重要である。注意はとてつもなく大切なことがらなのだ。

 これから君たちに質問してみたい。君たちはなぜ教育されているのだろう? 私の質問がわかるだろうか? 君たちの両親が君たちを学校に送る。君たちは授業を受け、数学を学び、地理や歴史を学ぶ。なぜだろう? 自分が教育を望んでいるのか、何が教育の目的なのか自問したことがあるだろうか? 何のために試験に合格して学位を取るのだろう? 何百、何千万もの人人がしているように、結婚し、就職し、そして身を固めるためだろうか? それが君たちのやろうとしていることであり、それが教育の意味なのだろうか? 私の言っていることがわかるだろうか? これはほんとうにとても大事な質問なのである。全世界が教育の基盤に疑問を投げかけている。われわれには教育がこれまで何のために使われてきたかわかっている。ロシアであれ、中国であれ、アメリカであれ、ヨーロッパであれ、あるいはこの国であれ、世界中の人間は、所属する社会や文化に順応・適合し、社会・経済活動の流れに従い、何千年もの間流れ続けてきた巨大な流れに引き込まれるよう教育されている。それが教育だろうか、それとも教育というのは、何かそれとまったく別のものだろうか? 教育は、人間の精神がその巨大な流れに巻き込まれ、それによってそこなわれないように面倒を見、精神がけっしてその流れに引きずり込まれないように責任を持ち、かくしてそのような精神によって君たちが、生に異なった性質をもたらす、これまでとはまったく違う人間になれるように面倒を見ることができるだろうか? 君たちは、そんなふうに教育されているだろうか? それとも両親や社会に命令されるままに、社会の流れの一部になることに甘んじているのだろうか? 人間の精神、君たちの精神が、ただ単に数学や地理や歴史で優秀であることができるだけでなく、どんなことがあってもけっして社会の流れにおぼれずにいられるようにすること──これが真の教育である。なぜなら、人生と呼ばれているその流れは、はなはだしく腐敗しており、不道徳で、暴力的で、貪欲(どんよく)だからである。その流れが私たちの文化をなしているのだ。それゆえ問題は、現代文明・文化のあらゆる誘惑、あらゆる影響、獣性(じゅうせい)に抗しうる精神を生み出すための正しい教育を、いかにしてもたらすかにある。私たち人間は、消費主義や工業化にもとづいたものではない新たな文化、まったく別種の生き方、真の宗教性にもとづいた文化を創造しなければならない歴史上の地点に来ている。ではどのようにして、これまでとはまったく異質の、貪欲でも嫉妬深くもない精神を、教育を通して、生み出すのか? 野心のないとてつもなく能動的で有能な精神、日常生活において何が真実かをほんとうに知覚できる──結局これが宗教なのだが──精神をいかにして生み出すのか?

 そこで、何が教育の真の意味、目的なのかを見出してみよう。自分の住んでいる社会や文化によって条件づけられた君たちの精神が、教育によって変容を遂げ、どんなことがあってもけっして社会の流れに入りこんでしまわないようにできるだろうか? 君たちを違ったふうに教育することができるかどうか。つまり「教育する(エデュケイト)」という言葉の真の意味において──数学や地理や歴史についての情報を教師から生徒に伝達するという意味でではなく、まさにこれらの科目を教える過程で君たちの精神に変化を起こすという意味で、このことは、君たちがとてつもなく批判的でなければならないことを意味している。自分自身がはっきりわからないことをけっして認めないよう、他人が言ったことをけっしておうむ返しに言わないようにしなければならない。

 これらの質問を、ときどきではなく毎日、自分に向けてみなさい。見出しなさい。あらゆるもの、鳥や雌牛の鳴き声に耳を傾けなさい。自分自身のなかのあらゆるものについて学びなさい。なぜなら、もし自分自身から自分自身のことを学べば、君たちは中古品(セコハン)人間になったりはしないのだから。だから、これからはこれまでとはまったく違う生き方を発見するようにしてほしい。ただし、これはしだいにむずかしくなるだろう。なぜなら、私たちのほとんどは安易な生き方を見つけたがるからである。私たちは、他人が言うこと、他人がすることを繰り返し、それらに倣(なら)いたがる。なぜなら、古いパターンまたは新しいパターンに適合することが、もっとも安易な生き方だからである。けっして適合しないとはどういう意味か、恐怖なしに生きるとはどういう意味かを見出さなければならない。これは君たちの人生であって、他の誰も、どんな本も、どんな導師(グル)も君たちに教えることはできない。本からではなく、自分自身から学ばなければならない。自分自身について学ぶべき、実に多くのことがあるのだ。それは果てしないこと、興味尽きせぬことであり、そして自分自身から自分自身のことを学ぶとき、その学びから英知が生まれ出る。そのとき君たちは、並はずれた、幸福で美しい人生を生きることができる。わかるだろうか? では、何か質問は?


 クリシュナムルティは常々「注意を払え」と言う。それは「集中」ではない、とも。集中は一点に集約するので周りが見えなくなる。一方、注意は拡散した気づきといえよう。そして集中には時間的継続性があるが、注意は瞬間瞬間の行為である。観察は目で行うものであるが、視覚に捉われるとそれは集中になってしまう。すなわち注意には耳を澄ます=傾聴の姿勢が求められよう。


 そしてクリシュナムルティは聴き手に向って「私たちは」と語りかける。ここにおいて、クリシュナムルティの内なる世界では聴き手と話し手の分断がないことに気づく。なぜなら、「あなたが世界であり世界があなたである」以上、「あなた」は「私」でもあるからだ。


 ともすると我々は子供の幸福を願っているような顔をしながら、大人の価値観を押しつけている場合が殆どである。だから、自由の価値を重んじるようには決して教えない。大人の敷いたレールの範囲でしか自由は認められない。ま、数十センチといったところだろう。


 よく人生は道に例えられる。我々は人生において常に選択を迫られている。つまり十字路に立たされているといっていいだろう。そして前後左右のいずれかの進路を決めているのだ。


 実はこの時点で既に我々は条件づけに支配されている。なぜなら、道路というものは「誰かが造ったもの」であり「誰かが歩いた場所」であるからだ。つまり、我々はいつも誰かの後を辿っていることになる。


 本当に自由であれば、道からはみ出ることが可能になるはずだし、もっと言えば地面にトンネルを掘ったって、空を飛んだって構わないのだ。ところがどっこい我々の思考はそんなふうには働かない。


 皆が歩んだ道──それは悲惨のコースであり、戦争し殺し合う道であろう。歩きやすい道というのは過去の歴史を繰り返す羽目になる。


 クリシュナムルティの言葉は、私の魂を殴打してやまない。

英知の教育

『良心の領界』スーザン・ソンタグ/木幡和枝訳(NTT出版、2004年)


良心の領界


 スーザン・ソンタグを囲むシンポジウム「この時代に想う−共感と相克」を中心に、「ニューヨーク・タイムズ」や講演会で発表された最新テクストをまとめる。2002年刊『この時代に想うテロへの眼差し』の続編。

吉永良正、高橋源一郎


 2冊読了。


 52冊目『新装版 数学・まだこんなことがわからない 難問から見た現代数学入門吉永良正(講談社ブルーバックス、2004年)/3〜4日前に読み終えていたのだが書くのを失念していた。講談社出版文化賞受賞作品。旧版が出たのは1990年のこと。数式をすっ飛ばして読んでも十分面白い。原理という点において宗教と数学は似ているが、数学の方が桁違いに美しい。そして歴史に名を連ねる天才数学者の創造力は、宗教的天才と響き合う余韻がある。


 53冊目『13日間で「名文」を書けるようになる方法』高橋源一郎(朝日新聞出版、2009年)/一度も本を閉じることなく読了した。明治学院大学の講義を編んだものとしては、加藤典洋著『言語表現法講義』に続く作品。名文を書く方法の根源をまさぐることで、「ものの考え方」を激しく揺さぶり、思い切り振り回している。そして実際は文学というよりも哲学の領域に踏み込む。ここには紛(まが)うことなき教師と生徒の「出合い」がある。出会いというよりも出合い。そのぶつかり合いは時にソクラテスの対話を髣髴(ほうふつ)とさせ、プラトンが創設したアカデメイアを想起させるほど。圧巻は休講のあとの十日目。まず高橋は机を壁際に移動させ、教壇から降りて学生と同じ目の高さで語り始める。前回の講義を休んだことを詫(わ)び、その理由を明かした。2歳になる高橋の子供が急性脳炎になった、と。飽くまでも淡々としていて、小説家らしい的確な言葉で語られている。そうでありながらも、生の根源を探る言葉が不思議な宗教性を帯びている。まるでサンガのようだ。経典本といっていい。

4人死刑に強い行動必要だった…人権団体


 中国遼寧省で9日午前、麻薬密輸罪による死刑判決を受けていた武田輝夫死刑囚(67)ら3人に対して行われた刑の執行。

 日本政府は6日の赤野光信死刑囚(65)の執行以降、新たな申し入れなどは行わず静観を続けていたが、4日間で計4人が執行されるという事態に、国内の人権団体などからは、「もっと強い行動を起こすべきだった」との声もあがった。

 執行の一報を受け、「アムネスティ・インターナショナル日本」の寺中誠事務局長は、「執行が立て続けに行われたのは許されない。前回の執行後、中国大使館に抗議を続けてきたが……」と重い口調で語り、「日本政府は執行停止を求めるべきだった」と続けた。

 日本弁護士連合会も、「日本政府は国民の生命に対する権利を守るための明確な要望を行わず、尊い人命が失われたのは極めて遺憾。国民の生命権を守るために毅然(きぜん)とした態度で臨むよう、改めて強く要請する」とのコメントを出した。

 政府の対応について、「死刑廃止を推進する議員連盟」事務局長の村越祐民衆院議員は「抗議できなかったのは日本にも死刑があるから」と述べ、「これを機に日本の死刑の存廃についても議論すべきだ」と話す。しかし、ある法務省幹部は「日本では薬物犯罪が死刑に値するとは考えにくい。それだけに、日本人は今回の執行は日本とは無関係と感じるのでは。国内の死刑についての議論にはならないだろう」と語った。


 千葉法相は執行前の9日午前の閣議後記者会見で、「中国の刑罰法規は日本と異なるだけに、日本人は違和感や反発を感じているのではないか。中国もそういうところは少し考えてもらうとよかった」と話した。


YOMIURI ONLINE 2010-04-09


 中国政府が中国人を殺す分には構わないが、日本人を殺すことは許さないということなのだろうか? すっきりしないのは本来重んじられるべきはずの人権よりも、国籍が重視されているためだろう。社会も世界も犠牲者が出ないと変わらない事実を示しているようにも見える。法治の欺瞞が透けて見えやしないか? 法=ルールは国家の数だけ、はたまた部族の数だけ、テロ組織や暴力団の数だけ存在するのだから。

若きカストロの熱弁


 裁判は、はじめ公開で、途中から非公開になった。10月16日、カストロは、自分自身の弁護人として法廷に立った。約5時間、かれは熱弁をふるった。それは文字通りの熱弁であった。獄中にあって、いかなる本も読むことができなかったにもかかわらず、かれは古今東西の文献、キューバの統計を引用した。その博識ぶりは、驚嘆の一語につきるものであり、その弁舌の力強さは、27歳の青年のものとは信じられぬくらいだった。

 かれは、バチスタの悪を告発し、キューバの解放を訴え、最後にこういった。

「わたしを断罪せよ。それは問題ではない。歴史はわたしに無罪を宣告するだろう!」


【『チェ・ゲバラ伝』三好徹(文藝春秋、1971年)】

チェ・ゲバラ伝

2010-04-09

アフガニスタンの砂漠を緑に変えた男/『医者、用水路を拓く アフガンの大地から世界の虚構に挑む』中村哲

 アフガニスタンの歴史は文字通り戦乱の歴史である。紀元前6世紀にはペルシャ帝国に組み込まれ、紀元前4世紀にはアレクサンドロス大王に支配された。19世紀には「グレートゲームの舞台」と称されていた。それは血塗られた抵抗の歴史といってもいいだろう。今も尚アフガニスタンの農民は銃を扱っている。


 2001年、アメリカ同時多発テロ事件の首謀者と目されたアル・カイダの引き渡しを拒んだタリバン政権に対し、アメリカの主導で武力を行使した。これがアフガニスタン紛争である。


 中村は医師として1984年からアフガニスタンで働いていた。元々はハンセン病の治療に当たっていた。それが、どうして用水路をつくることになったのか? 戦争の爆撃によってアフガニスタンの大地は砂漠化が進んでいた。当然のように水は乏しくなる。しかもこの国の大半は山岳地帯である。飢えた子供達は、汚水を飲んで赤痢にかかり、脱水症状を起こして次々と死んでいった。十分な食糧と清潔な飲料水さえあれば、多くの病気は防ぐことのできるものであった。


 これは他の国にしても同様で、平均寿命が延びているのは医学の進歩によるものと思い込んでいる人が多いが、実際は衛生面の向上が最大の要因となっている。


 中村は現地の動向を知る人物として国会にも招かれた。この発言から中村の気概が十分伝わってくる──


 私は証人として述べた。

「こうして、不確かな情報に基づいて、軍隊が日本から送られるとなれば、住民は軍服を着た集団を見て異様に感ずるでありましょう」

「よって自衛隊派遣は有害無益、飢餓状態の解消こそが最大の問題であります」

 この発言で議場騒然となった。私の真向かいに座っていた鈴木宗男氏らの議員が、野次を飛ばし、嘲笑や罵声をあびせた。司会役をしていた自民党の亀井(善)代議士が、発言の取り消しを要求した。あたかも自衛隊派遣が自明の方針で、「証人喚問」はただの儀式であるかのようであった。(中略)

 つまらない論議だと思った。「デモクラシー」とはこの程度のもので、所詮、コップの中の嵐なのだ。しかし、コップの中の嵐といえども、それが一国民の命運を左右するのであるから、空恐ろしい話だとも思った。百年の大計などないのだ。実のある政治指導者なら、「有害無益」の理由をもっと尋ねるべきであった。

 それに、「証言取消し要求」など、偽証ならともかく、理屈の上でもあり得ないことである。悲憤を抑えて私は述べた。

「自衛隊は(『自衛』のための武装隊ではなく)侵略軍と取られるでしょう」(野次あり)「人の話を静かに聞いていただきたい。どんなに言い張っても、現地の英字紙にはジャパニーズ・アーミーだと書いてある。憲法の枠内だの何だのというのは内輪の論議であって、米国同盟軍としかとられない。罪のない者を巻き添えにして政治目的を達するのがテロリズムと言うならば、報復爆撃も同じレベルの蛮行である」(野次と罵声あり)


【『医者、用水路を拓く アフガンの大地から世界の虚構に挑む』中村哲〈なかむら・てつ〉(石風社、2007年)以下同】


 私が道産子ということもあって鈴木宗男には好意を抱いてきたのだが、大幅な減点をせざるを得ない。この部分だけ読んでも、国会の証人喚問や参考人招致にはさほど意味がないことが理解できよう。所詮、駆け引きの道具でしかないのだ。


 中村は実務家である。伊勢崎賢治と同じ匂いを放っている。自分達にできることとできないことを見極め、やると決めたらどこまでも進んでゆく実行力に満ちている。


 2000年の時点で飲料用井戸は既に1600本も掘っていた。だが今度の計画は上流の川から用水路を引き込み、大地を緑に変えるという壮大な計画であった。長さは何と13kmである。しかも戦乱が続く中でこれをやり遂げようというのだ。2002年1月までに、ペシャワール会の呼び掛けで6億円の寄付金が集まった。


 厚い岩盤が行く手を阻む。部族間の紛争も絶えなかった。罵声を浴び、石を投げられてもあきらめなかった。日本にいる我が子には死が迫っていたが、それでも尚一歩も退かなかった。


 現にアフガン戦争中、前線でわが身をさらして弾除けになり、私を守ろうとした部下たちを知っている。人は犠牲の意義を感ずると、自分の生命さえ捧げることもあるのだ。更に、私の10歳の次男が悪性の脳腫瘍にかかり、死期が近かった。2回の手術に耐え、「あと1年以内」と言われていたのである。左手の麻痺以外は精神的に正常で、少しでも遊びに連れて行き、楽しい思いをさせたかった。だが、この大混乱の中、どうしても時間を割いてやることができない。可愛い盛りである。親の情としては、「代りに命をくれてやっても──」とさえ思う。この思いはアフガニスタンでも米国でも同じはずだ。それは論理を超えた自然の衝動に近いものである。旱魃と空襲で命の危機にさらされる子供たちを思えば、他人事と感ぜられなかった。


 何という男だろう。国会で中村に野次を飛ばした政治家どもとは、明らかに人間としての格が違う。中村の子はその後亡くなる。犠牲にしたものが大きければ大きいほど、アフガニスタンの民に寄せる思いは強靭なものとなった。


 襲い掛かる万難を退けて、大いなる用水路が遂に完成する。それを伝え聞いた人々がこの地に次々と戻ってきた。乾ききった砂漠に緑が戻ってきた──


 これほどの大仕事は、やはり初めてであった。

 雲ひとつない天空から灼熱の太陽が容赦なく照りつけ、辺りは乾ききっていた。そこに激しいせせらぎの音がこだまして、勢いよく水が注ぎ込む。

 これが命の源だ。例によって早くも駆けつけるのは、トンボと子供たちである。水のにおいを本能的にかぎつけるのか、トンボの編隊が出現したかと思うと、子供たちが寄ってきて水溜りを泳ぎ始める。水がめを頭に載せた主婦が立ち止まり、岩陰にかがんで水を汲む。この2年間、水路の先端が延びる度に目にした光景だが、今回は事のほか、強烈な印象を以って胸に迫るものがあった。

 自分の人生が、すべてこのために準備されていたのだ。

 水遊びする群の中に、10歳前後、どこかで見た懐かしい背格好の子がいる。あり得ないとは知りつつも、4年前に夭逝した次男ではないかと、幾度も確かめた。


 夭逝(ようせい)した子供もきっと快哉(かいさい)を叫んだに違いない。偉大な事業というものは、必ず偉大な人物によって成されるのだ。


 本書は用水路が完成したところで終わっている。しかしその後、ペシャワール会伊藤和也が何者かの手によって殺害された。中村は自分以外の日本人スタッフを全員帰国させた。彼は今日も険しい道を一人歩んでいるに違いない。

医者、用水路を拓く―アフガンの大地から世界の虚構に挑む


D


D

核弾頭が炸裂した瞬間


 問題はミサイルから外された核弾頭が、その後どのように使われるかだ。糠(ぬか)喜びに終わる懸念を払拭できない。


米ロ新核軍縮調印 7年内に『1550』を履行


 オバマ米大統領とロシアのメドベージェフ大統領は8日午後(日本時間8日夜)、チェコの首都プラハで、第一次戦略兵器削減条約(START1、昨年12月失効)に代わる新たな核軍縮条約に調印した。発効から7年以内に両国の戦略核弾頭の配備数をそれぞれ1550に制限する。世界の核兵器の約95%を保有する両国が核削減への歴史的協調を演出した。


東京新聞 2010-04-09


D

会話は支配する側に同調する


 人間の集団でも、いちばん自信たっぷりに振るまい、ほかのみんなの視線や同意を集める人はすぐわかる。そういう人は議論になることを少しもいとわないし、立場を明解にして意見を述べる。話す声は静かだが、全員がじっと耳を傾けること(さらにジョークに大笑いすることも!)を期待する。これらはわかりやすい手がかりだが、もっと微妙なものもある。人間の声は500ヘルツより低い周波数の部分は意味のない雑音と見なされていた。フィルターでそれより高い周波数の音をカットすると、言葉はすべて失われ、ハミングのような低い音しか聞こえないからだ。ところがその後の研究で、この低いハミング音は、無意識レベルで人間関係に影響していることがわかった。ハミング音の高さは人によってまちまちだが、会話をしているうちに、全員が同じ高さに落ちつくのである。しかもかならず、支配される側が、支配する側のハミング音に合わせるという。このことは、テレビのトークショー《ラリー・キング・ライブ》の分析から判明した。ホストのラリー・キングが、ジャーナリストのマイク・ウォレスや、女優のエリザベス・テイラーといった超大物と話すときは、キングのほうがハミング音を一致させた。反対にそれほどでもないゲストのときは、ゲストがキングに声を合わせたのである。キングの声に同調したのが明らかで、自信のなさがはっきりわかったのは、副大統領だったダン・クエールである。


【『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』フランス・ドゥ・ヴァール/藤井留美訳(早川書房、2005年)】

あなたのなかのサル―霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源

2010-04-08

米で警官殺害計画、キリスト教過激派団体9人起訴


 米国で「キリスト教戦士」を名乗る過激派武装グループ『フタリー』のメンバー9人が、警察官を殺害し、葬儀を爆破する計画をたてていたとして、扇動共謀罪、大量破壊兵器使用未遂罪、爆発物の使用方法を教示した罪、暴力的不法行為時の銃所持などで起訴された。同グループは米政府に対する武装蜂起を起こすことを標榜していた。

 3月29日に公表された起訴状によると、この武装組織『フタリー』は警察官を連邦政府の「歩兵」とみなし、またグループの信念に賛同しない者や、湾岸戦争終結後に当時のブッシュ大統領が提唱した「新世界秩序」に反対し、その支持者をすべて敵とみなしていたという。ウェブサイトの自己紹介欄では「我々は、預言者が語るようにある日、反キリストが現れると信じる。全てのキリスト者は、キリストが命令されたように、このことを覚え、それに備えなければならない」と記すほか、終末論的な世界観に基づいた文書を多数掲載している。

『フタリー』は少なくとも2008年から訓練を続け、警察官を殺害してその葬儀を手製爆弾で攻撃する計画を立てていた。計画実行後には複数の「結集地」の一つに退却、「政府に対して開戦し、仕掛け線や爆破装置のついた対人簡易爆発物や奇襲、構築した陣地などを使って徹底抗戦する」計画だったという。

 連邦捜査局(FBI)は、同グループが4月に「隠密偵察作戦」を予定しており、これを妨害する人を殺害する計画を立てていたため、9人が居住していたミシガン、オハイオ、インディアナの各州で強制捜査したと説明している。

 米国内のヘイトグループ(人種や宗教に基づく差別・排斥を扇動する集団)に関する調査を行っている人権団体『南部貧困法律センター』(SPLC)によると、2008年に149団体だった過激な反政府主義と陰謀論を掲げる過激派グループや武装民兵組織は、09年には512団体に増えている。


CJC通信 2010-04-05

木佐森吉太郎、ジョン・パーキンス


 1冊挫折、1冊読了。


 挫折25『新版 株式罫線の見方使い方 投資家のための戦略図』木佐森吉太郎〈きさもり・きちたろう〉(東洋経済新報社、1969年)/いまだに版を重ねている古典本。文章に独特の臭みがある。私は肌が合わない。テクニカルの基本について書かれているのだが、売り方vs買い方の兵法といった趣あり。日足チャートの物語としてはやや単純すぎやしないか? 「行き過ぎた解釈」というのが私の所感だ。マーケットがグローバル化した現在、どこまで通用するのか検証が必要だろう。


 51冊目『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』ジョン・パーキンス/古草秀子〈ふるくさ・ひでこ〉訳(東洋経済新報社、2007年)/一気読み。翻訳が非常にいい。「ヒットマン」とは殺し屋のことである。アメリカは10年に一度の割合で大きな戦争を仕掛け、米軍が破壊し尽くした後で、アメリカ企業が復興支援という名目で金儲けをする。ところがそれだけではなかった。最初に動くのはエコノミック・ヒットマンと呼ばれるビジネスマンなのだ。彼等が発展途上国のインフラ構築を売り込み、世界銀行やIMFからの融資を促す。目的は一つ。相手国を債務超過に追い込むことだ。政府首脳がどうしても聞き入れない場合は「ジャッカル」の登場となる。正真正銘のヒットマンだ。それが失敗すると最終手段として戦争が行われる。西水美恵子著『国をつくるという仕事』を読んだ人は必読。尚、ジョン・パーキンスは『Zeitgeist Addendum/ツァイトガイスト・アデンダム』にも登場している。

国際刑事裁判所(ICC)の設立に反対するアメリカ


 1998年にはローマで国際刑事裁判所(ICC)の設立が賛成120カ国、反対7カ国で採択されたが、これに反対票を投じたのがアルジェリア、リビア、カタール、イエメン、中国、イスラエル、そしてアメリカである。国際刑事裁判所とは集団虐殺等の非人道的な行為を犯した個人を裁くことを目的とする常設の国際機関だが、これに対しアメリカは「アメリカが支持できるのは国連の安全保障理事会が要請した案件のみを扱う裁判所だ」として反対した。安全保障理事会の決議ならアメリカは拒否権を有しているからである。「アメリカ政府が認めない限り、アメリカ人を裁くことは許さない」というこの態度は、世界中の人権擁護団体を激怒させた。さらに、ウィリアム・コーエン国防長官(当時)は、国際刑事裁判所の裁判権を制限したアメリカ案を支持するように、他国へ圧力をかけた。「アメリカ案に賛成しなければ、米軍はあなたの国の領土を守らない」と脅したのである。


【『世界反米ジョーク集』早坂隆(中公新書ラクレ、2005年)】

世界反米ジョーク集 (中公新書ラクレ)

『危険な歌 世紀末の音楽家たちの肖像』八木啓代(幻冬舎文庫、1998年)


危険な歌―世紀末の音楽家たちの肖像 (幻冬舎文庫)


 キューバ革命からペルー大使館人質事件まで、政情不安と経済難にあえぐ中南米の国々。しかしその一方で、ステップを踏んで人々は歌う。彼らにとっての歌とは癒しなのか、それとも武器なのか。メキシコ、キューバ、チリ……。あてどない放浪の道程と、アーティストたちとの心のふれあいを綴った、一人の日本人女性シンガーによる音楽紀行エッセイ。

2010-04-07

インテリジェンス小説


 あえてインテリジェンス小説の定義をすると「公開情報や秘密情報を精査、分析して、近未来に起こるであろう出来事を描く小説」である。


佐藤優

キリシタン4000人の殉教/『殉教 日本人は何を信仰したか』山本博文

 イエズス会フランシスコ・ザビエルによってキリスト教が日本に伝えられたのは1549年のこと。「以後よく伝わるキリスト教」と覚えている人も多いだろう。


 織田信長はキリシタンを庇護したが、豊臣秀吉は弾圧した。秀吉のバテレン追放令の原因には諸説があり、明らかではないが本書ではサン=フェリペ号事件を取り上げている。


 冒頭の章で遠藤周作の『沈黙』を取り上げ、史実との相違を検証している。


 16世紀といえば、既にヨーロッパでは魔女狩りの嵐が吹き荒れ、マルティン・ルターによる宗教改革が起こった頃である。


 イエズス会員は「教皇の精鋭部隊」と呼ばれていた。中世カトリック教会の修道会は数多く存在するが、教会による世界制覇の尖兵(せんぺい)といっていいだろう。宣教師は貿易の窓口となり、世界各国の状況をヴァチカンに報告していた。このような歴史もあって、現在に至るまでヴァチカンは高い諜報機能を備えているといわれる。

 本書には豊臣以降、16世紀から17世紀にかけて殺された4000人のキリシタンの点景がスケッチされている。殉教とは思想に殉じることである。人の死は、生と同じほど多様な姿がある。人が思想に生きる動物であるならば、人は思想のために死ぬことが可能だろう。しかしそれだけであれば、イスラム原理主義の自爆テロも立派な殉教になってしまう。


 殉教という言葉には隠れた錯誤があると思う。「思想のために死ねる」ということが、「死ぬほどの価値がある思想」と脳内で変換される。だが世界中の多くの信仰者は、偶然生まれた国家や家庭によって宗教を選択しているに過ぎない。つまり思想的吟味を経ていなければ、思想的格闘すらそこにはない。教義のために伴う自己犠牲を競い合っているだけではないだろうか。


 それにしても酷(むご)い。死刑や処刑は政治的判断で行われ、そこに政治的メッセージが託されている。有り体にいえば「見せしめ」だ。政治の目的は利益調整であると考えられているが、人を殺すこともまた政治である。国家という仕組みは自ずから外交・防衛というメカニズムが機能する。戦争に備えるのが政治の仕事である。


 処刑は、四人の死刑執行人によって行われた。二人が一組になり、処刑者の左右から脇腹に槍(やり)を二度突き上げていった。もう二人も、反対側から同様に処刑者の脇腹を突き上げていた。左脇腹から槍が入ると、槍の先は右肩に突き出、右脇腹から槍が入ると、左肩に槍の先が突き出た。

 そして最後に、四人の死刑執行人がそろってバプティスタの十字架の足もとへ来た。この場面も引用しよう。


 パードレは双方の眼をじっと天に注(そそ)いで、顔をまっすぐにしていた。そこでジョアン半三郎(はんさぶろう)が合図をすると、彼らはパードレに二本の槍を突き刺したために、全身をふるわせつつ、霊を主に捧げたのであるが、しかも双の眼も面(かお)も天に向けて、そのままの姿であった。誰もかれもこっちでも泣き声、そっちでもすすり泣き、あっちでも涙という有様で、検視役すらも、このむごたらしい有様を見まいとして、彼らに背を向けたほどであった。そして五十二の血潮の流れが、聖(きよ)き殉教者のからだから流れおち始めたが、ポルトガル人たちと、いく人からの日本人とは散々に棒でたたかれたかわりに、死刑執行者どもの間にたち混って、この血潮の流れを手に受けた。しかもこのポルトガル人とその仲間の連中はたくさんの涙まじりの血を懸命に手に受けようとしたのである。


 二十六聖人の殉教は、このように多くの信者や民衆に守られながらのものだった。秀吉の意図は見せしめであったが、バプティスタらの立派な最期は、信者には信仰への確信を、信者でない者には驚きを与えた。


【『殉教 日本人は何を信仰したか』山本博文(光文社新書、2009年)】

「日本においてこれほど多数の殉教者が出たのは、武士道のメンタリティと響き合っているためではないか」と山本は書いている。ただ、それを判断するには本書の材料は少な過ぎる。


 キリシタン取り締まりの御触れが出るや否や、信者はこぞって名乗りを上げる。明らかに異様な光景だ。殺されることがわかっていながら嬉々として「我こそは!」と現れるのだ。あまりの人数の多さに処刑者の数を減らさざるを得なかったこともたびたびだったという。


 どこからどう見ても、「死に急いでいる」ようにしか映らない。そこに当時の人々が抱える絶望が透けて見えるような気がする。生き甲斐や幸福を見出すことができない社会状況に置かれれば、あとは「名を残す」ことくらいしか選択肢がなくなるのではなかろうか。しかも、「天国」が約束されているのだ。


 慶長13年12月6日、加藤清正の命令により、牢に入れられていたジョアンとミゲルが処刑されることになった。清正の家臣稲田重右衛門(じゅうえもん)に処刑を告げられた二人は、地面に跪き、天に向かって両手をあげ、感激の涙を流しながらデウスの慈悲に感謝した。

 ミゲルの息子で12歳のトメと、ジョアンの息子で6歳のペイトロも同時に処刑されることになった。まだ幼い者たちの殉教は痛ましいものに見えるが、日本年年報には、「彼らにとっての最高の喜びは──これもデウスが彼らに授け給うたものだが──彼らそれぞれの一人息子たちがともに信仰のために父と同様、死罪を宣告されたことであった」と記されている。殉教は、まさしく神の栄光だったのである。

 刑場では、首切り役人がまずミゲルの首を切り落とし、次いでトメの首を切った。ジョアンの首も切り落とされた。

 ペイトロは遅れて刑場に連れられてきた。彼は、落ち着き払って父親の遺体を探し、父の血が流れている場所に跪いて静かに祈りを捧げた。首切り役人が刀を抜いて近づくと、彼は頭をあげて両手を高く掲げ、首を差し出した。

 この態度には首切り役人も感動し、「自分にはこのように汚れのない子供を殺せるような勇気はない」と尻込みした。もう一人の首切り役人も同様だった。そのため、ペイトロが処刑を待ち続けているのを憐(あわ)れんだ別の者が、その首を切った。

 いまだ全国的な禁教令は出されておらず、清正も信仰を放棄すれば許すつもりだった。しかし彼らは、牢にいるときから、この処刑の日を待ち望んでいたのである。彼らに唯一の心残りがあるとすれば、キリストと同じような十字架上の死ではなかったことぐらいだろう。


 6歳の幼児が首切り役人を感動させたというのだ。ここには確かに武士道との共感を見て取ることができよう。それにしても、言葉を覚えるのが3歳としても、わずか2〜3年で子供をこんなふうに育てられるものだろうか。


「死を恐れない姿」だけ見れば感動的だ。だが、私は言いようのない違和感を覚える。「じゃあ、お前に同じことができるのか?」と問われれば、もちろんできるはずもない。宗教というものは、死を物語化することで、生に意味を与えるものだ。だとすれば、宗教の第一義は「生きる」ことにあるべきだ。殉教を標榜し、人々を「死に向かわせる」教義があるとすれば、それは邪教と呼ばれて然るべきだと私は考える。


 ここは微妙ではあるが、正確に見極めなくてはならない。「迫害を恐れないこと」=「殉教」ではない。最後の最後まで生の炎を赤々と燃やすことを宗教は教えるべきなのだ。であるがゆえに、私は死後の幸福を約束する宗教は、全部インチキであると思う。


 とはいうものの、何をどのように考えたところで、彼等の死という歴史的事実が私の心を打ってやまない。十字架に磔(はりつけ)にされ、燃え上がる火に包まれながら微笑みながら死んでいったキリシタンもいたのだ。


 その崇高さが反動となって、キリスト教国は世界史において暴力の限りを尽くした。キリスト教の恐るべき二面性が現れている。

殉教 日本人は何を信仰したか (光文社新書) 沈黙 (新潮文庫)

氷のナイフ


「シャンクがほしいんだけど……」

 シャンクとはナイフのことだ。彼は薄目を開けてこちらを見た。

「どんなシャンクがほしいんだ」

「護身用の短剣をくれ」

「予算は」

「40ドル」

「ふーん、それで材質は」

「えっ、鉄以外にあるのか」

「いろいろあるよ。アルミニウム、プラスチック、セラミック。それから紙や氷のもある」

「紙と氷のシャンクだって」

 武器屋は想像もつかないようなナイフを作る。

「一番安いシャンクは20ドルの紙ナイフだ。これは新聞紙と歯磨きペーストで作る。新聞紙を水に濡らして、それを歯磨き粉で固める。乾燥させればできあがりだ。紙だといって馬鹿にするなよ。ナタのように切れ味は鋭いからな。氷のシャンクは特別注文で50ドルだ。鋳型の中に塩水を流し込んで製氷機に入れておくと立派なシャンクができる。要するにつららのナイフだな。このナイフで相手を刺すと、溶けて証拠が残らない。これは、殺しのタイミングまで計算に入れておく必要があるから作るのは非常に難しい。わしは昔、フォーソンの刑務所にいたが、そこでは氷のナイフを使って何件も刺殺事件が起きたよ」


【『アメリカ重犯罪刑務所 麻薬王になった日本人の獄中記』丸山隆三〈まるやま・たかみ〉(二見書房、2003年/ルー出版、1998年『ホテルカリフォルニア 重犯罪刑務所』を加筆訂正)】

アメリカ重犯罪刑務所―麻薬王になった日本人の獄中記 ホテルカリフォルニア 重犯罪刑務所

2010-04-06

米軍ヘリが記者を銃撃、当時の映像がネットで公開に


 イラクで2007年、ロイター通信のフォトジャーナリスト2人が米軍のヘリコプターに銃撃される場面を映したとされる映像が5日、インターネットで公開された。2人のうち1人は、救出されてワゴン車に乗せられるところで再度銃撃され、死亡したとみられる。

 この事件は07年7月、イラクの首都バグダッドで米陸軍ヘリがロイター通信のフォトジャーナリストを武装集団だと思い込み、この2人を含む12〜15人を射殺したとされる。

 今回の映像は上空から撮影されたもので、匿名で提供された文書や映像などの資料を公表しているウェブサイト「WikiLeaks」に掲載された。地上にいる数人が機関銃で撃たれ、フォトジャーナリストとみられる1人が死亡。また、負傷した様子で路上に横たわっていたもう1人のフォトジャーナリストとみられる男性が、数人に助けられてワゴン車に運び込まれるところを再度銃撃を浴びる様子も映っていた。

 米国は当時の調査で、ヘリコプターの兵士がフォトジャーナリストの持っていたカメラを武器と勘違いして射撃したと結論付けている。陸軍広報は5日に出した声明で改めて「部隊は2人の記者がいることに気付かなかった」と釈明、「罪のない命が失われたことは遺憾だが、この件については直ちに調査がなされ、事実を隠蔽しようとしたこともない」と述べた。

 非営利組織(NPO)のジャーナリスト保護委員会によると、イラクの戦争では7年間でジャーナリスト139人が死亡し、そのうち約120人をイラク人記者が占めている。


CNN 2010-04-06

D

六道輪廻する世界/『英知の探求 人生問題の根源的知覚』J・クリシュナムーティー


三界(さんがい)は安きことなく、なお火宅のごとし」(『法華経』譬喩品〈ひゆぼん〉)と。そして人類は六道輪廻(ろくどうりんね)のスパイラルから抜け出すことができない。


 1970年にスイスのザーネンで行われた講話と討論会が収められている。クリシュナムルティはミステリ以外の本を読むことがなかったが、世界の現状と動向を卓越した表現で鮮やかに切り取ってみせる──


 この世の中は混乱と暴力ですさまじいものになっていて、「社会改革」、「異なる真実性」、「人間の偉大な自由」などを求めてさまざまな反乱が起きています。あらゆる国、あらゆる地方で平和の旗のもとに暴力がふるわれ、真理の名のもとに暴君と貧困があり、多くの人びとが飢えています。そしてその暴政のもとに抑圧と社会不正が行なわれ、戦争、徴兵、懲役拒否などがあり、憎しみは正当化され、あらゆる現実逃避が生活の標準として認められています。これらすべてに気づくと、人は、その行動、思考、遊びに混乱を感じ、迷います。「どうしたらよいのだろうか? 活動家の仲間に入るべきか。精神的孤独の中に逃げ込むべきか。古い宗教観念に戻るべきか。新しい組織をつくるべきか。個人的な先入観や好みを維持し続けるべきか」と考え、いかにしたら別の人生を送れるかを知りたがるのです。(1970年7月16日)


【『英知の探求 人生問題の根源的知覚』J・クリシュナムーティー/勝又俊明訳(たま出版、1980年)以下同】


 原稿なしでこれほどの言葉が溢れ出るのだから凄い。去る土曜日にDVDを観たが、何かに衝き動かされるように話す姿が忘れようにも忘れられない。クリシュナムルティは講話の際に自分のことを「話し手」(speaker)と呼ぶ。彼の声帯と身体は文字通りスピーカーと化して、真理の共鳴音を発している。そしてそこには「完全なる対話」が存在した。


 改革とは、伝統の上に装飾される変更のことである。ケーキのスポンジはそのままで、クリームの色や果物の種類を変える程度の変化に過ぎない。すなわち古い伝統は維持される。つまり改革が本質的な変化を促すことはないのだ。


 特に我々日本人は極端な変化を嫌う民族性がある。徳川300年の名残りなのかもしれぬ。天下泰平、ぬるま湯、日向ぼっこ……。


 そしてクリシュナムルティは常に両極端を提示することで、聴衆を全体的な視野へと誘(いざな)う。例えば「戦争、徴兵、懲役拒否」だ。反戦の立場を選択したとしても、社会に取り込まれている場合がある。反戦運動は国民のガス抜きとなる。革命の懸念が生じないうちは、権力者も反戦運動を容認する。民主主義に反対意見は不可欠であるからだ。


 大体、多くの反戦運動はムードだけである。運動の実効性よりは、参加することに意義があるような節も窺える。口先だけの平和が、戦地で殺される人々の耳に届くことは決してないだろう。


 この問いかけは普遍性をはらんでいる。いかなる時代、どんな国家に住んでいようと、同じ不安、同じ迷い、同じ恐怖を感じる人々がいるはずだ。


 なぜ人類はいつまでも同じことを繰り返すのであろうか? それは我々が条件づけに支配されているからだ──


 問題は、人間の頭脳はまるで同じ曲を何度も流しているレコードのように、古い習慣の中で働き続けているということです。その雑音(習慣)が鳴り続けている間は、何も新しい曲を聴くことができません。頭脳は今日まで、一定の方法で考えたり、その文化、伝統、教育に従って反応するように条件づけられてきました。ですから、その頭脳が新しいものを聞こうとしても無理なのです。そこがわたしたちにとって難しいところです。テープに録音されたものは、消して新たに録音することができますが、頭脳というテープに長いあいだ記録されたものを消して新たに録音することは、とても難しいことなのです。わたしたちは、同じ形式、同じ理想、同じ物理的習慣を何度も何度もくり返しているので、何ひとつ新鮮なものがつかめないのです。

 しかし、人間はその古いテープ、古い思考方法、感覚方法、反応方法、無数の習慣を払いのけることができることを私は保証します。本当に注意を払えばそれができるのです。とてもまじめに聞いていれば、聞くことに夢中になり、その真の鑑賞行為が古いものを払いのけます。試してごらんなさい。いや、そうしなさい。(1970年7月16日)


 これこそが六道輪廻の原因なのだ。人類は戦争とバブル(好況)を繰り返す。つまり暴力と金だ。これこそが資本主義を支えているルールである。


 教育は条件づけの最たるものであり、洗脳といってよい。我々は長ずるに従って、教えられ、与えられた価値観に束縛される。そもそも社会で生きること自体が、社会のルールに額(ぬか)づいていることになる。


 であるがゆえに、我々は絶対に「魂の自由を目指せ」とは教育されない。我慢し、努力し、周囲の役に立つよう誘導される。「働く」とは「はた(傍)にいる人々を楽にすることである」ってなもんだ。アウシュヴィッツ強制収容所の門には「働けば自由になれる」と書かれていた。


 クリシュナムルティは「古いテープを払いのけることができる」と断言している。自分の思考を観察するには、思考から離れる必要がある。なぜなら観察するには距離が必要なためだ。これは「欲望から離れよ」と説いたブッダと完全に一致している。


 分断された心が世界の混乱となって現れている。とすれば、火宅(かたく)は私の内側に存在するのだ。観察と傾聴によって心が統合された時、我々は「生の全体性」を初めて知ることができる。

英知の探求 人生問題の根源的知覚

J・クリシュナムルティ


 1冊読了。


 50冊目『瞑想と自然』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1993年)/クリシュナムルティ28冊目の読了。抄録と思われるが実に読みやすかった。違和感を覚える翻訳も見受けられない。何と『学校への手紙』の第2巻(日本語未訳)から二つのテキストが掲載されている。いくら何でも200ページ余りで2060円というのは高すぎる。出版社は最初っから売れないと思っていたのだろうか。

灰色の雰囲気


 奇妙なことだが、一人の人物が生命力と興奮で室内を満たすことがある。そしてその反対の人物もいて、このご婦人もそうだった。エネルギーや楽しさを消し去り、喜びを干上がらせたあげく、そこから何も吸収しないのだ。こうした人々は周囲に灰色の雰囲気をたちこめさせる。


【『チャーリーとの旅』ジョン・スタインベック竹内真訳(ポプラ社、2007年/大前正臣訳、弘文堂、1964年)】

チャーリーとの旅

2010-04-05

「孤憤」Tha Blue Herb


 凍死するほどクール! ILL-BOSSTINO/BOSS THE MCは偉大なるアジテーターにしてミスター挑発だ。これを聴いて何とも思わない男は生きている価値がない。次から次へとケツに針を刺されているような気分になってくる。


D

STILLING STILL DREAMING

幼児虐待という所業/『囚われの少女ジェーン ドアに閉ざされた17年の叫び』ジェーン・エリオット

 ジェーン・エリオットは4歳の時から17年間にわたって義父から虐待され続けた。はっきりと書いておこう。私は読んだことを悔(くや)んだ。鬼畜の所業を想定していたものの、これが実際に起こったこととは思いたくなかった。押し寄せる苦痛が「なぜ俺は、イギリスにいなかったのだ?」と我が身を苛(さいな)む。


 私は若い頃から死刑制度には反対する立場を貫いているが、幼児虐待と強姦は死刑にして構わないと思っている。道義的なことはもちろんのこと、進化論的に考えても真っ先に淘汰されて然るべきだ。いかなる心理的抑圧や社会的プレッシャーがあろうとも許されるべきことではない。


 しかし、だ。私がいくら叫んだところで幼児虐待がなくなることはないだろう。とすれば、何らかのセーフティネットをつくるしかない。幼児駆け込み寺というのは効果がないだろう。具体的に考えると幼児を訪ね、面接調査するくらいしか浮かばない。


 あるいは「親となる」ことを免許制度にするとか。妊娠が明らかになった時点で、産婦人科医から警察への連絡を義務づける。警察からの報告を受けた「ペアレント育成協会」(仮称)がペアレントマスターを派遣。親となる者は出産するまでに100時間の講習を受ける。出産後、1年間の実地研修を経て「親」にするかどうかを決定する。


 これくらいやらなきゃしようがないだろうよ。でも、ひょっとすると幼児虐待というのは人類が滅亡する予兆なのかもしれない。


 まだ若い母親が再婚する。その直後から虐待が始まった──


 わたしが家のなかに飲み込まれ、外界から見えない存在になった瞬間から、リチャードはわたしへの嫌悪感をむきだしにした。母が見ていないときはいつも、すれちがうたびに叩いたり、つねったり、蹴りを入れたり、束(たば)ごと抜けそうになるくらい強く髪を引っ張ったりした。万力(まんりき)を握るようにわたしの顔をぎゅっとつかみ、唇をゆがめ、わたしのことをどんなに憎んでいるかを耳もとでささやくのだ。

「虫唾(むしず)が走るんだよ、色つき女」リチャードがつばを吐きかけた。「おまえが戻ってくるまでなにもかもうまくいってたんだ。このくそアマ! 不細工な顔しやがって」

 リチャードは黒人やアジア人に対する憎悪をむきだしにしていた。彼は、黒髪でオリーブ色の肌をしているわたしを、心の底から嫌っていた。人種差別主義者の偏見を名誉の印のようにふりかざす彼にとって、「色つき女」という呼び名は、彼が思いつくなかで最低の悪口だった。


【『囚われの少女ジェーン ドアに閉ざされた17年の叫び』ジェーン・エリオット/真喜志順子〈まきし・よりこ〉訳(ソニー・マガジンズ、2005年/ヴィレッジブックス、2007年)以下同】


 ここに虐待傾向のある人間の特徴が出ていると考えていいだろう。すなわち、人種差別傾向の強い者は幼児を虐待する可能性が高いということだ。声高に国粋主義を主張する者、不要なまでに中国人や朝鮮人を蔑視する輩、自分より能力の劣る者を小馬鹿にする人物──こんな連中は幼児虐待予備軍といってよさそうだ。


 当然ではあるが、このリチャードというクソ野郎は生まれつきのレイシスト(人種差別主義者)ではなかったことだろう。つまり、親がそのように教育したわけだ。それが証拠に、リチャードの母親もジェーンをつねったり、叩いたりしている。後年謝罪しているが、謝って許されることではない。


 その上リチャードは人格障害者特有の巧みな支配性を発揮していた──


 そして、母と口論を始め、わたしが見ているまえで母をさんざん殴りつけるのだ。

「おれと母さんがけんかするのは、ぜんぶおまえのせいだ」リチャードが何度もそう言うので、わたしもそうなのだと思い込み、自分を強く責めた。いつもリチャードの命令に従い、微笑(ほほえ)み、感謝しなければ、母もわたしも痛めつけられるのだ。


 5歳、6歳くらいの幼児であれば、あっさりとこうした価値観を受け入れてしまう。他の価値観を持っていないため反論することが不可能なのだ。暴力は罰と化し、子供は自分自身を責めるようになってしまう。


 ジェーンは小学生の頃から、リチャードのマスターベーションを手伝わせられる。挙げ句果てには肛門まで舐(な)めさせられる。こうしたことが日常的に行われた。これだけで死に価する行為だ。


 そして計算し尽くしたように、ジェーンがボーイフレンドと初体験するのを待ってから性行為を強要するようになる。


 暴力を振るわれたジェーンの母親が、カーペットの上にまき散らされる精液に気づかなかったはずがない。明らかにこの母親は病的なまでに依存心が強いことが窺える。ジェーンはこうして21歳まで虐待され続けた。学校では常に人気者となり、社会人となってからも上司に可愛がられた彼女は地獄の中で生き続けた。


 ジェーンは未婚の母となり、その後別の男性と結婚をする。彼女は義父を訴える決意をした。夫にも全てを話した。そして遂に警察に被害届を出す。


 わたしの作業を手伝いながら、マリー(婦人警官)がいった。「この書類をつくったのは、うちの部署で20年もタイピストをしている女性なんだけど、タイプをしているうちに涙が止まらなくなって、途中で部屋を出ていってしまったのよ」」


 立証が困難と思われたが裁判の結果、この手の犯罪では最も重いとされる懲役15年の刑が下された。17年間虐待し続けた男が15年の刑というのは明らかに割に合わない。


 裁判の間も強迫行為が続けられ、ジェーン側の証人となってくれる人も限られた。だがジェーンは勝った。


 これで終われば最低限のハッピーエンドだった。しかし、そうではなかった。ジェーンの母親の言葉によって読者はどん底に突き落とされる。そして我々は、暴力による反射として更なる暴力へと駆り立てられるのだ。


 果たしてその後、ジェーンの夫はこうした事実を受容できただろうか? 嵐のような葛藤に襲われたことは疑う余地もない。心がボロボロになり、打ちのめされ、奈落の底に沈んだことだろう。なぜならジェーンに振るわれた暴力が、そのまま夫の心に振るわれる暴力と化すためだ。


 二人の幸せを祈らずにはいられない。その程度のことしか私にはできない。私の中で無力と暴力が荒れ狂っている。

囚われの少女ジェーン―ドアに閉ざされた17年の叫び (ヴィレッジブックス)

日経新聞電子版始動、しかし個別記事へのリンクを禁止、違反者に損害賠償請求も示唆


 日経新聞の自殺行為。社を牛耳っている年寄り連中を追い出さなきゃ変わりそうにない。

T-Mobileの巻き込み型プロモーション


 ドイツテレコムの子会社T-Mobileによる大掛かりなプロモーション。「立つ鳥跡を濁さず」といった終わり方が素晴らしい。


D


D

「空」の語意

 次に「空」という語の意味を考えてみよう。「空」という漢字は、サンスクリットの形容詞「シューニヤ」(sunya 空なるもの)と抽象名詞「シューニヤター」(sunyata 空なること、空性)との両方の訳語として用いられる。抽象名詞である場合は「空性(くうしょう)」と訳す場合も多い。また「シューニヤ」という語はゼロを意味するが、現在のヒンディー語でも「シューニヤ」はゼロの意味に用いられている。

「空」という漢語の意味の一つは、すいているということだ。例えば「今日は電車がすいていた」という。これは客車の乗客が少なかったことをいう。また、「腹がすいた」というときは、腹自体がないのではなくて胃の中にあるべきものがないことをいう。入れ物であるyの中にあるべきxがないのが「空」という漢語の基本的意味なのである。


【『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵(講談社学術文庫、2003年)】

空の思想史―原始仏教から日本近代へ (講談社学術文庫)

2010-04-04

一条真也、池上彰


 1冊挫折、1冊読了。


 挫折24面白いぞ人間学 人生の糧になる101冊の本』一条真也(致知出版社、2007年)/致知出版社の礼賛本。安岡正篤〈やすおか・まさひろ〉、渡部昇一の作品がずらりと並んでいる。これだけで手垢(てあか)にまみれた保守系道徳の香りが漂ってくる。殆ど読まずに閉じる。


 49冊目『そうだったのか! 現代史 パート2池上彰ホーム社、2003年/集英社文庫、2008年)/中東、チェチェン、北朝鮮、インドvsパキスタン、スーチー女史、チェルノブイリなど。このシリーズはもっと続けて欲しいもんですな。アメリカの核開発に関する記述で、「アインシュタインが手紙を送った」とあるがこれは間違いで、実際は署名をしただけである。

すべての戦争に対する責任は、われわれ一人一人が負わなければならない/『自己変革の方法 経験を生かして自由を得る法』クリシュナムーティ

    • すべての戦争に対する責任は、われわれ一人一人が負わなければならない

 2年前、レヴェリアン・ルラングァの『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』を読んだ。ページを繰りながら身体中の血管を怒りという怒りが駆け巡った。


 隣人のフツ族に略奪され、レイプされ、多数の釘が打ち込まれた棍棒で殴られ、幼い子供は手足を切り取られたまま放置された。少しでもツチ族が長く苦しむようにとマチェーテ(山刀)で切り刻まれた。3ヶ月間で殺された数は100万人に及んだ。


 ルワンダはイギリスとフランスに蹂躙(じゅうりん)されていた。大虐殺が始まってからもフランスはフツ族に加担した。国連は無視した。そしてアメリカがルワンダ救援を阻止した。


 アフリカ大陸は憎悪に包まれている。先祖は奴隷にされ、今もなお貧困に喘いでいる。資源という資源はヨーロッパに奪い尽くされ、あとは野となれ山となれってわけだ。ゴミステーション以下の扱いといっていいだろう。


 人間は憎悪に駆り立てられると、いくらでも残虐な真似ができる。ルワンダがそれを教えてくれた。


 大虐殺に至る憎悪は、情報によって操作されているのが常だ。それは親から子へ、教師から生徒へ、老人から若者へと伝えられる。しかも客観的な事実ではなく切り取られた感情が増幅して伝えられる。不慮のアクシデントに見舞われれば、全部「あいつらのせい」となる。憎しみの種は、芽を出し、やがて太い幹へと成長する。


 傷つけられたプライド、へし折られた鼻はいつだって報復の機会を窺っている。それが100年前の話だろうとも。


 こうやって人間は互いに殺戮(さつりく)を重ねてきた。世界は混乱したままだ。何ひとつ変わっていない。忘れた頃に再び殺し合いが始まることだろう。


 この悪しき連鎖に終止符を打つことは可能なのか? 世界を変えることはできるのか?


 外部の社会構造は内部の心理的構造の生みだした結果である。というのは、個人そのものが人間の経験と知識ならびに行為の全体を集約したものの結果だからである。われわれ一人一人がすべての過去を貯蔵した倉庫である。個人は、その一人一人がみな人類の一員たる人間なのである。人間の歴史のすべてがわれわれ自身の中に記録されているのである。


【『自己変革の方法 経験を生かして自由を得る法』クリシュナムーティ著、メリー・ルーチェンス編/十菱珠樹〈じゅうびし・たまき〉訳(霞ケ関書房、1970年)以下同】


 確かにルワンダ大虐殺は私の心に記録された。刻み込まれて消えることはない。胸の中にはフツ族への憎悪が脈打っている。そしてイギリス、フランス、アメリカ、国連に対しても。


 だがそれでは、結局同じことの繰り返しにしかならない。私がフツ族を殺し、フツ族の家族が私の家族を殺し、暴力の輪は無限に拡散してゆく。


 すべての戦争に対する責任は、われわれ一人一人が負わなければならない。それは、われわれの内部にある攻撃性、国家主義、利己主義、もろもろの神々、偏見そして理想が、多くの分裂の原因となっているからである。われわれは日常生活の中で世界各地で起こっている悲惨な事件に関与しており、戦争や分裂、そしてまた、醜悪さと残虐性と貪欲にみちみちたこの恐ろしい社会の一部を形づくる存在であり、それゆえにこそあなたと私が現代のさまざまな混沌のすべてに対する責任を有することを知的にではなく、われわれが空腹や苦痛に対して抱くのとまったく同じ現実感をもって理解するときにはじめてわれわれは行動を起すのである。


 日常に潜む私の小さな蔑(さげす)み、嘲笑、無責任、嘘、インチキ、デタラメ、不親切、心ない言葉……これがルワンダにまでつながっていたのだ。もちろん、パレスチナにも通じている。


 つまり、私と私の周囲にしか世界は存在しないのだ。六次の隔たりがそれを証明している。世界の実態はスモールワールドなのだ。


 争いの絶えない世界で、平和に生きることは実に困難だ。それは意志でもなく、声高な主張でもない。自らの内部に完全な静謐(せいひつ)を湛(たた)えることだ。クリシュナムルティが示したように。私が変われば、即座に世界も変わるのだ。

自己変革の方法 経験を生かして自由を得る法

大激怒&ブチギレ動画集 教師編


 韓国は儒教文化に支配されているため、生徒は逃げることも反撃することもできない。


D

人生はロールプレイングゲームだ


 こうして見ると、パソコンのRPGは、研修のロールプレイング(「ロープレ」と言ったりする)とはまるで違うもののように見える。が、実際のところ、「疑似体験」という点で、両者は共通している。架空の企業の社長になって采配を振るうのであれ、勇者バルモアとなって地下帝国を探検するのであれ、「ふだんは経験できないことを疑似体験する」という意味では同じことなのだ。

 いや、むしろここはひとつ、

「人生は、ロールプレイングなのだ」

 と極論した方がいっそ正解かもしれない。

 なぜって、仮に、ある人間が誰かの息子であり、ある会社の営業係長であり、同時に、誰かの夫であり、なおかつある人間の父親であるのだとしても、それらの立場のひとつひとつは、結局のところ、役割に過ぎないからだ。

 そう。現実の世の中では、課長は、常に課長らしく振る舞わなければならない。同じように男は男らしく、女は女らしく、中学生は中学生らしく振る舞うことを常に強要される。しかも、それらの「らしさ」は、すべて不特定多数の他人が決めることになっていて、だれもそれらに逆らうことはできないのだ。

 きっと、そうだからこそ、我々はRPGに熱中するのだ。我々は、自分の現実の中で実行できないことを、もっぱら想像の世界や、ゲームのディスプレイの中で実現しようとしているわけなのだ。


【『パソコンゲーマーは眠らない』小田嶋隆朝日新聞社、1992年/朝日文庫、1995年)】

パソコンゲーマーは眠らない(単行本)


パソコンゲーマーは眠らない(文庫本)

2010-04-03

陸軍中野学校の勝利と敗北を体現した男/『たった一人の30年戦争』小野田寛郎

 1972年(昭和47年)1月24日、横井庄一グアム島で発見された(画像)。帰国した横井は「恥ずかしながら帰って参りました」と語った。


D


 それから2年後の1974年3月10日、今度はフィリピンのルバング島で小野田寛郎がフィリピン軍に投降する。戦後29年目のことであった。


 実はこの二人には大きな相違があった。横井は川でエビを採っていたところを地元の猟師に発見され、住んでいた洞窟から救出された。これに対して小野田は戦争が続いているものと確信し、所期の任務を遂行していたのだ。戦後、幾度となく捜索が行われたにもかかわらず、小野田は米軍による偽装行為であると思い込んでいた。接触に成功した鈴木青年のことも小野田は全く信用していなかった。最終的に谷口元少佐が現地を訪れ、新たな命令を口達(こうたつ)し、武装解除、投降に至るのである。


 小野田寛郎は足掛け30年もの長きにわたり、たった独りで戦争を続けていたのだ。


 初めは4人で行動していた。終戦から4年後に一人が逃亡した。9年後には一人が射殺された(島田庄一)。そして盟友の小塚金七も1972年に射殺された。それでも小野田はルバング島の動向を掌握し、日本軍がやって来ることをひたすら信じた。何が彼をしてそこまで駆り立てていたのだろうか。


 私はこの“戦後30年”、必死で、人の2倍のスピードで人生を生きてきた。

 帰還の記者会見で「30年のジャングル生活で、人生を損したと思うか」と聞かれ、「若い、意気盛んな時期に、全身を打ち込んでやれたことは幸福だったと思う」と答えた。


【『たった一人の30年戦争』小野田寛郎〈おのだ・ひろお〉(東京新聞出版局、1995年)以下同】


 二十歳(はたち)の小野田は中国語に堪能であったことから、陸軍中野学校二俣分校で訓練を受けることとなる。


 当時、陸軍には校名を見ても内容がわからない学校が二つあった。「中野学校」と「習志野学校」である。この二校だけは、陸士や歩兵学校、通信学校などと違って、参謀総長の直轄であった。

 わかりやすくいえば、中野学校はスパイの養成機関、習志野学校は毒ガス、細菌戦の専門家教育である。「こりゃ、えらいところへ回された」というのが、私の正直な気持ちだった。

 中野学校の教育方針は「たとえ国賊の汚名を着ても、どんな生き恥をさらしてでも生き延びよ。できる限り生きて任務を遂行するのが中野魂である」というものだ。


 通常、軍人であれば捕虜となった時点で「負け」を意味する。戦陣訓には「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」と謳われていた。しかし諜報活動を行う中野出身者は違った。捕虜になっても尚、敵軍の情報を収集し、チャンスがあれば偽情報を流すことも可能であった。スパイにとって最大の仕事は「報告すること」である。死ぬことは絶対に許されなかった。


 校風は当時では考えられないほど自由奔放で、国体を批判しようが、八紘一宇(はっこういちう)を疑おうがおとがめなし。むしろ「天皇のために死なず」という気風すらあった。

 自分たちが命を捧げる対象は、天皇でもなく、政府、軍部でもなく、日本民族である。民族を愛し、民族の捨て石となって喜んで死ぬことができるか──を問うた。

 こんな精神教育の上に立ち、命も名もいらぬ人間として諜報技術を叩き込まれた。

 軍人の規範とされた戦陣訓には「恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思い、愈々(いよいよ)奮励してその期待に答うべし。生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿(なか)れ」とある。

 しかし中野学校では、「死ぬなら捕虜になれ」と教えた。捕虜になって敵に偽情報をつかませるのだ。そのため“擬装投降”という戦術まであった。

 だが、功績を認めてくれるのは組織上層部だけで、世間には汚名を着せられ、人知れず朽ち果てていく。これが秘密戦士の宿命であった。

 では、秘密戦にたずさわる者は、いったい何をよりどころにすればいいのか。中野学校はこれをひと言で表現した。

「秘密戦とは誠なり」である。


 中野教育は一種のエリート教育であったと考えるべきだろう。一般の軍隊よりも一段高い視点から戦争を捉えていることからそれが窺える。ただし、功に生きることは許されない。飽くまでも黒子であり忍びという存在に徹することが求められる。


 中野の訓練は、「一を見て十を知る」という観察眼に重きが置かれた──


 たまに教官と浜松の街に外出するのも、息抜きでなく“候察”(こうさつ)の実地教育である。

 ある工場の前を通った。煙突から黒煙や黄色い煙があがっていた。

「工場の使用燃料は何か?」「何を生産し、その数量は?」「従業員数は何人か?」

 教官から矢継ぎ早に質問がとぶ。私たちはしどろもどろだった。

 候察ではメモは一切禁止されていた。敵に捕まったとき、証拠を残さないためだ。私はルバング島の30年、この習性で一切メモはとらず、日にちから行動まですべてを頭の中に記録してきた。


 そして小野田に命令が下された──


 私への口頭命令は次のようなものであった。

「小野田見習士官は、ルバン(グ)島へ赴き同島警備隊の遊撃(ゲリラ)戦を指導せよ」

 この命令が、以後30年、私の運命を支配することになる。


 更に付け加えられた──


 小柄で、温和な風貌をした横山師団長は、私にじっと目を注いで静かな口調で命令した。

「玉砕は一切まかりならぬ。3年でも、5年でもがんばれ。必ず迎えに行く。それまで兵隊が一人でも残っている間は、ヤシの実をかじってでもその兵隊を使ってがんばってくれ。いいか。重ねていうが、玉砕は絶対に許さん。わかったな」


 この言葉が小野田を30年間支配したのだ。そして百数十回にわたる戦闘を展開した。


 1972年の捜索には小野田の家族も参加し、拡声器で呼び掛けている。小野田は至近距離から確認した。にもかかわらず小野田は姿を現さなかった。なぜか? それは諜報戦に身を投じた者の宿命であった。小野田はあらゆる情報を「疑う」習性に取りつかれていたのだ。


 小野田寛郎こそは、陸軍中野学校の勝利と敗北を体現した男だった。何という運命のいたずらか。


 彼の30年間を「単なる勘違い」と嘲笑できる人物は一人も存在しないことだろう。彼が不幸であったと言う人すらいないことだろう。同じ30年間を漫然と過ごしてきた日本人の方が圧倒的に多かったはずだ。


 私は軍国主義やナショナリズムに対して常々嫌悪感を抱いているが、小野田の中に結晶した戦前の何かに魅了されてやまない。


 投降後の行動もことごとく軍人の様式に貫かれている。小野田は殺されることを覚悟で軍刀をフィリピン軍司令官に差し出す。司令官は一旦受け取った後、その場で小野田に軍刀を返した。フィリピンのマルコス大統領(当時)は、小野田の肩を抱き「あなたは立派な軍人だ。私もゲリラ隊長として4年間戦ったが、30年間もジャングルで生き抜いた強い意志は尊敬に値する。われわれは、それぞれの目的のもとに戦った。しかし、戦いはもう終わった。私はこの国の大統領として、あなたの過去の行為のすべてを赦(ゆる)します」と語った。小野田は現地住民を殺傷していたため、死刑になってもおかしくはなかったのだ。


 ルール、教育、命令、約束……。これらは日常生活にもあるものだ。そこには往々にして利害が絡んでいるものである。内側から見れば正義だが、外側から見ればエゴイズムに映ることも決して珍しくはない。


 小野田はルバング島の住民を震え上がらせた。帰国後、住民達からのメッセージが伝えられた──


 私が帰還後、厚生省の招待で西ミンドロ州知事夫妻とマニラ地区空軍司令官夫妻が東京にやってきたことがある。私は陸軍中野学校の同期生たちと、彼らを東京の街に案内した。

 銀座のクラブで飲んでいるとき、突然、州知事夫人が改まった顔で「ミスター・オノダに島の女性と子供たちからメッセージがあります」といった。場が一瞬、緊張した。

「島の男たちは30年間、大変怖い思いをしました。不幸な事件も起きました。しかし、オノダは決して女性と子供には危害を加えなかった。彼女たちが子供たちと安心して暮らすことができたのは、大変幸せなことでした」

 私は別にジュネーブ国際条約に定められた事項を守り通そうという意識があったわけではない。性欲は私欲であって、国のために戦うのに必要のないものだ。戦闘力も敵意もない女性や子供は、戦いには無関係だっただけである。


 小野田という人間の真髄がここにある。本書を読みながら、とめどなく涙がこぼれる。だが、私の心を打つものの正体がいまだにつかめないでいる。

たった一人の30年戦争

「MIC STORY」SEEDA feat.ILL BOSSTINO


JAPANESE HIPHOP AND ME」の2分50秒前後で、「シスコがなくなる前に一人で出て行ってあの坂で歌ったぜ」というような歌詞が出てくるが、それと思われる動画が以下。ライブの方が声が出ている。PVはまるでダメ。情けない少年の自己肯定みたいな代物になっている。


D

街風

ラマヌジャンは千年に一人の天才


「偉大な数学者、シュリーニヴァーサ・ラマヌジャンの名声は羨望を超えていた。彼こそはこの一千年間にインドが生んだ比類なき天才数学者である」と、ある英国人が書いている。彼の直観の閃きにはその没後70年を経た今日の数学者でさえついてゆけない。その論文は今も秘密のヴェールに閉ざされたままだ。そして、彼の定理は今や高分子化学、コンピュータ、さらに(ごく最近のことだが)癌研究といった、生前は夢想だにしなかった分野へ応用されはじめている。そして、性懲(こ)りもなくこんな問いかけが繰返されている。「もし彼がもう少し早く発見されていたならば、また、もう少し長生きしたならば、一体どんなことになっていただろうか」。


【『無限の天才 夭逝の数学者・ラマヌジャン』ロバート・カニーゲル/田中靖夫訳(工作舎、1994年)】

無限の天才―夭逝の数学者・ラマヌジャン

2010年3月のアクセスランキング


順位記事タイトル
1位経頭蓋磁気刺激法(TMS)/『脳から見たリハビリ治療 脳卒中の麻痺を治す新しいリハビリの考え方』久保田競、宮井一郎編著
2位日本は「最悪の借金を持つ国」であり、「世界で一番の大金持ちの国」/『国債を刷れ! 「国の借金は税金で返せ」のウソ』廣宮孝信
3位日本最強のパワースポット−長野県分杭峠
4位アインシュタインを超える天才ラマヌジャン/『無限の天才 夭逝の数学者・ラマヌジャン』ロバート・カニーゲル
5位ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』レヴェリアン
6位クリシュナムルティ
7位少年兵は流れ作業のように手足を切り落とした/『ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白』後藤健二
8位そして謎は残った 伝説の登山家マロリー発見記』ウィリアム・ノースダーフ
9位ジニ係数から見えてくる日本社会の格差/『貧乏人のデイトレ 金持ちのインベストメント ノーベル賞学者とスイス人富豪に学ぶ智恵』北村慶
10位村木厚子さんの公判速報Twitterまとめ
11位獄中の極意/『アメリカ重犯罪刑務所 麻薬王になった日本人の獄中記』丸山隆三
12位信用創造のカラクリ
13位巧みな介護の技/『古武術介護入門 古の身体技法をヒントに新しい身体介助法を提案する』岡田慎一郎
14位『モノポリー・マン 連邦準備銀行の手口』日本語字幕版
15位尾辻秀久氏が平成の借金財政王与謝野氏を一喝
16位その男、本村洋/『裁判官が見た光市母子殺害事件 天網恢恢 疎にして逃さず』井上薫
17位『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』その後
18位寿命は違っても心臓の鼓動数は同じ/『ゾウの時間ネズミの時間 サイズの生物学』本川達雄
19位動物文明と植物文明という世界史の構図/『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
20位「童神(わらびがみ)」古謝美佐子

2010-04-02

グルヌイユの特異な能力


 これに対してマダム・ガイヤールは、この少年に特異な能力を認めていた。不自然とまでは言わないまでも、きわめて異様な才能というしかない。たとえば子どもは暗闇を恐がるものだが、グルヌイユにはまったくそんな気配がなかった。いつ何時(なんどき)でも穴蔵へ下りていく。ほかの少年ならランプを持たしても尻ごみするのに平気でトコトコ闇のなかへ下っていく。まっ暗な夜に平然と物置小屋に薪を取りにいく。明りなどついぞ持っていかないのに、ちゃんとしかるべきものを持ち帰る。暗闇でつまずいたりしない。ぶつかることもない。マダム・ガイヤールは首をひねった。もっと不思議でならないことがあるのだ。どうやらこの少年は紙や布や木を通して、いや、壁ごしやドアごしであれ、向こうがちゃんと見えるらしい。部屋に入る前に何人の仲間が寝室にいるかを言いあてた。キャベツを断ち割る前に、なかに芋虫がいるのを見通していた。マダム・ガイヤールはつねづね小金(こがね)を隠す習慣があり、隠し場所をよく変更するものだから、あるとき、はたしてどこに隠したのやら判らなくなったことがある。グルヌイユは、少しも探したりせずに暖炉の梁(はり)のうしろだと言った。のぞいてみると、たしかにそこにあったのである!

 未来すら予見できるらしかった。誰それがやって来ると、当人が現われるより先に言ってのけたし、空にまだ雲一つ現われてないのに、早々と嵐の到来を予告した。何を見つけてのことではない。目で見ての上ではなく、ますます鋭敏さと正確さを増していく鼻のせいだった。


【『香水 ある人殺しの物語』パトリック・ジュースキント池内紀〈いけうち・おさむ〉訳(文藝春秋、1988年/文春文庫、2003年)】

香水―ある人殺しの物語 (文春文庫)

大英帝国の発展を支えたのは奴隷だった/『砂糖の世界史』川北稔


 貿易の二大スターは織物と砂糖だそうだ。万人が欲するヒット商品が現れた時、世界はどのように動くかがわかりやすく描かれている。こういう本が学校の教科書であれば、学習は「強いて勉める」必要はなくなることだろう。さしずめ現代であれば、石油や兵器が砂糖同様に世界を席巻しているはずだ。


 砂糖は当初、薬としても利用されていたという──


 じっさいのところ、砂糖には、驚くほど多くの用途や「意味」がありました。ルネサンス以前の世界では、イスラムの科学の水準がヨーロッパのそれなどよりはるかに高かったのですが、そのイスラムの医学では、砂糖はもっともよく使われる薬のひとつでした。中世のヨーロッパでも、事情は同じです。砂糖が本格的に使われはじめた16〜17世紀には、砂糖には、結核の治療など10種類以上の効能が期待されていました。


【『砂糖の世界史』川北稔(岩波ジュニア新書、1996年)以下同】


 当時はまだ食欲が満たされるような生活ではなかったであろうから、カロリーが高く、真っ白い砂糖が薬として使用されることに全く不思議はない。初めて味わった人であれば、ドラッグを服用したような感覚に捉われたことだろう。


 インドを支配したことによって、イギリスでは紅茶がもてはやされるようになる。そして紅茶に砂糖を入れる習慣が上流階級の間で生まれた。イギリス大衆はこうした嗜好(しこう)に憧れを抱いて真似るようになる。砂糖をもっと生産する必要があった。そして、そのための労働力も確保しなければならなかった──


 砂糖と奴隷制度の悪名高い結びつきは、こうしてすでにイスラム教徒が世界の砂糖生産を握っていた時代から、はじまりました。(8世紀)


 16世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパ人が大西洋をこえて、カリブ海やブラジル、アメリカ合衆国などに運んだ黒人奴隷は、最低でも1000万人以上と推計されています。なかでも、ポルトガル人とイギリス人、フランス人がこの非人道的な商業を熱心に展開したのです。

 いつの時代も平和に暮らす人々が暴力にさらされた。平和は暴力に対してあまりにも無力だった。イギリスの豊かな生活を支えるために、黒人は鞭を振るわれながら働かされた。


 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という一神教の正義は、独善となって異民族に襲い掛かる。戦争を始めるのは必ず彼等である。神の名を借りた暴力は手加減することを知らない。神の僕(しもべ)以外は虫けら同然だ。人種差別も同様で、差別する側は常に白人である。そして元はといえばアブラハムの宗教であるにもかかわらず争いが絶えることがない。


 人類最大の詐欺こそは「神」であると私は思っている。人間は神の似姿として造られたなんて、まことしやかに伝えられているがそれは逆だ。人間を投影したものが神なのだ。大体、いるのであれば、もっと頻繁に顔を出せって話になるわな。氷河期の時も、戦争の時も神様は一度だって姿を現した例(ためし)がないよ。神が存在するなら、これほどの怠け者は他に見当たらない。きっと神隠しにでもあったのだろう。


 奴隷の労働によって生み出された価値は、そっくりイギリスに持ってゆかれた──


 産業革命がまずイギリスに起こったのも、奴隷や砂糖の商人たちの富の力によるのだ、と主張する意見もあるくらいです。


 つまりイギリスという名前の大泥棒がいたってことだ。泥棒野郎はいまだにでかい顔をしてのさばっている。これがジェントルマンの国の正体だ。


 人類の癌はキリスト教、白人、欧米、ナショナリズムである。これに替わる新たな文明の台頭が待たれる。

砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)

ツチ族はとっくに死んでいた


ルワンダの文化は恐怖の文化だ」とンコンゴリは続けた。「みんなの言葉を覚えている」ンコンゴリは息も絶え絶えの声色を作り、顔を絶望に歪(ゆが)めた。「『どうか祈らせてくれ、それから殺してくれ』それとも『道ばたで死にたくはない。自分の家で死にたい』」元の声に戻して続ける。「そこまで虐げられ、諦めてしまったら、もう死んだも同然だ。ジェノサイドがすごく長いあいだ準備されていた証拠だよ。厭(いと)わしい恐怖だ。ジェノサイドの犠牲者たちは、ただツチ族だというだけでも死ぬものだと思いこまされていた。あまりに長いあいだ殺されつづけてきたので、とっくに死んでしまっていたんだ」


【『ジェノサイドの丘』フィリップ・ゴーレイヴィッチ柳下毅一郎〈やなした・きいちろう〉訳(WAVE出版、2003年)】

ジェノサイドの丘〈新装版〉―ルワンダ虐殺の隠された真実

2010-04-01

歳をとるのは楽しいことなのかもしれない


 そんなにたくさんの思い出が、このふたり(※おじいさんとおばあさん)の中にしまってあるなんて驚きだった。もしかすると、歳をとるのは楽しいことなのかもしれない。歳をとればとるほど、思い出は増えるのだから。そしていつかその持ち主があとかたもなく消えてしまっても、思い出は空気の中を漂い、雨に溶け、土に染(し)みこんで、生き続けるとしたら……いろんなところを漂いながら、また別のだれかの心に、ちょっとしのびこんでみるかもしれない。時々、初めての場所なのに、なぜか来たことがあると感じたりするのは、遠い昔のだれかの思い出のいたずらなのだ。そう考えて、ぼくはなんだかうれしくなった。


【『夏の庭 The Friends』湯本香樹実〈ゆもと・かずみ〉(徳間書店、2001年)】

夏の庭―The Friends 夏の庭―The Friends (新潮文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

畠山清行、J・クリシュナムルティ


 1冊挫折、1冊読了。


 挫折23『秘録 陸軍中野学校』畠山清行著、保阪正康編(番町書房、1971年/新潮文庫、2003年)/小野田寛郎の著作を読んで陸軍中野学校に興味を覚えたのだが、やはりこの手の本は戦史が多くて挫けた。100ページまで。中野出身者は戦後も沈黙に徹していたため、その全貌は今尚明らかにはなっていないようだ。様々な誤解もあるようだが、一つのエリート教育として見れば稀有な事例であると思う。小野田寛郎がそれを体現している。


 48冊目『英和対訳 変化への挑戦 クリシュナムルティの生涯と教え』J・クリシュナムルティ/柳川晃緒〈やながわ・あきお〉訳、大野純一監訳(コスモス・ライブラリー、2008年)/日本では初となるクリシュナムルティのDVDブックである。DVDはまだ観ていない。体調をととのえてから臨む予定である(笑)。DVDの収録時間は2時間半。これに130ページほどの英和対訳テキストが付いているのだから、2700円はお買い得であると思う。表紙カバーの印刷状態が非常に悪い。また、大野の悪い癖でコスモス・ライブラリーの営業姿勢が鼻につく。クリシュナムルティの生涯を辿り、撮影の舞台裏を紹介する内容となっている。これで、クリシュナムルティ本は27冊目の読了。

カテゴリーを追加


「アナロジー」「物語」「ゼロ」を追加。「アラブ」を「中東」に変更した。

アナロジーは死の象徴化から始まった/『カミとヒトの解剖学』養老孟司

 脳科学から見た宗教現象といった内容。決して宗教を攻撃する主張ではなく、信仰者に対して新たな視点を提示し、健全な懐疑を促しているように感じた。


 アナロジーとは以下の通り──


 ギリシア語アナロギアanalogia(〈比〉)に由来する語で,〈類推〉〈類比〉〈比論〉などと訳される。複数の事物間に共通ないし並行する性質や関係があること,またそのような想定下に行う推論(類推)。


コトバンク


 敷衍(ふえん)すれば、類型化(カテゴライズ)、定型化(ステレオタイプ)、象徴化(シンボル)、帰納法、置き換え、比喩と辿ることができよう。ここに「物語の誕生」があると思われる。


 養老孟司はなぜ脳にアナロジーが生じる理由を考察する──


 さて、それではヒトの脳になぜアナロジーが生じるか。それはヒトの脳に剰余つまり余分が生じたためである。動物が生理的に必要な行動をしている間は、脳は必要であっても、その脳を動かすためには、環境からの特定の刺激が必要である。ヒトではなぜか脳に余分ができてしまったために、環境からの刺激だけではなく、ヒトの脳内活動そのものが、脳の活動を引き起こす刺激に変化したらしい。ところが脳内の回路は、ヒトも動物の場合と本質的には変わらない構築をしているはずで、量だけ多いわけだから、「類比」すなわちアナロジーなる機能が発生するのである。つまり、ネコであれば、サカナの臭いという具体的刺激が、食物を手に入れようとする行動の動機になり得るが、ヒトなら、金が儲かりそうだという思考もまた、その臭いの「代用」になり得る。「金が儲かりそうだという考え」が、動物の場合のさまざまな生理的刺激の「代用」なのである。ということは、脳内にはネコがサカナの臭いをかいだときに近い回路が動いているはずで、それが「代用刺激」で発動してしまうのである。そうした回路機能を私はアナロジーと呼んだのである。つまりネコがサカナに近よって行くというのと、ヒトが金のある方に近よっていくというのは、生理学的に確認をしなければ確実ではないが、よく似た回路のはずなのである。


【『カミとヒトの解剖学』養老孟司〈ようろう・たけし〉(法蔵館、1992年/ちくま学芸文庫、2002年)以下同】


 これは凄い。脳の剰余がアナロジーを生んでいるとすれば、我々の脳は大き過ぎる進化を遂げてしまったのだろう。類比は自然の摂理に何の影響も与えない。ということは、アナロジーという機能は、人間社会でのみ意味を持つことになる。あ、わかった。ヒエラルキーもここから生まれているってわけだ。


 我々が気にしてやまない出身地、氏素性(うじすじょう)、学歴、勤務先、年収などは、いずれもアナロジーに由来していることがわかる。カテゴリー化。拭えない村意識。


 しかし、である。脳の発達が進化的に有利であったならば、ヒトはアナロジーを最大限に生かして共同幻想を構築せざるを得ない運命にあるのかもしれない。

 そう考えると、ヒトの進化の過程で、もし抽象化ということが最初に起こったとすると、それは死を巡ってではないかと思われるのである。抽象化というのは、言い換えればシンボル能力である。十分なシンボル能力はまだ無かったとはいえ、その萌芽はすでにネアンデルタール人にあらわれているのではないか。だから抽象化能力あるいはシンボル能力の具体的な入口は、じつは「死」だったのではないか。なぜなら、死とは前述のように、抽象的であって具体的であるからである。具体と抽象をつなぐ性質を、死はいわば「具体的に」そなえている。自己の死と他人の死を巡って、ヒトのシンボル能力発現の最初の契機をそのまま素直に発展させたもの、それこそが宗教ではないのか。

 もちろんその後、宗教は進化する。したがって最初の契機についての意識は、ほとんど宗教から失われているのかもしれないのである。だからいまの宗教を考えたのでは、発生時の事情はかえってわからない可能性すらある。話が飛ぶようだが、言語をわれわれは既成のものとして利用している。だから言語がいかに発生したかについては、ほとんど意識が無い。というより、どう考えたらいいか、よくわからないらしい。


 強烈なワンツーパンチだ。元始の人類が死を目の当たりにした時、どのような感慨を抱いたであろうか? いや、感慨という見方そのものが既に私の先入観となってしまっている。「あれ? 動かなくなった」──と、まあ、そんな単純なものだったことだろう。動くおもちゃが壊れた時の幼児と変わりがない。


 ところが老いた者や病んだ者が同じように動かなくなってゆく。それに気づいた瞬間、あり余った脳がバチバチと火花を散らしてシナプスが新しいネットワークを構築する。「ジイサン動かない」「バアサン動かない」=死という方程式の完成だ。


 これが凄いのは、人類にとって最初のアナロジーが死であったとすれば、生という概念は後から生まれたことになる。生老病死(しょうろうびょうし)と聞くと、我々は何となく最初に「生」をイメージするが、アナロジー的観点から言えば、やはり老病死の方が明らかに共通性を見出しやすい。


「人は死んだ。その頃、まだ生はなかった」──多分そんな時代があったに違いない。そして、死によって逆照射された「生」に思い至った時、人間は苦悩に取りつかれることになったのだ。


 ヒトは進化の過程で脳が大きくなり、アナロジーが発生したため、何を現実とするかが、個人によって違うという状況になってしまった。カッシーラーのいう意味でのシンボルは、それはいわば「統制」するために発生したのであろう。たとえば言語は、その中で表現できないものを存在しないとするまでになる。西欧の言語にそういう性質があることは、よく知られている。「ことばで言えないことは存在しない」と見なされるのである。しかも、「統制」はつねに「強制」であるから、どのような文化でも、言語は教育によって強制されるのである。

 では宗教はなにを「統制」するのか。それはおそらく「生死観」であろう。生死はもとから存在するのだからシンボル化の必要はない、そうはいかないのである。なぜなら、すでに述べたように、自己の死は現実化、具体化できないからである。他人の死と自己の死の隙間から宗教が発生する。こうしてヒトは、シンボルを利用し、ともかく世界を整合的に理解しようとする。しかし、それはじつは自分の頭の中を整合的にしようとしているだけであって、その結果、外の世界が整合的になるわけではない。宗教には典型的にそれが出ている。宗教が現世と対立的に捕えられるのは、そのためであろう。いくら宗教が生死観を判然とさせたからといって、ヒトが死ななくなるものではない。だから来世を説く。現世はこちらの世界だが、宗教は徹底的に内的な世界である。ということは、脳内の世界ということであり、生物学的にいえば、もっとも進化した世界の一つということになろうか。


 養老唯脳論と岸田唯幻論は見事に補完し合っている。概念や因果関係を捨象し、「機能」という一点から見つめているだけにわかりやすい。「新しいプラグマティズム」といっても過言ではないだろう。


 人々に安心を与えてきたのも宗教であれば、人々を争いに駆り立てたのもまた宗教であった。思想や宗教が人間にとってのOS(オペレーティングシステム)であれば、限りないバージョンアップが可能なはずだ。


 確立された古い教義は過去のものである。脳のあり余る能力はそれをよしとしないことだろう。斬新かつ革命的なアナロジーが必要だ。

カミとヒトの解剖学 カミとヒトの解剖学 (ちくま学芸文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

バビロニアのゼロは空位を表すだけだった


 また、バビロニア人が六十進法における位取り記数法を心得ていて、零にあたる記号をも、ある程度まで、用いていたことは、紀元前2世紀ごろ彼らによってつくられた満月の表から知られるのであるが、この記号は単に空位をあらわす純然たる記号だけにとどまって、計算には一切用いられることがなかった。のみならず、バビロニアのこの記数法は後代に伝えられて一般に普及されるということもなかったのである。


【『零の発見 数学の生い立ち』吉田洋一(岩波新書、1939年)】

零の発見―数学の生い立ち (岩波新書)