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2010-04-05

幼児虐待という所業/『囚われの少女ジェーン ドアに閉ざされた17年の叫び』ジェーン・エリオット

 ジェーン・エリオットは4歳の時から17年間にわたって義父から虐待され続けた。はっきりと書いておこう。私は読んだことを悔(くや)んだ。鬼畜の所業を想定していたものの、これが実際に起こったこととは思いたくなかった。押し寄せる苦痛が「なぜ俺は、イギリスにいなかったのだ?」と我が身を苛(さいな)む。


 私は若い頃から死刑制度には反対する立場を貫いているが、幼児虐待と強姦は死刑にして構わないと思っている。道義的なことはもちろんのこと、進化論的に考えても真っ先に淘汰されて然るべきだ。いかなる心理的抑圧や社会的プレッシャーがあろうとも許されるべきことではない。


 しかし、だ。私がいくら叫んだところで幼児虐待がなくなることはないだろう。とすれば、何らかのセーフティネットをつくるしかない。幼児駆け込み寺というのは効果がないだろう。具体的に考えると幼児を訪ね、面接調査するくらいしか浮かばない。


 あるいは「親となる」ことを免許制度にするとか。妊娠が明らかになった時点で、産婦人科医から警察への連絡を義務づける。警察からの報告を受けた「ペアレント育成協会」(仮称)がペアレントマスターを派遣。親となる者は出産するまでに100時間の講習を受ける。出産後、1年間の実地研修を経て「親」にするかどうかを決定する。


 これくらいやらなきゃしようがないだろうよ。でも、ひょっとすると幼児虐待というのは人類が滅亡する予兆なのかもしれない。


 まだ若い母親が再婚する。その直後から虐待が始まった──


 わたしが家のなかに飲み込まれ、外界から見えない存在になった瞬間から、リチャードはわたしへの嫌悪感をむきだしにした。母が見ていないときはいつも、すれちがうたびに叩いたり、つねったり、蹴りを入れたり、束(たば)ごと抜けそうになるくらい強く髪を引っ張ったりした。万力(まんりき)を握るようにわたしの顔をぎゅっとつかみ、唇をゆがめ、わたしのことをどんなに憎んでいるかを耳もとでささやくのだ。

「虫唾(むしず)が走るんだよ、色つき女」リチャードがつばを吐きかけた。「おまえが戻ってくるまでなにもかもうまくいってたんだ。このくそアマ! 不細工な顔しやがって」

 リチャードは黒人やアジア人に対する憎悪をむきだしにしていた。彼は、黒髪でオリーブ色の肌をしているわたしを、心の底から嫌っていた。人種差別主義者の偏見を名誉の印のようにふりかざす彼にとって、「色つき女」という呼び名は、彼が思いつくなかで最低の悪口だった。


【『囚われの少女ジェーン ドアに閉ざされた17年の叫び』ジェーン・エリオット/真喜志順子〈まきし・よりこ〉訳(ソニー・マガジンズ、2005年/ヴィレッジブックス、2007年)以下同】


 ここに虐待傾向のある人間の特徴が出ていると考えていいだろう。すなわち、人種差別傾向の強い者は幼児を虐待する可能性が高いということだ。声高に国粋主義を主張する者、不要なまでに中国人や朝鮮人を蔑視する輩、自分より能力の劣る者を小馬鹿にする人物──こんな連中は幼児虐待予備軍といってよさそうだ。


 当然ではあるが、このリチャードというクソ野郎は生まれつきのレイシスト(人種差別主義者)ではなかったことだろう。つまり、親がそのように教育したわけだ。それが証拠に、リチャードの母親もジェーンをつねったり、叩いたりしている。後年謝罪しているが、謝って許されることではない。


 その上リチャードは人格障害者特有の巧みな支配性を発揮していた──


 そして、母と口論を始め、わたしが見ているまえで母をさんざん殴りつけるのだ。

「おれと母さんがけんかするのは、ぜんぶおまえのせいだ」リチャードが何度もそう言うので、わたしもそうなのだと思い込み、自分を強く責めた。いつもリチャードの命令に従い、微笑(ほほえ)み、感謝しなければ、母もわたしも痛めつけられるのだ。


 5歳、6歳くらいの幼児であれば、あっさりとこうした価値観を受け入れてしまう。他の価値観を持っていないため反論することが不可能なのだ。暴力は罰と化し、子供は自分自身を責めるようになってしまう。


 ジェーンは小学生の頃から、リチャードのマスターベーションを手伝わせられる。挙げ句果てには肛門まで舐(な)めさせられる。こうしたことが日常的に行われた。これだけで死に価する行為だ。


 そして計算し尽くしたように、ジェーンがボーイフレンドと初体験するのを待ってから性行為を強要するようになる。


 暴力を振るわれたジェーンの母親が、カーペットの上にまき散らされる精液に気づかなかったはずがない。明らかにこの母親は病的なまでに依存心が強いことが窺える。ジェーンはこうして21歳まで虐待され続けた。学校では常に人気者となり、社会人となってからも上司に可愛がられた彼女は地獄の中で生き続けた。


 ジェーンは未婚の母となり、その後別の男性と結婚をする。彼女は義父を訴える決意をした。夫にも全てを話した。そして遂に警察に被害届を出す。


 わたしの作業を手伝いながら、マリー(婦人警官)がいった。「この書類をつくったのは、うちの部署で20年もタイピストをしている女性なんだけど、タイプをしているうちに涙が止まらなくなって、途中で部屋を出ていってしまったのよ」」


 立証が困難と思われたが裁判の結果、この手の犯罪では最も重いとされる懲役15年の刑が下された。17年間虐待し続けた男が15年の刑というのは明らかに割に合わない。


 裁判の間も強迫行為が続けられ、ジェーン側の証人となってくれる人も限られた。だがジェーンは勝った。


 これで終われば最低限のハッピーエンドだった。しかし、そうではなかった。ジェーンの母親の言葉によって読者はどん底に突き落とされる。そして我々は、暴力による反射として更なる暴力へと駆り立てられるのだ。


 果たしてその後、ジェーンの夫はこうした事実を受容できただろうか? 嵐のような葛藤に襲われたことは疑う余地もない。心がボロボロになり、打ちのめされ、奈落の底に沈んだことだろう。なぜならジェーンに振るわれた暴力が、そのまま夫の心に振るわれる暴力と化すためだ。


 二人の幸せを祈らずにはいられない。その程度のことしか私にはできない。私の中で無力と暴力が荒れ狂っている。

囚われの少女ジェーン―ドアに閉ざされた17年の叫び (ヴィレッジブックス)

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