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2010-04-18

中国−大躍進政策の失敗と文化大革命/『そうだったのか! 現代史』池上彰

 教科書には載っていない現代史を池上彰がわかりやすく解説した作品のパート1。今月の課題図書。知っているようで意外と知らないのが現代史だ。例えば中国・台湾問題やイスラエル・パレスチナ紛争など。各章が大きなトピックとなっているが、絵巻物の縦糸と横糸を織りなしている。


 現代史を動かしているのは大国のエゴであり、富と暴力という作用が働くことが一目瞭然だ。1970年代のオイルショックに関して私は被害者意識しか持っていなかった。ところが歴史の流れとして見れば、「セブン・シスターズ」と呼ばれる石油メジャーが生産を独占していたが、産油国の利益を守るためにOPEC(石油輸出機構)が価格の引き上げに踏み切る。これがオイルショックとなるわけだが歴史は別の潮流をつくる。産油国では相次いで貧富の差が拡大、これがイスラム原理主義の台頭を招き、イラン革命からアフガニスタン紛争にまでつながっているというのだ。


 ま、こんな具合でどのトピックも面白いのだが、私が知らなかった中国の現代史をピックアップしておこう。ソ連崩壊の章でスターリンによる粛清の嵐、社会主義国特有のプロパガンダと嘘、密告主義、そしてフルシチョフによるスターリン批判が描かれている。


 しかし、中国共産党は「スターリン批判」を認めませんでした。のちにソ連共産党と中国共産党は対立し、「中ソ対立」と呼ばれるようになるのですが、その遠因ともなりました。

 中国共産党にとっては、「鉄の意思を持って断固として社会主義を進める」スターリンは、見習うべき存在だったのです。

 いまも中国のパレードでは、レーニン、スターリン、毛沢東の3人の巨大な顔のポスターが登場します。中国共産党にとって、スターリンは革命のお手本なのです。


【『そうだったのか! 現代史』池上彰ホーム社、2000年/集英社文庫、2007年)以下同】


 これもその一つか。1937〜1938年の大粛清だけで70万人、その後の飢餓や拷問による死亡を含めると700万人もの自国民を殺戮した人物がスターリンである。


「政権は銃口から生まれる」(革命は武力でなし遂げられる)毛沢東


 明らかに暴力を肯定しているところを見ると、やはりこの二人は似た者同士なのだろう。


 で、文化大革命だ。毛沢東が推進する大躍進政策が失敗に帰す──


 飢餓が農村を襲いました。

 1960年の前後3年間に、2000万人が餓死したと言われています。4000万人という数字もありますが、はっきりしたことはわかりません。

 首都の北京市内でも、野草をとって飢えをしのぐ人の姿が見られました。飢えから人肉を食べるという、この世の地獄が各地で出現したのです。

 しかし、これも国外に知られることはありませんでした。「中国は毛沢東の指導のもと、大躍進政策で大いに発展している」という宣伝だけが行われていたのです。


 集団農場化によって農民は労働意欲をなくしていた。そして、もう一方では鉄鋼生産に全力を傾注し、家庭の鍋釜まで集められる始末だった。共産主義は党の無謬性(むびゅうせい)を前提としているため、正確な情報は一切隠蔽(いんぺい)される。計画経済の名の下では捏造(ねつぞう)されたデータが独り歩きをする。大体さ、党という存在自体が嘘なんだよね。共産主義というのは政治的幻想に過ぎない。あるいは貧しい民が見る夢。


 1959年に毛沢東は失脚し、劉少奇(りゅう・しょうき)と■小平(とう・しょうへい)が登場する。二人は修正主義を導入して経済の立て直しを図った。毛沢東は再び権力を奪取すべくそのカリスマ性を利用して林彪(りん・ぴょう)に指示を与え、北京大学の壁新聞から火の手を上げたのだった。毛沢東は「造反有理」という言葉で壁新聞を擁護。若者は紅衛兵となって扇動された。


 紅衛兵は暴走しました。

「造反有理」=「反抗するものには道理がある」というお墨つきを受けた学生たちを止める者はありませんでした。


 子どもが実の親を告発することも奨励されました。大衆の前で、子どもが親の顔をなぐるなどということが、ごく日常的に展開されていたのです。親子関係の破壊まで行われました。

 絶望して自殺する人も相次ぎました。自殺をすると、「人民を拒否し、党を拒絶した」と判断されて、その「思想の悪さ」が批判されるという始末でした。


 文化財は破壊し尽くされ、ブルジョワと目されるや否やたとえ老人であっても容赦することはなかった。誰一人として反対意見を述べることができる者はいなかった。個人崇拝の恐ろしさはここにある。若者という若者は毛沢東の意のままに暴虐の限りを尽くした。死亡者、行方不明者は数千万人に上るとも言われている。


 スターリンのソ連に続いて、中国でも独裁者によって悲劇が生まれました。どうして、悲劇を防げなかったのか。

「何が正しい文化や思想であるかは共産党が決める」という体制になっていて、個人個人が自分の生き方、理想というものを自分なりに考えることができない社会だったのではないか、という批判もできるでしょう。

「自分の頭で考える」ことの大切さを痛感させる出来事でした。


 池上の指摘はもっともだ。だが果たして、現在の日本には自由な批判があるだろうか? もちろん建て前としては存在する。極端かもしれないが、例えば政治家に「選挙民は愚かだ」と言う自由があるだろうか? 「自分の頭で考える」ことができるのであれば、なぜ我々はパレスチナ問題に手を差し伸べようとしないのだろうか? どうして抵抗することもなく高い税金を納めているのだろうか?


 結局、社会の成熟とは「巧妙な暴力」を意味しているのだ。ジャン・ボードリヤールはそれを「透きとおった悪」と呼んだ。先進国に生まれた者は、知らず知らずのうちに民主主義=善という価値観に支配され、それ以外を悪と認識している節がある。


 都合の悪い歴史を封印するのは中国の常套手段だ──


 文化大革命を発動させる遠因になった「大躍進政策」の失敗もまた、現在の中国で取り上げられることはありません。このため、そもそも歴史を知らない若者たちが増えています。日本に対して「歴史を直視せよ」と求める中国政府自身が、自国の負の歴史を直視することができないのです。


 教育という名の洗脳は今も尚続いている。21世紀になっても言論の自由すらない国で、抑圧された民衆の不満はくすぶっているに違いない。過去3000年の歴史は国家転覆の歴史でもあった。各地で民主化を望むデモが繰り広げられているようだが報道されることはない。伝えられるのは反日デモだけだ。


 文化大革命で失脚の憂き目に遭った■小平(とう・しょうへい)が天安門事件を武力で封じ込めたのは、学生達の姿が紅衛兵と重なった見えたからではあるまいか。

そうだったのか!現代史 (集英社文庫) そうだったのか!現代史パート2 (集英社文庫)


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