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2010-04-19

人間は権威ある人物の命令に従う


 このびっくりするような実験は、今現在に至るまで心理学の歴史のなかで重要なものとして、議論を巻き起こし続けている。なぜならば、人は権威のある人物に命じられれば、力で強制されなくても破壊的な行動をしてしまうことがあること。そして、悪意もなく異常でもない人が、非道徳的で非人間的な行為を行うことがあり得ると言うことが明らかになったからである。さらにいえば、ミルグラムの実験は、個人の道徳性について私たちが思っていたことを根本から揺るがせてしまった。道徳的なジレンマに直面したとき、普通は、人は良心に従って行動すると考える。しかし、権力が社会的な圧力を加えているような状況では、私たちが持っている道徳概念などはたやすく踏みにじられてしまうことをミルグラムの実験は劇的な形で示したのである。


【『服従実験とは何だったのか スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産』トーマス・ブラス/野島久男、藍澤美紀訳(誠信書房、2008年)】

服従実験とは何だったのか―スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産

ソ連がアフガニスタンを侵攻するようにアメリカが誘導した/『そうだったのか! 現代史 パート2』池上彰

 パレスチナに関するトピックは物足りないが他は文句なし。ただし、パレスチナ自治政府が汚職にまみれていることを初めて知った。最も勉強になったのは核兵器の誕生とチェルノブイリ原発事故について。後日、稿を改めて書く予定。


 中村哲を読んだばかりなので、やはりアフガニスタンの歴史に注目せざるを得ない。そしてマスードを生んだ国でもある。


 旧ソ連がアフガニスタンに攻め込んだのは1979年のこと。戦闘は10年にわたって繰り広げられた。これには恐るべき舞台裏があった──


 ソ連軍によるアフガニスタン侵攻は、ソ連の極めて勝手な「安全保障観」によるものでした。しかし、その裏では、アメリカの秘密作戦があったことが、それから9年後に明らかにされています。

 当時、アメリカのカーター大統領の国家安全保障担当補佐官だったズビグニュー・ブレジンスキーは、1998年1月発売のフランスの週刊誌『Le Nouvel Observateur』で、記者のインタビューに答えて、アフガニスタンの反政府勢力への秘密の援助は、ソ連軍の侵攻より6カ月も前の1979年7月に始まっていたことを認めました。ブレジンスキーは、こう語っています。

「私は、この援助がソ連の軍事介入を誘発することになるだろうという私見を覚書にして大統領に渡した」

「我々が、ソ連を軍事介入に追い込んだのではありません。しかし、意図的に力を加え、ソ連がそう出てくる蓋然(がいぜん)性を高めていったのです」

「この秘密作戦は傑出したアイデアでした。ロシア人たちをアフガニスタンの罠に引っ張り込む効果を生みました。私に後悔しろとでも言いたいのですか?」(以上、いずれも金成浩〈キム・ソンホ〉『アフガン戦争の真実』より)

 ソ連軍が実際にアフガニスタンに侵攻すると、ブレジンスキーは、カーター大統領に、「今、我々はモスクワをベトナム戦争(のような泥沼の戦争)に引き込むチャンスである」という文書を提出しました(同書)。


【『そうだったのか! 現代史 パート2』池上彰ホーム社、2003年/集英社文庫、2008年)以下同】


 内乱を起こさせて政権を転覆させる手法は、アメリカが南米各地で行ってきた常套手段である。目的を遂げるまでは、資金や武器をいくらでも提供する。アメリカは世界最大の「暴力輸出国」なのだ。彼等は弾(はじ)かれたビリヤードの玉の動きでも予測するように発展途上国を弄(もてあそ)ぶ。


 中村哲はアフガニスタンで川から20kmに及ぶ用水路を引いたが、CIAが流すのは武器と金だ。これらは川から引き込んだ水同様に勢いよく流れる。血と権力を求めて。


 アメリカがやったことはこうだ。街角で二人の男が睨(にら)み合っている。アメリカは片方の男にこっそりナイフを与え、その後拳銃を渡した。激情に駆られた男がナイフを振り回したところへ、後ろから相手の兄貴(ソ連)が出て来たわけだ。


 ベトナム戦争が終結したのは1975年4月30日のこと。北爆開始から既に10年が経過していた。世論は反戦に傾いてた。時間が経過するにつれて米兵の残虐行為も明らかにされた。

 ソ連をアフガニスタン戦争に引きずり込むことで、アメリカとしてはベトナム戦争から立ち直る時間稼ぎをしたかったのだろう。結果はアメリカの目論見通りとなった。

 大国のエゴは小国の民を殺戮してやむことがない。自分達の発展のためなら、罪なき人々を虫けらのように殺し、自国民すら犠牲にできるのだ。そして戦争を決定した連中は整った身なりで、議論をし続ける。


 戦争のルールを変えるべきだ。政治家同士が直接対決するようにすべきだ。リングか金網を用意して、国民が見つめる中でどちらかが死ぬまで闘えばいいのだ。


 1987年から89年にかけて、(アフガニスタンのゲリラに対する)アメリカの援助額は、年間6億3000万ドルにも達しました。サウジアラビアも「聖戦」への支援として、ほぼ同額の援助を行いました。


 国民の血税が、アフガニスタン人とソ連人の血を求めて奔流と化す。戦争は儲かる。つまり戦争には経済的合理性があるのだ。破壊と創造こそは、まさしくキリスト教の神の仕事だ。


 情報化社会とは、世界中が情報に翻弄され、情報が暴力と化し、情報が幸不幸を決定する様相のことであり、脳細胞までが情報に支配される時代を示している。

そうだったのか! 現代史 (集英社文庫) そうだったのか!現代史〈パート2〉 (集英社文庫) アフガン戦争の真実―米ソ冷戦下の小国の悲劇 (NHKブックス)

ローマ法王、涙ながらに謝罪 性的虐待の被害者に


 カトリック聖職者による未成年者への性的虐待問題で、ローマ法王ベネディクト16世は18日、訪問先の地中海の島国マルタで、虐待被害者の男性8人と会談、涙ながらに謝罪した。今年に入り世界各地で次々とこの問題が報告されて以来、法王が被害者と会うのは初めて。DPA通信などが伝えた。

 性的虐待問題では、米国で虐待を隠ぺいしていたとして法王を裁判の証人として呼ぶ要求が出たり、英国で法王の逮捕を求める運動が始まるなど法王とバチカンの権威は失墜しており、会談により事態沈静化を図る狙いがあるとみられる。

 法王は8人とともに祈った後、「遺憾と悲しみ」の意を伝えた上で、事件の徹底的調査と責任者の処罰を約束。被害者の一人によると、法王は目に涙を浮かべていたという。8人は30代と40代で、いずれも少年時代に聖職者に虐待を受けたと主張している。

 これに先立ち法王は約1万人の信者らを前にミサを執り行った。


共同通信 2010-04-19

『警察庁長官を撃った男』鹿島圭介(新潮社、2010年)


警察庁長官を撃った男


 2010年3月30日に時効を迎えた国松孝次・警察庁長官狙撃事件。警視庁の現職巡査長が犯行を自供したり、当初からオウム真理教による組織的犯行の疑いが指摘されながら、警視庁公安部の捜査は犯人逮捕には至らなかった。一方で、2002年11月、愛知県警察に逮捕された一人の男に警視庁刑事部捜査第一課は注目していた。男の名は中村泰。東大を中退したインテリで、銃に対する知識は豊富。何より、逮捕容疑となった現金輸送車襲撃で見せた射撃の腕前は、とても70歳を過ぎた老人とは思えないものだった。中村の関係先を捜索すると、おびただしい量の銃やマシンガン、実弾が発見され、さらに長官狙撃事件に関する膨大な資料が……。治安機関トップを狙撃するという、重要未解決事件の舞台裏に光を当てる迫真のドキュメント。


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ギャンブラーは勝ち負けの記録を書き換える


 こうして、賭けに勝ったときはそれを額面どおりに受け入れる一方、賭けに負けたときには、その理由を巧妙に見つけて説明づけてしまうことにより、ギャンブラーは、自分の賭けの勝ち負けの記録を個人的に書き換えてしまうのである。つまり、賭けの負けは、「負け」としてではなく、「勝てたはずのもの」として記録されることになる。


【『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ/守一雄、守秀子訳(新曜社、1993年)】

人間この信じやすきもの―迷信・誤信はどうして生まれるか (認知科学選書)