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2010-05-22

外交官が描いたインドの現実/『ぼくと1ルピーの神様』ヴィカス・スワラップ


 2009年のアカデミー賞で8部門を受賞した映画『スラムドッグ$ミリオネア』の原作。これを書いたのがインドの外交官というのだから驚く。


 書き出しはこうだ――


 僕は逮捕された。クイズ番組で史上最高額の賞金を勝ちとったのが、その理由だ。

 警察は昨日の夜更けにやってきた。野良犬さえねぐらに帰るほどの時間だった。彼らはドアをけやぶり、僕に手錠をかけ、赤いランプが光るジープまで歩かせた。


【『ぼくと1ルピーの神様』ヴィカス・スワラップ:子安亜弥〈こやす・あや〉訳(ランダムハウス講談社、2006年/ランダムハウス講談社文庫、2009年)以下同】


 取り調べを担当した刑事が息巻く――


 ゴードボーレーは愛想笑いを浮かべて言う。「お任せください。この小僧を締め上げてやって、マハトマ・ガンジーの暗殺だって白状するぐらい素直にしてやりますよ」


 貧困は不正の湖に浮かんでいる。案の定、少年ラムは拷問される。自白を引き出すのはただ単に時間の問題と化す。暴力は自由だ。望むものを手に入れることができるのだから。「自由の国アメリカ」は「自由に暴力を振るえる国」という意味に他ならない。


 日本における貧困は相対的レベル(=心理的レベル)にとどまっているが、インドのスラム街においては生き死にがかかった次元となる。だから生きるためとあらば何でもする。これが犯罪の温床と化すわけだ。犯罪といっても日本人の想像を絶するようなものもある。

 あるいはこうだ――


パンジャブのドーラ王の神殿あたりにはたくさんいるんだ。“ラット・チルドレン”(ドブネズミの子)って呼ばれてる」

 見世物にするために、生後間もない頃から孫悟空のような輪を頭にはめられる子供達がいる。生き延びるための幼児虐待。


 インドの現実が物語の細部を鉄筋のように支えている。更に成長譚でありながらも、そこここに死の気配が漂っている――


 でも僕は、ダラヴィでは少なくとも一人ぼっちではない。僕と同じような100万人の人間が、この200ヘクタールの三角地帯で暮らしている。都会のすきまのじめじめした場所で、人々は動物のように生き、虫のように死んでいく。


 クイズで獲得した10億ルピーの賞金は単なる成功を象徴しているのではない。宗教対立、貧困、暴力、不正といったマイナス価値を反転させる「相対性の仕掛け」なのだ。その意味で相反する価値観を見事に描き出したモノクロ写真のような秀作となっている。

ぼくと1ルピーの神様 ぼくと1ルピーの神様 (ランダムハウス講談社文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)


スラムドッグ$ミリオネア [DVD]


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