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2010-06-03

検証:鳩山退陣


「ところが鳩山は翌28日朝にオバマ米大統領と電話で会談したことを境に、豹変(ひょうへん)する」――沖縄に米軍基地を押しつけ、連立の一角を崩壊させ、首相の地位まで棒に振らせる「一本の電話」って何なんだ? この国はいまだに治外法権のようだ。右巻きの連中は今こそ叫ぶ秋(とき)だ。

【衝撃事件の核心】見逃されたSOS…両親からの虐待で死亡した7歳男児の阿鼻叫喚


 新たに「虐待」というカテゴリーを設けた。匿名報道が私の個人的信条ではあるが、虐待のニュースに関しては加害者の実名を挙げることに何の痛痒(つうよう)も覚えない。仮に反省したとしても絶対に許すべきではないと考える。一度犯した罪は償(つぐな)うことができない。「償える」と錯覚するのは単なる甘えだ。もしも罪が償えるのであれば、善悪は経済の範疇(はんちゅう)になってしまうだろう。そもそも善行や悪行を足したり引いたりできるわけがないのだ。私は死刑反対論者であるが、幼児虐待や幼児性愛者は死刑にすべきだと考える。


「パパにぶたれたけど、ママは見ても何も言わない…」。虐待のサインは“無視”された。東京都江戸川区の男児はわずか7年で生涯を閉じた。正座をさせられた状態で継父と実母に顔を繰り返し殴られた男児。学校や区も暴行の事実を確認しながらも、両親の「しつけ」という言葉に押し切られた。男児の悲痛な声はどこにも届かなかった。悲しすぎる。


「食べるの遅い」 正座させて顔を平手打ち


 トタンのようなグレーの外壁に、茶色っぽい屋根。見るからに老朽化が進んだアパートは、風が吹くとカタカタと音を鳴らす。

 1月23日午後8時ごろ、このアパートの2階で区立松本小学校1年、岡本海渡(かいと)君(7)は正座させられていた。その小さな体を、電気工の継父、健二容疑者(31)と、実母の千草容疑者(22)が見下ろしていた。

「ごはんを食べるのが遅い!」

 捜査関係者によると、2人はそんな些細(ささい)な理由から海渡君に約1時間にわたり暴行を加えたとされる。2人は海渡君を正座させたまま、顔を10回くらい平手打ちした。健二容疑者はさらに足を4、5回けりつけたという。

「子供がぐったりしている」

 千草容疑者が119番通報したのは午後9時10分ごろ。海渡君は病院に緊急搬送されたが、打撲の痕などから不審に思った救急隊が110番通報した。通報を受けた署員が病院に駆けつけたとき、海渡君は心肺停止状態だった。懸命の救命措置でいったんは蘇生(そせい)したものの、翌24日午前7時ごろ、短い生涯を終えた。

 健二容疑者と千草容疑者が病院にいたため、署員がその場で事情を聴いたところ、2人は暴行の事実を認めたのだが…。

「普段から食べるのが遅く、きちんと食べるようにしつけていた。今回もしつけの一環でやった」

「日ごろからウソをついたり、素直に謝らなかったりしたときはビンタしていた」

 2人の口から出た言葉は、虐待する親の常套(じょうとう)句である「しつけ」だった。健二容疑者は「男の子だから、厳しくしつけていた」とも説明した。

 遺体の腕や肩、胸、足といったいたるところにあざがあった。背中には多数のやけどの痕残っていたという。

「比較的、古い感じの傷があった。長い期間、虐待が繰り返されていた疑いがある」

 捜査幹部はまゆをひそめた。

 警視庁小岩署は2人を傷害容疑で逮捕。司法解剖で死因は不明だが、同署は容疑を傷害致死に切り替えて虐待の実態を調べるとともに、病理検査で死因の特定を進めている。


「もう殴らない」をうのみにした学校


 千草容疑者は中学3年の15歳のとき、海渡君を出産した。千葉県内の実家でシングルマザーとして育児を続けたが、母親に海渡君を任せて、千葉市内の飲食店で働くようになったという。

 その店に客として訪れていたのが健二容疑者だった。客と従業員の間柄から恋愛関係になり、千草容疑者は海渡君を実家に預けたまま、健二容疑者の家に住むようになった。昨年2月に入籍し、4月から海渡君を引き取って3人で暮らし始めた。

「入学式のときだったかな。3人でおめかしして歩いていた。奥さんと海渡君は手をつないでいて、『記念写真を撮ってきたんだぁ』と喜んでいた」

 近くに住む女性はこう振り返る。3人で買い物をする様子もたびたび見られており、はた目には仲の良い家族にみえたという。

 だが、昨年夏ごろから状況は変わったようだ。

 近所の人たちによると、アパート付近で子供の「ギャー」という泣き叫ぶ声、男の怒声、ドスンという大きな物音が聞こえるようになった。

「パパにぶたれた。ママは見ているだけで、何も言わない」

「何も悪いことをしていないのに、ぶたれた」

 昨年9月4日、海渡君が近くの歯科医院を訪れたときだった。歯科医師の男性が足などのあざに気が付いて問いただすと、海渡君はこう打ち明けた。

「自分の保護者である両親から虐待されていることを打ち明けることは、とても勇気のいることだ。それだけ、海渡君は追い詰められていたのではないか」(捜査関係者)

 歯科医師は同月14日、虐待情報を受け付ける同区の「子ども家庭支援センター」に通報。連絡を受けた松本小は、小原サナヘ校長(60)や担任教諭(28)らが17日に家庭訪問を行う対応を取った。

 その際、姿を見せた海渡君の顔はパンパンに腫れ上がっていたという。

「うそをついたので、しつけの意識で殴った。二度と殴らない。男の約束だ」

 学校や区側は健二容疑者の言葉を額面通りに受け取り引き下がった。

 児童虐待防止法により強制立ち入り調査や被害者の一時入所などの対応を行う児童相談所には情報提供したのみ。具体的な対応を求める「通告」という手続きを行わなかった。

「これで解決というつもりではなかったが、『二度とやらない』という確認をとっており、保護者との信頼関係があり、見守り続けたいということで…」

 同区の丸山みどり児童女性課長は当時のことをこう説明する。

 児童虐待に詳しい東海学院大学人間関係学部の長谷川博一教授(臨床心理学)は、こうした対応を厳しく批判する。

「学校や区の対応が理解できない。『しつけのためにやった』という言葉は一番危険度が高いし、母親が虐待を止めようともしない時点で危ない状況だ」

 健二容疑者が「男の約束」という言葉を使っていたが、長谷川教授によれば、「よくも約束させたな」と、健二容疑者が海渡君に責任転嫁し、さらに虐待のリスクが高まった可能性もあるという。


繰り返される連れ子の虐待死


 海渡君の欠席は家庭訪問後、目立つようになった。学校によると、昨年9月以降、「風邪」や「家の都合」、「頭痛」といった理由で85日の出席日のうち31日欠席した。10月には11日連続で欠席していた。

 それでも学校は虐待の可能性を疑わなかった。小原校長は「暴力を振るわないと約束していた。子供がもし、実際にそういうことに遭っていたのであれば、担任に話をしてほしかった」と釈明する。

 子供にそんな相談ができるだろうか。相談がなかったから、気づけなかったという学校側の対応は常軌を逸していると言わざるを得ない。

 海渡君のような連れ子が虐待され、命を落とすケースは後を絶たない。

 平成20年1月、妻の連れ子だった無職の長男(16)を木製のハンガーで殴打するなどして死亡させたとして、川崎市内の会社員の男(39)が神奈川県警に逮捕された。男は「言うことを聞かなかったので殴った」と供述した。

 昨年4月には大阪市西淀川区の小学4年の女児(9)が虐待で衰弱した状態でベランダに放置され、死亡した。保護責任者遺棄致死や死体遺棄容疑で母親(34)と内縁の夫(38)が大阪府警に逮捕された。内縁の夫は女児へ日常的に虐待を繰り返し、母親は黙認していたとされる。顔の傷を隠すために学校に登校させないこともあったという。

 連れ子のほうが一般的に虐待されるリスクが高いとされる。

「連れ子を愛せず、自分の思い通りにならないと邪魔だと思って虐待してしまうことがある。実の親も再婚相手を失いたくないという思いや、自分に暴力の矛先が向くことへの恐れから、虐待に追随するケースもある」(長谷川教授)。


 繰り返される児童虐待。海渡君は事件数日前、近所の人に「お父さんからいじめられていないか」と聞かれたとき、「いじめられてません」と答えたという。

 健二容疑者に気に入られたいというけなげな思いだったのか、そのことが健二容疑者に知られたらまた虐待されると思ったのか。

 海渡君の遺体は千葉県内に住む千草容疑者の母親が引き取り、28日に葬儀が執り行われたという。

 健二容疑者は「子供が亡くなってしまい悲しい。やりすぎてしまった」と反省の言葉を述べ始めているというが、海渡君が死の間際まで味わった恐怖は「やりすぎ」では片づけられない。


産経ニュース 2010-01-31


 注意すべきことだが、虐待にまつわるニュースにおいて新聞やメディアがジャーナリズムとしての役割を果たすことは、まずない。彼等はただの覗き屋である。この記事にしても同様で、学校や児童相談所に責任をなすりつけて自分は頬かむりしている。直ちに法改正をして、虐待通報があった場合は警察が介入すべきだ。

詩は、「書くまい」とする衝動なのだ/『石原吉郎詩文集』石原吉郎


 ただ私には、私なりの答えがある。詩は、「書くまい」とする衝動なのだと。このいいかたは唐突であるかもしれない。だが、この衝動が私を駆って、詩におもむかせたことは事実である。詩における言葉はいわば沈黙を語るためのことば、「沈黙するための」ことばであるといっていい。もっとも耐えがたいものを語ろうとする衝動が、このような不幸な機能を、ことばに課したと考えることができる。いわば失語の一歩手前でふみとどまろうとする意志が、詩の全体をささえるのである。

(「詩の定義」)


【『石原吉郎詩文集』石原吉郎〈いしはら・よしろう〉(講談社文芸文庫、2005年)】


 これは決して「気取った文章」ではない。戦後、シベリアのラーゲリに抑留された石原にとって「言葉を語る」ことは、そのまま実存にかかわることもあった。言葉にした途端、事実は色褪せ、風化してゆく。時間の経過と共に自分の経験ですら解釈が変わってゆく。物語は単純化され、デフォルメされ、そして変質する。


 石原は「語るべき言葉」を持たなかった。シベリアで抑留された人々は、「国家から見捨てられた人々」であった。ロシアでも人間扱いをされなかった。すなわち「否定された存在」であった。


 消え入るような点と化した人間が、再び人間性を取り戻すためには、どうしても「言葉」が必要となる。石原吉郎は詩を選んだ、否、詩に飛び掛かったのだ。沈黙は行間に、文字と文字との間に横たわっている。怨嗟(えんさ)と絶望、憎悪と怒り、そしてシベリアを吹き渡る風のような悲しみ……。無量の思いは混濁(こんだく)しながらも透明感を湛(たた)えている。


 帰国後、鹿野武一(かの・ぶいち)を喪った時点で、石原は過去に釘づけとなった。シベリアに錨(いかり)を下ろした人生を生きる羽目となった。石原は亡霊と化した。彼を辛うじてこの世につなぎ止めていたのは、「言葉」だけであった。

石原吉郎詩文集 (講談社文芸文庫)

幻のグアム案


 これは驚くべき事実だ――。「グアムでの駐留がアジア太平洋における抑止力を強化すると両政府は認識」(「在沖縄海兵隊に係る協定」)。なぜメディアはこうした情報を早い段階で明らかにしなかったのか? 未必の故意、あるいは不作為があったとしか思えない。


D

銃弾が食い込んだままの教科書


 ヨルダン川西岸のジェニンでは、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が運営する女子小学校を訪ねました。3月4日からの5日間におよぶ侵攻で、戦車によって爆撃を受け、校庭も校舎も銃弾の跡で穴だらけでした。

 ある女の子が、私にノートを見せてくれました。

 彼女のノートは、銃弾を受け、ビリビリに切り裂かれていました。そしてその裂け目の間には、まだ弾丸がくいこんだままでした。

 彼らは、授業中の小学校を銃撃したのです。たくさんの子どもたちがケガをしましたが、病院に運ぶこともイスラエル兵は阻み、助けに入ろうとする者を次々に撃っていきました。

 この日、UNRWAのジェネラルディレクターが駆けつけてキャンプに入ろうとしましたが、イスラエル兵はそれも拒みました。


【『「パレスチナが見たい」』森沢典子〈もりさわ・のりこ〉(TBSブリタニカ、2002年)】

パレスチナが見たい