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2010-06-06

日本で初めて告別式をしたのは中江兆民


(1901年12月)17日の葬式は、彼(※中江兆民)の遺言により、一切宗教的儀式を排するために、「告別式」という形で行われた。これが日本における「告別式」の始まりである。然るに、すべてをあいまい化してしまう日本人は、やがて「告別式」のほかにも依然二重の手間をかけて「葬式」は行い、兆民の考えた「告別式」と別の形態のものにしてしまった。

 兆民は墓さえ作らせなかった。


【『人間臨終図巻』山田風太郎徳間書店、1986年)】

人間臨終図巻〈1〉 (徳間文庫) 人間臨終図巻〈2〉 (徳間文庫) 人間臨終図巻〈3〉 (徳間文庫)

半径1メートルの中で1ミリでも社会を変えていこう


 政治家や官僚を叩きながら確実に腐っていく我が国の中で、僕は今日から自らの行いによって、半径1メートルの中で1ミリでも社会を変えていこう、と。


病児保育のNPO法人フローレンス代表 駒崎弘樹のblog

考えるとは「自分で考える」ということでなければならない


 一つの対象を知るとか、一つの問題を解くとかいうことは、それをすでにできあがっている知識の体系に入れることであると一般には考えられておりますし、また事実それで問題の解決がなされることもありますが、しかし真に具体的な問題は、一つ一つ独特なものであります。厳密に申しますなら、少なくとも現実の問題においては、一つとして全く同じ問題はないはずであります。したがってそれは既成のパターンに入れることでは、十分な解決とはなりません。またすでにできあがっているパターンにははいらないからこそ、問題なのであります。したがってその問題を具体的に解くためには、(中略)自分でその枠なり、入れものなりをつくらなければなりません。考えるとは、できあがったパターンにそれを適用することではなく、パターンそのものをつくるということでなければなりません。一言で申しますと、考えるとは自分で考えるということでなければならないのであります。


【『「自分で考える」ということ』澤瀉久敬〈おもだか・ひさゆき〉(文藝春秋新社、1961年/第三文明レグルス文庫、1991年)】

「自分で考える」ということ