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2010-06-19

比較トラップ/『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー

 天才本である。天才本(てんさいぼん)とは、読むだけで自分が天才になったような錯覚を抱かせてくれる「知的興奮掻き立て本」のことだ。ランクとしては「悟り本」と「勉強本」の間に位置する。


 マッテオ・モッテルリーニの『世界は感情で動く 行動経済学からみる脳のトラップ』が辞書的、レジュメ的であるのに対して、本書では実証的に行動経済学を解き明かしている。


 実験証明の手法がスタンレー・ミルグラムの『服従の心理』とよく似ており、モルモット化された人間が突きつけてくるデータにたじろぐこと間違いなし。


 この本を通じてのわたしの目標は、自分やまわりの人たちを動かしているものがなんなのかを根本から見つめなおす手助けをすることだ。さまざまな科学的実験や研究成果、逸話などを紹介することが(興味を持ってもらえるものが多いはずだ)、よい道しるべになるのではないかと思う。ある種の失敗がいかに秩序立っているか――わたしたちがいかに何度も同じ失敗を繰り返すか――がわかるようになれば、そのうちの一部は、どうすれば防げるかが見えてくるだろう。


【『予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー/熊谷淳子訳(早川書房、2008年)以下同】


 これはかなり良心的な手心を加えた言い草となっている。我々の「不合理な行動」を知ったところで現実に生きているのは高度情報化社会であるからだ。しかも情報の取捨選択、リテラシーは飽くまでも恣意的(しいてき)に行われており、脳の情報処理は認知バイアスを避けることができない。


 つまり、「メディアバイアス×認知バイアス=自分の判断」という図式になっている。


 ダン・アリエリーの文章は人間というリアリティに支えられている。わかりにくい理屈とは無縁だ。彼は18歳の時、全身の70パーセントに火傷(やけど)を追っている。その後、3年間もの入院生活を余儀なくされた――


 友人や家族と同じ毎日をすごすことができなくなり、社会から半分切りはなされたように感じた。そのため、以前は自分にとってあたりまえだった日々の行動を、第三者のように外から観察するようになった。まるでべつの文化から(あるいは、別の惑星から)来たよそ者のように、自分やほかの人のさまざまな行動について、なぜそうするのかを考えはじめた。


 思春期の不安、病苦との格闘、将来への絶望――彼はそこから離れて、高い視点から自分を取り巻く世界を観察した。「見る」ことは「離れる」ことである。彼は期せずして「欲望から離れよ」というブッダの教えを実践していたといってよい。失意に打ちひしがれる自分を上から見下ろした時、彼は失意から離れていたはずだ。ダン・アリエリーは人間を通して共通原理を探った。経済原理に人間をはめ込むような真似は決してしなかった。


 では、具体的なケースを紹介しよう――


(飲食店経営コンサルタントのグレッグ・)ラップがこれまでの経験から学んだのは、値の張るメイン料理をメニューに載せると、たとえそれを注文する人がいなくても、レストラン全体の収入が増えるということだ。なぜだろう? たいての人は、メニューのなかでいちばん高い料理は注文しなくても、つぎに高い料理なら注文するからだ。そのため、値段の高い料理をひとつ載せておくことで、二番めに高い料理を注文するようお客をいざなうことができる(そして、二番めに高い料理からより高い利鞘〈りざや〉を確保できるよう調整しておくこともできる)。


 相対性は(相対的に)理解しやすい。しかし、相対性には、絶えずわたしたちの足をすくう要素がひとつある。わたしたちはものごとをなんでも比べたがるが、それだけでなく、比べやすいものだけを一所(ママ)懸命に比べて、比べにくいものは無視する傾向がある。


 わたしたちの実験が示すように、消費者が支払ってもいいと考える金額は簡単に操作することができる。つまり、消費者はさまざまな品物や経験に対する選考や支払い意思額を自分の思いどおりには制御できていない。


 値段の変化に対してわたしたちが示す感応度は、真の選好や需要の度合いの反映などではなく、過去に支払った金額の記憶と、過去の決断との一貫性を維持したいという願望によるところが大きいのかもしれない。


 ストックホルム症候群も、「閉ざされた状況下において劇的な場面が展開されることで極端に選択範囲が狭まった状態」と考えれば、恋愛感情が芽生えることも理解しやすい。


 不合理な行動の原因は「比較トラップ」にあったのだ。物事を判断する際、比較対象は自分の経験を通して矮小化(わいしょうか)される。こうして広い世界は自分を媒介して狭くなってゆく。


 ダン・アリエリーは唯一の解決策は「相対性の連鎖を断つことだ」と指摘している。掘り下げられたテーマがどんどん哲学性を帯びてくる。では、その向こう側に現れるべき「絶対性」は何なのか?


 これは環境問題大衆消費社会の論点に直結している。


 答えは明らかだ。欲望をコントロールするしかない。つまり「少欲知足」だ。「欲少なくして足るを知る」生き方ができない限り、社会や世界のどこかに必ず負荷がかかる。そして答えが明らかであるにもかかわらず実践は至難だ。


 クリシュナムルティは「比較が分断を生む」と指摘している。とすると、「比較からの自由」こそ我々が追求するべき自由なのだろう。ヒエラルキーにまつわる「集団と暴力の問題」も比較に根差している。

予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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