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2010-07-20

日本を半世紀にわたって支配してきた「自民党」はCIAのエイジェントによって作られたCIAのために働く党だった


 拙訳「かつてアメリカがリクルートした二人の一番影響力のあるエイジェントがCIAの日本政府を支配する任務を遂行するのを助けた」

 で、其の二人の男とは、岸信介児玉誉士夫である。


雁屋哲の美味しんぼ日記(以下同)】


 ワイナー(※ニューヨーク・タイムズの記者ティム・ワイナー)の記述は、まだまだ続く。分かりやすいようにまとめよう。(念のために断っておくが、ワイナーが言明しているように、以下に書くことは真実である。すべて、文書や記録が残っている。)


1.岸信介と児玉誉士夫は、CIAのエイジェントとなった。

2.CIAの助けによって、岸信介は自民党の党首となり、首相となった。

3.児玉誉士夫は暴力団のナンバーワンとなり、CIAに協力した。

4.岸信介と、児玉誉士夫が、戦後の日本の政治の形を作った。

5.岸信介は、児玉誉士夫の金を使って選挙に勝った。代議士になると、岸信介はその後50年に渡って日本を支配する自民党を作り上げた。

6.岸信介の作った「自由民主党」は自由主義的でもなければ民主主義的でもなく、戦争で亡びたはずの日本帝国の灰の中から起き上がってきた右翼的で封建的な指導者たちのクラブだった。

7.CIAと自民党との相互の間で一番重要だったのは、金と情報の交換だった。その金で党を支援し、内部情報提供者をリクルートした。

8.アメリカは、一世代後に、代議士になったり、大臣になったり、党の長老になったりすることが見込める若い人間たちとの間に金銭による関係を作り上げた。

9.岸信介は党の指導者として、CIAが自分の配下の議員たち一人一人をリクルートして支配するのを許した。


CIA秘録上 CIA秘録 下

個人の思想というものはありえない


 個人の思想というものはありえないし、思想の実践的営為は個人的なパースペクティヴを否定すること以外の出口を持つこともありえない。哲学というイデーそのものに、ある一つの原初的な問いが、すなわちいかにして人間的な情況から外へ出るのかという問いが結ばれている。いかにして必要性による行動に服従し、有用な区切りを立てるよう定められている反省的思考から、自己意識へと、すなわち本質なき――が、意識的な――存在の意識へと横滑りしていくのか、という問いが結ばれているのである。


【『宗教の理論』ジョルジュ・バタイユ湯浅博雄訳(人文書院、1985年/ちくま学芸文庫、2002年)】

宗教の理論 (ちくま学芸文庫)

呉子「戦場とは屍(しかばね)をさらすところだ」


 呉子曰く、「凡そ兵戦(へいせん)の場は、屍(しかばね)を止むるの地、死を必(ひつ)とすればすなわち生き、生を幸(さいわい)とすれば則ち死す。

 其の善く将たる者、漏船(ろうせん)の中(うち)に坐(ざ)し、焼屋(しょうおく)の下(もと)に伏するが如く、智者をして謀(はか)るに及ばず、勇者をして怒(いか)るに及ばざらしむれば、敵を受けて可なり。

 故に曰く、『兵を用うるの害は猶予最も大なり。三軍の災は疑より生ず』」と。


 呉子はいわれた。

「戦場とは屍(しかばね)をさらすところだ。死を覚悟すれば、生きのびることもできるが、生きながらえようと望んでいると、逆に死をまねくことになる。

 良き指揮官は、穴のあいた船に乗り、燃えている家の中で寝ているように、必死の心構えでいるものだ。そうなればたとえどんな智者がはかりごとをめぐらそうと、勇者がたけりくるってかかってこようと、どんな敵をも相手にすることができるのだ。

 だからこそ軍隊を動かすにあたって、『優柔不断を避けるべきであり、全軍の禍いは、懐疑と逡巡から生まれる』といわれるのだ」


【『呉子』尾崎秀樹〈おざき・ほつき〉訳(教育社、1987年/中公文庫、2005年)】

呉子 (中公文庫BIBLIO)