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2010-08-13

中東が砂漠になった理由/紀元前5世紀に肉食をやめたインド

石●結局イスラムは、ブタを捨ててヤギとヒツジに頼ったわけです。ヤギとヒツジは、ある意味でいちばん自然を破壊する家畜ですよ。イスラム文化の支配したところが砂漠化していったのは理解できます。アラビア半島から始まってインド亜大陸、中央アジア北アフリカ、スペイン南部まで、イスラムの支配した地域はほとんど砂漠です。ヤギとヒツジのせいだといってもいい。


湯浅●根まで食べちゃうわけですからね。


安田●インドがなぜ肉食をやめたのかということは、いずれにしても21世紀の大きなテーマになる。いずれ人類はそんなに肉を食えない時代を迎えるはずです。インドの紀元前5世紀における肉食の放棄は、結局、放棄するしかなかったということかもしれません。


【『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之〈いし・ひろゆき〉、安田喜憲〈やすだ・よしのり〉、湯浅赳男〈ゆあさ・たけお〉(洋泉社新書y、2001年)】

環境と文明の世界史―人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ (新書y)

欧州物理学チーム、特殊相対性理論の「E=mc²」をついに証明


 理論物理学者アルバート・アインシュタイン(Albert Einstein)が1905年に発表した特殊相対性理論の有名な関係式「E=mc²」が、1世紀余りの後、フランス、ドイツ、ハンガリーの物理学者のチームが行ったコンピューターによる演算の結果、ついに証明された。

 仏理論物理学センター(Centre for Theoretical Physics)のLaurent Lellouch氏率いる物理学の合同チームは、世界最高性能のスーパーコンピューター数台を使って、原子核を構成する陽子と中性子の質量を算出した。

 素粒子物理学では一般的に、陽子と中性子は、クォークと呼ばれるより小さな粒子で構成されていると考えられている。さらに、クォークはグルーオンと呼ばれる粒子で結びつけられている。

 不思議なのは、グルーオンの質量はゼロ、クオークの質量は全体の5%しかなく、残りの95%はどこにあるのかということだ。

 21日の米科学誌「サイエンス(Science)」で発表された研究結果によると、その答えは、クォークとグルーオンの動きや相互作用によって発生するエネルギーにあるという。つまり、特殊相対性理論でアインシュタインが提唱したとおり、エネルギーと質量は等しいということになる。

 関係式「E=mc²」は、質量がエネルギーに、エネルギーが質量に変わることを示すもので、一定の質量がエネルギーに変わる際に放出されるエネルギー量を割り出すために、これまでに何度も利用されてきた。最も有名なのは、核兵開発のヒントとなる基本的な考え方となったことだ。

 しかし、量子色力学の理論を用いて素粒子レベルで「E=mc²」を解くのは、非常に難しいとされてきた。

 フランス国立科学研究センター(National Centre for Scientific Research、CNRS)はプレスリリースで、「この関係式はこれまでは仮説だったが、今回、世界で初めて実証された」と自信を持って発表した。


AFP 2008-11-23

ユースフ・イドリース「私は跳躍し、奔走し、憤激し、思索し、挫折し、狂喜し、活動し、旅し、人に出会い、彷徨する」


 ナセルがスエズ運河近くに軍事拠点を設置することに同意を与えると、イドリースはこれは英国の即時撤退を不徹底にするものとして、ナセルの施政を痛烈に攻撃し、そのためイドリースは逮捕投獄された。その後、イドリースは戯曲『アル・ファラーフィール』を書き、「なに故に一人の人間が他者を専横的な支配の下に置かなければならないのか?」というテーマを生気ある諧謔(かいぎゃく)で作品化し、それが上演されると熱狂的な大衆の支持によって迎えられた。その後もイドリースは、作品によるナセル批判の追撃の手を緩めなかった。

 このように、イドリースはエジプト社会に非妥協の姿勢で関(かか)わり、一貫して反骨を貫く作家であった。彼は作家としての自分を次のように語っている。

「私は茶屋の椅子(いす)にステッキと数珠を手にして座しているような作家とは異なる。私は跳躍し、奔走し、憤激し、思索し、挫折(ざせつ)し、狂喜し、活動し、旅し、人に出会い、彷徨(ほうこう)する」

 彼の経歴から、アンガージュマンの作家であることは自明だが、さらに彼の言葉を借りてみよう。「私は社会の中の生きた道具だ。社会が気を失ったら私が社会に囁(ささや)きかけ、鼓吹し、抗争に引き出し、時には自分のペンで突き刺して、蘇生(そせい)させてやるのだ」この点は「私の関心は書くことによって惹起(じゃっき)される影響にある」という彼の発言とも通ずるところがある。(「解説」より)


【『集英社ギャラリー〔世界の文学〕20』朝鮮短編集、魯迅、巴金、茅盾、クッツェー、ナーラーヤン、イドリース、マハフーズ(集英社、1991年)】

中国・アジア・アフリカ/集英社ギャラリー「世界の文学」〈20〉

人間を拒む場所には神がいる


 したがって、高山病は何世紀も前から知られていた。昔の人にとっては謎の病気であり、神の住む場所だから人間は気が狂うのだとか、山の植物が毒を発散しているせいだとか考えられていた。


【『人間はどこまで耐えられるのか』フランセス・アッシュクロフト/矢羽野薫訳(河出書房新社、2002年/河出文庫、2008年)以下同】


 古代ギリシャ人も、オリュンポス山の山頂(標高約2900メートル)では息苦しくなることから、山頂は神々が住むところで人間が足を踏み入れることは許されないのだと信じていた。

人間はどこまで耐えられるのか 人間はどこまで耐えられるのか (河出文庫 ア 6-1)

(※左が単行本、右が文庫本)

緒方洪庵が生まれた日


 今日は緒方洪庵が生まれた日(1810年)。28歳で適塾を開く。門下生には福澤諭吉橋本左内大村益次郎など。日本初の病理学書も著す。「人の為に生活して己のため生活せざるを医業の本髄とす 安逸を思はず名利を顧みず唯己をすてて人を救はん事を希ふべし」(緒方洪庵抄訳「扶氏医戒」)。

緒方洪庵―幕末の医と教え