古本屋の覚え書き このページをアンテナに追加 RSSフィード


WWW を検索 古本屋の覚え書きを検索

2010-11-30

櫻井義秀


 1冊読了。


 134冊目『霊と金 スピリチュアル・ビジネスの構造』櫻井義秀〈さくらい・よしひで〉(新潮選書、2009年)/わかりやすい宗教社会学入門。スピリチュアル系を含む宗教団体の荒稼ぎぶりを考察している。ここが大事。決して暴き立てて警鐘を乱打しているわけではない。「考えるのはあんたの仕事」ということ。具体例としてはヒーリング・サロンを展開した神世界、それと霊感商法の代名詞・統一教会。よくも悪くも新書的で、さほど宗教と縁のない人でもスラスラ読めると思う。統一教会の件(くだり)は結構勉強になった。終盤は著者の思いと相俟って文章がスピーディーになっている。私としては多少の異論もあるが、よくまとまっていると思う。欲をいえば、経済性と喜捨の相違にもっと踏み込んでもらいたかった。なぜなら、何らかの信仰に基づいて自己満足を得られたとすれば、それはそれで経済的な合理性があるからだ。資本主義社会の本質はねずみ講であるというのが私の持論なのだ。この手の本は被害に遭う前に読んでおくべし。

「私たちは大量虐殺を未然に防ぐ努力を怠ってきた」/『NHK未来への提言 ロメオ・ダレール 戦禍なき時代を築く』ロメオ・ダレール、伊勢崎賢治


 アクションもののヒーローはおしなべて無法者の匂いがする。「俺が法だ」と言わんばかりに社会の矛盾や組織の理不尽を踏みつけてくれる。我々に代わって。人気の高い作品というのは、人々の不満を上手にすくい取ってカタルシスを与えているのだろう。


 映画『ホテル・ルワンダ』を観た人であれば、ロメオ・ダレールを知っているはずだ。ニック・ノルティが演じたオリバー大佐はロメオ・ダレールがモデルになっている。国連という枠組みに縛られて、大虐殺を傍観せざるを得なかった司令官だ。


 映画から受けた衝撃は十分すぎるものであったが、私にとってルワンダは遠い国だった。世界中がルワンダを放置しているのだろう、と思いながら私も放置していた。アフリカというだけで、どうせ大した情報もあるまいと決めつけていた。


 映画を観てからちょうど2年後に、レヴェリアン・ルラングァ著『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』を偶然見つけた。これが私の運命を大きく変えることになった。その意味でルワンダは我が精神の祖国といってよい。


 ルワンダについて、ダレール氏は次のように語る。

ルワンダはわたしを変えました。生涯心から消えることのない体験だったからです。大量虐殺は核兵器の使用と同じく、人類が越えてはならない一線です。それなのにわたしたちは、大量虐殺を未然に防ぐ努力を怠ってきたのです」


【『NHK未来への提言 ロメオ・ダレール 戦禍なき時代を築く』ロメオ・ダレール、伊勢崎賢治(NHK出版、2007年)以下同】


 経験が人を変えるとよくいう。そんなのは嘘っぱちだ。経験は誰でもしている。そして経験の劇的さを競うことには意味がない。問われるのは経験ではなく感受性なのだ。世界と人間から感じ取るものが大きければ大きいほど、人は深い生を味わうことができる。


 それにしてもロメオ・ダレールに伊勢崎賢治をぶつけるというのが絶妙なキャスティングだ。この二人は共に地獄を見てきた男であり、平和のプラグマティストである。理想だけでもなく、口先だけでもなく、政治的な現実を知り尽くした上で可能な範囲ギリギリまで平和を推進してきた。


ダレール●アフリカに対する先進国の関心はゼロに等しい状況です。わたしたちは彼らに対して植民地時代よりもひどい仕打ちをしています。わたしたちは勝手に格付けを行って、黒人の住むアフリカ大陸を最低だと決めつけてしまったのです。自分たちに利益がない場所には、決して関与しないと。

 ルワンダで虐殺が始まった当初、部隊を派遣するかどうを判断するため、各国の視察団がやってきました。ある国の代表はそっけなくこう言いました。

「司令官、わたしたちはルワンダに来るつもりはありません。兵力の増強を政府に進言するつもりもありません」

 わたしは言いました。

「なぜですか。ルワンダの惨状をよく見てください」

 しかし、彼は次のように答えました。

「状況はわかります。でも、ルワンダには何の戦略的価値も資源もない。ただ人がいるだけです。すでに多すぎるくらいの人間がね」

(中略)

 そして、さらに彼はこう言い放ったのです。

「白人兵士をひとり送るためには、ルワンダ人8万5000人の死が必要だ」と。

 それがアフリカの人びとの命の価値だったのです。

 結局、ルワンダには誰ひとりとして来ませんでした。


 価値観は恐ろしい。差別を合理化できるのだから。そして自分の価値体系から外れるものは切り捨てることができる。「国益に利することがないのであれば、我が国は関心を持てません」ってわけだよ。日本も無関心だった。そして、あなたや私も。


 1994年8月、ダレール氏はルワンダから帰国。これ以上、任務を遂行する気力も体力もない、と司令官を辞任した。しかし、脳裏からルワンダの惨状が消えることはなかった。ダレール氏は、PTSD心的外傷後ストレス障害)と診断された。2000年6月、ダレール氏は自殺を図り、公園のベンチの下で発見された。国連平和維持部隊の司令官まで務めたダレール氏の自殺未遂に、カナダの人びとは衝撃を受ける。


 ここにロメオ・ダレールの真実があった。深き感受性はどこまでも自分を苛(さいな)んだ。「国連を非難しているが、じゃあお前はどうなんだ? お前は何かしたのか?」という声が胸の中で去来したことと想像する。


 ロメオ・ダレールと伊勢崎賢治は暴力の構図から妥協の知恵を模索する。ダレールの「保護する責任」という主張は2005年の国連サミットで採択される。こうして「国家主権」「内政不干渉」に一撃を食らわせた。しかし条文やルールで平和を構築した歴史は人類に存在しない。悪用されるケースも十分考えられる。


 目の前にある不幸と関わる。世界の不幸に思いを馳せながら。それしかできない。いや、それだけならできる。世界を根本的に変えるのは、不幸を感受する力を促す教育である。他人の不幸に鈍感な人々が世界を滅ぼすのだ。

NHK未来への提言 ロメオ・ダレール―戦禍なき時代を築く

ヒトは「代理」を創案する動物=シンボルの発生

 抽象とはなにか。それは頭の中の出来事である。頭の中の出来事というのは、感情を別にすれば、つまりはつじつま合わせである。要するに頭の中でどこかつじつまが合わない。そこで頭の外に墓が発生するわけだが、どこのつじつまが合わないかと言えば、それは昨日まで元気で生きていた人間が今日は死んでしまってどこにも居ない、そこであろう。だから墓というものを作って、なんとかつじつまを合わせる。本人は確かに死んでもういないのだが、墓があるではないか、墓が、と。臨終に居あわせ損ねたものの、故人とは縁のあった人が尋ねて来て、尋ねる人はすでに死んだと始めて聞かされた時、物語ではかならず故人の墓を訪れる約束になっている。さもないとどうも話の落ち着きが悪い。その意味では、墓は本人の代理であり、ヒトとはこうした「代理」を創案する動物である。それを私は一般にシンボルと呼ぶ。


【『カミとヒトの解剖学』養老孟司〈ようろう・たけし〉(法蔵館、1992年/ちくま学芸文庫、2002年)】

カミとヒトの解剖学 カミとヒトの解剖学 (ちくま学芸文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

アフガン兵士の詩


「カリル! 間違えてもヒズビとの戦闘なんかで死んだりするな。元気で帰ってきて、マスードの前で、私の前で、君の詩をまた吟じてくれ」。私は彼の後ろ姿を見ながらつぶやいた。彼は一編の詩を残して去っていった。


 敵の弓の矢で人が命を

 失わない日はありません

 そして人々が、自分の手足を

 失わない日もありません

 敵の残酷な火が村を焼き尽くさない

 日もありません

 親を亡くした子どもたちの泣き声が

 聞こえない日もありません

 心が二つに割れず、自分の家族から犠牲者をださなかった

 日をすごしたこともありません

 国の砂漠のあちこちは、シャヒードのお墓の上につけられた

 ロウソクの灯でいっぱいです

 春がいまほど、犠牲者の血で赤く

 美しくなっていることはありません

 歴史の本は戦いについてたくさん書いてはいるけれど

 書かれていないこともたくさんあります

 この貧しい人々のためには

 神が力を貸して勝利をものにするしかありません

 おーい、戦士たちよ、バラバラになっている戦士たちよ

 努力してまとまって下さい

 結果は貴方たちのものなのだから


 手帳いっぱいに詩を書きつけていたカリル。軽い安らかな寝息をたてて寝たカリル。インド、アフガン、中国を経て日本に伝わった仏陀のやさしい顔立ちを思わせたカリル。

 カリル、貴方からとうとう明るく楽しい詩は聞けなかったけれど、いつか、そんな詩が貴方の手帳を満たす時がくるに違いない。いやきてほしいと私は願う。


【『マスードの戦い』長倉洋海〈ながくら・ひろみ〉(河出文庫、1992年/『峡谷の獅子 司令官マスードとアフガンの戦士たち』朝日新聞社、1984年に一部加筆)】

マスードの戦い (河出文庫)

マーク・トウェインが生まれた日


 今日はマーク・トウェインが生まれた日(1835年)。「真実が靴を履こうとしている間に、嘘は既に世界の半分に広まっている」「全てが間違っているということはありえない。どんな壊れた時計でも一日に2回は正しい時刻を示す」「今から20年後、あなたはやったことよりも、やらなかったことに失望する」「先に進むための秘訣は、先に始めること。先に始めるための秘訣は、複雑で圧倒する仕事を、扱いやすい小さな仕事に分解して、最初のひとつを始めることだ」「アダムがリンゴを欲しがったのは、そのリンゴが食べたかったからではない。ただそれが禁じられていたから、というだけのことだ」「人間が善悪の別を知っているという事実は、人間が他の動物より知的に優れていることの証拠だ。しかし人間が悪事を働くことができるという事実は、それができない他の動物よりも道徳的に劣っていることの証拠だ」「名声は霧、人気は偶然の出来事。この世でただ一つ確実なもの、それは忘却」。

トム・ソーヤーの冒険 (新潮文庫) ハックルベリー・フィンの冒険〈上〉 (岩波文庫) ハックルベリー・フィンの冒険 下 (岩波文庫 赤 311-6) トウェイン完訳コレクション  アーサー王宮廷のヤンキー (角川文庫)


不思議な少年 (岩波文庫) 王子と乞食 (岩波文庫 赤 311-2) 人間とは何か (岩波文庫) マーク・トウェイン文学/文化事典

スウィフトが生まれた日


 今日はスウィフトが生まれた日(1667年)。イングランド系アイルランド人の司祭、諷刺作家、随筆家、政治パンフレット作者。『ガリヴァー旅行記』は1726年に発行された。しばしば子供向けの本と誤認されてきたが、これは大いなる時事諷刺である。アンチテーゼを示し、読者に反駁を求めた。

ガリヴァ旅行記 (新潮文庫) ガリヴァー旅行記 (岩波文庫)

2010-11-29

ファシズムに抗ったデンマーク市民


 20世紀に、これと同じように始まったけれど、異なる結末を持つある出来事を思い出してみよう。ファシストがデンマークに侵攻したとき、すべてのユダヤ人は着ているものに黄色い星のワッペンを縫い付けるように命令された。そうすれば、すぐに見分けがつくからだ。するとデンマークの市民は誰もがただちに黄色い星を縫い付けた。ユダヤ人を救い、自分たちもファシストにならないために、国王も国民の行動を支持した。


【『プーチニズム 報道されないロシアの現実』アンナ・ポリトコフスカヤ/鍛原多惠子〈かじわら・たえこ〉訳(NHK出版、2005年)】

プーチニズム 報道されないロシアの現実

常に断崖の縁を歩いてきた人間


「いずれにせよ、常に断崖の縁を歩いてきた人間にとって、最大の緊急事態も、いわば日常茶飯の出来事にすぎません」


【『永遠の都』ホール・ケイン/新庄哲夫訳(潮文学ライブラリー、2000年/白木茂訳、潮出版社、1968年)】

永遠の都〈上〉 (潮文学ライブラリー) 永遠の都〈中〉 (潮文学ライブラリー) 永遠の都〈下〉 (潮文学ライブラリー)

WikiLeaksが米国務省文書25万件を暴露


 WikiLeaksが米国務省文書251,287件を暴露!

 http://cablegate.wikileaks.org/


 WikiLeaksの暴露で米国務省は大打撃。米議会でWikiLeaksをテロ組織認定の呼びかけ開始。ヒラリー・クリントン国務長官が対応に奔走。


 世界各国米大使館の大使館員は2008年の「ヒュミント収集命令」により基本的にスパイの役割も果たしているとWikiLeaks文書。

 http://www.nytimes.com/2010/11/29/world/29spy.html?_r=2&ref=global-home


 これはすでに噂されたことだが事実ははるかに深い。米国務省は潘基文国連事務総長や常任理事国代表その他あらゆるスタッフの個人通信情報(パスワード、秘匿キー、クレジットカード情報など)を収集していると。


 米国政府の国連スパイは深刻。潘基文国連事務総長に関してはDNA及び指紋情報含めあらゆる個人情報(弱み?)を収集するよう命令されていると。同様の情報収集はコンゴ、ルワンダウガンダブルンジ首脳も対象に。


 47ニュース:米韓、南北統一後を協議 ウィキリークス文書報道

 http://www.47news.jp/CN/201011/CN2010112901000017.html


 国連事務総長及び常任理事国代表の個人情報収集など国連に関するスパイ命令はライス前国務長官とヒラリー現国務長官の命令によるものらしい。こりゃーどう言い訳するのか見物だ。


gloomynews

中村元−岩波文庫


 来年はクリシュナムルティを再読しつつ、初期仏教との比較を試みる。手始めに岩波文庫から出ている中村元に取り掛かる予定。余裕があれば浄土三部経にも手をつける。


ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫) ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫) ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)


仏弟子の告白―テーラガーター (岩波文庫 青 327-1) 尼僧の告白―テーリーガーター 岩波文庫 青 327-2 ブッダ神々との対話―サンユッタ・ニカーヤ1 (岩波文庫 青 329-1) ブッダ悪魔との対話――サンユッタ・ニカーヤ2 (岩波文庫 青 329-2)

ルイーザ・メイ・オルコットが生まれた日


 今日はルイーザ・メイ・オルコットが生まれた日(1832)。両親は著名な超越主義者でエマソンソローにも影響を与えている。成長するにつれてオルコットは奴隷制廃止論者、フェミニストとなっていった。『若草物語』で名声を不動のものに。コンコードで過ごした少女時代をもとにした半自伝的小説。


若草物語 (新潮文庫) 続 若草物語 (角川文庫) 第三若草物語 (角川文庫) 第四若草物語 (角川文庫)

2010-11-28

『大乗とは何か』三枝充悳(法蔵館、2001年)


大乗とは何か


 釈尊の「苦」から生まれた仏教は、どのようにして世界宗教である「大乗仏教」へと変貌したのか。一人のさとりに始まり、一切衆生の救済に向かった大乗の歴史を、今なお広い信仰を集める多様なほとけや、般若経を中心とした経典群をもとにあざやかに読み解く三枝仏教学の精華。

『仏教の身体技法 止観と心理療法、仏教医学』影山教俊(国書刊行会、2007年)


仏教の身体技法―止観と心理療法、仏教医学


 仏教の教えに身体性をもたせ、真に仏教を理解するために、日本人が失ってしまった伝統的な感性の文化を取り戻す。仏教の瞑想「止観」に科学的なアプローチ。

悪質なマンション勧誘急増 暴力や拘束で契約を強要


 暴力や長時間の拘束などで契約を強要されたなどとする悪質なマンション勧誘が急増していることが25日、国民生活センターの調査で分かった。同センターは消費者に注意を呼び掛けるとともに、消費者庁を通じて国土交通省などに宅地建物取引業法(宅建業法)改正の検討を要望した。

 2009年度に同センターに寄せられたマンション勧誘に関する相談は、前年度比22%増の約5300件で、05年度以降、年々増加。「車でひき殺すと言われた」「やむなく会って勧誘を断ったら暴力を振るわれた」「モデルルームで朝から15時間にわたり拘束された」など、暴力や強迫、長時間の拘束による勧誘の事例が目立っている。

 また「水回りの点検」「ライフプランの提案がある」などとうたい、販売目的や業者名を明らかにしないケースも多い。


47NEWS 2010-11-25

金融はギャンブルだ


 金融はギャンブルとしてしか理解できないし、ギャンブルは金融の一形態としてしか理解できない。


【『ギャンブルトレーダー ポーカーで分かる相場と金融の心理学』アーロン・ブラウン/櫻井祐子訳(パンローリング、2008年)】

ギャンブルトレーダー――ポーカーで分かる相場と金融の心理学 (ウィザードブックシリーズ)

国家の目的は自己保存


佐藤●国家の目的は何かというと、自己保存なんです。そのためには国民から富や労働力を収奪しなければならない。国民に対して福祉という優しさを示すのも、ある程度、国民に優しくないと国民が疲弊して収奪できなくなるからです。金融面での規制を緩和して起業を促したのも、新たな収奪の対象をつくりだすという側面があったといっていいでしょう。小泉政権における新自由主義的な経済政策も、新たに富める者をつくりだして収奪するためだといえます。


【『ナショナリズムという迷宮 ラスプーチンかく語りき』佐藤優魚住昭朝日新聞社、2006年/朝日文庫、2010年)】

ナショナリズムという迷宮―ラスプーチンかく語りき ナショナリズムという迷宮 ラスプーチンかく語りき (朝日文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

クロード・レヴィ=ストロースが生まれた日


 今日はクロード・レヴィ=ストロースが生まれた日(1908年)。構造主義の祖とされ、彼の影響を受けた人類学以外の一連の研究者たち、ジャック・ラカンミシェル・フーコーロラン・バルトルイ・アルチュセールらとともに、現代思想としての構造主義を担った中心人物のひとり。


はじめての構造主義 (講談社現代新書) レヴィ=ストロース入門 (ちくま新書) レヴィ=ストロース講義 (平凡社ライブラリー)


悲しき熱帯〈1〉 (中公クラシックス) 悲しき熱帯〈2〉 (中公クラシックス) 野生の思考

シュテファン・ツヴァイクが生まれた日


 今日はシュテファン・ツヴァイクが生まれた日(1881年)。第一次大戦中、ロマン・ロランらともに反戦平和と戦後の和解に向けた活動に従事。ナチス・ドイツがオーストリアを併合すると同時に亡命生活。英・米・伯へ移住。1942年、第二次大戦に絶望し自ら生命を絶った。

マリー・アントワネット 上 (角川文庫) マリー・アントワネット 下 (角川文庫) ジョゼフ・フーシェ―ある政治的人間の肖像 (岩波文庫 赤 437-4) 人類の星の時間 (みすずライブラリー)


ツヴァイク全集

フリードリヒ・エンゲルスが生まれた日


 今日はフリードリヒ・エンゲルスが生まれた日(1820年)。若い頃より活動的で、正義感と勇気があり、終生マルクスの誠実な友人であった。病にあって苦しんだ死の間際まで、周囲への思いやりと闊達なユーモアを欠かさなかったエンゲルスは、酒が大好きな大男でもあった。


空想より科学へ―社会主義の発展 (岩波文庫 白 128-7) 共産党宣言・共産主義の諸原理 (講談社学術文庫) フォイエルバッハ論 (科学的社会主義の古典選書)

ウィリアム・ブレイクが生まれた日


 今日はウィリアム・ブレイクが生まれた日(1757年)。ロック・グループ、ドアーズのバンド名もブレイクに由来する。これはオルダス・ハクスリーの本から影響を受けていたジム・モリソンの提案によるもの。アルフレッド・ベスターの『虎よ、虎よ!』は、ブレイクの詩『虎』に由来している。

ブレイク詩集―無心の歌、経験の歌、天国と地獄との結婚 (平凡社ライブラリー) 対訳 ブレイク詩集―イギリス詩人選〈4〉 (岩波文庫)

2010-11-27

南ア男性3人に1人レイプ認める 性暴力まん延


【ナイロビ共同】南アフリカの最大都市ヨハネスブルクや首都プレトリアがあるハウテン州で、男性の3人に1人を上回る37.4%が過去に女性をレイプした経験があるとの調査結果を、政府系の研究機関「医学研究評議会」(MRC)が26日、発表した。複数のメディアが伝えた。

 今年サッカーのワールドカップ(W杯)を無事終了し、2020年にアフリカ初の夏季五輪開催を目指す南アだが、性暴力がまん延している実態があらためて浮き彫りになった。

 調査は同州の男性487人、女性511人に実施。人口比率に基づき、調査対象者は黒人9割、白人1割とした。女性は25.3%がレイプされたことがあると回答、男性の7%が集団レイプの経験があると答えた。

 レイプ被害は25件に1件しか警察に通報されていないことも判明。男性の78%が女性に対して何らかの暴力を振るった経験があり、女性は半数以上が暴力を受けたことがあると回答した。

 MRCは昨年、クワズールー・ナタール、東ケープの東部2州で、男性の4人に1人以上が過去のレイプを認めたとの調査結果を発表している。


47NEWS 2010-11-27

『増補新版 子供より古書が大事と思いたい』鹿島茂(青土社、2008年)


子供より古書が大事と思いたい 増補新版


 買うも地獄、買わぬも地獄。達意の文章で綴る、洋古書の魅力とコレクション地獄の恐怖。「パリ古書あんない」を増補、古書の匂いさらに色濃く、待望の新版! 講談社エッセイ賞受賞。

『黒檀(池澤夏樹個人編集 世界文学全集 第3集)』リシャルト・カプシチンスキ/工藤幸雄、阿部優子、武井摩利訳(河出書房新社、2010年)


黒檀 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)


 ポーランドの新聞・雑誌・通信社の特派員として世界各地を駆けめぐり、数々の傑作ルポルタージュを上梓した著者による、小説よりも奇なるアフリカ取材の集大成。数十万人が山刀で切り刻まれた大虐殺の要因を解説する「ルワンダ講義」や、現代アフリカ史上最も有名な独裁者の素顔に迫った「アミン」、アフリカ最大の青空市場の人間模様を描いた「オニチャの大穴」ほか、1958年にはじめて寒冷の地ヨーロッパから炎熱の地へと降り立った著者が、以後40年にわたってアフリカ各地を訪れ、住民と交わした生きた言葉をもとに綴った全29篇の文学的コラージュ。待望の本邦初訳。

Electric Light Orchestra - On The Run


 私が一番最初に買ったELOのアルバム。30年ほど前のこと(笑)。この軽い疾走感がグッド。それにしてもジェフ・リンはむさ苦しい風貌だ。



Discovery

現場が思考の体系づけを生む


 仮に頭のなかに情報ファイルの引き出しがいっぱいあっても、それが体系づけられていなければ、混乱するばかりである。この思考の体系づけを生むのが「現場」なのだ。われわれの世界でいえば。実験室である。けっして、本だけでは身につかない。現場でしっかりと観察力を磨き、実践の積み重ねで頭をいじめなければならない。


【『独創は闘いにあり』西澤潤一(プレジデント社、1986年/新潮文庫、1989年)】

独創は闘いにあり 独創は闘いにあり

(※左が単行本、右が文庫本)

宗教的感化


 ジョセフは馬小児(ましょうじ/※下僕の名前)に祈祷を教えた。ジョセフは毎日朝早く起きて、諳記している聖書の文句を繰返し唱えた。それを聞いている間に、馬小児の気持は次第に平穏を取戻して来た。ジョセフの様子にはいささかも取乱したところがなく、常に快活であり、下僕に対しても丁寧であった。頸と手につながれた重い鎖を、かたわらから支えてやろうとしても、着物を着かえる時と身体の運動をする時の外はいつもことわった。

 ――私は罪深い罪人である。この罪はこの世において贖(あがな)わなければならない。

 こういってジョセフはひたすら、カトリックの戒律を守った。肉類は一箸も手をつけずにそのまま馬小児に与えた。獄中で暦もなく、日取りを間違えて精進潔斎の掟を破りはしないかと恐れたのである。独房の中は、もはや牢獄ではなくて神聖な宗教の道場であるかに見えた。

 スーヌ一族の財産没収の結果、奴碑として主人の所有物にすぎなかったこの下僕馬小児も、当然ジョセフから取上げて他の新しい主人に下賜された。彼は独房の勤務から解放され、2年余の監禁生活から自由な社会に送り出された。しかし彼は別にそれを幸福だとも感じなかった。かえってこの思いやりの深い主人から離れるのが辛かった。彼は早速西洋人の天主堂に駆けつけて洗礼を受け、看守の兵隊に頼んで、高塀の穴から主人の面影を伺うのを唯一の慰みとしていた。


【『雍正帝(ようせいてい) 中国の独裁君主』宮崎市定〈みやざき・いちさだ〉(岩波新書、1950年/中公文庫、1996年)】

雍正帝―中国の独裁君主 (中公文庫)

ブルース・リーが生まれた日


 今日はブルース・リーが生まれた日(1940年)。『燃えよドラゴン』の冒頭、リーが少年を相手に「Don't Think. Feel!(考えるな、感じろ!)」と語る台詞はあまりにも有名だが、この部分はリーが香港公開用に自ら監督をして勝手に撮影したもので、当初の脚本にはなかった。



ブルース・リー伝説 DVD-BOX VOL.1 ブルース・リー伝説 DVD-BOX VOL.2 ブルース・リー伝説 (スクリーン・デラックス) 新装版 ブルース・リーと101匹ドラゴン大行進 李小龍生誕70周年記念限定版 (映画秘宝COLLECTION 43)

2010-11-26

職業的機械人間の職業的機械反応


 私は、このような行動パターンを「職業的機械反応」、そういう行動をする人を「職業的機械人間」と名づけています。職業的機械人間にとっては、明らかに目的よりも手段が意味を持つのです。書類そのもののほうが、本来その書類が必要とされている理由よりも大事なわけです。

 こうした機械人間にとって、世の人々は親切に助けてあげる対象などではありません。それどころか、形式、儀礼、自分の所属する階層社会、そして自分自身を維持していくのに都合よく使えばよい材料でしかないのです!

 職業的機械人間は、顧客や患者や被害者の視点から見れば、無能に思えます。ですから、読者のみなさんが次のような疑問を持ったとしても不思議ではありません。

「どうしてこんなにも多くの職業的機械人間が出世できるんだ? この人たちにピーターの法則は当てはまらないのか?」

 この質問に答える前に、逆に一つの質問をさせてください。

「有能かどうかの判定を下すのはいったいだれなのでしょう?」


 社員が有能か無能かを決定するのは、外部の人間ではなく、その組織の内部にいる上司です。もし上司が有能なら、部下の労働の成果を見て評価するでしょう。たとえば、治療を適切に行なったとか、ソーセージを作ったとか、テーブルの脚を取りつけたとか、組織の目的の達成に向けて何をしたかが問われます。つまり、有能な上司はアウトプット(生み出したもの)で部下を評価するのです。

 しかし、無能レベルに達してしまった上司の場合は、組織の自己都合という尺度で、部下が有能かどうかを判断します。つまり、組織の規則や儀礼を様式を支える行動こそが有能のあかしとされるわけです。迅速であること、丁寧であること、年長者に礼儀正しく接すること、社内文書を適切に処理できることなどが高く評価されます。つまり、無能な上司は部下をインプット(取り入れたもの)で評価するのです。


【『ピーターの法則 創造的無能のすすめ』ローレンス・J・ピーター、レイモンド・ハル/渡辺伸也訳(ダイヤモンド社、2003年)】

ピーターの法則

声を発する衝動

 話しことばは、まずこえを発する衝動がからだの中に動かなければ生まれない。


【『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴(思想の科学社、1975年/ちくま文庫、1988年)】

ことばが劈(ひら)かれるとき (ちくま文庫)

ソシュールが生まれた日


 今日はソシュールが生まれた日(1857年)。スイスの言語学者。言語哲学者。記号論を基礎付け、後の構造主義思想に影響を与えた。ソシュールは存命中一冊の著書も出版しなかった。言葉と世界の関係を引っ繰り返してみせた人物。

ソシュールと言語学 (講談社現代新書) 知の教科書 ソシュール (講談社選書メチエ) ソシュールの思想 ソシュール一般言語学講義―コンスタンタンのノート

2010-11-25

死体の匂い


 肉体が活動を停止すると、たまった体液が放出される。死体を扱うのに最適なのは体液がしみ出る前だ。死後硬直が始まると、死体は膨張して大きな黒い水泡になり(ルイジアナの情け容赦ない暑さではそのスピードが速い)、しまいに皮膚がはじける。そのときの匂いは、味になる。わたしは死の味が舌や喉や肺をびっしり覆ってしまうとは知らなかった。煙草を吸ってもだめだった。コーヒーや、思いつく中でもっとも刺激の強いアルコール、ストレートのジンですすいでもだめだった。死体に触れたあと何日間も死を味わわされた。


【『あなたに不利な証拠として』ローリー・リン・ドラモンド/駒月雅子訳(ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2006年/ハヤカワ文庫、2008年)】

あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)

(※左がポケミス、右が文庫本)

原子の99.99パーセントが空間


 原子は直径約10万分の1ミリで、全体の99.99パーセントが空間だ。原子を一定の率で拡大して描く場合、原子核を1センチとすると、電子は髪の毛1本の直径にも満たず、原子全体の直径はサッカー場の長いほうを横にして30面並べた長さを超える。そしてその間には何も存在しないのだ。人の体のいわゆる質量と空間の関係は、2000億対1と考えられている。アインシュタインの計算によると、地球上すべての人のすべての原子の間にある空間を取りのぞいてギュッと凝縮させると、野球のボール大のものができる(重さはボールどころではないが)という。


【『本当にあった嘘のような話 「偶然の一致」のミステリーを探る』マーティン・プリマー、ブライアン・キング/有沢善樹、他訳(アスペクト、2004年)】


 物理状態を拡大すると、空(くう)なる世界が現出する。俺たち、スカスカってわけだよ(笑)。つまりブラックホールとは空間が存在しない世界なのだ。

本当にあった嘘のような話 (アスペクト文庫 B 19-1)

ポール・アンダースンが生まれた日


 今日はポール・アンダースンが生まれた日(1926年)。アメリカのSF作家。ヒューゴー賞を7度、ネビュラ賞を3度受賞。多作でありながら「はずれのない作家」と言われる。「リアリティーを高めるため、常に五感のうちの三つ以上に言及する」という独自の手法を持っていた。

タウ・ゼロ (創元SF文庫) 折れた魔剣 (ハヤカワ文庫 SF (1519)) 究極のSF―13の解答 (創元SF文庫)

アンドリュー・カーネギーが生まれた日


 今日はアンドリュー・カーネギーが生まれた日(1835年)。アメリカの鉄鋼王。「富を持って死ぬことは不名誉である」と主張し、死ぬ前年までに寄付した総額は、3億5069万ドルに達したと言われている。カーネギー・ホールカーネギーメロン大学などが有名。

カーネギー自伝 (中公文庫BIBLIO) アンドリュー・カーネギーのビリオネア養成講座(CD付)

2010-11-24

Mahalia Jackson - The holy city


 マヘリア・ジャクソンはゴスペルの女王と呼ばれている。ま、美空ひばりみたいなもんだ(笑)。



The Power and the Glory

高橋昌一郎


 1冊読了。


 133冊目『知性の限界 不可測性・不確実性・不可知性高橋昌一郎〈たかはし・しょういちろう〉(講談社現代新書、2010年)/天才本。高橋さん(※ツイッターでやり取りしたことがあるので敬称をつける)の翻訳能力は凄い! お世辞抜きで講談社現代新書の高橋三部作(『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』と『理性の限界 不可能性・確定性・不完全性』)は必読だ。定期的に読み返した方がいいだろう。余談の入れ方と宗教への配慮(間違いなく配慮だよ)が絶妙なバランス。知識がある人ほど楽しめる内容となっている。知性とは懐疑というスロットルを全開にしながら怒濤の前進を続けることなのだろう。超オススメ。

『現代科学論の名著』村上陽一郎編(中公新書、1989年)


現代科学論の名著


「科学とは何か」をラディカルに問う名著12冊のブックガイド。ホワイトヘッド『科学と近代世界』、バシュラール『否定の哲学』、シュレーディンガー『生命とは何か』、マンハイム『イデオロギーとユートピア』、ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』、ポパー『推測と反駁』、ハンソン『科学的発見のパターン』、クーン『科学革命の構造』、ファイヤーベント『方法への挑戦』、サックレー『原子と諸力』、大森荘蔵『物と心』、広重徹『科学の社会史』。

『テロリズムを理解する 社会心理学からのアプローチ』ファザーリ・M・モハダム、アンソニー・J・マーセラ編/釘原直樹監訳(ナカニシヤ出版、2008年)


テロリズムを理解する―社会心理学からのアプローチ


 なぜテロが起こるのか? なぜテロ行為に至るのか? テロリズムとは何か? 全米最大規模の心理学会であるアメリカ心理学会(APA)が9.11後、その「知」を結集し、国際テロリズムの心理・社会的起源とその影響の解明を試みた大著。テロの定義から、分類、歴史、心理社会的背景、テロリストの行動のメカニズム、避難民の問題、9.11の被災者の援助に関わった心理学者の体験など多様な論考、分析を通し「テロリズム」を再考する。

株式会社クレヴィス


 次々と変わるトップページの画像に目を奪われる。写真展の企画・制作や写真集の出版を行っているようだ。

世界が沈黙する中でルワンダ大虐殺は行われた


 ツチ族のジェノサイドは、よく言われているような「ルワンダ人のジェノサイド」ではない。確かにその虐殺は、ルワンダにおいてルワンダ人がルワンダ人に対して行い、ルワンダ人が終わらせたという特徴を持っている。しかし、1994年の4月から7月にかけて、4ヶ月の間に1日1万人の割合で殺害された――総計約100万人――が犠牲となったこの虐殺は、圧倒的な沈黙の中で行われた。ちょうど、ワシントンではホロコースト記念館が開館し、西欧列強が連合国軍のノルマンディ上陸50周年を祝って、異口同音に「二度と繰り返すな!」と自ら言い聞かせていた時に。


【『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』レヴェリアン・ルラングァ/山田美明訳(晋遊舎、2006年)】

ルワンダ大虐殺 〜世界で一番悲しい光景を見た青年の手記〜

決意


 もっとも注目されていたウェルター級のマーク・ブリーランドは、オリンピックで見たかぎり失望の一語に尽きた。ガードを下げ、ヒョイヒョイと動き回るだけで、放つブローに決意というものがこもっていない。


【『彼らの誇りと勇気について 感情的ボクシング論』佐瀬稔世界文化社、1992年)】

彼らの誇りと勇気について 感情的ボクシング論

ロートレックが生まれた日


 今日はロートレックが生まれた日(1864年)。自身が身体障害者として差別を受けていたこともあってか、娼婦、踊り子のような夜の世界の女たちに共感。彼女らを愛情のこもった筆致で描いた。ポスターを芸術の域にまで高めた功績でも美術史上に特筆されるべき画家である。

ロートレック (アート・ライブラリー) ロートレック (ニューベーシック) (タッシェン・ニューベーシックアートシリーズ) ロートレック―世紀末の闇を照らす (「知の再発見」双書) ロートレック (新潮美術文庫 31)

ダーウィンの『種の起源』が出版された日


 今日はチャールズ・ダーウィンがイギリスで『種の起源』を出版した日(1859年)。完全な題名は『自然選択の方途による、すなわち生存競争において有利なレースの存続することによる、種の起原』。科学にとどまらず、宗教的、哲学的論争を引き起こした。

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫) 種の起源〈下〉 (光文社古典新訳文庫) ミミズと土 (平凡社ライブラリー) ビーグル号世界周航記――ダーウィンは何をみたか (講談社学術文庫)

スピノザが生まれた日


 今日はスピノザが生まれた日(1632年)。スピノザの汎神論は、神の人格を徹底的に棄却し、理性の検証に耐えうる合理的な自然論として与えられている。スピノザは無神論者では決してなく、むしろ理神論者として神をより理性的に論じ、人格神は民衆の理解力に適合した人間的話法の所産と論じた。

エティカ (中公クラシックス) スピノザ―実践の哲学 (平凡社ライブラリー (440)) スピノザの世界―神あるいは自然 スピノザ―「無神論者」は宗教を肯定できるか (シリーズ・哲学のエッセンス)

2010-11-23

『ロードサイド・クロス』ジェフリー・ディーヴァー/池田真紀子訳(文藝春秋、2010年)


ロードサイド・クロス


 尋問の天才キャサリン・ダンス、ネットにひそむ悪意に挑む。陰湿なネットいじめに加担した少女たちが次々に命を狙われた。いじめの被害者だった少年は姿を消した。“人間嘘発見器”キャサリン・ダンスが少年の行方を追う一方、犯行はエスカレート、ついに死者が出る。犯人は姿を消した少年なのか?だが関係者たちは何か秘密を隠している―。幾重にもめぐらされた欺瞞と嘘を見破りながら、ダンスは少しずつ真相に迫ってゆく。完全犯罪の驚愕すべき全貌へと。

カトリックとプロテスタントの風俗史/『宗教改革の真実 カトリックとプロテスタントの社会史』永田諒一


 歴史は海のうねりのようにゆっくりと動く。劇的な変化もよく目を凝らして見れば、長期間にわたって圧力や負荷に覆われていることがわかる。小事が積もり積もって大事へ至る。


 中世の宗教改革を社会史の観点から読み解いている。


 宗教改革と宗派対立の時代とされるこの16世紀と17世紀の前半は、最近の研究成果によれば、実は宗教観だけでなく、社会のどの局面をみても、中世と近代の境目に位置する重要な時期であったといわれる。


【『宗教改革の真実 カトリックとプロテスタントの社会史』永田諒一(講談社現代新書、2004年)以下同】


 ところが、社会史はこれ(※歴史学)に対抗する形で社会の全体、あるいは中下層に焦点をあわせ、また、100年も200年も変わらない制度、習慣、ものの考え方に注目する。


 歴史学とは権力の変遷に光を当てたものなのだろう。支配、統治の関係性および社会性がテーマだ。軍事・経済が中心となるのは言わずもがな。


 歴史学を氷山とするなら、社会史は氷山に該当するのだろう。多分。あるいは鍋底か。


 試みとしては興味深いのだが、如何せん面白くなかった。悪い意味での教科書本といっておこう。大きなテーマを欠いているようにも感じた次第だ。


 宗教改革はどのように展開したか──


 とりわけ宗教改革派は、活版印刷術を用いて安価で大量の宣伝パンフレットを流布させ、ひとびとの支持を獲得するとともに、自らの勢力基盤を確立した。「活版印刷術なくして宗教改革なし」といわれるゆえんである。宗教改革は、印刷物というマスメディアを用いた、歴史上最初の思想宣伝運動であった。


 何とプロパガンダ工作によってであった。現代においては新聞・テレビ・週刊誌が衣鉢(いはつ)を継いでいる。戦略的布教、あるいは洗脳、または詐欺。メディアよ、汝を嘘と名づけよう。思想宣伝が出版によって行われているのは現代でも同様だ。


 この時代の識字率がどの程度であったか触れられていないが、いずれにせよパンフレットが紙つぶてとなって時代を揺り動かしたのだ。当然何らかの衝撃が走ったわけで、キリスト教社会において神を再確認せざるを得なくなるような発見があったはずだ。パラダイムシフト。


 例えば、一般信徒は、聖書の教えを聖職者から口頭で聞き学ぶべきで、自ら聖書を読む必要はない、あるいは、読んではならないとされていた。ラテン語で書かれた聖書は、聖職者たちが占有する門外不出の聖典であり、それを各地域の言葉に翻訳することは固く禁じられていた。(中略)ラテン語の聖書を自分たちの日常の言語に翻訳する試みも行われたが、そのような行為をするひとびとは異端として弾劾された。


 教会や寺院は必ず閉ざされてゆく。ヒエラルキーの頂点を高くしようと目論んで必ず失敗する。信仰にありがたみという付加価値をつけようとしてインチキを行う。その動機は金と名誉。


 門外不出、禁コピー、マル秘──結局、権力とは情報へのアクセス権限であることが理解できよう。「お前は知る必要がない」ってわけだよ。内容はどうでもいい。人々が知らない情報を自分が知っているというだけで欲望を満たすことが可能だ。


 当然のようにダブルスタンダードとなる。本音と建て前、隠された意図が知る者と知らざる者との懸隔を築く。キリスト教はテキスト教でもある。だから教義という鋳型に無理矢理人間をはめ込もうとする。神のせいで人間は二次的な存在となり、現実世界は天国の下部構造へと格下げされる。そしてここが暴力の温床となるのだ。


 マルティン・ルター贖宥状(しょくゆうじょう)について「95ヶ条の論題」をもって質(ただ)した。彼は神学上の質問をしたにすぎなかった。だから神学上の根拠があるかどうかを問いかけただけであった。


 とりわけ、当時ドイツで販売されていた贖宥状は、買った当人だけでなく、別のひと、それもすでに死んで、ちょうど今煉獄で苦しんでいるひとにも有効と定められていた。

 この規定は、贖宥状の販売実績を飛躍的に伸ばすことになった。


 巧みなマーケティング戦略だ。悪知恵の見本。あの世にまで伸ばされる商いの手(笑)。教会の入り口では「おいでやす」と言っていたに違いない。


 一方で宗教改革という知的ムーブメントが台頭し、他方では魔女狩りの嵐が吹き荒れていた。ここを本当は掘り下げてもらいたかったんだよね。西洋の中世史ってのはさ、一言でいえば「言ってることとやっていることが違いすぎる」のよ。ま、二重人格だわな。


 勘案するに我々の社会のネットワーク環境は、歴史を動かし安くなっていることだろう。だからブログであろうとツイッターであろうと、自分が感じた何かを伝える営みが大切だ。たとえ文句や愚癡の類いであろうと、ある瞬間に燎原の火の如く広がる可能性がある。

宗教改革の真実 (講談社現代新書)

ザムエル・クンツ氏死去 ナチスの元強制収容所看守


 ザムエル・クンツ氏(ナチスの元強制収容所看守)ドイツ・ボン地裁によると、18日、死去、89歳。死因などは不明。

 ナチスが占領していたポーランドのベウジェツ強制収容所で43年ごろに看守をしており、43万人以上のユダヤ人殺害をほう助したなどとして、今年7月に起訴された。

 ユダヤ系団体によると、ナチスの生き残りで3番目に重要な人物。ロシア・ボルガ川沿い地域出身のドイツ人という。


47NEWS 2010-11-22

アメリカの比類なき軍事力


 アメリカの単独行動主義的な外交路線を支えているのが、世界で突出した比類なき軍事力である。3991億ドル(2004年度)という軍事予算は全世界の4割以上を占め、第2位のロシアの6倍以上にものぼる。これはアメリカが名指しで「ならず者国家」と呼んだイラクや北朝鮮といった7カ国の合計の実に26倍以上という数字だ。

 総兵力という面でも140万の正規軍、250万の予備役と州兵(アメリカでは各州が軍隊を持っている)という数字は他国を圧倒している。第二次世界大戦勃発時点のアメリカでも兵力は17万人に過ぎない。現在、アメリカは何らかの形で実に全世界の130カ国、750カ所に自国の軍隊を駐留させている。これらの軍事的展開は冷戦時代であれば「共産主義国家であるソ連の全体主義から民主主義国家を守るため」という大義が通用したが、冷戦が終結して以来、その意味は大きく揺らいでいる。


【『世界反米ジョーク集』早坂隆(中公新書ラクレ、2005年)】

世界反米ジョーク集 (中公新書ラクレ)

病的な心理情況


「べつに悪いことをしてもいないのに罪の意識を抱くのは不必要なことですし、また病的なことです。それと同じように、悪いことをしていながら罪の意識を感じないというのも病気です」


【『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』M・スコット・ペック/森英明訳(草思社、1996年)】

文庫 平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)

白井義男が生まれた日


 今日は白井義男が生まれた日(1923)。小学6年生時の夜祭りの余興で行ったカンガルーとのボクシングに負けて以後、ボクシングにのめり込んだという。日本人として初めての世界王者となった(フライ級)。敗戦に打ちひしがれた日本人にとって白井の活躍は希望の光であり、その功績は計り知れない。

日本ボクシング不滅の激闘史 [DVD] ザ・チャンピオン

ジョン・ウォリスが生まれた日


 今日はジョン・ウォリスが生まれた日(1616年)。イングランドの数学者で微分積分学への貢献で知られている。1643年から1689年までイングランド議会(後には王宮)に暗号研究者として雇われた。また無限を表す記号として「∞」を採用したことでも知られている。

暗号事典

2010-11-22

『宗教で読む戦国時代』 神田千里(講談社選書メチエ、2010年)


宗教で読む戦国時代 (講談社選書メチエ)


 宣教師も驚いた戦国日本人の高度な精神性。その「ゆるやかな宗教性」のバックボーンとしての「天道」思想をキーワードに、一向一揆、キリシタン論争から島原の乱まで、日本人の心性に新たな光を投げかける。

『コズモグラフィー シナジェティクス原理』バックミンスター・フラー/梶川泰司訳(白揚社、2007年)


コズモグラフィー―シナジェティクス原理


「複数の原理を相互に調整し秩序づける行為を私はデザインと呼ぶ」──現代のレオナルド・ダ・ヴィンチともいわれるバックミンスター・フラー。彼の遺作である本書は、「シナジェティクス」、「テンセグリティ」という自身の思想の核心を一般読者にむけて綴った、もっとも重要な作品です。フラーが発見した究極の「宇宙の幾何学」とは何か? 20世紀の巨人の常識を覆す哲学を凝縮した、フラー・ファンには絶対見逃すことのできない一冊です。

消費税が国民を殺す/『消費税のカラクリ』斎藤貴男


 税という名の暴力がある。国民・県民・市民・区民は税金と引き換えに何を手にしたのだろうか? あるいは失ったものの方が多いのだろうか?


 租税には三つの機能がある。公共サービスの費用調達機能、所得の再分配機能、景気の調整機能である。この前提自体がそもそも嘘臭い。大体元々は年貢だろ? 平安時代以降、百姓がまともなサービスを受けていたっていうのか? 徴収は簒奪(さんだつ)の異名である。


 政治の役割は立法と予算決定であるが第二次世界大戦敗戦以降、我が国においては政治が機能していない。アメリカがコントロールしているのかもしれないし、日本の官僚がコントロールされたフリをしているだけなのかもしれない。だがいずれにせよ、この国において国民が何かを決めたことはないように思う。


 で、話を元に戻すが、国家が国民の懐に手を突っ込んで労働対価を奪うには、それ相応の巧妙な手口で行う必要がある。一歩間違うと国家がひっくり返る可能性があるからだ。その中で最も狡猾な手段が消費税ってわけ。


 国際競争力をつけるという名目で税制改革が行われてきたが、実は大企業と金持ちが優遇されていただけの話だった──


 かつて19区分、最高税率で75%もあった所得税の累進課税の仕組みは、1980年代半ばから緩和され続け、99年からの8年間はわずか4区分、最高税率37%という状況に至った。年間所得が100億円の人と1800万円の人の税率は同じであり、1000万円に満たない人ともあまり変わらないという、あからさまな金持ち優遇税制だ。

 表には含まれていないが、この間には住民税の累進課税も大幅に緩和された。14区分だったものが89年までに3区分(5%、10%、13%)となり、2007年にはこれも廃止されて一律10%の完全フラット化。年間所得100億円の人も100万円そこそこの人も、課される税率は同じだというのが現状なのである。

 かくて所得税の所得再分配機能は消失し、1991年度のピーク時には26兆7000億円あった税収も2009年度は12兆8000億円へと半減した。偶然ではもちろんない。

 財界の主導で進められた規制緩和、構造改革の、これも一環だった。


【『消費税のカラクリ』斎藤貴男(講談社現代新書、2010年)以下同】


 政官業の癒着。三位一体。三人寄れば文殊の悪知恵。所得の再分配は胴元が取る仕組みだったってこと。人間という動物は苦しい情況に置かれると自分のことしか考えられなくなる。国民という枕詞(まくらことば)の実体は納税者・消費者・労働者・兵士・一票にすぎない。選択肢はあらかじめ狭められているから、どんな方向にでも誘導可能だ。ベルトコンベアー、あるいはエスカレーター上で行われる批判と議論にさしたる意味など存在しない。


 斎藤は消費税の欺瞞を次々と暴いてみせる──


 消費税は、国税のあらゆる税目の中で、最も滞納が多い税金なのである。


 ゲゲッ、知りませんでした。

 消費税の滞納者が急増した1998年という年は同時に、この国の年間自殺者が初めて3万人を超えた年であったという事実を、とりあえず知っておいてもらいたいと思う。


 消費税が国民を殺しているというのだ。恐るべき現実だ。で、滞納した消費税の取り立てについては税務署が好き勝手に決めている。


「長年にわたって消費税を滞納している納税義務者を、税務署の最前線では“優良事案”と呼んでいます。取り立てれば上に褒めてもらえるからで、しかも手段を選ぶ必要はないとまで指示されている。倒産や廃業に追い込む結果を招いても構わない、いや、消費税を滞納する奴らなど潰してくれ、などというセリフさえ、署内では当たり前のように交わされているんですよ。変な言い方ですが、そういう発想が税務署の文化のようになってしまいました」(※大規模税務署の中堅署員)

 国税庁は1998年頃から、あらゆる税目の中で消費税の徴収を最優先する“消費税シフト”を敷き続けている。


 これでは暴力団とやっていることが変わらない。彼らはアイヒマン同様「命令に従っただけ」とでも言うのだろう。


 消費税を滞納し、差し押さえた挙げ句に自殺する中小企業の社長がいる。


(分納分を納めていたにもかかわらず、突然、売掛金を差し押さえられ、この社長は自殺した)

「税務署の担当者には、『あんたたちのせいだ』と言わせてもらいました。お悔やみの言葉、ですか? いいえ、『規則ですので』だけです。滞納するから悪いんだと、それだけでしたね」


 税は暴力なのだ。国家が暴力装置である事実を我々は自覚する必要がある。


 税金に関する書籍なんで細かいデータが多く読みにくいのは確かだ。しかし「自分の懐の問題」だと認識すれば、やはり襟を正して読むべき一冊といえる。


 お金が企業や人の間を移動するだけでかすめ取るのが税金である。再分配が機能していない以上、富は特定の階層に集中する。つまり租税が貧困を拡大しているのだ。

消費税のカラクリ (講談社現代新書)

見事に生きる


 私たちは、当たり前にできること、当たり前にあるものに、価値を見い出すことができずに、新しい何かを必死になって追い求めています。

 雪絵さんは教えてくれました。

 今あるものを最大限に生かすことを。

 今あるものの価値を認めることを。

 今そばにいる人を愛することを。

 今の人生を大切にすることを。

 自分という命をまっとうすることを。

 表現するとは、当たり前にできること、当たり前にあることを大切にすること、それは、

 見事な笑顔。

 見事な挨拶。

 見事なありがとう。

 見事な見送り。

 見事な歩き方。

 見事な握手。

 見事な立ち方。

 見事な……。


 雪絵さんがその大いなる存在を通して教えてくれた大切なこと。


「生きるとは自分を最大限に発揮すること」


 これ以上の人生を豊かにする法則は他にないと思います。


【『世界に一つだけのギフト』平野秀典(実業之日本社、2009年)】

世界に一つだけのギフト 人生に幸運と奇跡を呼ぶ15の感動エピソード

ヒューマニズムはキリスト教以降の信仰


 ヒューマニズムは科学ではない。人間はかならずや過去に例のない輝ける世界を実現すると断じるキリスト教以降の信仰である。キリスト教以前のヨーロッパでは、未来は過去とさして変わりないと考えるのがふつうだった。知識が進んで新しいものがつくられるにしても、価値体系が大きく変わることはない。歴史は果てしない循環であって、そこに一貫した意味はない、と人は理解していたのである。

 これを異教の考えとして、キリスト教は歴史を罪と贖いの寓話と解釈した。キリスト教の救済の理念を人類解放の祈願に置き換えたのがヒューマニズムであり、進歩の概念は神慮を待望するキリスト教信仰の世俗版である。それゆえ、キリスト教以前の世界は進歩に関心がなかった。

 進歩信仰にはもうひとつ別の根拠がある。科学においては、知識は増大し、蓄積する。だが、人間の存在は全体として蓄積に向かわない。ある世代が獲得したものも、つぎの世代には失われるかもしれない。また、科学の場合、知識は純粋善だが、倫理学や政治の世界では功罪相半ばする。科学は人間の能力を増進すると同時に、人間が持って生まれた欠陥を拡大する。人間の寿命を延ばし、生活水準を向上させるのも科学なら、破壊をほしいままにさせるのもまた科学である。現在、人類はかつてない規模で傷つけ合い、殺し合い、地球を破壊している。


【『わらの犬 地球に君臨する人間』ジョン・グレイ/池央耿〈いけ・ひろあき〉訳(みすず書房、2009年)】

わらの犬――地球に君臨する人間

2010-11-21

『エスの系譜 沈黙の西洋思想史』互盛央(講談社、2010年)


エスの系譜  沈黙の西洋思想史 (学芸局Dピース)


「考える」「思う」の主語は何か。「思われること」は、本当に「私に思われ」ているのか。「私」を「捏造」したデカルトは、すでにこの問いを封印していた。しかし、近代以降、この沈黙の事象に対する哲学者たちの悪戦苦闘が始まった。リヒテンベルクに始まりフォイエルバッハニーチェフロイトへと続く第一の系譜。一方、フィヒテに分かれシェリングビスマルクに流れる第二の系譜。「人」とも「言語」とも「普遍的なもの」とも呼ばれながら、究極“それ”としか名づけようのない何ものかを巡って、人間存在の不思議を考え抜いた思想家たちの系譜を辿る。

『暗黙知の次元』マイケル・ポランニー/高橋勇夫訳(ちくま学芸文庫、2003年)


暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫)


 人間には、言語の背後にあって言語化されない知がある。「暗黙知」、それは人間の日常的な知覚・学習・行動を可能にするだけではない。暗黙知は生を更新し、知を更新する。それは創造性に溢れる科学的探求の源泉となり、新しい真実と倫理を探求するための原動力となる。隠された知のダイナミズム。潜在的可能性への投企。生きることがつねに新しい可能性に満ちているように、思考はつねに新しいポテンシャルに満ちている。暗黙知によって開かれる思考が、新しい社会と倫理を展望する。より高次の意味を志向する人間の隠された意志、そして社会への希望に貫かれた書。新訳。

『物質のすべては光 現代物理学が明かす、力と質量の起源』フランク・ウィルチェック/吉田三知世訳(早川書房、2009年)


物質のすべては光―現代物理学が明かす、力と質量の起源


 磁力や重力を思い出せばわかるとおり、物体のあいだに働く力はふつう、互いに離れるほど弱くなる。離れるほど引きあう力が強くなる、そんな作用を考えるなんて馬鹿げていると皆は言ったが、その「漸近的自由性」を実際に見つけた本書の著者は素粒子物理学を大きく前進させることとなった。素粒子物理学の最先端では、常識を超えた考え方が往々にして現実化する。その世界の第一人者であるウィルチェック博士が、物質の質量の起源などホットかつ根源的な話題をさまざまに盛り込んで語る本書を読むことは、理論物理学者の天才的な発想を垣間見つつ、宇宙のもっとも基礎的な階層の秘密に分け入ることにほかならない。彼が開いてみせるめくるめくヴィジョンは、「否定されたはずのエーテルに満たされ、物質と光の区別のない宇宙」だ……2004年度のノーベル物理学賞をはじめとしてさまざまな賞に輝く理論物理学者が、大胆かつユーモラスに先端科学を説く。

手話は独立した完全な言語


 手話というのは身振りやパントマイムの一種だろうと思っている人が多い。教育者が発明したとか、周囲の話し言葉を暗号化したものだとかいう思い込みもある。が、すべて間違っている。聴覚障害者の共同体があれば、必ず手話も存在する。手話はそれぞれ、独立した完全な言語であり、世界各地の話し言葉で使われるのと同様の文法的仕組みに則っている。


【『言語を生みだす本能』スティーブン・ピンカー/椋田直子〈むくだ・なおこ〉訳(NKKブックス、1995年)】

言語を生みだす本能〈上〉 (NHKブックス) 言語を生みだす本能〈下〉 (NHKブックス)

一人を喜ばせるよりも、皆を悲しませないように


(※引退の)発表を5時にしたのは訳があった。

 午前中に発表すると、夕刊の締切り時間に間に合ってしまい、朝刊だけの新聞は不利になる。父がいつも教えてくれた。

「ひとりの人を喜ばせるよりも、皆を悲しませないようにして上げるんだ。貞治、忘れないことだよ」

 みんな平等だという考え方が私の心の中にいつもあった。誰もが公平に、誰もが傷つかないような、そんな引退でありたい。そこで夕方の発表なら、誰かに出し抜かれて発表延期となるようなことはもうないだろう。そう考えたら、心を煩わすものはもう何もなかった。


【『回想』王貞治勁文社、1981年/ケイブンシャ文庫、1983年)】

回想

E=mc²の式が学術誌に掲載された日


 今日はE=mc²の式が載ったアルベルト・アインシュタイン特殊相対性理論の第2論文がドイツの学術誌『Annalen der Physik』(ドイツ語)に掲載された日(1905年)。アインシュタインは当時26歳。まだ無名の特許局員であった。質量とエネルギーの等価性を表す公式。



相対性理論 (岩波文庫) E=mc2――世界一有名な方程式の「伝記」 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ) 「相対性理論」を楽しむ本―よくわかるアインシュタインの不思議な世界 (PHP文庫) アインシュタインは語る

ヴォルテールが生まれた日


 今日はヴォルテールが生まれた日(1964年)。「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(または「…だがあなたがそれを主張する権利には賛成だ」)という言葉は、民主主義・自由主義のとりわけ表現の自由、言論の自由の原則を示した名文句として知られる。

カンディード 他五篇 (岩波文庫) 哲学書簡 (岩波文庫 赤 518-2) ヴォルテール回想録 「知」の革命家ヴォルテール―卑劣なやつを叩きつぶせ

2010-11-20

権威者の過ちが進歩を阻む/『科学と宗教との闘争』ホワイト

 驚くべき名著。見事な教科書本である。書かれてから何と100年以上経っている。原書は明治27年(1894年)の発行だ。1世紀という時を超えて、しかも海を渡ることなしに私は教えを請うことができるのだ。読書は偉大なり。


 ホワイトは序文にこう記している──


(ジョン・W・)ドレーパー教授はこの闘争を《科学と宗教》との間の闘争と見ている。が私は、この戦いを《科学と教条的神学》との闘争である、と当時も信じていたし、いまもそう確信している。


【『科学と宗教との闘争』ホワイト:森島恒雄訳(岩波新書、1939年/改版、1968年)以下同】


 彼は敬虔なクリスチャンであった。そのため本書の内容も、科学と宗教との不干渉を主張するにとどまっている。要はきちんと棲み分けしろよ、ってな話だ。しかし歴史の事実は明らかに宗教(=教会側)に不利なものだった。ホワイトの意図は伝わらなかった。彼は囂々(ごうごう)たる非難にさらされた。


 それにしても凄い。新書のボリュームで西洋の宗教史と科学史を学ぶことができるのだから。望遠鏡で月を眺めているような気分になる。


 文明が発展するにつれて、この大地は球形だという観念が、とくにギリシャ人の間で生まれた。中でもピタゴラス派や、プラトンアリストテレスがこの考えを抱いた。この観念はばく然としたものであり、いろいろな矛盾をまじえたものであったとはいえ、それは思想の一つの萌芽であった。


 人類の先頭に立つ人物は、「見えているもの」が違う。視点が抜きん出て高いためだ。石につまずいて転ぶ者もいれば、地球の形状に思いを馳せる者もいる。新しき思想は脳内の回路をつなぎ変える。「俺達の住む世界って、ひょっとすると……」「丸い?」「……かもな」。これだけの情報であっても人口に膾炙(かいしゃ)すれば、全人類は生まれ変わっていたかもしれない。だがそうは問屋が卸さなかった──


 カエサリアのパシリウス〔4世紀の教父、聖人〕は「大地が球であろうと円筒であろうと円盤であろうと、あるいは盆のように中凹みであろうとあるまいと、そんなことはわれわれにはなんの関係もないことだ」と公言した。ラクタンティウス〔3-4世紀のキリスト教学者、護教家〕は、天文学を研究する人々の思想を「有害無意味」といい、聖書と理性の両方面から地球球形説に反対した。聖ヨハネス・クリソストモス〔4世紀のギリシャ教会の司教〕もまた、この科学的信念への反対に力を貸した。「聖霊の琵琶」として有名なシリア教会の第一人者だったエフライムも、これに劣らず熱心に反対した。


 そびえ立つ教会は断崖絶壁の如く科学の行く末を阻んだ。教会にとっては聖書が全てであった。だとすれば世界も社会も思考も感情も、聖書に合わせて形を整える必要がある。プロクルステスのベッド、人間プレス工場、精神は鋳型(いがた)で鋳造(ちゅうぞう)されるってわけだよ。

 更に別の権威が教会に追い風を送る──


 ダンテはこの地球の所在をさらに明確なものにしたが、それは地理学的な研究にとっては重大な障害となった。


 小説の物語性が摂理にまで昇華していた。つまり価値観とは本来自由に獲得されたものではなく、あらかじめ設定されるってことだわな。価値観を社会が規定する。こうして他人との優劣の間に幸不幸が誕生したのだろう。


 こうしたあやまった観念がだいたい消失したのちでも、一般の自然現象に天国の代理人が直接的に干渉するという、聖書的な観念を棄てることが困難だったという事実はいろいろな場合に見られる。地球をひとつの球体として描いた16世紀のある有名な地図では、南北の極にそれぞれ一つの曲柄(クランク)がついており、それを使って懸命に地球を回している天使の姿が描かれている。またある地図では、雲の間からつき出された神の手が、綱で吊された地球を支え、それを指で回している。


 天体の運行を人為として捉えるのは、やはり被創造物文化の為せる業(わざ)か。よくよく考えてみれば天地創造も人為的だ。あるいは作為、工作、プラモデル。


 これは笑うに笑えない話だ。「地球を回しているのは天使様なんだってよ」「へえ、そうだったんだ!」となった瞬間に、脳内のシナプスはそのようにつながってしまうからだ。刷り込みといおうが、条件づけといおうが、マインドコントロールといおうが、結局回路の問題なのだ。回路が形成されてしまえば後の祭り。インチキ宗教やネットワークビジネスにいそしむ人々を見れば一目瞭然だ。


 正統的立場の偉大な代表者は聖アウグスティヌスだった。地球が球形だという説についてはやや譲歩の色を示していた彼も、地球の反対側に人間が存在するという思想に対しては戦いを挑んだ。「聖書はそのようなアダムの後裔についてはなにも語っていない」と彼は主張する。「人間がそんな場所に棲むことを神が許し給うはずがない。なぜなら、もしそうであれば、キリストの再臨に際して空より降臨したもう主の姿を、対蹠面に住む人間は仰ぎ見ることができないだろうから。」

 アウグスティヌスよ、お前もか。でも、最大の犯人はアリストテレスなんだよね。影響力が大きい人ほど、権威者であればあるほど、その害毒もまた甚大なるものがある。一度つながった接続は中々切れるものではない。善悪は関係ない。脳はつながりやすさだけを問うのだ。


 科学の進歩を宗教(教会)が邪魔してきたことは確かだ。しかし、よくよく突き詰めると、権威と服従という心理情況に起因していることが理解できよう。とすれば、やはりミルグラムコジェーヴが重要になってくる。


 人間は信ずべきものを信ずるのではなくして、【信じたい】ものを信ずるのだ。

科学と宗教との闘争

BAKUHATSU!!MAN EPISODE 005 - THEME SESSION


 ゲストはギタリストの沖仁とアコーディオン奏者の園田容子。いやはやこれはカッコイイ。ギターの神降臨、ってな感じだ。


『市場リスク 暴落は必然か』リチャード・ブックステーバー/遠藤真美訳(日経BP社、2008年)


市場リスク 暴落は必然か


 サブプライム危機が表面化する直前に出版され、「サブプライム危機を予言した書」としてウォール街で大きな反響を呼んだリスク管理のプロの手による警告の書。


 MITの経済学者から一転、時代の流れに乗ってウォール街に転じてデリバティブの開発に携わることになった著者は、1987年の株価大暴落であるブラックマンデーモルガンスタンレーで、ロシア危機を引き金とした1998年のヘッジファンド、LTCM破綻はソロモンブラザーズで体験した。近年、頻繁に市場を襲うようになった金融危機の「犯人」は、「われわれ自身である」と著者は告白する。


 つまり、リスクを分散させるデリバティブなど金融技術の発展によって金融市場はますます「効率的」になり、新興国の経済発展などグローバリズムを加速させ、永遠の繁栄を手中にしたかに見えたのだが、実は大きな脆弱さを内部に抱え込むようになったという。なぜか? 本書は、ウォール街のインサイダーである著者が、自己の体験を振り返りながら、金融危機の「犯人」を追跡し、危機を防ぐための方策を提案する。


 日本に関してもかなり言及され、ソロモンの債券トレーダーとして一世を風靡した「シュガー」明神の金ぴかぶりや、金融危機で「優先株」を発行した邦銀の「ワナ」にひっかかり、大損した旧UBSのエピソードなども描かれている。

ブノワ・マンデルブロが生まれた日


 今日はブノワ・マンデルブロが生まれた日(1924年)。1975年、マンデルブロは一連の図形を表現するためにフラクタルという概念を考案した。去る10月14日に逝去。




禁断の市場 フラクタルでみるリスクとリターン カオスとフラクタル―非線形の不思議 (ブルーバックス) 美の構成学―バウハウスからフラクタルまで (中公新書)

エドウィン・ハッブルが生まれた日


 今日はエドウィン・ハッブルが生まれた日(1889年)。ハッブル宇宙望遠鏡は彼の名前に由来。我々の銀河系の外にも銀河が存在することや、それらの銀河からの光が宇宙膨張に伴って赤方偏移していることを発見した。宇宙が膨張している事実を初めて目撃した人物。


銀河の世界 (岩波文庫) HUBBLE ハッブル宇宙望遠鏡 時空の旅 DVD-ROM&図解 ハッブル望遠鏡で見る宇宙の驚異 (ブルーバックス) 宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった (PHP文庫)

2010-11-19

A Normal Day


 どこをどう見てもアブノーマルだ(笑)。




『自己組織化と進化の論理 宇宙を貫く複雑系の法則』 スチュアート・カウフマン/米沢富美子訳(ちくま学芸文庫、2008年)


自己組織化と進化の論理―宇宙を貫く複雑系の法則 (ちくま学芸文庫)


 キリンの首はなぜ長いのか――「突然変異」と「自然淘汰」により進化したからだ、というダーウィンの進化論はあまりにも有名だ。しかし、自然淘汰だけで生物界の詳細な構造は説明できないことを著者は指摘する。そして、生物における秩序の多くは自然淘汰の結果などではなく、自己組織化された自発的秩序だと述べている。分子から細胞が組織され、細胞は恒常性を保ち生物を形作り、そして生物が集まり組織化されることで生態系が生まれている。確かに著者が指摘するように、すべての生物が偶然の産物と考えるよりは、調節的なネットワークによる自己組織化がもたらす秩序であると考える方が説得力がある。


 著者は、この自己組織化の基本原理により、進化のビックバンや生命の必然性も説明している。さらには生物の進化や生命体の営みのみならず、さまざまな技術が競い合うことで技術が進化すること、また社会のルールとしての民主主義体制の合理的説明さえも自己組織化の理論で裏づけることができると述べている。これらの仕組みは複雑系の法則として発見されつつあるのだという。

『生物進化を考える』木村資生(岩波新書、1988年)


生物進化を考える (岩波新書)


 ダーウィンによって確立された進化論はどのように発展していったのか。分子生物学は進化論をいかに豊かにしたのか。進化の道筋は現在どのように考えられているのか。革命的な「分子進化の中立説」を提唱して世界の学界に大論争を巻き起した著者が、『種の起原』から中立説までの進化の考え方をやさしく説き、人類の未来にも想いを馳せる。

いまだ差異化をほどこされていない欲望


 いまだ差異化をほどこされていない欲望こそが行為の作因者(agent)をなしているのであって、そこに権力が欲望の諸効果を生み出すために滑りこむのだ。「権力は……欲望のレヴェルにおいて──くわえては知のレヴェルにおいても、もろもろの積極的な効果を生み出すのです」。


【『サバルタンは語ることができるか』ガヤトリ・C・スピヴァク/上村忠男訳(みすず書房、1998年)】

サバルタンは語ることができるか (みすずライブラリー)

ブラックホールがエネルギー供給源の可能性


 しかし最近のブラックホール研究は、ブラックホールの意外な面を暴き出してきた。ブラックホールこそは莫大な電磁波その他の形のエネルギー供給源であり、宇宙が現在の姿になるために多大な貢献をしてきたらしいのである。本書で伝えたいメッセージはこれである。ブラックホールは、周りから奪いとるだけでなく、周りに与えることもできる。だからこそ、「ブラックホールを見る」ことも可能になるのである。ぜひとも、ブラックホールに関する認識を改めていただきたいと願うばかりである。

 そもそも、何がブラックホールをそのようなユニークな存在たらしめているのだろうか。それは、ブラックホールの持つ深い重力ポテンシャルにある。試しにいろいろな天体表面における重力ポテンシャルの値を比較してみよう。重力ポテンシャルの深さは、天体近傍に自由落下する物質が、どの程度の速さで落ちていくかで表される。地球の場合で秒速11キロメートル、太陽で秒速600キロメートル、銀河の中心領域で秒速数千キロメートル、そしてブラックホールで光速、つまり秒速30万キロメートルとなる。このポテンシャルの深さが、ものを引きこむ力であるとともに、エネルギーを生みだす力にもなっている。


【『ブラックホールを見る!』嶺重慎〈みねしげ・しん〉(岩波科学ライブラリー、2008年)】

ブラックホールを見る! (岩波科学ライブラリー)

リンカーンがゲティスバーグ演説を行った日


 今日はリンカーンゲティスバーグ演説を行った日(1863年)。国立戦没者墓地の奉献式において。3分間のスピーチであった。「人民の、人民による、人民のための政治」という一節が有名。だがこれ、リンカーンのオリジナルには非ず。Citizenという言葉を避けてPeopleを使用した。


リンカーン ゲティスバーグ演説 (詩人が贈る絵本II) CD3枚付 英語で聴く 世界を変えた感動の名スピーチ (EZBooksシリーズ)

鉄仮面が死んだ日


 今日はバスティーユ牢獄に収監されていた「ベールで顔を覆った囚人」(鉄仮面)が死亡した日(1703年)。囚人が被っていた布製の仮面はいつの間にか鉄仮面になり、そのグロテスクなイメージから、様々な文学作品、映画に取り上げられている。


仮面の男 (角川文庫クラシックス) 鉄仮面〈上〉 (講談社文芸文庫) 鉄仮面 下  講談社文芸文庫 ホC 2

2010-11-18

脱構築を学ぶ


デリダ―なぜ「脱‐構築」は正義なのか (シリーズ・哲学のエッセンス)


 すべてが痕跡であり「読み」によって現象するのなら、そのつどの「読み」の正しさは、どこに求められるのか──。ジャック・デリダの世界認識の深奥に迫る野心的試み。デリダ小伝や彼の著作案内も収録。


デリダ―脱構築 (現代思想の冒険者たち)


 理論構築が排除した他者に応える「根源的」な肯定。


言語的思考へ- 脱構築と現象学


 現代哲学は、従来の価値を批判し顛倒することはできたが、新しい思想原理を構想できず、この弱点を補填するために思考の超越的ジャンプを行っている……。現象学によって哲学の本質的な思考原理を再構築し、「言語の謎」に迫る。


脱構築とプラグマティズム―来たるべき民主主義 (叢書ウニベルシタス)


 来たるべき民主主義にとって政治的決定の根拠は何かという現代政治の核心をなす問題をめぐる白熱の討議。脱構築(デリダ)対プラグマティズム(ローティ)を軸に、多様性と対立を尊重する「多元的民主主義」による政治の転換をめざす。

Lou Reed - Legendary Hearts


 私がこの乾いた軽さに辿り着くには、あと何年かかることだろう。



Legendary Hearts

中国企業、世界のネット乗っ取り 4月8日に18分間


 脅威を抱く前に、「ヘー!」が口を衝いて出る。


 米議会の諮問機関「米中経済安保見直し委員会」は17日の報告書で、世界のインターネット通信の約15%が今年4月に約18分間にわたり、中国国営の通信大手「中国電信」によって傍受や情報の改ざんが可能な状態となっていたと明らかにした。

 報告書は、ネット通信の「ハイジャック(乗っ取り)」と表現、米政府や米軍関連の電子メールなどが影響を受けた可能性を指摘しつつ、実害や狙いについては不明としている。中国政府のサイバー空間での能力の高さを示す例として挙げた。

 報告書によると、ハイジャックが行われたのは4月8日。米国を含む多くの国のネット通信が中国にあるサーバーを経由するよう誘導された。中国と無関係の米国内の交信であっても、電子メールやデータが傍受や改ざんの危険にさらされたという。

 米政府や米軍の重要な通信は暗号化されており、中国側は直ちに傍受できないとの見方もある。


47NEWS 2010-11-18

林田陽子


 レオナルド・サスキンドの翻訳だが、漢字の使い方が一貫していなくて酷い。これほど酷いものは初めて見た。「いく」「行く」、あるいは「こむ」「込む」が混在。日経BP社の編集の問題かもしれないが、言葉に対する鈍感さに驚く。

バングラデシュでは、みんな、生きるために、生きていた


 貧しさは生活の至るところで人間を傷つける武器として現れた。その度に、どんなに変えたくても変えられない現実があるんだと思い知った。車に跳(ママ)ねられても一言も言えずに立ち去る少年も、クラスメイトの女性も、リキシャ引きになる少年も、洪水の中泳いで薬を買いに行く子どもも、みんな、生きるために、生きていた。そこに生まれなければ発揮できたはずの沢山の可能性がある。しかし、正義や努力が日の目をみない腐った社会でも、自分の生きる道を何とか切り開き、力強く、生きていた。

 私は何かの力になりたいと思ってこの国に来たが、私にもっていない「強さ」をこの国の人たちはみんな持っていた。自分だったら環境を責め、自暴自棄になっていると思えるような過酷な現実だった。しかし私には「帰る場所」があった。日本という恵まれた国に生まれ、最低限以上のものを与えられ、生きてきた。そんな私が、「貧しい人のために」なんて思っていたことが、なんて浅はかで、傲慢で、無知な想いだったんだろう、と強烈に感じた。


【『裸でも生きる』山口絵理子(講談社、2007年)】

裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記 (講談社BIZ)

高い地位にある階層の人口が5%を割ると青少年の退学率と妊娠率が跳ね上がる

 あらゆる感染現象にはティッピング・ポイントがある。イリノイ大学の社会学者ジョナサン・クレインは、ある地域で指導的役割をはたしている人々――国勢調査局が「高い地位」にあると定義している知的専門職、企業の経営幹部、教師など――が同じ地区に住む10代の青少年にどのような影響を与えているかを調査している。

 それによると、高い地位にある階層の人口が5%から40%を占める地区では、出産率と中途退学率の間に大きな開きはない。だが、この階層の比率が5%を割ると、問題が一気に爆発する。たとえば黒人主体の学校の生徒の場合、高い地位の人口が5.6%から3.4%へとたった2.2落ちただけで、中途退学率は2倍以上に膨れあがる。このティッピング・ポイントで10代の少女の妊娠率をみると、それまでほとんど動きのなかった数値がいきなりほぼ2倍に跳ね上がる。

 わたしたちは直感的に、生活環境と社会問題は徐々に改善されたり、悪化したりすると思っている。しかし、ときとしてそれは予想を裏切る。ティッピング・ポイントに達すると、学校はあっというまに生徒を管理する能力を失い、家庭生活は一気に崩壊することがあるのだ。


【『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』マルコム・グラッドウェル高橋啓訳(ソフトバンククリエイティブ、2007年/旧題『ティッピング・ポイント いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』飛鳥新社、2000年)】

急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則 (SB文庫 ク 2-1)

ウィリアム・テルが息子の頭上に乗せられたリンゴを射抜いた日


  今日はウィリアム・テルが息子の頭上に乗せられたリンゴを射抜いた日(1307年)。中央広場に掲げられたヘルマン・ゲスラーの帽子に頭を下げることを拒否したために逮捕。テルは息子の頭の上の林檎を矢で射るか、それとも死ぬかを選択させられる。後にテルはゲスラーを暗殺。スイス独立に結びつく。

ウィリアム・テル伝説 ある英雄の虚実

2010-11-17

コリン・グレイ、ガヤトリ・C・スピヴァク、J・クリシュナムルティ


 2冊挫折、1冊読了。


 挫折80『戦略の格言 戦略家のための40の議論』コリン・グレイ/奥山真司訳(芙蓉書房出版、2009年)/文章がよくない。それにも増して、戦争のための理論を読むことに徒労感を覚えた。


 挫折81『サバルタンは語ることができるか』ガヤトリ・C・スピヴァク/上村忠男訳(みすず書房、1998年)/薄い(150ページ弱)ので読めるかなと思いきや甘かった。それにしても、哲学はどうしてこんなに狭いリングで勝負をするのだろう。何書いてあるんだか、さっぱりわからんよ。「サバルタンは語ることができない」──それを論じてどうしようってんだ? スピヴァクさんよ。飢えの前でデリダ脱構築はどんな価値があるのかね? スピヴァクさんよ。あんまりわからないもんだから、頭に来ちゃったよ。


 132冊目『恐怖なしに生きる』J・クリシュナムルティ/有為〈うい〉エンジェル訳(平河出版社、1997年)/スピヴァクさんがストレスを与えてくれたおかげで一気読み。恐怖をテーマにした講演抄録集。これは最終段階だ。人生を開くには恐怖と悲しみを乗り越えるしかない。訳者の有為は子供を亡くしている。クリシュナムルティは諄々と説く。恐怖をありのままに見つめよ。恐怖の一部ではなく全体を根源から観察せよ、と。桁外れの知性と慈愛。クリシュナムルティ本はこれで43冊目。

「糸」諫山実生


 いやあ、これも素晴らしい。自家薬籠中の物としている。



こころ

視覚は世界についての知識を得ることを可能にするために存在する


 多くの動物、特にネズミやモグラの視覚は極めて原始的であり、実際のところ視覚がないに等しいにもかかわらず、環境の中で自分の進む方向をかなりうまく見定め、進化的意味での生存を可能にする一般的活動を行うことができる。

 筆者が思うに、この問いの答えはもっとずっと単純で、より深い意味を持つものなのである。すなわち、「視覚は、この世界についての知識を得ることを可能にするために存在する」のである。無論、視覚という感覚が、唯一の知識獲得手段ではない。他の感覚も同じことをしているが、視覚がたまたま最も効率的な機構だっただけである。視覚は知識を得る能力を無限に広げてくれるとともに、顔の表情とか表面の色のような、視覚を介してしか得ることのできない知識をも提供してくれる。(中略)

 この定義こそが、おそらくは神経科学と美術とを結びつける唯一の定義なのである。


【『脳は美をいかに感じるか ピカソやモネが見た世界』セミール・ゼキ/河内十郎訳(日本経済新聞社、2002年)】

脳は美をいかに感じるか―ピカソやモネが見た世界

最も古い手書きの福音書は4世紀のもの


 2世紀に作られたいくつかのパピルス文書の断片は別にして、手書きの福音書として、最も早いものでも4世紀になってからである。4世紀半ばに標準化されるまで、福音書テキストは流動状態にあり、神学上の理由、またその他の理由から、写本作成者による改変を免れることはできなかった。その結果、福音書がどの程度原形を伝えているか、またどの程度編集され、変更を加えられ、浄書の際にどんな誤りが生じたかについて、私たちには一切語る手段がなくなった。あるいはまた別に、たとえばグノーシス派のような、いわゆる異端を抑えようとして初期教会が苦しんだとき、正統を整える必要に合わせて改変があったか、なかったかも問題になるだろう。


【『イエスの失われた十七年』エリザベス・クレア・プロフェット/下野博訳(立風書房、1998年)】

イエスの失われた十七年

ユゴーが『レ・ミゼラブル』の執筆を始めた日


 今日はユゴーが『レ・ミゼラブル』の執筆を始めた日(1845)。日本では森田思軒が一部を「哀史」の題名で訳したが完訳には至らず。黒岩涙香が翻案、『噫無情』の題名で1902年から連載を開始。原題は「悲惨な人々」「哀れな人々」という意味。1本のパンを盗んで19年間も投獄された男の物語。


レ・ミゼラブル 全4冊 (岩波文庫)

アウグスト・フェルディナント・メビウスが生まれた日


 今日はアウグスト・フェルディナント・メビウスが生まれた日(1790年)。ドイツの数学者。ガウスに師事。「メビウスの輪」で広く知られる。1865年に「多面体の体積の決定について」という論文の中で発表した。実際にメビウスの帯を発見したのは1858年のこととされる。


メビウスの帯 メビウスの遺産 数学と天文学

2010-11-16

生命とは情報空間と物理空間の両方にまたがっている存在/『苫米地英人、宇宙を語る』苫米地英人


 経典本(きょうてんぼん)、あるいは神本(かみぼん)だ。しつこく書いておくが私は苫米地英人の人間性を信頼したことは、ただの一度もない。だからこそカテゴリーに「苫米地英人」を設けていないのである。それでも否応なく彼のアクロバティックな知的アプローチに魅了されてしまう。あな恐ろし。苫米地は21世紀の提婆達多なのかもしれぬ。


 発行の順序とは逆になるが、先に『なぜ、脳は神を創ったのか?』を読んでおいた方がいいだろう。双方とも科学・宗教・脳がテーマになっている。各界が大騒ぎして取り上げるほどの内容となっている。

 こんなニュースも苫米地理論の有力な証拠として数えることができよう。


 それなりの知識がない人が読むとトンデモ本と思い込んでしまうだろうがそうではない。苫米地が試みているのは「宇宙を数学次元で読み解くこと」なのだ。ここをしっかりと押さえておく必要がある。


 未来が原因であり、現在は過去と考えると、ビッグバン(宇宙のはじめの大爆発。宇宙ははじめに集まる超高密度・超高温状態であり、約150億年前にビッグバンによって膨張し始めたとされる)は結果になります。原因ではありません。

 では、エントロピー(元は熱力学の用語。乱雑さ・無秩序さの度合いを表す概念。無秩序な状態ほどエントロピーは「高い」とされ、情報科学などにも使用される)という概念で見てみます。

 物理空間においては時間の方向性上、過去が原因で未来は結果です。そうした時間軸上のエントロピーの推移を、物理空間ではエントロピーが増大するといいます。

 ということは、時間の方向性を逆向きに見れば、エントロピーが極大化したところから、極小化したところに流れているのが物理空間での時間ということになります。

 では、情報空間ではどうでしょうか。

 情報空間のエントロピーというのは物理空間とは逆向きに働いています。時間が経(た)てば経つほど情報は整理され、構造化された結果、より整合的になっていきます。

 例えば一つの数学理論を作ったならば、理論はどんどん整理されながら読み続けられていくことで存在するわけです。つまり、情報空間はエントロピーを極小化させる状態へと向かうわけです。極小ではなくとも、小さくした状態を続けることができるわけです。

 それを未来から過去という逆向きの時間の流れで見ると、情報空間では未来のエントロピーは今よりはるかに小さい状態であって、ビッグバンに向かって増大していくと考えることができます。

 つまり、情報空間においては、エントロピーはビッグバンのときが極大なのです。そのエントロピーがどんどん下がり、小さくなって今があるのです。

 そして、最終的には情報空間においては、エントロピーが極小の状態、つまり「空」(くう)に行きつくでしょう。


【『苫米地英人、宇宙を語る』苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(角川春樹事務所、2009年)】

 見事な発想の転換。縦軸yを空間、横軸xを時間とするグラフを想像してほしい。このグラフを裏返しにすれば苫米地の発想は決して不思議なものではない。地図だって同様だ。北極を下にしても構わないし、地球の内側から見た地図があってもいいはずだ。時間という不可逆性を引っ繰り返す発想が絶妙だ。


 ただし「情報空間はエントロピーを極小化させる状態へと向かう」というのはそう簡単な話ではない。もしそうであるなら宗教だって統合されるわけだから。国家の数だって増えている。しかし、その一方で言語の数は減っている。


 いずれにしても、苫米地が提示した時間観は卓見といえよう。恐るべき抽象度の高さである。


 この情報空間と物理空間の両方にまたがっている存在が、生命です。実は、この両側に立つ存在というところに、宇宙がなぜあるのかを解き明かす答えがあります。


 情報空間と物理空間の間に存在しながら、双方のエントロピーが往還する「時間」に位置するのが生命だという指摘だ。凄い。全く凄すぎる。ため息しか出ないよ。x軸とy軸が交わる座標に「私」という存在があるのだ。これは法華経で説かれた諸法実相に迫る視点であると思う。


 心の定義はいろいろありますが、かなりの部分は情報であるということができるでしょう。

 ということは脳内も情報ということになります。そして、情報にオリジナリティがあれば、それを存在ということができるのです。


 オリジナリティの情報=自我である。「私は他の誰でもない。私は私だ」あるいは「かけがえのない自分」という時の「私」のこと。脳科学の発達によって、心=脳ということが明らかになりつつある。「脳内も情報」とはシナプスの結合である。脳の中身は情報ネットワークそのものだ。


 人間は思考する動物である。思考は言葉によって形成される。言葉は情報である。苫米地が説く情報は、更に物理学的・数学的な意味合いが込められており、「伝わるもの」「伝達可能な物質」をも含んでいると考えるべきであろう。


スター・トレック』の転送装置で、星の地上にいる人が宇宙船の中にビームで転送されるとき、何をやっているかというと、その人のいる地上の空間の素粒子状態、つまり情報状態を全部スキャンしているのです。そしてそのスキャンした状態を宇宙船の中に移動させているわけです。

 簡単にいえばコピーするということでしょうか。もちろん、思考も記憶も全部一緒にコピーをしています。それを移動と呼んでいるだけなのです。

 ただし、コピーだけでは移動ではありません。ただの複製になってしまうため、オリジナルの消去もあわせて行っているのです。

 スコッティーが転送してくれたときに、たまたま宇宙船が攻撃されて、オリジナルの消去ができなかったとしたら、オリジナルとコピーが同時に存在することになります。

 そして、しばらくしてからスコッティーに、「ごめん、あなたの転送は終わった。したがってこれからあなたを消去します」といわれてしまうわけです。

 では、どちらが本物か。

 それは、移動した方が本物なのです。それがインテンショナリティ、つまり意思という考え方です。

 移動するという意思が反映されているのは移動後のほうです。

 理論上は、寸分たがわず、魂まで含めた完全コピーではあります。しかし、移動という意思は複製された側にあるわけですから、結果として、オリジナルのあなたは消去されるべき存在になってしまうのです。


 ここでいう意思とは、自由意志に関わるテーマである。思想的には決定論・因果論・運命論と密接不可分の領域だ。


 存在のコピーという思考実験が実に巧妙である。だがよく考えてみよう。「私」とは昨日の私のコピーに過ぎない。「私」の実体とは私の「過去」に依(よ)っているのだ。繰り返されてきたオリジナルな反応および反射こそが、「私」という自我の正体であろう。

 意思が連続しても、記憶が消えてしまえば、自我が維持できませんから同じ人とはいえません。同じく、記憶に整合性があっても、意思がなければ、やはり同じ人とはいえないのです。

 つまり、インテンショナリティがあるものはたった一つであり、それがその存在の絶対条件となってくるのです。

 となると、基本的人権を得ることができる人とは、インテンショナリティがオリジナルの延長線上にあり、さらに記憶が整合的である人、ということになっていきます。


 つまり自我とは記憶なのだ。苫米地は多分、まだクリシュナムルティを知らないのだろう。踏み込みが甘くなっている。それでも相応の深みには達している。


 実は、こうした宇宙こそ、2500年前に釈迦(しゃか)がいった、唯識(ゆいしき)の世界なのです。

「宇宙はすべて意識で存在している」。つまり、情報状態だとすでにいっていたのです。

 ホーキングの限界はここにありました。西洋哲学、西洋物理学においては、外の世界と心の世界が別々に考えられていたのですが、すべては物理的現実世界との相対です。しかし、宇宙は最初から情報状態で成り立っているのです。


 完全に脱帽。私は多分、苫米地よりも古くから唯識を知っているが、かような発想は生まれ得なかった。こんなことを説かれた暁には、高額セミナーに行きたくなる気持ちも確かにわかる(笑)。いや、本当に凄いよ。


 結局のところ、科学の領域が宗教に迫ってきたのは、アインシュタインに代表される思考実験によるところが大きい。科学者は想像力を駆使して宇宙の実像を思い描いた。そして脳内のシナプスというシナプスが攪拌(かくはん)され、沸騰し、火花を散らしたところにパラダイムシフトを可能にする発見が生まれたのだ。


 おわかりだろうか? 発見はすなわち悟りなのだ。ゆえに悟りとは情報と情報とのつながりから発生するのだ。だが公式や言葉が悟りそのものではない。アインシュタインの脳内でE=mc²に達するその瞬間に悟りがあるのだ。科学の世界において悟りは発見された知識となってしまい、ダイナミックな生の躍動を失ってしまう。


 アインシュタインが発見する前からE=mc²という事実は宇宙に存在した。だがアインシュタイン以外は誰にも見えなかった。アインシュタインはある瞬間にそれが「見えた」のである。つまり悟りとは発見であり、気づくことなのだ。


 外なる宇宙の法則は次々に発見されている。内なる宇宙の法則は手つかずのままだ。21世紀の人類は100億光年も遠い星を眺めながら争い合っている。イエスの教えも、ブッダの法もいまだ世界を救ってはいない。この現実を見落としてはなるまい。


 尚、本書を読んだ人は、レオナルド・サスキンド著『ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い』も必読のこと。

苫米地英人、宇宙を語る

「月のワルツ」諫山実生


 cematinさんのツイートで知った曲。「いさやま・みお」と読む。女性シンガー。今井美樹Metisを足して2で割った感じ。随分と音程が正確だな、と思っていたら絶対音感の持ち主らしい。



名曲撰 ユメミゴコチ

最年少ブラックホールの存在確認 NASA


 米航空宇宙局(NASA)は15日、エックス線宇宙望遠鏡チャンドラを使い、できてから約30年しかたっていないブラックホールの存在を確認したと発表した。

 1979年に確認された、寿命を迎えた巨大な星の大爆発(超新星爆発)の後にできたとみられる。これまで確認されたブラックホールの中では最も若く、星の爆発やブラックホールができる仕組みの解明に役立つとしている。

 ブラックホールは地球から5000万光年離れたM100星雲で見つかった。太陽の約20倍の質量を持った星が超新星爆発を起こした後の燃えかすが収縮。超高密度のブラックホールになったと考えられる。

 エックス線による分析で、ブラックホールは周辺にあるガスなどを吸い込んでいることが判明。NASAは爆発に伴い飛び散った物質か、二つの星がお互いを回る連星からの物質を吸い込んでいるとみている。


47NEWS 2010-11-16

小2の息子がバカすぎる


 大笑い。子供が世の中を鋭く見つめていることがよく理解できる。小2で「兼業農家」という言葉を知っているとは、あな恐ろし。

ナチス残党に退避場所 米司法省が秘密報告書


 14日付の米紙ニューヨーク・タイムズは米司法省の秘密報告書の内容として、第2次世界大戦後に米政府当局がナチス・ドイツの残党に米国内の「避難場所」を提供していたと伝えた。

 同紙によると、これまでにも米情報当局がこれら残党を利用していたことは知られていたが、政府の関与がこれだけ詳細に明るみに出たのは初めてという。

 報道によると、秘密報告書は約600ページで約4年前に作成。情報公開法に基づき先月、民間調査機関に公開されたが、削除された部分が多く、同紙は独自のルートで全文を入手した。

 報告書は米政府がナチス残党の過去を知りながら入国を許したケースがあるとし「米国は迫害を受けた者の避難の場であることを誇りにするとともに、小規模ながら、迫害者の退避場所にもなっていた」と分析した。

 一例として、ナチスのロケット工場における強制労働に関与した後、米国に渡って宇宙計画に参画したロケット科学者のアーサー・ルドルフ氏(1996年に89歳で死去)について「当初考えられていたよりずっと積極的に強制労働にかかわっていたことが後に判明した」と指摘した。


47NEWS 2010-11-15

「勉強する生活」が「生活が勉強だけ」になる


 この間の(祖母殺し高校生自殺)事件にせよ、2年前のAさんの(開成高校殺人)事件にせよ、要するに勉強のことが問題になっているわけなんです。自分もそうだったんだけれど、塾通いをした小学生のころから「勉強する生活」に慣れています。これがひっくり返ると、「生活が勉強だけ」になってしまう。うちの学校自体がそれに慣れてしまって、やっぱり成績重視だ。最初よかった成績がどんどん落ちて行くと、ああいうケースが起きても不思議ではないのではないか。(開成高校生談)


【『子供たちの復讐』本多勝一朝日新聞社、1979年/朝日文庫、1986年)】

子供たちの復讐 (朝日文庫)

歴史を書くことは倍率の低い顕微鏡でものを見るのに似ている


 世界の歴史を書くという作業は、倍率の低い顕微鏡でものを見るのに似ている。その場合、観察者は標本のかなりの部分を見ることができるが、細かいところは犠牲になってしまう。


【『ドラッグは世界をいかに変えたか』デイヴィッド・T・コートライト/小川昭子〈おがわ・あきこ〉訳(春秋社、2003年)】

ドラッグは世界をいかに変えたか―依存性物質の社会史

まど・みちおが生まれた日


 今日はまど・みちおが生まれた日(1909年)。「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」などは童謡になっている。さかなやさんが/さかなをうっているのを/さかなはしらない/にんげんがみんな/さかなをたべているのを/さかなはしらない/うみのさかなも/かわのさかなもみんなしらない(「さかな」)

まど・みちお詩集 (ハルキ文庫) いわずにおれない (集英社be文庫) まど・みちお全詩集

郭沫若が生まれた日


 今日は郭沫若(かく・まつじゃく)が生まれた日(1892)。業績は多岐に。文学の代表作としては『女神』『屈原』があり、中国古代史学においては西周時代を奴隷制時代とした『中国古代社会研究』など。三国志関連では論文「替曹操翻案」を発表しており、これが悪人扱いされていた曹操の評価を改める大議論の契機となる。

歴史小品 (岩波文庫 赤 26-2)

2010-11-15

『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ/土屋政雄訳(ハヤカワepi文庫、2008年)


わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)


 残酷な運命に翻弄される若者たちの一生を感動的に描き、世界中で絶賛された、ブッカー賞作家の新たなる傑作。解説:柴田元幸


 優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設へールシャムの親友トミーやルースも「提供者」だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度……。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく。  

レッドからグリーンへ

石●「レッドからグリーンへ」というのが、最近の皮肉をこめたスローガンとなっているぐらいです。つまりマルキシズムの居城を失った思想家たちの一部が、環境に生きる道を見出したわけです。


【『環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之〈いし・ひろゆき〉、安田喜憲〈やすだ・よしのり〉、湯浅赳男〈ゆあさ・たけお〉(洋泉社新書y、2001年)】

環境と文明の世界史―人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ (新書y)

文字を読む脳からデジタルな脳への移行


 これから数十年のあいだに、人間のコミュニケーション能力は大きく様変わりしていくはずだ。脳内に新たな接続が補充され、それが、これまでとは異なる新しい形で、知能の進化を推し進めていくからである。文字を読む脳からデジタルな脳への移行が進む今、文字をよむため、つまり読字するためには脳に何が求められるのか、また、物事を考え、感じとり、推測し、他の人間を理解する能力に読字がどう役立っているかを知ることが、ことのほか重要だ。


【『プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?』メアリアン・ウルフ/小松淳子訳(インターシフト、2008年)】

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?

『世紀の空売り』マイケル・ルイス/東江一紀訳(文藝春秋、2010年)


世紀の空売り


 世界中が、アメリカ発の住宅好況に酔っていた2000年代半ばそのまやかしを見抜き、世界経済のシステム自体が破綻するほうに賭けた一握りのアウトサイダーたちがいた。難攻不落の鉄壁のまやかしを演出するのは、ゴールドマン・サックスリーマン・ブラザーズなどの投資銀行ムーディーズなどの格付け機関に、米国政府。彼らに挑んだその大相場を人は、「世紀の空売り」と呼んだ。『マネー・ボール』を超えた痛快ノンフィクション。

J・G・バラードが生まれた日


  今日はJ・G・バラードが生まれた日(1930)。「もし誰も書かなければ、わたしが書くつもりでいるのだが、最初の真のSF小説とは、健忘症の男が浜辺に寝ころび、錆びた自転車の車輪をながめながら、自分とそれとの関係のなかにある絶対的な本質をつかもうとする、そんな話になるはずだ」と宣言。

沈んだ世界 (創元SF文庫) 時の声 (創元SF文庫) クラッシュ (創元SF文庫)

岡本綺堂が生まれた日


 今日は岡本綺堂が生まれた日(1872年)。1916年、シャーロック・ホームズに影響を受け、日本最初の岡っ引捕り物小説『半七捕物帳』の執筆を開始、江戸情緒溢れる描写で長く人気を得た。怪奇ものでは中国志怪小説や英米怪奇小説の翻案や『世界怪談名作集』『支那怪奇小説集』などの編訳もある。

半七捕物帳〈1〉 (光文社時代小説文庫) 半七捕物帳〈2〉 (光文社時代小説文庫) 半七捕物帳〈3〉 (光文社時代小説文庫)


半七捕物帳〈4〉 (光文社時代小説文庫) 半七捕物帳〈5〉 (光文社時代小説文庫) 半七捕物帳〈6〉 (光文社時代小説文庫)

2010-11-14

孫崎享、佐々木英信、J・クリシュナムルティ


 3冊読了。


 129冊目『日本人のための戦略的思考入門 日米同盟を超えて』孫崎享〈まごさき・うける〉(詳伝社新書、2010年)/元外務官僚が書いた外交・防衛の戦略論。骨太の論考。日米安保に関する具体的な処方箋を提示している。沖縄米軍基地移転問題、そして尖閣問題で揺れている今、これほどタイムリーな本もあるまい。孫崎の実直さは幕臣の雰囲気すら醸し出している。


 130冊目『一目均衡表の研究』佐々木英信(投資レーダー、1996年)/一目均衡表を学ぶなら本書といわれている。前半だけで元は取れるだろう。後半はあまりピンと来なかった。妙な宗教臭さがあると思っていたら、佐々木英信は幸福の科学の信者であった。既に鬼籍に入る。名著とは思わないが好著であるのは間違いない。


 131冊目『人生をどう生きますか?』J・クリシュナムルティ/大野龍一訳(コスモス・ライブラリー、2005年)/過去の著作からの抄録。初心者には不向きで、それなりにクリシュナムルティの教えに接した人でなければわかりにくいことだろう。大野龍一の訳は大野純一よりもこなれていて読みやすい。ただし時折挿入されている訳注は余計だ。かえって訳者の先入観をあらわにしてしまっている。クリシュナムルティ本はこれで42冊目の読了。

岡野潔「仏陀の永劫回帰信仰」に学ぶ その一


 興味深い論文を見つけた。今、頭が回らないので何回かに分けて学んでゆきたい。

 トップページはこちら──

 尚、私の所感、意見、反論は学識、教養に基づくものではなく、直観によっていることをお断りしておく(笑)。また表記は「仏陀」を「ブッダ」と改めた。本ブログでは一貫してカタカナ表記としているため。


「ブッダの永劫回帰信仰」は、ブッダと接する時間が少なかった弟子、あるいは滅後に仏法と巡り会った人々が寄せた恋慕感情に由来していると思われる。ブッダから直接薫陶を受けた弟子たちが、在りし日のブッダを生き生きと語ることで、恋慕感情はより一層強化され、挙げ句の果てには仏舎利信仰が生まれるに至った。この時、仏は拝まれる対象になったものと推察される。


 前者の円環は実は時間の円環ではなく、単に生と死の繰り返しにすぎない。後者の円環、宇宙論的な円環こそ、本当に永劫回帰する時間の円環というべきである。


 前者=個人の輪廻(生死)、後者=ブラフマー神による世界の周期的再現、としている。ブッダが生まれたのはヒンドゥー教世界であるゆえ、ヒンドゥー的価値観が見受けられるのは致し方ないところであろう。しかしながらそれは、決してヒンドゥー教からの影響を受けたものではなく、ヒンドゥーイズムに支配された人々に通じる言葉で語りかけたという意味である。


 神々が位置する宇宙的な時間は、宇宙の大循環ごとに、つまりあらゆるカルパごとに、まったく同一に回帰する。


 カルパとは劫(こう)のことか? 問題は回帰思想がどこから発生したのかである。繰り返される天体の運行からか、あるいは巡り来る生老病死によるものか、はたまたカースト制度を守ろうと企図したものだったのか。


 多分、正解は3番だ。なぜなら、ヒンドゥーイズムで説かれる過去世、来世はカーストという社会差別を正当化する物語であったからだ。「お前が奴隷として生まれたのは過去世の行いがよくなかったからだ」というわけ。


 ところが、俗なる輪廻の世界の出来事、われわれの生死の時間は、一回性のもので、回帰しない。つまり、聖なる時間に属する出来事は回帰するが、俗なる時間に属する出来事は回帰しないという構造をもっているわけである。


 これは実に巧みな説明でありながら、少々ずるいと言わざるを得ない。「お前が死んだ後も地球は回っているんだよ」という風にしか聞こえない。そうでなければ、輪廻の意味が「歴史は繰り返す」というレベルに下げられてしまう。


 世界の意味を見失った衆生たちに、宇宙の存在論的な企図が明らかにされる。仏陀の生が反復されるごとに、宇宙の至上の存在理由が確認されるわけであり、このため仏陀の降誕は、姿を変えた一種の宇宙の再=創造神話とみることもできなくはない。


 いや、できないよ。ルネサンスは再創造ではなく再生に過ぎないからだ。大体、「降誕」なんて思想は仏教にあるのか? 天にましますのは神であって仏ではあるまい。


 有り体にいえば、輪廻とは生まれる前と死んだ後が存在するのかどうかである。それを世界観や宇宙観に結びつけるべきではない。


 そもそもヒンドゥー教の場合、1劫=43億2000万年である。とすると1劫ごとに輪廻が繰り返されたとしても、我々の認識では「繰り返し」と見なすことが不可能だ。


 仏教が小難しいのは、思想的側面(宗教理論)と行為的次元(宗教行為)の境界を見分けにくいためだ。その上、真の宗教性は別のところにあったりする。


 ブッダは悟りを開いた。そしてブッダは法を説いた。しかし、語られた言葉は悟りそのものではない。だから、ブッダの言葉を手掛かりとしながら、我々はブッダの悟りを探求しなければならないのである。言葉にとらわれてしまえば、ブッダの心を見失ってしまうだろう。


 今日はここまで。

『普遍宗教への階梯 スワミ・ヴィヴェカーナンダ講演集』スワミ・ヴィヴェカーナンダ/大野純一訳(コスモス・ライブラリー、1998年)


普遍宗教への階梯―スワミ・ヴィヴェカーナンダ講演集


 19世紀末科学の大攻勢の中、真の宗教の必要、普遍宗教の理想を雄弁に訴え、その実現の手段としての四大ヨーガを体系化し、東洋と西洋、過去と現在の合流点となったスワミ・ヴィヴェカーナンダ最重要講演集。

『原始仏典』中村元監修、森祖道、橋本哲夫、浪花宣明、渡辺研二、岡野潔、入山淳子、岡田行弘、岡田真美子、 及川真介、羽矢辰夫、平木光二、松田慎也、長尾佳代子、勝本華蓮、出本充代訳(春秋社、2003年)


原始仏典〈第1巻〉長部経典1 原始仏典〈第2巻〉長部経典2 原始仏典〈第3巻〉長部経典3


原始仏典〈第4巻〉中部経典1 原始仏典〈第5巻〉中部経典2 原始仏典〈第6巻〉中部経典3 原始仏典〈第7巻〉中部経典4


 様々な比喩を用い、民衆を仏の道に導こうとしたブッダの心が、今、よみがえる。最新の研究成果に基づき、流麗なわかりやすい訳文でおくる原始仏典現代語訳の決定版。


第一巻:『聖なる網の教え(梵網経)』『修行の成果(沙門果経)』『真のバラモン(種徳経)』『説法の奇跡(堅固経)』など「長部経典」第1経から13経までを収録。


第二巻:『偉大な過去世の物語(大本経)』『マハースダッサナ王の最期(大善見王経)』『バラモン執事の出家(典尊経)』など「長部経典」第14経から23経までを収録。


第三巻:「転輪王と人間の寿命(転輪聖王修行経)」「信仰の喜び(自歓喜経)」「シンガーラへの教え(善生経)」「教義の集成(等誦経)」など、第24経から34経までを収録。


第四巻:『森に独り住む(怖駭経)』『思念を発す(念処経)』『正しい教えの把握の仕方(蛇喩経)』『異教徒サッチャカの論難(薩遮経)』など、「中部経典」第1経から40経までを収録。


第五巻:『四つの真理の了解(小法受経)』『真の俗事の捨断(哺多利経)』『ラーフラへの説諭(羅云経)』『最上の利得と安楽(鬚閑提経)』など、「中部経典」第41経から76経までを収録。


第六巻:『残忍な盗賊アングリマーラの帰依(央掘摩経)』『真理の王(施羅経)』『真の奉仕と真の財産(鬱痩歌経)』『論争を避けるために(キンティ経)』など、第77経から106経までを収録。


第七巻:『逐一の観察(アヌパダ経)』『身体にむけた注意(念身経)』『吉祥なる一夜(跋地羅帝経)』『六つの要素と修行道の総説(大六処経)』など、第107経から152経までを収録。

斎藤秀雄は子供であろうと手加減しなかった


 オーケストラを教えていても、できる子が間違えると怒る。それから二度目に弾けると怒る。最初からなぜそのようにやらないのか、と。


【『齋藤秀雄・音楽と生涯 心で歌え、心で歌え!!』財団法人民主音楽協会編(芸術現代社、1985年)】

斎藤秀雄 音楽と生涯

見るものは見られるものである


〈画家〉と〈見えるもの〉とのあいだで、不可避的に役割が顛倒する。その故にこそ、多くの画家は物が彼らを見守っているなどと言ったのだし、クレーに次いでアンドレ・マルシャンも次のように言うのだ。「森のなかで、私は幾度も私が森を見ているのではないと感じた。樹が私を見つめ、私に語りかけているように感じた日もある……。私はと言えば、私はそこにいた、耳を傾けながら……。画家は世界によって貫かれるべきなので、世界を貫こうなどと望むべきではないと思う……。私は内から浸され、すっぽりと埋没されるのを待つのだ。おそらく私は、浮び上ろうとして描くわけなのだろう」。一般に〈霊気を吹きこまれる〉(インスピレーション)と呼ばれているものは、文字通りに受けとられるべきである。本当に、存在の吸気(インスピレーション)とか呼気(エクスピレーション)というものが、つまり存在そのものにおける呼吸(レスピレーション)があるのだ。もはや何が見、何が見られているのか、何が描き、何が描かれているのかわからなくなるほど見分けにくい能動と受動とが存在のうちにはあるのである。母の胎内にあって潜在的に見えるにすぎなかったものが、われわれにとってと同時にそれ自身にとっても見えるものとなる瞬間、一人の人間が誕生したと言われるが、〔その意味では〕画家の視覚は絶えざる誕生なのだ。


【『眼と精神』M・メルロ=ポンティ滝浦静雄木田元〈きだ・げん〉訳(みすず書房、1966年)】

眼と精神

アストリッド・リンドグレーンが生まれた日


 今日はアストリッド・リンドグレーンが生まれた日(1907年)。児童文学作家。世界の70ヶ国語以上で翻訳され、100以上の国で出版されている。教師や事務員をしながら、幼い娘のために書き上げたのが『長くつ下のピッピ』だった。同シリーズは全世界で1億3000万部以上売れた。

長くつ下のピッピ (岩波少年文庫 (014)) ピッピ船にのる (岩波少年文庫 (015)) ピッピ南の島へ (岩波少年文庫(016)) やかまし村の子どもたち (岩波少年文庫(128))


ネルーが生まれた日


  今日はネルーが生まれた日(1895年)。国民会議の議長でありながら幾度となく投獄された。「日本で象を見たい」という子供達の声に応え、1頭の象を寄贈。1949年上野動物園に到着。83年に死亡するまで同動物園のシンボルとして愛された。54年には10粒の仏舎利を日本に贈呈している。


父が子に語る世界歴史〈1〉文明の誕生と起伏 父が子に語る世界歴史〈2〉中世の世界 父が子に語る世界歴史〈3〉ルネサンスから産業革命へ 父が子に語る世界歴史〈4〉激動の十九世紀


父が子に語る世界歴史〈5〉民主主義の前進 父が子に語る世界歴史〈6〉第一次世界大戦と戦後 父が子に語る世界歴史〈7〉中東・西アジアのめざめ 父が子に語る世界歴史〈8〉新たな戦争の地鳴り


2010-11-13

行動経済学という武器/『「ジャパン」はなぜ負けるのか 経済学が解明するサッカーの不条理』サイモン・クーパー、ステファン・シマンスキー


 透徹した専門性は学問領域を軽々と越境する。ま、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」ってな感じだわな。狭いトンネルが別世界に通じることもあれば、穴のまま終わることもあるのだろう。


 それにしても行動経済学の台頭恐るべし。一昔前なら「大体、生きた人間がだな、データや数字に換算されてたまるかってえんだ」と江戸っ子の親父あたりが言ってそうなものだが、昨今は異なりつつある。データが生きているのだよ。これはね多分、スタンレー・ミルグラムの実験手法を踏襲したものだと思われる。ミルグラムアイヒマン実験によって心理学(特に社会心理学)を検証可能な学問の世界に引き上げた。


 スポーツと経済学の共通点は何だろう? それは合理性だ。ルールという論理に縛られている以上、合理的な攻守が求められる。そのための作戦であり、選手起用であり、チームワークなのだ。


 だがそれも、ビル・ジェイムズが現れるまでの話だった。カンザス州の田舎に生まれた彼は、地元のリトルリーグの統計をとったり、食品工場でボイラーの火を見ていたほかに、人生でたいしたことはしていなかった。ところが暇にまかせて野球の統計を新鮮な目で勉強しはじめたところ、「古くからある野球の知識はほとんどがたわごと」であることを発見した。ジェイムズは野球というテーマに「知的な厳しさ」をもって取り組みたかったと書いている。


【『「ジャパン」はなぜ負けるのか 経済学が解明するサッカーの不条理』サイモン・クーパー、ステファン・シマンスキー/森田浩之訳(NHK出版、2010年)以下同】


 ある号(彼が毎年出版したした『ベースボール・アブストラクツ』)にジェイムズはこう書いている。「これは野球を外側からみた本である。数歩後ろに下がり、徹底的に子細に、でも距離を置いて研究したときに野球がどうみえるかを書いた本である」


 で、ビル・ジェイムズにはどう見えたのか? 実は打率よりも出塁率の方が重要だった。彼の分析法は「セイバーメトリクス」として採用されている。「チャンスに強い選手」といった見方が案外デタラメな場合がある。強い印象を受けることで人々が勝手に作り出す物語なのだろう。


 サッカーの世界で「ジェイムズ的革命」のもうひとつの担い手になりそうなのは、ACミランのメディカル部門であるミラン・ラボだ。ミラン・ラボは跳躍力を分析しただけで、その選手が負傷するかどうかを70%の確率で予測できた。


 中身についてはトップシークレットらしいが、きっと跳躍力が落ちた時に怪我をしやすくなるのだろう。


 では本題に。サッカーにおいて勝敗を左右するデータは何か?


 だが国際試合では、この3つの要素(国の人口、国民所得、国際試合の経験)が結果を大きく左右する。


 これは驚きだ。国の人口はサッカー人口の底上げにつながっているということか。国民所得が上がれば余暇の時間(学校だと体育)も増える。貧しい国の学校には体育の時間がない。


 こうなるとデータも面白みが増すというものだ。では果たして完璧なデータを集めれば、試合結果は完全に予測可能となるのであろうか?


 答え──ならない。なぜなら世界を支配しているのはランダム性(偶然性)であるからだ。たとえ、宇宙に存在する全ての量子の位置と全ての物理法則がわかっていたとしても、宇宙の未来は予測できない。っていうか、実は量子の位置すら特定できない。これを解き明かしたのがハイゼンベルク不確定性原理である。アインシュタインが「神はサイコロを振らない」と反論したエピソードが広く知られている。


 宗教団体なんかも、行動経済学で読み解くことが可能だろう。宗教社会学と行動経済学が結びつけば面白くなりそうだ。行動経済学は色んな意味で我々の武器となることだろう。

「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理

Donny Hathaway - Someday We'll All Be Free


 二十歳の頃に夜な夜な聴いていたアルバムだ。この軽やかな歌声を残して、ダニー・ハサウェイは飛び降り自殺をした。嗚呼──



Extension of a Man

ソシュールの言語学は文字に対する観念が抜け落ちている


 言語学という学問があります。最近あまり聞かなくなりましたが、80年代の日本ではソシュール(Ferdinand de Saussure)という人の言語学が大流行しました。ただ、この学問は西欧で生まれた学問なので、文字に対する観点がまったく抜け落ちています。なぜそうなったのかというと、西欧にはアルファベットという発音記号のような文字しか存在しないからです。西欧人には文字のことがわからないから、漢字の文明と文化の構造は理解できないのです。


【『漢字がつくった東アジア』石川九楊(筑摩書房、2007年)】

漢字がつくった東アジア

老いるとは


 老いるということは喪失体験を重ねることである。


【『痴呆を生きるということ』小澤勲岩波新書、2003年)】

痴呆を生きるということ (岩波新書)

無料で容量5GBの同期フォルダー「SugarSync」

 一々ファイルをアップロードする必要がない。ソフトをダウンロードすればフォルダーと同期。つまり自動バックアップ。私が使用しているのはテキストファイルなので十分な容量だ。


 尚、登録後、妙な画面が出る場合がある。更に確認メールが届くのに結構時間を要した。気長に待つこと。

モンゴメリー・バス・ボイコット事件が起こった日


 今日はモンゴメリー・バス・ボイコット事件が起こった日(1955年)。白人優先席に座っていたローザ・パークスに対し、運転手が後から乗車した白人のために席を空けるように指示。パークスが拒否したため警察に逮捕された。キング牧師がバス乗車のボイコットを呼びかけ、多くの市民がこれに応じた。

ローザ・パークス (ペンギン評伝双書) ローザ・パークス自伝 (潮ライブラリー) ローザ・パークスの青春対話 (潮ライブラリー) 黒人差別とアメリカ公民権運動 ―名もなき人々の戦いの記録 (集英社新書)






アウグスティヌスが生まれた日


 今日はアウグスティヌスが生まれた日(354年)。古代キリスト教世界のラテン語圏において最大の影響力をもつ理論家。カトリック教会聖公会ルーテル教会正教会非カルケドン派聖人。母モニカも聖人である。新プラトン主義キリスト教思想を統合。西洋思想史に巨歩を印した。

アウグスティヌス講話 (講談社学術文庫) 省察と箴言 (岩波文庫) 告白 上 (岩波文庫 青 805-1) 告白 (下) (岩波文庫)

2010-11-12

部民、領民、臣民、国民


 文明の歴史から見ると、人間の社会のあり方はまず「部民」と「領民」であり、日本では平安時代に荘園制度があって、荘園という狭い領地で働く人は領民で、森鴎外が書いた『山椒大夫』は散所(さんじょ)の奴隷監督だし、安寿と厨子王は領民の象徴である。領民の時代は藩が支配する江戸時代まで続き、明治維新で日本は国民国家の仲間入りをし、「領民」は君主政の下では「臣民」になり、共和制の下の近代国家では「国民」になっている。

 しかし、国民国家が国家主義化して行き詰まり、近代社会は市民革命を体験することで、自由主義と民主主義の洗礼を受けたうえに、新たな形での市民が階層として登場した。

 ところが、戦後の日本には「市民」が登場せず、三井、三菱、大蔵、農協といった枠組みの中で、組織に所属する領民意識を助長したために、コミュニティと無関係になってしまい、「臣民」から「領民」に逆戻りしてしまった。21世紀に日本が再生するためには、日本人が落ち込んだ「領民」の境涯から脱して、真の自由と民主に根差すコミュニティの中で、「市民」にならなければいけないのである。(藤原肇


【『ジャパン・レボリューション 「日本再生」への処方箋』正慶孝〈しょうけい・たかし〉、藤原肇(清流出版、2003年)】

ジャパン・レボリューション―「日本再生」への処方箋

民兵が短剣で村人の喉をかき切っている

 民兵が短剣で村人の喉(のど)をかき切っている。短剣の刃が、炎に照らされてきらめいていた。あの晩、村を駆け抜けながら目にしたすべての出来事を語ることはできない。それは、決してだれの目にもさらすことのできない光景だった。


【『メンデ』メンデ・ナーゼル、ダミアン・ルイス/真喜志順子〈まきし・よりこ〉訳(ソニー・マガジンズ、2004年/ヴィレッジブックス、2006年)】

メンデ―奴隷にされた少女 (ヴィレッジブックス N ナ 1-1)

『複製技術時代の芸術』ヴァルター・ベンヤミン/佐々木基一編集解説(晶文社、1999年)


複製技術時代の芸術 (晶文社クラシックス)


 20世紀は映像の世紀である。映画や写真などの複製技術は、どんな可能性をはらんでいるのか……。20世紀ドイツを代表する巨大な思想家・ベンヤミンの刺激あふれる先駆的映像芸術論。再刊。

ミヒャエル・エンデが生まれた日


 今日はミヒャエル・エンデが生まれた日(1929年)。「千人の苦しみは、一人の苦しみよりも大きいのでしょうか?」「一平方キロメートルの赤い面は、一平方メートルの同じ色の面よりももっと赤いでしょうか?」「それを表す言葉がまだない、そのようなものを考えることができますか?」(『エンデのメモ箱』)

エンデのメモ箱 モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 (岩波少年少女の本 37) 鏡のなかの鏡―迷宮 (岩波現代文庫) エンデの遺言―「根源からお金を問うこと」

ロラン・バルトが生まれた日


 今日はロラン・バルトが生まれた日(1915年)。もし私が作家で、死んだとしたら、私は自分の生涯が、友情に満ちたおおらかな伝記作者の配慮によって、あるいくつかの細部、あるいくつかの好み、あるいくつかの声の抑揚、つまり、あるいくつかの《伝記素》に還元されることを、どれほど望むことか。(みすず書房

表徴の帝国 (ちくま学芸文庫) エクリチュールの零(ゼロ)度 (ちくま学芸文庫) 明るい部屋―写真についての覚書 物語の構造分析

ロダンが生まれた日


 今日はロダンが生まれた日(1840年)。17歳でエコール・ボザール(グラン・エコール)に入学を志願するも、数年にわたって不合格となる。学業を断念し室内装飾の職人として働く。独学で彫刻の技法を修練。ミケランジェロの彫刻に衝撃を受ける。青銅時代で注目されたのは37歳の時であった。

ロダン―神の手を持つ男 (「知の再発見」双書) ロダン (ニューベーシック) (ニューベーシック・アート・シリーズ) ロダン事典 ロダンの言葉 (講談社文芸文庫)

2010-11-11

妊娠中絶に反対するアメリカのキリスト教原理主義者/『守護者(キーパー)』グレッグ・ルッカ


 アメリカでは堕胎を行う産婦人科医が毎年のように殺されている、と何度か書いてきた。その辺の情況を描いたミステリはないかと探して見つけたのが本書である。


 予想以上に面白かった。警句の余韻をはらんだ文章も中々お見事。関口苑生の「解説」を呼んでびっくりしたのだが、グレッグ・ルッカは26歳でこの作品を書き上げたという。トム・ロブ・スミスもそうだが、ミステリ界には若い書き手の台頭が見受けられる。


 書き出しはこうだ──


 そうしてやりたいのはやまやまだったが、わたしは、男の鼻を折らなかった。


【『守護者(キーパー)』グレッグ・ルッカ/古沢嘉通〈ふるさわ・よしみち〉訳(講談社文庫、1999年)以下同】


 暴力をコントロールする意思。主人公のアティカスはボディガードを生業(なりわい)としていた。彼はフリーランスだった。自分の職業を「パーソナル・セキュリティー・エージェント」と称した。


 物語はアティカスが恋人と産婦人科を訪れ、中絶を決意するところから始まる。病院の周囲を中絶反対派の人々がプラカードを林立させて取り巻いていた。


 やかまし男がメガフォンを掲げ、話しはじめた。

「諸君に殺人について話そう」男はいった。

 デモ隊はざわめいた。

「またしても殺人が、さらなる血塗られた殺人がおこなわれている」男はいった。「おびただしい死体、ちぎれ、引き裂かれた死体が彼らのゴミ箱を、大型ゴミ容器を、シンクを埋めている。冷たい金属、鋭い金属、あの子たちの感じるこのうえもなく冷たく、このうえもなく鋭いもの、母から引き離され、安全とぬくもりとふるさとから引き離されて二度めに感じるものがそれなのだ」


 中絶反対派のリーダーは長広舌を振るった。そして彼の言葉は全てが正しかった。戦争の大義名分と同じように。世間の耳目を糊塗する言動は、暴力にまぶされたシュガーパウダーだった。そして正しい言葉が暴力性を先鋭化してゆくのだ。正義によって狂信が増幅されることを見逃してはなるまい。


 言葉の限界は言葉の弱みでもある。整合性のある言葉は脳を支配する。考え込んでしまえば負けだ。即座に応答することができなければ、脳はコントロールされる。広告・占い・宗教・政治においても同じ手法がまかり通っている。


 アティカスは知性と直観を兼ね備えた人物だった。婦人科の女性医師が彼に警護を依頼した。


 この職業のいやなところをいわざるをえない。冷徹なる真実の部分。「あなたを完璧に守ることはできない。だれにもできない。だれかがあなたを本気で殺したいと願い、そいつらに忍耐心と半分でも脳味噌があり、多少の金があったなら、その仕事をやりとげるだろう。10年かかるかもしれないが、やりとげるはずだ。どんなに徹底的にセキュリティに気をつけても、どれだけおおぜいのボディーガードがいても、どんなに金をかけても、防ぐことはできない。カナダのユーコン準州みたいな僻地(へきち)に引っ越しても、本気であなたを殺したいと望んでいるなら、追ってきて、なんとか方法を見つけるはずだ。絶対の保護みたいなものはありえない」


 プロフェッショナルはできることとできないことを弁えている。そしてできることについては知り尽くしている。


 どんな世界にも原理主義者は存在する。彼らは原理に人間を合わせる。プロクルステスのベッドのように。原理主義は人間を手段化する。原理でがんじがらめにすれば自爆テロも可能となる。


 トリックスターとして描かれているブリジットの人物造形も巧みだ。減らず口を叩く警官もグッド。ただ、地味な展開と受け止めるか、リアリティを追求しているとするかで好みが分かれそうだ。マイクル・Z・リューインが好きな人にはオススメできる。


 タイトルは「守護者」となっているが、文中に「灯台守(キーパー)」と出てくる。きっと「人間性の光」を象徴したのだろう。「神の光」ではなく。


 キリスト教原理主義者は生まれてくる子供達を守るために殺人をも正当化する。歴史を振り返ってもキリスト教の正義は血と暴力に満ちている。彼らは「神の怒り」を実行する者と化す。だからこそアメリカ先住民を殺戮し、黒人を奴隷にした上で虫けらみたいに殺害できたのだろう。


 世界の宗教人口の比率は、キリスト教35%、イスラム教19%、ヒンドゥー教14%、仏教6%となっている。差別的な宗教が世界にはびこっている内は平和が訪れることはないだろう。

守護者 (講談社文庫)

『スティグマの社会学 烙印を押されたアイデンティティ』アーヴィング・ゴッフマン/石黒毅訳


スティグマの社会学―烙印を押されたアイデンティティ


 欠点/瑕疵、短所、ハンディキャップなどの属性により、社会によって完全に受け入れられる資格を与えられない者の状況−スティグマを関係論的枠組によって分析し、社会学としての検討を試みる。70年刊の改訂版。

「なんとなく無信仰」という軟弱な態度


 ちなみに、この「なんとなく無信仰がふつう」という(日本人の)感覚は、元を辿(たど)っていくと明治政府の政策に当たります。「外国からプレッシャーかかってるから信仰の自由は容認しないとなあ」「でも、できれば天皇だけ崇拝して欲しいなあ」という板ばさみの中で試行錯誤していくうちに、「信仰の自由は認めるけど、特定宗教を信仰せずに天皇だけ崇拝してるのがふつうだよね?」という感覚ができあがり、それが第二次世界大戦後に「天皇崇拝」の部分が抜け落ちて、今までなんとなく続いているわけです。

 ですが、そんな「なんとなく無信仰」という軟弱な態度が、いざという時にどれほどの意味を持つものでしょうか? 死に直面した時、「なんとなく無信仰」を貫き、粛々と死を受け入れる人間がどれほどいるでしょう? 多くの人は、必死に自分の人生の意味を捜し求め、死後の世界を想うことでしょう。その時に宗教が一つの選択肢となるのです。


【『完全教祖マニュアル』架神恭介〈かがみ・きょうすけ〉、辰巳一世〈たつみ・いっせい〉(ちくま新書、2009年)】

完全教祖マニュアル (ちくま新書)

チャウシェスク大統領を処刑した理由


「エッ、チャウシェスクの共犯者として追及されなかったんですか?」

「そういう証拠を隠滅するためにこそ、あれだけ急いでチャウシェスク夫妻を処刑しちまったんでしょうよ。今のイリエスク政権は、チャウシェスク夫妻とドラ息子が抜けただけの、そのままチャウシェスク政権ですよ。ハハハハ」(ガイドの青年)


【『嘘つきアーニャの真っ赤な真実米原万里〈よねはら・まり〉(角川書店、2001年/角川文庫、2004年)】

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (文芸シリーズ) 嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

駆除しようとゴキブリに火→燃えたまま逃げる→作業場500平方メートル全焼


 10日午前11時35分ごろ、香川県三豊市のしいたけ栽培農家で、ゴキブリを駆除しようとアルコールをまいて火を付けたところ、ゴキブリが燃えたまま逃げ回り、鉄骨平屋のしいたけ栽培作業場約500平方メートルを全焼した。

 燃えたのは同市高瀬町、香川忠さん(64)方の作業場。

 三豊署によると、作業用の機械についたゴキブリ数匹を駆除するため、香川さんがゴキブリや周辺にアルコールをかけて火を付けたところ、建物の断熱材の裏側などに逃げ込んだという。

 同署は機械などにかかったアルコールの炎が直接建物に引火した可能性もあるとみて、詳しい出火原因を調べている。


産経ニュース 2010-11-10

ジグミ・シンゲ・ワンチュクが生まれた日


 今日はジグミ・シンゲ・ワンチュクが生まれた日(1955年)。第4代ブータン国王。1972年に16歳で即位した。開明的な国王として知られ、強大な国王の権限を徐々に縮小する民主化政策を進めた。国民総生産にかわる「国民総幸福量」(GNH)という概念を提唱したことでも有名である。


f:id:sessendo:20101111081712j:image

国をつくるという仕事

養老孟司が生まれた日


  今日は養老孟司が生まれた日(1937年)。文化や伝統、社会制度、言語、意識、心など人のあらゆる営みは脳という器官の構造に対応しているという「唯脳論」を提唱した。この論は、『現代思想』(青土社)の連載をもとに出版された『唯脳論』(青土社)にまとめられている。

唯脳論 (ちくま学芸文庫) カミとヒトの解剖学 (ちくま学芸文庫) 人間科学 対論 脳と生命 (ちくま学芸文庫)

カート・ヴォネガットが生まれた日


 今日はカート・ヴォネガットが生まれた日(1922年)。20世紀アメリカ人作家の中で最も広く影響を与えた人物。我々のリーダーが権力におぼれたチンパンジーだと言ったら、私は中東で戦い死んでいっている兵士たちの士気を台無しにすることになるだろうか?」とブッシュ政権を批判した。

タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫SF) スローターハウス5 (ハヤカワ文庫 SF 302) 猫のゆりかご (ハヤカワ文庫 SF 353) ジェイルバード (ハヤカワ文庫 SF (630))

ドストエフスキーが生まれた日


 今日はドストエフスキーが生まれた日(1821年)。世界文学における重要人物として、しばしば「世界文学でもっとも偉大な心理学者」とみなされている。銃殺刑執行直前に特赦となる。その後シベリア流刑となり、5年間服役。刑期終了後、軍隊に勤務を経て社会主義者からキリスト教的人道主義者となる。

ドストエフスキーの言葉 貧しき人々 (光文社古典新訳文庫) 罪と罰 (上巻) (新潮文庫) 罪と罰 (下巻) (新潮文庫)


カラマーゾフの兄弟〈第1巻〉 (岩波文庫) カラマーゾフの兄弟〈第2巻〉 (岩波文庫) カラマーゾフの兄弟 第3巻 (岩波文庫 赤 615-1) カラマーゾフの兄弟 第4巻 (岩波文庫 赤 615-2)

2010-11-10

天野友ニ


 天野友ニって、正真正銘の馬鹿のようだな。

実例:交通警察官とのたたかい方


 警官が免許証の提示を求めるので、kohsakは提示だけする。警官は、当然のようにこちらの手から免許証をもぎ取ろうとするが、さっと警官の手をかわして渡さない。提示する義務はあるが、手渡す義務はないからだ。


弁護士kohsakのユーウツ

たった5分で視力を回復するトレーニング


 これは凄い。大リーグでも導入されているとのこと。100%よくなるらしい。



労働する人間は経済活動の手段にされている


 カント以来、ヨーロッパの思索は、人間本来の尊厳についてはっきりした見解を示すことができました。カントその人が定言命法の第二式でつぎのように述べていたからです。

「あらゆる事物は価値を持っているが、人間は尊厳を有している。人間は、決して、目的のための手段にされてはならない。」

 けれども、もうここ数十年の経済秩序のなかで、労働する人間はたいてい、たんなる手段にされてしまいました。自分の尊厳を奪われて、経済活動のたんなる手段にされてしまいました。もはや、労働が目的のための手段に、生きていく手段に、生きる糧になっているということですらありませんでした。むしろ、人間とその生、その生きる力、その労働力が経済活動という目的のための手段になっていたのです。

 それから第二次世界大戦が始まりました。いまや、人間とその生命が、死のために役立てられるまでになったのです。そして、強制収容所が建設されました。収容所では、死刑の判決を下された人間の生命さえも、最後のひとときにいたるまで徹底的に利用されたのです。それにしても、生命の価値はなんと低く見られたことでしょうか。人間はどれほどその尊厳を奪われ、おとしめられたことでしょうか。


【『それでも人生にイエスと言う』V・E・フランクル/山田邦男、松田美佳訳(春秋社、1993年)】

それでも人生にイエスと言う

「私のことは神が救ってくださるはずだから」


「あるところに男の人がいました」

「男の人?」

「いいから聞いて。その人が自宅にいると、川が氾濫(はんらん)して、ものすごい洪水が起きました。水が1階の床上まで達したところで、ボートが救助に来ました。でも男の人はこう言いました。“ほかの人を助けてやってくれ、私のことは神が救ってくださるはずだから”。そして2階に駆け上がりました。でも水は2階まで上がってきました。またボートが救助に来ましたが、男の人は言いました。“ほかの人を助けてやってくれ。私のことは神が救ってくださるはずだから”。水位は上がる一方で、男の人はついに屋根の上に避難しました。するとヘリコプターが救助にやってきました。でも男の人はこう言いました。“ほかの人を助けてやってくれ。私のことは神が救ってくださるはずだから”。ヘリコプターは去っていきました」

 鎮痛剤のせいで呂律の怪しいリンダがさえぎった。

「いったい何の話なの?」

 サマンサは無視して先を続けた。「やがて男の人は川の水にさらわれ、溺れて死にました。次に気づくとそこは天国で、神がいました。男の人は神に尋ねました。“神よ、なぜ救ってくださらなかったのです?”すると神は首を振って言いました。“おかしいな、どうしてきみがここにいるのかわからない。ボートを2隻とヘリコプターを送ったのに”」

 ダンスは思わず笑った。リンダは落ち着いて瞬きをした。きっと笑いたいのだが、必死でこらえているのだろうとダンスは思った。


【『スリーピング・ドール』ジェフリー・ディーヴァー:池田真紀子訳(文藝春秋、2008年/文春文庫、2011年)】

スリーピング・ドール〈上〉 (文春文庫) スリーピング・ドール〈下〉 (文春文庫)

マルティン・ルターが生まれた日


 今日はマルティン・ルターが生まれた日(1483)。便秘に悩んでいた。彼が偉大な啓示を受けたのは、便所で腰を下ろしていた時のことだったと考える学者もいる。ある文章では「ルターが恐怖による束縛から解放されたのは、ルターの腸が苦痛から解放されたのと時を同じくしていた」と述べられている。(チャールズ・サイフェ著『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』より)

異端の数ゼロ――数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

2010-11-09

"God Is" (1979)- Rev. James Cleveland


 ジェームズ・クリーブランドの声には迫力と軽やかさが同居している。オペラの如く直線的に神を目指すのではなく、重力を意識しながら天を舞っているような印象を受ける。



It’s a New Day

生きるためなら屍肉も貪る


 私は死体の多くに、股のうしろに非常に奇妙な傷があるのに何度も気づきました。(中略)その次に死体置場に出かけた時、私はこの眼で一人の囚人がナイフを死体に突き刺して脚の一部を切り取り、それを急いで口に押し込んでいるのを見ました。それは見るも恐ろしい光景でした。彼らが真黒になった死体から、危険を冒して一片の肉を切り取って食うにいたったのは、どれだけ囚人たちが追いつめられていたか──それはあなた方の御想像におまかせしましょう。(ベルゼン強制収容所)《「解説」より》


【『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』V・E・フランクル/霜山徳爾〈しもやま・とくじ〉訳(みすず書房、1956年/新版、1985年/池田香代子訳、2002年)】

夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録

学問に生きる者の覚悟


 学問上の「達成」はつねに新しい「問題提出」を意味する。それは他の仕事によって「打ち破られ」、時代遅れとなることをみずから【欲する】のである。学問に生きるものはこのことに甘んじなければならない。


【『職業としての学問』マックス・ウェーバー/尾高邦雄訳(岩波書店、1936年/岩波文庫、1980年)】

職業としての学問 (岩波文庫) [現代訳]職業としての学問

(※左が尾高邦雄訳、右が三浦展訳)

野口英世が生まれた日


 今日は野口英世が生まれた日(1876年)。明治37年(1904年)、24歳の時に、星一(SF作家、星新一の父親)の計らいでアメリカ・フィラデルフィアに滞在していた前総理大臣伊藤博文の宿舎を訪ね、1時間ほど歓談を行っている。後にお互いが千円紙幣の肖像に採用される。

遠き落日(上) (集英社文庫) 遠き落日(下) (集英社文庫) 野口英世は眠らない 正伝 野口英世

イワン・ツルゲーネフが生まれた日


 今日はイワン・ツルゲーネフが生まれた日(1818年)。1847年から雑誌に発表された『猟人日記』(1852年)で、貧しい農奴の生活を描き、農奴制を批判したことで逮捕・投獄される。この作品は農奴解放に大きな役割を果たした。国木田独歩田山花袋らの自然主義に大きな影響を与えた。

はつ恋 (新潮文庫) 父と子 (新潮文庫)


猟人日記(上) 猟人日記(下)

2010-11-08

大乗仏教運動の担い手は革新的な出家僧だった


 以前は、大乗仏教は、複雑きわまるスコラ的論争に熱中して、人々の救済をほったらかしにした僧院中心の仏教に愛想をつかした在家の信者たちが起こした運動からはじまったという説があったが、現在では否定されている。いわゆる大乗仏教運動は、僧院の中の革新的な出家僧が主な担い手だったらしい。

 後期仏教は7世紀から13世紀はじめにあたり、密教が興隆した時期にほかならない。ただし、この時期になると、5世紀ごろから勢力を増したヒンドゥー教の攻勢に圧倒されて、仏教は明らかに衰退気味になっていた。密教が登場してきた理由も、ヒンドゥー教の攻勢に対する仏教なりの反応あるいは対抗策だった面がいなめない。さらに、西方からやってきたイスラム教の勢力から攻撃されて、後期仏教の時代は苦難の連続と化した。

 結局、13世紀の初頭、インド仏教は、ヒンドゥー教とイスラム教に挟み撃ちにされるかたちで、滅亡した。具体的には、密教を中心に仏教勢力にとって最後にして最大の拠点となっていた東インドのヴィクラマシーラ大僧院がイスラム勢力に焼き討ちされて、インド仏教は滅び去ったのである。


【『マンダラとは何か』正木晃(NHKブックス、2007年)】

マンダラとは何か (NHKブックス 1090)

定見のない日本人


 昨日まで「一億玉砕」を叫んでいたのに、一朝にして「一億総懺悔」を訴えたり、ごく最近まで中国の国連加入阻止に血道をあげていたのに、いつの間にやら国交回復のお先棒を担ごうとする精神は、これとはほど遠いだろう。


【『パラドックス 論理分析への招待』中村秀吉〈なかむら・ひできち〉(中公新書、1972年)】

パラドックス―論理分析への招待 (中公新書 (297))

マーガレット・ミッチェルが生まれた日


 今日はマーガレット・ミッチェルが生まれた日(1900年)。くるぶし骨折で療養中に初めて小説を執筆する。3年ほどで完成したが創作への意欲を失っていた。6年後、有望な作家を探していた編集者が訪れる。彼女は古くなった原稿用紙を渡した。身長を上回る量だった。これが『風と共に去りぬ』。


風と共に去りぬ (1) (新潮文庫) 風と共に去りぬ (2) (新潮文庫)


風と共に去りぬ (3) (新潮文庫) 風と共に去りぬ (4) (新潮文庫) 風と共に去りぬ (5) (新潮文庫)

2010-11-07

中村秀吉、嶺重慎、リロイ・ジョーンズ


 2冊挫折、1冊読了。


 挫折78『パラドックス 論理分析への招待』中村秀吉〈なかむら・ひできち〉(中公新書、1972年)/図と数式でつまずく。


 挫折79『ブラックホールを見る!』嶺重慎〈みねしげ・しん〉(岩波科学ライブラリー、2008年)/読み物としてつまらない上、100ページ余りで1200円は高すぎる。半分ほどでやめる。


 128冊目『ダッチマン/奴隷』リロイ・ジョーンズ/邦高忠二〈くにたか・ちゅうじ〉訳(晶文社、1969年)/戯曲。手をぐいと引っ張られるような感じで読み終えてしまった。どちらの作品も2〜3人しか登場人物がいない。いずれも黒人と白人との人種問題に切り込んでいる。ツイッターで知った名言「奴隷は、奴隷の境遇に慣れ過ぎると、驚いた事に自分の足を繋いでいる鎖の自慢をお互いに始める。どっちの鎖が光ってて重そうで高価か、などと。そして鎖に繋がれていない自由人を嘲笑さえする。だが奴隷達を繋いでいるのは実は同じたった1本の鎖に過ぎない。そして奴隷はどこまでも奴隷に過ぎない」を探したのだが本書にはなかった。

『ゲーデルは何を証明したか 数学から超数学へ』E・ナーゲル、J・R・ニューマン/林一訳(白揚社、1999年)


ゲーデルは何を証明したか―数学から超数学へ


「数学とは何か」「証明とは何か」をめぐって、数学観に革命的な変革を迫ったゲーデルの破天荒の業績を、「不完全性定理」を中心に分かりやすく解説する。1968年刊「数学から超数学へ」の改訂新版。

『ロジカル・ディレンマ ゲーデルの生涯と不完全性定理』ジョン・W・ドーソンJr/村上祐子、塩谷賢訳(新曜社、2006年)


ロジカル・ディレンマ ゲーデルの生涯と不完全性定理


 論理的に完璧な構築物と思われてきた数学のなかに「不完全性」を発見したゲーデル。「世界は合理的である」という信念に貫かれた天才の生涯と思想を資料によって跡づけ、天才数学者ゲーデルの栄光と悲惨を描く。

スチールドラム


 カリブ海最南端の島国、トリニダード・トバゴ共和国で発明された「20世紀最後にして最大のアコースティック楽器発明」。





Van Dyke Parks Presents Esso Trinidad Steel Band

自由とは良心に基いた理性/『思想の自由の歴史』J・B・ビュァリ

 歴史を俯瞰すると鮮やかに色彩が変わる時期がある。そのグラデーションを確かな目で捉える時、歴史はドラマと化す。時代の変化は、人々の価値観や社会の仕組みが変貌したことを意味する。単純な進歩主義は既に否定されている。しかしポストモダンが何かを解決したとも思えない。


 時代や社会に収まり切らない人物が必ず存在する。歴史の枠組みを超越する行為が次々と連鎖すれば新時代が顔を見せる。抑圧や不自由が長く続いたとすれば、それはその時代の人々が抑圧や不自由に加担し、支持したことになろう。


 これは大変勉強になった。見事な教科書本となっている。自由とは詮ずるところ、学ぶ自由と信じる自由に尽きる。この権利を獲得するまでに人類はどれほどの血を流してきたことか。本書では西洋史の変遷を辿りながらダイナミックに論じられている。


 ソクラテスは彼に耳を傾ける人とならば相手かまわず語り合ったものだが、その相手に彼が熱心に教えたことは、大衆のすべての信念を理性の法廷に引き出すべきこと、あらゆる問題に捉われない精神をもって当るべきこと、多数者の意見や権威の指図に従って判断すべきでないこと、であった。要するに、一つの意見の真偽については、それが大多数によって支持されているというような事実とは別の、意見の正当性の調べ方を求めよ、ということであった。


【『思想の自由の歴史』J・B・ビュァリ/森島恒雄訳(岩波新書、1951年)以下同】


 古代ギリシアには自由の風が吹き渡っていた。合理主義の花があちこちに咲いていた。ソクラテスを筆頭にヘラクレイトスデモクリトスなど強靱な知性が台頭していた。


 ソクラテスは無知の知を自覚することで言葉に魂を吹き込んだ。彼は対話を通して「知っていることと知らないこと」「知り得ないことと知り得ること」を徹底して見極めようとした。人々の脳味噌は激しく揺さぶられた。生きた言葉を重んじたソクラテスは、文字を死んだ言葉として嫌った。このため著作は弟子プラトンなどによるもので本人は残していない。


 そして自由な思考は葬られる。ソクラテスは「単に生きる」ことよりも「善く生きる」意志を貫き、自ら刑に服して毒杯を呷(あお)った。


 西洋はその後キリスト教で染め上げられる。人類史を紀元前後に分けるほどのインパクトであった。


 宗教寛容令(※311年)から約10年のち、コンスタンティヌス大帝はキリスト教を公認宗教に採用した。この重大な決断から、理性は鎖につながれ、思想は奴隷化し、知識は少しも進歩しない1000年がはじまった。


 犯人は教会とアリストテレスだった。思考というのは不思議なもので自由を目指す一方で、束縛を好む傾向もある。当時の人々は多分単純さを選んだのだろう。良いこと悪いことは、神の祝福と裁きで説明可能だ。


 1022年にフランスのオルレアンで十数人の異端者が捕縛され、フランス王ロベール2世は火刑を命じた。これ以降、異端発覚が顕著になる。11世紀後半には沈静化するものの、12世紀になると火を噴く。異端審問は魔女狩りへと跳躍した。


 異端追及の最も有効な手段の一つは「信仰勅令」であった。これは全人民を異端審問の仕事に従事させ、各人が諜報人になることを要求した。時折、一定地域の巡察を行ない、異端について情報を得た者は出頭して報告するきおと、もしこれに反するときは現世と来世における恐るべき罰を受くべしとする勅令が布告されたのであった。結果としては、すべての人間が近隣の住民や自分の家族からの疑念すらまぬがれないことになる。「全人民を征服し、その知能を麻痺させ、もう毛的な従順に追いこむものとしてこれ以上巧妙な工夫が発明されたことはない。これによって告発は高尚な宗教的義務にまで高められた」。


 異端審問が準備した原則は、100人が冤罪(えんざい)に苦しむとも一人の有罪者を逃してはならないというのであった。火刑用の薪を寄進する者は誰でも免罪符を与えられた。しかし異端審問法廷自身が火刑を宣告することはなかった。キリスト教会は流血の罪を犯してはならないからである。教会の判事は、被告は改宗の見込みのない異端者だと宣告して官憲に引き渡す(公式用語では「安息〈リラックス〉させる」)、そして「この被告を恩恵と慈悲とをもって遇せんことを」と治安判事に依頼し責任を委託するのであった。しかし、この形式だけの慈悲の要請を官憲が考慮するはずはなかった。官憲としては死刑以外に選択の余地はなかった。そうしなければ官憲は異端の奨励者となる。教会法によれば、すべての王侯、官吏は、異端審問から引き渡された異端者を滞りなくただちに処刑しなければ破門されることになっていた。(中略)

 こうした迫害によって教会が採用した法律的手続きはヨーロッパ大陸の刑法に悪影響を及ぼした。異端審問史家リーは述べている。「異端審問がその結果としてもたらしたいろいろな害毒のうち、次の点がおそらく最大の害毒であっただろう。――すなわち、18世紀末にいたるまで、ヨーロッパの大部分にわたって、異端撲滅のために発展した異端審問方法が、異端以外のいかなる種類の被告をも処理する常套的方法になり終えたという事実であった」。


 宗教とは信ずる行為である。そして信ずることは「疑わないこと」とセットになっている。信仰と懐疑は両立し得ない。知性と感情とが別次元であるように。


 我々だって全てを自分で判断するとなれば結構しんどいものである。仕事にしてもやるべきことを指示された方が楽だ。人生の行き先も決定済み。名の通った大学を出て一流企業へと。


 社会や集団がヒエラルキーによって支えられている以上、そこには共通の価値観がある。成功するためにはルールに従うのが一番だ。出る杭は打たれる。長い物には巻かれろ、寄らば大樹の陰。「学校へ行ったら先生の言うことをよく聞くのよ」ってわけだ。


 西洋の中世を嘲笑うのは簡単なことだが、実は我々が法律に額づいているのと大差ないようにも思える。我々は法律を疑わない。自分や家族が逮捕された時以外は。きっと俺たちは法律に縛られるのが好きなんだろうな。


 本気で考えてみよう。宗教的あるいは社会的な罪というのは、コミュニティを危険にさらすかどうかという判断が基準になっている。これはチンパンジーの世界でも同様だ


 さて、教会が最大の影響力をふるったこの時期には、理性は、キリスト教が人間の心の周囲にうち立てた牢獄の中につながれていた。実は理性は活動しないでいたのではなく、その活動が異端の形をとっていたのである。比喩的にいえば、牢獄の鎖を断ち切った者も、その大部分は牢獄の塀をよじ登ることができなかったのである。彼らの自由は、正統主義そのものと同じキリスト教的神話にもとづく信仰に到達する程度のものでしかなかった。


 例えば人権や正義、あるいは環境など。こうした言葉が出てくると思考は停止する。「お前は白って言うが、グレーの可能性だってあるわけだろ?」と言うことも許されない。白ったら白なんだよ。異論を挟めば異質な存在として浮き上がってしまう。


 だから、どこで自分の思考が止まりやすいかを普段から確認することが必要だ。文章や話の結論というのはいつも同じ調子になりやすい。


 もし真理の潮が「絶え間ない前進の形で流れないならば、それは迎合と伝統の泥沼と化するであろう」。(ミルトン『アレオパギティカ 無検閲出版の自由のために』1644年)


 350年以上も前にこれほどの知性が存在したことに驚きを隠せない。大詩人ジョン・ミルトンは清教徒革命において革命政府の中枢に身を置いた。イギリスに共和制がもたらされた後も激闘は続いた。失明、そして王政復古による逮捕。一大叙事詩『失楽園』は口述で記された。(※「革命に生きた新教詩人」を参照した)


 時代を飛び越えた人は、時代を見下ろすことができる。深海魚は波しぶきを知ることもないし、太陽を見ることもない。人類の先祖が海から陸に上がったのであれば、我々は空飛ぶことを目指すべきだろう。

思想の自由の歴史

鳩山由紀夫と秘書問題


コラム 鳩山論文を読む「お見合い問題」


 鳩山さんの論文「生活の中における情報と意思決定」は同志社大学の学生に向けた講演録で、「Journal of Culture and Information Science,1(1),3745.(March 2006)」という雑誌に掲載されている。ここでは、その論文から「お見合い問題」を取り上げて解説してみたい。

 お見合い問題は、別名「秘書(採用)問題」、「海辺の美女(ナンパ)問題」とも言われ、要するに、何名かの候補の中から最適な人を選ぶための数学の問題だ。お見合いにしろ、秘書にしろ、海辺の美女にしろ、「この人がいい」と決めた瞬間に、それ以降に登場する(はずだった)人々には会えない点がミソだ。また、あらかじめ「何人に声をかける(面接する、お見合いする)」かを決めておく。タイム・イズ・マネー。だらだらと時間をかけることは許されない。そして、これも肝心な点だが、一度不採用(声をかけない、交際を断る)と決めた人に、後から「やっぱりあなたがいい」と言っても通用しない。もちろん、「保留」として唾をつけておくことも許されない。

 よろしいでしょうか? 時間は限られているし、相手にも都合ってものがあるのだから、自分勝手にえり好みをすることは許されないのだ。

 このような制約条件のもとで、「仮に全員と面接(お見合い、ナンパ)できたとして、自分にとって最高の相手を射止めるには、どのような戦略をとればいいのか?」というのが鳩山論文に出ている「お見合い問題」なのだ。(中略)

 さて、もっとずっと人数が多くなったらどうだろう? 実は、その場合、「最初の37%の候補は観察するだけにし、それ以降、蓄積されたデータを元に、少しでも上の人が出てきたらその場で決める」が最適戦略であることがわかっている。そして、面白いことに、最愛の人を射止める確率も約37%なのだ。この「37%のデータ収集で37%の成功」という法則は覚えておいて損はない。


【『鳩山由紀夫の政治を科学する 帰ってきたバカヤロー経済学』高橋洋一竹内薫(インフォレスト、2009年)】

鳩山由紀夫の政治を科学する (帰ってきたバカヤロー経済学)

哲学への要請


 そもそも初めから哲学は、ある一つの分解できないような要請に答えているのであるから。


【『宗教の理論』ジョルジュ・バタイユ湯浅博雄訳(人文書院、1985年/ちくま学芸文庫、2002年)】

宗教の理論 (ちくま学芸文庫)

アルベール・カミュが生まれた日


 今日はアルベール・カミュが生まれた日(1913年)。『異邦人』や『シーシュポスの神話』、『ペスト』などの著作で、人間存在の不条理さに光を当て、1957年にはノーベル文学賞を受賞した。1960年交通事故で死亡。

異邦人 (新潮文庫) シーシュポスの神話 (新潮文庫) ペスト (新潮文庫) 転落・追放と王国 (新潮文庫)

キュリー夫人が生まれた日


 今日はキュリー夫人が生まれた日(1867年)。女性としては最初のノーベル賞受賞者であり、物理学賞と化学賞を受けた唯一の人物である。彼女の功績を称え放射能の単位「キュリー」に、またパリ大学のキャンパスに名が残る。一族4人で獲得したノーベル賞の数は五つとなっている。

キュリー夫人伝 マリー・キュリーの挑戦 科学・ジェンダー・戦争 マリー・キュリー―フラスコの中の闇と光 (グレート・ディスカバリーズ)

2010-11-06

600兆円の政府紙幣を発行せよ/『政府貨幣特権を発動せよ。 救国の秘策の提言』丹羽春喜


 この国は政権交代をしても変わらないことが明らかになりつつある。国民は民主党政権には期待していた。期待が大きかっただけに、裏切られた思いもまた強い。ウェブ上では既に自民党政権を懐かしむ声すらちらほら見える。


 何かおかしい。その象徴が小沢封じ込め&メディアリンチ&検察の裏工作だろう。議員立法なる言葉が示している通り、我が国の政治家が法律を作ることは珍しい部類となる。「エ、国会ってえのあ立法府じゃないんスか?」御意。立法府でありながら、実際に仕事をしているのは官僚だ。


 ちょっと考えれば誰にでもわかることだ。初めて大臣となった人物は、大臣の職務を誰から学ぶのだろう? 官僚だ。国会答弁の仕方は誰が手伝ってくれるのだろう? これまた官僚だ。喫緊の重要課題をレクチャーしてくれるのは誰か? それも官僚だ。


 しかも官僚は選挙で選ばれるわけではないから、長期間にわたって情報を統制することが可能だ。当然、各省庁には独自の文化や伝統、あるいは申し送りがあることだろう。私は敗戦後から変わらぬ一連の流れがあると睨(にら)んでいる。戦勝国であるアメリカが蒔(ま)いた種があるに違いない。


 バブルが弾けてからというもの、日本経済は一向に低迷を脱することができない。世界経済は2007年のサブプライムショック、2008年のリーマンショックで打撃を被ったが、それ以前はバブルで賑わっていたのだ。日本だけが貧乏くじを引いた格好だ。


 経済学の教科書に必ず書いてあるように、金融政策は景気の過熱を抑えるのには効果的であるが、不況に落ち込んだ経済を回復させることには、ほとんど役に立たないものなのである(マスコミがもてはやしている「公的資金による資本注入」という施策についても、同断である)。


【『政府貨幣特権を発動せよ。 救国の秘策の提言』丹羽春喜〈にわ・はるき〉(紫翠会出版、2009年)以下同】


 そう言われれば確かにそうだ。バブル崩壊の原因は大蔵省から金融機関に対して行われた総量規制であった。経済を回復させるには消費を喚起する必要があるので雇用環境が大きく影響する。給料が上がる前に物を買おうという人はあまりいないだろう。政府によるばらまきだって限定的なものだ。


 現在のわが国の経済においては、膨大なデフレ・ギャップが発生しており、インフレ・ギャップ発生のおそれは皆無である。


 デフレ・ギャップとは供給過剰のこと。物が売れない、物が余っている状態である。これを解消するには政府が需要を拡大するしかない。


 本書の冒頭に【口絵として掲げたグラフ】が示すように、近年のわが国では、デフレ・ギャップの形で、年々、400兆円以上もの潜在実質GDP(90年価格評価)が実現されえずに、空しく失われ続けているのである。


 これはどうなのか? チト、私には難しすぎる。デフレ・ギャップ=GDPギャップであることは理解しているが、その事実を「総生産が失われた」とする見方がよくわからん。例えば売れていない不動産はどのように考えればいいのだろうか?


 在庫は「将来売る為の商品」であるから、企業の将来への投資支出の一種とみなせる。従って生産された最終財・サービスは最終的に誰かの支出となる。


Wikipedia


 そんなわけがない。大体廃棄されるものだって山ほどあるだろうよ。あるいは企業の倒産など。サービス残業はどうなるんだ?


 というように、専門性の高い本の書評を試みると、膨大な検索をする羽目となる。いやあ参ったよ。


 現実的には、「コイン形態での政府貨幣」あるいは「政府紙幣」を実際に巨額に発行する必要は、必ずしもない。つまり、前記の「国(政府)の貨幣発行特権」は、いわば、【政府が無限に多く持っている一種の無形金融資産】であるから、そのうちの、たとえば数十兆円ぶん、あるいは、数百兆円ぶんといった一定額ぶんの「政府貨幣発行の権利」を、政府が日銀に売り、その代価を日銀から政府が受け取る形にすれば、それでよいわけである。


 現行法では、「日銀券」とは違って、「政府貨幣」は【負債として扱われるものではなく】、「諸財への請求権証」そのものなのであるから、日銀にとっては、その発行権の取得は、超優良資産を入手しうるということにほかならない。しかも、政府がその発行権の一定額ぶんを日銀に売るにさいして、ある程度の値引きをすることにすれば、日銀は、この「政府貨幣発行権」の所定額ぶんの取得によって、日銀自身の資産内容を大幅に改善することができ、日銀が債務超過に陥るといった前記の怖れからも脱却することができる。


 ご存じのように紙幣は日銀が、貨幣は政府が発行している。極端な話ではあるが、例えば10万円硬貨を発行することも可能なのだ。で、丹羽春喜は600兆円の政府紙幣(貨幣)を発行せよ、と迫っている。これがデフレ脱却に必要な金額とういことらしい。


 読んだ時は、「おお、すげえーっ!」と思ったんだが、こうして書評を書いてみると、「どんなもんかね?」という感じになってしまう。


 晴耕雨読にいくつか記事があったので紹介しよう。

 マネーという幻想は人間の判断を大きく狂わせる。交換手段であるはずなのに、いつの間にか目的と化している。


 例えば100人の住人がいる島があったとする。お金の供給量(マネーサプライ)が変わるだけで物価が上下するのだ。デフレとは供給過剰で物の値段(価値)が下がってゆくことだから、貨幣価値は上がることになる。その中で円高が進行中とはどういう意味になるのか?


 政府は量的緩和でインフレへと誘導しようとするが上手くいっていない。貨幣(お金)の価値が上がるなら、証券や債権の価値も上がりそうなものだが株価は下がりっ放しだ。


 結局のところ何もかもおかしいのだ。第一次産業に直結した経済指標を用いるべきだと思う。


 政府が貨幣を発行できる権利を有しながら発行しないのには何らかの理由があるのだろう。経済的混乱を避けるためなのか、あるいはアメリカから圧力があるのかは知らないけど。

政府貨幣特権を発動せよ。―救国の秘策の提言

『霊と金 スピリチュアル・ビジネスの構造』櫻井義秀


霊と金―スピリチュアル・ビジネスの構造 (新潮新書)


 信じる者は救われぬ。スピリチュアリティ(神霊・心霊)を騙れば簡単に金儲けはできる。ほんの少しだけ「不安」を煽り、安易な「癒し」を差し出せば判断能力は歪められ、人は喜んで搾取され続けるのだ。その危険性について現代人はあまりに無防備である。神世界、統一教会、テレビ霊能者から仏教、神道、キリスト教など既存の宗教まで、霊と金、宗教と経済の関係を対応させながら現代社会を鋭く読み解く意欲作。

廃墟時計


 打ち捨てられた時計たちの写真を集め、ひとつの時計にする。その針は二度と動かないだろう。しかし、一日に二度だけ正しい時をさす。720個の時計たちの刻んだ最期の時が集まることで、彼らは再び、時計として働ける。


 死んだ時計が告げる現在時間を見つめる不思議。私の生と時計の死が渾然一体となる瞬間。時間との遭遇。巡り、二度と戻ることのない時間たちよ。


精神的な問いとは?


 精神的な問いとはなんでしょうか?

 極端に図式化して言うなら、政治的な問いとは正義と不正にかかわる問いであり、道徳的な問いとは、善と悪、人間的なことと非人間的なことにかかわる問いです。精神的な問いとは、こんにち言われているところにしたがうなら、【意味】にかかわる問いであり、ということは無意味にかかわる問いだということです。


【『資本主義に徳はあるか』アンドレ・コント=スポンヴィル/小須田健〈こすだ・けん〉、C・カンタン訳(紀伊國屋書店、2006年)】

資本主義に徳はあるか

歴史家には落下傘兵タイプとトリュフ狩りタイプがある


 かつて、フランスの偉大な歴史家エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリが、歴史家にはふたつのタイプがあると語っている。落下傘兵タイプと、トリュフ狩りタイプである。落下傘兵タイプは過去をはるか彼方から眺め、ゆっくりと地上に舞い降りてくる。一方、トリュフ狩りタイプは土中に埋もれた宝に魅せられ、地面から鼻を離そうとしない。日常の生活においても、落下傘兵タイプの気質の人もいるし、細々としたことに心を砕くトリュフ狩りタイプの人も大勢いる。われわれは過去を研究する際にも、この気質の重荷をつねに背負っている。


【『歴史を変えた気候大変動』ブライアン・フェイガン/東郷えりか、桃井緑美子〈ももい・るみこ〉訳(河出書房新社、2001年/河出文庫、2009年)】

歴史を変えた気候大変動 (河出文庫)

谷豊が生まれた日


 今日は谷豊が生まれた日(1911年)。満州事変が起こりマレーシアでは華僑が排日暴動を起こしていた。谷家も襲撃され、妹シズコが斬首。帰国した母親からこの事件を聞いた豊は激怒。2年後に単身マレーシアへ渡り友人らと華僑を襲う盗賊団を結成。戦時中は諜報活動を。怪傑ハリマオのモデル。

ハリマオ―マレーの虎、六十年後の真実 マレーの虎ハリマオ伝説 (文春文庫) 神本利男とマレーのハリマオ―マレーシアに独立の種をまいた日本人


2010-11-05

指揮者・舟舟


 舟舟君は中国障害者芸術団の一員。IQ40未満でありながら、見よう見まねで指揮を覚えた天才児。父親が武漢歌舞劇団のチェロ奏者だった。一曲目が終わると場内にどよめきが沸く。天衣無縫にして無作(むさ)。私はDVDを持っている。


『夢酔独言』勝小吉(教育出版、2003年)


夢酔独言 (読んでおきたい日本の名作)


 両人はかれこれというゆえに、その時おれが出て、「その書き付けを見せろ。」と取り上げて見て、燭台の火へかざし、見るふりして焼いてしまったら、両人が色をかえてぐずぐずいうから、「おれがしたがかれこれいうはいかがの心得だ。そのほう両人はわけておれにこれまで刃向こうたが、格別の勘弁をしておくに不届きのやつだ。」とおどかしてやったらば大いにこわがったゆえ、「この証文は夢酔がもらっておく。」とて立って座敷へはいったら、両人は「恐れ入りました。」とて早々帰ったゆえ、百五十両は一言にてふんでしまった。なんでも人はいきおいがかんじだとおもった。──「おれほどの馬鹿な者は世の中にあんまり有るまいとおもふ。故に孫やひこのために、はなしてきかせるが、能能不法もの、馬鹿者のいましめにするがいゝぜ」幕末を生きた勝海舟の父・勝小吉が語る破天荒な自伝。大きな文字、やさしい表記、親切な脚注付き。

低い動機には、高い動機よりも多くのエネルギーが含まれている


 食料を手に入れるための行列。同じひとつの行いでも、動機が高いときよりも、動機が低いときの方が、ずっとやりやすい。低い動機には、高い動機よりも多くのエネルギーが含まれている。問題はここだ。低い動機に属しているエネルギーを、どうやって高い動機に移しかえるか。


【『重力と恩寵 シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄』シモーヌ・ヴェイユ/田辺保訳(講談社、1974年/ちくま学芸文庫、1995年)】

重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄 (ちくま学芸文庫) 重力と恩寵

(※左が田辺保訳、右が渡辺義愛訳)

結社〜協会・講・組合・サロン・党・サークル・団・アソシエーション・会・ソサエティ


 血縁や地縁集団から離れ、都市社会をかたちづくる「個」となった人間は、自己実現のためにいくつもの組織体への帰属をよぎなくされる。クラブ・協会・講・組合・サロン・党・サークル・団・アソシエーション・会・ソサエティなどとさまざまに表現される結社は、そのなかで、自己と関心や利害を同じくした同志とともに、自己の目的を実現しようとする集団であり、個人が生きていくうえでもっとも重要なアイデンティティの拠点となっていった。(「刊行にあたって」綾部恒雄)


【『結社のイギリス史 クラブから帝国まで』綾部恒雄〈あやべ・つねお〉監修、川北稔編(山川出版社、2005年)】

結社のイギリス史―クラブから帝国まで (結社の世界史)

幸徳秋水が生まれた日


 今日は幸徳秋水が生まれた日(1871年)。大逆事件で処刑された一人。徳富蘆花は秋水らの死刑を阻止するため、兄の徳富蘇峰を通じて桂太郎首相へ嘆願したが果たせず、1911年1月に幸徳らが処刑されてすぐの2月に、蘆花が一高で「謀叛論」を講演し、騒動になった。大半の人物が冤罪だった。

帝国主義 (岩波文庫) 兆民先生・兆民先生行状記 (岩波文庫 青 125-4) 近代日本の思想家たち――中江兆民・幸徳秋水・吉野作造 (岩波新書) 虚構の死刑台―小説 幸徳秋水

2010-11-04

「武富士破綻」で儲けた外資の異様な手口!


 証券筋の情報によると、武富士破綻の4日前にあたる9月24日、米モルガン・スタンレーゴールドマン・サックスがともに武富士株を大量に空売りした。その量が半端でない。モルガンが229万株、ゴールドマンは176万株という大量空売りである。モルガンの売却株数は武富士の発行済み総株式の1.6%、ゴールドマンの売却数は同1.2%。両社合わせて発行済み株式の3%近くに相当する大規模な空売りだった。


週刊メールジャーナル

アメリカの誇大妄想と被害妄想/『日本人が知らない「ホワイトハウスの内戦」』菅原出


 アメリカの政治システムを支えているのがシンクタンクである。それぞれのシンクタンクが立案した政策は公開され、政府が変わるたびに採用されたり斥けられたりする。いわば政策立案の市場化。


 読み物としてはさほど面白くないが資料的価値のある一冊。アメリカの政治は初めに戦略ありきで、それから世論形成を図る。我が国の政治は……あ、政治は存在しなかった。日本は談合だ(笑)。談合三兄弟。寄り合い。村。同調圧力が支配するのみ。


 ブッシュ政権の目的が本当にイラクの大量破壊兵器の廃棄だけであるのなら、国連査察の強化もしくは継続でよかったはずだ。ブッシュ政権には表向きの理由とは別に、イラク攻撃、フセイン潰しをどうしてもやりたい理由があったのではないか……。国際石油資本(メジャー)の暗躍、兵器産業の謀略、キリスト教原理主義(右派)の野望など、ブッシュ政権の「真の狙い」に関するさまざまな憶測が飛び交う中、あるアメリカの保守系シンクタンクの存在に、世界中の注目が集まった。

 そのシンクタンクは、「新アメリカの世紀プロジェクト(Project for New American Century、通称PNAC)」。9.11テロと、それに続く対テロ戦争を契機に浮上した「イラク脅威論」のはるか以前から、打倒サダム・フセインを掲げて活動してきた過激なシンクタンクである。ブッシュ政権内には、このシンクタンクと深い関わりを持つ大物たちが多数存在し、ブッシュ外交を対イラク強硬姿勢へと導いていた。


【『日本人が知らない「ホワイトハウスの内戦」』菅原出〈すがわら・いずる〉(ビジネス社、2003年)以下同】


 日本の政治を動かしているのは官僚だが、アメリカはシンクタンクということだ。なかんずくブッシュ政権は大統領よりも閣僚クラスが権力をコントロールしていた。


 要は外交情況に応じた政策判断が為されるのではなくして、最初に絵(構想)があるわけだ。シンクタンクが描いた下絵に基づいて政治の筆が色をつけてゆく。


 フム、何かに似ているな。そう、聖書だ。「初めに言葉ありき、言葉は神と共にありき」だ。世界はアメリカの構想に基づいて蹂躙(じゅうりん)され、踏みつけられ、殺されるという寸法だ。その際必ず「正義」と「民主主義」というキーワードが標榜される。


 ネオコンのこうした概念を、ジョージタウン大学のジョン・アイケンベリー教授は批判的に「新帝国主義」と呼んだ。この新帝国主義によれば、「アメリカは世界的な基準を設定し、脅威が何であるか、武力行使を行うべきかどうかを判断し、正義が何であるかを定義するグローバルな役割を担っている」のだという。そして、「アメリカの主権はより絶対的なものとみなされ、一方で、ワシントンが設定する国内的・対外的行動上の基準に逆らう諸国の主権はますます制約されていく」と同教授は書いている。


 アメリカはジャイアンと似ている。「お前のものは俺のもの。俺のものは俺のもの」って感じだわな。


 日本の政治が何となくおかしく感じるのは、たぶん敗戦後に布かれたレールの上を今も尚走り続けているからだろう。官僚・メディア・CIAというトライアングル。きっと、この国に主権は許されていないのだろう。


「シンクタンク」とは元来、第二次世界大戦時のアメリカで、国防関係の科学者や軍の作戦担当者たちが、「戦略を討議するために集うことのできる安全な場所や環境」を指して呼んだのが始まりだ。


 これをランド研究所が変えた──


 ランド研究所は、それまでの研究者と政策形成過程の関係を根本から変化させ、新世代のシンクタンクの見本となった。それだけではなく、全く新し分析法の開発でも目覚ましい活躍を見せた。それまでは、文献調査、構造分析、それに統計調査が定番の分析手法だったのだが、同研究所は「システム分析」と呼ばれる新たな技術を開発、合理的分析の新しいスタイルを切り開いた。


 宇宙開発、情報処理、人工知能などを仕切っている。インターネットの原則を決めたのも奴らだ。アメリカの頭脳といってよかろう。


 ロックフェラーは当時、アメリカ、西ヨーロッパと日本の財界人や官僚や学者による諮問機関設立の必要性を痛感、1973年に「日米欧三極委員会」を立ち上げた。


 名称は知っていたが、私は政府の委員会だとばかり思い込んでいたよ。ここの中心人物がヘンリー・キッシンジャーだ。ロックフェラーの子飼いにして番犬のような存在だ。汚れ仕事は一手に引き受ける有能な人物でもある。


 アメリカの外交面でもっとも影響力のある集団は、東北部の大企業、多国籍企業、銀行などに足場を持つグループで、国際主義者、俗に「東部エスタブリッシュメント」と呼ばれるエリートたちである。


 菅原本にはやたらと登場するのが東部エスタブリッシュメントだ。一般的には共和党の穏健派を指し、ロックフェラー・リパブリカンとも呼ばれる。ま、リベラルのお面をつけた保守勢力といっていいだろう。


 こうした政治情況から窺えるのは、岸田秀がいうようなアメリカの誇大妄想的な自我意識と、強迫神経症という病状である。


 アメリカは誰も頼んでいないのに自ら保安官を買って出て、よそ者全員を敵と見なしている節(ふし)がある。錯綜する誇大妄想と被害妄想。


 移民の国であるがゆえに、正義という価値観で国をまとめ上げる他ない。でっち上げられた正義がわかりやすい暴力となって他国に向けられる。正義である以上、正義を証明しなければならない。


 アメリカのメディアはユダヤ資本に牛耳られている。大手メディアは政府のプロパガンダを担ってきた歴史がある。オーウェルが描いた『一九八四年』はソ連を風刺したものではなく、あらゆる組織が避けて通れない一大テーマなのだ。


 欧米の植民地主義覇権主義は現在も根強く国際政治に影響を及ぼしている。白人による人種差別がそろそろ手痛い目に遭ってしかるべきだろう。ギリシアもローマも滅んだ。永遠に栄える道などありはしない。

日本人が知らない「ホワイトハウスの内戦」

『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』藻谷浩介(角川oneテーマ21、2010年)


デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)


「生産性の上昇で成長維持」という、マクロ論者の掛け声ほど愚かに聞こえるものはない。日本最大の問題は「2000年に一度の人口の波」だ。「景気さえ良くなれば大丈夫」という妄想が日本をダメにした。これが新常識、日本経済の真実。

嘘で得られたもの


 嘘で得られたものは一時的な猶予(ゆうよ)にすぎない。


【『グラーグ57』トム・ロブ・スミス田口俊樹訳(新潮文庫、2009年)】

グラーグ57〈上〉 (新潮文庫) グラーグ57〈下〉 (新潮文庫)

「葛藤」という概念


 ここで、「葛藤」(かっとう)という概念についえお話ししておきたいと思います。

 この言葉は、日常的にも使われますが、日本語では葛(かずら)と藤(ふじ)がからまっていることから来ています。葛藤というのは、意識の中に○という気持ち、それと相容(あいい)れない△という気持ちがあって、両者が対立したまま並存している状態です。もっと正確に言えば、○という「頭由来の考え」と、△という「心由来の感情」が並存している。だから、スッキリしないで悶々(もんもん)としている。こういう状態を葛藤と言います。


【『「普通がいい」という病』泉谷閑示〈いずみや・かんじ〉(講談社現代新書、2006年)】

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

泉鏡花が生まれた日


  今日は泉鏡花が生まれた日(1873年)。1889年4月、友人の下宿において尾崎紅葉の『二人比丘尼 色懺悔』を読んで衝撃を受け、文学に志すようになる。1891年、牛込の紅葉宅を訪ね、入門を許される。極度の潔癖性で「豆腐」の用字を嫌い、必ず「豆府」と書いた。幻想文学の先駆者。

歌行燈・高野聖 (新潮文庫) 草迷宮 (岩波文庫) 婦系図 (新潮文庫) 照葉狂言・夜行巡査ほか―泉鏡花〈1〉 (読んでおきたい日本の名作)


2010-11-03

重力は存在しない=オランダ物理学者


 オランダのアムステルダム大学理論物理学院のエリック・ベルリンド(Erik Verlinde)教授はこのほど、「重力は存在しない」という学説を発表した。重力が単なる熱力学の法則の必然の結果だというベルリンド教授の主張は、科学300年来の理論を覆し、多くの物理学者たちの反響を呼んでいる。7月12日付けのニューヨークタイムズ紙が伝えた。

 通常、素粒子物理学では自然界には4つの力(強い力、弱い力、電磁気力、重力)が存在し、重力はその基本的な力の一つとされている。しかし同教授はこれを誤った見方と指摘し、重力はもっと自然的な現象で、例えば、株式市場が個々の投資家の集団行動から作られることや、ゴムがもつ弾性が原子の力学から現れるようなものだと説明した。

 理論の核心は熱力学的なエントロピー(状態の雑然さ、すなわち自由度の多さ)と関連している。ベルリンド教授は、自然にカールする髪の毛を例にしてこう解説している。多湿な環境で髪の毛が縮むのは、真っ直ぐになるよりも縮むほうが多くの状態(自由度)を持っているからである。従って、縮んだ髪の毛を真っすぐにするには力を必要とする。重力は、エントロピーを最大限にしようとするという熱力学の法則の副産物に過ぎず、自然の傾向だと教授は主張する。

 重力は存在しない、という理論は物理学者の間で大変な反響があった。ハーバード大学弦理論学者アンドリュー・ストロミンガー(Andrew Strominger)氏は、「この理論は極めて正確であることは我々も知っている。とても興味深い理論だ」と述べた。

 現代科学は、宇宙研究において重力理論が基本となっている。しかし重力が存在しないのであれば、銀河系や宇宙構造に対する認識も必然的に誤っていることになる。天文学者は、はるか遠くにある天体の運動を重力理論では説明できないから、限りなく強い重力をもつ「ブラックホール」理論を導入せざるを得ないのかも知れない。事実、「ブラックホールは存在しない」と唱える物理学者もいる。


大紀元 2010-10-07

モダニズムの文化的形態に抗するものとして宗教が重要


 モダニズムの文化的形態に抗するものとして私が求めているのは、過去とのつながりを保つ手段として、人類の紐帯として、および神秘的な超越的彼岸と関連する超越的属性を理解するものとして、宗教が重要であることを再び断言することである。


【『二十世紀文化の散歩道』ダニエル・ベル/正慶孝〈しょうけい・たかし〉訳(ダイヤモンド社、1990年)】

二十世紀文化の散歩道

過度な偶像化


 一瞬の出来事が、人を永遠に変えることがある。

 それでもリンカーン・ライムは信じている。そういった出来事を過度に偶像化すると、その出来事にいよいよ力を与えることになる。悪を勝たせることにつながる。


【『ウォッチメイカー』ジェフリー・ディーヴァー/池田真紀子訳(文藝春秋、2007年)】

ウォッチメイカー

宮沢賢治が「雨ニモマケズ」を執筆した日


 今日は宮沢賢治が「雨ニモマケズ」を執筆した日(1931年)。「ミンナニデクノボートヨバレ/ホメラレモセズ/クニモサレズ」とあるのは、『法華経』の常不軽菩薩(じょうふぎょうぼさつ)の精神をあらわしているのだとされる。最終頁にはマンダラが。


新編宮沢賢治詩集 (新潮文庫) 雨ニモマケズ (画本宮澤賢治)


アンドレ・マルローが生まれた日


 今日はアンドレ・マルローが生まれた日(1901年)。フランスの作家、冒険家、政治家。カンボジアで泥棒扱いされ、スペイン内戦では共和国派の空軍パイロットとなり、第二次大戦中はレジスタンスに身を投じ、ゲシュタポに逮捕され処刑寸前で救出され、ド・ゴール政権で大臣を務めた。74年訪日。


王道 (講談社文芸文庫) アンドレ・マルロー伝 マルローとの対話―日本美の発見


2010-11-02

テンプル・グランディン


 1冊読了。


 127冊目『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン/中尾ゆかり(NHK出版、2006年)/これは面白かった。443ページで3360円は安いと断言しておこう。テンプル・グランディンは自閉症アスペルガー症候群)である。で、自閉症者は動物に近い感覚を持っているとのこと。動物の気持ちを理解することができるから「動物感覚」というタイトルになってるわけ。腰を抜かしたのはプレーリードックが名詞、動詞、形容詞の意思伝達システムがあるそうだ。つまり言葉を持っているのだ。そこから著者は意識があるかどうかを探っている。もう一つ。人と犬との付き合いは古く、元々はオオカミと一緒に生活していた。で、人はオオカミから様々なことを学んだというのだ。例えば組織だった狩猟の仕方など。その頃、オオカミと人とは対等な関係だったに違いないとテンプル・グランディンは記している。トール・ノーレットランダーシュを読んだ時と同じような昂奮を覚えた。傑作だ。

『書物の運命』池内恵(文藝春秋、2006年)


書物の運命


 時を経て残る書物とは何か。イスラームと西洋、そして日本──。書物の中に時代の「相」を見出す。岡倉天心勝海舟、J・S・ミルから最新のイスラーム事情まで、気鋭の中東研究者による初の書評・文化論。

ユダヤ人移民は分割統治の道具


 ヨーロッパ植民地主義の支援のもとに目的を遂げようとしたシオニズム運動は「アジアに対するヨーロッパの防壁となり、野蛮に対する文明の前哨」(ヘルツル『ユダヤ人国家』)としての役割を果たすと約束し、ユダヤ人国家設立を支持してくれるよう、諸国に頼んだ。

 やがてイギリスは、ユダヤ民族郷土(ナショナル・ホーム)の建設の後ろ盾となることを約束する「バルフォア宣言」(1917年)を出す。イギリスは、この宣言と引き換えにユダヤ人の第一次大戦での協力をとりつけたのである。このバルフォア宣言によって、パレスチナ人の悲劇が、ほぼ確定したといってよい。


【『パレスチナ 新版』広河隆一〈ひろかわ・りゅういち〉(岩波新書、2002年)以下同】


 パレスチナ地方を支配するために、イギリスは、外部から対立要因をもちこむことにした。ヨーロッパで迫害にあっているユダヤ人たちのパレスチナ入植を支援し、現地のパレスチナ人と対立させようと考えたのである。


「分割して統治する」をモットーとするイギリスは、基本的にはユダヤ人移民を歓迎した。ヨーロッパからの移民は、イギリスの後ろ盾を受けて入植してきたし、彼らが現地に住むパレスチナ住民と摩擦を起こすことは、イギリスにとっては有利なことだったからである。独立を求める強いアラブは、望ましいものではなかった。パレスチナ内部に撹乱要因をつくって、消耗させることが必要だったのだ。

パレスチナ新版 (岩波新書)

バルフォア宣言の背景にユダヤ資本あり


 ユダヤ人は、1000年にわたって、ヨーロッパで生活し、ロシア、ポーランド、ギリシャ、イタリア、フランス、イギリスなどに分散していた。彼らが唯一保存していたのはその宗教であり、「選ばれた民」という考えだった。……(中略)

 特にローマ教会がキリストはユダヤ人に殺されたと宣言して以来……

 このために

 1290年にイギリスから、1306年にフランスから、1492年にスペインから、1550年にドイツから追放されることになった。


【『リウスのパレスチナ問題入門 さまよえるユダヤ人から血まよえるユダヤ人へ』エドワルド・デル・リウス/山崎カヲル訳(第三書館、2001年/旧版、1983年)以下同】


 西暦135年にはイギリスも、フランスも、米国も、ポーランドも、ロシアも、ドイツも国家としては存在していなかったのだ! それなのに、ユダヤ国家だけは特別扱いされる!

 20世紀のまっただなかで、こんな時代錯誤を真剣に主張するなんておかしなことだ。2000年近い昔に消滅した国家をどんな権利で再建できるのだろう!!


 イギリスの銀行(ロスチャイルド、メイヤー、スペイヤー等の……つまりユダヤ系の)は、第一次世界大戦の戦費を融資してきた。

 イギリスはユダヤ系(シオニスト)銀行に負債をおっており、その支払の一部として、シオニストがパレスチナをくれと言っても、反対できる立場にはなかった……


 さてこの時期に第一次世界大戦の戦勝国(主としてフランス、イギリス、イタリア、米国)を中心に、国際連盟が作られていた。これら諸国は全て、ユダヤ系金融資本の利害と結びついており、国際連盟は要するに、イギリスの決定を支持することになる……

新版 リウスのパレスチナ問題入門

2010-11-01

Tom Waits - Tom Traubert's Blues - 1977


 五十の坂を前にして、トム・ウェイツの声が胸に響いてならない。それにしても何て優しいサックスの音色だろう。



Small Change

『生存する脳 心と脳と身体の神秘』(『デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳』)アントニオ・R・ダマシオ/田中三彦訳(講談社、2000年)


生存する脳―心と脳と身体の神秘 デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳 (ちくま学芸文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)


 1848年、米北東部の鉄道施設現場で事故が起き、鉄棒が現場監督フィネアス・ゲージの前頭部を貫通した。それを境にゲージの性格と行動は一変した。著者自身が携わってきた症例やゲージのような歴史的症例をもとに、著者は、日常生活の折々の場面で求められる合理的な意思決定には、そのときの身体状態と不可分に結びついている情動と感情の作用が不可欠であることを明らかにした(「ソマティック・マーカー仮説」)。神経科学の第一人者が、いまもさまざまな形で社会に浸透しているデカルト的心身二元論を強く批判しつつ、有機体としての心−脳−身体の関係を解くベストセラー。新訳文庫版。

システィーナ礼拝堂の天井画が公開された日


 今日はミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂の天井画が公開された日(1512年)。

ミケランジェロの暗号―システィーナ礼拝堂に隠された禁断のメッセージ システィーナ礼拝堂天井画―イメージとなった神の慈悲 システィーナ礼拝堂―甦るミケランジェロ