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2010-12-31

イギリス東インド会社が設立された日


 今日はイギリス東インド会社が設立された日(1600年)。ロンドン東インド会社、イングランド東インド会社、合同東インド会社という三つの会社の総称。後にオランダフランスデンマークスウェーデンの各東インド会社が設立された。中世ヨーロッパが発展するための搾取システム。

イギリス東インド会社  - 軍隊・官僚・総督 東インド会社とアジアの海 (興亡の世界史) オランダ東インド会社 (講談社学術文庫) 東インド会社 巨大商業資本の盛衰 (講談社現代新書)

断念する者のみが希望することができる

 断念することをほんとに知っている者のみがほんとに希望することができる。何物も断念することを欲しない者は真の希望を持つこともできぬ。


【『人生論ノート』三木清創元社、1941年/新潮文庫、1954年)】

人生論ノート (新潮文庫)

「平和だったサラエボに戻りたい」


「いまは夏休みだけど、学校も再会されたしね。あの2年間は、ほとんど勉強できなかったわ。ああ、戦争が始まる前に戻ることができたら、どんなにいいでしょう。あの2年間の失われた時を取り戻したい……。あの2年間には、楽しいことがたくさん起こり得たはずなのよ。もう、かなわない願いだけど、サラエボで生き延びた人間なら、誰でもそう願っていると思うわ。あの以前の平和だったサラエボに戻りたいって……」

 思春期を戦火の中で過ごした少女の美声に触れて、私は胸がつまった。そして何よりもその体験を、こんなにも淡々と、笑顔で語ることができる強さに驚かされた。


【『失われた思春期 祖国を追われた子どもたち』堅達京子〈げんだつ・きょうこ〉(径書房、1994年)】

失われた思春期 祖国を追われた子どもたち

Yeha-Noha−Sacred Spirit Volume I


 アメリカ先住民をモチーフにしたアルバム。クラブミュージックとの融合。Ivan Kupalaと通底する音を感じる。



Sacred Spirit: Chants And Dances Of The Native Americans

2010年に読んだ本ランキング


 毎年恒例。今年は打率が悪かった。紹介するのは一読に値するもののみ。リンクのないものは来年書く予定。挫折83冊、読了143冊で6割3分3厘という打率であった。今年はクリシュナムルティ漬け。例年より専門書も多かったため、読むスピードが落ちたのは致し方ない。書評も随分と後(おく)れをとってしまった。来年はクリシュナムルティとブッダの思想を比較検討する予定。あとは早川書房の異色作家短篇集宮城谷昌光の長篇に手をつけたいと思っている。では皆さん、よいお年を!

順位書籍
1クリシュナムルティの神秘体験』J・クリシュナムルティ
2『いかにして神と出会うか』J・クリシュナムルティ
3恐怖なしに生きる』J・クリシュナムルティ
4自我の終焉 絶対自由への道』J・クリシュナムーティ
5変化への挑戦 クリシュナムルティの生涯と教え』J・クリシュナムルティ
6英知の教育』J・クリシュナムルティ
7自由とは何か』J・クリシュナムルティ
8学びと英知の始まり』J・クリシュナムルティ
9未来の生』J・クリシュナムルティ
10ザーネンのクリシュナムルティ』J・クリシュナムルティ
11生と覚醒のコメンタリー 4 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ
12生と覚醒のコメンタリー 3 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ
13瞑想と自然』J・クリシュナムルティ
14クリシュナムルティの瞑想録 自由への飛翔』J・クリシュナムルティ
15自己の変容 クリシュナムルティ対話録クリシュナムルティ
16知恵のめざめ 悲しみが花開いて終わるとき』J・クリシュナムルティ
17最後の日記』J・クリシュナムルティ
18片隅からの自由 クリシュナムルティに学ぶ』大野純一
19自由と反逆 クリシュナムルティ・トーク集』J・クリシュナムルティ
20人生をどう生きますか?』J・クリシュナムルティ
21自己変革の方法 経験を生かして自由を得る法』クリシュナムーティ
22英知の探求 人生問題の根源的知覚』J・クリシュナムーティー
23氷川清話勝海舟
24動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン
25苫米地英人、宇宙を語る苫米地英人
2646年目の光 視力を取り戻した男の奇跡の人生』ロバート・カーソン
27権威の概念』アレクサンドル・コジェーヴ
28ものぐさ精神分析岸田秀(再読)
29続 ものぐさ精神分析岸田秀(再読)
30雷電本紀飯嶋和一(再読)
31廃市・飛ぶ男福永武彦
32環境と文明の世界史 人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ』石弘之、安田喜憲、湯浅赳男
33なぜ、脳は神を創ったのか?苫米地英人
34解明される宗教 進化論的アプローチ』ダニエル・C・デネット
3513日間で「名文」を書けるようになる方法高橋源一郎
36メンデ 奴隷にされた少女』メンデ・ナーゼル、ダミアン・ルイス
373歳で、ぼくは路上に捨てられた』ティム・ゲナール
38たった一人の30年戦争小野田寛郎
39石原吉郎詩文集石原吉郎(再読)
40女盗賊プーランプーラン・デヴィ(再読)
41精神の自由ということ 神なき時代の哲学』アンドレ・コント=スポンヴィル
42それでも人生にイエスと言うV・E・フランクル(再読)
43ウォッチメイカージェフリー・ディーヴァー
44チャイルド44トム・ロブ・スミス
45忘却の河』福永武彦
46仏教と精神分析三枝充悳岸田秀
47予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』ダン・アリエリー
48仏教と西洋の出会い』フレデリック・ルノワール
49ブレヒトの写針詩』岩淵達治編訳
50知性の限界 不可測性・不確実性・不可知性高橋昌一郎
51歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学マーク・ブキャナン
52魔女狩り森島恒雄(再読)
53クリシュナムルティ・開いた扉』メアリー・ルティエンス
54平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学M・スコット・ペック(再読)
55科学と宗教との闘争』ホワイト
56奴隷とは』ジュリアス・レスター(再読)
57ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い』レオナルド・サスキンド
58エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』ジョン・パーキンス
59日本人のための戦略的思考入門 日米同盟を超えて孫崎享
60アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』菅原出(再読)
61囚われの少女ジェーン ドアに閉ざされた17年の叫び』ジェーン・エリオット
62医者、用水路を拓く アフガンの大地から世界の虚構に挑む中村哲
63透きとおった悪ジャン・ボードリヤール
64「絶対」の探求バルザック
65木曜の男』G・K・チェスタトン
66ぼくと1ルピーの神様』ヴィカス・スワラップ
67夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録V・E・フランクル(再読)
68世界毒舌大辞典』ジェローム・デュアメル
69デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳』アントニオ・R・ダマシオ
70他者の苦痛へのまなざしスーザン・ソンタグ
71回想のクリシュナムルティ 第1部 最初の一歩……』イーブリン・ブロー
72戦争に反対する戦争』エルンスト・フリードリッヒ編
73わらの犬 地球に君臨する人間』ジョン・グレイ
74ジャパン・レボリューション 「日本再生」への処方箋』正慶孝、藤原肇
75完全教祖マニュアル架神恭介、辰巳一世
76思想の自由の歴史』J・B・ビュァリ
77砂糖の世界史川北稔
78暗黒宇宙の謎 宇宙をあやつる暗黒の正体とは谷口義明
79言語表現法講義加藤典洋
80クリシュナムルティ・実践の時代』メアリー・ルティエンス
81道徳教育を超えて 教育と人生の意味』クリシュナムーティ
82白い炎 クリシュナムルティ初期トーク集』J・クリシュナムルティ
83自由への道 空かける鳳のように』クリシュナムーテイ
84NHK未来への提言 ロメオ・ダレール 戦禍なき時代を築く』ロメオ・ダレール、伊勢崎賢治
85書物の運命池内恵
86心臓は語る』南淵明宏
87そうだったのか! 現代史池上彰
88そうだったのか! 現代史 パート2池上彰
89小野田寛郎 わがルバン島の30年戦争』小野田寛郎
90前夜』リー・チャイルド
91相対論がもたらした時空の奇妙な幾何学 アインシュタインと膨張する宇宙』アミール・D・アクゼル
92殉教 日本人は何を信仰したか山本博文
93良心の領界』スーザン・ソンタグ
94マングローブ テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実西岡研介
95歴史を精神分析する岸田秀(再読)
96しなやかに生きるために 若い女性への手紙』J・クリシュナムルティ
97守護者(キーパー)』グレッグ・ルッカ
98異常の構造木村敏
99『宗教批判 宗教とは何か』柳田謙十郎
100新装版 数学・まだこんなことがわからない 難問から見た現代数学入門吉永良正
101大恐慌入門 何が起こっているか? これからどうなるか? どう対応すべきか?』朝倉慶
102小野田寛郎の終わらない戦い戸井十月
103日本の名随筆 別巻91/裁判佐木隆三
104』カーリン・アルヴテーゲン
105キリング・フロアー』リー・チャイルド
106奪回者』グレッグ・ルッカ
107ひとりっ子グレッグ・イーガン
108一目均衡表の研究』佐々木英信
109瞑想』J・クリシュナムルティ
110嘘つきアーニャの真っ赤な真実米原万里
111錯視芸術の巨匠たち 世界のだまし絵作家20人の傑作集』アル・セッケル
112グラーグ57』トム・ロブ・スミス
113北方領土 特命交渉鈴木宗男佐藤優
114現代思想の冒険竹田青嗣
115現代社会とスピリチュアリティ 現代人の宗教意識の社会学的探究』伊藤雅之
116政府貨幣特権を発動せよ。 救国の秘策の提言』丹羽春喜
117たまには、時事ネタ斎藤美奈子
118消費税のカラクリ斎藤貴男
119砂の文明・石の文明・泥の文明松本健一
120霊と金 スピリチュアル・ビジネスの構造』櫻井義秀
121ダッチマン/奴隷』リロイ・ジョーンズ
122遠いリング』後藤正治
123飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ 若き医師が死の直前まで綴った愛の手記』井村和清
124鳩山由紀夫の政治を科学する 帰ってきたバカヤロー経済学高橋洋一竹内薫
125恐慌第2幕 世界は悪性インフレの地獄に堕ちる』朝倉慶
126職業としての学問マックス・ウェーバー
127痴呆を生きるということ小澤勲
128異空間の俳句たち 死刑囚いのちの三行詩』異空間の俳句たち編集委員会(再読)
129世界の「聖人」「魔人」がよくわかる本一条真也監修、クリエイティブ・スイート編
130宗教改革の真実 カトリックとプロテスタントの社会史』永田諒一
131大師のみ足のもとに/道の光』J・クリシュナムルティ、メイベル・コリンズ
132仏教の謎を解く宮元啓一
133みるみる理解できる相対性理論 改訂版』ニュートン別冊/佐藤勝彦監修、水谷仁編集
134リシバレーの日々 葛藤を超えた生活を求めて』菅野恭子
135クリシュナムルティ 人と教えクリシュナムルティ・センター編
136「悪」と戦う』高橋源一郎

2010-12-30

グレッグ・ルッカ


 1冊読了。


 143冊目『奪回者グレッグ・ルッカ古沢嘉通〈ふるさわ・よしみち〉訳(講談社文庫、2000年)/本日読了。今年はこれで打ち止めか。シリーズ第2作。前作とアティカスの雰囲気が違っていて少々戸惑った。今回は15歳の少女の警護。敵は国特殊部隊SASのチームだ。前半のストーリーがもたつき展開も荒削りだが、それでも面白い。グレッグ・ルッカはまだまだ物語巧者になる余地がある。路線としてはネオ・ハードボイルドになるが、アティカスの心の揺れ具合で好き嫌いが分かれるところだろう。エリカのラストの台詞が泣かせる。ブリジットとの決裂が次作に余韻を残している。何だかテレビドラマ『24』みたいだな(笑)。

謝肉祭


 一説には、謝肉祭は古いゲルマン人の春の到来を喜ぶ祭りに由来し、キリスト教の中に入って、一週間教会の内外で羽目を外した祝祭を繰り返し、その最後に自分たちの狼藉ぶりの責任を大きな藁人形に転嫁して、それを火あぶりにして祭りは閉幕するというのがその原初的なかたちであったという。カーニバルの語源は、この農耕祭で船を仮装した山車 carrus navalis(車・船の意)を由来とする説もある。


Wikipedia


 魔女狩りとの関係はあるのだろうか?

昭和初期のベストセラー『生活の探究』と『生活の発見』


『生活の探究』(島木健作著、昭和12年)の続編が出てさかんに版を重ねていたその年(昭和13年)の秋に、この小説とは趣きを異にした『生活の発見』という書物が出版されて、それもまた1年あまりで十数版を売りつくした。著者は中国からアメリカへ渡った中国人林語堂(リン・ユータン)で、その内容はいかにも中国の文人らしく“生活の哲学”を軽妙洒脱な筆で説いたものだった。『生活の探究』と『生活の発見』、前後してこの4冊(『生活の発見』も続編と合わせ二巻仕立てだった)が、ともにベストセラーとなったことに、私はあらためて興をひかれる。なぜなら、両者はともにけっしてたんなる処世術を、すなわち、うまい世渡りができる技術を教えようとするものではなかったからである。いや、まったく反対である。要領よく人生を生き抜ける術を処世術というなら、この両書はそれとはおよそ正反対な不器用で実用にならぬ、教養の書ともいうべき性格のものだった。だから読者が求めたのは、こうすればこんなにうまくゆく、などといった功利的なノウ・ハウではなく、そんな技術(テクニック)などまったく眼中にない生きることへの根源的な意味への問いかけであり、その解答だったといえる。つまり、人びとは軽薄に生きる技術を、ではなく、真面目に生きる知恵を探究しつづけたのである。


【『生き方の研究』森本哲郎〈もりもと・てつろう〉(新潮選書、1987年)】

生き方の研究

ニュートンの偉大な発見


 20代前半の青年ニュートンは故郷での1年半に、なんと微積分法、万有引力の法則、光と色に関する理論という、三つの大理論の端緒を発見したのである。

 自然科学を始めて3年ほどでここまで至らせたものは、経済学者ケインズによると、「純粋思考に関してかつて人間に与えられた、最強の集中力と持続力」ということになる。


【『天才の栄光と挫折 数学者列伝』藤原正彦(新潮選書、2002年/文春文庫、2008年)】

天才の栄光と挫折―数学者列伝 (文春文庫)

ホセ・リサールが処刑された日


 今日はフィリピン独立の英雄ホセ・リサールが処刑された日(1896年)。処刑前日の夜、妹に遺言となる詩「我が最後の別れ」を手渡した。/さようなら、愛する祖国、太陽に愛された地、/東海の真珠、我らが失楽のエデン!/おまえに喜んで捧げよう、この哀しくやつれた命を。/たとえもっと輝かしく、みずみずしく、華やいだ命だったとしても、/やはりおまえに捧げよう、おまえのために捧げよう。/戦場で死にものぐるいで闘い、/ためらいも後悔もなくおまえに命を捧げる人々もいるのだ。/死ぬ場所は関係ない。殉死の糸杉、勝利の月桂樹、敗北の白ゆり、/刑場か荒れ野か、戦場か苦難か、/どれも同じだ。祖国と家族のためなのだから。/わたしは死ぬのだ。この空が色づき、/闇の黒衣をおしやり、ついに一日が始まる時に。/もし、おまえの夜明けを染めるくれないが要るのなら、/日の出のその時わが血を注ぎ、まき散らすがいい。/そしてその清新な光でわたしの血を金色に輝かせてほしい。

見果てぬ祖国


暁よ紅に わが血もて染めよ フィリピン独立運動の悲運のヒーロー ホセ・リサール

2010-12-29

ダニエル・C・デネット


 1冊読了。


 142冊目『解明される宗教 進化論的アプローチ』ダニエル・C・デネット/阿部文彦訳(青土社、2010年)/訳注を含めると580ページというボリューム。紙質もよく青土社の気合いが伝わってくる。よくぞ3200円に抑えることができたと思う。無神論者の著者が宗教の解体を試みた内容。説得力は十分なのだが、後半失速。科学者としての慎重さが仇になってしまっている。これは米国の宗教事情という背景も考慮する必要あり。前半は笑いが止まらぬほど面白い。俎上(そじょう)に乗せられているのはキリスト教とイスラム教であるが、全ての制度宗教・組織宗教と考えて読むべきだろう。

Ivan Kupala- Kostroma


 これは凄い! イヴァン・クパーラを知ったのは集英社インターナショナルさんのツイートにて。ワールドミュージックの王道だ。長く伝えられてきた歌を、新しいアレンジで見事に蘇生させている。ロシア、恐るべし。



Best 96-03

世界金融システムが貧しい国から富を奪う

 世界をおおう金融システムとその上に乗って自己増殖しながら疾駆する「貨幣」は、人間労働の成果と自然を含む価値高い資源を、貧しい国から富める国へと移す道具となっている。

 本来の役割を終えた貨幣は「利が利を生むことをもって至上とするマネー」となった。この変質する貨幣の全体が『エンデの遺言』に凝縮されている。エンデは予言している。

「今日のシステムの犠牲者は、第三世界の人びとと自然にほかなりません。このシステムが自ら機能するために、今後もそれらの人びとと自然は容赦なく搾取されつづけるでしょう」(NHK番組『エンデの遺言』より)

 今日、世界をめぐるマネーは300兆ドルといわれる(年間通貨取引高)。地球上に存在する国々の国内総生産GDP)の総計は30兆ドル。同じく世界の輸出入高は8兆ドルに過ぎない。

 この巨大な通貨の総体はそのままコンピューターネットワークを従僕とした世界金融システムと同義であり、その世界金融システムは「商品として売買される通貨」をこそ前提としている。

 そのゆえに「世界市場化」(グローバライゼーション)の本意は、自由奔放なる商品としてのマネーの襲撃から地域と社会を遮断(しゃだん)するいかなる防衛システムも機能不全に陥れるか、あるいはまたそのような防衛システム不在のバリアフリー社会を普遍化すべく、高度なノウハウを総動員しようとはかる強烈な意思のなかに見ることができる。

 言葉を換えていえば、いまや世界のすべての地域と人は、そのようなマネーの暴力の前に裸で身をさらすことを余儀なくされているのである。

(『エンデの遺言』 その深い衝撃/内橋克人


【『エンデの遺言 「根源からお金を問うこと」』河邑厚徳〈かわむら・あつのり〉、グループ現代(NHK出版、2000年)】

エンデの遺言―「根源からお金を問うこと」

菅季治、鹿野武一、石原吉郎


 菅季治(※かん・すえはる)は帰国後半年で鉄道に身を投げて死んだ。

 鹿野武一(※かの・ぶいち)は帰国後一年余で勤務先の病院の宿直室で心臓麻痺死した。

 石原吉郎は帰国後24年生きのびたが、独居の浴槽の中で心臓麻痺死していた。


【『内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史』多田茂治〈ただ・しげはる〉(社会思想社、1994年/文元社、2004年)※社会思想社版は「シベリヤ」となっている】

内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史


内なるシベリヤ抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史


(※上が文元社版で、下が社会思想社版)

ウィリアム・グラッドストンが生まれた日


 今日はウィリアム・グラッドストンが生まれた日(1809年)。英国の政治家。アヘン戦争の際は議会において反対の演説を行ったが、当人は登壇前にはいつもアヘン入りのコーヒーを飲んでいることは有名であった。「あらゆる会話を議論に変えてしまう」人物でヴィクトリア女王も苦情を漏らしている。

最高の議会人 グラッドストン 実録アヘン戦争 (中公文庫)

2010-12-28

「とん平のヘイ・ユウ・ブルース」左とん平


 1973年リリース。編曲は深町純。知らなかったよ。今聴いても古さを感じさせない。見事なジャパニーズ・ブルースとなっている。トニー谷のギャグ「あなたのお名前何てぇの?」を英語版にしたものだった。



とん平のヘイ・ユウ・ブルース

内部の人間


 閉ざされている人間、自分の手で自分の心を閉ざしている人間とは、内部の人間のことである。なぜ内部にいるのか。自分の心が外部から傷つけられるのに耐えられぬからだ。その第一歩は臆病者、あるいは卑怯者であり、これはもっとも低級な種類である。外部から傷つけられぬためのもっとも簡単な経済的な防衛は、自分が外部からすっかり拒否されていると思いこみ、閉め出された状態に身をおくことである。いちばん受身の最小の地点、いちばん弱い地点、それがもっとも巧妙な隠れ場所なのである。


【『内部の人間の犯罪 秋山駿評論集』秋山駿〈あきやま・しゅん〉(講談社文芸文庫、2007年)】

内部の人間の犯罪 秋山駿評論集 (講談社文芸文庫)

バカ息子こそが社会の公平を実現するカギ

 バカ息子は、日本の伝統なのです。商売などで立派に身を立てた親の子がまた優秀では、未来永劫その家系だけが繁栄し、不公平のままです。たまに出来の悪いこどもが現れて家が没落することで、よその家系にチャンスがまわってくるのです。バカ息子こそが、社会の公平を実現するカギなのです。


【『反社会学講座パオロ・マッツァリーノイースト・プレス、2004年/ちくま文庫、2007年)】

反社会学講座 (ちくま文庫 ま 33-1)

「ターニャの日記」の最初のページが書かれた日


 今日は「ターニャの日記」の最初のページが書かれた日(1941年)。1930年生まれ。享年14歳。サヴィチェフ家は死んだ/みんな死んだ/残ったのはターニャだけ

ターニャの日記 (子ども平和図書館)

アーサー・エディントンが生まれた日


 今日はアーサー・エディントンが生まれた日(1882年)。20世紀前半における最も重要な天体物理学者の一人。「一般相対論を理解しているものは世界中に3人しかいないと聞いているが、その一人はあなたですね?」と尋ねられ、しばし沈黙して答えた。「はて、3番目の人が思い当たらないが」。


ブラックホールを見つけた男 相対論がもたらした時空の奇妙な幾何学―アインシュタインと膨張する宇宙 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

2010-12-27

インド人学生自殺 ズボン脱がされ、あだ名は「ビンラディン」 親友が“いじめ”証言


 追手門学院大学(大阪府茨木市)に通っていた在日インド人の男子学生=当時(20)=が大学でいじめを受け続けたとする遺書を残して自殺した問題で、男子学生が複数の学生から人前でズボンを脱がされたり、イスラム過激派テロリスト「ビンラディン」とのあだ名で呼ばれるなどの嫌がらせを受けていたことが26日、分かった。男子学生の親友が証言した。大学側はこれまでいじめの事実を強く否定してきたが、男子学生が、こうした嫌がらせをいじめと受け止め、自殺を図った疑いが強まった。

 いじめとみられる嫌がらせの具体的内容が判明するのは初めて。男子学生の友人らが結成した「自殺事件原因追及の会」に対し、男子学生と特に親しかった友人の1人が証言した。

 それによると、男子学生がたびたび嫌がらせを受けていたのは、遊び仲間だった複数の学生。人前でズボンを脱がされたり、花火を直接向けられたりしたほか、本名ではなく、「ビンラディン」と呼ばれるなどしていたという。

 また「お前をいじることが最近一番楽しい」「お前を見ているとなんかイライラする」などの暴言を吐かれることもあったという。

 男子学生は親友に対し、「最近、パシらされる(使い走りをさせられる)ことが多い」などと打ち明けることもあったという。

 親友は男子学生が自殺を図った後、「もっと彼を守ってあげることができればよかったと悩み苦しんだ」と話している。

 当時3年だった男子学生は平成19年6月、神戸市の自宅マンションから飛び降り自殺。遺書やメールには大学でのいじめを強く示唆する文面が記されており、遺族は調査を要望したが、大学側は3年以上放置。このため、遺族は今年8月、大阪弁護士会に人権救済を申し立てていた。

 大学側は産経新聞の報道を受けた8月の記者会見で、いじめの事実を強く否定したが、10月に弁護士らでつくる第三者委員会を設置し、自殺の原因などを調査しており、27日に記者会見を開き、調査結果を公表する予定。

 この問題をめぐっては、男子学生のゼミ担当教授が産経新聞の取材に対し、「大学はいじめ自殺の可能性が高いことを把握しながら調査せず隠蔽(いんぺい)した」と証言している。


産経ニュース 2010-12-27


大学が「いじめ自殺」を隠蔽 「息子に会いに…」父も後追い自殺


 追手門学院大学(大阪府茨木市)に通っていた在日インド人の男子大学生=当時(20)=が平成19年、大学でいじめを受け続けたとする遺書を残して自殺したにもかかわらず、大学側が調査せず放置していたことが30日、関係者への取材で分かった。大学側は調査に積極的だった大学生のゼミ担当教授を遺族の窓口担当から外すなど隠蔽(いんぺい)工作とも取れる対応に終始。遺族は大阪弁護士会人権擁護委員会に人権救済を申し立て、「きちんと調査してほしい」と訴えている。

 大学生の遺族や関係者などによると、大学生は19年6月8日、神戸市の自宅マンション敷地内で死亡しているのが見つかった。自宅がある8階から飛び降りたとみられ、部屋には遺書が残されていた。

 父母あての遺書には「学校で受け続けたイジメ(略) 僕はもう限界です。僕には居場所がありません」などと記されていた。自殺2日前の携帯メールにも大学でのいじめを示唆する内容が残されていた。

 このため遺族は、ゼミ担当教授らに、自殺原因とみられるいじめの調査を依頼。この教授が再三にわたり、大学側に早期の調査と原因究明を求めたが、大学側は「調査対象の学生の親から苦情が出る」などとして調査しなかったという。

 大学側は自殺から約半年後の20年1月、相談した弁護士からも「調査すべきだ」との進言を受けたが、「大学と小中高(のいじめ)は異なる」「別の弁護士は調査の必要がないと言った」などとして放置し続けたとされる

 さらに、遺族の窓口となっていたゼミ担当教授を、この問題から外す措置を取ったという。この問題は21年10月に大学内の人権啓発委員会でも取り上げられたが、それでも調査が行われることはなかった。

 大学側は今年2月になって、遺族に「見舞金」を渡したが、この際、遺族に「相互に何らの債権債務がないことを確認した」とする「合意書」への署名を求めたという。遺族は「大学側に調査を要求する権利を侵害された」として、今月23日に大阪弁護士会に人権救済の申し立てを行った。

 大学側は、産経新聞の取材に対し「遺族から要望がなかったので調査しなかった」と話している


大学側は虚偽説明


 自殺した在日インド人の男子大学生=当時(20)=は、家族思いで重病だった父親に代わり、アルバイトで一家の生活を支えていたという。

 一家は、父親がインド料理店を経営するなど、かつては経済的に豊かだったが、父親が重い肝臓病を患い失職。このため、母親のパートと大学生のアルバイト収入でやり繰りせざるをえない状況となり、父親の治療費もかさんで家計は苦しくなったという。

 それでも父親のインド料理店を継ぐのが夢だったという大学生は、追手門学院大学の経営学部に入学。アルバイトと両立させていた学業もトップクラスの成績で、自殺前日には学内の奨学生に推薦されることが決まったが、その朗報を聞くことなく自ら命を絶った。

 遺書には「学校で受け続けたイジメ」とあったほか、自殺する2日前に親友に送った携帯メールには「毎回学校で嫌な思いをするのは耐えられない」「学校行くたびに傷ついていくなんて最悪」「学校は楽しい場所であってほしい」などと大学でのいじめを示唆する文面が残されていた。

 大学で一体何があったのか。

 悲劇は続き、自宅で療養中だった父親も約1年後、「息子に会いに行く」と言って同じ場所から飛び降り、後追い自殺した。

「息子と夫はもう帰ってこないが、息子がなぜ自殺しなければならなかったのか調査してほしい」

 最愛の息子と夫を相次いで失った母親は訴える。

 しかし、大学側は母親の訴えや、「調査すべきだ」とする関係者の進言に耳を傾けることはなかった

 大学側は「遺族から何度も要望を聞いたが何もなかった」「いじめの事実も確認されなかった」と説明するが、産経新聞が入手した内部資料によると、大学幹部らの打ち合わせで、「遺族は調べてほしいといっている」「(いじめをした)問題であろう学生の名前は分かっている」などという発言があった。

 にもかかわらず、取材に対し、平然と虚偽の説明をする大学側の対応には根深い隠蔽(いんぺい)体質を感じざるを得ない。


産経ニュース 2010-08-31

「アフリカのクリスマス」平沢進 with 島崎和歌子


 島崎和歌子って、こんな可愛い声だったんだ! いやあ驚き。隠れた名曲だ。



島崎和歌子20th anniversary BOX(DVD付)

ヘッジファンドの手法


 ある土地を例えば今年の暮れに1億円で買う約束をする。決算日は今年の暮れです。今日、6月25日に1億円の土地を年末に買いますよという約束をしておいて、1カ月たって、7月25日には、もう地価が値上りし、1億5000万円になっていたとする。そうしたら別の人にこの土地、年末に1億5000万円で売りますよという約束をする。最初、手付金、例えば1000万円持っていれば1000万円で5000万円儲かっちゃったという話になりますよね。ヘッジファンドがやっているというのはこういうことなのです。


【『藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義』藤巻健史〈ふじまき・たけし〉(光文社新書、2003年)】

藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義 (光文社新書)

【問い】宇宙がすべて消滅した後も時間は流れ続けるか?


 次のような三つの文章ないし質問を順に見て、それに「イエス」と答えるべきか「ノー」と答えるべきか、について考えていただきたい。


 1.この私が死んだ後も、

   時間は流れ続ける(または時は刻み続ける)か?……yes/no

 2.すべての人間(人類全体)が死に絶えた後も、

   時間は流れ続ける(または時は刻み続ける)か?……yes/no

 3.宇宙がすべて消滅した後も、

   時間は流れ続ける(または時は刻み続ける)か?……yes/no


【『死生観を問いなおす』広井良典(ちくま新書、2001年)】

死生観を問いなおす (ちくま新書)

ヨハネス・ケプラーが生まれた日


 今日はヨハネス・ケプラーが生まれた日(1571年)。天体物理学者の先駆者にして、数学者、自然哲学者、占星術師。惑星の楕円運動を解明した(ケプラーの第1法則)。それまで神が創造した宇宙では「完全な円軌道」が支配していると考えられていた。神様にとっては地動説に続く大打撃となった。

ヨハネス・ケプラー―近代宇宙観の夜明け (ちくま学芸文庫) ケプラーの八角星 不定方程式の整数解問題 (ブルーバックス) ケプラー疑惑―ティコ・ブラーエの死の謎と盗まれた観測記録 宇宙の神秘 新装版

2010-12-26

『ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)をはじめる セルフヘルプのためのワークブック』スティーブン・C・ヘイズ、スペンサー・スミス/武藤崇、原井宏明、吉岡昌子、岡嶋美代訳(星和書店、2010年)


ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)をはじめる セルフヘルプのためのワークブック


 アクセプタンス&コミットメント・セラピーは、最新の科学的な心理療法です。新次元の認知行動療法とも言われ、急速に世界中で広まっています。今までの心理療法が、人間の苦悩を変化させようとしたり、除去しようとして、どれだけ成功したでしょうか。ACTにおいては、私たちはなぜ悩むのか、精神的に健康であるということは何なのか、と言いうことに新たな見方を提供します。苦悩は、避けられないもので誰にでもあるものです。だから苦悩を避けようとかコントロールしようとすることが、さらなる苦悩の原因となり、問題が長引き、生活の質を破壊します。ACTでは、苦悩のように個人のコントロールの出来ないものをアクセプト(受け入れ)し、自分の求める生き方を自覚し、生活を豊かにする方法を提供します。本書は、楽しくエクササイズを行いながらその方法を身につけられる、セルフヘルプのためのワークブックです。よりよく生きるためのコツが満載です。

ビッグバン宇宙論

 ビッグバンという考え方にしても、まだ日が浅い。登場したのは1920年代で、聖職者でもあったベルギーの天体物理学者ジョルジュ・ルメートルが初めて提唱した理論だが、当時はたいして騒がれることもなかった。宇宙論でにわかに注目を浴びるようになったのは、1960年代半ばに入ってからだ。


【『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン/楡井浩一〈にれい・こういち〉訳(NHK出版、2006年)以下同】


 ビッグバン宇宙論というのは爆発そのものに関する理論ではなくて、爆発後に何が起こったのかについて論じる学説だ。爆発後といってもそれほどあとの話ではない。科学者たちは、山ほど数学の問題を解き、粒子加速器内のようすをつぶさに観察することで、創造の瞬間から10の-43乗秒後の、まだ顕微鏡なしには見つからないくらい小さかった宇宙を眺めることが可能だと信じている。わたしたちも次々に登場するとんでもない数字に感嘆の声ばかりあげていないで、ときにはそれをしっかりつかまえて、その茫とした大きさをきちんと確認したほうがいいだろう。というわけで、10の-43乗は、0.0000000000000000000000000000000000000000001、すなわち1秒の1兆分の1をさらに1兆分の1にして、それをまた1兆分の1にして、さらにまた1000万分の1にした時間に当たる。

人類が知っていることすべての短い歴史(上) (新潮文庫) 人類が知っていることすべての短い歴史(下) (新潮文庫)

虚勢の権化


 アンドレ・ルイは、相手を、ばかばかしい男だと思った。えらそうにするのは、値打ちのないことや弱さをかくすためだ、ということを彼は知っていた。そして、いまここに虚勢の権化を見た。それは尊大な頭のそらし方にも、しかめた眉にも、とどろきわたる声の抑揚にも読みとることができた。従僕の目に英雄と映るのはむずかしいが──従僕は堂々たる全体をなしている部分部分が、ときどきバラバラになるのを見ているからだ──別な意味で同じ現象を見ている人間研究家の目に英雄に見えるのは、もっとむずかしいことだった。


【『スカラムーシュラファエル・サバチニ/大久保康雄訳(創元推理文庫、1971年)】

スカラムーシュ (創元推理文庫 513-1)

稲垣足穂が生まれた日


 今日は稲垣足穂が生まれた日(1900年)。人間を口から肛門にいたるひとつの筒と見立てたエッセイ「A感覚とV感覚」を、独自の一元的エロス論として評価した澁澤龍彦をはじめ、多くの人から尊敬を集めた。すべての自作を処女作「一千一秒物語」の注釈であると宣言している。

一千一秒物語 (新潮文庫) A感覚とV感覚 (河出文庫―稲垣足穂コレクション) 足穂拾遺物語

2010-12-25

ブログやホームページをまるごと保存。その他いろいろ機能満載なフリーソフト、WeBoX

(1)各種サイトを丸々HDDに保存可能(ディレクトリ指定)、(2)1ページごとの保存も可能、(3)IE等、通常のブラウザから右クリック一発での保存も出来る、(4)普通のブラウザとしても使用可能、(5)エディタとしても使用可能、(6)RSSリーダーにもなる。

『臨済録』入矢義高訳注(岩波文庫、1989年)


臨済録 (岩波文庫)


 自らの外に仏を求める修行者にむかって「祖仏は今わしの面前で説法を聴いているお前こそがそれだ」と説く臨済(?‐876)。彼の言行を弟子慧然が記した『臨済録』は、「無事の人」に到達しようとする臨済のきびしい自己格闘の跡をまざまざと描き、語録中の王といわれている。長年にわたって、本書を愛読してきた訳者による待望の書。

「地獄のミサワ」様が辞退されました。【日本ブログメディア新人賞】


 辞退の理由としては明確にはしていただけませんでしたが、「いや…、なんか…。」との事でしたので、(以下略)


livedoor Blog 開発日誌

りそな事件

黒木昭雄さんみたいに暗殺された例


1.第一勧業銀行の近藤克彦社長が不正融資スキャンダルに関する証言を行う日の前夜11時に黒服10人が自宅を訪れる。(これは付近にいた報道陣が全員目撃)脅されて遺書を書かされ、睡眠薬+首絞められ死亡。2時間後帰宅した奥様が死体発見。

→自殺として処理される


2.北朝鮮利権の賄賂スキャンダルの鍵を握っていた日本債券信用銀行本間忠世社長が、大阪の阪急インターナショナルホテルで銃で脅され遺書を書かされた後、睡眠薬を打たれ首を絞められ死亡。(隣室からの証言あり)

→首吊り自殺として処理される(実際調べると、部屋に首吊る場所は無い)


3.りそな銀行と自民党のインサイダー取引を明るみに出そうとしていた早稲田大学教授で経済ジャーナリストの植草氏が、横浜で女性の下着を鏡で見た容疑で逮捕される。(被害届なし、証拠なし)


4.神奈川税務署国税調査官太田光紀氏が、植草氏同様にりそな銀行と自民党のインサイダー取引の事実を調べていたところ、横浜で女性の下着を鏡で見た容疑で逮捕される。(被害届なし、証拠なし)


5.りそな銀行の政治献金問題を追っていた当時朝日新聞論説委員である鈴木記者が、インサイダー取引の記事を発表したその夜、東京湾に遺体で浮かぶ。

→自殺として処理される


6.竹中平蔵担当の読売新聞記者石井誠氏が、口に靴下入れられて、後ろに手錠をかけられて、お尻にバイブを入れられた遺体が見つかる。

→変態プレー中の事故死として処理される。


2ちゃんねる

知られざる真実―勾留地にて― 売国者たちの末路 日本の独立

りそな株でボロ儲けした外国人投資家


 そこへ(※2003年)5月中旬、福音がもたらされた。粉飾決算が露呈して、自己資本比率(総資産=総貸出額に占める自己資本の割合)が業務停止命令を受ける水準を下回ることが判明した「りそなホールディングス」を、政府が一時国有化して救済する方針を発表したのである。

 これで日本の金融システムの「安定」が図られたとのアナウンスが金融界に流れ、ここから、外国人投資家が高レベルの日本企業の株を買う動きが続くことになる。これによって、わが国の株式市場は一時の危機的状況から脱することができたものの、それと引き替えに、主導権を投機筋に完全に明け渡すことが決定的になってしまったのである。

 その投機筋に株式の購入資金を実質的に提供したのが、実は日本政府であった。政府が円高是正の為替介入を行っていた03年1月から04年3月までにおいて、外国人投資家による日本企業株の売り買いは総計14兆8000億円にもおよんで、買いが売りを上回る「買い越し」となっている。外為市場に投じた35兆円以上もの介入資金が、株式市場に還流してきていたのである。超巨額な「円高介入」によって投機筋は、莫大な円資金と、大量の優良日本企業株という実弾を手にすることに成功したはずである。


【『「お金」崩壊』青木秀和(集英社新書、2008年)】


 ま、小泉純一郎からのプレゼントといってよい。小泉本人も儲けたという噂がある。

「お金」崩壊 (集英社新書 437A)

2010-12-24

守護霊と輪廻転生は相容れない概念


 要するに現在「守護霊」と呼ばれているものは、死んだ人間の魂が生きている人間に対して何らかの意味を持つというだと考えてよいでしょう。ただ、もうお気づきかと思いますが、これは先に触れた輪廻転生とは、そもそもまったく相容れない概念なのです。生まれ変わりを肯定するならば、「輪廻した」つまり死んだ瞬間にその人は同じ時間に世界のどこかで生まれ変わっているのですから、霊魂がそこにうろうろしているわけがありません。これほど明らかに矛盾した話なのに、なぜ誰も疑問を抱かないのでしょうか? だいたい、江原啓之氏の番組に登場する芸能人にはなぜか前世が武士の人が多いんですが、武士身分は、たとえ一番数の多かった江戸時代においてでも、せいぜい日本の人口の1割程度だったということくらい、多少歴史が好きな人ならば当然知っていることで、変だと思いませんか。なぜ、たとえば「あなたの前世は賤民です」「江戸時代の被差別民です」と言わないのでしょう。それではウケない(相手が喜ばない)からではないでしょうか。


【『スピリチュアリズム苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(にんげん出版、2007年)】

スピリチュアリズム

音楽とは“言語の埒外にある、音による人間のコミュニケーション”


 著名な民族音楽学者ブルーノ・ネトルは、音楽を“言語の埒外にある、音による人間のコミュニケーション”と定義した。おそらく、これより妥当な定義は無理だろう。


【『歌うネアンデルタール 音楽と言語から見るヒトの進化』スティーヴン・ミズン/熊谷淳子訳(早川書房、2006年)】

歌うネアンデルタール―音楽と言語から見るヒトの進化

イグナチオ・デ・ロヨラが生まれた日


 今日はイグナチオ・デ・ロヨラが生まれた日(1491年)。1534年8月15日、イグナチオと6人の仲間はモンマルトルの丘に登り、神に自分の生涯をささげる誓いを立てた(モンマルトルの誓い)。「今後、7人はおなじグループとして活動し、エルサレムでの宣教と病院での奉仕を目標とする。あるいは教皇の望むところならどこでも赴く」というものであった。これがイエズス会の始まりである。大航海時代を背景にした宗教的侵略。

霊操 (岩波文庫) フランス・ルネサンスの人々 (岩波文庫) イエズス会の世界戦略 (講談社選書メチエ)

2010-12-23

木村敏


 1冊読了。


 141冊目『異常の構造』木村敏〈きむら・びん〉(講談社現代新書、1973年)/微妙。私の手元にあるのは1983年発行の14刷。思考、文章は極めて明晰。しかし如何せん内容が古い。統合失調症について存在論的アプローチを試みているのだが、その病因を現在では否定されている家庭環境にありとしている。論の進め方も荒っぽい。宮本省三の本を初めて読んだ時と全く同じ印象を受けた。微妙と書いたのは、当時の医学常識のせいか、あるいは木村が才走っているのかが判断しにくいためだ。思想構築のために患者を利用しているような気がしないでもない。

ストレスが生理的な防衛機能を乱す

 ストレスは、どのようにして病気に変換されるのだろうか。ストレスは、強い精神的刺激に対する複雑な身体的・生化学的連鎖反応である。生理学的な観点から見れば、感情自体も電気的、化学的作用によって人間の神経系からホルモンが放出される現象である。感情は、体内の主要な器官、免疫系の防衛機能、からだの状態を整えるために体内を循環している多くの化学物質の作用に影響を与え、また逆に影響されてもいる。感情が抑圧されると――幼いメアリーが生きるためにそうせざるを得なかったように――、病気に対するからだの防衛機能が活動できなくなる。抑圧――感情を意識から引き離し、無意識の領域に追いやること――は私たちの生理的な防衛機能を乱してしまう。すると、人によっては防衛機能が暴走し、健康を守るのでなく損なう結果になるのである。


【『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』ガボール・マテ/伊藤はるみ訳(日本教文社、2005年)】


「防衛機能が暴走」した状態が自己免疫疾患だ。

身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価

民主主義の新しい革命的な技法=合意のでっちあげ

 これは3歳の幼児に一人で道路を渡らせないのとまったく同じ理論である。誰だって3歳の幼児にそんな自由は与えないだろう。3歳の幼児はその自由を適切に扱うすべを知らないのだ。それと同じように、とまどえる群れも行動に参加させるべきではない。面倒を起こすに決まっているのだから。

 そこで、とまどえる群れを飼いならすための何かが必要になる。それが民主主義の新しい革命的な技法、つまり「合意のでっちあげ」である。メディアと教育機関と大衆文化は切り離しておかなければならない。政治を動かす階級と意志決定者は、そうしたでっちあげにある程度の現実性をもたせなければならず、それと同時に彼らがそれをほどほどに信じこむようにすることも必要だ。


【『メディア・コントロール 正義なき民主主義と国際社会』ノーム・チョムスキー/鈴木主税〈すずき・ちから〉訳(集英社新書、2003年)】

メディア・コントロール―正義なき民主主義と国際社会 (集英社新書)

丸山健二が生まれた日


 今日は丸山健二が生まれた日(1943年)。23歳で芥川賞を受賞。賞や文壇のような文学界とはほとんど関わりを持たずに執筆を続けており、中央文壇とは離れたスタンスと現代都市文明への批判的視座にある力強い生き方から「孤高の作家」とも形容される。

夏の流れ (講談社文芸文庫) さすらう雨のかかし 水の家族 まだ見ぬ書き手へ (朝日文芸文庫) 

2010-12-22

イサベル・アジェンデ


 1冊挫折。


 挫折83『精霊たちの家』イサベル・アジェンデ/木村榮一訳(河出書房新社、2009年)/50ページほどで挫ける。パラグラフが長すぎて疲れる。リズムに乗ってしまえば面白そうだが、残念ながらそんな時間的余裕がない。チリ大統領を務めたサルバドール・アジェンデの姪っ子だそうだ。

World Battleground, 1000 years of war in 5 minutes


 西暦1000年から2008年までに人類が行ってきた戦争を5分間の動画に編んだ作品。


構造(身体)と機能(心)は「脳において」分離する


 心身論を考えるときに、もっと身近で、かつ重要な例がある。それは死体である。なにはともあれ、解剖学者としては、死体はもっとも身近だと言わざるを得ない。死体があるからこそ、ヒトは素朴に、身体と魂の分離を信じたのであろう。これを生物学の文脈で言えば、構造と機能の分離ということになる。死体では、肝、腎、脳といった構造は残存しているが、もはや機能はない。

 このことから、説得力が強く、かつ非常に長期にわたって存在する、大きな誤解が生じた。それは、構造と機能の分離が「対象において存在する」という信念である。すでに述べたように、私の意見では、構造と機能は、われわれの「脳において」分離する。「対象において」その分離が存在するのではない。


【『唯脳論』養老孟司〈ようろう・たけし〉(青土社、1989年/ちくま学芸文庫、1998年)】

唯脳論 (ちくま学芸文庫)

之を知る者は、之を好む者に如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず


小林●孔子がいっているね、「知る者は好む者に及ばない。好む者は喜ぶ者に及ばない」(※『論語』〈雍也篇〉「子曰く、之を知る者は、之を好む者に如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず」)。


【『小林秀雄全作品 25 人間の建設』小林秀雄(新潮社、2004年)】

小林秀雄全作品〈25〉人間の建設

初代快楽亭ブラックが生まれた日


 今日は初代快楽亭ブラックが生まれた日(1858年)。6歳で来日。18歳の時、西洋奇術を披露し始める。78年、講釈師二代目松林伯圓に弟子入り。93年、木村アカと結婚し日本国籍を取得。やがて自作の噺を創作するようにまでなり、べらんめえ調をあやつる青い眼の噺家として人気を博した。



決定版 快楽亭ブラック伝

2010-12-21

知的障害女性の告訴能力認める わいせつ被害、差し戻し

 知的障害のある女性を車で連れ去り、車内でわいせつな行為をしたとして強制わいせつ罪などに問われた無職飯干広幸被告(61)の控訴審判決で、福岡高裁宮崎支部(榎本巧裁判長)は21日、女性の告訴は無効とし、公訴棄却とした一審宮崎地裁延岡支部判決を破棄、審理を宮崎地裁に差し戻した。

 一審判決は「女性は知的障害のため、わいせつ行為の意味や告訴の内容を十分理解しておらず、告訴能力は認められない」と判断。検察側が「告訴能力は認められる」として控訴していた。

 榎本裁判長は判決理由で「女性は被害を認識して被害感情を持っている。告訴の意味を理解し、被告人の処罰を求めており、告訴能力はあるというべき」と認定した。


47NEWS 2010-12-21


 飯干広幸には死刑が望ましい。それと、一審判決を下した裁判長の名前を晒(さら)すべきだ。この国は三権分立ではなく三権分裂の様相を呈している。

仏教的時間観は円環ではなく螺旋型の回帰/『仏教と精神分析』三枝充悳、岸田秀


 脳は言葉に支配されている。思考が言葉という情報によって成り立っている以上、人は言葉に束縛される。意識とは言語化可能な状態と言い換えてもよいだろう。


 懐疑や批判の難しさもここにある。示された言葉【以外】の知識がなければ、そもそも判断のしようがあるまい。思想の自由とは、言葉に寄り添った後で言葉から離れることを可能にする精神の振る舞いを意味する。


 ある人物の思想なり考えが普遍的な有効性を持ち合わせているかどうかは、対談によって試される。世界広しといえども、全く同じ考え方をする人は一人もいない。似たような価値観を持つ人々が文化や民族、哲学や宗教を形成している。


 これは勉強になった。唯幻論であらゆるものを一刀両断にしてきた岸田秀が、仏教の碩学(せきがく)を前にして優秀な生徒と化している(笑)。例えばこんな調子だ──


岸田●キリスト教は、ぼくは一つの誇大妄想体系だと言ってるわけですが、誇大妄想体系にしろ、ここには、一つの理論体系らしきものがあるように思うんです。しかし、仏教は、なんとなく、漠然としておりまして、むしろ、理論体系になるのを拒否するという感じのほうが強い、そういう印象を持ってるんですけど、違うわけですか。


三枝●全然、違います。大まかな表現ですけど、たとえば、仏教のいちばん始めにいろいろな“意見”ができた。それをお釈迦さんの亡くなったあとに編集し、合わせて「三蔵」(さんぞう)と言います。それには、いわゆるお釈迦さんが説いたお経−「経蔵」(きょうぞう)と、教団の規律を収めた「律蔵」(りつぞう)と、それから「論蔵」(ろんぞう)というのがある。論というのはまさしく学問なんです。ただし現存しているものが、いつできたかは分かっていません。お釈迦さんは、おそらく、マガダ語で話されたでしょうけど、現在残っているいちばん古い資料は、パーリ語の経典、それからマガダ語からサンスクリットになって、それらが漢訳された経典が中心ですが、それらは経、律、論と言い、論が必ずあるんです。始めから学問体系がある。


【『仏教と精神分析』三枝充悳〈さいぐさ・みつよし〉、岸田秀〈きしだ・しゅう〉(小学館、1982年/第三文明レグルス文庫、1997年)以下同】


 細分化された学問領域は触覚さながらに敏感で細い。宗教の総合知と比較するべくもない。


 最も衝撃を受けたのは三枝が示した仏教的時間観である。私は仏法者(仏教徒ではない)を名乗りながら、これを知らなかった。


岸田●時間観念というのは大ざっぱに、ヘレニズムのぐるぐる回る円環的な時間と、ヘブライズムの直線的時間との一応、二つの見方があるとしてみて、仏教だと、時間というのは、どのように考えられているんですか?


三枝●仏教で言う時間は、ごく簡略化して一言で言うとなると、時間的な有限とか無限という問題にかかわるものと、それから、いま、われわれが暮らしている現実のこの時間という問題の二つがあると思うんです。

 一般的な時間概念としての“有限”とか“無限”とかいう問題については、仏教の最初からそれがあって、お釈迦さんに、ずいぶんいろいろな人が質問しています。ことに有名なのは、マールンクヤプッタという優秀な青年が、世界は時間的に“有限”か“無限”かという質問をしてお釈迦さんに迫る。それに対してお釈迦さんは返事をしない。そこで、いわゆる「無記」という述語が作られます。ですから、一般的には時間が有限とか無限とかいうことについて公式的な発言をすれば、無記だから返事をしない、ただ沈黙。そこでは、なんの進展も無い。まず、そういう点が一つありますね。もっとも、お釈迦さんは、そういう問い自体が現実を離れて行き、形而上学化して、実践・修行には、なんのプラスにもならないことを、マールンクヤプッタにていねいに教えて、現実に立ち戻らせています。それでは、仏教は時間論を展開しないのかというと、それどころではなく、時間ということでは仏教では絶えず重要なテーマであり、それを論ずるのに、あれこれ、いろいろな議論があります。その一つに「無始無終」というのがある。“始めが無ければ終りも無い”という、そういう説明がまずあります。


岸田●始めが無くて終りが無い時間というのは、「無限の直線」というようなイメージなんでしょうかね。


三枝●直線としての時間というのは、要するに時間を空間化すると言うことでしょう。それはある意味で計算することですね。そういう意味で時間を考える考え方も、もちろん、仏教にもあります。


岸田●ヘブライズムは無始無終じゃない、まあ創造主が時間を造ったわけで、そのうち“終末”で時間が終っちゃうわけですね。だから起点と終点があって、その間が直線的だという感じなんですけども、仏教においては、それが無始無終であるというわけですか。


三枝●ええ、そういう意味でのエスカトロジー(終末論)は仏教には無い。

 私の認識は広井と同じものだった。直線(キリスト教)と円環(仏教)の違い。確か竹内敏晴はこれを敷衍(ふえん)してオペラと浪曲の違いを指摘していたはずだ。天を目指す尖塔(キリスト教)と、横に広がる屋根(仏教)という話もあったように記憶している。


 尚、無記については以下を参照されよ──

岸田●計算できるほうが“俗なる時間”であって、“聖なる時間”というのが内在しているわけですか。


三枝●そうですね。あえて聖と俗と言わなくてもと思うけど。すべての人にそれぞれ現在があって、その現在においてのみ、その人の時があり、それが現在であるという。しかも、そこではいつでも現在が中心になっています。ですから、仏教では現在・過去と並称するときには決して「将来」ということばは使わない。「未来」ということばを使う。


岸田●未(いま)だ来らずですか。


三枝●未だ来らずという言い方ですね、すべて現在から見ているわけですから。エスカトロジー(終末論)の立場で言うと、向こうのほうに何かがあって、その向こうの終末のほうがこちらに向かって来るので、それは“まさに来らんとす”と言うことであり、“将来”となる。けれども仏教のほうではあくまで現在が中心だから、現在から見るといつでも未来なんです。


 読んだ瞬間に私の脳内では「!」がずらりと並んだ。これだよ、これ! 私の中で疑問の形にすらなっていなかったモヤモヤが吹き飛んだ。快晴(笑)。


 生命は一生という時間に制約を受けている以上、その量と質が問題になるのは自明だ。しかしながら量と質との関係性について思考が及ぶことは、まずない。更に時間というテーマは物理学や量子力学においても重要な位置を占めている。アインシュタイン相対性理論は、時間と空間が別物ではない事実を示したものだ。


 将来と未来の違いは、仏教がどこまでも現在性に注目し、今ここで流れ通う生に焦点を当てていることがわかる。


岸田●では、過去は存在しているわけですか、現在の中に。


三枝●過去は業として、現在に、前にお話した種子(しゅうじ)を残している。過去という時間そのものは落謝(らくしゃ)している。つまり、落っこちて消えちゃっている。


岸田●しかし、その種が現在に残っている。


三枝●ええ。たとえば、前にも言ったように、ある人がいま人を殺したとします。そうすると、殺人という行為そのものは“過去”にすでに消え去ってしまったけど、“現在”には死体が残っている、どうしても。その死体が、現在のその人を縛るわけです、彼は(句読点ママ)。死体をなんとかしなければいけない。


岸田●殺人者がいちばん困るのは死体の処理ですからね。


三枝●こんどは、死体の処理を現在どうするかというかたちで、その行為者の行為を縛っていきます、未来に向かって。


岸田●過去の時間が再びめぐって来るというような思想は無いわけですか。


三枝●過去の時間はもう落謝していますから、時間そのものは絶対に回帰しません。


岸田●円環的時間でもないわけですね。


三枝●そういう意味では円環ではない。


岸田●時間が巡るという思想では、回帰するわけですね。


三枝●巡ると言っても、“同じところへ戻ってくる回帰”と、“螺旋型の回帰”とがある。ぼくは、仏教のはどちらかというと螺旋のほうだと思うんです。だからAから戻ってきてA'になった。そのA'はAと次元が違うと考えています。そういうふうに、はっきりとテクストに書いてあるわけではないけれど、われわれの見方で解釈すれば、どうしてもそういうふうになる。


 これについては苫米地英人がわかりやすい解釈をしている──


 私がよく説明するのは、空に向かってツバを吐くと自分の顔に戻ってきますが、まさに因果応報です。業(カルマ)を受けたわけです。今度はツバをもの凄い速度で吐き出して、200年ぐらいして戻ってきたとします。そのツバを顔に受けた人があなたの生まれ変わりということです。あなたはすでに寿命で死んでいますから、ツバを受けた人は別な人です。でもあなたの業を受けたのだからあなたの生まれ変わりです。これが釈迦の論理による生まれ変わりです。つまり、アートマンが永続するから輪廻転生するのではなく、縁起の因果は継続するので、その縁起の対象が生まれ変わりと呼べますよという哲学です。もちろん、誰かが過去にツバを吐いたので、そのツバを顔に受けるためにあなたが生まれてきたのであるという論理でもあります。縁起による業の継続性による生まれ変わり説です。固有なアートマンが継続するからではないという説明です。


【『スピリチュアリズム苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(にんげん出版、2007年)】


 過去世という因果の物語でもって社会の差別を正当化しようとしたのが、古代インドに始まるカースト制度であった。輪廻(りんね)という言葉自体、不幸な人生を繰り返すことを意味しており、そこから離れることをブッダは説いた。仏の別名の一つに「善逝」(ぜんぜい)とあるが、「善く逝く」とは「再び生まれ変わってこない」ことを示したものだ。


 おわかりになっただろうか? ブッダは将来を否定し、死後の生命も否定しているのだ。否定の連続技。


「歴史は繰り返す」のが真実であるとすれば、人類はいつまで経っても同じ大きさの螺旋(らせん)階段を昇ってゆくのだろう。しかし歴史を変えることが可能であるならば、螺旋は豊かな平和と共に広がってゆくに違いない。ブッダが登場した意味もここにある。

仏教と精神分析 (レグルス文庫)

アメリカとロシアとインドは大きく連携し、チャイナやイスラム原理主義と対峙してゆく


 先ず第一に、外交だが、アメリカはロシアとインドと連携して、チャイナと対立する方向に大きく外交路線を転換した。(中略)


 二つの点が重要である。第一は、ミサイル防衛に関して基本的な協力が合意された。第二に、アフガニスタンにおける戦争に関して、NATOが必要な物資をロシア・中央アジアルートで輸送することができるようになった。


 つまりロシアが、NATOのアフガン戦争に兵站面で協力することになったのである。NATO軍がアフガン戦争を終了して撤退する場合も、この「ロシア・中央アジアルート」を利用できる事が決定した。従来の主要兵站ルートはパキスタン経由であり、ロシアであったが、ロシア・中央アジアルートを使えば、輸送経費はパキスタンルートの3分の1しかかからない。


 いずれにしろ、これらの決定の背後にあるのは、アメリカとロシアが大きく戦略的な和解と協力の方向に動いたという事実である。総体として見るならば、アメリカとロシアとインドは、大きく連携し、チャイナやイスラム原理主義と対峙してゆく事になる。つまり非常に大きな世界のパワー・ストラクチャーの転換が2010年11月に起きたのである。


藤井厳喜

『身体化された心 仏教思想からのエナクティブ・アプローチ』フランシスコ・ヴァレラ、エレノア・ロッシュ、エヴァン・トンプソン/田中靖夫訳(工作舎、2001年)


身体化された心―仏教思想からのエナクティブ・アプローチ


 世界は、われわれから独立して存在するのか? 認知は、記号的表象の計算にすぎないのか? 東洋仏教思想の伝統である「三昧/覚瞑想」を手法とし、従来の認知科学の前提に根本的な疑問を投げかけ、認知を「身体としてある行為」と見るエナクティブ(行動化)・アプローチへと至る。「オートポイエーシス」理論で名をはせたヴァレラ自らが「最も重要な著書」と語る新たな世界認識への道を開く知的興奮の書。

『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』レイ・カーツワイル/井上健、小野木明恵、野中香方子、福田実訳(NHK出版、2007年)


ポスト・ヒューマン誕生―コンピュータが人類の知性を超えるとき


 2045年……コンピュータの計算能力が全人類の知能を超えた瞬間、「特異点」を迎えた人間文明は指数級数的な進化の過程に入る。人間の脳はリバースエンジニアリングによる解析が終了し、生物としての人間を超える強いAIが誕生する。遺伝子工学ナノテクノロジー、ロボット工学の進化により、人体は拡張され、ナノボットが体内を駆けめぐり、われわれは不死の体=身体ver.2.0を手に入れる……。映画『マトリックス』を超える驚愕の未来予測。Amazon.com 2005年ベスト・サイエンスブックにしてNHK『未来への提言』でも紹介された全米で話題沸騰のベストセラー『The Singularity is Near』(原題)ついに邦訳版刊行!

民主主義とは個人の無知を集団の知恵に集計する哀れな信仰である


 あるいはメンケンが「民主主義とは個人の無知を集団の知恵に集計する哀れな信仰である」と表現したように、(以下略)


【『選挙の経済学 投票者はなぜ愚策を選ぶのか』ブライアン・カプラン/長峯純一、奥井克美監訳(日経BP社、2009年)】

選挙の経済学 投票者はなぜ愚策を選ぶのか

お台場をメジャーなスポットにしようとするフジテレビの策動


 とにかく、お台場をメジャーなスポットにせんとするフジテレビの策動を見ていると、単なる、そろばんずくの商魂とは別の、さらにいやらしい何か――すなわち東京を舞台としたモノポリーゲームに熱中する生臭い野望が感じられるわけで、私のような場末の人間には、それがうっとうしくてならない。町名(というよりは路線価格そのもの)をトロフィー(←勝ち組の証し)としか考えない東京人(あえて言えば上京人)の思い上がり。東京双六の「上がり」を目指す田舎弥次喜多珍道中。そんなお台場格上げ計画のためにベッカムの貴族性(←もちろんメディアの捏造だが)が利用されているのだとしたら、こんなに悲しいことはない。


【『テレビ標本箱』小田嶋隆中公新書ラクレ、2006年)】

テレビ標本箱 (中公新書ラクレ (231))

林竹二が生まれた日


 今日は林竹二が生まれた日(1906年)。栃木県出身。明治39年12月21日生まれ。母校東北大の教授をへて宮城教育大学長となる。ユニークな入試改革などを試みる学長在任中から全国の小・中学校をたずねて公開授業を行った。田中正造の研究家としても知られる。

授業 人間について (現代教育101選) 教育の根底にあるもの 決定版 からだ=魂のドラマ―「生きる力」がめざめるために


いま授業を変えなければ、子どもは救われない

2010-12-20

『アートとしての教育 クリシュナムルティ書簡集』J・クリシュナムルティ/小林真行訳(コスモス・ライブラリー、2010年)


アートとしての教育―クリシュナムルティ書簡集


断片的な知識に偏らない、新しい教育のかたちとは?

 本書は、教育に携わる人々に宛てて書かれたクリシュナムルティの72通の書簡をまとめたものである。学びと気づき、条件づけからの解放、関係性と責任、自由と英知など、幅広いトピックに光をあてながらホリスティックな教育のあり方を提示している。こどもたちの未来に関心を寄せる全ての人たちに贈る、英知の教育論。

フレデリック・ルノワール


 1冊読了。


 140冊目『仏教と西洋の出会い』フレデリック・ルノワール/今枝由郎〈いまえだ・よしろう〉、富樫櫻子〈とがし・ようこ〉訳(トランスビュー、2010年)/一昨日読了。学術書とは思えないほど読みやすく、訳文も素晴らしい。仏教が西洋に伝わった歴史を鳥瞰しながら、仏教によって西洋史を炙(あぶ)り出している。びっくりしたのだが神智学協会に関する数章の記述がある。クリシュナムルティに関してはわずか。神智学は仏教を神秘化したデタラメな教義をかざしてはいたものの、東洋と西洋の融合には大きな貢献をしたという。小乗とカトリック、大乗とプロテスタントの親和性という指摘も目から鱗(うろこ)が落ちる思いがする。チベット仏教に傾きすぎているが、真摯な労作業は未来を照らす光となっている。中級者以上は必読。

『歴史人口学で見た日本』 速水融(文春新書、2001年)


歴史人口学で見た日本 (文春新書)


 コンピューターを駆使してこれまで打ち捨てられてきた「宗門改帳」などの人口史料を分析し、人口の観点から歴史を見直そうとするのが歴史人口学。その第一人者である著者の精緻な研究から、近世庶民の家族の姿・暮しぶりがくっきり浮かび上がってきた。例えば、江戸時代の美濃のある村では結婚数年での離婚が多く、出稼ぎから戻らない人も結構いた、17世紀の諏訪では核家族が増えて人口爆発が起こった、などなど。知られざる刮目の近世像である。

『人口学への招待 少子・高齢化はどこまで解明されたか』 河野稠果(中公新書、2007年)


人口学への招待―少子・高齢化はどこまで解明されたか (中公新書)


 2005年から始まった日本の人口減少。100年後には半減と予測されている。北・西ヨーロッパに端を発し、いまや世界人口の半分を覆った少子化は、なぜ進むのか──。急激な人口減少が社会問題化するなか、急速に脚光を浴びる人口学だが、戦前の国策に与したと見られ、近年まで疎んじられてきた。本書は、人口学の入門書として、人口の基礎的な考え方、理論、研究の最前線、少子化のメカニズムなどを平易に解説する。

権力と快楽との永遠の戦い


 権力をもっている者たちにとって、性は大きな支柱であってきた。だから、カトリックの聖職者たちは単純に性を否定してこと足れりとしてきたわけではなかった。人々に性の違反を認めさせる必要があったのだ。女性たちが聖母の子孫であると期待しながら、しかしやっぱりイブの末裔なのだと本音では考えている13世紀のカトリックの聖職者たちは、義務としての告解の儀式を設けた。当初、義務としてはささやかなこの儀式はかなり簡素なものであった。性の領域では、告解はさほど多くなかったからだ。性的行為はそれだけで罪悪とされ、告解して清められるべき行為だとされた。権力と快楽との永遠の戦いにおいて、権力が最終的に不動の指揮権を取ったかに見えた。だが、教会に対する愛崇拝の反抗を述べたところで見てきたように、快楽は抑圧されると、2倍になった力ではじける傾向をもつ。だから、告解の制度は、性衝動を抑えるものであったはずが、かえってそれを煽る結果にしかならなかった。ミシェル・フーコーは『性の歴史』において、告解は、お祭り騒ぎで露出しようとする貪欲な性衝動を焚きつけるばかりだったと論じている。それというのも、まさに告解という行為そのものが、口頭で性衝動を露出させることであり、性衝動を微細に語ることであるからだ。それまで絶対的に堅固であり独立して不変で、語ってはならぬ悪であった性。その性が突如、厳しく自分自身を検証し、細かな分析に自分をゆだねることになった。それまで、性行為という罪だけが存在していた。今、罪人たちが微妙ながらありうる堕落した事柄を細部にわたって告白し始めた。そのときの体位を、相手を、夢想したことを、執着心を告白するのだ。かつては罪人だけが存在したのだが、今は、ポン引き、姦夫、情婦、売春婦、同性愛者、獣姦者などなど、なんでもござれになった。性衝動という一枚岩が切り刻まれ、ひとつのものでありながら種々様々な形を取る悪徳にされた。性行為が罪であるだけにとどまらず、突如、性的欲望も性的妄想も罪であることになった。罪の領域全体が一夜にして千倍も拡大されたのであった。

 尋問し、詮索し、探索し、あら捜しをし、検査するあの権力に抗って、昂然と言い抜けをし、逃げ口上を言い、違反するという快楽が生まれてきた。性の抑圧運動に違反する最も喜ばしい形式のひとつが、告解の儀式を利用して、聴罪司祭の前で自分が選び取った罪をひけらかし、丸裸にし、しゃべりちらすということであった。西洋社会はこうして告解趣味を育てた。告解は聴罪司祭の権力欲を満足させるとともに、告白者の反抗と浄罪の願いを満たした。西洋人が教会で告解するだけでなく、宗教改革とともに、告解は告解聴聞席の儀式に限定されるものでなくなった。裁判官、医者、教師、親、恋人の前で告解するようになったのである。西洋社会は告解する社会になった。宗教上の罪、犯罪、苦痛、快楽、面倒事、そして道徳的罪をもった者たちが告解するのだ。そして、西洋社会のほぼ全部の領域――家族、教育、宗教、医療、文学、心理学、哲学――がそんな告解をしぼり出して、性衝動の領分を無限なほどに広げた。悪業の語りは告解聴聞席で記録されるだけでなく、審問、診察、カウンセリング、学説展開、文学の普及にゆだねられることにもなった。告解の要素をなくした『ロリータ』など考えられるはずもないだろう。


【『エロスと精気(エネルギー) 性愛術指南』ジェイムズ・M・パウエル/浅野敏夫訳(法政大学出版局、1994年)】

エロスと精気(エネルギー)―性愛術指南

死の恐怖


 おまえが恐れているのは、死後に起こるはずもないことばかりだ。


【『蝿の苦しみ 断想』エリアス・カネッティ/青木隆嘉〈あおき・たかよし〉訳(法政大学出版局、1993年)】

蝿の苦しみ 断想

丸形蛍光灯 32形+40形


 昨夜注文して、今日の午前9時半に届いたよ。amazonのスピード恐るべし。色は三色あって、私が買ったのはナチュラル色。


Panasonic パルック蛍光灯 32形+40形 丸形・スタータ形(2本入) ナチュラル色  FCL3240ENWX2K Panasonic パルック蛍光灯 32形+40形 丸形・スタータ形(2本入) 電球色  FCL3240ELX2K Panasonic パルック蛍光灯 32形+40形 丸形・スタータ形(2本入) クール色  FCL3240ECWX2K

朝河貫一が生まれた日


 今日は朝河貫一が生まれた日(1873年)。歴史学者、平和提唱者として知られる。中学生の時、毎日、英英辞典を2ページずつ暗記しては食べるか破り捨て、残ったカバーを校庭の隅の若桜の根元に埋めたというエピソードを残し、後にこれを“朝河ざくら”と呼ぶようになった。日本人初のイェール大学教授。(※形影生氏からの指摘で英和辞典を英英辞典に訂正)

日本の禍機 (講談社学術文庫) 最後の「日本人」―朝河貫一の生涯 (岩波現代文庫) 日露戦争 もう一つの戦い―アメリカ世論を動かした五人の英語名人 (祥伝社新書)

2010-12-19

エディット・ピアフが生まれた日


 今日はエディット・ピアフが生まれた日(1915年)。彼女の代表曲「ばら色の人生」は第二次世界大戦のドイツ占領下に書かれた。この時期彼女は大変な成功を収め、大きな人気を得る。ワン・ツークラブでドイツ軍高官のために歌を歌うことでピアフはフランス兵捕虜との写真をとる権利を得る。それは表面的には士気を高めるためのものとして行われたが、捕虜達は彼女と共に撮った写真から自らの写った部分を切り取って、脱走計画に使用する偽造文書に貼り付けた。今日、ピアフのレジスタンス運動への貢献はよく知られており、多くの人々が彼女によって救われた。47歳で死去。彼女のライフスタイルゆえに、カトリック教会のパリ大司教は葬儀におけるミサの執行を許さなかったが、葬儀には無数の死を悼む人々が路上に現れ葬列を見送り、パリ中の商店が弔意を表して休業し喪に服した。墓地での葬儀は4万人以上のファンで混雑した。シャルル・アズナブールは第二次世界大戦後、パリの交通が完全にストップしたのはピアフの葬儀の時だけだったと述懐している。



エディット・ピアフ わが愛の讃歌―エディット・ピアフ自伝

2010-12-18

『本当の戦争の話をしよう』ティム・オブライエン/村上春樹訳(文春文庫、1998年)


本当の戦争の話をしよう (文春文庫)


「彼らはいつ死ぬかもしれぬ男たちが背負うべき感情的な重荷を抱えて歩いていた。悲しみ、恐怖、愛、憧れ、それらは漠として実体のないものだった。しかしそういう触知しがたいものはそれ事態の質量と比重を有していた。それらは触知できる重荷を持っていた。彼らは恥に満ちた記憶を抱えて歩いていた。彼らは辛うじて制御された臆病さの秘密を共有していた。(中略)人々は殺し、そして殺された。そうしないことにはきまりが悪かったからだ」。(村上春樹訳)


 1999年、ピューリッツァー賞、米国書評家協会賞という二つの賞の最終審査に残った『本当の戦争の話をしよう』は、ティム・オブライエンが同じくベトナム戦争について書いた以前の作品── 回想録『僕が戦場で死んだら』や小説『カチアートを追跡して』―― とは微妙だが決定的な違いがある。これは回想録でも長編小説でも短編小説集でもなく、これら三つの形式を巧みに組み合せた、幻覚を誘発する効果さえありそうな不思議な作品である。

視覚的錯誤は見直すことでは解消されない

 セントルイス市にあるアーチ型の門は、視覚的錯誤を引き起こす世界一大きなもののひとつである。このアーチは、幅と高さがが等しいにもかかわらず、高さの方が長いように見える。重要なことは、幅と高さが等しいことを告げられてもなお、両者が等しいようには見えないということである。このように、錯誤は、単に注意して見直すだけでは解消しない。きちんと測ってみないかぎり、両者が等しいことはわからないのである。


【『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ/守一雄、守秀子訳(新曜社、1993年)】

人間この信じやすきもの―迷信・誤信はどうして生まれるか (認知科学選書)

パレスチナ人には検死すら認められない


 イスラエルの警官らが人種差別的な侮辱の言葉をアラビア語で言うのを聞いたムハンマドは、遮蔽物の陰から飛び出し、抗議しようとした。その瞬間、弾丸の雨に見舞われ、その場で亡くなった。遺体が病院に運ばれたあと、家族は息子の死の理由を明らかにするために検死を望んだが、イスラエルの所轄警察は家族に遺体を持って帰るよう命じ、検死は一切認めず、死亡原因を書いた死亡証明書を発行するのも拒んだ。(ムハンマド・ジャバーリーン、24歳)


【『シャヒード、100の命 パレスチナで生きて死ぬこと』アーディラ・ラーイディ/イザベル・デ・ラ・クルーズ写真/岡真理、岸田直子、中野真紀子訳(「シャヒード、100の命」展実行委員会、2003年)】

シャヒード、100の命―パレスチナで生きて死ぬこと

サキが生まれた日


 今日はサキが生まれた日(1870年)。ミャンマー生まれのスコットランドの小説家。ブラックユーモアと風刺の効いた短編小説を得意とし、欧米ではO・ヘンリーと並ぶ短編の名手とされる。両者とも掌編にて理不尽を描き出す巧者として今も並び賞されている。

サキ短編集 (新潮文庫) サキ傑作集 (岩波文庫 赤 261-1)

2010-12-17

『チベットの生と死の書』ソギャル・リンポチェ/大迫正弘、三浦順子訳(講談社+α文庫、2010年)


チベットの生と死の書 (講談社プラスアルファ文庫)


 チベット仏教の師ソギャル・リンポチェが、チベット古来の智慧と、現代の宇宙の本質に関する研究成果を元に「生」とは何か、「死」とは何かを、宗教、国籍を問わず、すべての人が受け入れられるよう解説していく。死にゆく近親者を助けるために、自身の死の恐怖から逃れるために、人はどうすればよいか。その方法を、実践可能な形で提案し、死に対するネガティブなイメージを変えていく。死に怯える現代人の魂を救済し、死に新たな意味を見出す書。

ファシズム全体主義の本質


 かなり前のことだが、私はこの耳で、ナチスのある有名なアジテーター(扇動者)が熱狂した農民を前に、「われわれは、パンの値下げも、値上げも、固定化も要求していない。われわれは、ナチズムによるパンの価格を要求する」と演説するのを聞いたことがある。この言葉ほど、ファシズム全体主義の本質を的確に表現したものはない。


【『ドラッカー名著集 9 「経済人」の終わり』P・F・ドラッカー/上田惇生〈うえだ・あつお〉訳(ダイヤモンド社、2007年/岩根忠訳、東洋経済新報社、1958年)】

ドラッカー名著集9 「経済人」の終わり

社会心理学における最初の実験


 社会心理学の起源は古いが、実験科学としての社会心理学の歴史は新しく、たかだか100年程度のものに過ぎない。社会心理学における最初の実験は、ノーマン・トレプレットという心理学者によってなさたとされて、その論文は、1897年の『アメリカン・ジャーナル・オブ・サイコロジー』に掲載されている。トリプレットは、人が釣り竿のリールを回すという作業をするときには、一人でするよりも、他の人と競争するときの方がもっと早いということを実験によって示して見せた。


【『服従実験とは何だったのか スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産』トーマス・ブラス/野島久男、藍澤美紀訳(誠信書房、2008年)】

服従実験とは何だったのか―スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産

シモン・ボリバルが大コロンビアの初代大統領に就任した日


 今日はシモン・ボリバルが大コロンビアの初代大統領に就任した日(1819年)。南米大陸のアンデス5ヵ国をスペインから独立に導き、統一したコロンビア共和国を打ちたてようとした革命家、軍人、政治家、思想家である。ラテンアメリカでは「解放者」と呼ばれている。1930年の同じ日に逝去した。


シモン・ボリーバル―ラテンアメリカ解放者の人と思想 シモン・ボリーバル―ラテンアメリカ独立の父 革命家100の言葉

2010-12-16

『絶対製造工場』カレル・チャペック/飯島周訳(平凡社ライブラリー、2010年)


絶対製造工場 (平凡社ライブラリー)


 一人の男がひょんなことから、わずかな燃料で膨大なエネルギーを放出する画期的な器械「カルブラートル」を発明した。だがこの器械はエネルギーだけでなく、あらゆる物質に封印された「絶対=神」をも解放してしまう恐ろしい器械だった。やがて目に見えない絶対が世界中に溢れ、人々を未曾有の混乱に陥れる──『ロボット』『山椒魚戦争』の作者による傑作SF長編。兄ヨゼフによる挿絵付。


ロボット (岩波文庫) 山椒魚戦争 (岩波文庫)

パレスチナ人消防士に入国拒否 消火の恩人をイスラエル


 イスラエル北部で40人以上が死亡した森林火災で、消火活動の支援に駆け付けたとしてイスラエルで表彰予定だったヨルダン川西岸のパレスチナ人消防士約10人のうち3人が14日、検問所でイスラエル入国を拒否され、表彰式が中止となった。AP通信などが伝えた。


 消火支援の際は入国を認めながら、その後は“恩人”を門前払いにした形。西岸からの入国手続きを管理するイスラエル軍は手続き上の誤りだと釈明。パレスチナ消防当局の幹部は、明確な理由なしでの入国拒否は日常茶飯事だと指摘した。


 2日に発生した火災は同国史上最大とされ、43人が死亡。ネタニヤフ首相は各国に消火活動の支援を要請、十数カ国が要請に応じ、パレスチナ自治政府も消防士約20人を派遣した。


47NEWS 2010-12-15

『ホーキング、宇宙と人間を語る』スティーヴン・ホーキング、レナード・ムロディナウ/佐藤勝彦訳(エクスナレッジ、2010年)


ホーキング、宇宙と人間を語る


キリスト教徒の労働観


 ローマ法王が英国を訪問する直前の9月初旬、世界的宇宙物理学者ホーキング博士の新著の内容が英国の新聞に大きく取り上げられた。いわく、宇宙の創造に神は必要でなかった。旧約聖書の創世記において神は6日間で宇宙と人間を創造したことになっているが、ホーキング博士の新著は、これを否定した。


 5世紀ぶりのローマ法王の英国公式訪問直前に報道された「無神論」に対して、宗教界、学界からさまざまな意見が寄せられた。プロテスタント保守派の多い米国では、神が人間を造ったとするキリスト教の教義に反する進化論を公立学校で教えることが合憲か否かで20世紀後半まで争われ、結局合憲という判決が出たが、さすがに今回の英国での論争では一方的に保守的な意見は見られなかった。


 キリスト教でも、特にプロテスタントの教えには職業は神が与えたものであるという「天職」の概念がある。マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」には、この天職の概念が近代資本主義の形成に大いに貢献したことが書かれている。だが、プロテスタントの多い米国で2008年のリーマン・ショックが起きたことは、現代キリスト教徒の職業倫理の低下を象徴している。


 欧州でも、カトリックと社会主義が組み合わさった国では労働者の勤労意欲の低下が顕著であり、経済の非効率が目立つ。若者はアジア文化に興味を示し、西洋文明離れの兆候も感じられる。近代工業化社会の基になる物理学や化学を生み出した欧州の底力はまだまだ侮れないが、新興国との成長格差が目立つ最近の状況を見ると、プロテスタントの指導者よ頑張れ、と言いたくなる。(皓)


(※「経済気象台」は、第一線で活躍している経済人、学者など社外筆者の執筆によるものです)


asahi.com 2010-12-15

村上陽一郎、南淵明宏、谷口義明


 1冊挫折、2冊読了。


 挫折82『現代科学論の名著』村上陽一郎編(中公新書、1989年)/「編集にあたって」という前書きで挫ける。何言ってんだか全然わからず。


 138冊目『心臓は語る』南淵明宏〈なぶち・あきひろ〉(PHP新書、2003年)/好著。それもそのはず著者は『ブラックジャックによろしく』の北三郎のモデルになっている人物。現役の心臓外科医だ。わかりやすい文章でありながら、内容が軽くなっていないところがミソ。心臓って凄いよ。一読すれば心臓を見る目が変わる(見えないけどさ)。医療機関の現実にも触れていてバランスがとれている。実は「心臓から送り出された血液は13秒で体内を一周する」ということだけを確認する目的で読んだのだが、開けてびっくり玉手箱だった。


 139冊目『暗黒宇宙の謎 宇宙をあやつる暗黒の正体とは』谷口義明(講談社ブルーバックス、2005年)/「いやあ新書って本当に面白いですね」と水野春郎なら言うところだ。先に挙げた本も同様。後半はやや難しいが、文章がいいのでどんどん読める。暗黒とはブラックホール、ダークマター、ダークエネルギーのこと。プロローグとエピローグがまた上手いんだ。神と僕(しもべ)とのやり取り。目に映る物質の量は宇宙全体の質量の4%に過ぎない。宇宙はスカスカの空間だらけだ、と思いきや、実は23%がダークマターで、73%をダークエネルギーが占めていることが明らかになりつつある。これが昂奮せずにいられようか! 近年見直されている宇宙項(宇宙定数)についても丁寧な解説がある。宇宙を見る目が変わる。同じ締めくくり方をして気づいたが、本物の知識や思想って「見る目」を変えるものなんだよね。

セックスによる快楽は姦淫に等しい


 女の魔力の源泉であるセックスに対する憎悪は、いびつの権化といっても過言ではない。「カトリック的結婚制度」を生んだ。セックスは子孫を残すためにのみ許されるのであり、セックスによって快楽を得たら、それは「姦淫(かんいん)に等しい」というのが、教会の公式見解であった(『規範集成』11世紀)。


【『性愛術の本 房中術と秘密のヨーガ』(学研ブックス・エストリカ、2006年)】

性愛術の本―房中術と秘密のヨーガ (NEW SIGHT MOOK―Books Esoterica)

概念の世界は互いに包摂/外延の関係にある


 ですから、概念の世界は互いに包摂/外延の関係にある、ということになります。そして、包摂する方、つまり高い方が、情報量が少ないということになります。


【『心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション』苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(PHP研究所、2007年/PHP文庫、2009年)】

心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション 心の操縦術 (PHP文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

フィリップ・K・ディックが生まれた日


 今日はフィリップ・K・ディックが生まれた日(1928年)。後期の作品では形而上学神学への個人的興味を反映したテーマに集中している。「作品の中で私は宇宙を疑いさえする。私はそれが本物かどうかを強く疑い、我々全てが本物かどうかを強く疑う」。自らを“小説化する哲学者”と称していた。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229)) 流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF) ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314) 最後から二番目の真実 (創元SF文庫)

ベートーヴェンが生まれた日


 今日はベートーヴェンが生まれた日(1770年)。16歳でモーツァルトに弟子入りを認められるも母が病没したためかなわず。仕事を掛け持ちしながら父と弟の面倒をみた。その後ハイドンに師事しピアニストとして名声を博す。26代で難聴となり40代で聴覚を失う。苦悩から歓喜へを体現した人物。




ベートーヴェンの生涯 (岩波文庫) ベートーヴェンの生涯 (平凡社新書) ベートーヴェンの交響曲 (講談社現代新書) 秘密諜報員ベートーヴェン (新潮新書)

2010-12-15

『パリジェンヌのラサ旅行』A・ダヴィッド=ネール/中谷真理訳(東洋文庫、1999年)


パリジェンヌのラサ旅行〈1〉 (東洋文庫) パリジェンヌのラサ旅行 (2) (東洋文庫 (656))


「神秘の国」の文化に心ひかれ、美しいチベット高原に魅了されたパリジェンヌが貧しい托鉢の巡礼者に扮し、たった二人で鎖国下のチベットに潜入した。心躍る冒険物語。全2巻完結。

皓星社社長・藤巻修一への抗議


 皓星社社長・藤巻修一は多重ハンドル野郎で差別主義者のようだ。引用はいずれも谷地修三氏のサイトより──


 皓星社社長・藤巻修一が社員・能登恵美子と共謀して開設したインターネットの掲示板http://www.annex-net.jp/cgi-bin/libro/light/light.cgi では、


(1)私の名前(谷内修三)をつかった発言が無断でおこなわれている。他に、私の名前に類似した名前(谷内修一、谷内修二)での発言もおこなわれている。

(2)私の詩や映画の批評が無断でコピー&ペーストが頻繁におこなわれている。

(3)谷内夫婦は「性感染症の夫婦」であるという侮蔑発言が繰り返しおこなわれている。


 藤巻修一が書き込んでいるいくつかのサイトでハンセン病文学全集が話題になった。そのとき藤巻修一は


(1)ハンセン病文学全集はハンセン病を売り物にしている。

(2)ハンセン病文学全集はハンセン病という自己の病気にとらわれており、大我の境地に達していないから時代を超えることはない。


 という意見を「傾聴に値する」と評価している。


(3)ハンセン病文学全集は皓星社が発掘してきたものを有名編集者(大岡信加賀乙彦ら)の名前を借りて文学にでっちあげたもの。


 という意見にも何の反論もしていない。その一方で、藤巻修一自身は


 ハンセン病文学全集の印税は切手一枚くらいにしかならない


 という差別的なことばを書き込んでいる。ハンセン病文学全集に作品を提供している筆者を侮辱している。

相対化がハードボイルド文体の余韻を深める/『前夜』リー・チャイルド


 内野手の間を抜けてゆく鮮やかなツーベースヒット。そんな印象だ。文章がいい。読み終えた瞬間、本のボリュームに驚く。それほどスイスイ読める。展開がやや冗長ではあるが、時折、警句の余韻を響かせる引き締まった文章が現れるので、あまり気にならない。


 ジャック・リーチャー・シリーズは既に10冊以上出ている模様。本書は番外篇のようだ。軍人モノで、上層部の陰謀を暴くといった内容。ベルリンの壁が崩壊した頃が背景となっており、軍隊の構造が変化を余儀なくさせられる様相がよくわかる。


 死に至る心臓発作とはどんなものなのか、だれも知らない。生きのびて教えてくれる者などいないからだ。


【『前夜』リー・チャイルド/小林宏明訳(講談社文庫、2009年)以下同】


 物語全体が生と死のモノトーンに包まれている。転属したばかりのリーチャーが、ある将軍の死を知らされる。事件性はないと伝えられていたが、明らかに不審な点があった。リーチャーは一人で密かに捜査を続けた。将軍の家を訪ねたところ、そこには夫人の遺体があった。


 明らかに証拠が少なすぎた。将軍は会議に向かっていたにもかかわらず、書類一つ持参していなかった。


「会議にはいつだって議題がある。そしてその議題はいつだって書類にしたためられる。なんにでも書類はつきものなんだ。軍用犬(K-9)のドッグフードをべつのものに替えたいときだって、47回会議をやって、47枚の書類が作成される」


 上手い。上層部の官僚主義を巧みに表現している。ニヤリとさせられるところにハードボイルドの真骨頂がある。


「感謝するよ」わたしは言った。「わたしの側についてくれて」

「わたしが少佐の側についたんじゃありません。少佐がわたしの側についたんです」


 新しい上司が捜査を妨害する。そしてリーチャーを手助けしたのがスピード狂の黒人女性兵士だった。ま、軍人だからハチャメチャなキャラクター設定は難しかったことだろう。会話を反転することで相対化を図っている。こういったところがハードボイルド文体と絶妙にマッチしているのだ。もちろん生と死も相対化されている。


 人間の体には全部で210本以上の骨があるが、ピクルズというこの男の骨はほとんど折れているようだった。彼ひとりでこの病院の放射線科の予算をそうとう使っていた。


 これまた同様で、怪我と治療費を相対化することで事実を突き放している。ハードボイルドとはリアリズムを追求する文体のことであって、タフな生きざまを意味する言葉ではないのだ。リーチャーは怪我人を脅して情報を吐かせる。


「わたしはGRUで5年も訓練を受けた。人の殺し方はわかっている。殺さないやり方も」


 GRU(グルー)とはロシア連邦軍参謀本部情報総局のこと。アメリカのCIAに該当する組織だ。旧ソ連時代から存続している。つまり血も涙もないってことだわな。ミステリの台詞ではあるが、ブッダの初期経典のような味わいがある。


 コントロールされた意志から繰り出される計算済みの暴力。ここに軍隊の本質が浮かんでくる。


 組織と政治という骨太のテーマを描いて秀逸。リーチャーと母親のやり取りも哲学的示唆に富んでいる。

前夜(上) (講談社文庫) 前夜(下) (講談社文庫)

子供に月数万円の高額請求…携帯ゲームサイト、果たして健全と言えるのか


 CMでは無料だと言っているのに、高額の情報料や利用料を請求されたという相談が全国各地の消費者生活センターに多く寄せられている。あまりのトラブルの多さに、同センターは注意を喚起した。その相談事例がスゴい。

「小学生の息子が、2カ月で9万円のパケット料(通信料)を請求された」「5歳の子供が10万円もの高額アイテムを購入した」など。通信料もさることながら、無料であるはずのゲームでなぜ、高額な利用料が発生するのか。


痛いニュース


 これが本当の子供騙し。

統合失調症患者の内部世界


「自分というものが壊れて、きりがない。いろんな物体で自分が消えないようにしてるけど、すぐ崩れちゃう。何でもいいんです。物体を見て、物に行って、自分が無くならないように試すんですけど、すぐ崩れちゃう。自分が居なくなって、自分が何者かわからない。精神っていうか体っていうか、何か大切なものが欠けている。自分自身をつなぎ止めるものが短いようで……時間ですね……ポツポツとちぎれて。

 体がひとつひとつ壊れてゆく。固めるもの、時間がないから体が変に動いて……。現れですね。生が現れるだけですね。まる見えで素裸みたい。精神がもろいから全身の骨がもろくなって。

 物に行く、いろんな物みつけて、ここだなと思って、ちょっとの間は大丈夫なんですけどね。(ここって?)外全部ですねえ、長続きしなくて崩れちゃう。それの繰り返しで。

 世の中の芯にとらわれている。……自分が中心みたいで……」〔引用中の( )内は私の問いかけ〕(※朝雄)


【『死と狂気 死者の発見』渡辺哲夫(筑摩書房、1991年/ちくま学芸文庫、2002年)】

死と狂気 死者の発見 死と狂気 (ちくま学芸文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

「レメクはふたりの妻をめとった」


 カインの子孫のうち、孫のレメクは、普遍史では必ずふれられる人物である。「レメクはふたりの妻をめとった」(4-19)とあり、まず彼は一夫多妻の始まりとされる。


【『聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か』岡崎勝世〈おかざき・かつよ〉(講談社現代新書、1996年)】

聖書vs.世界史―キリスト教的歴史観とは何か (講談社現代新書)

いわさきちひろが生まれた日


 今日はいわさきちひろが生まれた日(1918年)。52年頃から描き始めたヒゲタ醤油の広告の絵で注目される。雑誌『子どものしあわせ』の表紙絵を担当する際、油彩画から水彩画に専念。絵が軽んじられていた絵本の世界で道を拓いた。72年、ボローニャ国際児童図書展でグラフィック賞を受賞。

ちひろBOX (講談社ARTピース) ちひろの絵のひみつ


あなたがうまれたとき―ちひろのあかちゃん日記 おふろでちゃぷちゃぷ (松谷みよ子あかちゃんの本)

田中正造が生まれた日


 今日は田中正造が生まれた日(1841年)。足尾銅山鉱毒事件を告発した。財産はすべて鉱毒反対運動などに使い果たし、死去したときは無一文だったという。死亡時の全財産は信玄袋一つで、中身は書きかけの原稿と新約聖書、鼻紙、川海苔、小石3個、日記3冊、帝国憲法とマタイ伝の合本だけであった。

田中正造―田中正造昔話 (人間の記録 (1)) 辛酸―田中正造と足尾鉱毒事件 (角川文庫 緑 310-13) 白い河 風聞・田中正造 田中正造の生涯 (1976年) (講談社現代新書)

2010-12-14

人間が人間に所有される意味/『奴隷とは』ジュリアス・レスター

 黒い人間が白い人間に所有された。人間が人間に所有されるとはどのような状態なのであろうか? 所有する側と所有される側の間にはいかなる関係性が成立しているのだろうか? 奴隷をこき使った人々と奴隷にされた人々が過去に実在した。あなたや私はどちらの側にいるのだろうか?


 奴隷とは力によって支配された人間の異名である。欲望を実現させるために力が発動する時、そこには必ず暴力性が立ち上がってくる。


 アフリカの黒人は餌に釣られた魚も同然だった──


 アフリカでは、こぎれいなものといってはほとんどなかったし、それに赤い色の布は全然なかったんだよ、とジューディスおばあさんは言いました。じっさい、布なんて全くなかったんです。ある日のこと、青白い顔をした見知らぬ人たちが、何人かやってきて、赤いフランネルのちいさな切れっぱしを、地面に落っことしたんです。黒人たちはだれもかれもが、その切れっぱしを取りあいました。つぎには、もっと大きな切れっぱしが、もう少しさきの方で落とされました。で、こんなふうにして、とうとう川のところにまでやってきたんです。するとこんどは、大きな切れっぱしが、川の中と川の向こう岸に落とされました。落とされるたびにその布切れを拾おうとしながら、みんなは、だんだんと先の方へ誘われていったんです。とうとう船のところまでたどり着いたとき、大きな切れっぱしが、舷側から突き出した板のうえと、もっと先の船のなかに、落とされました。こんなぐあいにしてついに、おおぜいの黒人たちが、積めるだけその船に積みこまれました。すると、船の門が鎖をかけて閉められ、もう誰ももどれなくなってしまいました。こんなふうにして、アメリカへ連れてこられたんだよ、とジューディスおばあさんは言ってます。(リチャード・ジョーンズ ボトキン、57ページ)


【『奴隷とは』ジュリアス・レスター/木島始、黄寅秀〈ファンインスウ〉訳(岩波新書、1970年)以下同】


 赤い布切れは「小さな嘘」だった。奴隷は「騙された人々」でもあったのだ。黒人たちは立つこともままならぬ船倉に閉じ込められてアメリカへ輸送された。


 アフリカは紀元前から侵略され続けてきた。多分平和な人々であったのだろう。さらわれたアフリカ人は労働力として酷使された。鞭で打たれながら──


 鞭のひびきと、黒人の男女の泣き叫ぶ声につれて、奴隷所有者とアメリカは、裕福になっていった。


 いつの時代も繁栄を支えていたのは奴隷のような人々だった。富を生むのは労働力である。繁栄とは余剰の異名であり、搾取の分け前に与(あずか)ることを意味する。


 人間が奴隷にされうる二つの方法がある。

 ひとつは、力によってだ。人間は、垣根の背後に閉じこめられ、絶えまなく見張られ、ほんのちょっとした規則でも破ったら、手ひどく罰され、絶えまない恐怖のうちに暮らすようにされうる。

 もうひとつは、主人がしてもらいたいと望んでいるとおりのことをすれば、じぶんの利益には一番かなうのだと、そう考えるように人間を教えこむことだ。その人間は、じぶんが劣っているのだと、そして、奴隷制度を通してのみ、じぶんがやっとまあ主人の《水準》にまで達しうるのだと、そう教えこまれる(ママ)ことができるのだ。

 南部の奴隷所有者は、この両方を使った。


 我々も奴隷だ。「やってられねーよな」と言って会社を休むことは許されない。現代のシステム化された国家機能において、奴隷は教育制度を通して選別される。そして最優秀の奴隷は官僚となる。あるいは一流企業への入社を許される。


 憲法や法律が変わろうとも内実は変わらない。社会とは人間が人間を手段にする修羅場なのだ。比較と競争に明け暮れながら、我々はヒエラルキー内部の階段を上がってゆくしか選択肢がない。なぜなら国家が有する軍事力や警察力(どっちも暴力ね)に依存せずして生きてゆくことができないためだ。


「柔らかな奴隷制度」とでも名づけておこう。


 じぶんじしんの名前がなくては、奴隷がじぶんを主人から切りはなして見る能力は、弱められるのだった。奴隷は、けっして、きみは誰だね、と尋ねられることはなかった。奴隷は、「だれの黒んぼだね、おまえは?」と尋ねられるのであった。奴隷は、切りはなされた本来の自分というものを、まるで持っていなかった。かれは、いつも、何某氏の黒んぼなのであった。


「名前がない」という意味については、岡真理(『記憶/物語』)やガヤトリ・C・スピヴァク(『サバルタンは語ることができるか』)が鋭く考察している。


 自分は何者なのか? 生きてゆく中で難問が現れたり、苦難に襲われた時に「俺は俺だ」と言える人はまずいない。世界から取り残されたような思いに取りつかれ、誰も手を差し延べてくれない情況において人は透明な存在と化す。


 確かに哲学や宗教、そして人間関係は砦(とりで)たり得るが、最終的には自分の内なる世界でもって外部世界に対抗するしかないのだ。


 私に名前はあるだろうか? 世論調査のパーセンテージや選挙の一票としてカウントされ、要介護者400万人や死亡者数114万2467人(2009年人口動態統計)に含められ、消費者・納税者・視聴者として扱われる私に果たして名前はあるのだろうか? いつでも交換可能な部品のように働かされる私に名前はあるのか?


 国家によって私が労働力として扱われているとすれば名前はないのだろう。私は無色透明な日本人となる。すなわち国家が所有する奴隷が国民の実体ではあるまいか?


 あらゆる奴隷たちが、必ずしも同じ経験をもっていたわけではなかった。なかには、あまりにも奴隷らしくなってしまっていたので、奴隷制度が終わったとき、悲しんだものもいた。


 これがシステムの恐ろしさだ。ジョージ・オーウェルが『一九八四年』で描いた世界だ。システムが人間を完全に支配すると、システムに準じて脳内のシナプス結合が行われる。特に顕著なのは宗教や政治、高度な学問世界に【依存する】人々だ。絶対的な価値観に束縛された挙げ句、物事を疑うことができなくなる。


 奴隷制度という限られた狭い世界が全世界に格上げされると、中には心地よさを覚える者まで出てくるのだ。何とも恐ろしい限りである。まったく同様に、真の自由を求めていない人は社会の奴隷といえよう。


 最後に奴隷の相対性理論を。奴隷を必要とする奴隷の所有者は、奴隷に依存していると見ることができる。つまり所有者もまた欲望の奴隷なのだ。


 所有という問題、そして比較と競争の残酷さを暴いてみせたのが、ブッダとクリシュナムルティであった。

奴隷とは

円高は日本人の労働時間が世界で一番高く評価されている証拠


 新聞やテレビは「円高で輸出産業が悲鳴」「円高不況で失業」なんて不利な点ばかりを伝えるけれど、実は、この円高というのはものすごく素晴らしいことなんだよ。

 どうすごいかと言うと、要するに、われわれ日本人の労働時間が世界で一番高く評価されるようになってきたわけで、われわれの購買力が世界一高く評価されているということなんだ。

 その世界一の購買力をもってすれば、世界中のいろいろな企業を買うことだってできる。まして今は世界大不況で株価は低迷し、円は世界中で一番強い通貨になりつつあるからだ。

 世界中に埋蔵されている資源を押さえたりすることも可能だ。(中略)

 そもそも円高不況というのは、低賃金労働で輸出に依存している貧乏国の発想だね。

 要するに、低賃金で物をつくって輸出している国ほど自国通貨が高くなるのは困るわけだね。お隣の人口大国シナ(中国)は今、まさにそれで困っている。


【『ドンと来い! 大恐慌藤井厳喜〈ふじい・げんき〉(ジョルダンブックス、2009年)】

ドンと来い!大恐慌 (ジョルダンブックス)

誕生も死も科学的に管理されている


 科学に管理されるに至ったのは死だけではない。誕生もそうだ。現在ではほとんどの赤ちゃんは病院で生まれる。ところが、ある大病院の産科では、朝の9時から夕方の5時の間にしか生まれないという。産婦人科の学会のある日には一人も生まれなかったりするのである。つまり、生まれてくる日も時間も、陣痛促進剤によってコントロールされているのだ。

 今、若者や子どもが荒れていると言われている。すぐキレる、待てないというのが特徴だという。これは無意識が荒れているとしか思えないではないか。

 人の無意識はいつ形成されるか。母親の胎内にいるときと2歳までだと言われている。子供たちは体内にいるときから待ってもらってないのだ。ちゃんと成熟して母親の産道を苦しみながら出てくるという体験をさせてもらえないのである。

 陣痛促進剤に無痛分娩、帝王切開という専門的で科学的な出産方法が都会で急に増え始めたのが、荒れる若者たちが誕生した頃からではないか、というのは門外漢である私の推論であるが、この説を聞いた関係者の多くが「そのとおりなんですよ」と言うのである。


【『老人介護 常識の誤り』三好春樹(新潮社、2000年/新潮文庫、2006年)】

老人介護 常識の誤り 老人介護 常識の誤り (新潮文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

量子論の誕生日


 今日は量子論の誕生日。マックス・プランク黒体放射についてのプランクの法則を発表したことに因む(1900年)。プランクが導いた結果は、後にアルベルト・アインシュタインニールス・ボーアなどによって確立された量子力学の基礎となった。量子論の父は1918年にノーベル物理学賞を受賞。

マックス・プランクの生涯―ドイツ物理学のディレンマ (叢書・ウニベルシタス) 「量子論」を楽しむ本―ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる! (PHP文庫) 量子論の発展史 (ちくま学芸文庫)

2010-12-13

志ん生「風呂敷」


 まったく凄いよね。こんな動画があるのだから。てえへんだ、てえへんだと叫んじまったよ(笑)。


D

『「私たちの世界」がキリスト教になったとき コンスタンティヌスという男』ポール・ヴェーヌ/西永良成、渡名喜庸哲訳(岩波書店、2010年)


「私たちの世界」がキリスト教になったとき――コンスタンティヌスという男


 ヨーロッパ世界の根は、キリスト教にはない。ローマ史の碩学が、コンスタンティヌスによる国教化という「起源」の物語を書き直す。一人の男の信仰と資質が、キリスト教という比類ない文化装置を起動した。歴史を輪切りにし、人間が生き死にするリアルな偶然の過程を叙述する。必然の神話を解体する「歴史の方法」試論。

書物が焼かれるところでは、最後には人も焼かれる


 書物が焼かれるところでは、最後には人も焼かれる。


【『アルマンゾール』ハインリヒ・ハイネ

すべての犯罪を立証する司法システムは永遠に存在しない


 実際に、ゲーデルの方法は、真犯人だとわかっていながら、いかなる司法システムSも立証できない犯罪Gを生み出したイメージに近い。司法システムは、当然その犯罪方法に対処する新たな法を組み込むだろうが、その新システムでは立証できない新たな犯罪を構成できる。これをいくら繰り返して新たな司法システムを作っても、ゲーデルの方法を用いて、そのシステム内部でとらえきれない犯罪を構成できる。したがって、すべての犯罪を立証する司法システムは、永遠に存在しないというイメージである。


【『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』高橋昌一郎〈たかはし・しょういちろう〉(講談社現代新書、1999年)】

ゲーデルの哲学―不完全性定理と神の存在論 (講談社現代新書)

もし行、道に合わず、挙、義に合わずして、而も大に処り貴に居らば、患必ず之に及ばん


 呉子曰く、「夫(そ)れ道とは本(もと)に反(かえ)り始に復(かえ)る所以(ゆえん)なり、義とは事を行い功を立つる所以なり、謀とは害を違(さ)り利に就(つ)く所以なり、要とは業を保ち成を守る所以なり。

 もし行(おこない)、道に合わず、挙(きょ)、義に合わずして、而(しか)も大(だい)に処(お)り貴に居らば、患(うれい)必ず之に及ばん。

 是を以て聖人は、之を綏(やす)んずるに道を以てし、これを理(おさ)むるに義を以てし、これを動かすに礼を以てし、これを撫(ぶ)するに仁を以てす。この四徳は、之を修むれば則(すなわ)ち興(おこ)り、これを廃すればすなわち衰う。

 故に、成湯(せいとう)、桀(けつ)を討ちて、夏の民、喜説(きえつ)し、周武(しゅうぶ)、紂(ちゅう)を伐(う)ちて、殷人(いんひと)非(そし)らず。挙、天人に順(したが)う。故に能(よ)く然(しか)り。


 呉子はいわれた。

「道とは、根本原理に立ちかえり、始まりの純粋さを守るためのものである。

 義とは、事業を行い、功績をあげるためのものである。

 はかりごとは、わざわいを避け、利益を得るためのものである。

 権力の要とは、国を保持し、君主の座を守るためのものである。

 もしも行いが、道にそむき、義に合わないのに、高位、高官の地位にぬくぬくとしておれば、かならずその身に災いがおそいかかってくるであろう。

 そこで聖人は人民を道によって安堵(あんど)させ、義によって治め、礼によって動かし、仁をもっていつくしんできた。道、義、礼、仁の四つの徳を守ってゆけば、国は盛んになり、それを実行しなければ国家は衰亡する。

 だからこそ殷(いん)の湯王(とうおう)が夏の桀(けつ)を討ったときには、夏の人民は喜び、周の武王が殷の紂(ちゅう)をほろぼしたときは、殷の人々は、非難しようとしなかったのだ。湯王や武王はいずれも四つの徳を守り、天の理法と人民の意向にかなっていたからである」


【『呉子』尾崎秀樹〈おざき・ほつき〉訳(教育社、1987年/中公文庫、2005年)】

呉子 (中公文庫BIBLIO)

ハインリヒ・ハイネが生まれた日


 今日はハインリヒ・ハイネが生まれた日(1797年)。ドイツの詩人。デュッセルドルフのユダヤ人の家庭に生まれる。当初は商人、ついで法律家を目指したがベルリン大学でヘーゲルの教えを受け、作家として出発。若き日のマルクスとも親交があった。日本では森鴎外が翻訳した。

ハイネ詩集 (新潮文庫) 流刑の神々・精霊物語 (岩波文庫 赤 418-6) 神とたたかう者―ハインリヒ・ハイネにおけるユダヤ的なものをめぐって

2010-12-12

だから、もっと人殺しの顔をしろ


 私がより安いものを買うたびに、誰かの食事はその分だけ惨めなものになり、私がワンクリックでなにかできるようなったとき、かつてそれらを担っていた何人かの人間は職を失って首を吊る。ワンクリックでなにかできるようにする仕組みを作る人間は少なくていい。もう要らなくなる。人間の価値は日に日に安くなり、人間は不要なものになっている。私は知らず知らずに行ってきて、いまそれに気づいたところで、やはりそれをやめない、やめられない。買い叩かなければ、私は食えない。貧乏人は共食いをするしかない。


 デフレというのはものの値段が下がることかと思っていたが、一番安くなってるのは人間の価値じゃないのか。


 私はこの世界のさらに富めるもの、優秀なもの、大きなものからそのような仕打ちを受けているし、その仕打ちをさらに貧しいもの、劣るもの、小さなものに与える。私は富めるもの、優秀なもの、大きなものを憎悪する、殺意を抱く。それと同じ憎悪や殺意は同時に後ろから、下から私に浴びせかけられる。上等じゃないか、人殺しの顔をしろ、お前も、俺も、俺もあんたも。


○内○外日記プラス+

トイレに閉じこめられた63歳女性、8日目救助 訴え届いた日、母は天国に旅立った


 女性が就寝前に自宅トイレに入ってドアを閉めたところ、突然「バタン」と大きな音がした。驚いてドアを開けようとしたが、びくとも動かない。

 廊下に立てかけていたコタツセットの入った段ボール箱がドアに向かって倒れ、つっかえ棒のようになってしまったのだ。


産経ニュース 2010-12-12

人間に育てられた類人猿は自分を人間だと思っている


 人間に育てられた類人猿は、写真を二山に分類するように言われると、普通は、自分自身の写真は「人間」の山の中にいれ、サル類のように、大雑把に見れば彼らとあまり変わらない生物は、人間以外の山に分類するものだ。


【『人間の境界はどこにあるのだろう?』フェリペ・フェルナンデス=アルメスト/長谷川眞理子訳(岩波書店、2008年)】

人間の境界はどこにあるのだろう?

本に対する執着は、人生に対する執着に他ならない


 たいていの本は、読み終えられた瞬間にその価値を失ってしまう。そして、二度と開かれることもないまま、長い無意味な余生を、本棚の中で、ダニの培地として過ごすのだ。

 それでも、そうした一向に価値のない本たちを捨てる時に、愛書家は、我が身を切られるような痛みを経験する。ダニでさえ、インクのついていないところを食べるというのに、人は、自分の目が辿った活字たちが自分の手元から離れていくことに、どうしようもない淋しさを感じるのだ。

 たぶん、我々がこうも深く本に執着するのは、我々が本とともに過ごした時間に執着しているからであり、自身の経験そのものに執着しているからなのだろう。

 その意味では、本への執着は、そのほかの、例えば、金への執着や、女や酒に対する執着よりも始末が悪い。なぜなら、本に対する執着は、人生に対する執着に他ならないからだ。

 人生は(というこの主語は、それにしても凄い)、ただ過ぎて行くだけのもので、蓄積したり連続したりするものではない。しかし、我々は、それを制御しようとし、記録しようとし、あるいは積み上げ、整理し、理解し、征服しようとする。当然のことながら、その試みは成功しない。瞬間の連続でしかないものが蓄積されるわけがないのだ。

 そこで、我々は人生の代わりに本を蓄積する。自分の記憶や経験を本棚に積み上げて、そこに自分の人生のネガのようなものを保存しようとするのだ。


【『安全太郎の夜』小田嶋隆河出書房新社、1991年)】

安全太郎の夜

チンギス・アイトマートフが生まれた日


 今日はチンギス・アイトマートフが生まれた日(1928年)。キルギスの作家。08年没。幼年時代は放牧生活を送る。11歳の時に父親が粛清される。苦難に満ちた少年時代であった。フランスの作家ルイ・アラゴンは、『ジャミーリャ』を「この世で最も美しい愛の物語である」と絶賛している。

カッサンドラの烙印―二十世紀の異端の書 キルギスの雪豹―永遠の花嫁 涙が星に変わるとき


この星でいちばん美しい愛の物語 最初の教師・母なる大地

2010-12-11

J・クリシュナムルティ


 1冊読了。


 137冊目『いかにして神と出会うか』J・クリシュナムルティ/中川正生訳(めるくまーる、2007年)/1週間ほど前に読了。私がクリシュナムルティの名を知ったのは本書によってであった。確か昨年の2月頃だったと思う。収められているのは1936〜1980年の講話で、神について語った部分の抄録となっている。自由と正反対に位置するのが宗教である。思考回路を教義で束縛した上で、教団内部のルールでもって二重に支配する。信仰は疑う自由を奪い取る。個人的には『クリシュナムルティの神秘体験』と双璧を成す作品だと思う。宗教性と宗教体験だ。中川訳は水のように淡々としており読みやすい。タイトルは毒を含んだ諧謔(かいぎゃく)としか思えない。クリシュナムルティ本は44冊目。

人類の意識はひとつ/『人類の未来 クリシュナムルティVSデビッド・ボーム対話集』


 対話をするには同じテーブルにつく必要がある。涙の連絡船に乗った人が海岸で見送る人と対話をすることはない。距離がありすぎる。対話の前提は歩み寄ることだ。


 では各所のテーブルを見てみよう。ファミリーレストランで身を乗り出す主婦、会議室で向かい合う上司と部下、カウンター越しの銀行員と預金者、料亭で行われる商談、スチール製のデスクにそっと置かれる履歴書、生ビールを飲んだ勢いに任せて焼き肉鍋の上を通過する口説き文句……。これらは全て会話であって対話ではない。


 同じテーブルについただけでは対話は成立しない。往々にして対談がつまらないものになっているのは歩み寄りすぎているためだ。平身低頭、おべっか、阿諛追従(あゆついしょう)。


 我々は対話を話すことだと完全に誤解している。「まずは俺の話を聞いてくれ」と。これでは青年の主張だ。意見不要、問答無用。


 対話の真髄は傾聴にある。相手の声なき声にまで耳をそばだて、静かに問いを発する時、初めて対話が成立するのだ。たとえ相手が子供であっても同様である。


 クリシュナムルティとデヴィッド・ボームの対話は3冊に編まれている。本書は絶版となっており入手するまで困難を極めた。基調は『生の全体性』と一緒なので入手を焦る必要はない。


 巻頭には遠藤誠が推薦の辞を寄せている。


 1983年6月11日、同年6月20日、1972年10月7日に行われた対談が収められている。編集の手があまり入っていないような感じで、その分生々しさが伝わってくる。150ページほどの分量だが内容は超重量級。


 デヴィッド・ボームは理論物理学者でアインシュタインとも共同研究をしたことのある人物。マンハッタン計画にも深く関わっていた。


 二人の対談は自(おの)ずから科学的知性vs直観的英知の構造となる。


JK●ですから、もしたんなる知的なものとして、ないし言葉の上だけではなく、実際に、私たちは私たち以外の人間なのだということを実感すれば、責任は重大かつ広範なものとなります。


DB●ええ、その責任についてはなにができるでしょう?


JK●その時には、私は混乱全体を助長するか、混乱に加わらないか、そのどちらかです。


DB●重要な点に触れたと思います。人類ないし人間の全体はひとつだといいます。それゆえ、それを分けることは……。


JK●危険なのです。


DB●ええ。一方、私と机を分けても危険ではありません。と言うのは、ある意味では私と机はひとつではないからです。


JK●もちろん。


DB●つまり、ある非常に一般的な意味においてのみ私たちは一致しているわけです。さて、人間は自分たちが全体でひとつだとは気づいていません。


JK●なぜでしょう?


DB●それを調べてみましょう。これは重要な点です。国家や宗教だけではなく、この人とあの人などあまりにたくさんの区別があります。


JK●なぜこの区別があるのでしょう?


DB●少なくとも現代では、あらゆる人間は個人にあると感じられています。昔はそれほど強くは感じられていなかったのかも知れませんが。


JK●それを問うているのです。わたしたちは個人なのかとその根底から問うているのです。


DB●それはたいへんな問いです。


JK●もちろん。たったいま私たちはこういいました。私である意識は私以外の人間の意識と似通っていると。人類はみな苦しみ、恐怖をもち、安全ではありません。人間は思考が組み立てた個別の神や儀式をもっています。


DB●ここにはふたつの問いがあると思います。ひとつは、自分は他人と似通っていると誰もが感じているわけではないということです。大部分の人々は自分たちはなにか独特なちがいをもっていると感じています。


JK●「独特なちがい」とはどういう意味ですか? なにかをする時のちがいですか?


DB●たくさんのちがいがありえます。たとえば、なにかについてある国は他の国よりもうまくできるかもしれません。ある人はなにか特別なことができたり、特別な資質があるかもしれません。


JK●もちろん。あれやこれやについてだれか他の人のほうが優れています。


DB●その人は自分独自の特殊な能力や優秀さに誇りをもつかもしれません。


JK●しかし、それを取り去ってしまえば、基本的には私たちは同じです。


DB●おっしゃっていることは、いまいったようなことは……。


JK●表面的なものごとです。


DB●ええ。では、基本的なものごととはなんでしょう?


JK●恐怖、悲しみ、苦痛、心配、孤独、およびあらゆる人間の苦しみです。


DB●しかし、基本的なものごととは、人間の最高度の達成物だと感じている人が大多数かもしません。たとえば、人々は科学、芸術、文化、技術において人間が達成したことを誇りに思うかもします。


JK●確かに、そういった方向についてはどれも目的を達成しました。技術、通信、旅行、内科、外科などに置いては、途方もなく進歩しました。


DB●ええ、さまざまな分野での進歩は驚くべきことです。


JK●それには疑問の余地はありません。しかし、心理的にはなにを達成したのでしょう?


DB●これらのことは心理的にはなにも影響しませんでした。


JK●ええ、その通りです。


DB●そして、心理的な問題はそれ以外のことよりも一層重要です。と言うのは、もし心理的な問題が解決されないとすると、技術等々は危険なものとなるからです。


【『人類の未来 クリシュナムルティVSデビッド・ボーム対話集』渡部充訳(JCA出版、1993年)以下同】


 何の変哲もないわかりやすい言葉を使いながら、超弩級(ちょうどきゅう)の深みに達している。


 人類はブッダやソクラテスといった偉大な教師を輩出しながらも精神的な変化に乏しかった。あるいは劣化している可能性もある。これは20代の頃から私が抱き続けてきた疑問の一つであった。四半世紀を経てやっと解決した(笑)。


 文明とは技術の進歩にすぎなかった。そして我々は社会というヒエラルキーの内部で競争に明け暮れ、差異を強調することでしか幸福を感じることができなくなっているが、その個性や才能を「表面的」と一蹴している。ボームの息を飲む瞬間までが伝わってくるようだ。


 デカルトが「我思う、ゆえに我あり」(コギト・エルゴ・スム)と『方法序説』に記したのは1637年のこと。存在としての我は、20世紀初頭フロイトの精神分析によって意識周辺を意味するようになった。そしてマズロー欲求段階説(生理的欲求→安全の欲求→所属と愛の欲求→承認の欲求→自己実現の欲求)を唱えた。(この流れについてはスコラ哲学の伝統を弁える必要もある)


 ここで注意したいのは、西洋で説かれる自我は飽くまでも「神と向き合う個人」を掘り下げていることだ。神との対称という座標を見逃すと、西洋の思想的系譜は理解することができない。西洋世界は完璧なまでに神が支配しているのだ。


 クリシュナムルティは個性や才覚という表面的な差異を除けば、人類は共通心理の上に生きていると指摘した。


 例えば美しい夕焼けを思い起こしてほしい。西の空を朱に染め上げ、青とピンクが溶け合い、金色(こんじき)の光が線となって放射している。鳥の影が点となって横切る。荘厳な光景が一瞬一瞬闇に飲まれてゆく。


 色や雲の形が変わっていたとしても夕焼けは夕焼けである。桜の花にしても同様だ。あの桜やこの桜は事実として存在するものの「桜は桜」である。同じく「人間は人間」なのだ。


DB●ええ、人間の体は似通っているという事実からそういえます。しかし、そのことは人間はまったく同じだということの証明になるわけではありません。


JK●もちろん、なりません。あなたの体は私の体と異なっています。


DB●ええ、私たちは別の場所にいる別の実在です。しかし、思うに、おっしゃっていることは、意識は個人的な実在ではない……。


JK●その通りです。


DB●体はある個体性をもつ実在です。


JK●それらはみなまったく明らかです。あなたの体は私の体と異なっています。私はあなたとは別の名前をもっています。


DB●ええ、私たちは異なっています。似通った物質からできてはいますが、異なっています。私たちは肉体を交換できません。と言うのは、蛋白質が他人のものと適合しないかもしれないからです。さて、大多数の人は精神についても同じように考えて、こういいます。人々の間にも化学反応があり、相性が合う、合わないがあるのだと。


JK●ですが、実際にその問題をより深く調べていけば、意識は人類すべてが共有しています。


DB●では、このように感じます。意識は個人的であり、その意識が意思疎通をして……。


JK●それは錯覚だと思います。なぜなら、真実でないものに固執しているからです。


DB●人類の意識はひとつだとおっしゃりたいのですか?


JK●意識は全体としてひとつです。


DB●それは重要です。というのは、さまざまな意識があるのか、ひとつなのかは決定的な問いだからです。


JK●ええ。


DB●さまざまな意識がありえるかもしれません。そして、それらが意思疎通してより大きな単位を作り上げているのですか? それとも、まさに始まり以来、意識は全体としてひとつだとおっしゃいますか?


JK●まさに始まり以来それは全体としてひとつでした。


DB●ですから、分離しているという感覚は錯覚だと?


JK●何度も何度もそう申し上げています。それはまったく論理的で正気だと思われます。分離しているというのは狂気です。


 圧巻。驚天動地。チト、言葉で表現するのは困難だ。


「真実でないもの」とは差異のことである。つまりクリシュナムルティが言っていることは、あなたと私の違いは氷山の一角のようなもので、意識の大半は完全に一致して「あらゆる人間の苦しみ」を感じているという真実なのだ。


 ブッダが苦からの解放を説いたのと完全に同じ視点である。


 差異を事実と認識するからこそ、我々は憎悪や嫉妬、怒りや悲しみに取りつかれるのだ。


「我苦しむ、ゆえに我は汝なり」という生命次元の共感から「あなたは世界だ」という抜きん出た視点が生まれる。


 クリシュナムルティは自我の本質が思考=記憶であり、時間に支配されていることを明かした。そうすると自己実現や自分探しが流行する時代は、人間の分断化に拍車がかかることになる。


「私」という過去の呪縛を解かない限り、自由を手にすることはできない。

生の全体性

「早春賦」小鳩くるみ、佐藤しのぶ


 いやあ本当にいい歌だ。文語体には日本人の襟を正す格調高さがある。



長さよりも時間の方が正確に測れる−1メートルの定義


 今日われわれは、まさにこの方法で距離を精密に測定している。長さよりも時間の方がいっそう正確に測れるからである。実際に、1メートルはセシウム時計で測った0.000000003335640952秒の間に光が進む距離として定義されている(この数字は、メートルの歴史的な定義になるべく対応するように決められている――メートルはもともと、パリに保管されているある特殊な白金の棒に刻まれた二つのマークの間長さで定義されていた)。


【『ホーキング、宇宙を語る ビッグバンからブラックホールまで』スティーヴン・W・ホーキング/林一〈はやし・はじめ〉訳(早川書房、1989年/ハヤカワ文庫、1995年)】

ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで (ハヤカワ文庫NF)

(※左が単行本、右が文庫本)

お金は精神の自由を確保するための糧


 お金はモノを買うためのものではなく、精神の自由を確保するための糧であり、ゲームに勝つためのものなのだ。儲けた分は、ゲームの得点のスコア記録なのだ。そしてゲームは研究室や会議室で行なわれるのではない。市場というジャングルで行なわれるのだ。それを支配するのは市場の法則であり、ジャングルのルールである。


【『投機学入門 不滅の相場常勝哲学』山崎和邦(『投機学入門 市場経済の「偶然」と「必然」を計算する』ダイヤモンド社、2000年/講談社+α文庫、2007年)】

投機学入門―市場経済の「偶然」と「必然」を計算する 投機学入門――不滅の相場常勝哲学 (講談社プラスアルファ文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

島原の乱が起こった日


  今日は島原の乱が起こった日(1637年)。翌年の4月12日に終結。百姓の酷使や過重な年貢負担に端を発する。飢饉とキリシタン迫害によって加速度がついた。旧有馬氏の家臣と肥後天草の浪人組織が当時16歳の少年天草四郎一揆軍の総大将として決起。原城に籠城するも全滅。37000人が死亡した。

出星前夜 島原の乱 (中公新書) 奇蹟―風聞・天草四郎

2010-12-10

池内恵


 1冊読了。


 136冊目『書物の運命池内恵〈いけうち・さとし〉(文藝春秋、2006年)/池内恵は1973年生まれ。気鋭の中東研究者である。エッセイも書評もイスラムに関するものとなっているが、練達の文章でぐいぐい読ませる。2ページ目であっと声を上げた。何と池内紀の子息であった。どうりで文章が上手いわけだ。家にはテレビもなかったそうだよ。白眉はバーナード・ルイス著『イスラム世界はなぜ没落したか?』を巡る問題提起だ。国内における中東研究に対して真っ向から異を唱え、一石を投じている。ま、早い話が喧嘩を売ったわけ。若さとは向こう見ずの異名でもある。喧嘩は大歓迎だ(笑)。しかし池内は抑制した筆致で筋を通している。中東研究というムラは日本社会の縮図そのものに見えてくる。いよいよ70's(1970年代生まれ)の台頭だ。

虫歯と歯周病菌99.99%死滅…東北大新手法


 虫歯や歯周病などの原因菌をほぼ死滅させられる新たな殺菌法を、東北大大学院歯学研究科の菅野太郎助教らのチームが開発した。

 治療機器の開発も進められ、画期的な治療法が数年以内に実用化できるとの期待が高まっている。論文は米国の代表的な薬学雑誌12月号に掲載された。

 菅野助教らは、虫歯菌や歯周病菌など4種類の口腔(こうくう)内細菌と過酸化水素の水溶液に、目に見える波長のレーザー光を照射。強い殺菌作用のある物質「活性酸素」の一種を発生させ、3分以内に99.99%以上の菌を死滅させたという。人体への影響はないとみられ、治療が難しい歯周病の奥深い病巣を殺菌することなどへの応用が期待される。

 研究チームは、精密機械製造「リコー光学」(岩手県)などと、過酸化水素水とレーザー光を同時に出す歯周病用の治療機器の開発を進めている。今年度中には動物実験を終え、2011年度以降に臨床研究に入る予定だ。


YOMIURI ONLINE 2010-12-09


 当然、歯科医&歯科業者からの抵抗が予想されるので、この技術は抹殺されるかもね。

イエロージャーナリズム

 確かに例の記事は、他人が読めば彼の人生をたたえこそすれ、侮辱してなどいないように見えるかもしれない。が、彼の息子の一人であるおれには、その裏に、あの手の連中特有の、神にでもなったかのような傲慢さと臭気を感じた。連中が、新聞社や雑誌社やテレビ局のネームが入った名刺や、腕章や、そんなものをチラつかせながら、他人にどんなことをするのかをおれはよく知っていた。彼らの手のつけようもない無神経さをその記事の裏に感じた。会長の人生は閉じられたのだ。そっとしておけばよいのだ。ひとりの人間の死さえも、彼らはテレビカメラで写してやることで初めて死として認められるかのような錯覚をもっている。明るすぎる照明ライトを死の床にまで持ち込み、横たわった人間の死に顔を照らすことさえ、名誉なこととして受け入れろとでも言うのだろうか。会長の人生に本当に打たれたのなら、あるのはただ重い沈黙だけのはずだった。ただ黙っていればいいのだ。死さえも自分が与えてやったような高慢さが許せなかった。あの記事を読んだやつらも、トイレの便器に腰掛けたり、喫茶店や居間のソファに足を組んだり、食後のゲップなどをしながら、芸能人が子を産んだとかいう馬鹿げた記事のついでに読んだに違いなかった。誰もかれも許せなかった。


【『汝ふたたび故郷へ帰れず』飯嶋和一〈いいじま・かずいち〉(河出書房新社、1989年/リバイバル版 小学館、2000年/小学館文庫、2003年)】


汝ふたたび故郷へ帰れず リバイバル版 汝ふたたび故郷へ帰れず (小学館文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

人間の赤ちゃんが無力なのは複数の大人の保護を前提にしている


 人間は、直立し、二本足で歩行するという基本的な特徴を持っている。これは、樹上生活にくらべ、ずいぶんと危険の多い生活様式である。とくに力が強いわけでもない人間の祖先がこうした生活様式を採用しえたのは、やはり社会的協同のたまものであろう。つまり、人間の赤ちゃんが無力なのは、母親ばかりでなく、複数のおとなの保護を前提にしているのだ、と考えてよいように思われる。


【『知的好奇心』波多野誼余夫〈はたの・ぎよお〉、稲垣佳世子中公新書、1973年)】

知的好奇心 (中公新書 (318))

仙名紀


 仙名紀〈せんな・おさむ〉の翻訳は悪評が多い。分業をしているのかもしれない。

「OLD 50」加奈崎芳太郎


 チャボが(仲井戸麗市RCサクセションに参加する前に組んでいた古井戸のボーカリスト。古井戸は知っていたが加奈崎のことは記憶になかった。いやはや、ギター一本でこれほど豊穣な音を出せるとは。声は忌野清志郎の声から艶(つや)を消したような感じ。歌詞と歌い回しが昔の井上陽水にも少し似ている。ブルージーでありながらもロックの香りを残している。「悲咲」という名前を進呈したい。



Piano~Forte

福本伸行が生まれた日


 今日は福本伸行が生まれた日(1958年)。ギャンブル漫画の第一人者とされ、緻密な心理描写・強烈な人物描写を特徴とする、極限の勝負に賭ける男達を描いた作品が多い。麻雀に関する作品で知られるが、作中では既存の博打にこだわらず、数多くの独自のギャンブルを生み出している。



人生を逆転する名言集 福本伸行 人生を逆転する名言集 2 ユリイカ2009年10月号 特集=福本伸行 『アカギ』『カイジ』『最強伝説 黒沢』…賭けつづけるマンガ家 週めくり 福本伸行 2011年に人生を逆転する名言 2011年 カレンダー

エイダ・ラブレスが生まれた日


 今日はエイダ・ラブレスが生まれた日(1815年)。詩人バイロンの娘。史上初のプログラマー。数学者チャールズ・バベッジに師事。バベッジの講演を翻訳した際、2倍以上の分量の訳注を付けた。ベルヌーイ数を求めるための解析機関用のコードが、世界初のコンピュータプログラムとされる。


もうひとつの「世界でもっとも美しい10の科学実験」

2010-12-09

「Raging Bull」Tha Blue Herb


 ここ数日、この曲が頭の中で鳴り響いている。



D


STILLING STILL DREAMING

人間を照らす言葉の数々/『ブレヒトの写針詩』岩淵達治編訳


 ベルトルト・ブレヒトは東独の劇作家である。もちろん共産主義者だ。私が最も忌み嫌うものは「党派制を声高に主張する人物」である。だから○○主義者は全部嫌いだ。ああ嫌いだとも。


 なかんずく政治における主義は厄介だ。右か左かの選択肢を強いられてしまうためだ。上下という視点が存在しないのだから、価値観や思考回路は一次元の線上に収まる。どっちつかずの中途半端な連中が中道を標榜するが、中道内部にあっても右派と左派が存在する。政治主義のグラディエーション。


 世界を単純に解釈してしまうと運動は過激なものとなる。政治であれ宗教であれ。わかりやすい論法が人々を行動に走らせるのだ。社会はいつだって矛盾に満ちている。何らかの思想が大衆の琴線に触れると負のエネルギーが爆発する。


 前置きが長すぎた。ブレヒトは共産主義である前に人間主義だった。またブレヒトの人生を見つめると、現代とブレヒトが生きた時代とでは共産主義の意味合いもかなり異なっていたのだろう。そんな気がしてならない。


 本書はブレヒトの箴言集である。代表作の文言をテーマごとに集めたもの。味わい深い言葉の数々が長い余韻を響かせる。写針詩(フォトグラム)とは寸鉄詩(エピグラム)に引っ掛けてブレヒトが考案したスタイルであるとのこと。


アンドレア●英雄のいない国は不幸だ。


ガリレイ●ちがう、英雄を必要とする国が不幸なのだ。(「ガリレイの生涯」)


【『ブレヒトの写針詩』岩淵達治編訳(みすず書房、2002年)以下同】


曹長●(かすれた声で)俺をぺてんにかけやがったな。


肝っ玉おっ母●あんたは兵隊になったその日からご自分をぺてんにかけなすったんだよ。(「肝っ玉おっ母とその子供たち」)


 君たちに強くお願いしたいのは

 絶えず起こっていることを当然だと思ってしまわないことだ!

 なぜなら今のような血塗れの混乱の時代

 秩序化された無秩序の 計画された放埒の時代に

 人間性が非人間化されたこの時代に

 当然と考えられるものなどあってはならない それが

 不変なものなど認めないことに繋がるのだ(「例外と原則」)


 いやあ痺れますな。そうかと思えばこんなのもある──


「おいで、一緒に釣りにいこう」と釣師がミミズに言った。(「肝っ玉おっ母」ほか数作、ジェローム・K・ジェロームの引用)


 政治家や宗教家が釣師に見えてくる。


 ブレヒトはマルクス主義を演劇に導入し「叙事的演劇」という手法を編み出した。「するってえと、やっぱりマルクス主義は凄そうだな」となりそうだがそうではあるまい。政治思想というソフトを芸術次元に汎用し得たのは、そこに思想的格闘があったためで、マルクス主義ではなく飽くまでもブレヒト個人に負っているのだ。これこそがブレヒトの真骨頂だと私は思う。


 彼のユニークな風貌が多くのことを物語っている。世界や人間を面白がっている瞳だ。いかなる不幸や不条理をも笑い飛ばしてみせる、といった不適な面構えだ。


ガリレイ●科学はね、サルティ、ふたつの戦いに携わらなければならないのだ。迷信やお題目という、真珠色にたなびく無知のもやのなかでこけつまろびつしている人類、あまりにも無知なために自分自身の力を完全に発揮することのできない人類、そんな人類には、君たちが今明らかにしつつある自然の諸力(エネルギー)を発展させることもできないだろう。君たちは何のために研究するんだ? 私は科学の唯一の目的は、人間の生存条件の辛さを軽くすることにあると思うんだ。もし科学者が我欲の強い権力者に脅迫されて臆病になり、知識のための知識を積み重ねることだけで満足するようになったら、科学は片輪にされ、君たちの作る新しい機械もただ新たな苦しみを生みだすことにしかならないかもしれない。君たち科学者は、時の経つうちには、発見しうるものをすべて発見してしまうかもしれない。でもそれでは君たちの進歩は、人類から遠ざかって進んでゆくものになってしまう。そして君たちと人類の溝はどんどん拡がって、ついには君たちが何か新しい成果を獲得したといってあげる歓喜の叫びは、全世界の人々がひとしなみにあげる恐怖の叫びによって答えられることにもなりかねない。──かつて私は科学者として唯一無二の機会に恵まれた。私の時代に、天文学は民衆の集まる市場にまで達したのだ。このまったく特異な状況の下で、【ひとりの男】が節を屈することをしなかったら、全世界を震撼させることもできたはずだった。私が抵抗していたら、自然科学者は、医者たちの間のヒポクラテスの誓いのようなものを行うことになったかもしれない。自分たちの知識を人類の福祉のため以外は用いないというあの誓いだ! ところが現状で期待できるのは、せいぜいどんなことにも手を貸す、発見の才のある小人の族輩(うからやから)にすぎない。それにね、サルティ、私は一度だって本当の危険にさらされたことはなかったのだと思うよ。数年間は私はお上(かみ)と同じ力をもっていたのだ。だのに私は、自分の知識を権力者に引き渡して、彼らがそれをまったく自分の都合で使ったり使わなかったり、悪用したりできるようにしてしまった。……私は自分の職業を裏切ったのだ。私のしたようなことをしですかす人間は、科学者の席を汚すことはできないのだ。(「ガリレイの生涯」最終稿)


 ブレヒトの筆致にはプロパガンダの異臭が全くない。それどころか花のような香気が漂っている。偉大な芸術は例外なく人間を照らすものだ。彼は人間を愛した人だったに違いない。

ブレヒトの写針詩 (大人の本棚)

我々が捨てる物


 我々が捨てる物の山は、使う物よりもはるかに膨大なのだ。


【『チャーリーとの旅』ジョン・スタインベック竹内真訳(ポプラ社、2007年/大前正臣訳、弘文堂、1964年)】

チャーリーとの旅

自信のない政治ほど強権を用いやすい


 一般的にいって、自信のない政治ほど強権を用いやすいというのは、古来の政治的定説である。政治が、国民の自発的活力を吸い上げるサイフォンの役を演じているところでは、強権の利用価値は、それほど大きくない。権力の持ち主が、国民の支持を心の底から信じていないとき、または自己の陣営に弱みや派閥のおそれがあるような場合には、とかく対立する政治勢力に強権を発動して、必要以上の緊張感をつくり出し、それによって自らの陣営の一致強化をはかるというのは、権力を維持してゆく場合の常用手段だが、真の自立国家をねがうものは、万一にも、そうした道を選んではならないのである。


【『政治を考える指標』辻清明(岩波新書、1960年)】

政治を考える指標

三毛別羆事件が起こった日


 今日は三毛別羆事件が起こった日(1915年)。北海道留萌苫前村(現:苫前町古丹別)三毛別(現:三渓)六線沢で発生した日本史上最大最悪の獣害事件。羆が数度にわたり民家を襲い、当時の開拓民7名が死亡、3名の重傷者を出すという被害があった。

羆嵐 (新潮文庫) シャトゥーン ヒグマの森 (宝島SUGOI文庫) (宝島社文庫) 慟哭の谷―The devil’s valley

ドルトン・トランボが生まれた日


 今日はドルトン・トランボが生まれた日(1905年)。マッカーシズムの犠牲者。服役後も映画界から追放される。10年以上を経て『スパルタカス』『ローマの休日』『脱獄』『パピヨン』などの脚本を手掛ける。39年に小説『ジョニーは戦場へ行った』を発表。戦争のたびに発禁処分、復刊を繰り返した。

ジョニーは戦場へ行った [DVD] ジョニーは戦場へ行った (角川文庫)

2010-12-08

世界最高値、書籍が9億円で落札 「アメリカの鳥類」


 米国の鳥類学者ジョン・オーデュボンの著書「アメリカの鳥類」が7日、ロンドンの競売会社サザビーズで732万1250ポンド(約9億6500万円)で落札され、印刷された書籍に付けられた競売価格の世界記録を更新した。

「アメリカの鳥類」は全4巻からなり、1827〜38年に出版された。AP通信によると、縦横が90センチ×60センチの大型本。計435の鳥類が美しい水彩画で、ほぼ実物大で描かれている。

 これまでの最高額は2000年に米ニューヨークでの競売で落札された同じ「アメリカの鳥類」の別の版で、約880万ドル(当時の為替レートで約9億3500万円)だった。


47NEWS 2010-12-08

天敵のおかげで左巻きに カタツムリ進化の謎解明


 カタツムリの殻はもともと右巻きなのに、左巻きに進化した種が存在するのは、右巻きを好んで食べる天敵のヘビのおかげとする説を東北大の細将貴研究員(進化生物学)らのグループがまとめ8日、英科学誌ネイチャーコミュニケーションズ電子版に発表した。

 細さんは「天敵の存在が種を分化させていることを実証できた。生き物の進化を考える上で興味深い」と話している。

 左巻きのカタツムリは、右巻きと交尾しにくいため、突然変異などで生まれても代を継続できないとみられ、理論上は存在自体が謎だった。

 グループは、東南アジアや沖縄県の石垣島などに生息するセダカヘビの仲間が、右巻きを効率よく食べられる特殊な歯を持つことに着目。ヘビのいる地域と、左巻きが存在する割合を文献などで調べた。


47NEWS 2010-12-08

一夫多妻制度は進化的に優位


 文化人類学者が世界中の849の文化の夫婦関係を調べたところ、83%に当たる708の社会が一夫多妻の制度を持っていた。一夫一婦制はわずか16%の137ほどだった。ちなみに一婦多夫も四つの社会にはあった。


【『人類進化の700万年 書き換えられる「ヒトの起源」』三井誠(講談社現代新書、2005年)】

人類進化の700万年―書き換えられる「ヒトの起源」 (講談社現代新書)

痰の吸引は緊急救命措置として行うことが可能


 痰の吸引は、本来「医療行為」とされている。医師や看護師など、医療従事者のみに許される行為なのである。

 しかし、もしそれに従うとしたら、人工呼吸器使用者は、一生病室を出られないことになる。

 そこで鹿野は、例外的に医療行為が許される「肉親・家族」を拡大解釈することで活路を見いだした。つまり、ここに来るボランティアは、鹿野にとって「広い意味での家族」なのである(あるいは、放置すれば死に至る人に、やむなく「緊急救命措置」を施すという解釈も可能)。

 鹿野が「ボランティアは、ぼくの家族」という以上、誰も口出しはできない。吸引ミスなどで最悪の事態が起きても、ボランティアの責任は問わないという強い決意の下で成り立っている。


【『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』渡辺一史〈わたなべ・かずふみ〉(北海道新聞社、2003年)】

こんな夜更けにバナナかよ

カミーユ・クローデルが生まれた日


 今日はカミーユ・クローデルが生まれた日(1864年)。ロダンを愛し、ロダンを憎悪し、狂気の内で30年を生きた。強制的に入れられた精神病院で誰にも看取られることなく、この世を去った。代表作の一つ「分別盛り」は動いているようにしか見えない。


カミーユ・クローデル―天才は鏡のごとく (「知の再発見」双書) 

中江兆民が生まれた日


 今日は中江兆民が生まれた日(1847年)。東洋のルソーは55歳で死去。「俺には葬式など不必要だ。死んだらすぐに火葬場に送って荼毘にしろ」の遺言どおり葬式こそ営まれなかったが、彼の死を悼んだ人たちによって青山葬会場で「告別式」を開いた。これが現在行われている告別式の始まりとされる。

三酔人経綸問答 (岩波文庫) 一年有半・続一年有半 (岩波文庫) 中江兆民評論集 (岩波文庫) 近代日本の思想家たち――中江兆民・幸徳秋水・吉野作造 (岩波新書)

2010-12-07

『数の神話 永遠の円環を巡る英雄の旅』梅本龍夫(コスモス・ライブラリー、2009年)


数の神話―永遠の円環を巡る英雄の旅


「数」の扉を開くと、人類の太古の記憶が、「現代の神話」となって復活する


 神話は、「物語」「儀式」「シンボル」の3要素から成る。「物語」とは、共同体、国家、地球、さらには、宇宙全体の成り立ちと意味合いを説明する「元型的な物語」であり、一人ひとりが生きて体験している「小さな物語」を包摂する「最も大きな物語」である。「儀式」とは、この「最も大きな物語」に参入する方法論である。そして、「シンボル」とは、「物語」と「儀式」をひとつにつなぐ象徴的な記号を意味する。「シンボル」によって、「儀式」は内面化され、神話の「物語」は、日常の生活の中で生きて実感するものとなる。「シンボル」の中で、最も一貫性があり、体系化されたものが、「数」である。この神話的シンボルとしての「数」の法則を図像化したものが、エニアグラムである。今日のエニアグラムは、性格タイプ論(人格論)として隆盛をきわめているが、エニアグラムの根源にあるものは、「数」に秘められた神話的世界観(宇宙論)である。人格論としてのエニアグラムと、宇宙論としてのエニアグラムは、本質的に同一のものである。それゆえに、性格タイプの奥にあるエッセンスを理解し、それを良く生きるとき、神話は、架空の物語であることをやめ、宇宙を満たす無限の創造性そのものとなる。本書は、「数」を媒体とした宇宙論であると共に、神話の不滅の主人公たる英雄の冒険の旅を語る一大叙事詩でもある。神話学者のジョーゼフ・キャンベルは、英雄神話の基本構造として、「出立」「通過儀礼」「帰還」があることを明らかにした。英雄が巡る神話の円環は、エニアグラムの図そのものである。英雄は、「1」から旅立ち、つぎつぎと通過儀礼に遭遇しながら、「9」までの自然数を経て、再び「1」に戻る。この旅を成就した英雄は、至宝を持ち帰る。それこそが、人類全体が共有できる「現代の神話」の扉を開く、秘蔵の鍵なのである。

割高とは保有コストが高くなること


 しかしほかの商品に比べて割高になってしまったということは、その商品を買い、保有することにコストがかかり始めているということです。資金の貸し手(株式や債券の購入者)が、発行体が倒産するかもしれないというクレジットリスクを負いながら、借り手の金利負担の肩代わりをしてやっているような、非常に不自然な状態が出現してしまっています。


【『実践 生き残りのディーリング 変わりゆく市場に適応するための100のアプローチ』矢口新〈やぐち・あらた〉(パンローリング、2001年)】

実践 生き残りのディーリング (現代の錬金術師シリーズ)

食わずには生きてゆけない


くらし


 食わずには生きてゆけない。

 メシを

 野菜を

 肉を

 空気を

 光を

 水を

 親を

 きょうだいを

 師を

 金もこころも

 食わずには生きてこれなかった。

 ふくれた腹をかかえ

 口をぬぐえば

 台所に散らばっている

 にんじんのしっぽ

 鳥の骨

 父のはらわた

 四十の日暮れ

 私の目にはじめてあふれる獣の涙。


【『石垣りん詩集』石垣りん(ハルキ文庫、1998年)】

石垣りん詩集 (ハルキ文庫)

トム・ウェイツが生まれた日


 今日はトム・ウェイツが生まれた日(1949年)。「酔いどれ詩人」という異名で知られ、特徴的な嗄れた歌声、ジャズ的なピアノ演奏、しがない人々の心情をユーモラスに描きながらも温かい視線で見つめる独特な歌詞世界、ステージ上での軽妙な語り口でカルト的人気を博した。




Closing Time The Heart of Saturday Night Small Change


Foreign Affair Blue Valentine Heart Attack & Vine



Swordfishtrombones Rain Dogs Frank’s Wild Years


ROMEO BLEEDING : LIVE FROM AUSTIN [DVD] [Import] トム・ウェイツ 素面の、酔いどれ天使

伊能忠敬が日本地図の作成を開始した日


 今日は伊能忠敬が日本地図の作成を開始した日(1800年)。隠居後50歳を過ぎてから江戸に出て、天文学・数学・暦学等を学ぶ。この時の師匠である高橋至時は19歳年下だった。幕府の命令で55歳から71歳まで17年間全国各地を測量し、国家的大事業である大日本沿海輿地全図を完成させた。

四千万歩の男(一) (講談社文庫) 四千万歩の男(二) (講談社文庫) 四千万歩の男(三) (講談社文庫)


四千万歩の男(四) (講談社文庫) 四千万歩の男(五) (講談社文庫) 四千万歩の男 忠敬の生き方 (講談社文庫)


伊能忠敬測量隊 伊能測量隊まかり通る―幕府天文方御用 図説 伊能忠敬の地図をよむ (ふくろうの本)

2010-12-06

仏教の実像をわかりやすく探る/『仏教の謎を解く』宮元啓一


 決して悪い本ではない。初心者向けの内容でありながらも、きちんと要所を衝いている。手放しで褒めるわけにいかないのは著者が放つ嫌な臭いである。尊大かつ傲慢な素振りを私は感じた。ほんの数ページではあるが結果的に全体を台無しにしてしまっている。


 とにかく文章がすっきりしない。結局のところ宮元は仏教史実あるいは仏教論理研究家であって、宗教者ではないのだろう。この人の文章には悟性のようなものが欠けている。ブッダを語りながら、ブッダの精神を見失っているような気がしてならなかった。


 偉大な人物を知れば、その魂に触れて生きる姿勢が劇的な変化を遂げるものだ。偉大な人物は偉大な素材でもある。調理を施す人に厳しい注文をつけるのは当たり前だと私は考える。「ブッダってね、実際はこうだったんだよ」で終わってしまえば、それこそ噂話のレベルと遜色がない。


 ブッダは「すべてを知る者」だった。それはどのような意味だったのか──


 ですから、本来、釈迦は、すべてを知る者だとはいえ、宇宙の成り立ちとか、自己の本質とか、また、わたくしの2週間後の夕食の献立とか、そういった、釈迦みずからの実存にまつわる問題にかかわらないものは、みな「知る必要のないもの」と見なしたのです。

 実際のところ、そうしたものを釈迦は「知らなかった」でしょうが、肝要なのは、釈迦が、そうしたものを「知る必要のないもの」と見なしたということです。だからこそ、「すべてを知る者」だと自称することができたのです。


【『仏教の謎を解く』宮元啓一(鈴木出版、2005年)以下同】


 ブッダは形而上学的な存在論の問いに対して沈黙をもって答えた。これを無記という。


 ブッダはまた「否定の鬼」でもあった。「非ず」の連続技で人々の常識や価値観を激しく揺さぶった。真理は言葉にすることができない。それゆえ真理は否定形でしか示せないのだ。人々が執着するものを否定し、更に執着を否定しようとする努力をも否定し、「ただ離れよ」と説いた。


 学問は本来、自分が自由になるために行うものである。だが実際は学ぶべき内容をお上(文部科学省)が定め、テキストの暗記競争でヒエラルキーを構築し、社会に隷属する人間を粗製濫造する様相を呈している。学びて自身に問う姿勢は身につかない。学べば学ぶほど考える力が奪われる始末だ。


 ヒンドゥー教の最高神は全知だとされましたが、これはまさに無制限に全知なのでした。わたくしの2週間後の献立など、わたくしすらもわからないことを、ヒンドゥー教の最高神は知っている、ということになったのです。


 キリスト教の神も同様だ。ま、神は人間じゃないからね(笑)。大体さ、全知全能ってえのあ権力者にとって都合がいいんだよね。「だから嘘をついてはいけない」って論法になるわけだから。本当に全てを知っているなら神様は傍観しすぎだ。神の子が虐殺されても出てこようともしないんじゃ、いたっていなくたって同じだわな。


 そうやって、輪廻的な生存にまつわるすべての経験的な事実を観察し尽くし、それらのあいだの因果関係の鎖を考察、確認し終えることによって、釈迦は完全な智慧(ちえ)を得、「すべてを知る者」となったのです。もう少し詳しくいいますと、釈迦は、こうして、知るべきもののすべてと、知る必要のないもののすべてと、その両者の境目のすべてを知る者となったのです。


 文明が発達すればするほど、些末な生を生きるようになる。太陽の光や風に触れることも減ってゆく。自然との交感を失うと身体感覚が低下する。本能は退化し、脳味噌は断片的な刺激を受けて触覚のような反応を示す。皮膚感覚を欠いた刺激は先鋭化し、豊穣なはずの生が切り取り線状態と化す。で、挙げ句の果てに「自分探し」が始まる寸法だ。


 このことを考え抜いたすえに、釈迦は歴史的な大発見をしました。

 すなわち、輪廻的な生存をもたらす因果関係の鎖の終点は、じつは欲望ではなく、その欲望のさらに奥に、わたくしたちにはほとんど自覚できず、またほとんど抑制不可能な盲目的な衝動、つまり根本的な生存欲があることを釈迦は確認し、それを無明(むみょう)とか癡(ち)とか渇愛(かつあい)とかと呼びました。

 そしてさらに画期的な発見。釈迦は、根本的な生存欲を滅ぼすものは、輪廻的な生存をもたらす因果関係の鎖のすべてを知り尽くす智慧(ちえ)に他ならないと見て取ったのです。


 巧みな説明ではあるが、最後の部分は勢い余って筆が滑ったのだろう。いくら何でも「輪廻的な生存をもたらす因果関係の鎖のすべてを知り尽くす智慧」はないだろう。これではブッダが輪廻を肯定したことになってしまう。肯定も否定もしていないのが本当だ。


 脳科学的にいえば、意識上の欲望と無意識領域の情動ということだ。とするとブッダは3000年も前に脳の構造を理解したということなのだろうか? 違うね。そうであれば脳科学者は皆悟りを得ているはずだ。そんな形跡は全くない。


 ブッダは見たのだ。欲望の深層にほとばしる善と悪の奔流を。その向こう側には生そのものが燦然と輝いていたはずだ。瞑想とは自身の内部を深く見つめる営みである。欲望と自我の岩盤をどこまでも掘削すると忽然と泉が吹き出す。黄金に輝く生の泉が。

仏教の謎を解く

「ガンジーでも助走つけて殴るレベル」的なフレーズを考えるスレ


 大笑い。しっかし上手いねえ。定型化を相対化して逆転させるところがミソ。以下引用──


 マザーテレサも怒りでスーパーサイヤ人になるレベル、クレアおばさんも鍋ぶちまけるレベル、バットマンでも警察呼ぶレベル、聖徳太子でも聞き取れないレベル、ナイチンゲールでも赤チンだけ置いて帰るレベル、仏でも二度目でキレるレベル、ナポレオンが辞書に不可能を追加するレベル、銭形平次が家に戻って全財産投げつけるレベル……

有色人捕鯨国だけを攻撃する実態

 国際捕鯨委員会(IWC)の年次会議の場では、日本に対するレイシズム的行動が何回も見られた。

 78年6月にロンドンで開かれた年次会議では、赤い染料が日本代表団に浴びせられた。(中略)

「マーダー!(クジラ殺し!)」「バーバリアン!(野蛮人め!)」「お前たちの殺したクジラの血だ!」

 こんな罵声と共に降ってきた赤い染料は、日本代表団の頭や肩や膝に、あかたも血糊のように染み付いた。

 日本経済新聞社の元論説委員で、当時社会評論家として活躍していた故大和勇三は、オブザーバーとして取材を兼ねて出席している。帰国後、大和は講演のたびに次のように糾弾している。

「彼らがなぜ日本代表団にだけ染料水をかけたのか、私には察しがつく。彼らは退場する時に、ソ連、ノルウェー、アイスランド、スペインなどの白人捕鯨国の席には目もくれず、唯一の有色人捕鯨国である日本の代表団だけに向かって染料水をかけた。人種差別の現れに他ならない。アメリカが第二次大戦中に日本に原爆を落とし、白人交戦国のドイツ、イタリアに落とす意図が全くなかったのと同じことだ」


【『動物保護運動の虚像 その源流と真の狙い』梅崎義人〈うめざき・よしと〉(成山堂書店、1999年)】

動物保護運動の虚像―その源流と真の狙い

特殊法人とファミリー企業


 特殊法人(や許可法人)はどんどん子会社(公益法人も含む)、孫会社などを作る。株式持ち合いの関連企業を含めるとファミリー企業は約2000社にのぼる。

 その役職員数は本体を除いて少なくとも100万人と推計される。本体と合わせると150万人である。政府が大半の株を保有している旧特殊法人であるJRやJT(日本たばこ産業)などを含めると、関連企業数はさらに1000社以上増え、就業者数も数十万人増加する。

 特殊法人のなかには民間企業をほとんど丸がかえしているものもある。しかも、特殊法人の事業は公益事業や委託業務が多く、特殊法人によって生計を立てている企業は非常に多い。したがって、特殊法人関係の実質就業者数は200万人は下らないはずだ。

 特殊法人は資金調達は思いのままだし、株主に対する事業報告書の開示義務もなければ、経理内容も公開しない。国の財投計画の大半を受け入れて事業を展開し、膨大な下請けを抱える特殊法人は、いうなれば企業の王様だ。製造業を除くほぼ全産業分野に君臨している存在なのである。


【『日本が自滅する日 「官制経済体制」が国民のお金を食い尽くす!』石井紘基〈いしい・こうき〉(PHP研究所、2002年)】

日本が自滅する日―官制経済体制が国民のお金を食い尽くす

奴隷制を廃止するアメリカ合衆国憲法修正第13条が成立した日


 今日は奴隷制を廃止するアメリカ合衆国憲法修正第13条が27州の批准により成立した日(1865年)。第1節 奴隷制もしくは自発的でない隷属は、アメリカ合衆国内およびその法が及ぶ如何なる場所でも、存在してはならない。ただし犯罪者であって関連する者が正当と認めた場合の罰とする時を除く。

ルーツ コレクターズBOX [DVD]

ブリタニカ百科事典が発行された日


 今日はブリタニカ百科事典が発行された日(1768年)。1768年から100分冊を週刊で発行したのが始まり。これが英国の教養を要求するブルジョワジーに受け入れられて成功し、完成後の1771年に3巻にまとめて初版とした。大項目主義をとり、一流学者の44論文と単行本からの抜粋で構成。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2010 ブリタニカ草稿 (ちくま学芸文庫)

2010-12-05

アントニオ・R・ダマシオ


 1冊読了。


 135冊目『デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳』アントニオ・R・ダマシオ/田中三彦訳(ちくま学芸文庫、2010年/『生存する脳 心と脳と身体の神秘』改題、講談社、2000年)/テンプル・グランディン著『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』で紹介されていた一冊。フィネアス・ゲージの詳細から始まり、前頭前野を損傷した患者、病徴不覚症患者などを通して、情動・感情の重要性を説いている。そして、推論−意思決定は身体に支えられているとする「ソマティック・マーカー仮説」を立て、デカルトの心身二元論をコテンパンにしている。ま、心を脳に閉じこめなさんな、といった主張だ。面白かった。ただ後半が苦しい。翻訳の問題というよりは、ダマシオ自身の考えが決定的な深みに達していないように感じた。『動物感覚』を読んだ人は必読。

自分自身の草の根体験は改革への説得力をつける


 貴重な学習をさせてもらった日々であった。特に、貧村やスラムの視察より家族の一員としてホームステイをするのが好きだった。貧民の生活など知ろうともしない為政者を圧倒する目線や情報が、手に入るからだ。もちろん、政治の最前線だから、喧嘩の種は拾いきれないほどある。自分自身の草の根体験は、改革への説得力をつける。貧しさに喘ぐ株主、すなわち「我が家族と大勢の親類縁者」に励まされるから、権力者との闘いに尻込みをする暇などなかった。

 悪政が日常茶飯事な発展途上国の草の根で、稀に、世銀と同じ夢を一心に追うリーダーに出会うと、無上に嬉しくてよく泣いた。話や形は変わっても、皆それぞれのナディアを胸に抱いていた。ナディアが「正しいことを正しく行う」情熱を煽ぎ、情熱が信念の糧となり、ハートが頭と行動に繋がっていた。心身一体、常に一貫した言動だからこそ、民衆の信頼を受け、人々を鼓舞し、奮起していた。


【『国をつくるという仕事』西水美恵子〈にしみず・みえこ〉(英治出版、2009年)】

国をつくるという仕事

とりつかれたり、狂ったりするのは3年


 小池が本格的に将棋の勉強をしたというのは高校入学の年からで、このときは猛勉強したというより、将棋に狂っていたと小池は私に語ったことがある。

「どんな分野でもそうだと思うのですがとりつかれたり、狂ったりするのは3年ぐらいがいいところじゃないですか。あとは惰性で勉強して充分だと思うんです」

 といったこともあった。将棋の勉強のさまたげになると感じて学校の教科書は読まないことにした、というのだからたしかに将棋に狂った高校生であった。


【『真剣師 小池重明 “新宿の殺し屋”と呼ばれた将棋ギャンブラーの生涯』団鬼六〈だん・おにろく〉(イースト・プレス、1995年/幻冬舎アウトロー文庫、1997年)】

真剣師小池重明 (幻冬舎アウトロー文庫)

フジ子・ヘミングが生まれた日


 今日はフジ子・ヘミングが生まれた日(1932年)。「苦しかったことは、時が流れれば黄金色に輝くわよ」「すべてが、揃っていないと幸せでないと思うようになったら、それはとても不幸なことよね」「間違えたっていいじゃない、機械じゃないんだから」「どんなに教養があって立派な人でも、心に傷がない人には魅力がない。他人の痛みというものがわからないから」「死にものぐるいになったら、なんでもできる。そのかわり一生懸命にならないと実現できないわよ。情熱の一部なんかでは絶対にできない、ということを肝に銘じることだわ」「人間は場所を得て初めて、本当の姿を現す生きものなのよ」



奇蹟のカンパネラ フジ子・ヘミングの奇蹟~リスト&ショパン名演集~ 憂愁のノクターン(K2HD)


フジ子・ヘミング 運命の力 フジ子・ヘミングの「魂のことば」 天使への扉 (知恵の森文庫) フジコ・ヘミング 魂のピアニスト (新潮文庫)

ヴェルナー・ハイゼンベルクが生まれた日


 今日はヴェルナー・ハイゼンベルクが生まれた日(1901年)。行列力学不確定性原理によって量子力学に絶大な貢献をした。1932年に31歳の若さでノーベル物理学賞を受賞。タゴールに東洋哲学を学び、その内容が量子力学の真髄に通じていることを知り、驚いたとされる。

部分と全体―私の生涯の偉大な出会いと対話 そして世界に不確定性がもたらされた―ハイゼンベルクの物理学革命 ハイゼンベルクの顕微鏡~不確定性原理は超えられるか 物理学に生きて―巨人たちが語る思索のあゆみ (ちくま学芸文庫)

2010-12-04

『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』マルコム・グラッドウェル/沢田博、阿部尚美訳(光文社、2006年)


第1感  「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい (翻訳)


 副題は「『最初の2秒』の『なんとなく』が正しい」。あれやこれやと悩んだ末に下した判断が間違えていた、という経験は誰にでもあるだろう。米国のジャーナリストであり、ヒット商品や購買者心理の研究などで知られる著者は、長時間考えてたどり着いた結論よりも、最初の直感やひらめきによって、人は物事の本質を見抜いていることが多いのではないかという疑問を抱いた。調査を進めると、それを裏づける数多くの事例や学術的根拠が存在することがわかったという。


 芸術作品を一目見ただけで「贋作だ」と判断する人々がいる。そのように理屈ではなく一気に結論に達する脳の働きを「適応性無意識」と呼び、身体が持つ五感の延長線上にある「第六感」とは区別して解説する。夫婦の何気ない15分の会話を記録したビデオから、15年後の関係をほぼ予測し得るという心理学者がいる。「勘」や「経験」など曖昧な論拠ではなく、夫婦の1秒ごとの表情やしぐさを徹底的に分析した結果を示すのだという。


 それとほぼ同様の作業を、我々の脳が瞬時に行っているとしたらどうか。日常生活やビジネスなどから様々な事例を示しつつ、「数秒の中にある一生を左右する判断の力」を理解し磨く方法を指南する。

一貫して勝つ人間


 一貫して勝つ人間には、他人とは違った思考力があるのだ。


【『ゾーン 「勝つ」相場心理学入門』マーク・ダグラス/世良敬明(せら・たかあき)訳(パンローリング、2002年)】

ゾーン ― 相場心理学入門

視覚は現実世界そのものを理解するために働く


 視覚は、外界に眼を向け、頭のなかの画面にその映像を映し出すことにとどまるわけではない。私たちの脳は、外界を再現するだけではなく、それを理解しなければならない。実際、脳は、居間のテレビに映し出されている映像を理解するために懸命に働く必要があるのと同じように、現実世界そのものを理解するために働く必要がある。つまり、脳のなかにテレビ画面があると仮定しても、説明したことにはならない。(私たちの頭のなかの画面をいったいだれが見ているというのだろう?)しかし、もっと根本的な問題は、私たちが視覚的に体験していることだけがいま見えているものではない、ということである。視覚のもっとも重要な働きのなかには、意識にのぼらないものもあるからだ。


【『もうひとつの視覚 〈見えない視覚〉はどのように発見されたか』メルヴィン・グッデイル、デイヴィッド・ミルナー/鈴木光太郎、工藤信雄訳(新曜社、2008年)】

もうひとつの視覚―〈見えない視覚〉はどのように発見されたか

『部分と全体 私の生涯の偉大な出会いと対話』W・ハイゼンベルク/山崎和夫訳(みすず書房、1999年)


部分と全体―私の生涯の偉大な出会いと対話


 本書は量子力学建設期の巨人、W・ハイゼンベルクによる『Der Teil und das Ganze』(1969)の邦訳である。訳はハイゼンベルクのもとで彼と共同研究を行っていた山崎和夫により、序文を湯川秀樹が寄せている。この豪華な顔ぶれが並ぶ本のページをめくってみると、まず内容のおもしろさに引き込まれる。題名からは難解な哲学書を思わせるが、本書はハイゼンベルクの自伝なのである。


 圧巻は彼とボーア、アインシュタイン、ゾンマーフェルト、パウリ、ディラック、プランク等巨人たちとの対話である。そこではアインシュタインが「サイコロを振る神」の考え方を受け入れられず執拗に食い下がり同僚にいさめられたり、温厚な人柄で知られるボーアがシュレーディンガーと対決しついにシュレーディンガーが熱で倒れるも、ボーアはベッドの横にイスを持ち込んで議論を続けようとしたりと、そこからは巨人たちの姿を生身の人間として感じることができる。キリスト教の聖書は物語と対話によって神の教えがあらわされているが、本書では物語と対話によって物理学の巨人たちの教えがあらわされている。その言葉には重みがあり本書を開くたびに新たな発見がある。

リルケが生まれた日


 今日はリルケが生まれた日(1875年)。ロダンの孤独な生活と芸術観に深い影響を受けた。ことにロダンの対象への肉迫と職人的な手仕事は、リルケに浅薄な叙情を捨てさせ、「事物詩」を始めとする、対象を言葉によって内側から形作ろうとする作風に向かわせた。

リルケ詩集 (新潮文庫) 若き詩人への手紙・若き女性への手紙 (新潮文庫) マルテの手記 (新潮文庫) ドゥイノの悲歌 (岩波文庫)

トーマス・カーライルが生まれた日


 今日はトーマス・カーライルが生まれた日(1795年)。「世界の歴史は英雄によって作られる」と主張したことで知られるが、彼の言う「英雄」とは歴史に影響を与えた神、預言者、詩人、僧侶、文人、帝王などを指す。明治以来、多数日本語訳されて来たが、今日新本での購入は困難である。

衣服哲学 (岩波文庫 青 668-1) 英雄崇拝論

2010-12-03

『バカでも年収1000万円』伊藤喜之(ダイヤモンド社、2010年)


バカでも年収1000万円


 どんな状態からでも1000万円稼げる6大奥義。99%の人々が見落としていた成功法則。「成功の糸」「超速行動」「弱点レーダー」「人に貯金」「夢は持つな」「逆さまの法則」。「こんなに簡単だったんだ」。

『Mind Shift』Def Tech


Mind Shift


Def Tech からのメッセージ


 CDを、音楽を、購入する人が激減しています。 また、デジタルの世界では短い編集をした切り売りという手段が、とくに若いリスナーへ浸透しています。


 かつてDef Tech は、1.CDの値段を、自分たちが「買いたくなる価格」にして、2.CDをレンタルしたりコピーしたりせずに、買って聴いてほしい。という考えを現実のかたちにしました。(ファーストアルバムは1500円でレンタル禁止です)


 音楽が高すぎるから買いたくない、だからタダでとってくる(落としてくる)……というのは負のスパ イラル。このままスパイラルを下り続ければ、やがて新しい音楽は絶滅するかもしれません。


 今回Def Tech は、現在のデジタル・コピー状況に対するメッセージとして、また、新しい音楽にとって絶滅の危機といえるほどの現状へのメッセージとして、ニューアルバムのサンプル試聴〜リリースへの提案をします。


 Def Tech の提案は、90秒の曲……このくらいの長さが音楽を感じるための最小サイズのように思います……は自由に聴 いてほしい。もちろんタダでかまいません。それは、Def Tech にとっても新しい自分たちの音楽を知ってもらうチャンスと考えているから(よろしくおねがいします!)。


 Def Tech として“Give and Take”の気持ち。まずは“Give”ホームページ上で90秒サイズの新曲をフリーダウンロード出来るようにしました。この試みはアルバム発売まで続ける予定。同時に、アルバム発売日までは、全てのメディアにお渡しする楽曲のサイズを90 秒で切って、その最後にDef Tech なりのメッセージを入れることにしました。


 そしてこの秋、新しいアルバムを発売します(もちろん全ての曲をフルサイズで収録し、できる限り適正な仕様・価格で、と考えています)。このアルバムは、皆さんに買って聴いて欲しい。なぜなら、素晴らしく良いもの、新しいものを、満身の力を込めて創り上げているから!


 とはいえ、9月になってもまだ録音制作中……待っていてくれる皆さんに感謝しつつ、いま仕上げの真っ最中です。アルバムリリースのあと、年明けにはライブツアーで会いましょう!

Randy Newman - Losing You


 若い頃には感じなかった何かが胸を去来する。ランディ・ニューマンの声には乾いた優しさがある。



Harps & Angels

皆が他人のために利用され合っている

 金持ちゆえに大勢の者たちに詰めかけられる人々を見るがよい。この人々は自分の財産で首を締められているのだ。多くの人々にとって富はいかに重荷であろうか。いかに多くの人々が弁舌を振るい、また自己の才能を誇示せんと苦慮して日夜血を吐く思いをしていることか。いかに多くの人々が快楽の連続で青ざめていることか。いかに多くの人々が大勢の子分たちに取り巻かれて、少しの事由さえも残してもらえないことか。要するに、これらの人々を最下位から最上位までずっと見渡してみるがよい。ここには訴訟の相談に乗る者がおり、また証人になる者がいる。あそこには人を審問する者がおり、また弁護に立つ者がいる。またあそこには判決を行なう者もいる。しかし誰ひとりとして自分自身に対する権利を主張する者はない。互いに他人のために利用され合っているだけだ。


【『人生の短さについて』セネカ/茂手木元蔵〈もてぎ・もとぞう〉訳(岩波文庫、1980年/大西英文訳、2010年)】

人生の短さについて 他二篇 (ワイド版 岩波文庫) 生の短さについて 他2篇 (岩波文庫)

(※左が茂手木元蔵訳、右が大西英文訳)

和歌山英数学館の校長だった笹岡治男先生


 大学受験をひかえた高校4年(※定時制)の秋、受験生向けの雑誌「蛍雪時代」の対談記事をたまたま読んだことがある。そこで、赤尾の豆単で有名な旺文社の赤尾好夫さんと、和歌山英数学館の校長だった笹岡治男先生が対談していた。そのなかでとくに笹岡先生の言葉が目にとまった。

「最近は、苦学してまで大学に行く学生がいなくなった」

 対談でそう話していた。そこで、駄目元で笹岡先生に手紙を書いた。

「僕は国立大学に行きたいのですが、いまはその学力がありません。といって私学に行こうにも金がありません。来年の春に国立大学を受験しますが、おそらく落ちるでしょう。そうなったら面倒を見てもらえないでしょうか」

 和歌山英数学館は、昭和36年(1961年)に設立された比較的新しい神学予備校だったので、熱が入っていたのかもしれない。驚いたことに、こう返事がきたのである。

「とりあえず頑張って受験勉強しなさい。万が一大学に落ちたら、私を訪ねてきなさい」

 この年の受験は、案の定、長崎大学も大阪外大も不合格だった。私は、笹岡先生からの手紙を握りしめ、夜行急行列車「西海」に飛び乗った。昭和38年(1963年)の春、ちょうど二十歳(はたち)になる年だ。故郷をあとにすることに何のためらいもなかった。

 それ以降、いまにいたるまで平戸に住んだことはない。


【『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』田中森一〈たなか・もりかず〉(幻冬舎、2007年/幻冬舎アウトロー文庫、2008年)】

反転―闇社会の守護神と呼ばれて (幻冬舎アウトロー文庫)

永井荷風が生まれた日


 今日は永井荷風が生まれた日(1879年)。1910年の大逆事件で、日本はアメリカの個人尊重もフランスの伝統遵守もなしに上辺の西欧化に専心し、体制派は逆らう市民を迫害している。ドレフュス事件を糾弾したゾラの勇気がなければ、戯作者に身を落とすしかないと述べた。

〓東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫) 摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫) 摘録 断腸亭日乗〈下〉 (岩波文庫) ふらんす物語 (岩波文庫)

ジョセフ・コンラッドが生まれた日


 今日はジョセフ・コンラッドが生まれた日(1857年)。1899年、小説『闇の奥』を発表。西洋文化の暗い側面を描写したこの小説は、英国船時代にコンゴ川で得た経験を元に書かれたもので、T・S・エリオット『荒地』、ユージン・オニール『皇帝ジョーンズ』、F・スコット・フィッツジェラルドグレート・ギャツビー』、ジョージ・オーウェル一九八四年』などにも影響を及ぼした。

闇の奥 『闇の奥』の奥―コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷 コンラッド短篇集 (ちくま文庫) 

2010-12-02

裁判:消えた権利〜知的障害者と裁判 女性の訴え「門前払い」 一般人も即答無理


 知的障害をもつ女性(30)が強制わいせつの被害を訴えた刑事裁判で、1審の宮崎地裁延岡支部は昨年9月、女性の「告訴能力」を否定し、検察官の起訴を無効とする判決を言い渡した。「女性には裁判所に訴える能力がない」。公訴棄却判決は、いわば「門前払い」の内容だが、女性の周辺にはその判断への疑問の声が相次いでいる。12月21日に予定される控訴審判決を前に事件の周辺を歩き、司法における知的障害者の人権を考えた。


「携帯で胸を撮られた。みんなに見せるって」。昨年2月24日夕、宮崎県北部の山あいにある福祉作業所。家族や職員ら15人がかたずを飲んで“告白”に聞き入っていた。


 きっかけは数日前、女性が友人に相談したことだった。本当だと思った職員は警察官にも同席を頼んだ。


「自分で男について行ったの」という問いに「1回か2回断った。でも早よこれ(車)に乗らんねって怒られた」。「何をされたの」「いやらしいことをされた。怖くて声が出んかった。体も動かんかった」。言葉を聞いた職員は「余りにありのままで、聞くに堪えなかった」と振り返る。作業所には、両親のおえつと職員のもらい泣きの声が響いた。


 話し合いは約3時間に及んだ。最後は全員で「この子たちを守ってくれるのは警察しかない」と、警察官に頭を下げた。外は真っ暗になっていた。


 まもなく逮捕・起訴された男(61)は捜査段階で容疑を認めたが、公判では「合意の上だった」と否認に転じた。女性は昨年6月、裁判所に出廷した。


 尋問は、傍聴席や被告の間についたてを立てただけで行われた。関係者によると「相手(被告)を許しますか」と尋ねた検察官に女性は「許しません」とはっきり答えた。だが、聞き手が裁判官に替わり、供述調書と告訴状の意味の違いなどについて聞かれると、黙り込んでしまったという。


 そしてその3カ月後に出た判決は、被害者の「告訴能力のなさ」を書き連ねていた。「問いが難しくなると、応答が迎合的になる」「告訴状と供述調書の違い、記載内容などを自発的に説明できない」。起訴自体が無効という判断は、女性の周囲に衝撃を与えた。


 知的障害者が巻き込まれた事件の情報を集めている「全日本手をつなぐ育成会」(東京)によると、知的障害を理由に告訴能力を問題視されて起訴が無効とされた事件は聞いたことがないという。


 大久保常明常務理事は「知的障害者は被害をうまく説明できなくて泣き寝入りしてしまうことが多い。だが、この判決は告訴能力を否定しており、それ以前の問題だ」と驚く。「一般人でも告訴状と供述調書の違いをきちんと説明できる方がどれだけいるでしょうか。こんな理由で知的障害者を司法から排除するのなら、司法の役割とはいったい何なのでしょうか」


 なぜ、こうした判断に至ったのか──。記者は二度にわたって裁判長に取材を申し込んだが、宮崎地裁から「判決文にあることがすべてで、コメントできない」という電話回答があっただけだった。


 強制わいせつの被害を訴えた宮崎県の女性(30)は09年6月、同県延岡市内で精神科医(77)の鑑定を受けた。県北部の鑑定を一手に引き受けるようになって約四半世紀。医師は、抽象的な質問や難しい言葉は苦手という知的障害者の特性を考え、父親を同席させてゆっくり分かりやすく話すよう気を遣った。


「学校ではどんな子だったのかな」と尋ねると「いじめられっ子」という答えが返ってきた。好きな科目は「国語」。嫌いな科目は「算数」。好きな漫画は「りぼん」……。


 女性はおとなしく、被害状況を聞けないくらい恥ずかしがっていた。しかし、「事件についてどう思っていますか。どんな感想を持っているのかな」と聞くと「二度とこんなことがないように」と、うつむき加減に、だがはっきりとした言葉が返ってきたという。


 医師は、約2時間の知能テストと面談の末、軽度の知的障害と判定した。「中学生以上の社会的能力を持ち、物事の善悪は判断できる」。そう話す医師は、1審判決について「意志をうまく伝えられない知的障害者はとても弱い存在。でも裁判所は彼女の思いをくみ取ろうとせず、事件をなかったことにして彼女は被害者にもなれなかった」と語る。




 事件当時、女性は自宅近くの福祉作業所に通っていた。「障害があっても地域で暮らしたい」。そう願う障害者の家族や兄弟たちが協力して作った小さな作業所だ。


 両親は女性を都市部で就職させることも考えた。だが「家族と一緒に暮らしたい」という女性の希望もあって、作業所に通わせることにした。育てた野菜を売って月に約5000円を得るだけだが、職員は泥だらけになって楽しそうに畑仕事をする女性の姿をよく覚えている。


 事件後、再び被害に遭うことを恐れた両親は、女性を遠くの入所型グループホームに移した。「兄弟はみな就職して家を出て、最後まで残ったのがあの子だった。いなくなってしまって私たち夫婦の生活がどんなに寂しくなったことか」。父親は声を落とした。




 女性は読み書きもでき、施設の仲間や好きなタレントの生年月日や干支(えと)をすべて覚えていた。事件から約1週間後、舗装された道路もない山奥の現場まで、職員や警察官を正しく案内したという。


 11月中旬、記者は女性を訪ねた。「忘れさせてやりたいから、事件のことは聞かないで」。そう念押しされ、グループホームの片隅で女性を見守った。


 ホームにいる間、女性は入所者と終始おしゃべりをしていて、初対面の記者とはなかなか目を合わせようとしなかった。だが、しばらくすると記者に名前や好きなタレントを聞き、自分の氏名住所と好きなアイドルを書いた紙を渡してくれた。


「また来てね」。帰り際、ささやいて笑った女性は、童顔で年齢よりも幼くみえた。だが、好き嫌いもしっかりあり、友人と雑談もできる彼女と自分は何がそんなに違うのか。「誰も彼女の証言能力を疑ったことはありません」。作業所職員の言葉は、決して誇張ではないと実感した。【川上珠実】


毎日新聞 九州版 2010-12-02


 中学生以下の判断力であれば、レイプされても仕方がないというメッセージを社会に放ったも同然だ。裁判所が法的正義を実行できないのであれば、それに代わる正義の味方が必要となる。法的な不作為は確実に暴力の温床となることだろう。

他人の踏み固めた道になれきって、その思索のあとを追う


 精神が代用品になれて事柄そのものの忘却に陥るのを防ぎ、すでに他人の踏み固めた道になれきって、その思索のあとを追うあまり、自らの思索の道からとおざかるのを防ぐためには、多読を慎むべきである。かりにも読書のために、現実の世界に対する注視を避けるようなことがあってはならない。というのは真に物事をながめるならば読書の場合とは比較にならぬほど、思索する多くの機会に恵まれ、自分で考えようという気分になるからである。すなわち具体的な事物は本来のいきいきとした力で迫ってくるため、思索する精神にとって恰好の対象となり、精神に深い感動をもっとも容易に与えることができるのである。


【『読書について』ショウペンハウエル/斎藤忍随〈さいとう・にんずい〉訳(岩波文庫、1960年)】


 増刷されたようだ。朗報である。

読書について 他二篇 (岩波文庫)

人間を民族や部族、宗派の違いだけで憎むことの愚かさ


 今シーズン、バグダットの〈ザウラ〉で19ゴールを決めて、“フィールドのスナイパー”の異名をとった22歳のFWアフマド・ムナージドが、仲間を代弁するように言った。五輪代表も兼務する彼は、スンニ派である。

「スンニもシーアも、我々にとっては大きな問題じゃないよ。周囲はいろいろ言うし、教義については深い違いがあることも知っている。でも僕は、そのことで対立したり仲たがいをするのなら、そんな違いすら知らずに生きてゆきたいんだ」

 湾岸戦争が勃発(ぼっぱつ)したのが8歳のときというムナージドは、物心ついたときから、戦火の中でのフットボールを強(し)いられてきた。人間を民族や部族、宗派の違いだけで憎むことの愚(おろ)かさを、体験で実感している。


【『蹴る群れ』木村元彦〈きむら・ゆきひこ〉(講談社、2007年)】

蹴る群れ

マリア・カラスが生まれた日


 今日はマリア・カラスが生まれた日(1923年)。20世紀最高のソプラノ歌手と言われた。特にルチアノルマ、ヴィオレッタ(椿姫)、トスカなどの歌唱は、技術もさることながら役の内面に深く踏み込んだ表現で際立っており、多くの聴衆を魅了するとともにその後の歌手にも強い影響を及ぼした。


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2010-12-01

衝突直前のブラックホールを発見 500年後、ペアが合体か


 地球から2億8000万光年離れた巨大銀河の中心にある二つのブラックホールが衝突直前の状態にあり、500年後にぶつかることが判明したと、国立天文台と岐阜大などが1日付の米専門誌に発表した。

 巨大銀河の形成には巨大なブラックホールが必要という理論が有力で、今回は二つのブラックホールが衝突、合体して巨大なブラックホールができうることを示したもので、巨大銀河形成の仕組み解明につながるとしている。

 ブラックホールの中には、連星のように互いを回るペアがある。研究チームは、以前見つけたペアを野辺山宇宙電波観測所(長野県南牧村)などの電波望遠鏡であらためて詳細に観測。二つの質量を合わせると太陽の20億倍あり、双方の距離は0.02光年で、これまでに見つかったペアの中で最も近いと判明。質量と距離などから、二つが衝突するまでの時間は500年前後と算出した。


47NEWS 2010-12-01


 因みにブラックホールが割れることはない。

サンタクロースは存在するか?


「サンタクロースは存在するか?」

 この問いほど重要な問いはこの世界に存在しないという思いが、私を不意打ちしたのだ。


【『脳と仮想』茂木健一郎(新潮社、2004年/新潮文庫、2007年)】

脳と仮想 (新潮文庫)

「戦争は万物の父である」


「戦争は万物の父である」

 ──エフィソスのヘラクレイトス(紀元前540〜480年)


「ボルジア家の統治下にあった30年のあいだに、イタリアじゃ戦いやテロや殺人や殺し合いが起こっていた。しかし同時に彼らはミケランジェロレオナルド・ダ・ヴィンチの他に、ルネッサンスも生み出したのさ。ところがスイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だけさ」

 ──映画「第三の男」のハリー・ライムのセリフ


「私は、平和の長さというものは敵に与えた壊滅と正比例する、という原則を信じている。つまり敵に与えた打撃が激しいものであればあるほど、敵が静かでいる期間が長くなるということだ」

 ──ミハイル・スコベレフ将軍


【『戦略の格言 戦略家のための40の議論』コリン・グレイ/奥山真司〈おくやま・まさし〉訳(芙蓉書房出版、2009年)】

戦略の格言―戦略家のための40の議論

レックス・スタウトが生まれた日


 今日はレックス・スタウトが生まれた日(1886年)。名探偵ネロ・ウルフの生みの親として知られる。クエーカーの両親の元、カンザス州で育つ。4歳で聖書を二度読み、10歳までに1000冊の古典を読んだという。アメリカではネロ・ウルフはシャーロック・ホームズに次ぐほどの人気探偵である。

料理長が多すぎる (ハヤカワ・ミステリ文庫 35-1) 黒い山 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1828) 苦いオードブル (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1797) 手袋の中の手 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1786)

武田信玄が生まれた日


 今日は武田信玄が生まれた日(1521年)。信玄は情報収集を重要視し、「三ツ者」と呼ばれる隠密組織を用いていた(甲陽軍鑑では三ツ者のほか、素破とも表現されている)。また、身寄りの無い少女達を集めて忍びの術を仕込ませ、表向きは「歩き巫女」として全国に配備し諜報活動を行わせた。このため、信玄は甲斐に居ながら日本各地の情報を知っていたことから、まるで日本中を廻っていたかのような印象を持たれ「足長坊主」と異称されたという。

武田信玄 風の巻 (文春文庫) 武田信玄 林の巻 (文春文庫) 武田信玄 火の巻 (文春文庫) 武田信玄 山の巻 (文春文庫)


天と地と 上 (文春文庫) 天と地と 中 (文春文庫) 天と地と 下 (文春文庫) 風林火山 (新潮文庫)