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2011-01-31

馬鹿な女とのメールを淡々と貼っていく

 これは面白かった。イレギュラーの面白さ。今時の若い娘は凄いレベルですな。

二重に馬鹿でなければ悪魔崇拝者にはなれない


「二重に馬鹿でなければ、悪魔崇拝者にはなれない」ストーニイはつぶやいた。

「二重に?」

「キリスト教神学のたわごとをまるごと信じるだけでなく、その上で、運命として敗北保証つきでまったく不毛な【敗者側】に転向して、それを支持する必要があるんだから」


【『ひとりっ子』グレッグ・イーガン山岸真編・訳(ハヤカワ文庫、2006年)】

ひとりっ子 (ハヤカワ文庫SF)

ミスをした方が負ける


 実は、将棋では、勝ったケースのほとんどは相手のミスによる勝ちである。本当のことだ。拾い勝ちという感じなのだ。テニスなども、自分の強烈なショットがダウン・ザ・ラインに決まって勝つというより、相手のミスに「救われた!」というゲーム展開が多いのではないか。

 ミスには面白い法則がある。たとえば、最初に相手がミスをする。そして次に自分がミスをする。ミスとミスで帳消しになると思いがちだが、あとからしたミスのほうが罪が重い。そのときの自分のミスは、相手のミスを足した分も加わって大きくなるのだ。つまりマイナスの度数が高いのだ。だから、序盤から少しずつ利を重ねてきても、たった一手の終盤のミスで、ガラガラと崩れ去る……そこが将棋の面白いところでもあり、逆転も多く起きる。プロ同士の対戦でもそういうことで決着がついていることが多い。


【『決断力』羽生善治(角川oneテーマ21、2005年)】

決断力 (角川oneテーマ21)

2011-01-30

相対性理論の伝記/『相対論がもたらした時空の奇妙な幾何学 アインシュタインと膨張する宇宙』アミール・D・アクゼル


 アインシュタイン入門、あるいは相対性理論の伝記ともいうべき一冊。文章がやや固いもののスラスラ読める。


 彼(※アインシュタイン)はギムナジウムを回想して、力と強制と権威をふりかざすところだったと述べている。アインシュタインが権威に疑問を呈することを覚えたのは、まさにこのギムナジウム時代だった──事実、“あらゆる既成の信仰を疑う”という、後の自らの科学的発展に大きな影響を及ぼした観念を、これはこのとき独力で学んだのだ、と何人かの伝記作者を考えている。


【『相対論がもたらした時空の奇妙な幾何学 アインシュタインと膨張する宇宙』アミール・D・アクゼル/林一訳(早川書房、2002年/ハヤカワ文庫、2007年)以下同】

 アインシュタイン少年の怒りが伝わってくる。抜きん出た英知が大人の愚かさを見下ろしていたのだろう。思春期特有の「やり場のない怒り」といったものではなかったはずだ。冷徹な眼差しで、教育という名の虐待を見つめたに違いない。真の怒りは青白き焔(ほのお)となって燃え上がる。抑圧を燃料としながら。


 相対性に関するアインシュタインのこの研究は、運動、空間、時間についてわれわれが抱く観念を一変させた。空間はもはや絶対的なものとは見なせず、基準系に相対的なものとなったのだ。この“基準系”という考えには、3世紀前にガリレオが唱えた同様の考えが反映している。

 一般相対性理論は「絶対」を葬り、「中心」の息の根を止めた。「神は死んだ」(『悦ばしき知識』)とニーチェが書いたのは1882年のこと。だが実際に止めを刺したのはアインシュタインであった。


 神という座標は完全に崩壊した。空間の正体はは歪んだ時空連続体であった。観測者の運動によって世界(時空)は異なっていた。


 アインシュタインがわれわれにもたらしたこの新しい相対的な世界において、絶対不変のものが一つだけ存在する。光の速度である。ほかのすべては、この究極の速度の見解を取りかこむ取り巻きにすぎない。空間と時間は一体化し、時空となった。光速の宇宙船で旅する双子の一方は、地球に残っている双子の片割れよりもゆっくりと歳をとることが証明された(※双子のパラドックス)。物体の速度が光の速さに近づくにつれて、運動する物体は変化し、時間は伸びる。時間はゆっくりすぎる。相対論の禁ずるところではあるが、もしなにものかが光より速く動くとすれば、それは過去へ進むだろう。空間と時間はもはや固定していない──可塑(かそ)的であり、物体は光速にどれほど近いかによって変わりうる。

 アインシュタインはもっぱら理論的な考察、彼のいう「思考実験」のみから、光源がいかに速く観測者に近づいたり、あるいは遠ざかったりしても、光の速さは一定不変であると断じたのである。


 時速50kmで走る2台の車が擦れ違う時、お互いの位置からは時速100kmで走り去ってゆくことになる。ところが光の場合これが当てはまらないのだ。光はどこから見ても秒速30万kmとなる。光速度が速さの上限なのだ。


 16歳のアインシュタインは次のように考えた。「もし自分が光の速さで飛んだら、顔は鏡(かがみ)に映るのだろうか?」(『みるみる理解できる相対性理論 改訂版』ニュートン別冊/佐藤勝彦監修、水谷仁編集)と。


 もしも光が音と同じような波であるなら決して映らないはずだ。音の速さは秒速340mである。仮に私が秒速341mで走ったとすれば、見目麗しき美女から「待って」と言われても、その声が届くことはないのだ。


 結論を述べよう。光速度で飛んだとしても鏡に顔は映る。光は音と違って媒質を必要としない。ここからアインシュタインは当時まだ信じられていたエーテルに疑いを抱いた。


 たとえ生の親に見捨てられでも、宇宙定数は決して息絶えることは無かった。


 これが本書の白眉といってよい。宇宙定数は息を吹き返し、そして最新の研究によればエーテルまでもが蘇りつつあるのだ(『物質のすべては光 現代物理学が明かす、力と質量の起源』フランク・ウィルチェック)。


 行きつ戻りつしながらも科学は確かなる歩みを運ぶ。その意味で光とは、直観的な英知の異名であると言い切ってよい。

相対論がもたらした時空の奇妙な幾何学―アインシュタインと膨張する宇宙 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

ばーさんがじーさんに作る食卓

 これは素敵なブログだ。70歳を過ぎた主婦の美味しそうな手料理がずらりと並ぶ。

『FBI捜査官が教える「第一印象」の心理学』ジョー・ナヴァロ、トニ・シアラ・ポインター/西田美緒子訳(河出書房新社、2011年)


FBI捜査官が教える「第一印象」の心理学


 その一瞬の印象がすべてを決める! 人と接するときの「見た目」と「しぐさ」を変えれば、人生は劇的に変わる! 元FBI捜査官が、好印象や信頼感を与えるためのあらゆる秘策を伝授する!

無責任と全責任


 われわれは、これらのことを、どう考へたらいいのであらうか。われわれは何ごとに対しても、何の責任もないと考へるのも、われわれは世のあらゆることがらに対して、全責任を負つてゐると考へるのも、その徹底したかたちでは、われわれを宗教のやうなものに導くかも知れない。もしわれわれの存在が、他の無数の人たちの不幸の原因となつてゐて、われわれが各自その責任を負はねばならないとするならば、いまも言はれたやうに、われわれは誰もみな罪人であるといふことになるだらう。そしてわれわれの罪の深さを思へば、いかなる刑罰も、重すぎるといふことはないかも知れない。しかしわれわれは、このやうな責任に堪へることができるであらうか。無から世界をつくつた神も、あらゆる責任を負ふものではなかつた。「神義論」は、この世の悪に対して、神に責任のないことを論ずるための、弁明の書であつた。神を否定する実存主義者たちが、全世界に対して責任を負ふといふやうな、大げさな見えを張つても、その責任の意味は、極めて漠然としてゐて、ほとんど無意味に近いのではないかと疑はれる。このやうな空虚な責任なら、何ごとも「不徳のいたすところ」と勿体ぶつて、「坊つちゃん」をじれつたがらせた「狸校長」も知つてゐたはずである。わたしは責任の考へを徹底させて、われわれの罪の深さを教へる考へ方に、ひとつの宗教的真実を認めたいと思ふのであるが、しかし日常の生活においては、われわれの責任は、やはり限られたものであると考へなければならぬ。われわれは、神も負ふことをしなかつたやうな責任を、われわれの肩の上に担ふことはできない。われわれの荷は、もつと小さく限られねばならぬ。


【『責任と無責任との間 「疑はしきは罰せず」といふことから』田中美知太郎〈たなか・みちたろう〉/『日本の名随筆 別巻91 裁判』佐木隆三〈さき・りゅうぞう〉編(作品社、1998年)】

裁判 (日本の名随筆)

創造的な天才は世界に隠された秩序を把握する


 そうった信念を、ポール・ディラックアインシュタインについて語るときに述べている。すなわち「理論に美をもちこむことは、実験に合致させることよりも重要である」。タヒチに足を踏み入れるより前に理想化されたエヴァを描いていたゴーギャンと同じように、パリのサロンから高貴なる野蛮人を夢想したルソーと同じように、ダーウィンは自然を事前に予知したのだ。

 創造的な天才とは、その本性から「これから発見されるべき事柄、新たな実験、未知の結果を嗅ぎ分ける」ことができるよう、そっと知らせてもらえるような人々のことであると、ディドロは書いている。彼らは目で見た以上のことを想像するが、それによって、想像の世界をつくりだすというよりもむしろ実在の世界に隠された秩序を把握するのだ。


【『内なる目 意識の進化論』ニコラス・ハンフリー/垂水雄二〈たるみ・ゆうじ〉訳(紀伊國屋書店、1993年)】

内なる目 意識の進化論

長谷川町子が生まれた日


 今日は長谷川町子が生まれた日(1920年)。田河水泡に師事。日本初の女性プロ漫画家として知られる。福岡県の地方紙「夕刊フクニチ」に掲載された『サザエさん』で新聞4コマ漫画の第一人者となる。他には『いじわるばあさん』、『エプロンおばさん』など。聖公会のクリスチャンだった。

長谷川町子全集 (1)  サザエさん 1 いじわるばあさん (1) サザエさんの東京物語

2011-01-29

「何も言えなくて…夏」JAYWALK


 20年前は何とも思わなかった曲が、今頃になって胸を震わせる。


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JAYWALK SUPER BEST

経済的搾取がテロの要因となる

 ところで、私たちがテロリストに攻撃されるのはなぜだろう?

 陰謀を企むテロ組織があるせいだと答える人もいるだろう。そんな単純な問題であったら、どんなにいいだろう。陰謀に加わる者たちを見つけ出して、正義の裁きを受けさせればいい。だが、惨劇がくりかえされるシステムに原動力を与えているのは、それよりもはるかに危険なものなのだ。根元的問題は一部の集団にあるのではなく、あたかも絶対的真実のように受け入れられている認識にある。つまり、すべての経済的成長は人間にとって利益であり、成長が大きければ大きいほど利益は拡大するという考えである。そう信じるかぎり、経済成長の焚き火をたくのがうまい人々が賞賛されたり報酬を獲得したりする一方で、主流からはずれた場所に生まれた人々は搾取されるために存在するという、必然的な結果がもたらされる。


【『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』ジョン・パーキンス/古草秀子〈ふるくさ・ひでこ〉訳(東洋経済新報社、2007年)】

エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ

リハビリテーションによって脳に新しい神経回路ができる


 リハビリテーションによって脳に新しい神経回路ができるのは、脳に可塑性(かそせい/状況に応じて役割を柔軟に変えるという性質)があるからです。アメリカの神経生理学者ランドルフ・J・ヌード博士は、1996年、リスザルを使った実験でそれを証明しました。


【『脳から見たリハビリ治療 脳卒中の麻痺を治す新しいリハビリの考え方』久保田競〈くぼた・きそう〉、宮井一郎編著(講談社ブルーバックス、2005年)】

脳から見たリハビリ治療―脳卒中の麻痺を治す新しいリハビリの考え方 (ブルーバックス)

ロゴス宗教、テキスト宗教のドグマ/『生きる勇気』パウル・ティリッヒ


 友岡雅弥著『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』で紹介されていた一冊。


 パウル・ティリッヒは理性を重んじ、自律を説くことでキリスト教の思想的沃野を広げた人物のようだ。宗教を「究極の関わり」と定義した。


 ここで問題が発生する。その究極が外(あるいは天)を目指すのか、それとも内(あるいは深奥)に迫るのか? 大雑把にいえば前者がキリスト教で後者が仏教ということになろう。


「初めに言葉(ロゴス)ありき、言葉は神と共にありき、言葉は神であった」(ヨハネ福音書)。


 ウーム、「ロゴス」を調べてから既に1時間が経過。有り体にいえば「言葉」とか「理法」との意味であるが、反意語はパトス(情念、感覚)ではなかったのね。ミュトス(空想、物語る言葉)だってよ。ロゴスから物語性へと展開しようと思っていたのだが、敢えなく失敗に終わった。弱ったね。


 よし、じゃあこうしよう。私が書く文章において「ロゴス」は「説明原理」としておく。logic(論理)との整合性も含まれるから都合がいい。


 そもそも、初めに言葉があるわけがない。当たり前だ。言葉が存在するためには、発声器官と大気が必要なのだ。真空で音は伝わらない。ってことは、それらが存在する空間が大前提となる。神よ、私の勝ちだ。あんたの負け。さ、金を払ってもらおうか(笑)。


 パウル・ティリッヒはキリスト教のドグマ(=ロゴス)に支配されている。


〈勇気〉という概念のなかには、神学的、社会学的、哲学的内容が一つに結び合わされている。これほどまでに人間状況を理解するための鍵として適切な概念は、あまりない。勇気というのは、まず第一に、倫理的概念ではあるけれども、それは人間実存の全領域にかかわるものであり、また、その根は、存在自体の階層にまで到達している。それを倫理的に理解するためにも、それは存在論的に考察されねばならない。

 このことは、勇気に関する哲学的論究の最も古いものの一つであるプラトンの対話篇『ラケス』において、あきらかに示されている。この対話が進む過程で、勇気の概念を定義しようとするいろいろな試みがしりぞけられていく。それから、有名な将軍ニキアスが、一つの定義を下そうとする。彼は軍事的指導者として、勇気とは何であるかについて知っているはずであり、そしてまたそれについて語ることができねばならない。ところが、彼の定義もそれまでの定義と同様に満足のいくものでないことが分かるのである。もし勇気とは、彼が主張するように「何を恐れ、何を敢えてなすべきか」を知る知識であるとすれば、勇気の問いは、ある普遍的な問題に変わるのである。というのはそれに答えうるためには「いかなる状況にあっても変わることなく何が善であり何が悪であるかそのすべてについて知識をもって」いなければならないからである。だがそうするとこの定義は、勇気とは徳の一つの部分であるとする前提に矛盾してくる。「したがって」とソクラテスは結論する、「われわれは勇気とは本当に何であるかを定義することに失敗したのだ」と。このことは、ソクラテス的思惟の枠内ではきわめて重大な断念である。というのは、ソクラテスにおいては徳とは知であり、勇気の本質についてその知がないということは、勇気の真の本質との合致において行為することをも不可能ならしめるからである。しかしながらこのソクラテスの失敗は、見かけでは成功しているかのような多くの定義──プラトンやアリストテレスのものをも含めて──よりも、もっと重要な意味がある。というのは、勇気を他のいろいろな徳のなかの一つの徳として定義することがうまくいかないということこそ、人間実存のもつ根本問題を開示するものだからである。そのことは、勇気を理解するためには、その前提として人間および人間世界の理解、それらの構造や価値の理解が先行せねばならないことを示しているのである。これらの前提的理解をもっている者のみが、肯定すべきものは何か、否定すべきものは何かを悟るのである。


【『生きる勇気』パウル・ティリッヒ/大木英夫訳(平凡社ライブラリー、1995年)】


 勇気は概念に非ずというのが私の考えだ。勇気は行動されるべきものであって、説明を必要としない。その意味で「ためらわれた勇気」は存在しない。なぜなら彼(あるいは彼女)が躊躇(ちゅうちょ)した理由は、勇気の是非にではなく周囲の視線や評価の計算に由来しているためだ。すなわち勇気とは反射神経であり、無意識領域から湧き起こる即座の行為である。


 勇気とは否定である。当然とされる常識、伝統的な価値観、誰もが疑おうとしないルールに「ノー」を突きつけ、人間に寄り添う振る舞いである。パウル・ティリッヒは勇気の標本を作ろうとしていたのだろうか? それは「死んだ勇気」だ。


 厳しい生き方を選択するのが勇気である。険しい尾根に向かう登山家に言い知れぬ感動を覚えるのはそのためだ。勇気とは「冒(おか)す行為」なのだ。


 キリスト教はロゴス宗教でありテキスト宗教である。「初めに言葉ありき」とは、人間を聖書に隷属せしめようとするプロパガンダにすぎない。


 人の一生を振り返れば一目瞭然だ。生まれたばかりの赤ん坊に言葉はない。キリスト教原理主義者の一部にはDNAを言葉と解釈する者もいるようだが、DNAは遺伝情報であって言葉ではない。


 ロゴスは神の存在証明を目的としている。概念、理論、原理への強烈な指向は、姿の見えない神を信じさせるための努力なのだろう。そう考えると大乗仏教もロゴスの匂いがプンプンしている。


 人間は言葉に生きる動物であるとされている。これも嘘だ。3分の1は眠っているし、1日の大半を我々は無意識で過ごしている。言葉に支配されているのは会話をしている時か、ものを考えている時だけだ。


 荘厳な夕日を見つめる時、ロゴスは不要だ。美しい光景を言葉で説明することは不可能だ。ここに言葉の限界がある。


 きっとパウル・ティリッヒはロゴスが支配するキリスト教世界に風穴を空けようとしたのだろう。時代を開く新しい扉はこれほど重いのだ。


 キリスト教のドグマを断ち切るためには、唯名論から諸行無常へ持っていった方が早そうな気もする。

生きる勇気 (平凡社ライブラリー)

吉野作造が生まれた日


 今日は吉野作造が生まれた日(1878年)。大正デモクラシーの立役者となった思想家。天皇主権が法理学上の建前であったため、民主主義主権在民)という語を避けて民本主義を唱えた。関東大震災時における朝鮮人虐殺について批判論文を発表した。憲兵が吉野宅を急襲するも暗殺は未遂に終わった。

吉野作造評論集 (岩波文庫) 近代日本の思想家たち――中江兆民・幸徳秋水・吉野作造 (岩波新書) 吉野作造―人世に逆境はない (ミネルヴァ日本評伝選) 近代日本の思想家〈11〉吉野作造 (近代日本の思想家 11)

2011-01-28

GDPが中国に抜かれた真相…金融政策の失敗なければ、給料は今の2倍


 G7の他の先進国では、名目GDPは年率4〜5%の成長をしている。仮に91年以降、G7の他の先進国と同じ経済成長率であったら、09年度は1028兆円となっていたはずだ。なんとこの失われた20年間で554兆円も付加価値を失ったことになる。

 つまり、失われた20年がなければ、今の給料は2倍以上になっていたのだ。これだけ長期停滞が続けば、日本経済の世界に占める地位が低下するのはやむをえない。


高橋洋一

人間が怖かった


 私が知っているのは、戦争と自然だけである。

 帰還直後は、とにかく人間が怖かった。


【『たった一人の30年戦争』小野田寛郎〈おのだ・ひろお〉(東京新聞出版局、1995年)】

たった一人の30年戦争

真剣に向かう


 茶道で、一椀の茶に真剣に向かう人とただ形式だけをなぞって漠然と飲む人では、そこから得るものがまったく違います。椀のお茶はいってみれば運です。茶に真剣に向かう茶人が茶の空間を深く感じ取り、そこからさらに宇宙を直感するように、運に対して心を開いて感じようとする人は運の世界がどういうものかが見えてくるのです。


【『運に選ばれる人 選ばれない人』桜井章一(東洋経済新報社、2004年/講談社+α文庫、2007年)】

運に選ばれる人  選ばれない人 (講談社+α文庫)

2011-01-27

ルイス・キャロルが生まれた日


 今日はルイス・キャロルが生まれた日(1832年)。イギリスの数学者、論理学者、写真家、作家、詩人。肉筆本『地下の国アリス』に加筆し、65年『不思議の国のアリス』を出版。驚異的な大成功を収める。72年に『鏡の国のアリス』を発表した。晩年に至るまで吃音に悩まされた。


不思議の国のアリス・オリジナル(全2巻) 不思議の国のアリス 不思議の国のアリス (新潮文庫) 不思議の国のアリス (角川文庫)


不思議の国のアリス 鏡の国のアリス (新潮文庫) 地下の国のアリス 「不思議の国のアリス」の誕生―ルイス・キャロルとその生涯 (「知の再発見」双書)

モーツァルトが生まれた日


 今日はモーツァルトが生まれた日(1756年)。3歳でクラヴィーア(ピアノの前身)を弾き始め、5歳で最初の作曲を行う。7歳の時にフランクフルトで演奏した際、ゲーテがたまたまそれを聴き、そのレベルは絵画でのラファエロ、文学のシェイクスピアに並ぶと思ったと後に回想している。

モーツァルト 天才の秘密 (文春新書) モーツァルト (講談社学術文庫) モーツァルト全作品事典

2011-01-26

吠えない犬


 この犬は滅多に吠えない。たまに吠えると、まるで犬みたいなことをしてしまったと言わんばかりに恥ずかしげな照れ笑いを浮かべるほどだ。


【『増大派に告ぐ』小田雅久仁〈おだ・まさくに〉(2009年)】

増大派に告ぐ

パニック・ボディ

 身体が過剰に観念に憑かれてしまい、観念でがちがちに硬直している、つまり身体に本質的なある〈ゆるみ〉を失っている、だからとても脆くなってすぐにポキッと折れそうなのだ……と。

 こういう状態にある現在の身体を、わたしは《パニック・ボディ》と名づけてみたい。そう、身体はいまいろんなところで悲鳴をあげているのだ。


【『悲鳴をあげる身体』鷲田清一〈わしだ・きよかず〉(PHP新書、1998年)】

悲鳴をあげる身体 (PHP新書)

『続・石原吉郎詩集』石原吉郎(思潮社、1994年)


続・石原吉郎詩集 (現代詩文庫)


「世界がほろびる日に/かぜをひくな/ビールスに気をつけろ/ベランダに/ふとんを干しておけ/ガスの元栓を忘れるな……」。生活とは残酷なもの。何でもない日常は、この人物からその額の微しとなった異常さを剥奪しようとする……。

鹿野武一が生まれた日


 今日は鹿野武一〈かの・ぶいち〉が生まれた日(1918年)。私が最も敬愛する日本人の一人である。

石原吉郎詩文集 (講談社文芸文庫)

2011-01-25

一枚の写真でほら話をするブログ(うそばっかり書いてます)

 このプロフィール写真は凄いよ。死ぬほど笑った後で、何か物語りが生まれてくる。真っ直ぐに伸びた背筋がこの人の生きざまを雄弁に語っている。携帯の待ち受け画面にしようかと思案中。

「量子もつれは時間も超越」:研究論文


 眉唾論文の紹介が目立つ「WIRED VISION」だが、これは興味深い記事だ。


 奇妙な量子物理学の世界において、互いに相関を持つ2つの粒子は、たとえ何マイルと離れた距離にあっても、同じ運命を共にする。量子もつれと呼ばれるこの不思議な現象について、距離だけでなく、時間的に離れている粒子どうしでも互いに相関を持ちうることを、このほど2人の物理学者が数学的記述によって示した。


「ある量子状態を、途中の時間を飛ばして未来へと“送る”ことが可能だ」と、今回の研究論文の主執筆者である、オーストラリアのクイーンズランド大学の量子物理学者S.Jay Olson氏は話す。


 通常の量子もつれにおいては、2つの粒子(通常は電子か光子)は密接に相関し、1つの量子状態(これにはスピンや運動量その他、多くの変動要因がある)を共有している。1つの粒子は、もう一方の粒子の状態を常に「知って」いる。量子もつれの関係にある一方の粒子の状態を測定すると、もう一方の状態も同時に定まる。


WIRED VISION

株式会社購買戦略研究所

 今日テレアポ営業があった。信用調査と見せかけて会員に取り込む興信所の営業手法とまったく同じ手口。「ある企業からの依頼で、仕事を引き受けられる業者を探しています」というもの。最初に営業目的を告げないので極めて違法性が高い。それ以前に会社のネーミングがダメだろうよ(笑)。

十字軍運動の失敗と成功


 こうして、聖地の回復という意味では、十字軍運動は成功とはいえませんでした。しかし、7回以上にもおよんだこの大遠征で、ヨーロッパ人は、イスラム世界との交易の筋道をつけることに成功しました。また、当時、自分たちのそれよりはるかに高いレヴェルにあったイスラム世界の文化、とくに、医学や科学の技術をすすんで取り入れることにも、成功しました。西洋近代の科学の基礎は、こうして築かれたのです。のちに「ルネサンス」とよばれるヨーロッパ近代の開始をつげる大きな文化運動は、このことがきっかけで起こったともいわれています。


【『砂糖の世界史』川北稔(岩波ジュニア新書、1996年)】

砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)

ブルー・ノーウェア=サイバースペース


 題名は〈青い虚空(ブルー・ノーウェア)の生活〉。コンピュータは心理学から娯楽、知性、肉体的な快適性、悪にいたるまで人間生活のあらゆる側面に影響をもたらす歴史上初の技術的発明であり、そのため人間と機械の関係はますます接近していくというテーマに沿って、この変化は恩恵がある一方、危険も多くはらんでいるとしていた。“ブルー・ノーウェア”という言葉はコンピュータの世界を示す“サイバースペース”と置き換えてもいいし、あるいはマシン・ワールドと呼ぶこともできる。ジレットの創り出したフレーズのなかで、“ブルー”はコンピュータを動かす電気を意味し、“ノーウェア”は実体のない場所を指している。


【『青い虚空』ジェフリー・ディーヴァー/土屋晃訳(文春文庫、2002年)】

青い虚空 (文春文庫)

サマセット・モームが生まれた日


 今日はサマセット・モームが生まれた日(1874年)。フランスのパリ生れ。10歳で孤児となり、イギリスに渡る。医師になり第一次大戦では軍医、諜報部員として従軍。『月と六ペンス』で注目され人気作家に。イギリス情報局秘密情報部所属のスパイとして活動しながら『人間の絆』を著した。

月と六ペンス (岩波文庫) 人間の絆〈上〉 (岩波文庫) 人間の絆〈中〉 (岩波文庫) 人間の絆〈下〉 (岩波文庫) 

2011-01-24

吉村哲彦


 この名前がツイッターで散見されるのだが、どうも前の阿久根市長と似たタイプのようだ。安全なポジションから過激な発言で挑発するところは石原慎太郎っぽい。著作があるようなので、ひょっとしたら新しい宣伝手法なのかもしれない(笑)。

存在というもの


 二郎の勉強机の前に坐って、彼はそういうことを考えた。二郎はいい漁師になるだろう。三郎もまたいい漁師になるだろう。そこには存在というものがある。しかし僕は何になるだろうか。勉強をして、高等学校にはいって、それから何になるだろうか。何一つまるできまってはいないのだ。入学試験の試験官が、僕の答案に80点をつけるか60点をつけるかで、僕の運命はどんなふうにでも変ってしまうだろう。(「夜の寂しい顔」)


【『廃市・飛ぶ男』福永武彦(新潮文庫、1971年)】

廃市・飛ぶ男

物語の拒否


飯沢(耕太郎)●荒木(経惟〈のぶよし〉)さんの場合には順序があるじゃないですか。ニセの順序かもしれないけども、物語に巻き込んでいく。森山さんの場合は、それが全然ないですね。物語的なものには興味はないですか?


森山●ぼくはもう、自分の写真ではそういうの拒否したいんです。それだけはいやだと思い込んでいるんだから。もうイメージってものに極力左右されたくないわけ。写真は複写(コピー)、そのことだけにこだわりたいですね。


【『森山大道、写真を語る』森山大道〈もりやま・だいどう〉(青弓社、2009年)】

森山大道、写真を語る (写真叢書)

小林ハルが生まれた日


 今日は小林ハルが生まれた日(1900年)。生まれてから100日後に白内障を患い失明。5歳で瞽女(ごぜ)に弟子入りし、以後20年間年季奉公と修行の日々を送る。9歳の時、旅芸人として各地を回り始める。26歳の時に修行を終え独立。1978年、人間国宝に。

鋼の女 最後の瞽女・小林ハル (集英社文庫) 小林ハル―盲目の旅人 最後の瞽女―小林ハルの人生 最後の瞽女 小林ハル 光を求めた一〇五歳


瞽女さんの唄が聞こえる [DVD] 瞽女うた 長岡瞽女篇 瞽女うたII/高田瞽女篇

2011-01-23

両親の目の前で強姦される少女/『女盗賊プーラン』プーラン・デヴィ


 読んだのは二度目だ。三度目は多分ないだろう。私は確かにプーランの怒りを受け取った。胸の内に点火された焔(ほのお)が消えることはない。私が生きている限りは。


 若い女性に読んでもらいたい一冊である。できることなら曽根富美子の『親なるもの 断崖』と併せて。女に生まれたというだけで、酷い仕打ちにあった人々がどれほどいたことか。


 プーラン・デヴィは私よりも少し年上だと思われる。つまり昭和30年代生まれだ(Wikipediaでは私と同い年になっている)。少なからず私は同時代を生きたことになる。しかし彼女が生きたのは全く異なる世界であった。


 わたしは読むことも書くこともできない。これはそんなわたしの物語だ。


【『女盗賊プーラン』プーラン・デヴィ/武者圭子〈むしゃ・けいこ〉(草思社、1997年)以下同】


 本書は口述筆記で編まれたプーラン・デヴィの自伝である。ガンディーの説いた非暴力がたわごとであったことがよくわかる。どこを開いても凄まじい暴力に満ちている。たとえ親戚であったとしても、カーストが違うというだけで大人も子供も殴られる。


 プーランは両親の目の前で複数の男たちから強姦される──


 だれかがわたしの毛布を引き剥がした。声を出す間もなく、手がわたしの口をふさぐ。

「待て、ムーラ。動くな」と、声がする。「そこにいて、俺たちがおまえの娘をどうするか、ようく見ていろ」

 若い男の一団だった。手にライフルをもったサルパンチの息子と、前に見たことのある男がいた。だが暗くて、ほかの男たちの顔はわからなかった。わたしは怖くて目を閉じた。

 ひとりがわたしの両手を押さえつけ、別の男たちが脚を開かせる。母が殴られ、しっかり見るんだと言われているのが聞こえた。それから父の泣きながら懇願する声……。

「お願いです。勘弁してください。娘を連れて、あした出て行きますから。もう、この村は出て行きますから。お願いです、それだけは……」

 蝋燭の最後の輝きのように、わたしの気力は一緒戻ったが、すぐにまた潮がひくように消えていった。泣き叫ぶ声も懇願も、罵声もののしりも遠くなった。二つの肉体、二つのあわただしいレイプだった。わたしは目を固く閉じ、歯茎から血が出るほど強く、歯を噛みしめていた。


 まだ、10代そこそこの時であった。その後、父と共に拘留された警察署内でも10人ほどの警官からレイプされた。


 インドは滅ぶべきだ。ブッダもクリシュナムルティも関係ない。とっとと世界地図から抹消した方がいい。心からそう思う。そもそもカースト制度自体が暴力そのものなのだ。


 プーランは盗賊にさらわれ、彼らと一緒に生きる道を選んだ。若いリーダーと恋に落ち、結婚。だが愛する夫は仲間の裏切りによって殺される。プーランは夫亡き後、リーダーとして立ち上がった。


 プーランの復讐に怯える男たちの姿が浅ましい。彼らは村に戻ってきたプーランを女神として敬った。


 わたしを尊重し、心を開かせ、愛してくれた男はたったひとりだった。そのひとは教えてくれた──台地が川の流れを遮ることはないということを、この国がインドという国であり、貧しく低いカーストに生まれたものにもほかの者と同じ権利があるということを。

 だが彼は、わたしの目の前で殺された。その瞬間に、あらゆる希望がついえ去った。わたしにはもう、一つのこと──復讐しか考えられなかった。それだけが、生きていく目的になった。わたしは戦いの女神ドゥルガとなって、すべての悪魔を打ち負かしたいと願った。そして闘ってきた。そのことにいま、後悔はない。


 彼女はカーストにひれ伏して、ただ涙に暮れる父親とは違った。復讐することをためらわなかった。圧倒的な暴力が支配する世界で、他の生き方を選択することが果たして可能であっただろうか?


 私からすれば、まだ生ぬるい方だ。やるなら徹底的にやらなくてはいけない。道徳も宗教も関係ない。求められるのは生のプラグマティズムであって、言葉や理屈ではないのだ。


 プーランは甘かった。親戚を始末することができなかった。インドのしきたりに負けたのだ。


 投降後、刑務所で勉強をしたプーランは1996年5月、インド社会党から立候補し見事当選。盗賊の女王が国会議員となった。


 そして2001年7月25日、自宅前で射殺された。暴力によって立った女神ドゥルガは暴力によって斃(たお)れた。


 悠久の大地から陸続と第二、第三のプーランが生まれ出ることを願わずにはいられない。

文庫 女盗賊プーラン 上 (草思社文庫) 文庫 女盗賊プーラン 下 (草思社文庫)

『枯木灘』中上健次(河出文庫、1980年)


枯木灘 (河出文庫 102A)


 自然に生きる人間の原型と向き合い、現実と物語のダイナミズムを現代に甦えらせた著者初の長篇小説。毎日出版文化賞芸術選奨文部大臣新人賞に輝いた新文学世代の記念碑的な大作!

「酔いしれて」つじあやの


 つじあやのが大好きである。養女に欲しいくらいだ(笑)。


D

うららか

八甲田雪中行軍遭難事件が起こった日


 今日は八甲田雪中行軍遭難事件が起こった日(1902年)。日本陸軍第8師団の歩兵第5連隊が八甲田山で冬季訓練中に遭難した事件。訓練への参加者210名中199名が死亡。日本の冬季軍訓練における最も多くの死傷者が発生したことで記憶されている。新田次郎が小説化し広く知られるようになった。

八甲田山死の彷徨 (新潮文庫) 凍える帝国―八甲田山雪中行軍遭難事件の民俗誌 (越境する近代) 孫が挑んだもう一つの八甲田雪中行軍

ヒルベルトが生まれた日


 今日はヒルベルトが生まれた日(1862年)。1900年のパリにおける国際数学者会議において「ヒルベルトの23の問題」を発表した。様々な数学者がこの問題に取り組んだことで、ヒルベルトの講演は20世紀の数学の方向性を形作るものになった。

ヒルベルト――現代数学の巨峰 (岩波現代文庫) ゲーデルの哲学 (講談社現代新書)

2011-01-22

フロンティア・スピリットと植民地獲得競争の共通点/『砂の文明・石の文明・泥の文明』松本健一


 微妙な本だ。正直に書いておくと、最初から最後まで違和感を覚えてならなかった。多分、企画ミスなのだろう。とてもじゃないが文明論的考察とは言い難い。文明論的教養を盛り込んだエッセイである。つまりタイトルと新書という体裁で二重に読者を騙(だま)しているとしか思えない。これが文庫本で『エッセイ 砂と石と泥の文明』であったなら、評価は星三つ半ってところだ。


 全体的に様々な事実を示した上で、「──と個人的に思う」といったレベルにとどまっていて、新書レベルの考察すら欠いている。医学セミナーへ行ったところ実は健康食品の販売だった、ってな感じだ。


 というわけで、文明論入門の雑談として読むことをお勧めしておこう。


 しかも、毎年毎年同水準の生活や産業を維持してゆくだけなら、同じ規模の土地を「エンクロージャー(囲いこみ)」して守っていけばいいが、その水準をあげてゆくためには、土地の規模を拡大していかなければならない。かくして、北フランスやイギリスなどの石の風土に成立した牧畜業は、不断に新しい土地(テリトリー)を外に拡大する動きを生む。これが、いわゆるフロンティア運動を生み、アメリカやアフリカやアジアでの植民地獲得競争(テリトリー・ゲーム)を激化させるのである。

 つまり、西欧に成立し、ひいてはアメリカにおいて加速されるフロンティア・スピリットは、本来、牧畜を主産業とするヨーロッパ近代文明の本質を「外に進出する力」としたわけである。これは、ヨーロッパ文明に先立つ、15〜16世紀のスペイン、ポルトガルが主導したキリスト教文明、いわゆる大航海時代の外への進出と若干その本質を異にする。

 いわゆる大航海時代の外への進出は、17世紀からのイギリスやオランダやフランスが主導した、国民国家(ネーション・ステイト)によるテリトリー・ゲームとは若干違う。大航海時代というのは、キリスト教文明の拡大、つまり各国の国王が王朝の富を拡大するとともに、その富を神に献ずる、つまり「富を天国に積む」ことを企てるものであった。


【『砂の文明・石の文明・泥の文明』松本健一(PHP新書、2003年)以下同】


 わかりやすい話ではあるが、牧畜がヨーロッパの主産業であったという指摘は疑わしい。ここだけ読むと、農業をしていなかったように思い込んでしまうだろう。危うい文章だ。


 更に指摘しておくと、大航海時代に至った要因には様々なものがあって、貴金属の不足によって悪貨が出回り、新たな貴金属を求めて始まったとする説もある。また、モンゴル帝国が陸上輸送という弱点(コストが高い)を抱えて崩壊していったという背景も見逃せない。松本の指摘はファウスト的衝動に含まれる。


 たとえば、西欧の牧場で羊や牛を飼っている家で、子どもが生まれたり、子どもを学校に行かせたり、あるいはもう少しいいものを食べたいと思えば、その分だけ羊や牛を増やさなければならない。仮に100頭いる羊を120頭にしたいとおもったとしたら、牧場を20パーセント分ひろげる必要がある。いわゆるエンクロージャーした土地を外に拡大しなければならないわけだ。

 こうして牧場をひろげていくと、フロンティアの精神が顕著になる。それによってヨーロッパが発展するためには、ヨーロッパ外に進出しなければならない。ニューフロンティアを求めてアメリカに渡り、アメリカで足りなければアフリカに行き、またアフリカで足りなければアジアで進出する。西欧の近代は、そういう意味で「外に進出する力」というものを文明の本質として持つようになったのである。


 これも話としては理解できるが、根拠が何ひとつ示されていない。歴史的事実であったのか、それとも単なる例え話なのかが不明だ。極端に言えば農業に置き換えることも可能な内容となっている。


 こういった牧畜文明としてのヨーロッパ・アメリカの「外に進出する力」と、農耕文明としてのアジアの「内に蓄積する力」とが激突したのが、160年まえから100年まえあたりの「西力東漸」、言い換えるとアジアにおける「ウェスタン・インパクト」であった。


 これが真実であるなら、まずヨーロッパ圏内で牧畜vs農業の激突が起こってしかるべきではないのか? 日本国内でも起こっているはずだろう。


 何だかんだと言いながら、散々腐してしまったが決して悪い本ではない。

砂の文明・石の文明・泥の文明 (PHP新書)

結婚しようと思っている彼女にAVの過去が……


 彼女のご両親に挨拶をして、結婚することの了承が得られ、有頂天になっていたら……帰りの新幹線の中で彼女から、AVに昔出ていたっていう告白をされてしまった……。まじでこれからどうすべきかがわからない。最悪だ。隠し事はしたくないって言われても、そんな話聞きたくなかった。彼女、新幹線の中でずっと泣いてたよ……。


痛い信者


 この問題について考えてみよう。性というタブーを考える上で貴重な題材となっており教科書に採用して欲しいほどだ。賛否いずれも力がこもっている。何はともあれ通読してもらいたい。


 アダルトビデオに出演することの何が問題なのか? 金のためなら見知らぬ男とセックスができるような女であり、そうした事実を多くの人々に知られることをよしとした女である。ま、こんなところだろう。


「貧しさゆえ」という理由は考えにくい。とすれば、何かを買うために自分の身体を売ることができる女であることを意味する。同じ金目的でも「実は過去に銀行強盗をしていて前科一犯なんだよね」なら許せるかもしれない。この場合「金のためなら何でもするのか?」という疑問は生じにくい。


 では女優のラブシーンはどうだろう? 紛れもない性的営みである。売れっ子であっても濡れ場を演じる女優は多い。「でも、あれは中に入れてないだろ?」。しかし裸になって金を稼いでいるのは同じだぞ。「そう言われてみると確かに……」。で、男優の場合は問題視されることがない。飽くまでも女の問題。


 挿入が問題だとすれば、処女と童貞以外はまともな男女として扱われなくなる。我々男性は、女性の口を様々なものが通過することは何とも思わないが、下半身については過剰なまでに反応する。でも、生理用品や医師の指などであれば気にしないはずだ。


 結局、性は文化であり幻想なのだ。キリスト教やイスラム教は現代にあっても尚、性を抑圧している。封印し隠匿されタブー化された性は否応なくステレオタイプとなる。オスとメスの役割。性はコミュニケーションという本来の機能を失い、単なる欲望の吐け口と化している。


 書き込みを読むと「男の眼差し」が浮かび上がってくる。結局多くの男どもは女性を「商品」として見つめているのだ。まるで「傷物」になったと言わんばかりだ。最初から空いている穴であるにもかかわらず。穴に何かが入ったところで傷にはなるまい(笑)。


 岸田秀は男性の性行為が「手の代わりに膣を使ったマスターベーションに過ぎなくなった」(『続 ものぐさ精神分析』)と指摘している。つまり欲望を満たしたり、自我の欠如を補うために女性を利用しているわけだ。


 アジアでは今も尚、自分の子供に売春をさせる親がいる。プーラン・デヴィは両親の目の前でたくさんの男達に強姦された。『囚われの少女ジェーン』は17年間にわたって義父から虐待された実体験を綴ったもの。


 性的にふしだらな関係が多いほど病気になる確率は高まるわけで、進化的なリスクは避けられない。だが我々男性が性に吹き込んでいる物語性こそが最大の問題である。「俺だけの穴」に固執するから、妙な潔癖さを求めてしまうのだろう。差別感情は「穢(けが)れ意識」から生まれる。これは世界共通だ。


 二人は真実愛しているのだが、相互を愛するのではない、と説得力ある論述をしている。二人が愛するのは、愛の対象の人であるよりは愛の自覚――愛のなかにいるという状態――そのものである。愛される人は、愛する人自身が昂揚してゆくための存在として機能するかぎりにおいてのみ貴重な価値をもつのである。


【『エロスと精気(エネルギー) 性愛術指南』ジェイムズ・M・パウエル/浅野敏夫訳(法政大学出版局、1994年)】

網野善彦が生まれた日


 今日は網野善彦が生まれた日(1928年)。中世の職人や芸能民など、農民以外の非定住の人々である漂泊民の世界を明らかにし、天皇を頂点とする農耕民の均質な国家とされてきたそれまでの日本像に疑問を投げかけ、日本中世史研究に大きな影響を与えた。

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫) 「日本」とは何か 日本の歴史00 (講談社学術文庫) 無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和 (平凡社ライブラリー (150)) 異形の王権 (平凡社ライブラリー)

フランシス・ベーコンが生まれた日


 今日はフランシス・ベーコンが生まれた日(1561年)。「中道を行け」という家訓の家で育った。独力では果たせなかったものの学問の壮大な体系化を構想し、フランス百科全書派にも引き継がれた。シェイクスピアベーコンのペンネームだという説もある。ろう教育を最初に始めた人物でもあった。

ニュー・アトランティス (岩波文庫) 学問の進歩 (岩波文庫 青 617-1) ベーコン随想集

2011-01-21

この世界全体がまじめだろうか


 サイムは彼が持っていたステッキで道路の敷石(しきいし)を力いっぱいたたいて、

「まじめって何のことなんだ」と叫んだ。「この街がまじめだろうか。あの支那風の提灯がまじめだろうか。この世界全体がまじめだろうか。ここにきてああだこうだとしゃべくって、たまにはほんとうのことをいうのもいいが、こういうおしゃべりのほかに、何かもっとまじめなもの、それは宗教でも、酒でもかまわない。何かそういうものを自分の奥底に持っていない人間は、僕は軽蔑するんだ」


【『木曜の男』G・K・チェスタトン吉田健一訳(創元推理文庫、1960年)】

木曜の男 (創元推理文庫 101-6) 木曜日だった男 一つの悪夢 (光文社古典新訳文庫)

(※左が旧訳、右が新訳)

ミネルヴァのフクロウは黄昏に飛び立つ


 ミネルヴァ(ギリシア神話のアテナ。知と武勇の女神)のフクロウは黄昏(たそがれ)に飛び立つ、といいます。ゲーデル不完全性定理という“フクロウ(知)”も、歴史の暮れ方に飛び立ち、一つの時代がいわんとしていえなかったその時代の真の“精神”を告知したのでした。


【『ゲーデル・不完全性定理 “理性の限界”の発見』吉永良正(講談社ブルーバックス、1992年)】

ゲーデル・不完全性定理―

鑑真が来日した日


 今日は鑑真仏舎利を携え薩摩坊津に来日した日(754年)。奈良時代の帰化僧で、日本における律宗の開祖。10年の歳月を経て6度目の渡航で、宿願の訪日を果たした。戒律の他、彫刻や薬草の造詣も深く、日本にこれらの知識も伝えた。また悲田院を作り貧民救済にも積極的に取り組んだ。

天平の甍 (新潮文庫) 鑑真 (岩波新書) 鑑真 (人物叢書)

2011-01-20

ハリー・S・デント・ジュニア


 1冊読了。


 5冊目『最悪期まであと2年! 次なる大恐慌 人口トレンドが教える消費崩壊のシナリオ』ハリー・S・デント・ジュニア/神田昌典監訳、平野誠一訳(ダイヤモンド社、2010年)/先月読み終えていたんだが、記録するのを失念していた。人口トレンドとは、先進国において支出が最も多い世代(40代後半)の人口比で景気動向が決定されるというモデルのようだ。単純に結婚して子供が大学生になった世代と考えれば首肯できる。振り返ると日本のバブル景気を支えていたのは団塊の世代だった。とすると、日本の景気が上向くのは団塊ジュニア(1971-74年生まれ)が40代後半となる頃か。あと5年後(笑)。著者は前作で予想を外したようだが、人口トレンドという考え方には十分な説得力があると思う。歴史の検証などにも取り込むべき視点だろう。

愛というナルシシズム


 ドノ・ド・ルージュモンは『愛と秩序』(邦訳『愛について』)のなかで、二人は真実愛しているのだが、相互を愛するのではない、と説得力ある論述をしている。二人が愛するのは、愛の対象の人であるよりは愛の自覚――愛のなかにいるという状態――そのものである。愛される人は、愛する人自身が昂揚してゆくための存在として機能するかぎりにおいてのみ貴重な価値をもつのである。二人は見た目は互いに夢中になっているのだが、二人の情熱はそれぞれのナルシシズムを隠すだけのものである。情熱はひとつの幸福を約束するのだが、情熱はその幸福を、人知を超えた次元においてしかもたらすことができない。


【『エロスと精気(エネルギー) 性愛術指南』ジェイムズ・M・パウエル/浅野敏夫訳(法政大学出版局、1994年)】

エロスと精気(エネルギー)―性愛術指南 愛について―エロスとアガペ〈上〉 (平凡社ライブラリー) 愛について―エロスとアガペ〈下〉 (平凡社ライブラリー)

貧困な性行為


 男と女の交流の一形式でなくなった性行為は必然的に貧困なものとなった。それが、女にとっては屈辱でしかないことは、この前に述べたが、男にとっても、豊かな歓びをもたらすものではなくなり、女の肉体という道具を使った孤独な快楽、いわば、手の代わりに膣を使ったマスターベーションに過ぎなくなった。


【『続 ものぐさ精神分析』岸田秀〈きしだ・しゅう〉(中公文庫、1982年/『二番煎じ ものぐさ精神分析』青土社、1978年と『出がらし ものぐさ精神分析』青土社、1980年で構成)】

ものぐさ精神分析 (中公文庫) 続 ものぐさ精神分析 (中公文庫)

有吉佐和子が生まれた日


 今日は有吉佐和子が生まれた日(1931年)。日本の歴史や古典芸能から現代の社会問題まで広いテーマをカバーし、読者を惹きこむ多くのベストセラー小説を発表した。カトリック教徒で、洗礼名はマリア=マグダレナ。代表作は『紀ノ川』、『華岡青洲の妻』、『和宮様御留』など。

悪女について (新潮文庫 (あ-5-19)) 複合汚染 (新潮文庫) 香華 (新潮文庫) 一の糸 (新潮文庫)

2011-01-19

スイスでは医師による自殺幇助が認められている


 自殺ほう助はオランダやベルギー、米国のオレゴン、ワシントン、モンタナの3州で合法化されているが、医師による外国人の自殺ほう助を認めているのはスイスだけだ。スイスで2009年に自殺をほう助された380人のうち25%以上を外国人が占めた。ほとんどは致死量のバルビツールが混入された水を飲んだ後、死に至っている。


Bloomberg.co.jp 2011-01-19

殉教とは


「殉教」とは、教えを守り、教えに殉(じゅん)じて死ぬことである。


【『殉教 日本人は何を信仰したか』山本博文光文社新書、2009年)】

殉教 日本人は何を信仰したか (光文社新書)

貿易黒字は円高トレンドを示す


 すなわち貿易黒字では、輸入のドル買い(円売り)に勝る輸出のドル売り(円買い)が存在するということですから、市場は簡単には埋められない円高圧力を抱えていることになるのです。これは円高のトレンドを示します。


【『矢口新の相場力アップドリル【為替編】』矢口新〈やぐち・あらた〉(パンローリング、2004年)】

矢口新の相場力アップドリル 為替編

エドガー・アラン・ポーが生まれた日


 今日はエドガー・アラン・ポーが生まれた日(1809)。米国において文筆だけで身を立てようとした最初の作家。推理小説の草分けにして、SF作家にも多大な影響を与えた。フランスではボードレールが、日本では内田魯庵平塚らいてう森鴎外らが翻訳。江戸川乱歩の筆名はポーに由来。漱石も絶賛。

黒猫・アッシャー家の崩壊―ポー短編集〈1〉ゴシック編 (新潮文庫) モルグ街の殺人・黄金虫―ポー短編集〈2〉ミステリ編 (新潮文庫) エドガー=アラン=ポー 怪奇・探偵小説集 (1) (偕成社文庫 (3122)) エドガー=アラン=ポー 怪奇・探偵小説集 (2) (偕成社文庫 (3123))

道元が生まれた日


 今日は道元が生まれた日(1200年)。日本曹洞宗の開祖。徒(いたずら)に見性を追い求めず、座禅している姿そのものが仏であり、修行の中に悟りがあるという修証一等、只管打坐の禅を伝えた。『正法眼蔵』は和辻哲郎ハイデガーなど西洋哲学の研究家からも注目を集めた。

現代文訳 正法眼蔵 1 (河出文庫) 現代文訳 正法眼蔵 2 (河出文庫)


現代文訳 正法眼蔵 3 (河出文庫) 現代文訳 正法眼蔵 4 (河出文庫) 現代文訳 正法眼蔵 5 (河出文庫)

2011-01-18

宇沢弘文


 1冊読了。


 4冊目『自動車の社会的費用』宇沢弘文〈うざわ・ひろぶみ〉(岩波新書、1974年)/素晴らしい公開授業といった内容。自動車と道路を通して社会コストの仕組みを解き明かしている。示されているデータは古いものの、それによって宇沢の指摘が鋭さを失うことはない。何も増して行間のそこここに交通事故や環境破壊への怒りが滲み出ている。学問に血を通わせるのはこうした態度なのだろう。高度成長期において自動車産業および自動車保有者が政治的恩恵を被ってきた経緯がよくわかる。

北アフリカで焼身自殺相次ぐ チュニジアに触発か


 エジプトとアルジェリアモーリタニアの北アフリカ3カ国で17日までに、政府や当局への不満から焼身自殺を図るケースが相次いだ。

 チュニジアの政権崩壊につながった政府批判のデモは、失業者の若者が先月、抗議の焼身自殺を図ったことがきっかけで、これに触発された動きとみられる。イスラム教では自殺は禁じられており、イスラム教徒がほとんどのこれらの国での焼身自殺は異例だ。

 報道によると、エジプトの首都カイロの人民議会前で17日、飲食店経営者の男性がガソリンをかぶって焼身自殺を図り、病院に運ばれた。男性は命に別条はないという。


47NEWS 2011-01-17

富山県立高岡高等学校2学期中間テスト


 自称高校2年生の作品。いやはや見事なセンスだ。加点に値する。


ゲラゲラでんぐりかえるほど笑った/『山びこ学校』無着成恭

 長橋カツエ


 夜、飯をくってから、みんないろりばたに集った。そのとき、

「おらだ(私たちは)、いろりばたて(と)いう題で、みんなつづり方書くんだぜ。」と言ったら、

「いろりばたて(と)いう題のつづりかたあ?」とおっつあ(父)が変な顔して聞いた。

「ン、ンだ(そうです)。」と云ったら、

「にさな(お前)の、つづり方なの(なんか)書ぐえっだが(かけるか)。」と兄さんがわらじをあみながら云った。

「書ぐえがらあ(かけますよ)。」と私が云ったら、

「どれ、おれ、おせっかなあ(おしえてやるからね)。」とおっつあが云ったのでみんなげらげら笑った。私は、まじめなつら(かお)をして、

「ンだが(そうですか)。ンだら、おせろ(そんならおしえて)。」と云ったら、

「兄(あん)つぁ、わらず(じ)作るす。姉(あね)はんは縄をなう。おっかあ(母)はいもをふかしている。おっつぁは、それを見ながら腹あぶりしている。カツ子は、おっつあからつづり方を聞いてるす。豊七は早くねだす。すずがな(しずかな)夜で、いろりの火あ(は)ぼんぼんもえでいる。みんなだまって仕事をしった(していた)て書いてやれ。」とまじめなつらをして云ったので、みんなゲラゲラでんぐりかえる(ひっくりかえる)ほど笑った。

 そんな話をしているうちにさつまいもがふけたので、さつまいもを食いながら、

「ほだごど(そんなこと)書いて、みんなから笑ろわれんべっ(笑われてしまうでしょうよ)。」と私が云ったら、

「馬鹿ほに。えま(今)の話しは本当のことだどれず(ではないか)。本当のことを書いたのを見て笑ろう人なのえねっだな(なんかいないよ)。」とおっつあが云ったので、笑ろう人いるかいないか、このとうり、つづり方書いたのです。


【『山びこ学校』無着成恭〈むちゃく・せいきょう〉編(青銅社、1951年/角川文庫、1992年/岩波文庫、1995年)】


 貧しくとも笑い声のさざめく生活。豊かでも無表情な家族。どっちがいいかね? 父親の言葉は期せずしてハードボイルドのような文体となっている。貧しい現実を突き放して見つめている証拠だ。

山びこ学校 (岩波文庫)

暴力を肯定したガンディー


 ガンジーは、各地を回り、イギリス軍に加わるように説いて回った(※1918年)。この時、彼は最も驚くべき演説をした。“臆病者と見なされたくなかったら、武器をできるだけ上手に扱わなければならない”。この驚くべき言葉を非難した友人に“暴力を放棄するのには、まず暴力を経験してみなければならない”と珍妙な返答をした。


【『ガンジーの実像』ロベール・ドリエージュ/今枝由郎訳(白水社文庫クセジュ、2002年)】


 ガンディーという偶像を破壊しなくてはならない。彼はただのナショナリストだ。

ガンジーの実像 (文庫クセジュ)

ジル・ドゥルーズが生まれた日


 今日はジル・ドゥルーズが生まれた日(1925年)。「管理社会」という概念を示した。これは監視カメラやデータベースなど、個人情報の大規模な集積を容易にする電子技術の発達との関連から、規律に代わる、個人の管理(コントロール)のための新たなテクノロジーの発展を予期したものである。

記号と事件―1972‐1990年の対話 (河出文庫) ニーチェ (ちくま学芸文庫) アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症 (河出文庫) アンチ・オイディプス(下)資本主義と分裂症 (河出文庫)

2011-01-17

ティム・ゲナールは3歳で母親から捨てられた

 母はぼくを抱こうともしなかった。「さよなら」も「じゃあね」も言わず、黙って行ってしまった。三つのぼくを電信柱に縛りつけて立ち去ったのだ。その電信柱は人里離れた田舎道に突っ立っていた。そして、白いブーツが遠ざかっていった。


【『3歳で、ぼくは路上に捨てられた』ティム・ゲナール/橘明美訳(ソフトバンク クリエイティブ、2005年)】

3歳で、ぼくは路上に捨てられた

明石家さんまの大量死


 知床半島の海岸とサロマ湖畔に、相次いで大量死したサンマが漂着したのは11月下旬のことだったが、同じ頃、テレビでは明石家さんまが一人で“大量死”していた。具体的には、新番組「明石家さんちゃんねる」(TBS系列水曜午後9時〜)が、低迷しているのだ。関東地区の視聴率は初回が10.6パーセント、2週目は8.7パーセント。うん、ひどい。ゴールデンの数字ではない。

 内容は、数字以上にひどかった。いや、つまらないだけならいいのだ。つまらなくても、数字をとっている番組はある。さんまの番組は、ずっとそうだった。さんまほどの大物になると、内容が空疎でも視聴者を誘導するだけのオーラを持っている。視聴者は、さんまの顔を見ると安心する。と、要するに、そういう蓄積の上に、長らくこの男はあぐらをかいてきたわけだ。が、それももうおしまいだ。


【『テレビ救急箱』小田嶋隆中公新書ラクレ、2008年)】

テレビ救急箱 (中公新書ラクレ)

モハメド・アリが生まれた日


 今日はモハメド・アリが生まれた日(1842年)。1960年のローマオリンピック・ライトヘビー級金メダリスト。プロに転向するや無敗でヘビー級王座を獲得。その後は3度王座奪取に成功し通算19度の防衛を果たした。華麗なアウトボクシングは「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と形容された。


モハメド・アリ―その生と時代 (上) (岩波現代文庫―社会) モハメド・アリ―その生と時代〈下〉 (岩波現代文庫) モハメド・アリとその時代―グローバル・ヒーローの肖像 モハメド・アリ―合衆国と闘った輝ける魂


2011-01-16

天然蜂蜜マラウイハニー

 この蜂蜜で生産者の子供たちの6割が中高等学校に進学に貢献した蜂蜜です。(水野行生

過積載すぎる中国の人たちの写真10枚

「人の一生は、重き荷を背負うて遠き路を行くが如し、急ぐべからず」徳川家康

CIA以前

 アメリカに中央情報機関が置かれ、世界の隅々にまでスパイのネットワークが張りめぐらされ以前、そのスパイたちの役割を肩代わりしていたのは、民間の石油会社や投資銀行、それに法律事務所などのエリートたちであった。アメリカは真珠湾で日本軍による攻撃を受けて第二次世界大戦に参戦するわずか半年前に、中央情報局(CIA)の原型にあたる情報調整局(COI)を設置したが、それまではスタンダード石油やブラウン・ブラザース・ハリマン商会、それにサリバン&クルムウェル法律事務所などの役員を務めるエリートたちが、国際政治の舞台裏で暗躍し、アメリカの対外政策に大きな影響を及ぼしていた。


【『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』菅原出〈すがわら・いずる〉(草思社、2002年)】

アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか

時間は未来から過去へと流れている


 過去が現在や未来を決めているのだとしたら、現在や未来は過去に起こったことから生じる必然ということになりますから、私たちはそうやって過去からやってくる現在や未来を何もできずに黙って受け入れるしかないということになります。

 つまり、過去に起こったことが原因で、未来があるのだとしたら、過去は変えられませんから、現在や未来も変えられないということになります。ただ、創造主に与えられた情況を黙々と生き続けるしかありません。

 私はよく、「それでは人間はサーモスタットと変わりがないではないか」と言います。サーモスタットとは自動的に温度を一定に保つ装置のことです。熱くなったら冷やし、冷たくなったら温めるのです。そこに自由意志はありません。まわりの状況に応じて、物理因果により自動的に反応して行動するのです。私たち人間はそれでいいのでしょうか。

 改めて言います。「時間は過去から未来へと流れているのではなく、未来から過去へと流れている」のです。これは、現代分析哲学における結論でもあり、東洋哲学では、アビダルマと呼ばれる仏教哲学での古くからの主張でもあります。


【『夢をかなえる洗脳力』苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(アスコム、2007年)】

夢をかなえる洗脳力

『ドン・キホーテ』が刊行された日


 今日は『ドン・キホーテ』(上巻)が刊行された日(1605年)。スペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスの小説。「人間の魂の最も深い、最も不思議な一面が、人の心の洞察者である偉大な詩人によって、ここに見事にえぐり出されている」とドストエフスキーは評した。


ドン・キホーテ 全6冊 (岩波文庫)

2011-01-15

北方領土ビジネスの領袖・袴田茂樹青山学院大学教授


佐藤●青山学院大学の袴田茂樹(はかまだ・しげき)教授は、「橋本三原則」のひとつである「長期的視点」について、「ロシアに対して『問題解決に時間がかかってもいい』という誤ったシグナルを送ることになった」と批判していますが、まったくピントのずれた解釈ですね。「『長期的視点』で日ロ関係を進めるためには、領土問題をできるだけ早く解決しなければならない」というのが正しい理解なのです。

 おそらく袴田教授はこのことがわかっているのに、あえて曲解したいい方をしているのでしょう。なぜなら、「北方領土ビジネス」に傷がつくからです。「北方領土ビジネス」というのは、北方領土問題に関わることで利益を得ようとする行為です。したがって、領土問題が解決せずに長引けば長引くほど金や利権になるのだから、できるだけ足を引っ張るような論陣を張ろうとするわけです。


【『北方領土 特命交渉』鈴木宗男佐藤優(講談社、2006年/講談社+α文庫、2007年)】

北方領土 特命交渉 (講談社+α文庫)

ソフィア・コワレフスカヤ


 すぐにベルリンへ向かった。寛大な老師は、自分をないがしろにしていた弟子に、惜しみない激励を与えた。ソーニャの数学へのすさまじい打ち込みが始まった。モスクワへいったん移ってから、今度は娘を連れて再びベルリンへ向かった。夫との仲はすでに冷え切っていた。透明媒体中の光の伝播について研究を始めると同時に、娘をモスクワの友人に預ける。パリとベルリンを往復しながら、師の紹介で知ることとなったフランスの巨匠達、パンカレやエルミートをはじめ、多くの研究仲間と交わる。彼等は一様に、ソーニャの深い知識や鋭い知性、それに加えて「会話のミケランジェロ」とも称された類い稀な話術に魅了されたのだった。

 パリで、学生の身分に不満を覚えながらも、光の屈折に関する数学的研究を順調に進ませていた時、夫コワレフスキーの自殺を知らされた。彼女は衝撃で5日間、意識不明に陥っていたが、6日目に目を覚ますと、ベッドの上で数学公式を書き始めたという。


【『天才の栄光と挫折 数学者列伝』藤原正彦(新潮選書、2002年/文春文庫、2008年)】


「ソーニャ」は愛称。

天才の栄光と挫折―数学者列伝 (文春文庫)

ソフィア・コワレフスカヤが生まれた日


 今日はソフィア・コワレフスカヤが生まれた日(1850年)。ロシアでは初めて、ヨーロッパを含めても3番目に大学教授の地位を得た女性。女性に学業は不要とされた時代にありながら幼少期から独学で数学を学んだ。類い稀な話術の持ち主で「会話のミケランジェロ」とも称された。

天才の栄光と挫折―数学者列伝 (文春文庫)

ピエール・ジョゼフ・プルードンが生まれた日


 今日はピエール・ジョゼフ・プルードンが生まれた日(1809年)。アナーキズムの理念的ルーツは古く、特定の思想家の信念や思想として生まれたものではなく、自由を求める歴史の中から精神の自然史というような形で生成してきたもので、近代のアナーキズムはフランスのプルードンの思想に始まる。

プルードン・セレクション (平凡社ライブラリー) 革命家の告白―二月革命史のために アナーキズム―名著でたどる日本思想入門 (ちくま新書)

2011-01-14

地球の未来


 私たちはそれぞれが役を演じている。しかしその役割は、実用的にもモラル的にも、それぞれが分離しているとする根本的仮定に基づいている。全体を念頭に入れて考えているのは誰だろうか。クリシュナムルティが示唆し、アルバート・ビグローが行動で示したような考え方、すなわち自分は全体と深くつながっているため、全体に対して責任を持ち、釈明すべき責任を負うのだという考えを私たちが認識するようになったら、世界はどのくらい好転するだろうか。


ウィンスロー・マイヤーズ

ポテチの量が昔より減りすぎだろ 詐欺すぎる

 90g → 70g → 65g → 60g/減っていたとは思っていたが、これほどとは(涙)。

『対比列伝 ヒトラーとスターリン』アラン・ブロック/鈴木主税訳(草思社、2003年)


対比列伝ヒトラーとスターリン〈全三冊〉 第一巻 対比列伝ヒトラーとスターリン〈全三冊〉 第二巻 対比列伝ヒトラーとスターリン〈全三冊〉 第三巻


20世紀とは何だったのか 洞察に満ちた超弩級の歴史読み物

 独裁政治家としての二人の軌跡を対比しつつたどった初の試み。二人の出自から、ヒトラーの敗北、そして戦後のスターリンの死までを描く。膨大な資料をもとに臨場感に満ちたディテールを積み重ね、大冊ながら一気に読ませる面白さ。20世紀とはなんだったのかを知るために、真っ先に手にとるべき歴史書といえよう。

孤独が与える安らぎ


 あのガイドが言っていたとおり、山登りには遅すぎる季節だった。しかしなぜか気にはならなかった。自分はひとりきりで、ふたたび山の上にいる。孤独がどんなに安らぎを与えるものか、わたしは忘れていた。脚に、肺に、昔の力がよみがえる。冷たい風が全身を打ちすえる。55歳のわたしは、いまにも歓声をあげそうだった。喧騒もストレスも、何百万もの人々のうごめきも消えた。光も、味気ない都会の匂いも消えた。あんなにも長い間、あんなものに耐えていた自分は、気が狂っていたにちがいない。


【『鳥 デュ・モーリア傑作選』ダフネ・デュ・モーリア/務台夏子〈むたい・なつこ〉訳(創元推理文庫、2000年)】

鳥―デュ・モーリア傑作集 (創元推理文庫)

金子光晴の真骨頂


 じっさい、自伝的歴史エッセー『絶望の精神史』を読んでいると、金子光晴がたえず「世相の変転相」をみつめて、否、にらみつけて、目をそらすことがないのを感じさせられます。それをもっとも象徴的にしめすのは、この一冊の山場ともいえる関東大震災をめぐるくだりでしょう。(中略)

 金子光晴の真骨頂は、そうした「世相」のさらに向こうに、人々をおそった測りがたい失墜感を見通し、きっかりと明晰な理知で分析するところにあります。


【『〈〉が選んだ入門書』山村修(ちくま新書、2006年)】

“狐”が選んだ入門書 (ちくま新書) 絶望の精神史 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

大谷探検隊がブッダの住んでいた霊鷲山を発見した日


 今日は大谷光瑞率いる大谷探検隊がインドビハール州ラージギル郊外でブッダの住んでいた霊鷲山を発見した日(1903年)。数年後のインド考古局第3代目の長官ジョーン・マーシャルの調査によって国際的に承認された。同探検隊は更にマガダ国の首都王舎城を特定した。

大谷光瑞とアジア  知られざるアジア主義者の軌跡 大谷光瑞の生涯 (角川文庫)

マルティン・ニーメラーが生まれた日


 今日はマルティン・ニーメラーが生まれた日(1892年)。ナチ党が共産主義を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した──しかし、それは遅すぎた。(「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」)

〔新装版〕 現代政治の思想と行動


マルティン・ニーメラー その戦いの生涯


されど神の言は繋がれたるにあらず ダハウ獄窓説教

2011-01-13

伊達直人vs菅直人


  • 子供達にランドセルを背負わせるのが伊達直人、子供達に借金を背負わせるのが菅直人
  • 自分で技を決めるのが伊達直人、自分で何も決められないのが菅直人
  • 虎のマスクをかぶってるのが伊達直人、虎の尾を踏みたがらないのが菅直人
  • 庶民を勇気づけるのが伊達直人、庶民を落胆させるのが菅直人
  • フェアープレーで闘うのが伊達直人、スタンドプレーで目立とうとするのが菅直人
  • 施設にランドセル贈るのが伊達直人、中露にランド・セールするのが菅直人
  • 悪役を退治するのが伊達直人、悪役と対峙しても逃げ腰なのが菅直人
  • 子供に夢を与えるのが伊達直人、子供に無駄な手当てを与えるのが菅直人
  • 虎の穴から来たのが伊達直人、目が節穴で霞んで来たのが菅直人

@Real_Great

『自殺する種子 アグロバイオ企業が食を支配する』 安田節子(平凡社新書、2009年)


自殺する種子―アグロバイオ企業が食を支配する (平凡社新書)


 巨大アグロバイオ(農業関連生命工学)企業が、遺伝子工学を駆使した生命特許という手法で種子を独占し、世界の食を支配しつつある。本書は、工業的農業の矛盾を暴きつつ、その構造を徹底解剖する。グローバリズム経済を超えて、「食」と「農」の新たな地平を切りひらく。

ポール・ヴェーヌ


 1冊読了。


 3冊目『「私たちの世界」がキリスト教になったとき コンスタンティヌスという男』ポール・ヴェーヌ/西永良成〈にしなが・よしなり〉、渡名喜庸哲〈となき・ようてつ〉訳(岩波書店、2010年)/キリスト教を学ぶ上でコンスタンティヌスを避けて通ることはできない。世界の3分の1をキリスト色に染め上げた張本人だ。著者は古代ローマ史の碩学(せきがく)であるとのこと。ま、当たり前かもしれないがイエスと無縁な極東の読者を想定した内容にはなっていない。それゆえ、コンスタンティヌスについての知識がない私のような者が読むと、肯定も否定もし得ないジレンマに陥る。塩野七生〈しおの・ななみ〉に手をつけるしかないか(笑)。巻末の「補論」は飛ばし読み。

ペンタゾシン中毒


 ペンタゾシンの中毒になる人は、意志の弱い人だ、強い精神力があれば、中毒にならない、と言う人があります。それは嘘です。ペンタゾシンの持つ甘い幸福感は、患者の精神力よりはるかに強力です。しかもそれは、どんな痛みでも消し去る、というところから始まるから、甘美(かんび)なのです。現在の医学では、手術のあとの痛みを和(やわ)らげるのに一番用いられているのがペンタゾシンです。それはそれで大変いいのです。問題は、それを何本、何十本と射ち続けているうちに、単なる鎮痛(ちんつう)作用ではなく、溶(と)けるような恍惚感が出現してくるということです。ここへ完全に入りこんでしまったら、もう抜(ぬ)け出すことは大変です。私の場合も、もしあと10本注射を受けていたら、中毒患者になっていたかも知れないのです。


【『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ 若き医師が死の直前まで綴った愛の手記』井村和清(祥伝社ノンブック、1981年/〈新版〉祥伝社、2005年)】

飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ―若き医師が死の直前まで綴った愛の手記

他人の行動を傍観する視線は独善的なものになる


 きっと他人の行動を傍観している立場の人間は、どうあっても独善的になるものなのだろう。考えてみれば当然の話だ。観察されている人間ほど無防備なものはなく、観察している人間の想像力ほど身勝手なものはないからだ。

 たとえば、雨の日にクルマに乗っていると、傘をさして道を歩いている歩行者が、皆、バカに見える。また、高層ホテルのラウンジのような場所から下を見おろす時など、私は、下界の人間がすべて自分より数等卑小な人間であると思い込んでしまう。

「暑いのにご苦労なことだな」

 と私は、地上を歩いているビジネスマン風を指して言う。

「まるで昆虫だな」

 と、友人が言う。

「虫だって、暑い時は日陰に入るぜ」

 と私が言う。そして、我々はカクテルのお代わりを注文して、どこかの大物になったみたいな気分で椅子の背もたれに寄りかかる……なんとまあ子供っぽい優越感であることだろう。


【『「ふへ」の国から ことばの解体新書』小田嶋隆徳間書店、1994年)】

「ふへ」の国から ことばの解体新書

ポール・ファイヤアーベントが生まれた日


 今日はポール・ファイヤアーベントが生まれた日(1924年)。方法論的アナーキズムを科学や哲学ばかりでなく、合理主義や西洋文明一般にまで推し進め、そこから導いた結論は、単に科学理論ばかりでなく、あらゆる知識について、優劣を論じるような合理的基準は存在しないというものだった。

哲学、女、唄、そして…―ファイヤアーベント自伝 方法への挑戦―科学的創造と知のアナーキズム 知についての三つの対話 (ちくま学芸文庫) 知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)

2011-01-12

職場の強さを測る12の質問


 舞い上がっていたほこりがおさまり、視界が開けると、そこに発見があった。すなわち職場の強さを測るための質問はわずか12項目に集約されるという発見だ。これら12の質問は、自分自身の職場について知りたいことのすべてを引き出せるわけではないが、「ほとんどの」情報と、そして最も「重要な」情報を把握することができる。最も才能のある従業員を惹きつけ、仕事を任せ、そして引き留めておくのに必要な本質的要素を計測してくれる。これらの質問とは次のとおり。


 Q1 仕事の上で自分が何をすべきか、要求されていることがわかっているか

 Q2 自分の仕事を適切に遂行するために必要な材料や道具類が揃っているか

 Q3 毎日最高の仕事ができるような機会に恵まれているか

 Q4 最近1週間で、仕事の成果を認められたり、誉められたりしたことがあるか

 Q5 上司や仕事仲間は、自分を一人の人間として認めて接してくれているか

 Q6 仕事上で自分の成長を後押ししてくれている人がだれかいるか

 Q7 仕事上で自分の意見が尊重されているか

 Q8 会社のミッション/目的を前にして自分自身の仕事が重要だと感じられるか

 Q9 仕事仲間は責任を持って精一杯クォリティーの高い仕事をしているか

 Q10 仕事仲間にだれか最高の友だちがいるか

 Q11 最近半年間で、自分の進歩に関してだれかと話し合ったことがあるか

 Q12 仕事の上で学習し、自分を成長させる機会を与えられたことがあるか


 これら12の質問は職場の強さを測るために最も簡明で、最も正確な方法だ。


【『まず、ルールを破れ すぐれたマネジャーはここが違う』マーカス・バッキンガム&カート・コフマン/宮本喜一訳(日本経済新聞社、2000年)】

まず、ルールを破れ―すぐれたマネジャーはここが違う

あなたの価値


 世の中には、病気や過労や生活苦やイジメで自殺に追い込まれる人もいれば、自分の存在が何なのかわからなくなって自ら命を絶つ人もいる。自分がこの社会でどこに位置づけられているのか? 自分にはどんな価値があるのか? そんなことで生きる意味がわからなくなっている人に教えよう。あなたの価値は、「葬儀費用+慰謝料+逸失利益〔(自殺前1年間の年収)×(1−生活費控除率)×(67歳−現在の年齢に対応する中間控除率)〕+弁護士費用−過失相殺額」だ。


【『自殺のコスト雨宮処凛〈あまみや・かりん〉(太田出版、2002年)】

自殺のコスト

2011-01-11

第三文明編集部、ソギャル・リンポチェ、リシャルト・カプシチンスキ


 3冊挫折。


 挫折1『宗教のすすめ 幸福に生きる力として』第三文明編集部(第三文明社、2002年)/特定教団の宣伝本だった。


 挫折2『チベットの生と死の書』ソギャル・リンポチェ/大迫正弘、三浦順子訳(講談社+α文庫、2010年)/チベット仏教は肌に合わず。死後の生命を語った時点でアウト。


 挫折3『池澤夏樹個人編集 世界文学全集第3集 黒檀』リシャルト・カプシチンスキ/工藤幸雄、阿部優子、武井摩利訳(河出書房新社、2010年)/文体が肌に合わず。期待していただけに残念。

『生物時計はなぜリズムを刻むのか』ラッセル・フォスター、レオン・クライツマン/本間徳子訳(日経BP社、2006年)


生物時計はなぜリズムを刻むのか


 生物(ヒト、動物、植物、細菌)がもつ時計の仕組みを明かす科学読み物です。遺伝子やタンパク質が深く関わる生物時計(動物では体内時計という)の謎を実際の生物行動や実験結果に沿って解説します。1日(さらに昼と夜)、季節、1年といった周期は、生物の行動(睡眠、ホルモンの分泌、体温、鳥や蝶の渡り、蝶やセミの羽化、植物の開花)に深く関係します。さらには、渡りの際の方角決定にも関与します。これらのリズムを生物はどうやって知るのか。太陽光が判断基準の有力な基準ではあるのですが、光のない環境においてもこれらの周期を生物は知っています。それには、生物が持つ遺伝子とタンパク質が深く関わっています。しかも、生物の種や個体ごとに遺伝子が異なるのに、共通のメカニズムがなぜあるのでしょうか。ヒトについて言えば、時差ぼけや昼夜交代勤務、不眠症などで体内時計の仕組みはお馴染みですが、体内時計のリズムを生かした生活行動、体内時計を制御する方法など、豊富な話題で語りかけます。

『火の賜物 ヒトは料理で進化した』リチャード・ランガム/依田卓巳訳(NTT出版、2010年)


火の賜物―ヒトは料理で進化した


 ヒトは自然淘汰によって形成され、人類の起源がアフリカにあることをわれわれは知っている。しかし、いまだに大きな 謎が残されている。それは、「何がわれわれを人間にしたのか」だ。この疑問に対しては、さまざまな見解が出されているが、本書では、新しい答えを示す。それは、「火の使用と料理の発明」である。料理は食物の価値を 高め、私たちの体、脳、時間の使い方、社会生活を変化させた。「狩るヒト」 説から「料理」説へ――膨大な研究資料をもとに鮮やかに描き出す!

ラマヌジャンの『ノート』


 短く、巧みに、簡潔に……。

 英語を知らなければ英文の履歴書はかけないし、まして『リア王』を著わせるわけはないが、無論、英語を知っているだけでシェークスピア劇を書ける訳もない。ラマヌジャンのノ『ノート』についても同じことが言える。ページを躍動する彼の数式は数学の専門家ならば理解できないものではなかった。『リア王』の英語のように、その著作の根底にある凄味はその意味内容なのである。

 数学的な存在について表現すること、それに基づいて演算し、特殊な場合についても検討すること、既存の定理を新しい領域へ応用すること――これがラマヌジャンの『ノート』の本質的な部分だった。しかし、そのなかには単純な数値計算もある。彼にとっては「あらゆる整数が竹馬の友だった」。彼は大好きな数字との付き合いを楽しんだのである。


【『無限の天才 夭逝の数学者・ラマヌジャン』ロバート・カニーゲル/田中靖夫訳(工作舎、1994年)】

無限の天才―夭逝の数学者・ラマヌジャン


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褥瘡(じょくそう)、床ずれ


 このようなところ(※骨盤の後ろ、背骨、肩甲〈けんこう〉骨)に体重がかかると、皮膚の毛細血管が圧迫されて血液が流れなくなる。毛細血管の圧力は弱く、正常な血圧なら130から170ミリぐらいの水銀柱圧力があるが、毛細血管の圧力は20ミリ水銀柱ほどしかないので、体重がかかれば簡単につぶれてしまうのである。

 しかし幸いなことに、皮膚や皮下組織は代謝がそれほど盛んでないから、少しぐらい血液がこなくても、2時間は平気である。2時間をすぎると危険になり、3時間以上になると皮下組織が死んで、いわゆる「壊死(えし)」という危険な状態になる。


【『リハビリテーション 新しい生き方を創る医学』上田敏(講談社ブルーバックス、1996年)】


 褥瘡(じょくそう)は出来始めは痛みを覚えるが、壊死が進行すると痛みがなくなる。このため同じ姿勢を取り続けることで、どんどん悪化してゆく。Wikipediaのページトップ右側にある〔表示〕を参照せよ。

リハビリテーション―新しい生き方を創る医学 (ブルーバックス)

ウィリアム・ジェームズが生まれた日


 今日はウィリアム・ジェームズが生まれた日(1842年)。パースデューイと並ぶプラグマティスト。超常現象について「それを信じたい人には信じるに足る材料を与えてくれるけれど、疑う人にまで信じるに足る証拠はない。超常現象の解明というのは本質的にそういう限界を持っている」(ウィリアム・ジェームズの法則)と語った。

プラグマティズム (岩波文庫) 宗教的経験の諸相 上 (岩波文庫 青 640-2) 宗教的経験の諸相 下 (岩波文庫 青 640-3)


純粋経験の哲学 (岩波文庫) ウィリアム・ジェイムズ入門―賢く生きる哲学 プラグマティズムの思想 (ちくま学芸文庫)

2011-01-10

『自由貿易の罠 覚醒する保護主義』中野剛志(青土社、2009年)


自由貿易の罠 覚醒する保護主義


 この罠に 嵌ったままなら 窮乏化。実際に、自由貿易パラダイムから保護貿易パラダイムへの大転回の予兆は、すでに現われはじめている……クルーグマンは言う。「保護主義について良いことを言ういかなる理論も間違っているなどと言わないでもらいたい。それは神学であって、経済学ではない」(本文より)

ピュタゴラスにとって音楽を奏でるのは数学的な行為だった

 ピュタゴラスにとって、音楽を奏でるのは数学的な行為だった。四角形や三角形と同じく、直線は数=形であり、弦を二つの部分に分けるのは、二つの数の比率をとるのと同じことだった。モノコードの調和は数学の調和――そして宇宙の調和――だった。比は音楽ばかりでなく、あらゆる種類の美を支配しているとピュタゴラスは結論づけた。ピュタゴラスによって、比は音楽の美しさ、肉体の美しさ、数学の美しさを支配していた。自然を理解するのは、比率の数学を理解することに尽きた。


【『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』チャールズ・サイフェ/林大訳(早川書房、2003年/ハヤカワ文庫、2009年)】

異端の数ゼロ――数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

人間とは無縁な存在


 シャウキーは外目には人間と映るかも知れぬが、実際のところはもはや人間とは無縁のものなのだ。理知的だとか、精神異常だとか、病んでいるとか、奇人であるといったような、我々が知っている範疇(はんちゅう)の人間とは無縁なのだ。

 彼は新たな存在となって出てきて、かつそういう自身を体現しようとしているということができるだろう。彼はこれまで存在した人間にとっては、まったく新しい動機でもって生きるべくして出所してきた。彼は群れを成そうとも、存続しようとも、また進歩しようともしない。彼の生に対する動機は逃げること、逃げ失(う)せることだった。あたかも彼は人類すべてをジン(イスラム神話の、精霊、幽鬼、妖精)かあるいは悪魔としか見ておらず、それらの関心のすべては彼に襲いかかり、傷つけ、破滅させることでしかないと思っているかのようであった。

 人間どもは皆悪魔で、彼一人が人間であるか、さもなくば彼らは皆人間で彼一人だけが悪魔で、人間どもは皆で彼に敵対し、待ち伏せ、彼を滅ぼすまで止めようとしないのだ……


【「黒い警官」ユースフ・イドリース/奴田原睦明〈ぬたはら・のぶあき〉訳(『集英社ギャラリー〔世界の文学〕20 中国・アジア・アフリカ』1991年、所収)】

中国・アジア・アフリカ/集英社ギャラリー「世界の文学」〈20〉

福澤諭吉が生まれた日


 今日は福澤諭吉が生まれた日(1835年)。居合の達人であった。ただし、福澤は急速な欧米思想流入を嫌う者から幾度となく暗殺されそうになっているが斬り合うことなく逃げている。同じく剣の達人と言われながら生涯人を斬ったことが無かった勝海舟山岡鉄舟の思想との共通性が窺える。

福翁百話 学問のすゝめ (岩波文庫) 文明論之概略 人間 福澤諭吉

カエサルがルビコン川を渡った日


  今日はカエサルルビコン川を渡ってイタリアに侵入した日(紀元前49年)。この時「賽(さい)は投げられた」と檄を発したことは余りにも有名。「ルビコン川を渡る」は以後の運命を決め後戻りのできないような重大な決断と行動をすることの例えとして使われている。

ガリア戦記 (岩波文庫) ローマ人の物語〈8〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(上) (新潮文庫) カエサル (講談社学術文庫)

2011-01-09

価値の三段階


 価値の三段階について注意を喚起したことがあった〔『象徴交換と死』を見よ〕。使用価値の自然的段階、交換価値の商品的段階、記号=価値の構造的段階。価値の自然的法則、商品的法則、構造的法則。


【『透きとおった悪ジャン・ボードリヤール塚原史〈つかはら・ふみ〉訳(紀伊國屋書店、1991年)】

透きとおった悪

アメリカで差し押さえられている車の数は190万台


 現在、全米の差し押さえの車の数は、驚くなかれ、190万台、日夜ひっきりなしに車が差し押さえにあっている、という状態です。深夜、寝静まった駐車場から、レッカー車で車を運んで行く姿は、まるで車泥棒そのものですが、実は立派な職業なのです。


【『恐慌第2幕 世界は悪性インフレの地獄に堕ちる』朝倉慶〈あさくら・けい〉(ゴマブックス、2009年)】

恐慌第2幕

カレル・チャペックが生まれた日


 今日はカレル・チャペックが生まれた日(1890年)。戯曲『ロボット(R.U.R.)』において、「労働」を意味するチェコ語:robota(もともとは古代教会スラブ語での「隷属」の意)からロボットという言葉を作ったと言われる。代表作『R.U.R.』『山椒魚戦争』はSFの古典的傑作。

ロボット (岩波文庫) 山椒魚戦争 (岩波文庫) 絶対製造工場 (平凡社ライブラリー) 園芸家12カ月 (中公文庫)

日本の皇室の系統が持明院統と大覚寺統に分裂した日


 今日は日本の皇室の系統が持明院統大覚寺統に分裂した日。1260年(正元元年11月26日)。知らなかった。鎌倉仏教に与えた影響を調べる必要あり。まだ国家という枠組みは成立していなかったが、国のアイデンティティはどこにあったのだろう? 王朝国家のような感じなのか?

歴代天皇事典 (PHP文庫) 歴代天皇総覧―皇位はどう継承されたか (中公新書) 選書日本中世史 1 武力による政治の誕生 (講談社選書メチエ)

2011-01-08

『大野一雄 稽古の言葉』大野一雄、大野一雄舞踏研究所編(フィルムアート社、1997年)


大野一雄―稽古の言葉


 魂が先なのか、肉体が先なのか。肉体と魂がひとつになって、ということは、魂を自分に向けて、こっちに伝わってこないと。保土ケ谷の稽古場で語られた未公開テープから集めた舞踏のアフォリズム154章。

未払い賃金、計13億8000万円支払い わらべや日洋


 全国各地で告発の狼煙(のろし)を上げるべきだ。


 食品メーカー大手のわらべや日洋は7日、グループ会社の社員とパート合わせて約1万2000人に対し、約2年5カ月分の賃金の未払いがあったとして約13億8000万円を支払うと発表した。同社はコンビニエンスストア最大手のセブン−イレブン向けに弁当などを製造している。

 東京の立川労働基準監督署から昨年10月、賃金を支払う際に勤務時間の一部を切り捨てているとして、労働基準法違反で是正勧告を受けていた。これまで支払わず、今回支払いに応じた額は異例の大きさになる。

 労働時間は1分単位で計算しなければならないのに、社員は30分未満、パートは15分未満の労働時間を切り捨てて計算していた。労基署の勧告を受けて、わらべや日洋が時効が成立していない08年10月以降を調べたところ、約1万2000人に対し、1人あたり平均約10万円の未払いが見つかったという。

 同社は陶新二会長が報酬の30%を1カ月分返納するなど、役員ら12人を社内処分したという。同社は「法律違反の認識はなかった。従業員に迷惑をかけ申し訳ない」としている。


asahi.com 2011-01-07

日本子ども虐待防止学会第16回くまもと大会テーマ曲「冬、未来へ」歌:福嶋由記、作詞:内田良介、作曲:上村宏樹


 とにかくこの歌を聴いてくれ。俺は泣いた。


 それはきみのせいじゃない

 夢を描けないとしても

 最初見たはずの光

 喉の渇きと飢え

 遠い愛の砂漠で

 刃物のような言葉に

 いつも血を流しながら

 恐怖と怒りと不安の中で

 きみは生きてきたのだから

 そのままでいてかまわない


 それはきみのせいじゃない

 優しくなれないとしても

 通り過ぎる他人(ひと)しか

 信じられなくとも

 冬の王子のように

 凍った傷を抱いて眠る

 私たちは忘れない

 この世界に生きていたはずの

 過ぎ去った未来のことを

 消え去った希み(のぞみ)のことを


 父や母のせいだけじゃない

 乏しい孤立の鎖に

 さよならをするために

 手を差し伸べ合おう

 きみの笑顔のために

 つなげられた愛がある

 それぞれの違う場所で

 ひとつの命を支えている

 空や風や海のように

 懐かしい言葉のように


テーマ曲、誕生のいきさつ

極限状況を乗り越えた人々から学ぶ


 この本は、非常に厳しい人生の危機を乗り越える方法について書いたものだ。

 愛する人が亡くなったとき、結婚が破局に陥ったとき、仕事が挫折したとき、病気に襲われたとき、命の支えがなくなったときに体験するストレスに私たちはどのように打ち克ち、生きていくことができるのかを書いている。また、身体に障害が残るような大事故、強姦、生命を脅かす病気のような、個人的不幸に耐えぬいた人たちについても触れてある。さらに――人質や戦争捕虜といった――捕らわれの身となって、言葉に言いつくせないほどの心の傷を負いながらも、勝利を勝ちとった人々にも触れる。

 彼らの体験を知ることで、私たちは自分自身の逆境に打ち負かされることなく、人生を勝利に導く方法を学ぶことができるのだ。

 この本の中で取りあげた人たちの体験は、私たちとは無縁のもののように思われるかもしれない。たとえば、私たちの多くは強姦されることもないし、捕らわれの身となることもない。

 しかし、私たちにはそれぞれ、自分の個人的な能力の限界に挑戦しなくてはならない試練に直面する時期がある。人によっては、病気や経済的な苦境であるかもしれない。ある人にとっては、家庭の不和、子どもの非行、肉親の死、といったことにまつわる苦悩であることもある。また愛情、仕事、幸福といったものを失うことに関連した心の苦痛である場合もあるだろう。

 危機に直面したり心の傷を負ったりする状況は、現実に人生で起こってくるものである。私たちは、極限状況に挑戦し、勝利をおさめた人たちから、そうしたときどうすればよいのかの貴重な教訓を学びとることができるはずだ。

 ここで取りあげているのは、破局的な状況を生き延びるという現実的なことがらについてであり、日常生活の中で少しだけ気にかかるといった程度のことにどのように対処するか、ということではない。

 この本から、仕事が手に負えなくなったとき、財布を置き忘れたとき、車が動かなくなったときなどに使えるリラックス法――呼吸法、マントラ(ヒンズー教や仏教で用いられる神秘的な言葉で、力をもたらすと信じられている)、瞑想、バイオ・フィードバック(自律神経系の反応を視覚的に把握することによって心理状態の安定をはかる方法)――について学ぶことはできない。

 リラックスしてくつろぎ、筋肉の緊張からくる頭痛を取り除く方法については、すでに多くの助言がなされているが、これは、そうした類の本ではない。強く生きることを述べた本であり、無難に生きるための方法を取りあげたものではない。

 この本を書くにあたって、私自身の研究の一部を引用した。それは、明らかにもっとも苦痛に満ちた人生体験のひとつ、捕らわれの身になる、という厳しい試練を体験した人に関するものである。

 1954年、私は、朝鮮戦争において「洗脳」を受けて帰還した3000人以上におよぶ戦争捕虜を対象とした米国空軍の公式研究分析に携わった。それから12年後には、海軍の精神科医および心理学者からなる小グループに参加した。ベトナムで捕虜になるという、信じられない悪夢を生き延びた550人の男性に対して行なわれた同じような研究分析の補佐を頼まれたからである。最近では、イランに14か月監禁されて解放された52人の人質を助けるという仕事に、国務省の特別調査委員会の一員として参加した。また、第二次世界大戦以来数十年にわたって、強制収容所で生き延びた人たちに関する研究にも携わってきている。これは、ナチのガス室を逃れ、米国、ヨーロッパ、イスラエルで新しい人生、新しい家庭を築き上げた人たちに関する研究である。

 この本は、あまり多くの人の目につくことのない苦しみを体験しながらも、それを乗り越えて勝利を勝ちとった人たちに関する研究結果についても触れてある。癌にかかった子どもの親、強姦や暴行にあった人たち、身体に障害が残るような事故にあったり死に至るような病気にかかった人たちなどである。

 また、私自身が亡命者に関する研究を通して経験したことについても記載した。これは、慣れ親しんだ土地から離れなくてはならず、馴染みのない新しい世界の中に漂いながらもそうした状況を克服していった人たちである。

 そして、最後に、私自身が個人的に遭遇した出来事――重病、家族の死、差し迫る仕事上の危機――についても触れておいた。

 こうしたことを取りあげはしたが、この本はけっして暗いものではない。苦痛や喪失体験について述べているが、主題は、励ましであり希望である。

 なぜならば、私たちが現実に、いかに素晴らしい回復力を持ち、適応力があるかということを述べているからである。

 この本を通して、読者の皆さんは、人間が信じられないほど強い耐性を持っているということを示す事例に出会うことになると思う。苦しみを乗り越え、勝利を獲得した人たちの人生から得られる教訓を用いることによって、どのようにすれば人生で必ず出会う危機的状況に対応でき、しかもそれを乗り越えることができるのか、がわかってくるはずだ。

 この本を出版するにあたっては、パトリシア・バン・A・カインド、ウィリアム・T・グラント財団、モーリス・フォーク医学基金の経済的援助を受けた。また、カインド夫人、ロバート・J・ハガティ医学博士、フィリップ・B・ハレンの、寛大な励ましと助力に対して深く感謝の意を表したい。(「まえがき」)


【『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たち』ジュリアス・シーガル小此木啓吾〈おこのぎ・けいご〉訳(フォー・ユー、1987年)】

生きぬく力―逆境と試練を乗り越えた勝利者たち

2011-01-07

ウソの論理


 ウソにはウソの論理がある。というよりも、ウソはウソであるからこそ論理の裏付けを必要とするものなのだが、外形的なもっともらしさを抜きに、ウソは成立しない。

 真実は、必ずしも論理的である必要は無い。理屈にはずれていても、現実ばなれしていても、事実は事実だ。だからたとえば中山ミホと辻某が夫婦であることは、にわかに信じ難い話であっても、事実なのだ。到底承服しかねる事態であり、なおかつまったく理屈に合わない成り行きではあるにしても、とにかく事実は事実なのである。かように、事実は、事実であるという一点においてあらゆる無理を押し通すことができる。が、ウソは違う。ウソは無茶であってはならない。しみったれていても、胡散くさくても陳腐でも、事実は事実だが、ウソは極力もっともらしくあらねばならぬ。


【『かくかく私価時価 無資本主義商品論 1997-2003』小田嶋隆(BNN、2003年)】

かくかく私価時価―無資本主義商品論1997‐2003

ゲバラ、人民社会党を批判


 のちに人民社会党の幹部たちと会談したさい、

「あなたたちは、牢獄の中でひそかに殺されてしまう幹部を養成することはできるかもしれないが、雨あられと飛んでくる敵弾の中へ突撃する戦士をつくることはできない」

 といって、その有言不実行ぶりを批判している。


【『チェ・ゲバラ伝』三好徹(文藝春秋、1971年)】


 政治家と革命家との違い。

チェ・ゲバラ伝

白洲正子が生まれた日


 今日は白洲正子が生まれた日(1910年)。夫は白洲次郎。幼少期より梅若流の舞台に上がり能の造詣が深く、青山二郎小林秀雄の薫陶を受け骨董を愛し、日本の美についての随筆を多く著す。梅原龍三郎や、晩年は護立の孫で元首相の細川護熙河合隼雄多田富雄などの理系学者との交友もあった。

白洲正子自伝 (新潮文庫) 西行 (新潮文庫) 古典の細道 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ) 能の物語 (講談社文芸文庫)

森茉莉が生まれた日


 今日は森茉莉が生まれた日(1903年)。54歳で鴎外に関するエッセイ『父の帽子』を発表し日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。その後、『甘い蜜の部屋』(泉鏡花文学賞受賞)、『恋人たちの森』(田村俊子賞受賞)などの長短編小説群を著す。三島由紀夫などから激賞され一躍作家の仲間入りをした。

父の帽子 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ) 甘い蜜の部屋 (ちくま文庫) 恋人たちの森 (新潮文庫) 貧乏サヴァラン (ちくま文庫)

2011-01-06

フランク・ウィルチェック、マルコム・グラッドウェル


 2冊読了。


 1冊目『物質のすべては光 現代物理学が明かす、力と質量の起源』フランク・ウィルチェック/吉田三知世〈よしだ・みちよ〉訳(早川書房、2009年)/著者は2004年にノーベル物理学賞を受賞した理論物理学者。大統一理論に向けて踏み込んだ考察をしている。力と質量の起源はどこにあるか? マクロ宇宙を解く鍵は量子世界よりもミクロな世界に存在する。グリッドという概念でエーテル(!)に魂を吹き込んでいるのが圧巻。レオナルド・サスキンド著『ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い』を先に読んでおくべきだ。


 2冊目『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しいマルコム・グラッドウェル/沢田博、阿部尚美訳(光文社、2006年)/テンポが悪いのだが後半いきなり盛り上がる。第六感ではなく1としたところがミソ。その大半は視覚情報を無意識領域で判断している。いわば直観。第1感で得られる情報量は予想以上に多い。更にその危うさにも触れている。また直観を言葉に置き換えると情報が変質するらしい。表情を読み解くことができない自閉症についても考察が加えられている。第1感は訓練可能であるとのこと。

The Pretenders - I'll stand by you


 クリッシー・ハインドの枯れ具合が堪らん。フラット気味のボーカルに引きずり込まれる。



Pretenders  5CD ORIGINAL ALBUM SERIES BOX SET

テレビスタジオの圧倒的な同調圧力


 それは出演する人々が、事前に自主性を出さないように依頼されたり強制されたりしているということではない。そんなミエミエの圧力は、いくらこの愚かしい国内でも、すぐ告発されるだろう。出演者の発言は自由である。言いたいことを言っていい。だが、生放送開始の秒読みキューにより、司会者が画面に登場したとたん、魔法のような主体性・自主性圧殺の力が働く。

 そのほとんどは、司会者の言葉、表情、動作反応と、カメラスイッチャーの切り替えの指先と、中断するCMのタイミングと内容、参加視聴者の反応、女性アシスタントの動き、出演者同士の表情反応、言語反応の組み合わせ、といったような、ありとあらえる(ママ)細部の「質量」が作り上げるものなのだ。しかもそうした全体の結果は、最初からのでっち上げや、グル行為や、意図的な規制や、ヨイショ行為や、馴れ合い・ヤラセ行為よりも、一層悪質な結果を生むのだ。


【『おテレビ様と日本人』林秀彦(成甲書房、2009年)】


 出演者は否応なくシステムの一部となって、プロパガンダの片棒を担がせられる。

おテレビ様と日本人

病院の無力さ


 私たち、現場のシロウト集団の開き直りが始まった。病院では私たちシロウトには治せない病気を治し、命を救うことはできる。だが命を救っただけではそれは“生きもの”にすぎないのではないか。その“生きもの”が“人間”になること、つまり、目が輝いてきて自らの体の主体になることについては、病院という場はじつは無力ではないのか。いや、むしろそれを妨げているのではないか。私たちは命を救うことはできない。だが、ただ生きているだけの人や、生きていくのをやめようと思っているような人に、もう一度笑顔を取り戻させることならできるかもしれない。


【『老人介護 じいさん・ばあさんの愛しかた』三好春樹(法研、1998年、『じいさん・ばあさんの愛しかた “介護の職人”があかす老いを輝かせる生活術』改題/新潮文庫、2007年)】


 医師が見ているのは症状と患部である。そして人間を見失うわけだ。

老人介護じいさん・ばあさんの愛しかた (新潮文庫 み 37-2)

ジョン・メイナード=スミスが生まれた日


 今日はジョン・メイナード=スミスが生まれた日(1920年)。イギリスの生物学者。20世紀における生物学に最も影響を与えた生物学者の一人。生物学の分野にゲーム理論を導入。進化生物学の第一人者であり「血縁淘汰」や「進化的に安定な戦略」などの概念・理論を展開し大きな業績を残した。

生物学のすすめ (科学選書) 進化とゲーム理論―闘争の論理 進化遺伝学

2011-01-05

『アフリカ 苦悩する大陸』ロバート・ゲスト/伊藤真訳(東洋経済新報社、2008年)


アフリカ 苦悩する大陸


 アフリカの希望を誰が奪っているのか! 腐敗した政府、民族対立、貧困、HIV……。停滞するアフリカの現実と問題の核心。

彼の鋭敏な鼻は太い匂いの束を、いちいち糸にときほぐした


 地上の空気は湿っぽい運河のように鼻をつく臭気を含んだままよどんでいた。人間と動物の匂いが混じっていた。食べものと病の匂い、水と石と灰と皮の臭い、石鹸と焼きたてのパンの匂い、酢で煮立てた卵の臭い、ヌードルや磨きたての真鍮の臭い、サルビアやビールや涙の匂い、脂(あぶら)や湿った藁、また乾燥した藁の匂い。何百、何千もの匂いが、ねっとりした粥(かゆ)状に、通りの谷間(たにあい)を満たしていた。屋根にへばりつき、地階にあっては層をなしている。そこの住人たちは、あらためてこの粥の匂いを嗅いだりしない。そのなかで生まれ、のべつこのなかにひたってきた。呼吸する空気であって、まさしくこの空気があればこそ生きていられる。永年にわたって着なれてきた、ホッコリと暖かい衣服のようなものであり、もはや匂いなどしないのだ。肌につけていることすら気づかない。そのなかでひとりグルヌイユは別だった。いつも初めて立ち入ったかのように鼻が働く。ムッとする匂いの堆積を嗅いだだけではない。その匂いをことこまかに嗅ぎ分けた。彼の鋭敏な鼻は太い匂いの束を、いちいち糸にときほぐした。もうそれ以上はほぐしようのない細い糸にまで選り分ける。その糸を綯(な)ったり、ほぐしたりするのは、とてつもない喜びというものだった。


【『香水 ある人殺しの物語』パトリック・ジュースキント池内紀〈いけうち・おさむ〉訳(文藝春秋、1988年/文春文庫、2003年)】


 小説は視覚的なものと聴覚的なものに二分されるが、この作品は嗅覚を前面に出している稀有な作品だ。

香水―ある人殺しの物語 (文春文庫)

バッハには人間とかかわらぬ超越の志向はなく、逆に超越を志向せぬ人間とのかかわりもない


 バッハがこれほどポリフォニーの世界に固執したのは、彼が人間を超えたものへの視点をつねに音楽に生かしたかったからではないかと、私は思う。思想と芸術のあらかたが日常的な意味での「人間」に関心を向けてゆく中で、バッハは、人間を神とのぬきさしならぬ関係においてとらえ、多元的な価値の深みと超越性をもつ、ポリフォニー世界の掘り下げを続けた。(中略)

 大切なのは、人間からの「超越」を、バッハが人間との直接的なかかわりの中で志向することである。バッハには、人間とかかわらぬ超越の志向はなく、逆に、超越を志向せぬ人間とのかかわりも、ないのである。このかかわりのダイナミズムにおいて、ポリフォニーの数学的な秩序が、人間的な自由と結びついてくる。


【『J・S・バッハ』礒山雅〈いそやま・ただし〉(講談社現代新書、1990年)】


 相対的な視点から物事を二重に深める思索が凄い。いや、本当に凄いよ。

J・S・バッハ (講談社現代新書)

ウンベルト・エーコが生まれた日


  今日はウンベルト・エーコが生まれた日(1932年)。イタリアの記号論哲学者、小説家、中世研究者、文芸評論家。代表作『薔薇の名前』はフィクションにおける記号論、聖書分析、中世研究、文芸理論などの要素が絡み合った歴史ミステリーである。1981年、同作でストレーガ賞を受賞。

薔薇の名前〈上〉 薔薇の名前〈下〉 フーコーの振り子〈上〉 (文春文庫) フーコーの振り子〈下〉 (文春文庫)

2011-01-04

児童傷つけ障害者に…物乞い目当てで多発、「同情引くため」=中国


 中国では、人通りの多い路上などで「物乞い」の姿をよく見かける。特に目立つのが「子連れ」のケースだ。「同情を引いた方が有利」と、児童を傷つけて障害者にする場合が多いという。中国青年報などが報じた。

 民間ボランティア団体「宝貝回家(子宝を家に戻そう)」は誘拐された児童を探し出し、家に戻す活動をしている。同団体の関係者によると「街頭で物乞いをさせられている児童は誘拐されたり、父母に捨てられた、あるいは貧困のために売られたケースが多い」、「完全に物乞いのための“道具”にさせられており、人とはみなされていない。哀れに見せかけるため、人の手で障害者にさせられている」という。

 同団体には、物乞いのために児童が刃物で傷をつけられ、治ると、また傷つけられるケースがあるとの報告も寄せられた。幼い女児に硫酸をかけて傷を負わせていた例もあった。女児は大人の物乞いに「お願いだから硫酸はやめて。刃物の傷にして」と哀願していたという。

 同団体幹部は「われわれは力が乏しく、どうしようもないことが多い。せめてもの方法として、関係者を通じて、物乞い集団に児童がいる場合、金などを与えないように呼びかけている。金品を渡しても児童のものにはならず、かえって、児童を物乞いに使う考えを増長してしまうからだ」と述べた。

 警察が、児童を伴って物乞いをする大人に事情を尋ねる場合もあるが、大人が「家族だ」と言い張ると、それ以上に調べられなくなるケースが多いという。


サーチナ 2011-01-04

『ルワンダ ジェノサイドから生まれて』ジョナサン・ドーゴヴニク/竹内万里子訳(赤々舎、2010年)


ルワンダ ジェノサイドから生まれて


 カメラに向けられた力強い眼差し。沈黙の果てに語られる言葉。ジェノサイドの際に性的暴力を受けた女性とその子どもたちの肖像。


 20世紀最大の悲劇のひとつ、ルワンダのジェノサイド(集団殺害)の際に大勢の女性が「武器」として性的暴力を受け、その結果およそ2万人の子供たちが生まれたという事実は、いまなおほとんど知られていません。母親たちの多くは、いまだに深刻な肉体的・精神的トラウマを抱えながら、社会的に孤立した状態で子供を育てておりその半数以上はHIV/エイズにかかっているとも言われています。


 ニューヨークを拠点に活動中の写真家ジョナサン・トーゴヴニクは、取材で訪れたルワンダでこのような現実を初めて知り、大きな衝撃を受けます。そこでみずからのプロジェクトとして、3年間をかけてこうした境遇にある女性たちへのインタビューと撮影を行ないました。

少年兵−捕虜を殺す競争


 中尉の演説のあと、彼のやり方にならって捕虜を殺す練習が始まった。5人の捕虜に、おおぜいの熱心な参加者。それで伍長は、ぼくらのなかから何人かを選んだ。ケネイとほかに3人の少年、そしてぼくが選ばれて、公開処刑をすることになった。5人の男たちが、両手をしばられた格好で、訓練場のぼくらの目の前に並ばされた。伍長の命令で、ぼくらはこの捕虜たちの喉を切ることになっていた。あてがわれた捕虜をいちばん早く殺した者が、この競争の優勝者だった。ぼくらは銃剣を抜いていて、捕虜をこの世から葬り去るとき、まともにそいつの顔を見なければならなかった。ぼくはすでに自分の捕虜を見つめはじめていた。そいつの顔は平手打ちをくらって腫れあがっていて、目はぼくの背後の何かを見ているようだった。顔のなかで、口元だけが緊張していた。ほかは何もかもが穏やかに見えた。ぼくは相手に何も感じなかったし、自分のしていることについてそれほど深く考えなかった。とにかく伍長の命令を待った。この捕虜だって反乱軍の一人だ、ぼくの家族を殺した責任があるじゃないか、と本気で信じるようになっていた。伍長がピストルを鳴らして合図をすると、ぼくは男の頭をつかみ、すべるような動きで喉を切りつけた。切っ先が喉仏(のどぼとけ)に突き通ったら、鋸刃(のこぎりば)を当てて回しながら銃剣を引き抜いた。男は目を剥(む)いてまっすぐぼくをにらんだあと、まるで不意打ちをくらったかのように、突然恐ろしげな一瞥(いちべつ)をくれたまま固まった。そしてぼくに身体をあずけて最期の息を吐いた。ぼくは男を地面にほうりだし、銃剣の汚れをそいつになすりつけた。タイマーをもっている伍長に報告した。ほかの捕虜たちの身体は、ほかの少年たちの腕のなかで抵抗し、あるものは地面でしばらく震えつづけた。ぼくが優勝、ケネイが2位だと発表された。見物していた少年たちやほかの兵士たちは、ぼくが人生最大の偉業をなしとげたかのように拍手した。ぼくは准中尉、そしてケネイは准軍曹の階級を与えられた。ぼくらはその日、いつもより多いドラッグと、いつもより多い戦争映画とで祝った。


【『戦場から生きのびて ぼくは少年兵士だった』イシメール・ベア/忠平美幸〈ただひら・みゆき〉訳(河出書房新社、2008年)】

戦場から生きのびて ぼくは少年兵士だった

カネは権力と代替可能で暴力性をもっている


 しかし、投資の対象として、株を買うことはしません。それは現在、私が作家として糊口を凌いでいるからです。作家に経済合理性と異なる発想がないと、よい作品はできないと考えています。資本主義社会において、カネでほとんどの商品やサービスを購入することができます。言い換えると、カネで欲望のほとんどを満たすことができるのです。それだから、カネを支払うことで他人に自分の意志を強制することができるようになります。カネは権力と代替可能で、暴力性をもっています。カネを追求し始めると作品が暴力的になっていくことを私は恐れているのです。


【『インテリジェンス人生相談 社会編』佐藤優〈さとう・まさる〉(扶桑社、2009年)】

インテリジェンス人生相談 [個人編] インテリジェンス人生相談 [社会編]

夢野久作が生まれた日


 今日は夢野久作が生まれた日(1889年)。日本探偵小説三大奇書の一つに数えられる畢生の奇書『ドグラ・マグラ』をはじめ、怪奇色と幻想性の色濃い作風で名高い。またホラー的な作品もある。1929年に発表した『押絵の奇蹟』は江戸川乱歩から激賞を受けた。『ドグラ・マグラ』刊行の翌年に急死。

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫) ドグラ・マグラ (下) (角川文庫) 少女地獄 (角川文庫) 夢野久作読本

ルイ・ブライユが生まれた日


 今日はルイ・ブライユが生まれた日(1809年)。3歳の時に父親が使っていた錐で、誤って眼球を突き破り左目を失明。その後感染症により5歳で全盲となる。パリ盲学校在学中に横2×縦3の現在の6点式の点字を発明。これが世界中で使われる点字となった。肺結核のため43歳で没した。

ブライユ―目の見えない人が読み書きできる“点字”を発明したフランス人 (伝記 世界を変えた人々)

2011-01-03

OK Go - This Too Shall Pass


 破壊的なドミノ倒し。発想が凄いよね。



Of the Blue Colour of the Sky

テレビ番組の存在論


 あなたがテレビ番組の『ペイウォッチ』を見ているとする。さて『ペイウォッチ』はどこに局在しているのだろうか? テレビの画面で光っている燐光体のなかにあるのか、ブラウン管のなかを走っている電子のなかにあるのか。それとも番組を放送しているスタジオの映画用フィルムやビデオテープのなかだろうか。あるいは俳優にむけられたカメラのなかか?

 たいていの人は即座にこれが無意味な質問であると気づくだろう。もしかすると、『ペイウォッチ』はどこか一カ所に局在しているのではなく(すなわち『ペイウォッチ』の「モジュール」というものは存在せず)、全宇宙に浸透しているのだという結論をだしたくなった人もいるかもしれない。だがそれもばかげている。それは月や、私の飼い猫や、私が座っているソファには局在していないからだ(電磁波の一部がこれらに到達することはあるかもしれないが)。燐光体やブラウン管や電磁波やフィルムやテープは、どれもみなあきらかに、月や椅子や私の猫にくらべれば、私たちが『ペイウォッチ』と呼んでいるシナリオに直接的な関係がある。

 この例から、テレビ番組がどんなものかを理解すれば、「局在性か非局在性か」という疑問が力を失い、それに代わって「どういう仕組みになっているのか」という疑問がでてくるのがわかる。


【『脳のなかの幽霊』V・S・ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー/山下篤子訳(角川書店、1999年)】

脳のなかの幽霊 (角川文庫)

日本の国債は世界一安全


 もし、本当に国の借金が問題なら、誰が日本国債など買うだろうか?

 本当に財政が危機的状況で「破産寸前」なら、日本国債の買い手は非常に少なくなるはずだ。買い手が少なければ国債の市中価格は暴落し、金利はもっと上昇していなければならない。

 ところが日本の10年物国債の市中金利は先進7ヶ国中最低であり、日本国債は先進7ヶ国の国債の中で、相対的に最も買い手が多く最も安全な債券であると言える。先進国中最も安全ということはすなわち、世界一安全ということだ。


【『国債を刷れ! 「国の借金は税金で返せ」のウソ』廣宮孝信〈ひろみや・たかのぶ〉(彩図社、2009年)】

国債を刷れ! 新装版-これがアベノミクスの核心だ-

2011-01-02

『大坂堂島米会所物語』島実蔵(時事通信社、1994年)


大坂堂島米会所物語


 八代将軍吉宗の治政下、大坂に開設された堂島米会所をめぐり、自由な市場を目指す加嶋屋泰三ら米商人、これを支配下に置こうとする幕府、さらに吉宗に反抗する尾張藩主徳川宗春たちの、熾烈な闘いが展開する。歴史上初の証券・先物取引所の産みの苦しみを鮮かに描いた小説。

『精神の生態学』グレゴリー・ベイトソン/佐藤良明訳(新思索社、2000年)


精神の生態学


「正統派」の諸学に対し、切り離された個ではなく、関係が基本となる思考領域をひとつひとつ覗いていって、その領域での立論の甘さを検証しながら、ひとつの思索体系を築いていったベイトソンの論集。90年刊の改訂第2版。

boards of canada - dayvan cowboy


 こんな高い位置から飛び降りることが可能なのか? いやはや凄い映像だ。



The Campfire Headphase

自分と自分たちだけのことしか考えなくなったとき、人間は自ら敗北する


「アーミナ」とはアラビア語で「信じる人」を意味する(※イブラーヒーム・ナスラッラー著『アーミナの縁結び』2004年、邦訳未刊)。アーミナに生前、夫のジャマールは語った。


 人間とはいつ、自ら敗れ去るか、ねえアーミナ、きみは知っているかい? 人はね、自分が愛するもののことを忘れて、自分のことしか考えなくなったとき、自ら敗れ去るのだよ。たとえ彼にとってその瞬間、大切なものは自分自身をおいてほかにないと彼が思っていたとしてもね。それは本当のところ街をからっぽにしてしまうんだ。人もいなければ木々も、通りも、思い出も、家すらなく、あるのはただ家の壁の影だけ、そんな空っぽな街に……。


 自分と自分たちだけのことしか考えなくなったとき、人間は自ら敗北するのだというその言葉は、パレスチナ人に自分たちと等価の人間性を認めず、自分たちの安全保障しか眼中にないユダヤ人国家の国民たちに対する根源的な批判であるだろう。


【『アラブ、祈りとしての文学』岡真理(みすず書房、2008年)】

アラブ、祈りとしての文学

学問、芸術、宗教


 学問と芸術を持っているものは、

 同時に宗教を持っている。

 学問と芸術を持たぬものは、

 宗教を持て!(「温順なクセーニエン」遺稿から)


【『ゲーテ格言集』ゲーテ/高橋健二編訳(新潮文庫、1952年)】

ゲーテ格言集 (新潮文庫)

アイザック・アシモフが生まれた日


 今日はアイザック・アシモフが生まれた日(1920年)。500冊を超える著書はアメリカの図書分類法によって分類されたすべてのジャンルに著作があることで知られている。ヒューゴー賞を7回、ネビュラ賞を2回、ローカス賞を4回受賞。大学院に通いながら創作を開始。ロボット工学三原則を発案した。

鋼鉄都市 (ハヤカワ文庫 SF 336) ファウンデーション ―銀河帝国興亡史〈1〉 (ハヤカワ文庫SF) 黒後家蜘蛛の会 1 (創元推理文庫 167-1) われはロボット 〔決定版〕 アシモフのロボット傑作集 (ハヤカワ文庫 SF)

2011-01-01

『風をつかまえた少年 14歳だったぼくはたったひとりで風力発電をつくった』ウィリアム・カムクワンバ、ブライアン・ミーラー/池上彰解説、田口俊樹訳(文藝春秋、2010年)


風をつかまえた少年


学ぶことの本当の意味を教える感動の実話!

 アフリカの最貧国、マラウイを襲った食糧危機。食べていくために、学費が払えず、ぼくは中学校に行けなくなった。勉強をしたい。本が読みたい。NPOがつくった図書室に通うぼくが出会った一冊の本。『風力発電』。風車があれば、電気をつくれる。暗闇と空腹から解放される。――そしてマラウイでは、風は神様が与えてくれる数少ないもののひとつだ。


「学校の図書館で出合った本がきっかけで、人生が切り開かれていく。学ぶということが、これほどまでに人生を豊かにしてくれるとは。私たち日本人が忘れていたことを、この本は教えてくれます。日本の子どもたちが、ウィリアム少年のように目を輝かせながら、本をむさぼり読む。こんな日の来ることを願っています」(本書解説「知識が力となるために」池上彰

「晴れた日に」石垣りん


 車一台通れるほどの

 アパートの横の道を歩いて行くと

 向こうから走ってきた

 自転車の若い女性が

 すれ違いざまに「おはようございます」

 と声をかけてきた。

 私はあわてて

「おはようございます」と答えた。


 少しゆくと

 中年の婦人が歩いてくるので

 こんどはこちらからにっこり笑って

 お辞儀をしてみた。

 するとあちらからも

 少しけげんそうなお辞儀が返ってきた。


 大通りへ出ると

 並木がいっせいに帽子をとっていた。

 何に挨拶しているのだろう

 たぶん過ぎ去ってゆく季節に

 今年の秋に。


 そういえば私の髪も薄くなってきた

 向こうから何が近づいてくるのだろう。

 もしかするともうひとりの私だ

 すれ違う時が来たら

「さようなら」と言おう

 自転車に乗った若い女性のように

 明るく言おう。


【『石垣りん詩集』石垣りん(ハルキ文庫、1998年)】

石垣りん詩集 (ハルキ文庫)

長く生きたのではなく、長く翻弄されたのである

 それゆえ、髪が白いとか皺(しわ)が寄ったているといっても、その人が長く生きたと考える理由にはならない。長く生きたのではなく、長く有ったにすぎない。たとえば或る人が港を出るやいやな激しい嵐に襲われて、あちらこちらへと押し流され、四方八方から荒れ狂う風向きの変化によって、同じ海域をぐるぐる引き回されていたのであれば、それをもって長い航海をしたとは考えられないであろう。この人は長く航海したのではなく、長く翻弄されたのである。


【『人生の短さについて』セネカ/茂手木元蔵〈もてぎ・もとぞう〉訳(岩波文庫、1980年/大西英文訳、2010年)】

人生の短さについて 他二篇 (ワイド版 岩波文庫) 生の短さについて 他2篇 (岩波文庫)

(※左が茂手木元蔵訳、右が大西英文訳)

キム・フィルビーが生まれた日


 今日はキム・フィルビーが生まれた日(1912年)。元MI6(イギリス情報局秘密情報部)長官候補にして傑出した二重スパイ。MI6の課長となり、ソビエト諜報部対策に従事。功績が認められ勲章が授与されている。後にソ連スパイの嫌疑が浮上。スパイ活動を間接的に認めた。ソ連に亡命。KGBソ連国家保安委員会)のイギリス担当顧問に就任。

ヒューマン・ファクター―グレアム・グリーン・セレクション (ハヤカワepi文庫) ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ (ハヤカワ文庫NV) スパイのためのハンドブック (ハヤカワ文庫 NF 79)


イプクレス・ファイル

杉原千畝が生まれた日


 今日は杉原千畝〈すぎはら・ちうね〉が生まれた日(1900年)。ユダヤ人難民が亡命できるよう大量のビザを発給。6000人が救われた。外務省の指示に背く行為であった。戦後、ソ連に拘束され収容所で1年間を過ごす。帰国した杉原を外務省は辞職に追い込む。同じ頃、三男が病没。85年イスラエル政府より表彰される。

杉原千畝物語―命のビザをありがとう (フォア文庫) 杉原千畝―六千人の命を救った外交官 (小学館版 学習まんが人物館) 新版 六千人の命のビザ

「めでたい節」


 2011年、明けましておめでとうございます。