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2011-02-10

1ビットの情報をブラックホールへ投げ込んだらどうなるか?/『ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い』レオナルド・サスキンド

    • 1ビットの情報をブラックホールへ投げ込んだらどうなるか?

 ブラックホールは「死んだ恒星」である。太陽は質量が小さいのでブラックホールにはならない。巨大な質量をもつ恒星が超新星爆発(=星の死)をした後、今度は重力が内側へと向かう。ま、綿飴を潰した状態だ。最終的に原子はおろか素粒子レベルまでが破壊される。つまり空間が存在しない状態といってもいいだろう。

 標準のブラックホールで質量は太陽の10億倍。温度は数千万度から数十億度に達する。この重力地獄からは光ですら脱出することができない。それゆえ、光を反射しないブラックホールは「見えない存在」なのだ。

 スティーヴン・ホーキングが「情報のパラドックス」という問題を提示した。


 スティーヴン・ホーキングは1ビットの情報をブラックホールへ投げ込んだらどうなるかと想像した。投げ込む情報は本やコンピューターでもいいし、1個の素粒子でもいい。ホーキングはこう考えた。ブラックホールは究極の落とし穴(トラップ)であって、情報のビットは外の世界から永久に失われる。この一見無害にみえる観察は、断じて無害ではなかった。それは、現代物理学が築いた建造物すべてをなぎ倒す恐れがあった。何か決定的にうまくいかない点があった。もっとも基礎的な自然法則である情報の保存が危機にひんしていた。関心を持った人たちにとって、ホーキングが間違っているか、300年の歴史を持つ物理学の中心が崩れてしまうかのどちらかだった。


【『ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い』レオナルド・サスキンド/林田陽子訳(日経BP社、2009年)以下同】


 これに異を唱えたのがレオナルド・サスキンドである。ブラックホール戦争の勃発。


 ブラックホールの内部で1ビットの情報が失われることも何がそんなに不都合なのだろうか? しばらくして、わかってきた。情報の損失は、エントロピーを生成するのと同じことである。そしてエントロピーの生成は熱を出すことを意味する。スティーヴンがいとも簡単に仮定した仮想ブラックホールはから空っぽの空間に熱を発生させるだろう。もうひとりの同僚のミカエル・ペスキンと一緒に、私たちはスティーヴンの理論に基づいて推計した。もしスティーヴンが正しければ、空っぽの空間は1秒もたたないうちに10億×10億×10億×1000度まで熱くなることがわかった。私はスティーヴンが間違っているとわかっていたが、彼の推論に欠点を見つけることができなかった。多分それが私をいちばんいらだたせたのだ。

 この後起こったブラックホール戦争は物理学者同士の論争にとどまらなかった。それはアイデアの戦争、その後基本原理の間の戦争だった。


 実はここに大統一理論(矛盾し合う相対性理論量子力学を統合する原理)の鍵があった。レオナルド・サスキンドの筆致は軽やかにエピソードと比喩を盛り込みながら、難解なテーマをぐいぐい読ませてゆく。


 この湖には危険がひとつある。それに気づくのが遅すぎたために多くのおたまじゃくしが命を失った。1匹として生きて戻ってその話を伝えたものはいなかった。湖の中心に、湖水が流れ出てゆく排水の穴がある。水は排水管を通って下の洞穴に流れていき、鋭くとがった岩の上に滝のように落ちる。湖を上から見おろせば、水が排水管の方に動いていくのを見ることができる。排水管から遠く離れたところでは、水の流れる速度は感じ取れないほど遅い。しかし近づくと水の速度が速くなる。排水管が非常に速く水を吸い込むので、ある距離まで近づくと水の流れる速度が音速と等しくなると仮定しよう。さらに排水管に近づくと、流れは超音速になる。そして非常に危険な排水管が現れる。

 水の中にただようオタマジャクシは、自分たちの回りのことしかわからないので、自分たちがどれくらい速く進んでいるのかわからない。オタマジャクシの近くにあるものはすべて同じ速度で一緒に動く。非常に危険なこととは、排水管へ吸いこまれて鋭い岩で砕かれることだ。実際、中心に向かって吸い込まれていく速度が音速を超える地点を越えてしまったオタマジャクシは、破滅するしかない。帰還不能点を越えたら、彼は流れより速く泳ぐこともできないし、安全の領域にいるものに警告を発することもできない(どの音響信号も音速より速く水の中を進めないからだ)。アンラーは排水の穴とその帰還不能点を【沈黙の穴】と呼ぶ。音がしないという意味の沈黙だ。どんな音もそこから脱出することができないからだ。

 帰還不能点ももっとも興味深いことのひとつは、そうと知らずに浮かびながらそこを通りすぎる観察者は、最初は異常にまったく気付かないということだ。これに警告する広告板もサイレンもない。これを止める障害物もない。危険が迫っていると知らせるものは何もない。ある瞬間には何の問題もないように見えて、次の瞬間もすべてがまだ何の問題もないように見える。知らず知らずのうちに帰還不能点を越えてしまう。


【沈黙の穴】がブラックホールだ。では、帰還不能点の手前と向こう側で世界はどのように異なるのか?


 一方、アリスは何もおかしいと気づかない。彼女は、ものごとの進み方が遅くなるとも速くなるともまったく感じないまま、気楽に帰還不能点を越えていく。もっと後になって危険な岩の方に引きこまれてから、初めて彼女は危険を知る。ここにブラックホールの重要な特徴のひとつが示されている。つまり、ことなる観察者は同じ事象をまったく逆に感じる。ボブにとっては、彼が聞く音から判断するとアリスが帰還不能点に達するには無限の時間がかかる。だが、アリスにとっては、まばたきすることも時間もかからない。


 いやあ、お見事。これが双子のパラドックスだ。観測者の運動によって世界は異なって映るのだ。絶妙な喩えは、あたかも生と死を相対化している趣さえある。


 実際我々は地球の自転速度や回転速度、はたまた太陽の運行や銀河の回転を自覚することがない。宇宙は巨大なメリーゴーランドだ。しかし我々はあまりにも小さすぎる。マクロ宇宙と量子世界が回転と螺旋運動で成り立っているのであれば、きっと時間も同じように流れているのだろう。


 手っ取り早く結論を述べよう。スティーヴン・ホーキングは誤っていた。


【どんなブラックホールであっても、1ビットの情報を加えると、その地平線の表面積が1プランク面積、すなわち1平方プランク単位だけ大きくなる。】


【ビットで測ったブラックホールのエントロピーは、プランク単位で測ったその地平線の表面積に比例する。】


 もっと簡潔にするとこうなる。


【情報は面積と等しい。】


「参りました!」。私は本を閉じて畳に手をついた(ウソ)。情報は「失われない」のだ。ということは、宇宙の実体が「情報宇宙」ということを示している。


 生とは情報が密集した状態で脳に象徴される。認知を司るのも脳である。それゆえ存在は脳というフィルターを通して知覚される。つまり世界も宇宙も脳内において存在するわけだ。ブラックホールで情報が失われないとすれば、ブラックホールもまた生の一分を示している。死は特異点の向こう側に位置する。情報が意味をなさなくなる世界だ。


 日常生活における死とは、知覚し得ない無意識領域であろう。眠りは死である。そして瞑想もまた死である。睡眠をとらないと人は生きてゆけない。瞑想をしなければ生きているとは言えない。多分そんなところだろう。

ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い

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