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2011-02-20

『選択の科学』シーナ・アイエンガー/櫻井祐子訳(文藝春秋、2010年)


選択の科学


 出身や生い立ちは選択を行う方法にどのような影響を与えるのか? 他人に選択を委ねた方がよい場合はあるのだろうか? 「選択」研究の第一人者が、約20年にわたる数々の研究成果や考察をまとめる。

日本文化という幻想


 自分たちに独自の「文化」があると思いたがるのは、どの国も同じだ。しかし日本人は、思い込みがすぎることで知られている。日本の国民性(とされるもの)に関する一大出版ジャンルまである。日本人論だ。あるアメリカの研究者は日本人論を、日本社会の「特殊性」に関する「国を挙げての思索」と位置づけた。(中略)

 こうした議論には、日本人の文化というものが確固として存在するという前提がある。文化の核には永遠に不変のものがある。どんなに世界が変わろうとも、日本人を日本人たらしめる何かがある。それは日本人の「血」か何かかもしれない――。この「日本人論」的な議論によれば、日本人が点を取れないのは日本の文化のせいだということになる。


【『「ジャパン」はなぜ負けるのか 経済学が解明するサッカーの不条理』サイモン・クーパー、ステファン・シマンスキー/森田浩之訳(NHK出版、2010年)以下同】


 トルコのたどった道は大切なことを教えてくれる。サッカーにおいて「文化」はさほど意味をもたないということだ。(ドイツ人指導者デアバルが監督に就任し、ドリブルからパス重視のヨーロッパサッカーを導入した)

「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理

滅私奉公と『プロジェクトX』


 私は、けっして「滅私奉公」が無条件に悪だと言いたいのではない。「滅私」に値するほどの公もあるだろう。たとえば、本章の第5節でも言及する、今後発展されることが期待される「新しい公共空間」がそうなる可能性はある。男性にせよ女性にせよ、公の世界に生きようとすれば「命を賭ける」必要が生じてくることはもちろんあるだろう。ただ、滅私奉公の倫理の問題点は、しばしば、人が公の世界に命を賭ける必要が生じたときに、私の世界に負い目を感じるどころか、私の世界をすっぱりと切り捨てることを要求することにある。『プロジェクトX』にしても、挑戦者の男たちが男泣きしている場面で完結せずに、負い目を感じなくてはならないはずの家族に「ありがとう。これまですまなかったね。これからは家事するよ」と毎回エンディングにおいて感謝と謝罪をすべきだと思うのである。男性が公の世界に生きようとすればするほど、私の世界に負い目を増していくことを、佐藤忠男は「情感的論理の世界」と呼んで好んだ。一方で佐藤は、私の世界の切り捨てを要求する「忠誠」を嫌っていた〔佐藤 2004〕。


【『男らしさという病? ポップ・カルチャーの新・男性学熊田一雄〈くまた・かずお〉(風媒社、2005年)】

男らしさという病?―ポップ・カルチャーの新・男性学

小林多喜二の命日


 今日は小林多喜二の命日(1933年)。特高警察の拷問により築地警察署で死亡。1929年に『蟹工船』を発表し、一躍プロレタリア文学の旗手として注目を集める。その後、特高警察から要注意人物としてマークされる。警察当局は「心臓麻痺」による死と発表。遺族に返された多喜二の遺体は、全身が拷問によって異常に腫れ上がり、特に下半身は内出血によりどす黒く腫れ上がっていた。しかし、どこの病院も特高警察を恐れて遺体の解剖を断った。

愛蔵版 ザ・多喜二―小林多喜二全一冊 蟹工船・党生活者 (新潮文庫) 小林多喜二―21世紀にどう読むか (岩波新書)