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2011-03-31

非核三原則


 唯一の被爆国として、日本国民は非核三原則にのっとり「核について知らない」「核について学ばない」「核について話題に挙げない」を徹底してきました。(@juzca

福島県いわき市「スパリゾートハワイアンズ」の奇跡


 絶望の淵にある人を、真に救うのは「情報」でも「言葉」でも、ましてや「法律」や「ルール」などではない。「行為」だ。何をすべきかを論じているだけでは、誰一人救えないのだ。


Web SPA!

酔い潰れた自衛隊員


 母の話。被災地支援から帰還した自衛隊員が、現地での経験がよっぽどつらかったのか涙を流しながら店でビールを飲んでいた。ほどなくして酔いが回ったのか彼は椅子から転げ落ちるようにして床で寝てしまった。どうしても起きないため、困った母親は申し訳ないと思いながらも警察を呼んだ。(@NikoKato


 母が警察に事情を話、彼が被災地支援から戻ったばかりであることを言うと、県警の警察官はとても優しく彼を扱ってくれた。後で自衛隊員の目が覚めた時警察官は言ったそうです「お疲れさまでした」。(@NikoKato


 そうですね。みんな辛かったんでしょうね。みんな泣いてる。泣きながら、でも被災地で手を休めるわけにはいかないからほっとした時に涙を流す。そんな人達を優しく迎え、受け止められる社会がまだあって良かったと思います。(@NikoKato

平田武市議の「遺言」、非常通路が児童救う 津波被害の小学校


 岩手県大船渡市の海沿いの小学校に、津波から逃れる時間を短縮する非常通路をつけるよう提案し続けていた市議がいた。昨年12月、念願の通路ができた。市議は東日本大震災の9日前に病気で亡くなったが、津波にのまれた小学校の児童は、通路を通って避難し、助かった。


 海から約200メートルのところにある越喜来(おきらい)小学校。3階建ての校舎は津波に襲われ、無残な姿をさらしている。校舎の道路側は、高さ約5メートルのがけ。従来の避難経路は、いったん1階から校舎外に出て、約70メートルの坂を駆け上がってがけの上に行き、さらに高台の三陸鉄道南リアス線三陸駅に向かうことになっていた。


「津波が来たとき一番危ないのは越喜来小学校ではないかと思うの。残った人に遺言みたいに頼んでいきたい。通路を一つ、橋かけてもらえばいい」。2008年3月の市議会の議事録に、地元の平田武市議(当時65)が非常通路の設置を求める発言が記録されている。


 親族によると、平田さんは数年前から「津波が来た時に子供が1階に下りていたら間に合わない。2階から直接道に出た方が早い」と話すようになったという。


 平田さんの強い要望をうけたかたちで、昨年12月、約400万円の予算で校舎2階とがけの上の道路をつなぐ津波避難用の非常通路が設置された。予算がついた時、平田さんは「やっとできるようになった」と喜び、工事を急ぐよう市に働きかけていた。


 11日の地震直後、計71人の児童は非常通路からがけの上に出て、ただちに高台に向かうことができた。その後に押し寄せた津波で、長さ約10メートル、幅約1.5メートルの非常通路は壊され、がれきに覆いつくされた。遠藤耕生副校長(49)は「地震発生から津波が来るまではあっという間だった。非常通路のおかげで児童たちの避難時間が大幅に短縮された」と話す。


 市教育委員会の山口清人次長は「こんな規模の津波が来ることは想定しておらず、本当に造っておいてよかった。平田さんは子供のことを大事に考える人でした」と話した。


 非常通路から避難した児童の中には、平田さんの3人の孫もいた。平田さんの長男、大輔さん(38)は「人の役に立った最後の仕事に父も満足していると思う。小学3年の息子にも、大きくなったら話してやりたい」と語った。


asahi.com 2011-03-29


 これが本当の政治というものだ。

「This Little Girl」ゲイリーU.S.ボンド


 ゲイリーU.S.ボンドの大ファンだったブルース・スプリングスティーンとリトル・スティーヴンが全面的にバックアップした復活作が発表されたのは1981年。もう30年も経つのか。何と、カムバック後の1枚目と2枚目がセットで1747円という破格で発売されていた。


D


Dedication/on the Line: Remastered

『ルーマン 社会システム理論』ゲオルク・クニール、アルミン・ナセヒ/舘野受男、野崎和義、池田貞夫訳(新泉社、1995年)


ルーマン 社会システム理論 [「知」の扉をひらく]


 ますます細分化していく社会の中で、全体をどうとらえるのか。広範な知の領域で論争を喚起し、また「難解さ」で知られるルーマンのシステム理論を分析、わかりやすく解説したはじめての書。システム理論のパラダイム転換を提起したルーマン理論の全体像を解明する。

騙す意図、騙される被害/『夜』エリ・ヴィーゼル


 世の中には騙(だま)す人と騙される人がいる。「オレオレ」と電話をする者が騙す人で、慌てて振り込んでしまうのが騙される人だ。当然、騙す側には何らかの意図や狙いがある。騙されるのは常に人がよいタイプだ。ま、判断力を欠いているわけだが。


 人は何かを信ぜずして生きてゆけない。周りにいる人々を信じ、情報を信じ、所属する機構を信じている。生きるとは自分と社会の未来を信じることでもある。


 しかし一寸先は闇だ。エリ・ヴィーゼルナチス・ドイツという名の国家に騙された。


 私はもはや、日々の一皿のスープと一きれの古くなったパン以外には関心を向けなくなっていた。パン、スープ――これが私の生活のすべてであった。私は一個の肉体であった。おそらくはそれ以下のもの――一個の飢えた胃。ただ胃だけが、時の経ってゆくのを感じていた。


【『夜』エリ・ヴィーゼル/村上光彦訳(みすず書房、1995年)以下同】


 強制収容所は人間を一片の臓器へと変えた。食欲に取りつかれた状態は餓鬼そのものだ。


 ある日、私たちが停車していたとき、ひとりの労働者が雑嚢から一片のパンをとりだして、それを貨車のなかに投げ込んだ。みんながとびかかった。何十人もの飢えた者が幾片かのパン屑のために殺しあったのである。ドイツの労働者はこの光景をひどく面白がった。


 ホロコーストを生き延びた証言者の中でエリ・ヴィーゼルは筆頭に位置する人物である。書籍においてはV・E・フランクルプリーモ・レーヴィが連なるが、世界への影響力が図抜けている。


 私が本書を読んだのは、レヴェリアン・ルラングァ著『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』で以下の部分が紹介されていたからだ。


 3人の死刑囚は、いっしょにそれぞれの椅子にのぼった。3人の首は同時に絞索の輪のなかに入れられた。

「自由万歳!」と、二人の大人は叫んだ。

 子どもはというと、黙っていた。

「神さまはどこだ、どこにおられるのだ。」私のうしろでだれかがそう尋ねた。

 収容所長の合図で三つの椅子が倒された。

 全収容所に絶対の沈黙。地平線には、太陽が沈みかけていた。

「脱帽!」と、収容所長がどなった。その声は嗄れていた。私たちはというと涙を流していた。

「着帽!」

 ついで行進が始まった。二人の大人はもう生きてはいなかった。脹れあがり、蒼みがかって、彼らの舌はだらりと垂れていた。しかし3番めの綱はじっとしてはいなかった――子どもはごく軽いので、まだ生きていたのである……。

 30分あまりというもの、彼は私たちの目のもとで臨終の苦しみを続けながら、そのようにして生と死のあいだで闘っていたのである。そして私たちは、彼をまっこうからみつめねばならなかった。私が彼のまえを通ったとき、彼はまだ生きていた。彼の舌はまだ赤く、彼の目はまだ生気が消えていなかった。

 私のうしろで、さっきと同じ男が尋ねるのが聞こえた。

「いったい、神はどこにおられるのだ。」

 そして私は、私の心のなかで、ある声がその男にこう答えているのを感じた。

「どこだって。ここにおられる――ここに、この絞首台に吊るされておられる……。」

 その晩、スープは屍体の味がした。


 地獄絵図そのものだ。確実に死ぬことのわかっている少年が、身をよじりながらわずかに残された生を燃やしているのだ。見ている者は何もできない。抗議の声すら上げることすらかなわない。否、彼らに無力感を打ち込むことが公開処刑の目的といえるだろう。いざという時、神は必ず留守にしている。


 私たちはこうしてしばらく議論した。自分が議論している相手は父ではなくて死そのものだ、父はすでに死を選んでしまっており、自分はそいつと議論しているのだ、という感じがした。


 死に神が大手を振って歩いていた。死は手の届く範囲に存在した。朝起きると、新しい死が誕生していた。


 さて本題に入ろう。人や本との出会いが世界観を変える。そこで変わったものとは何か? 突き詰めてゆけば「情報」に行き当たる。もっと具体的にいえば「脳内の情報構成」が変わったのだ。その意味で世界観とは「情報の結びつき」に他ならない。味も素っ気もない言い方ではあるが。


 世界観が変わると生き方が変わる。意味の度合いが変化するためだ。昨日まで無意味であったものが今日から有意味になったりする。逆もまた然(しか)り。


 私は本書に続いてノーマン・G・フィンケルスタイン著『ホロコースト産業 同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』を読んだ。一度変わった世界観が、またぞろ引っくり返された。


 私はエリ・ヴィーゼルに騙されたのだ。大体、頚動脈が絞(し)められた状態で30分も意識があるというのはおかしい。そしてノーマン・G・フィンケルスタインが騙さないという保証はどこにもない。もちろん、どちらを信用するかという問題もある。


 騙す側には意図がある。つまり、騙すという行為の目的はコントロールにあるのだ。マスメディアは大衆を扇動し、国家は歴史を修正する。

 詐欺とは巧みな物語をでっち上げて相手を騙す行為である。だが改めて考えてみると、政治も教育も宗教も詐欺である可能性が高い。


 結論──権力者は詐欺師である。以上。


「ありがとウサギ」を「ありがとう詐欺」と読んでしまう今日この頃。

夜 [新版] ホロコースト産業―同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち

2011-03-30

E・H・カー、岡田英弘


 2冊読了。


 30冊目『歴史とは何か』E・H・カー/清水幾太郎訳(岩波新書、1962年)/歴史とは現在と過去の対話である、と。ウーム、やはり名著。こりゃ凄い。講演を編んだものとは思えない格調の高さ。


 31冊目『歴史とはなにか岡田英弘(文春新書、2001年)/この合わせ技を自画自賛したい(笑)。岡田英弘は歴史を道具のように扱う。リアリズムに徹し、歴史の分類は「いまとむかし」しかないと言い切る。終章で国民国家に切り込み、共和制よりも君主制に軍配を上げる件(くだり)には、ぐうの音も出ない。進化論的な意味合いでの歴史的優位性を説く。

総理は病んで……


 総理は病んで疎ましく、福島東電やはり嘘?(回文)(@kasuho

『樹の花にて 装幀家の余白』菊地信義(白水Uブックス、2000年)


樹の花にて―装幀家の余白 (白水Uブックス―エッセイの小径)


 一冊の書物をめぐる装幀と読者との関係は「不安を渡る舟」に似ており、装幀家の使命は、その不安の表出としてのズレを読者に訴えることである。書物へと人を誘惑してやまない気鋭の装幀家が、多彩な表現に通底する透明な官能性と求心的感性の交差を造形の余白に綴った、本好きに贈る書物の周辺。

自由を達成するためには、どんな組織にも、どんな宗教にも加入する必要はない/『自由と反逆 クリシュナムルティ・トーク集』J・クリシュナムルティ


「人生は幸福よりも自由を目指すべきだ」──そう思うようになったのは40代になってからのことだ。わけのわからないルール、しがらみ、決まり事が私を縛ろうとしていた。40代は堕落の季節だ。残された人生も何となく見通しがついて保守的な傾向が強まる。腐臭に気づかないのは本人だけだ。


 私は「自分の価値観から自由になること」を模索していた。物事は離れなければ見えない。自由とは執着から離れることだ。


 そんな時にレヴェリアン・ルラングァ著『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』と出会った。私の価値観は木っ端微塵になって吹っ飛んだ。道徳・思想・宗教が単なる物語にすぎないことを悟った。90万人のツチ族が殺戮されたのは、神が与えた運命や過去世の宿命であるはずがない。


「では、どうして彼らが殺されたのか?」──我々の脳は因果という物語に束縛されている。答えはひとつ。そこに殺す人々がいたからだ。歴史的経緯を踏まえれば、ベルギーの植民地政策がフツ族を抑圧し続けていたと考えられる。そしてツチ族を殺した者には報酬が約束されていた。あるいは皆がやっているから一緒にやったという者だっていたことだろう。だが、これらの理由で納得できるだろうか?


 できるわけがない。なぜなら正当な「殺す理由」などあってはならないからだ。私はルワンダ大虐殺を知って、家族を何者かに殺害された人と同じ情況に追い込まれた。神も仏もあるものか──。


 私の葛藤は続いた。そして1年後にクリシュナムルティと出会った。暗雲から光が射した。その瞬間、我が人生は再構成された。


 自由を達成するためには、どんな組織にも、どんな宗教にも加入する必要はない。なぜならそれらは人を縛り、限定づけ、あなたに崇拝や信条の特定の型を押しつけるからだ。もしもあなたが自由に憧れるなら、私がそうしたように、どんな種類の権威に対してもあなたは戦うだろう。というのも、権威は霊性の反対物だからである。仮に私が今日自分を権威として用い、あなたがそれを受け入れるとすれば、それはあなたを自由には導かず、たんに他人の自由に従っているだけになるだろう。他者の自由に従って、あなたは自分をさらに強く限定の輪に縛りつけることになる。あなたの精神、あなたの心が、何か、または誰かに縛られることを許すな。もしあなたがそうするなら、あなたはもう一つの宗教、もう一つの寺院を建てるだけになる。一方で一つの信仰体系を破壊しながら、他方で別の信仰体系を作り上げることになるのだ。私は人を縛るあらゆる伝統、精神を狭めるあらゆる崇拝、心を腐敗させるあらゆるものに対して戦っている。もしあなたが、私がその道を指し示した自由を見出すつもりなら、私がそうしたように、あなたの周りのすべてに不満で、反逆と、内なる不同意の状態にあることから始めなければならない。あなたはよく次のような言い回しを使う。「私たちはリーダーに従うつもりだ」誰があなたのリーダーなのか? 私は一度もリーダーになどなりたいと思ったことはない。私は一度も権威をもちたいと思ったことはない。私はあなたに、あなた自身のリーダーになってもらいたいのである。(1928年キャンプファイヤー・トーク)


【『自由と反逆 クリシュナムルティ・トーク集』J・クリシュナムルティ/大野龍一訳(コスモス・ライブラリー、2004年)】


 星の教団を解散する前年の講話である。クリシュナムルティは33歳の青年であった。昭和3年でこれほどの見識を示した事実に驚きを禁じ得ない。世界は第一次大戦(1914-1918年)から第二次大戦(1939-1945年)へと向かっていた。


 クリシュナムルティは教団というスタイルを否定した。組織は必ずヒエラルキーを形成する。そして集団は必然的に帰属意識を要求する。そこに宗教性はない。教団の外側にいる人々は皆敵となる。やがて組織の拡張が目的となり、布教は否応なくプロパガンダへと変質する。


 ブッダの時代のサンガ(僧伽〈そうぎゃ〉)には序列などなかったことだろう。元々サンガとは組合を示す言葉で皆が同等の発言権をもっていたとされる。であるならば、「同行の友」といった意味合いが強かったはずだ。


 世界の宗教人口はキリスト教33.4%、イスラム教22.2%、ヒンドゥー教13.5%、仏教5.7%となっている(百科事典『ブリタニカ』年鑑2009年版)。人類の70%以上が宗教を信じていながら、いまだに世界平和は実現していない。これが現実である。それどころか宗教が戦争や人種差別の要因となっているのだ。


 正当性は批判とセットになっている。それが思想的吟味であれば構わない。しかし教団を取り巻く政治的な主張に陥りがちだ。「私たちは正しい」と言った瞬間に「あなた方は間違っている」というメッセージを放っている。


 ツチ族はフツ族の敵であったからこそ殺されたのだ。人種差別とは敵と味方を厳しく見極める生きざまに他ならない。いじめも同様だ。何らかの部分的な利益(あるいは損害)を共有する一体感から差別構造は生まれる。


 組織は合理的である。その合理性が人間を手段化する。組織は分業制であるがゆえに、分業のスペシャリストを育成してしまう。こうして人間を解き放つべき宗教が、人間を束縛する教団へと変わり果てるのだ。


 もはや組織という形態が行き詰まりを見せている。その最たるものが国家であろう。戦争を行う主体が国家であることを知りながらも、我々はいまだに国家という枠組みを超克することができずにいる。


 一切の依存を捨てて自己に拠(よ)って立て、とクリシュナムルティは教える。ここにのみ真の宗教性があるのだろう。彼の慈愛は一切の宗派を超えて万人の胸を打つ。

自由と反逆―クリシュナムルティ・トーク集

2011-03-29

メディアは東電社長宅へ押し掛けろ


 オカシイね。日本のマスコミは。彼らは大学入試でカンニングをした学生の件ではとことん追い込んだ報道をした。彼の通っていた予備校にも押し掛けた。東京電力についてはどうだ? 社長宅に押し掛けたか? 福島原発事故に対する彼の重大過ぎる責任、そしてこれまでの隠蔽工作の数々を厳しく追及したか?(@gajinfootball

東電と経産「もたれ合い」が背景=与野党から声−原発対応遅れ


 東京電力福島第1原発の事故で政府の初動対応が遅れた背景として、与野党内から、経済産業省と東電との「もたれ合いの関係」を指摘する声が上がっている。大物OBが再就職しているため、安全面での指導が甘くなったとの見方だ。国会で取り上げられそうだ。

 東電は、旧通産省時代から同省OBの再就職を受け入れており、副社長を務めた元幹部もいる。今年1月1日には、昨年8月まで資源エネルギー庁長官として同社の監督に当たった石田徹氏が顧問に就任。野党は、自公政権時代よりも短期間で関係先に再就職したとして、「究極の天下り」と批判したが、菅政権は、経産省があっせんしたわけではなく「天下りには当たらない」と反論していた。

 こうした経緯を踏まえ、自民党幹部は「OBがいる東電は身内。厳しい監視、指導ができるわけない」と断じ、社民党福島瑞穂党首は「どんなに危険と指摘しても聞く耳を持たなかった」と同省と東電を批判した。

 枝野幸男官房長官は28日の記者会見で、菅直人首相が震災発生翌日の12日早朝に原発を視察した理由を問われ「東電からも経済産業省原子力・安全保安院からも、なかなか現地の情報が入ってこなかった」と情報不足を挙げた。しかし、天下り根絶を掲げる民主党内からは、菅政権が石田氏の再就職を認めたことを念頭に「政権が代わっても、官民癒着は続いている」(中堅)、「東電と役所の癒着、天下りが、政府対応が後手に回った一因だ」と冷ややかな声が漏れた。


時事ドットコム 2011-03-28


 つまり政府と経済産業省と東電の利益は、国民の不利益に他ならない。

「無分別が生んだ破局」と前知事 福島県の佐藤氏、仏紙に


 福島県の佐藤栄佐久前知事は29日付フランス紙ルモンドのインタビューで、福島第1原発の事故について、原発の運営に関わった人間の「無分別がもたらした破局だ」として東京電力や日本の原子力行政当局を強く批判した。

 佐藤氏は福島県知事時代の1998年、全国で初めてプルサーマル計画を了承。プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料が福島第1原発に搬入されたが、2002年に東電の原発トラブル隠しが発覚、了承を撤回した経緯がある。

 佐藤氏は「(今回の事故で)恐れていたことが現実になってしまった」と指摘。日本の原発行政を推進する経済産業省と監視機関の原子力安全・保安院を分離すべきだとの声があったのに実現していないことを挙げて「日本は民主国家だが、浸透していない分野がある。正体不明の利益に応じて、数々の決定がなされている」と原子力行政の不透明性を暴露した。

 また「今回の破局は(原発に関する)政治決定プロセスの堕落に起因している」と指弾した。


47NEWS 2011-03-29

知事抹殺 つくられた福島県汚職事件

「軍兵士らが強姦」訴え連行のリビア女性、「釈放」と発表


 リビアの首都トリポリで女性が外国人報道陣の滞在ホテルに飛び込み、「政府軍兵士らに強姦された」と訴えて当局者らに連行された問題で、同国政府は27日、この女性を釈放したうえで主張内容を刑事事件として捜査していると発表した。


 政府報道官は、女性には政府高官の息子ら4人に対して罪を犯した疑いがあると語った。一方で、「入ってはいけない場所に侵入しただけで、重罪ではない」とも述べた。報道官は、女性は無事であり、本人や家族は報道陣によるインタビューを受けることには積極的でないというが、現地のCNN記者は同報道官の発言は「事実と食い違っている場合が多い」と懐疑的な見方を示す。


 女性は26日、外国人報道陣が朝食を取っているところへ飛び込み、2日間にわたり拘束されてカダフィ政権の兵士ら15人に強姦されたと訴えた。反体制派の拠点、北東部ベンガジの出身だと語り、手首や足首に残るロープの跡を見せた。顔や脚にあざもみられた。


 政府当局者や治安要員、ホテル従業員らが女性を取り押さえ、報道陣から力ずくでカメラを取り上げるなどした。女性にナイフを向けるホテル食堂の従業員や、けん銃を抜く当局者もいた。CNNのカメラも押収され、修復不可能な状態に破壊された。


 現場の治安要員らは、女性が「精神的に病んでいる」として「病院」に収容されると語った。当局者はその後、女性の精神に異常のないことが分かったとして、事件として扱う構えを示していた。


 トリポリの外国人報道陣は自由な取材を認められず、当局者の引率する外出以外はホテルから出ることができない。反体制派からの個人的な接触は、この女性が初めてだった。


CNN 2011-03-28

告発者氏名を東電に密告する保安院


★文春3/31 - 下請けから保安院への告発内容を保安院は東電に告発者名含め知らせていた。その後前知事佐藤(栄佐久)氏は東電17基全ての原発運転停止を決断。当時の原子力委員会委員長東工大名誉教授藤家(洋一)氏『あなたには足元を掬われる思いだよ』と吐き捨てたという。(@EscKaminosekiNP

2011-03-28

『封神演義』安能務訳(講談社文庫、1988年)


封神演義(上) (講談社文庫) 封神演義(中) (講談社文庫) 封神演義(下) (講談社文庫)


 商から周へ、中国ではいま易姓革命が始まろうとしている。名君紂王は妖妃妲己を迎えて以来、まったくの昏君(バカ皇帝)と化した。妲己、彼女はじつは、千年の齢を経た女の化身だったのだ。──軍師太公望(姜子牙)を擁する西岐軍と商軍の大殺戮戦。妖術玄術が切り結び、飛び交う宝貝(秘密兵器)はSFをしのぐ。奇想天外な大伝奇ロマン。


 中国三代奇書を超える大伝奇ロマン。軍師に姜子牙(太公望)を得て紂王討伐の軍を興した周の文王は、征途なかばにして世を去った。子姫発が跡を嗣ぎ武王を名乗る。一方、都朝歌では、千年の狸精妲己(妲妃)に欺弄されて、紂王が自堕落な日々を過していた。しだいに民の間に怨嗟の声がつのり、諸侯は相次いで旗揚げ、武王を盟主と仰いで会盟の地孟津へと兵馬を進める──。


 中国易姓革命の火の手はいよいよ熾烈に燃えさかる。仙界人界入り乱れての大混戦に飛び交うおびただしい宝貝(秘密兵器)。数知れぬ武将の魂魄が次々と封神台へ飛ぶ。紂王打倒の西岐軍はついに四伯侯会盟の地孟津に達した。そのまま一気に都朝歌に迫り、やんぬるかな紂王は摘星楼に自焚する。──中国三大奇書を超える大伝奇ロマン大団円。全3巻。

魔女狩りの心情

「どんな地方にも、幾千幾万という魔女が庭虫のように地上にはびこりつつあるのです。

 もしも私どもに一片の人情がありますならば、そもそも私どもが人間の名に値する者でありますならば、これらの魔女を罰せずにはおかれなくなるのが自然でありましょう。あるローマ皇帝が、ローマ人全部をただのひと打ちでみな殺しにしたいと望みましたように、私もすべての魔女をひと束にし、ただひとつの火で一度に全部を焼き殺せたらと思うのです」(これはブルゴーニュ・サンクロード地方の最高裁長官、アンリ・ボゲの『魔女論』1602年、の巻頭の「献辞」と「序文からの抜粋」)


【『魔女狩り』森島恒雄岩波新書、1970年)】

魔女狩り (岩波新書)

相づち


 相づちとは読んで字のごとくで、鋼を鍛えるときの相方の打ち出す槌です。タイミングが狂うと鋼ではなく相手に槌を打ちつけるはめになりかねません。


【『プロカウンセラーの聞く技術』東山紘久〈ひがしやま・ひろひさ〉(創元社、2000年)】

プロカウンセラーの聞く技術

2011-03-27

『吉祥天女』吉田秋生(小学館文庫、1995年)


吉祥天女 (1) (小学館文庫) 吉祥天女 (2) (小学館文庫)


 昔々、天女が地上に降り来たり、神官の息子と夫婦になった……。伝説的な由来をもつ叶家の娘・小夜子が街に帰ってきた。17歳。凄絶な美貌。地に囚われた自らの運命を呪う少女。そして転入先の高校には、叶家の財をねらう遠野家の暁と涼がいた。陰謀渦巻くこの街で、小夜子の領域を侵す者が次々に死んでゆく。青春の白日夢にも似た、吉田秋生の幻想綺譚。


 小夜子に魅入られるように男たちは惑乱し、死んでゆく。遠野の家では、小夜子をその怪物性に恐れつつも愛した涼が、ひとり破局を押し止めようとしていた。しかし事態は悲劇的結末めがけて走り始める……。羽衣を奪われた天女・叶小夜子。傷ついた少女の魂の化身。いつの日にか魂を鎮め、吉祥天・愛の女神になれるだろうか。

東電のカネに汚染した東大に騙されるな!


 寄付講座だけで、東電は東大に5億円も流し込んでいる。一方、長崎大学は、その買収的な本性に気づき、全額を東電に突き返した。水俣病のときも、業界団体は、東大の学者を利用して世論操作を行い、その被害を拡大させてしまっている。いま、同じ愚を繰り返してはならない。


純丘曜彰〈すみおか・てるあき〉大阪芸術大学芸術学部哲学教授

東京電力の隠蔽体質


 同社(※東京電力)は1971年に福島で最初の原発を稼動させて以来36年、これまで大小幾多の事故を起こしながら、小規模であれば「軽微で安全性に問題なし」、放射能を漏らしても「人体に影響なし」を繰り返し、重大事故は隠してきた。それによって官僚同様、自らの無謬性を保つことに腐心してきた。しかし、2002年には炉心隔壁ひび割れという重大な事故を隠してきたことが発覚。当時の首脳陣が一斉に退陣を余儀なくされるという、企業としては大きな打撃を受けた。


【『東京電力 暗黒の帝国』恩田勝亘〈おんだ・かつのぶ〉(七つ森書館、2007年)】

東京電力・帝国の暗黒

生きる力


 すべてがその静寂の中で止まった。死ぬ前の最後の鼓動であり、生命の次の鼓動だ。わたしは家の中に一人きりでいた。一人で待っていた。自分の人生の先端で待ち、まるで世界全体が宇宙の峡谷の崖っぷちで息を止めているようだった。何かが起こりそうで、子供と警官と女が記憶の中で一つになる。その感覚こそ生きる力だ。


【『あなたに不利な証拠として』ローリー・リン・ドラモンド/駒月雅子訳(ハヤカワ・ポケット・ミステリ、2006年/ハヤカワ文庫、2008年)】

あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)

(※左がポケミス、右が文庫本)

2011-03-26

Clammbon - Re-Re-シカゴ , Re-Folklore


 声質が大貫妙子と似ている。どことなくフランスっぽい雰囲気も。


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Re-clammbon2 (通常盤)

世界が震撼!原発ショック 悠長な初動が呼んだ危機的事態 国主導で進む東電解体への序章


 ある政府関係者は東京電力の対応に怒りをあらわにする。

「(3月14日に)2号機の燃料棒が露出したとき、東電側は『全員撤退したい』と伝えてきた。撤退したら終わりだった。絶対に止めなければならなかった」


週刊ダイヤモンド

「ただちに健康に影響を及ぼすものではない」


 ただちに、ということを言うなら、取り落としたワイングラスにだって、いくばくかの余命はある。即座に粉々に砕けるわけではない。細かく観察すれば、手を離れたワイングラスには、運動方程式に沿った長い落下の過程がある。しかも、着地に至るまでのすべて過程を通じて、グラスの形状は完全に保たれている。大丈夫、撃たれたからといってただちに死ぬわけではない。弾丸が届くまでには、なおしばらくの猶予がある。そういうことを彼等は言っている。


小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 世間に転がる意味不明

エール大助教授が東京電力の新聞TVへの広告禁止の法規制を提言


 エール大助教授が東京電力の新聞TVへの広告禁止の法規制を提言。東電は300億の赤字を出した年も、競争相手のいない独占企業でありながら年に286億の広告費と240億の販売拡大費をメディアにバラ巻き続けた。これだけ不祥事連発もマスメディアから東京電力を厳しく批判する声は少ない。(@soccerugfilez

『ネイティヴ・アメリカンの教え』エドワード・S・カーティス/井上篤夫訳(ランダムハウス講談社文庫、2007年)


ネイティヴ・アメリカンの教え (ランダムハウス講談社文庫)


 E・S・カーティスの撮影したネイティヴ・アメリカンたちは、静かな威厳を漂わせ、高貴な品格を感じさせる。そして自然と共生してきた彼らの語る言葉は、素朴だが時に厳しく、叡知に溢れている。イメージと言葉が詩的に一体化し、精神的癒しに満ちた至玉の一冊。

ヘンリー・ダーガー


 人生の後半の40年を、彼はシカゴの、6畳ほどしかない賃貸アパートの一室で過ごします。家族も友人もなく、たまに訪れるのは、教区の牧師だけ、という生活をダーガーは40年にわたっておくったのです。(中略)

(衰弱しきったダーガーを家主夫婦が救貧院に入所させる。家主の部屋を片づけようとしたところ、小説と挿絵が発見された。家主のネイサン・ラーナーは著名な写真家でダーナーの作品の価値が理解できた)

 研究者は、ダーガーがその小説を執筆したのは1910年頃から1930年にかけて、挿絵を描いたのはそれが完成した後、1930年代から1960年代にかけてだと考えています。彼は10代から20年かけて小説を書き、それから死ぬまでの間、その小説の挿絵を描き、そのまま椅子に腰かけて眠り、朝になって、仕事に出かけたのです。

 彼は、ほとんど本も読まず(本を買う金もなかったのです)、そして、絵や美術についてもなにも知りませんでした。ダーガーは、まったくの独力で、小説を書き、挿絵を描きました。ダーガーは、ごみ捨て場に行って雑誌や新聞を拾い、その中の写真や絵を斬り抜いて、模写することで、絵を学びました。だから、彼はその、雑誌の写真や絵になかったものを描くことはできませんでした。彼の描いた挿絵のたくさんの裸の少女には、男の子の性器がついていますが、それはおそらく、生涯、女性と付き合うことのなかった彼は、女性にも男性器があると信じていたからかもしれません。

 それから、小説です。ダーガーが書いた小説は、南北戦争のパロディでした。主人公は、「ヴィヴィアン・ガールズ」と呼ばれる7人姉妹のプリンセスで、彼女たちは、子どもを奴隷として虐待する「グランデリニアン」と呼ばれる卑劣な大人たちから、子どもを救出するため、キリスト教軍と共に戦います。だから、『非現実の王国で』は、およそ1万5000頁もある戦争小説なのです。


【『13日間で「名文」を書けるようになる方法』高橋源一郎(朝日新聞出版、2009年)】


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13日間で「名文」を書けるようになる方法 ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で

老眼鏡の発明は鎌倉時代


 フランシスコ会修道士のイギリス人、ロジャー・ベーコンが行った光学実験によって1270年ごろに生まれた老眼鏡は、早くも1290年にはアヴィニヨンの法王庁で使われ、1300年にはカイロのサルタンの宮廷で、1310年にはモンゴルの宮廷で使われた。

 これに匹敵する速さで普及した現代の発明は、19世紀に発明されたミシンと電話ぐらいだった。


【『プロフェッショナルの条件 いかに成果をあげ、成長するか』P・F・ドラッカー/上田惇生〈うえだ・あつお〉編訳(ダイヤモンド社、2000年)】


 1270年といえば北条時宗が執権の頃。イノベーションを普及速度で計る視点は重要。

プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか (はじめて読むドラッカー (自己実現編))

2011-03-25

『災害ユートピア なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか』レベッカ・ソルニット/高月園子訳(亜紀書房、2010年)


災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか


 不幸のどん底にありながら、人は困っている人に手を差し伸べる。人々は喜々として自分のやれることに精を出す。見ず知らずの人間に食事や寝場所を与える。知らぬ間に話し合いのフォーラムができる……。なぜその“楽園”が日常に生かされることはないのか? 大爆発、大地震、大洪水、巨大なテロ―いつもそこにはユートピアが出現した。『ニューヨークタイムス』2009年度の注目すべき本に選出。

現場に踏みとどまる原発作業員に「死の危険」 仏専門家が増援呼び掛け


 福島第1原発の事故で、フランス・パリ大学のポール・ジョバン准教授(日本社会学)は24日付ルモンド紙のインタビューで、強い放射線にさらされながら事故現場に踏みとどまり、電源復旧などに取り組む作業員らに「死の危険」が迫っているとして、交代要員の派遣など増援が必要だと呼び掛けた。

 同准教授は「少なくとも外部から応援の作業員を呼び寄せて緊急に(1人当たりの放射線)被ばく量を減らす必要がある」と、少人数の技術者や作業員に依存する態勢に異議を唱えた。

 また「日本の放射線防護政策は、何より原子力産業の保護を優先する」として、原発作業員が白血病などを発症しても、めったに労災と認定されないと批判。厚生労働省が今回の事故対策に限り、被ばく線量の上限を250ミリシーベルトまで引き上げたことについて「この緊急措置は、作業員が死亡することになっても(東京電力が)補償請求を免れるための方便である可能性がある」と指弾した。(共同)


産経ニュース 2011-03-24

あと知恵バイアス


 物事が起きてからそれが予測可能だったと考える傾向。心理学実験では、事象の予測が当たった場合に被験者は発生前よりも予測が強かったと記憶する傾向があることがわかっている。


Wikipedia

2011-03-24

原子力安全・保安院の問題体質 経産省「植民地」、そして「東電の虜」


 ここで、東電との関係が気にかかる。東電は独占企業だから、ライバル企業との競争はない。監督するのは政府=原子力安全・保安院だけで、政府さえ丸め込めば、恐いモノなしだ。実際、東電は歴代経産幹部の天下りを受け入れており、11年1月には原子力安全・保安院の上部組織である経産省資源エネルギー庁の前長官だった石田徹氏が、退官後わずか4か月で顧問に天下っている。そうした天下りの見返りとして政府は厳しい監督をせず、安全基準も今となっては甘かったことが明らかになった。


高橋洋一の民主党ウォッチ

バーレーン:怒る市民「弾圧、米がゴーサイン」 サウジ軍の介入黙認、疑念強まる


 地元紙によると、デモに関連した死者は21人目。親族らによると、アラディさんは15日夜、マナマ市内で買い物のため車を運転中、頭と肩を警戒中の治安部隊に銃で撃ち抜かれた。21日に搬送先の病院で死亡したが、家族には直前まで何も知らされず、遺体の引き取りの際には「死因は交通事故」と書かれた文書に署名をさせられたという。


毎日jp 2011-03-23

Japan: One week later

 それでも人は生きる。それでも人は生きねばならない。

1941年、金属回収が始まる


 1941年に何があったかというと、身近なところでは家庭の金属回収、すなわち鉄製品の供出がはじまっている。


【『たまには、時事ネタ』斎藤美奈子中央公論新社、2007年)】

たまには、時事ネタ

観察するものと観察されるもの


 観察するものと観察されるもの、主体と客体の間に区別はない。それらは、継ぎ目なき連続体である。

  ――ジッドゥ・クリシュナムルティ


【『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール/尾関修、尾関沢人〈おぜき・さわと〉(講談社学術文庫、2005年)】

君あり、故に我あり―依存の宣言 (講談社学術文庫)

2011-03-23

川口有美子


 1冊読了。


 29冊目『逝かない身体 ALS的日常を生きる』川口有美子(医学書院、2009年)/「シリーズ ケアをひらく」の一冊。第41回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品。ALS(筋萎縮性側索硬化症)はルー・ゲーリック病とも呼ばれる。簡単にいえば筋肉が死んでゆく脳神経疾患である。スティーヴン・ホーキングでALSを知った人も多いことだろう。川口は元教員とのことだが、それにしても文章が上手い。各章のエピグラフも秀逸だ。ALSは過酷な病気で最終的に身体が全く動かなくなる(TLS:Totally Locked-in State/眼球だけが動く状態は閉じ込め症候群という)。人工呼吸器を装着しても最後は心臓の筋肉が死んでしまう。川口は母の介護をしながらヘルパー事業所を立ち上げているので知識も正確だ。ジャーナリストが取材してもこれほどの作品に仕上げることは多分困難であろう。傑作といってよい。しかし、である。私はこの人が好きになれない。ほんのわずかではあるが嫌な匂いを発している。これは彼女と母親の関係に由来していると思う。ま、普通の人なら全く感じないだろうから、安心して読み給え(笑)。

ヒューマニズムの進歩信仰は迷信


 本書『わらの犬』の趣意は思想家の不用意な謬見を論破することである。今日、「リベラル・ヒューマニズム」はかつての啓示宗教に勝るとも劣らぬ勢いで、広く一般に浸透している。人間主義者(ヒューマニスト)は何かにつけて理性的な世界観を標榜するが、その核心をなす進歩信仰は、いかなる宗教よりもなお、生き物である人間の本然から遠くかけ離れた迷信である。(ペーパーバック版序)


【『わらの犬 地球に君臨する人間』ジョン・グレイ/池央耿〈いけ・ひろあき〉訳(みすず書房、2009年)】

わらの犬――地球に君臨する人間

テレビは家族がお互いに向き合わないで済むために発明されたものだ


 以前、私は、「テレビは、家族がお互いに向き合わないで済むために発明されたものだ」という意味のことを書いたことがある。正直に言って、この見解は、ただの当てずっぽうであったのだが、意外なことに、正しかった。

 説明しよう。

 実は、1週間ほど前から、ある事情で、妻が入院しているのであるが、以来、私は、ほとんどテレビを観なくなっているのである。普通に考えれば、独り暮らしの人間の方がテレビを多く観そうなものだが、実態は違っているのだ。

「ってことは、オダジマさん、あなたはこれまで主に奥さんと口をきくのが面倒だという理由において、テレビを観ていたのですか?」と、正面切って問われると答えに窮するが、正直に答えれば、8割はイエスだ。

 考えてもみてほしい。

 四角い狭いマンションの部屋のようなところに二人以上の人間が暮らしていると、空気はどこまでも濃密になる。特に、ひとつの部屋で二人の男女が沈黙していたりすると、部屋の空気はほとんど液体に近い密度を獲得するようになる。えら呼吸ができない人(できる奴もいる)は、窒息して死んでしまいかねない。

 で、私は思うのだが、この空気を薄めてくれるのがテレビなのだ。

 テレビのスイッチを入れる。

 武田鉄矢が説教を垂れている。

「嫌な野郎だなあ」

 と私は妻に言う。

「ほんと、毛の生えた足の裏みたい」

 と、妻が答える。

 こうして、我々は共通の敵を獲得することによって、当面の平和を実現し、共存の道を歩み始めるのだ。


【『仏の顔もサンドバッグ』小田嶋隆JICC出版局、1993年)】

仏の顔もサンドバッグ

2011-03-22

体験は真実か?/『自己の変容 クリシュナムルティ対話録』クリシュナムルティ

    • 体験は真実か?

「計画停電だと? ふざけんじゃねーよ!」と声を大に叫んだところで、パソコンは立ち上がらないし、トイレの水も流れない(集合住宅のため水道ポンプも動かず)。東京電力は都心への電力供給は怠ることなく、八王子のような僻地(へきち)の電気は好き勝手な時間に停めるのだ。これぞ「電力のトリアージ」だ。一般住宅よりも企業や官庁を優先させるってわけだよ。戦時や有事は弱者から切り捨てられるってこったな。畜生、さっさと書いてしまおう。


 この世に生まれ落ちて、物心がついた時から我々は世界を感受する。生まれた時は皆、タブラ・ラサ(白紙状態)だ。多分。


 果たして自我はどのように形成されるのか? それは周囲からの情報と自分の反応が織りなす布だ。アメリカに生まれた子供は自由と民主主義を重んじ、中東に生まれた子供はムハンマドマホメット)を信じ、アッラーに祈りを捧げる。


 長ずるにつれ親と異なる価値観を持つケースもあるが、これは「情報の質」が促した変化と考えられる。先進国を見渡すと、民主主義・資本主義・自由・平等・博愛といった概念が「新たな宗教」として機能している。イラク戦争(2003年)は民主化を口実にイスラム教文化を破壊したと見ることができよう。つまり、宗教よりも民主主義が大義名分として世界に流通するという事実を示している。


「人間の脳は物語に支配されている」というのが私の持論である。我々はいかなる現象にも因果関係を求めてやまない。そして思考には起承転結という枠組みがはめられている。その物語の最たるものが宗教と科学であろう。宗教は精神宇宙の物語であり、科学は物理宇宙の物語である。


 世界は人生という時間軸に沿って展開される。私の心(精神)と肉体(物理)で感じたものが世界だ。それが世界のすべてだ。


 1963年(昭和38年)の6月、世界はまだ存在していなかった。なぜなら私が生まれていないからだ。世界は私と共にある。つまり世界とは「私」のことなのだ。「私」という時空間が世界の正体であろう。


 神はどこにいるのか? 神を信じる私の脳内に存在する。その意味で神は幻影であり、情報にすぎない。なぜなら神の座標を特定できる人が一人もいないからだ。いるんだったら連れて来いって話だわな。神よ、あんたが創造した世界にはあまりにも犠牲が多すぎる。


「私は神を信じるひとりです」。そう名乗った質問者に対してクリシュナムルティは語った──


 あなたは体験によって、自分の信じているものが真理であるという核心を得ようとしますが、信じること自体があなたの体験を条件づけてしまいます。信じているものの証明として体験が起こるのではなく、その信念が体系をつくり出してしまうのです。あなたの神への信仰が、あなたが「神」と呼ぶものの体験をもたらすのです。あなたはつねに、自分の信じるものしか体験できません。信念をもっているかぎり、あなたの体験は無意味なのです。キリスト教徒は聖母や天使やキリストを見、またヒンドゥー教徒は驚くべきほど数多くのよく似かよった神々を見ます。イスラム教徒も、仏教徒も、ユダヤ教徒も、共産主義者も同じです。信念が、それぞれが思い描くものの確証を条件づけるのです。重要なことはあなたが何を信じるかではなく、いったいなぜ信じるのかということだけです。あなたはなぜ信じるのでしょう。さまざまなことを信じるか信じないかによって、現実にあるものに何か違いが生じるでしょうか。事実は信じようと信じまいと、それに影響されません。ですから、「いったいなぜ何かを信じるのか」と問わなければなりません。信じることの根底には何があるのでしょう。それは恐怖、生の不確かさ──未知のものへの恐怖、つねに移り変わっていくこの世界に安定を見いだせないことへの恐怖でしょうか。それは関係の不安定さでしょうか。あるいは、広大な生に直面して、それを理解できないので、「信念」という隠れ家に自分を閉じ込めてしまうのでしょうか。


【『自己の変容 クリシュナムルティ対話録』クリシュナムルティ/松本恵一訳(めるくまーる、1992年)】


 ぐうの音も出ない。信念がフィルターと化している事実を断言している。つまり、人は自分が信じるものしか受け容れないのだ。


 既に何度も書いている通り、私は祟(たた)りを信じない。突然我が家を訪れた人が「先祖の祟りが感じられます。霊を鎮(しず)めるためにはこの印鑑と壷を購入することです!」と断言しても何とも思わない(笑)。「その先祖の名前を言ってみろ」「先祖の現住所はどこなんだ?」「こっちは祟りに引きずられるような弱い生き方はしてないがな」とすかさず応答する。


 ところがご先祖信仰を鵜呑みにする人であれば、「詳しい話をお聞かせ願えませんか? ここのところ家族の怪我が多いものですから……」なあんてことになりかねない。「──というわけで奥様、印鑑と壷はセット価格で200万円になります。エエ、もちろんお支払いは現金でもクレジットでも構いませんよ」ってな具合だ(笑)。


 物語は共有される。夏の夜に稲川淳二のライブへ足を運ぶのは「怪談」という物語を共有するためだ。


 クリシュナムルティは特定の神や特定の教団を否定することで、万人に具わる宗教性を開花させようとしている。集団が織りなす布教は必ずプロパガンダとなる。そして集団は信仰を帰属意識へと貶(おとし)める。所属が人間を断片化する。


 過去に自分が感じたことは事実である。だが真実ではない。なぜなら経験は必ず「解釈される」からだ。否、目の前の事実すら我々は解釈することなしに受け取ることはできない。すなわち世界とは解釈であり、言葉とは翻訳の異名なのだ。


 一切の主義を捨てた地平にありのままの人間が見えてくる。彼は国家にすら所属していない。彼の名をジッドゥ・クリシュナムルティという。

自己の変容 新装版 自己の変容 クリシュナムルティ対話録

(※左が新装版、右が旧版)

日本の神々を描いた浮世絵画像を貼ってみる

 今までにない角度からの世俗化。というよりは卑俗化か(笑)。

ルワンダの歴史


 ルワンダの歴史は危険なものである。すべての歴史がそうであるように、ルワンダ史は権力をめぐる争いの連続であり、そして権力とは自分の物語を他者の現実に押しつける能力でもある――たとえ物語が、しばしば、その血で書かれたものであったとしても。


【『ジェノサイドの丘』フィリップ・ゴーレイヴィッチ柳下毅一郎〈やなした・きいちろう〉訳(WAVE出版、2003年)】

ジェノサイドの丘〈新装版〉―ルワンダ虐殺の隠された真実

遠野物語


 思うに遠野郷(ごう)にはこの類の物語なお数百件あるならん。我々はより多くを聞かんとことを切望す。国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。この書のごときは陳勝呉広(ちんしょうごこう)のみ。(『遠野物語』)


【『遠野物語・山の人生』柳田國男岩波文庫、1976年/『遠野物語』聚精堂、明治43年/『山の人生』郷土研究社、大正15年)】

遠野物語・山の人生 (ワイド版岩波文庫) 遠野物語・山の人生 (岩波文庫)

(※左がワイド版、右が文庫本)

2011-03-21

『シティ・オブ・ゴッド』フェルナンド・メイレレス監督


 貧困にあえぐファヴェーラと呼ばれるスラム地域を舞台にした、強盗、麻薬ディーラーなどをして金を稼ぐモレーキ(ストリートチルドレン)たちの抗争が、実話を基にして描かれている。監督は、実際に現地のスラム街で素人を募集してオーディション、演技訓練を施し、一部の役柄を除き主要キャスト含めてすべて素人(200人)によるアドリブ主体の演技を撮影した。(Wikipedia


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シティ・オブ・ゴッド [DVD]

テロリストの心象風景


「どう言えばいいんだ、アミーン。おそらく最古参のテロリストでさえ、自分たちの身に何が起きたかなんてわかっていないよ。そしてこれは誰の身に起きてもおかしくないことなんだ。潜在意識のどこかでスイッチが入ると、それですべてが動きだす。動機の温度差もまちまちだが、大抵はちょっとしたことがきっかけだ。こんな具合に」と言いながら彼は指を鳴らす。「さもなければ、思いがけない災難のように降りかかってくるか、寄生虫か何かのように心のなかにとりつくのかもしれない。それを境に、二度と世界は同じように見えなくなる。一つの固定観念の他は何も考えられなくなる。自分の心と身体を占拠したものを引き剥がし、その下にあるものを見なくてはいけない、という考えだ。そうなると、後戻りもできない。そもそも、決定をくだすのはもう本人ではない。当人は自分の頭で考えたことをおこなっていると信じこんでいるが、それは真実ではない。自分自身のフラストレーションに振りまわされる道具になりさがっている。そういう人物にしてみれば、生きることも死ぬことも、同じなんだな。以前のような生き方を、どこかで永遠にあきらめたということだ。別の次元を生きているんだ。宇宙人だよ。天国の手前で天女(フーリー)と一角獣を追いかけて暮らしているのさ。この世界のことなど耳に入っちゃいない。ただひたすら、一歩を踏み出すその瞬間を待っている。失ったものを取り返し、あるいは過去のまちがいを正すには、それしかないと思いこんでいる――端的に言えば、みずから聖人になるただ一つの方法、それが華々しく散るということなんだな。スクールバスに飛びこんで人間花火を上げるか、人間魚雷になって憎い敵の戦車に猛スピードで突っこむかだ。どかーん! 殉教者になるための一本勝ちだよ。本人にしてみれば、柩が運び出される日こそ自分の評判を高める唯一の機会だ。それ以外の日は、前もあともどうでもよくて、そもそも目に入っちゃいない。なかったことになっている」


【『テロル』ヤスミナ・カドラ/藤本優子訳(早川書房、2007年)】

テロル (ハヤカワepiブック・プラネット)

史観の難しさ


 たしかに、歴史的考察は魅力的だが、歴史観がはっきりしていないと、分析が甘くなる。さりとて、特定の史観にこだわると、それに足をとられてしまう。なかなかむずかしいのである。


【『「1929年大恐慌」の謎 経済学の大家たちは、なぜ解明できなかったのか』関岡正弘(PHP研究所、2009年/ダイヤモンド社、1989年『大恐慌の謎の経済学 カジノ社会が崩壊する日』改題)】

「1929年大恐慌」の謎

2011-03-20

clammbon feat. ILL-BOSSTINO - あかり from HERE (Live)


 アジテーターと巫女(みこ)が織りなす完全な宗教世界。覚醒と覚醒剤との紙一重の世界を漂う。そしてラブ&ピースの余韻が宇宙を振るわせる。


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NO MUSIC,NO LIFE.SONGS【通常価格盤】

「生まれ来る子供たちのために」オフコース


 多くの過ちを 僕もしたように

 愛するこの国も 戻れない もう戻れない

 あのひとがそのたびに 許してきたように

 僕はこの国の 明日をまた想う


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SELECTION1978-81(紙ジャケット仕様)

スティグマ=烙印


【スティグマ】という言葉を用いたのは、明らかに、視覚の鋭かったギリシア人が最初であった。それは肉体上の徴(しるし)をいい表す言葉であり、その徴は、つけている者の徳性上の状態にどこか異常なところ、悪いところのあることを人びとに告知するために考案されたものであった。徴は肉体に刻みつけられるか、焼きつけられて、その徴をつけた者は奴隷、犯罪者、謀叛人──すなわち、穢れた者、忌むべき者、避けられるべき者(とくに公共の場所では)であることを告知したのであった。


【『スティグマの社会学 烙印を押されたアイデンティティ』アーヴィング・ゴッフマン/石黒毅〈いしぐろ・たけし〉訳(せりか書房、2001年)】

スティグマの社会学―烙印を押されたアイデンティティ

不動産投資に失敗した大前研一


 大前研一の評価が上がっている。そこで別の顔も紹介しておこう。

 ゴールドコーストでの不動産投資のぼろ儲けに眼をつけて、この頃、遅ればせながら、と参入してきた人がいる。「国際経営コンサルタント」の大前研一だった。大前は著名な「国際経営コンサルタント」だったかもしれないが、いかんせん参入の時期が悪かった。バブル崩壊以前の「土地神話」さえ信じなければ、不動産投資の原則は三つしかない。一が、タイミングである、二が同じくタイミング、三は、一、二、のルールに従え、となる。つまり不動産投資とは、「時機を読む」、これに尽きる。

 ところが大前はバブルの最盛期に計画を立て、完成したのがバブル破裂以後だった。予定価格で買う奴など、居やしない。多額な負債を大前はゴールドコーストの土地開発で抱えたそうである(ジ・オーストラリアン紙、シドニー・モーニング・ヘラルド紙による)。この他、大前はアサヒ・ビールにつかませたフォスター社の株をはじめとして、いろいろな粗相をオーストラリアで行っているが、それはここでは触れない。


【『無境界の人』森巣博〈もりす・ひろし〉(小学館、1998年/集英社文庫、2002年)】

無境界の人 (集英社文庫)

J - Walk along


 J-Walkの「along」という曲かと思いきや、Jというミュージシャンの「Walk along」という曲であった(笑)。野太い声とグルーブ感のあるアレンジがグッド。


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FOURTEEN -the best of ignitions-(DVD付)(ジャケットA)

喧嘩のできる中東研究者/『書物の運命』池内恵


 普段は殆ど注目されることのない分野から、いきなり頭角を現して世間の耳目を集める本がある。藤原正彦福岡伸一など。池内恵もその一人に加えられる人物である。


 池内は1973年生まれ。私自身が40代後半になったせいもあるが、やはり若く感じる。時代が激しく揺れる時、次の扉を開くのは若者であろう。古来、老人が革命の担い手であったことはない。その意味からも20代、30代の台頭は喜ばしいことだ。


 なにしろ生家にはテレビがなかった。父が「ドイツ文学者」なるものをやっていて、しかもかなり頑固だったので家にテレビを置かないというのである。1960年代半ば、高度経済成長の真っ只中に人々が求めたのは「3C」すなわち「カー、クーラー、カラーテレビ」だったそうだから、私の場合、家庭内の環境としては「戦後すぐ」に等しかったことになる。


【『書物の運命』池内恵〈いけうち・さとし〉(文藝春秋、2006年)以下同】


 冒頭で驚かされるのがここ。なんと彼は池内紀の子息であった。俄然として読む意欲が数倍となる。


 文体は柔にして剛。行間から人柄が浮かび上がってくるようだ。その池内がアラブ研究者の重鎮に異を唱えた。バーナード・ルイス著『イスラム世界はなぜ没落したか? 西洋近代と中東』(日本評論社、2003年)の書評において。


 ルイス本は各紙がこぞって書評欄で取り上げたようだ。監訳者の臼杵陽〈うすき・あきら〉が巻頭に長文の「解題」を記し、バーナード・ルイスがネオコンの中東政策を支える歴史学者であると糾弾している。


 本書では書評とそこに至る経緯が丁寧に記されている。


 この訳書の体裁では、日本では冒頭に付された「非難声明」を介さずにはこの本を読めないようにし、いわば原著を「人質にとって」理解や議論を方向づけていることになる。この出頭をめぐる倫理や社会の基本的なルールにかかわる疑義についても、私の書評で若干苦言しておいた。(「中東問題」は「日本問題」である──バーナード・ルイスの書評から)『イスラム世界はなぜ没落したか?』


 これは至極もっともな指摘である。著者にそのような体裁の許可をとったかどうかも不明だ。一出版社が勝手にこんな真似をしたとすれば、それこそ国際問題にまで発展しかねない。


 海外の「大物」を持ってきて人目を惹いた挙句、相手が反論してくる可能性がほとんどなさそうな条件で(つまり日本語の解説で日本の論壇向けに)言いたい放題を書き、あわよくば批判した「大物」と同等以上の地位にあるかのように自分を印象付けようというのは、「人の褌で相撲を取る」の典型だ。とても誠実な言論のあり方とは思えない。しかし日本の党派的・島国的な論壇ではそれほど珍しくもなく、「許される」どころか「正当なもの」と勘違いされてしまっている手法なのかもしれない。言論において守るべき基本的ルールさえも顧慮されないことが多い学界・論壇の現状を鑑みれば(地位に付随する権限を誇示・行使した妨害や、けん引主義による公式・非公式の圧力・威圧・人格攻撃といった手段が多用される)、こういった問題を正面から批判することに、正直にいって徒労を感じもする。しかし理不尽な暴力に屈せず踏みとどまり、公に発言を続ける人間がいなければ、状況は悪くなるばかりだ。(同)


 池内は主張ではなく手法を問題視しているのだ。しかもその手口に、日本の中東研究のタコつぼ的情況が象徴的に現れているという指摘だ。


 で、こうした背景にはエドワード・サイードに重きを置く中東研究の偏向があるようだ。


 サイードは、主著『オリエンタリズム』だけでなく、ルイスをあちこちで批判している。

 だが、実のところそれは感情論、言いがかりに近いもので、ほとんど批判になっていないと評せざるをえない(というとサイードを神格化する傾向の強い日本の論断には怒る人もいるだろうが)。


 ルイスやサイードをめぐる日本の議論には、奇妙にアラブ世界やイスラーム世界そのものの姿が希薄である。つまり「アラブ」「イスラーム」「中東」というものも理解のあり方をめぐって、日本人のあいだで対立が生じているように表面的には見えても、少し検討してみるとそれは「中東めぐる問題」などではなく、なによりも「日本をめぐる問題」なのである。


 私は中東に詳しいわけではないため判断のしようがない。だがそれでも多様な考えがあってしかるべきだという池内の主張は理解しやすい。


 たぶん狭い世界であろうから、それ相応の反動やバッシングもあったことだろう。池内は喧嘩のできる男であった。勇気、ではあるまい。ただ、そうせざるを得なかったのだ。なんとなくそう思う。


 書評で取り上げられた作品で食指が動くものは少ない。それでも文章が心地よい風のように通りすぎてゆく。好青年──そんな言葉がこの著者には合う。

書物の運命

2011-03-19

原子爆弾に対する当時の認識


 翌8日。広島の状況を視察した赤塚中佐は次のように訓示した。

広島市の戦災地区を視察した結論からいふと、敵の落下する新型爆弾決して恐るゝに足らず、従来の教訓を徹底すれば十分これに対抗し得るといふことだ」


【『小野田寛郎の終わらない戦い』戸井十月〈とい・じゅうがつ〉(新潮社、2005年)】

小野田寛郎の終わらない戦い

死因、9割が溺死…地震より津波の被害鮮明に


 東日本巨大地震で千葉大の岩瀬博太郎教授(法医学)が岩手県陸前高田市の死者126人の死因を調べたところ、9割が津波による溺死だったことがわかった。

 死因の8割が建物倒壊による圧死・窒息死だった1995年の阪神大震災と対照的で、地震そのものよりも、その後の津波が被害を広げた実態が浮き彫りになった。

 同市内で13〜16日に遺体の検視にあたった岩瀬教授によると、犠牲者の9割は死亡した後に骨折したとみられることなどから、溺死と判断した。

 屋外で見つかった約90人のうち、4割程度が肋骨(ろっこつ)や首、手足を骨折していた。時速30〜40キロ以上の車にはねられたような強い衝撃を受けており、激しい津波で流された木材や家屋、車などにぶつかったとみられるという。

 また、高齢者を中心に約50人がシャツや上着、ジャンパーなど7〜8枚を重ね着。印鑑や保険証、写真アルバムを入れたリュック、非常食のチョコレートを持った人もいた。岩瀬教授は「逃げ遅れたのではなく、避難準備をしていたにもかかわらず、想定を超える津波に巻き込まれたのではないか」とみる。


YOMIURI ONLINE 2011-03-19

2011-03-18

日本、原子力発電不足分補う石油火力発電の余剰ある=IEA


東日本大震災に伴う原発事故を受けて、国際エネルギー機関(IEA)は15日、日本は原子力発電の不足分を補うだけの十分な石油火力発電による余剰能力を有している、との見解を示した。

 IEAは月次報告書で「実際には、液化天然ガス(LNG)および石炭も使用することで需要に対応できる可能性が高いが、LNG、石炭の両セクターにおいては余剰発電能力がより限定的であるようだ」と指摘している。

 IEAの推計によると、日本は2009年に石油火力発電能力の30%しか使用しておらず、平均で日量36万バレルの原油・燃料油を使用し、100テラワット時余りの電力を生産した。

 IEAはまた「60テラワット時の不足分すべてを石油火力発電で補った場合、石油消費量は年間ベースで日量約20万バレル増加する見通し」としている。


ロイター 2011-03-15

原発事故直後、日本政府が米の支援申し入れ断る


 東京電力福島第一原子力発電所の事故を巡り、米政府が原子炉冷却に関する技術的な支援を申し入れたのに対し、日本政府が断っていたことを民主党幹部が17日明らかにした。

 この幹部によると、米政府の支援の打診は、11日に東日本巨大地震が発生し、福島第一原発の被害が判明した直後に行われた。米側の支援申し入れは、原子炉の廃炉を前提にしたものだったため、日本政府や東京電力は冷却機能の回復は可能で、「米側の提案は時期尚早」などとして、提案を受け入れなかったとみられる。

 政府・与党内では、この段階で菅首相が米側の提案採用に踏み切っていれば、原発で爆発が発生し、高濃度の放射性物質が周辺に漏れるといった、現在の深刻な事態を回避できたとの指摘も出ている。

 福島第一原発の事故については、クリントン米国務長官が11日(米国時間)にホワイトハウスで開かれた会合で「日本の技術水準は高いが、冷却材が不足している。在日米空軍を使って冷却材を空輸した」と発言し、その後、国務省が否定した経緯がある。


YOMIURI ONLINE 2011-03-18

アフリカ人女性を奴隷扱い、英国人被告に有罪判決


 ロンドン(London)のサザーク刑事法院(Southwark Crown Court)は16日、アフリカ・タンザニアから連れてきた女性を自宅で1日18時間働かせ、賃金を支払っていなかった英国人女性サイーダ・カーン(Saeeda Khan)被告(68)に対し、搾取を目的とした人身売買罪で有罪判決を下し、賠償金2万5000ポンド(約318万円)を支払うよう命じた。


 いわゆる「現代版の奴隷制度」と呼ばれる人身売買罪での有罪判決は、英国では初。

 

 カーン被告は禁錮刑は免れたが、これは本人の健康悪化と身体障害を持つ2人の息子を抱えていることが考慮されたため。ジェフリー・リブリン(Geoffrey Rivlin)判事は判決の言い渡しに際し、「被告は十分な賃金を支払うことができたのに、全く支払わなかったも同然。冷淡で欲張りだ」と述べた。


好条件で雇用、実質タダ働き 食事は1日パン2切れ


 カーン被告は2006年、自身が経営するタンザニア・ダルエスサラーム(Dar Es Salaam)の病院で働いていたムルケ(Mwanahamisi Mruke)さん(49)に対し、「1日6時間労働、週給50ポンド(約6400円)」の条件を提示して雇い、ロンドン北部ハロー(Harrow)の自宅に連れて帰った。


 ムルケさんの証言によると、当初は週に10ポンド(約1300円)ほどを受け取っていたが、1年もたたずに給金の支払いは停止した。朝6時に起床して、掃除、庭仕事、料理、息子たちを散歩させるのが日課で、真夜中にようやく就寝が許されるという毎日。寝床は台所のマットレスの上で、食事は1日にパン2切れのみ、私用で家を出ることも禁じられた。


 ムルケさんは証言台で、「奴隷のように扱われました」と苦痛の表情で語った。当初受け取っていたわずかながらの給金は、娘を大学に通わせるため貯蓄していたという。


 ムルケさんの窮状は、静脈瘤(りゅう)のため病院へ行くことを許されたことで、初めて明かになった。3年間の「奴隷生活」中に故郷の両親は2人とも亡くなったが、家族と連絡を取ることも許されなかったという。


AFP 2011-03-17

2011-03-17

アーヴィング・ゴッフマン、野口悠紀雄、宮城谷昌光


 2冊挫折、1冊読了。


 挫折13『スティグマの社会学 烙印を押されたアイデンティティ』アーヴィング・ゴッフマン/石黒毅訳(せりか書房、2001年)/文章が読みにくい上、構成が悪い。社会の差別構造は、社会学よりも進化論でアプローチすべきだというのが私の持論。理由は物語の再構成で差別意識を払拭することはできないからだ。まったく新しいインセンティブを考える必要もある。数十ページで挫ける。


 挫折14『1940年体制 さらば戦時経済』野口悠紀雄(東洋経済新報社、2010年)/狙いはいいのだが読みにくい。驚くべき事実を示しながら、無味乾燥な文章で綴られている。もう少しドラマチックにできないものか。半分を少し過ぎたところで中止。誰かがリライトすれば、ベストセラーになるかもね。


 28冊目『介子推』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、1995年/講談社文庫、1998年)/『重耳』を読み終えたので再読。宮城谷は後半に失速する癖がある。ラストで重耳が介推(かいすい)のことを知る件(くだり)もあっさりしすぎだ。孔子の弟子であった子路(しろ)と介子推は似ている。この清らかな正義感を知る人は少ない。陽報なき陰徳を損と考える人の方が多いことだろう。その浅ましさを私は嗤(わら)おう。

原発「津波に耐え素晴らしい」 原子力行政「胸を張るべきだ」 経団連会長が発言


 日本経団連の米倉弘昌会長は16日、東京都内で記者団に対し、福島第1原発の事故について「1000年に1度の津波に耐えているのは素晴らしいこと。原子力行政はもっと胸を張るべきだ」と述べ、国と東京電力を擁護した。米スリーマイルアイランドの原発事故を上回る重大事故との見方が強いだけに、発言は波紋を広げそうだ。

 米倉会長は事故は徐々に収束の方向に向かっているとし「原子力行政が曲がり角に来ているとは思っていない」と発言。「政府は不安感を起こさないよう、正確な情報を提供してほしい」と話した。

 一方、日本商工会議所の岡村正会頭は同日開かれた定例会見で「放射能の放出は、国民が最も不安を抱く。正確かつ迅速な情報提供を望む」と要望。その上で「原発の建設基準を向上させるしかない。見直しの期間だけ、(建設が)延伸されることは当然起こりうる」と述べ、今後もエネルギー供給の一定割合は原発に依存せざるを得ないとの認識を示した。


どうしんウェブ 2011-03-17


 国家が甚大な被害を受けても尚、この国の経済界トップは自分たちの金儲けにしか興味がないと見える。テロを誘発しかねないので口をつぐむべきだ。

「海を見る自由」と「立ち止まる自由」


 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。

 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。

 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。


卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ(校長メッセージ)−立教新座中学校・高等学校

英紙も原発事故で日本政府批判 東電の隠蔽体質も指摘


 英紙インディペンデント(電子版)は16日、福島第1原発事故への不安が高まっている背景に東京電力の隠蔽体質があると指摘。ガーディアン(同)は日本政府の対応に批判が出ていると伝えた。

 インディペンデントはこれまで東電でトラブル隠しや修理、検査記録の改ざんなどの不祥事があったことを伝えた上で「東電は事実を伝えるという点に関して、堕落の歴史を持つ」と報じた。

 ガーディアンは、原発事故について「冷却装置の電力の復旧にもっと努力すべきだった」などと対応のまずさを指摘する識者の意見を紹介。東電の情報提供が遅く、少ないことが批判を浴びているとした。


47NEWS 2011-03-17

2011-03-16

医学書院《シリーズ ケアをひらく》

『リハビリの夜(シリーズ ケアをひらく)』熊谷晋一郎(医学書院、2009年)


リハビリの夜 (シリーズケアをひらく)


痛いのは困る。気持ちいいのがいい。

 現役の小児科医にして脳性まひ当事者である著者は、あるとき「健常な動き」を目指すリハビリを諦めた。そして、《他者》や《モノ》との身体接触をたよりに「官能的」にみずからの運動を立ち上げてきた。リハビリキャンプでの過酷で耽美な体験、初めて電動車いすに乗ったときのめくるめく感覚などを、全身全霊で語り尽くした驚愕の書。新潮ドキュメント賞を受賞!

上杉隆−TBSラジオ

 上杉隆は降板させられた。官邸がいかに情報を遮断してきたかを暴露。記者クラブは誰一人として東電批判を行わず。必聴。

2011-03-15

スラックティビズム

 社会に意味のある影響を与えていないのに、社会にとって良い活動をしたつもりになる自己満足的行為について、軽蔑を込めて使われている。こうしたスラックティビスト(スラックティビズムにあたる行為をする人)たちの行為は、多くの場合、個人の努力や負担を必要としない。

2011-03-14

東日本大震災:「早く逃げて」命かけた防災無線…南三陸


「早く逃げてください」──。街全体が津波にのみ込まれ約1万7000人の人口のうち、約1万人の安否が分からなくなっている宮城県南三陸町は、町役場が跡形もなくなるなど壊滅した。多くの町職員や警察官、消防職員が行方不明となったが、その中に津波に襲われるまで防災無線放送で住民に避難を呼びかけた女性職員がいた。

「娘は最後まで声を振り絞ったと思う」。同町の遠藤美恵子さん(53)は、避難先の県志津川高校で涙を浮かべた。娘の未希(みき)さん(25)は町危機管理課職員。地震後も役場別館の防災対策庁舎(3階建て)に残り、無線放送を続けた。

 難を逃れた町職員(33)によると、地震から約30分後、高さ10メートル以上の津波が町役場を襲った。助かったのは10人。庁舎屋上の無線用鉄塔にしがみついていた。その中に未希さんはいなかった。

 遠藤さんは「(生き残った職員から)『未希さんが流されるのを見た』という話を聞いた。もうダメだと思う」とつぶやいた。


毎日jp 2011-03-13

Googleが被災地の衛星写真before and afterを公開

2011-03-13

M8.8から9.0に変更 東日本大震災、気象庁


 気象庁は13日、東日本大震災の地震の規模を示すマグニチュード(M)を8.8から9.0に変更したことを明らかにした。

 マグニチュードが0.2大きくなると地震のエネルギーは2倍になる。今回の地震のエネルギーは、関東大震災の約45倍、阪神大震災の約1450倍になる。

 マグニチュード9.0は、1900年以降に起きた地震では、1960年のチリ地震(M9.5)、64年のアラスカ地震(M9.2)、2004年のスマトラ沖地震(M9.1)に次ぎ、1952年のカムチャツカ地震(M9.0)と並ぶ。

 気象庁は、今回の地震の規模が大きいことから、通常使っている気象庁マグニチュードではなく、米地質調査所など世界で使われているモーメントマグニチュードで計算している。阪神大震災は気象庁マグニチュードが7.3、モーメントマグニチュードは6.9になる。


asahi.com 2011-03-13

『防災の決め手「災害エスノグラフィー」 阪神・淡路大震災秘められた証言』林春男、田中聡、重川希志依、NHK「阪神淡路大震災秘められた決断」制作班(NHK出版、2009年)


防災の決め手「災害エスノグラフィー」―阪神・淡路大震災秘められた証言


 神阪・淡路大震災の後、防災の専門家たちが災害救援を行った神戸市職員から、30年間非公開を条件に、当時の活動や想いについて聞き取り調査を実施した。想像を絶するギリギリの決断と対応を迫られた人々の証言から、今後の災害への知恵と教訓を導き出す「災害エスノグラフィー」という最新の手法を紹介する。

『21世紀サバイバル・バイブル』柘植久慶(集英社文庫、2004年)


21世紀サバイバル・バイブル (集英社文庫)


 この一冊があなたの生命と財産を守る! 台風、地震、噴火などの天災。熊、猿などの動物被害。全てを焼き尽くす火災。マラリア、エボラ出血熱などの伝染病と風土病。航空機事故、鉄道事故、海難事故。強盗、通り魔、ストーカーなどの犯罪。カード詐欺、ネット詐欺。さらには各種テロ、核・化学兵器攻撃──あらゆる危機への対処法を伝授する究極のマニュアルが、待望のハンディーサイズで登場。

『民間防衛 あらゆる危険から身をまもる』スイス政府編/原書房編集部訳(原書房、2003年)


民間防衛 新装版―あらゆる危険から身をまもる


 続発する紛争やテロ…もはや日本も無関係ではいられない! 今日のこの世界は、何人の安全も保障していない。我々はどのようにして自分の身を守ればよいのか……スイス政府による国民ひとりひとりのためのプログラム。

災害免責は適用せず=住友生命


 住友生命保険は12日、東日本巨大地震と長野県北部の地震の被災者に対し、死亡保険金や入院・通院給付金を全額支払う特別措置を実施すると発表した。保険契約には、大規模地震などの場合に保険金支払いなどを免除または削減できる「免責条項」があるが、今回は適用しない。大手生保各社も同様の措置を検討する見通しだ。


時事ドットコム 2011-03-12

2011-03-12

宮城谷昌光


 2冊読了。


 26冊目『重耳(中)』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、1993年/講談社文庫、1996年)/祖父・称から詭諸(きしょ)へと代が変わる。驪姫が正夫人となって詭諸の人が変わる。重耳(ちょうじ)は晋国を逐(お)われる。


 27冊目『重耳(下)』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、1993年/講談社文庫、1996年)/重耳の流浪は19年に及んだ。介子推(かいしすい)の登場が実に鮮やか。大器晩成というが重耳が晋の君主となったのは62歳の時であった。重耳は後に文公と呼ばれる。

地震で地殻大変動、地球の自転速まる…NASA


東日本巨大地震の発生で、地球が1回の自転に要する時間が、1000万分の16秒だけ短くなったとみられることがわかった。米航空宇宙局(NASA)のリチャード・グロス博士(地球物理学)が計算した。

 大地震で地殻が大きく動くと、地軸がわずかにずれる。コマの形が変わると回転が変化するように、地震で地球の自転が影響を受け、回転が速まったと考えられる。


YOMIURI ONLINE 2011-03-12

太陽フレア、ハイテク現代社会に大混乱及ぼす危険性


 米ワシントンD.C.(Washington D.C.)で開催された米国科学振興協会(American Association for the Advancement of Science、AAAS)の年次会合で19日、強い太陽風によって人工衛星や電子機器が故障し、数週間から数か月も停電が続くような事態になる恐れがあると専門家たちが警鐘を鳴らした。


 日本時間15日午前10時56分、過去4年で最大の大規模な太陽フレアが発生し、放出されたプラズマ粒子が、秒速900キロの速度で地球に向かった。フレアは最大規模の「Xクラス」で、地球ではオーロラが発生したほか、一部の無線通信で障害が生じた。しかし今回影響を受けたのは、おおむね北半球に限られた。


 太陽は今後11年間、活発に活動する時期に入ることから、15日に発生したものと同様の磁気嵐が再び地球を襲う恐れがあるという。人工衛星システムによるコンピューター機器の同期や航空管制、通信ネットワークなど、ハイテク機器への依存を深める現代社会は、宇宙天気にますますぜい弱になっており、大混乱に陥る可能性もあると専門家たちは指摘している。


GPSや電力網に大きな影響も


「『もし起こるとしたら』という問題ではなく、『いつ』『どれくらいの規模で起きるか』という問題だ」と、米海洋大気局(US National Oceanic and Atmospheric Administration、NOAA)のジェーン・ルブチェンコ(Jane Lubchenco)局長は語る。「前回の太陽周期の極大期は約10年前で、そのときの世界はいまとは非常に異なっていた。当時も携帯電話はあったが、現在ほど広くは使われてはいなかった。今、携帯電話はあらゆるところにある」


 欧州委員会(European Commission)共同研究センター(Joint Research Centre、JRC)のディレクター、スティーブン・レヒナー(Stephan Lechner)氏は、現代社会をぜい弱にしている原因は衛星利用測位システム(GPS)だと述べる。GPSは、ナビゲーション用途のみならず、コンピューターネットワークや電子機器の時刻同期に活用されており、航空宇宙や防衛、デジタル放送、金融サービス、政府機関などでもGPSの利用は進んでいる。


 レヒナー氏は、「欧州だけでも通信事業者は200社ある。そして標準化がまったく進んでいない」と問題点を指摘する。各国政府は次の磁気嵐発生までに協力や情報共有の態勢を作ろうとしているが、次の磁気嵐はいつ発生するのか、その予測は難しい。


 米航空宇宙局(NASA)が2009年にまとめた報告書は、強力な太陽フレアの影響で高圧変圧器が破壊され、電力網がショートする可能性を指摘している。そのような事態になれば、米国内の復旧費用は発生後1年間だけで2兆ドル(約170兆円)に上り、完全復旧まで最高で10年かかるとしている。


AFP 2011-02-22

地震はまとまって起こる

 ロンドンの人々は、19番のバスを1時間も待った挙げ句、一度に3台もやってきた、とよく不満を垂れる。地震もそうなのだ。地震はまとまって起きるのである。現在地震を予知する最良の方法は、一度地震が起きるのを待ち、そして直(ただ)ちに、別の地震が起きるという予知を出すという方法だろう。


【『歴史は「べき乗則」で動く 種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学』マーク・ブキャナン/水谷淳訳(ハヤカワ文庫、2009年/『歴史の方程式 科学は大事件を予知できるか』早川書房、2003年を改題)】

歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

2011-03-11

「児童虐待」が過去最多 法務省、本人の申告増える


 法務省は11日、法務局が2010年に、申告や通報に基づき救済手続きを始めた人権侵害のうち、「いじめに対する学校側の不適切な対応など」が前年比51.9%増の2714件、「児童虐待」は6.3%増の771件で、いずれも過去最多だったと明らかにした。

 法務省人権擁護局は「子ども本人からの申告が増え、潜在化していた被害が顕在化したのではないか」としている。

 人権侵害の総数は04年から2万件台で推移し、10年は2万1696件(09年比2.3%増)。うち最も多かったのは「暴行・虐待」の4788件だった(前年比6.1%減)。


47NEWS 2011-03-11

文庫化『寡黙なる巨人』多田富雄(集英社文庫、2010年)


寡黙なる巨人 (集英社文庫)


 国際的な免疫学者であり、能の創作や美術への造詣の深さでも知られた著者。01年に脳梗塞で倒れ、右半身麻痺や言語障害が残った。だが、強靭な精神で、深い絶望の淵から這い上がる。リハビリを続け、真剣に意識的に生きるうち、昔の自分の回復ではなく、内なる「新しい人」の目覚めを実感。充実した人生の輝きを放つ見事な再生を、全身全霊で綴った壮絶な闘病記と日々の思索。第7回小林秀雄賞受賞作。

ふるるの絶対自由への道

「J・クリシュナムルティの言葉から学び、この世を超えてみようではないか!的な意外と真剣な自己探求」

石牟礼道子が生まれた日


 今日は石牟礼道子〈いしむれ・みちこ〉が生まれた日(1927年)。代表作『苦海浄土 わが水俣病』は、文明の病としての水俣病を鎮魂の文学として描き出した作品として絶賛された。同作で第1回大宅壮一ノンフィクション賞を与えられたが受賞を辞退した。

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新装版 苦海浄土 (講談社文庫) 苦海浄土〈第2部〉神々の村 言魂 言葉果つるところ―鶴見和子・対話まんだら 石牟礼道子の巻

マイケル・ポランニーが生まれた日


 今日はマイケル・ポランニーが生まれた日(1891年)。ハンガリーの物理化学者・社会科学者・科学哲学者。日本語での表記にはマイケル・ポラニーなどがある。暗黙知・層の理論・創発境界条件と境界制御・諸細目の統合と包括的全体、等の概念を1950年代に提示した。

暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫) マイケル・ポランニー 「暗黙知」と自由の哲学 (講談社選書メチエ) 個人的知識―脱批判哲学をめざして

2011-03-10

人の批判は自己紹介だ


 以下、ツイッターより転載。


@muramasakudo 素晴らしいタイミングのツイートでした。せっかくなんで順番にまとめておきます(笑)。


RT @fromdusktildawn: ネットで誤読された場合、それが誤読であることを解説するのは無駄。誤読して罵倒した人たちは、自分が誤読したという事実を認めたくないため、いくらでも屁理屈をこね続ける。


RT @fuitsuono: 人は、分からないからこそ人との関係に悩み、少しでも分かろうとするための努力を続けます。しかし、「早く分かる」ことだけを求める時、人はしばしばこの努力を怠り、自分を安心させようとして勝手な解釈をしたり、相手を理解したつもりになります。(酒木保)http://bit.ly/e5Tgdp


RT @fuitsuono: 空虚な人物ほど他人を自分のレベルに貶めようと頑張る。 RT @Buddha_Words: 657 人が生まれたときには、実に口の中に斧が生じている。愚者は悪口を言って、その斧によって自分を斬り割くのである(スッタニパータ)


RT @muramasakudo: 人は自分の将来について語るよりも、他人のことを多く語る…特に嫌いな人のことは延々と話し続ける。身体に良くないし、一番嫌いな人の為に一番多くの時間と想いを酷使している…それで何も善い事など起こらないのに。そして同じように自分も陰で言われていることに付いていない…人の批判は自己紹介だ


RT @Buddha_Words: 663 種々なる貪欲に耽る者は、ことばで他人をそしる。彼自身は信仰心なく、物惜しみして、不親切で、けちで、やたらに陰口を言うのだが(スッタニパータ)


ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

障がい者雇用、ワーストは毎日新聞、共産党、ニチイ学館、トリスタ


 障がい者雇用の実態を知るため、政令都市のある15都道府県の障がい者雇用の達成・未達成企業全4万9087社社の個別データ(記事末尾からダウンロード可)を情報公開で入手しランキングしたところ、マスコミのワースト1位は毎日新聞社だった。同紙は社説で「企業にとって障がい者を雇用することはチャンス」と主張していた。政党ランキングでは、日本共産党がワースト三連覇。ともに弱者の味方をウリにしている組織であるが、自らを棚に上げて「他人事」の言説を放つ無責任さが浮き彫りとなった形だ。企業別では、雇用不足数でニチイ学館、雇用率でトリンプスタッフサービスがそれぞれワースト1位だった。


MyNewsJapan

消費者金融の“大逆襲”グレー金利分、法人税1兆円を返せ!

「グレーゾーン部分が違法となれば、その部分の法人税を返せ」という至極真っ当な主張。

『イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』ハンナ・アーレント/大久保和郎訳(みすず書房、1994年)


イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告


 ナチの中心人物の1人、オットー・アドルフ・アイヒマンは、1960年5月ブエノス・アイレス近郊で逮捕され、61年4月エルサレムで裁判された。本書はその取材報告。1969年刊の新装版。

いちばん大切なことは、コミュニケーションがとれるということ


紙屋●午前中の授業では、コミュニケーションということをお話したんですけれども、もう一つ最後に、ビデオの中で東京のお兄さんが病気で、札幌まで来た妹さんがいましたよね。あの妹さんが、そのお兄さんに期待していたことはなんですか。「食べたら、おいしいと言ってほしい、呼んだら返事してほしい」ということでした。

 わたしたち人間のなかでいちばん大切なことは、コミュニケーションがとれるということなんですよ。もしお父さんお母さんとコミュニケーションがとれなくなったら……。今はみなさんはあまりお父さんお母さんとお話しない年齢なのかもしれないけれども、子どもが病気になったときに、お父さんやお母さんが必ず言う言葉があります。それは、「代わってあげたい」という言葉です。「わたしが代われるものなら代わってあげたい」。すごく重い病気でも、自分の命に代えても自分の子どもを守りたい、親はみなさんを守りたいって。

 そういうご両親の考えを聞いたら、その家族の方と同じ気持ちに看護婦がなって、「なんとしても、みなさんをご両親のもとに返してあげたい」と、みなさんが病気になったときは、そう思うのですね。

 もう一つ、必ず言う言葉があるの。「呼んだら、せめて返事してほしい」ということです。「Dちゃん」って、もしお母さんが呼んだら、そのとき、「はい」って応(こた)えてください。もしお母さんが病気のとき、「お母さん」って呼んでも、お母さんが返事をしてくれなかったら悲しいでしょう? だから、「一言でいいから返事をして」って言うのですね。わたしたち看護婦は、「返事ができるようにしてください」って頼(たの)まれるのです。

 家族の中でいちばん大切なもの、それから人間と人間の間でもいちばん大切なことは、そういう関係を築(きず)いていけるコミュニケーションなんだなあと思います。だから、呼ばれたら返事しようね。(中略)

 人間が言葉を失ったときには、だれでもが、「コミュニケーションがいちばん大切だ」ということに気がつくのですね。


【『紙屋克子 看護の心そして技術/別冊 課外授業 ようこそ先輩』NHK「課外授業 ようこそ先輩」制作グループ、KTC中央出版編(KTC中央出版、2001年)】

紙屋克子 看護の心そして技術―課外授業 ようこそ先輩・別冊 (別冊課外授業ようこそ先輩)

新時代の法門


 ――そういえば、法華経の中には、例えば「序品」の中にも日月燈明仏が二万仏も次々に出現して、その最後の日月燈明仏が妙法蓮華を説くというくだりがありますね。また、「化城喩品」などでも大通智勝仏が出てきて16人の子供たちに『法華経』を説いたという記述があります。

 説法されている『法華経』の中で、また『法華経』が何度も説かれるというイメージは、『法華経』というのはそれほど固定的なものではなくて、大枠だけ抑えて、あとは自在にどんどん展開していいんだ、それで新時代の妙法蓮華の法門が出てきても構わないんだということを示唆されていて、非常に興味を持ちました。


【『蓮と法華経 その精神と形成史を語る』松山俊太郎(第三文明社、2000年)以下同】


 ――法門というのは、〈法(真理)〉への〈門(入り口)〉ということですから、教典になり言語表現になったものは真理に至る一つの形にすぎない、ということですね。


 松山と対談する編集部の発言であるが、中々侮れない。そもそも大乗経典自体が、無名のブッダたちによる知の系譜と考えられている。

蓮と法華経 その精神と形成史を語る

石川文洋が生まれた日


 今日は石川文洋〈いしかわ・ぶんよう〉が生まれた日(1938年)。ベトナム戦争の従軍取材による多数の報道写真で知られるが、撮影対象のジャンルは広範囲に渡り、各国の紛争地帯での撮影のほか、人びとの日常生活、肖像写真、舞台芸能(琉球舞踊)の写真なども撮影している。

私が見た戦争 カラー版 ベトナム 戦争と平和 (岩波新書 新赤版 (962)) 日本縦断 徒歩の旅―65歳の挑戦 (岩波新書) サイゴンのコニャックソーダ―酒こそわが人生

2011-03-09

藤原伊織、J・クリシュナムルティ、宮城谷昌光


 1冊挫折、2冊読了。


 挫折12『ダナエ藤原伊織(文春文庫、2009年)/これが遺作となった。文章がぎこちない。それが乱れに感じた。


 24冊目『既知からの自由』J・クリシュナムルティ/大野龍一訳(コスモス・ライブラリー、2007年)/『自己変革の方法 経験を生かして自由を得る法』の新訳。確かにこちらの方が読みやすい。で、案の定、旧訳に誤訳が多いことをわざわざ「あとがき」に記している。クリシュナムルティ作品を翻訳している大野純一、高橋重敏、藤仲孝司、大野龍一は人間性に問題があると思う。クリシュナムルティ本はこれで47冊目。


 25冊目『重耳(上)』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(講談社、1993年/講談社文庫、1996年)/少しわかってきた。宮城谷作品は前置き(主人公の前の時代)が長いと思っていたが実は違った。人ではなく時代が主役なのだ。つまり、ある人物を境にした前の時代と後の時代を描いているのだ。歴史の波に翻弄される人と、時流の乗る人とを描いて鮮やか。何にも増して漢文調の形容が堪らない。

死刑制度について


 Rさんから全文が掲載されているページを教えていただいた。

 完全に私の読み違いであった。


 死刑判決で死をもって償えと言うのは、俺にとって反省する必要ないから死ねということです。人は将来があるからこそ、自分の行いを反省し、くり返さないようにするのではないですか。将来のない死刑囚は反省など無意味です。


 俺のように反省する気がない死刑囚もいる中で、ほとんどの死刑囚は日々反省し、被害者の事も真剣に考えていると思います。そういう人達を抵抗できないように縛りつけて殺すのは、死刑囚がやった殺人と同等か、それ以上に残酷な行為ではないのですか?


 俺が執行されたくないのではありませんが、その様な事などを考えれば、死刑制度は廃止するべきです。


 最大の問題はこの話を検証する術(すべ)を我々が持たないことである。部分的な真実があったとしても鵜呑みにするわけにはいかない。仮に全てが事実であったとしても、それは彼から見えた世界であって、私が見れば違うかもしれない。


 死刑制度が示しているのは、「正当な理由があれば人を殺してもいい」という価値観である。その意味で彼の言い分は正しい。


 私はずっと死刑制度に反対であったが、40歳を過ぎた頃から変わってきた。


 死刑制度の背景にあるのは仇討ちの文化であろう。そしてもう一つは、「コミュニティを危険にさらす者の排除」である。例えばチンパンジーの場合、群れを危険に陥れた者はその場で殺される。多分、善悪の概念ではなく本能が指示するのだろう。この意味において死刑には進化的優位性があると考えられる。


 冤罪や裁判のテクニカルな部分については話が別である。ここでは敢えて問わないことにする。また極端にわかりにくいケース(正当防衛や事故など)も除く。


 大体、反省して罪が許されるのであれば、「反省したフリ」をする人間が必ず出てくることだろう。罪と反省の経済性が認められるのであれば、先に反省してから罪を犯すことも許されるのではないだろうか?


 私は強姦や幼児虐待をした者は死刑にすべきだと思う。縛り首では軽すぎるから、被害者と同等以上の苦痛を与えることが望ましい。どうせなら、被害者の家族が執行できるようすればいいと思う。


 万引きをした後で、盗んだ品物の金額を支払い、謝罪すれば許されるだろうか? 私は許されないと考える。


 人を殺す瞬間に、入ってはいけないスイッチが入れられてしまう。欲望、嫉妬、憎悪などがきっかけとなって悪しき炎が吹き出す。ものの弾みであったとしても許されないことだ。


 あんまりまとまっていないが、そんなわけで私は死刑制度はあってもいいと考えている。とはいうものの、やはり冤罪を防ぐことは不可能だろうから、苦役および重労働を課すことを提案したい。恩赦はなし。


 もしも私の子供が殺人を犯したとすれば、私が直接手を下す。これは確実だ。

図書室の一冊の雑誌をめぐる偶然の出会いが数学史を変えた

 1954年の1月、東京大学志村五郎は、いつものように数学科の図書室に立ち寄った。この才能ある若き数学者は、『マテマティーシュ・アナーレン』の第24巻を探していたのだった。なかでも、虚数乗法の代数理論に関するドイリングの論文がほしかった。その論文があれば、いま手を焼いている難しい計算ができるかもしれないと考えたのである。

 ところが驚いたことに、その巻はすでに貸し出されていた。借りていったのは、別のキャンパスにいる谷山豊という人物で、志村もまったく知らない相手ではなかった。そこで志村は谷山に葉書を書き、厄介な計算を仕上げるために至急その雑誌を見たいのだが、いつ返却されるつもりだろうかと丁寧に尋ねたのだった。

 数日後、志村のもとに谷山からの葉書が届いた。それによれば、谷山もまさに同じようなことをしているという。そして谷山は志村に、お互いのアイディアを交換し合って、いっしょにこの問題に取り組んでみないかと提案していたのである。図書室の一冊の雑誌をめぐるこの偶然の出会いが、数学史の流れを変える熱いパートナーシップのはじまりだった。


【『フェルマーの最終定理 ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』サイモン・シン青木薫訳(新潮社、2000年/新潮文庫、2006年)】

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

映画『ゴッドファーザー PartIII』


 時代は1979年。マイケルは、ここで、ヨーロッパ最大の不動産会社インモビリアーレの買収を画策する。そのためには、この会社を支配しているバチカン銀行を動かさなければならない。不動産会社をねらったのは、石油や金融経済といっても、株や証券を操作するためには、実物経済を独占しなければならないからである。金融経済とは、要するに、すべての経済を金融のために再編したもののことであり、ここでは、石油も土地も工業生産品も、実際に使うためのものであるよりも、むしろ利潤操作のための「金融情報」となるのである。

 問題は、土地にせよ石油にせよ、それらを必要とする者に供給することではなく、価格を自由に操作して思い通りの利潤をえることである。ちなみに、アメリカがイラクのクウェート侵略にイラだったのは、石油をそうした操作の道具に出来なくなることを恐れたからであった。もしフセインがクウェートやサウジアラビアの石油を押さえたら、アメリカとその同盟国は石油価格を操作することによって世界の金融市場を自由に操ることが出来なくなるだろう。金融や情報の操作が中心を占めるシステムの時代には、「独占」は、所有のためにではなくて、操作のために行なわれるのである。


【『シネマ・ポリティカ 粉川哲夫映画批評集成』粉川哲夫〈こがわ・てつお〉(作品社、1993年)】

シネマ・ポリティカ 粉川哲夫映画批評集成

ミルチャ・エリアーデが生まれた日


 今日はミルチャ・エリアーデが生まれた日(1907年)。ルーマニア出身の宗教学者・宗教史家、作家。宗教史に関する業績では、シャーマニズムヨーガ宇宙論的神話に関する著作においてもっとも評価されている。なお本国ルーマニアでは小説家として認知されている。


聖と俗―宗教的なるものの本質について (叢書・ウニベルシタス) 世界宗教史 全8巻セット (ちくま学芸文庫 エ) シャーマニズム 上 (ちくま学芸文庫) シャーマニズム 下 (ちくま学芸文庫)

2011-03-08

『バウッダ〔佛教〕』 中村元、三枝充悳(講談社学術文庫、2009年)


バウッダ[佛教] (講談社学術文庫)


 バウッダ──サンスクリット語で「仏の教えを信奉する人」の意である。2500年におよぶ歴史の中で、誤解と偏見に満ちた教学により誤伝されてきた釈尊の思想の壮大な全貌と、初期仏教の発生から大乗仏教、密教へと展開する過程を、膨大な経典群から探究。単なる宗教の枠を超え、思想としての仏教の実像を鮮やかに描き出した、日本仏教学の達成。

『イエス』R・ブルトマン/川端純四郎、八木誠一訳(未來社、1963年)


イエス


 非神話化提唱によって第二次大戦後の西欧精神界に衝撃を与えたイエス解釈で、イエスの教えを根底にある実存理解に還元し、生きることの実存的解釈を提示した問題のイエス書。

『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由 フェルミのパラドックス』スティーヴン・ウェッブ/松浦俊輔訳(青土社、2004年)


広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由―フェルミのパラドックス


 宇宙がエイリアンだらけならみんなどこにいるの? 20世紀を代表する物理学者フェルミが提出したこのパラドックスを解決するために、宇宙論、物理学、生物学、数学、確率論から社会学、SF的想像力までを総動員し、宇宙と生命の謎へと挑む極上のサイエンス・エンタテイメント。

「地球外生命体の化石を発見」、NASA科学者が発表

 地球外生命体はいたとしても、人類を超える知性を持つ生命体は存在しない。これがフェルミ・パラドックスから導かれる答えだ。

宮城音弥が生まれた日


 今日は宮城音弥〈みやぎ・おとや〉が生まれた日(1908年)。心理学および精神医学をわかりやすく紹介し、心理学を広く国民に広めた。宮城の著書に触れて心理学の道に入った者も多い。著書に日本の各都道府県の県民性、県民気質を分析した『日本人の性格 県民性と歴史的人物』、ほかに『』『精神分析入門』『天才』などがある。

心とは何か (岩波新書 黄版 144) ストレス (講談社現代新書 (627)) フロイト―その思想と生涯 (講談社現代新書 383) 人間 (岩波文庫)

2011-03-07

死刑囚の手紙


 そして千葉さんが執行の判をおして死刑が執行された死刑囚の手紙がわたしには衝撃だった。

 彼はこう書いていた。

「人は未来があるから、反省し後悔し、そして罪と向き合おうとする、けれど死刑が確定したら、もう反省する必要もないし、自分の罪と向き合う必要もなくなってしまう、自分が反対に家族を殺されたりしたら、犯人をけしてゆるさないし殺したいと思うだろう……でも本当に罪と向き合って反省し苦しむためには死刑ではないと思う」


S家の別宅


 他人を殺した人物の人間らしさ。後悔先に立たず。

1500年前後の出来事


 いま、時代の位置に見当をつけるため、こころみに、1500年をはさむ前後における著名な出来事を二、三ひろってみれば、まず、1492年におけるコロンブスのアメリカ発見を挙げることができよう。これにつづいて、ヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路の開拓(1498年)、マジェラン一行の世界周遊(1522年)など、これらの地理上の発見によって旧世界の人々の視界は外に向ってとみに広くなろうとしていた。また、グーテンベルクが金属活字による印刷術を発明したのは15世紀の中葉であって、このため、いままで一部の人に独占されていた知識がようやく一般にゆきわたろうとする勢いを示しはじめた。さらにまた、1517年にはルターによって宗教改革の火蓋が切られ、1543年にはコペルニクスがその地動説を発表している。こうして、中世以来重苦しくヨーロッパの上におおいかぶさっていた教会の権威は、ガリレオの宗教裁判にいたる動揺の歴史の途上にあった。


【『零の発見 数学の生いたち』吉田洋一(岩波新書、1939年)】

零の発見―数学の生い立ち (岩波新書)

西周が生まれた日


 今日は西周〈にし・あまね〉が生まれた日(1829年)。江戸時代後期の幕末から明治初期の啓蒙運動家、教育者。貴族院議員。西洋語の「philosophy」を音訳でなく翻訳語として「哲学」という言葉を創ったほか、「芸術」「理性」「科学」「技術」など多くの哲学・科学関係のことばは西の考案した訳語である。

西周―兵馬の権はいずこにありや (ミネルヴァ日本評伝選) 西周の政治思想―規律・功利・信 西周と日本の近代

2011-03-06

ソマティック・マーカー仮説/『デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳』(『生存する脳 心と脳と身体の神秘』改題)アントニオ・R・ダマシオ

    • ソマティック・マーカー仮説

 デカルトの「我思う、ゆえに我あり」に対し、脳科学の立場から異議を申し立てている。テンプル・グランディン著『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』で紹介されていた一冊。


 多分翻訳がよくない。専門性が高いことと読みにくいこととは別問題である。序盤は軽快に進むのだが、途中からトーンダウンする。この手の本は一気に読まなければ挫けてしまう。


 デカルト以降、理性と感情の問題は理性が勝利を収めてきた。400年間にわたる話だ。まだ中世の頃だから、神の存在を理解できることが理性を意味していたのだろう。そんなヨーロッパ人からすれば、異国に住む人々(=有色人種ね)は野蛮人でしかなかった。


 時々刻々と更新されていく身体の構造と状態を直接見晴らせる窓からわれわれが目にするもの、それが私の考えている感情の本質である。この窓から見る風景をイメージするなら、身体の「構造」は空間内の物体の形状に、そして身体の「状態」はその空間における物体の光と影、動きと音に似ている。この風景において、物体は内蔵(心臓、肺、腸、筋肉)であり、光と影、動きと音は、ある瞬間における、それらの期間の作用範囲内の一点を表象している。

 おおむね感情とは、そういう身体風景の一部の瞬間的な「眺望」である。そこには身体状態という具体的な内容がある。そしてそれは、特定の神経システム──身体の構造と調節とに関係している信号を統合している末梢神経と脳領域──によって支えられている。


【『デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳』アントニオ・R・ダマシオ/田中三彦訳(ちくま学芸文庫、2010年/『生存する脳 心と脳と身体の神秘』改題、講談社、2000年)以下同】


 ウーム、わかったようなわからないような文章だ。要するに皮膚感覚と感情とが密接な関係にあると言いたいのだろう。ダマシオは皮膚を「最大の内蔵」とまで表現している。


 これは理解できる。例えば何かショックを受けた時、私の目には何も映らない。目の焦点は興味のある物しか捉えないからだ。夜道を一人で歩く女性が何かの気配を感じて後ろを振り向くのも、皮膚感覚の為せる業(わざ)である。


 そう考えると五感は身体の膜という薄い部分で形成されていることが実感される。粘膜なんかは世界に向かって溶けているようにすら思える。


 感覚器官から受容された情報を統合する場所が脳であるわけだが、何と脳には中枢がないという。


 今日確信をもって言えることは、視覚に対しても言語に対しても、また、理性や社会的行動に対しても、単一の「中枢」はないということ。あるのは、いくつかの相互に関連したユニットで構成される「システム」である。機能的にではなく解剖学的にいえば、そういった各ユニットこそ、骨相学に影響を受けた理論でいう古めかしい「中枢」である。またこれらのシステムは、精神的機能の基盤を構成する比較的独立性の高い作用に向けられている。個々のユニットは、それらがシステムの中のどこに置かれているかでそのシステムの作用に異なった貢献をするので、相互交換がきかない。これはひじょうに重要なことである。システムの作用に対する特定のユニットの貢献内容は、そのユニットの構造だけでなく、システムにおける「位置」にも依存している。


 つまり「私」は脳の真ん中にいるわけではないってことだな。脳は連合軍であった。やはり民主主義は正しいのだろう。


 このあたりが重要な伏線となっている。情動を司っているのは大脳辺縁系である。意欲や記憶、自律神経も関連している。


 ダマシオは脳にダメージを受けた患者がどのような機能を失ったかに注目する。単行本の表紙になっているのはフィネアス・ゲージの頭蓋骨である。ゲージは爆発事故で直径3cm長さ1mの鉄棒が、左頬から頭頂部に向けて貫通した。


f:id:sessendo:20110306232913j:image

 フィネアス・ゲージによって初めて前頭葉の働きが判明した。脳科学が難しいのは実験ができないためだ。それゆえ損傷から機能を知るしかない。ゲージの命は助かった。だが失ったものはあまりにも大きかった。社会的行動ができなくなり、意志決定もままならなかった。ゲージは別人になってしまった。


 要するに、人間の脳にはわれわれが「推論」と呼んでいる目的志向の思考プロセスと、「意思決定」と呼んでいる反応選択の双方に向けられた、それもとくに個人的、社会的領域が強調されたシステムの集まりがある。この同じシステムの集まりが情動や感情にも関わっており、また部分的には身体信号の処理にも向けられている。


 病徴不覚症という病気を自覚できない症状があるそうだ。つまり脳の感情機能が冒されている可能性がある。彼らはいかなる麻痺が身体にあろうとも「気分がいい」と答える。


 ここから心の統合問題に切り込み、身体の相互作用に触れて、「背景的感情」(background feelings)という概念を提唱する。で、いよいよソマティック・マーカー仮説が説かれる。


〈ソマティック・マーカー〉は何をするのか。ソマティック・マーカーは、特定の行動がもたらすかもしれないネガティブな結果にわれわれの注意を向けさせ、いわばつぎのように言い、自動化された危険信号として機能する。

「この先にある危険に注意せよ。もしこのオプションを選択すればこういう結果になる」

 この信号は、われわれがネガティブな行動を即刻はねつけ、ほかの選択肢から選択するように仕向ける。この自動化された信号により、われわれは将来のごたごたを回避することができるだけでなく、少数の選択肢から選択することができるようになる。


 確かに整合性はある。唯識論の阿頼耶識(あらやしき)に近いような気もする。直観的な閃きは思考よりも感情に由来しているようにも思える。


 だが人間は合理的な存在ではない。判断を誤ることも多い。健康できちんと脳が機能しているからといって、正しい人生を歩めるものでもない。


 私はかなり情動的な人間だが、昔から心掛けていることは「違和感を言葉にする」作業である。人や場所、あるいは言葉や態度から違和感を覚えることが多い。その理由を突き詰めると隠れた事実が浮かび上がってくる。


 ただし現代社会における感情は、役割的な要素が強く、演技的な側面を否定することができない。

デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳 (ちくま学芸文庫)

この国では「不法占拠」という言葉を使えないのか?


 3月4日に行われた参議院予算委員会。山本一太(自民党)参議院議員の質問。1時間39分50秒から。


参院予算委:自民・山本氏、「竹島」答弁求め審議が10回中断


 4日の参院予算委員会で、自民党の山本一太氏が、韓国が占拠中の島根県・竹島について前原誠司外相らに「不法占拠」かどうかを執拗(しつよう)に聞き、約20分間で審議が10回以上中断した。

「イエスかノーで(答えて)」とただす山本氏に対し、前原氏と枝野幸男官房長官が「法的根拠のない形で支配されている」と答弁。同じ答弁が計15回繰り返され、山本氏は「自民党政権は不法占拠と言っていた」と非難した。

 政府は日韓関係への配慮から、首相や閣僚級の発言では「不法占拠」を明言していない。国会の会議録検索ウェブサイトによると、小泉政権以降の首相、外相で竹島を「不法占拠」と明言したのは07年6月の麻生太郎外相(当時)だけだった。


毎日jp 2011-03-05


D

『あきらめたから、生きられた 太平洋37日間漂流船長はなぜ生還できたのか』武智三繁(小学館、2001年)


あきらめたから、生きられた―太平洋37日間漂流船長はなぜ生還できたのか (BE‐PAL Books)


 2001年夏、繁栄丸船長・武智三繁はたった1人太平洋で遭難、37日間漂流し、救助された。武智は50歳、独身の出稼ぎ兼業の漁師である。彼はいかに肉体・精神の衰弱と孤独に耐え、生還したのか。本書は感動のドキュメンタリーにして、人間存在の限界状況から発した「清澄なる詩(うた)」の記録。「1人で強くしなやかに生き、死ぬ」ための、慰めと励ましに満ちた、現代人必読の書である。

 エンジンが故障し船は漂流、程なく携帯電話に「圏外」の表示が出る。それは同時に、彼が人間世界の「外」に出で、自己の「内的世界」へと出発したことをも意味していた。

 水、次いで食料が底を尽いても武智は焦らず腐らず、「できることは、とりあえずやる」という鉄則を貫く。体力も衰えるなかで、キーホルダーで作ったルアーで魚を釣り、海水をやかんで蒸留して水滴をなめ、果ては小便まで飲む。これ以上ないほど深刻な状況なのだが、彼の言葉には突き抜けた明るさがある。

「……小便をちょっと。舐めているだけなのに。まだ死なない。人間って、案外死なないもんだ。いやまったく。今日も元気だ、小便が旨い。いや、旨くないか。元気でもない。ちっとも、元気なんかじゃない。でも生きてる。生きてる。俺はまだ生きているんだぞ」。たとえるならば「無人島マンガ」のようなユーモア。それは孤独と欠乏とを基調にしながらも、人間存在への素朴で深い思索を喚起する。

「……あきらめが早いって? だけど俺はあきらめたから生きられたんだ」。諦めることは明らめることでもある。ネガティブも極まると、ポジティブに反転する。

 諦念と諧謔(かいぎゃく)、そして常ならぬ平常心。静かな勇気・矜持(きょうじ)を持って生きることの、また大らかな諦観の持つ「壮大な力」を見せつけられる。

悲惨な世界


 この悲惨な世界が運命であるならば私は神を憎もう。宿命であるならば私は過去世を恨もう。しかし私が世界の一部を構成しているならば、私自身に革命を起こすしかない。

ソラノートは悪くないという人の意見

 @kotono8こと松永英明氏にはガックリ。「絵文録ことのは」を以前よく読んでいただけに。私は以下の記事に賛同する。

 この連中は、節度を欠いた軽薄さをも宣伝の武器にしているようなところが窺える。


 尚、既にまとめページもできていた。

ガブリエル・ガルシア=マルケスが生まれた日


 今日はガブリエル・ガルシア=マルケスが生まれた日(1928年)。コロンビアの作家・小説家。架空の都市マコンドを舞台にした作品を中心に魔術的リアリズムの旗手として数々の作家に多大な影響を与える。1982年にノーベル文学賞受賞。97年、メキシコに移住。

百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967)) 予告された殺人の記録 (新潮文庫) エレンディラ (ちくま文庫) コレラの時代の愛 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1985))

ミケランジェロが生まれた日


 今日はミケランジェロが生まれた日(1475年)。イタリアルネサンス期の彫刻家、画家、建築家、詩人。西洋で最も巨大な絵画の一つとも言われるバチカンシスティーナ礼拝堂の天井フレスコ画や『最後の審判』、パオリーナ礼拝堂にある『聖ペテロの磔刑』、『パウロの改宗』でよく知られている。

システィーナのミケランジェロ (ショトル・ミュージアム) ミケランジェロの暗号―システィーナ礼拝堂に隠された禁断のメッセージ システィーナ礼拝堂―甦るミケランジェロ ミケランジェロ全作品集

2011-03-05

統一教会の霊感商法/『霊と金 スピリチュアル・ビジネスの構造』櫻井義秀


 タイトルが上手い。素人向けの宗教社会学ともいうべき内容。真摯かつ真面目な考察。ま、面白味には欠けるわな。


 宗教とカネ。信じる者と書いて「儲ける」とはいうなり(笑)。なぜ信仰にカネがかかるのだろうか? それは宗教が生け贄(にえ)を必要とするからだ。つまりお願い事があるなら、捧げ物を出すのが礼儀だろう。完全前払い制。延長の場合は追加料金が発生する。


 2番目の理由。仏教とキリスト教の場合を考えてみよう。僧侶や聖職者が集団化すると、彼らの生活を支える必要が生じる。ブッダの時代は乞食(こつじき/托鉢とも頭陀〈ずだ〉とも)で食っていた。「お恵みを」ってわけだ。キリスト教の場合はどうだったんだろうね? 中世以降は宗教的世界侵略を実践して貿易事業などを行っていたはずだ。詳細は不明。勉強しておきます。


 檀那(だんな)という言葉は仏教におけるパトロンのこと。寺社は経済的なバックアップで成り立っていた。何となく相撲や花柳界と似ている。中世ヨーロッパのクラシック音楽も同様だ。


 民主主義となった現代ではどうなのか? ま、国家予算を支えているのが税金である以上、会費という形になるのだろう。好きで信仰に励んでいるわけだから、勝手に払えばよい。


 ところがどっこい、そうは問屋が卸(おろ)さない。宗教団体が搾取システムと化しているケースがあるためだ。櫻井はこれを「スピリチュアル・ビジネス」と呼ぶ。


 この後の商売をスピリチュアル・ビジネスと名づけたい。ネットワーク・ビジネスはモノを介在させて人の欲を取引する。スピリチュアル・ビジネスは、商品がスピリチュアルなものであるほか、取引する行為自体がスピリチュアルなサービスにもなる。若い人、生活に不安を抱える人、競争に疲れた人、誰かに何とかしてもらいたがっている人が狙われやすい。不安定な状況にある人ほど、遠い将来の確実だが小さなメリットよりも、今すぐ効きそうなものを求めるからだ。


【『霊と金 スピリチュアル・ビジネスの構造』櫻井義秀〈さくらい・よしひで〉(新潮選書、2009年)以下同】


 単なる「安心代」ならともかく、宗教の名を借りて「不安」を煽る以上、どうしたって高くつくわな。一種の「不安オークション」だ。


 例えば統一教会世界基督教統一教会)を見てみよう。


 ビジネスの最終判断を文鮮明にあおぐ神頼みの商売には厳しいものがあった。そこで、むしろ宗教活動そのものを経済活動に転換できないかと知恵を絞って考案されたのが、姓名判断や家系図鑑定と絡めた商品の販売である。先祖の因縁や霊障を取り除く、或いは開運のためといって、1980年代に韓国から朝鮮人参茶、高麗大理石壷等を輸入して販売した。このやり方が霊感商法として80年代考案から社会問題となった。


 宗教団体が世界展開する場合、どうしても伽藍(がらん)が必要になる。建物がないと法人認可が下りないためだ。で、新たな信徒を獲得するためには少しでも立派な堂宇(どうう)が望ましい。やはりカネが必要だ(笑)。


 現在、統一教会員でも祝福だけでは不十分で、140万円相当の献金をして天一国と呼ばれる天国への入籍証を持たないと天国には入れないと言われている。ちなみに、祝福にも140万円の献金を必要とする。計280万円で天国に行けるのであれば安い買い物だが、統一教会員になることが条件なので、かえって高くつく可能性もある。


「祝福代」ときたもんだ(笑)。神様って強欲なんだね。開いた口が塞がらないよ。つい最近も以下のニュースが報じられた。


統一教会に賠償命令=不法勧誘で8000万円余−福岡地裁


 先祖の因縁などと不安をあおって献金を強要されたとして、福岡県内の世界基督教統一神霊協会統一教会)の元信者の女性が、教会に対し約5億円の損害賠償を求めた訴訟の判決が28日、福岡地裁であった。太田雅也裁判長は「勧誘は害悪を告げて原告を恐れさせ、献金を執拗(しつよう)に迫るものだった」として、一部について不法行為と認め、総額約8160万円の支払いを命じた。

 判決によると、元信者の女性は1999〜2005年、つぼの購入や献金で4億4400万円余りを支払うなどした。

 統一教会側は「献金は自由意思だった」などと主張したが、判決は「霊能力者と称する女性信者が、財産がなくなるまで献金するよう執拗に求め、子どもに危害が及ぶなどと告げた」と認定。約6500万円分の献金などについて違法だったと指摘した。

 統一教会広報局の話 一部といえども請求が認められたことは遺憾です。判決内容を検討し、対応を決めたい。


時事ドットコム 2011-02-28


 統一教会がダメージを受けないのは、保守層にがっちりと食い込んでいるからだ。

 集団は基本的に閉じた体系である。ゆえに「開かれた組織」は実在しない。なぜなら開いてしまえば、それは社会の一部となるからだ。何らかの目的に添って組織が形成される以上、集団は共同体を志向する。


 そんなことがあるのだろうかと訝る人もいるかもしれない。しかし、私達はこうしたことを日常生活や職場、専門家集団において経験している。専門家はそれぞれの分野ごとに独特の言語と論理を共有しており、二、三の専門用語を話すだけで関連する事柄や背景的知識、問題の解決法まで頭に浮かんでくる。専門家集団といえば宗教集団も同じである。統一教会のような閉鎖性の強い集団に入るとなかなか抜けられなくなるのは、教団が物理的な紹介(見張りやスケジュール管理)を置くからではなく、認識の構造は言語体系までも統一教会独特のものしか使わないよう訓練してしまったために、外部の人達とコミュニケーションができなくなり、外へ出ることを信者自身がためらうようになるからだ。


 これは重要な指摘だと思う。企業の社内文化みたいなものだろう。同調圧力。空気、雰囲気、阿吽(あうん)の呼吸。郷に入っては郷に従え。


 専門用語が組織内方言の役割を果たす。「同じ道産子だべさ」というわけ。


【ほうれんそうの原則】──報告、連絡、相談を縮めたものである。自分の行為は全て上司に報告し、信徒どうし連絡を密に行い、事後判断の必要がある場面では全て相談する。統一教会の信徒は自己の裁量で行動することは殆どなく、組織的な判断や指令を優先する信仰実践の毎日である。これは行動のコントロールである。(統一教会のコントロール法)


 企業化する教団の姿が生々しい。あるいは兵士化というべきか。「小野一等兵、現在位置を報告せよ」。活発な宗教行動は、ひょっとすると宗教性に対する自信のなさを露呈しているのかもしれない。


 結局、信徒をマインドコントロールしている教団が行っていることは、「時間とカネの管理」なのだ。経済行為として見れば振り込め詐欺と変わりがない。物語の内容が異なるだけだ。


 あらゆる集団が政治化し経済化することを避けられない。ここに問題の本質がある。詐欺に引っ掛かるのは、合理性を手放した人々であろう。

霊と金―スピリチュアル・ビジネスの構造 (新潮新書)

Marili Machado en korea


 友人のFacebook記事で知ったフォルクローレ歌手。日本語表記ではマリリー・マチャード。他の曲を聴くと、どこかウラジミール・ヴィソツキーと似た趣がある。大衆に直接訴えようとする歌は似てくるのだろうか。それにしても美しい声である。それでいて力強い。


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TWIN BEST フォルクローレ

ダニエル・カーネマンが生まれた日


 今日はダニエル・カーネマンが生まれた日(1934年)。2002年にノーベル経済学賞を受賞。ピーク・エンドの法則で知られる。我々の過去の経験は、そのピーク(絶頂)時にどうだったか、そしてそれがどう終わったかだけで判定する。他の情報が失われることはないが使われない。


ダニエル・カーネマン心理と経済を語る 経済は感情で動く―― はじめての行動経済学 予想どおりに不合理[増補版]

周恩来が生まれた日


 今日は周恩来が生まれた日(1898年)。キッシンジャーは「今までに会った中で最も深い感銘を受けた人物」の一人に数え、「上品で、とてつもなく忍耐強く、並々ならぬ知性をそなえた繊細な人物」と評している。国連事務総長だったダグ・ハマーショルドは「外交畑で今まで私が出会った人物の中で、最も優れた頭脳の持ち主」と証言している。

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周恩来秘録〈上〉―党機密文書は語る (文春文庫) 周恩来秘録〈下〉―党機密文書は語る (文春文庫) 人間・周恩来  紅朝宰相の真実 周恩来・キッシンジャー機密会談録

ローザ・ルクセンブルクが生まれた日


 今日はローザ・ルクセンブルクが生まれた日(1871)。ポーランドに生まれドイツで活動したマルクス主義の政治理論家、哲学者、革命家。 機関紙を発刊し、革命組織スパルタクス団を母体としてドイツ共産党を創設、ドイツ革命に続いて1月蜂起を指導するが、数百人の仲間とともに逮捕、虐殺される。

獄中からの手紙 (岩波文庫) ローザ・ルクセンブルクの手紙―カールおよびルイーゼ・カウツキー宛 (岩波文庫 白 140-1) 経済学入門 (岩波文庫) ローザ・ルクセンブルク思想案内

2011-03-04

『人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス』フロイト/中山元訳(光文社古典新訳文庫、2008年)


人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス (光文社古典新訳文庫)


 人間には戦争せざるをえない攻撃衝動があるのではないかというアインシュタインの問いに答えた表題の書簡と、自己破壊的な衝動を分析した「喪とメランコリー」、そして自我、超自我、エスの三つの審級で構成した局所論から新しい欲動論を展開する『精神分析入門・続』の2講義ほかを収録。

『認知行動療法』坂野雄二(日本評論社、1995年)


認知行動療法


 精神療法、臨床心理学の専門雑誌である『こころの科学』に93〜95年の間、12回に渡って連載された「認知行動療法入門」に加筆修正したもの。

菅政権が続いている本当の理由 前原にも岡田にも致命的欠陥が


 ハニートラップにかかっていても、証拠がなければ首相に不適格と簡単にはいえない。故橋本龍太郎のように、中国のハニートラップが首相就任後に明らかになった例もある。だが公安関係者は次のようにいう。「朝鮮総連、それに韓国の公安筋に証拠の写真やテープがあるという情報がある」。事実なら、前原は首相になれない。


月刊誌ベルダ 2011年3月号

芸能人マネージャーを騙るFacebookスパム


 尚、彼女の友達は全員「北里大学出身」になっている。


Kazumiさんからメッセージが届いています。

Kazumi Muraoka2011年3月5日 6:15

件名: 突然すみません!


実は私、仕事が芸能関係で、某女性タレントとかのマネージャーやってるんです。

今メッセさせてもらったのはタレント本人の希望でどうしてもお話したいと‥。

もしよろしければ少しお時間いただけませんか?

本人は最近まではテレビや取材、雑誌の特集などで忙しく、私から見ても精神的に疲れてるようで・・

お恥ずかしい話、私では彼女をケアできなくて…ここまで心を閉ざすのは初めてなんです。

急なお願いになりますが、彼女を助けてあげてはくれませんか?

実は本人と一緒に友達を探しながら色々辿って見ていたら、

何か感じる所があったらしく、メッセージを出しておいて欲しいな…、と言われました。

私はマネージャーとしてどうにか彼女を支えたいと思い、

事務所に内緒で彼女の要望に答えてあげようと思ったのですが、結局は事務所にばれてしまいました。

当然のことですが、本人がネット上で一般の方に連絡をするようなことは固く禁じられています。

名前も出せないので、本人はfacebookに登録すらすることが出来ません。

ma4@ezweb.ne.jp

ここにメールをしてもらってもいいですか?本人と連絡が取れるように致します。

わたしのfacebookの登録が事務所から見られてしまうと何をしようとしているかが分かってしまう可能性があるので、退会をする予定です。

そうするともうfacebook内で連絡を取る事が出来なくなってしまう為、

メッセージでお返事頂いても私からお返事は返せませんし本人の名前を記録に残るメッセで送ることも出来ないのです。

(名前をネット上で公表したりしてしまった日にはあっさりクビになっちゃいます><)

…もちろん、これは私と本人からの一方的なお願いになりますので、

色々なご事情で彼女と連絡を取って頂くことがご無理であれば仕方ありません。

このままメッセージを削除して頂ければこちらから二度とメッセージを送ることもありませんし、連絡等一切行いません。

でも、来てくれる事を待っています。彼女を助けてください。

ma4@ezweb.ne.jp

メールを頂く事がご無理であればこれでお別れになってしまいますが、また、お会い出来る機会があれば幸いです。

それでは。