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2011-03-02

粉川哲夫、森毅、中村元


 2冊挫折。


 挫折10『シネマ・ポリティカ 粉川哲夫映画批評集成』粉川哲夫〈こがわ・てつお〉(作品社、1993年)/3段組で活字は8ポイントほどか。生半可な分量ではないため後回しにする。粉川サイトのファンなら買って損はない。


 挫折11『魔術から数学へ』森毅〈もり・つよし〉(講談社学術文庫、1991年)/時折関西弁を交えながら飄々とわかりやすい文章を綴っているが、行間から傲然とした態度を感じる。定説に疑義を挟むのは一向に構わないのだが、自説の持ち出し方がどうもおかしい。0に関する記述(74ページ)もデタラメ極まりない。学問に名を借りた放言としか思えない内容だ。


 23冊目『人生と仏教 11 未来をひらく思想 〈仏教の文明観〉中村元〈なかむら・はじめ〉(佼成出版、1970年)/全12巻だが手元にあるのはこれだけ。前半は快調だが、後半の構成がいい加減だ。それでもこの頃の中村は気骨を示している。ただ穏やかな性質のためか、日蓮に対する嫌悪感が綴られていた。全体的に学者としての立場で仏教宣揚を試みているが、このあたりが学者の限界であろう。

偏狭さからの自由/『回想のクリシュナムルティ 第1部 最初の一歩……』イーブリン・ブロー


 著者のイーブリン・ブローは、『変化への挑戦 クリシュナムルティの生涯と教え』のDVDでホスト役を務めていた女性である。多分財団関係者だと思われる。映像で観る限りでは、冷ややかな目つきで傲然とした雰囲気を漂わせていた。いけ好かないタイプのおばさんだ。


 それゆえ本書にもあまり期待していなかった。で、予想通りだった(笑)。私の人を見る目は確かなようだ。


 2部構成の評伝であるが、その半分(つまり本書)を星の教団時代に割くとは、一体どういう料簡(りょうけん)に基づいているのであろうか? クリシュナムルティという巨人の半分を神秘時代が占めているというのか? それとも不可思議な体験をドラマチックに描くことでスピリチュアル系にアピールしようと企図したのか?


 はっきりと述べておこう。星の教団解散以前の歴史は、クリシュナムルティの教えを学ぶ上で無視して構わない。否、無視すべきである。クリシュナムルティが否定した「古い宗教のあり方」に注目すること自体、彼の教えを理解していない証拠である。


 本書で読まれるべきは、多くの証言とクリシュナムルティによる詩の数々である。


 おお、世界よ、

 汝がもし私とともに〈幸福の王国〉に歩み入ることを欲するのなら、

 汝はあの真理にとっての毒──偏見──から自由にならねばならない。

 汝はあまりにも多くの偏見に浸かっている。

 古くからの、そして新しい偏見に。

 汝は自由にならねばならない、

 あの伝統の偏狭さから、

 慣習、性癖、感情、思考の偏狭さから、

 宗教、崇拝、崇敬の偏狭さから、

 民族の偏狭さから、

 家族、所有の偏狭さから、

 愛の偏狭さから、

 友情の偏狭さから、

 汝の「神」とその「神」へ(ママ)近づき方の偏狭さから、

 汝の美の概念の偏狭さから、

 汝の仕事と職務の偏狭さから、

 汝の達成と栄光の偏狭さから、

 汝の報いと罰の偏狭さから、

 汝の欲望、野心、目的の偏狭さから、

 汝の切望と満足の偏狭さから、

 汝の不満と充足の偏狭さから、

 汝の苦闘と勝利の偏狭さから、

 汝の無知と知識の偏狭さから、

 汝の教えと掟の偏狭さから、

 汝の思想と見解の偏狭さから──

 これらのすべてから汝は自由にならねばならない。

 ……

 汝が自由で、拘束されていない時、

 汝の身体がよく統御され、くつろいでいる時、

 汝の眼がその純粋なまなざしですべてを知覚する時、

 汝の心が静穏で愛情にあふれている時、

 汝の精神がよく均衡を保っている時、

 その時、おお、世界よ、

 あの〈庭園〉の扉が、

〈幸福の王国〉の扉が

 開くのだ。(「探究」1927年)


【『回想のクリシュナムルティ 第1部 最初の一歩……』イーブリン・ブロー/大野純一訳(コスモス・ライブラリー、2009年)】


 誰もが幸福を望む。歳月という過酷な波に洗われて、目指す幸福は二つに分かれてゆく。安楽と自由に。


 安楽とは享受する幸せだ。その中身はといえば、所有の欲望を満たすものが殆どだ。「栄光」という言葉は死に絶え、「成功」に取って代わった。ナポレオンのような人物が出てくる余地はどこにもない。


 それに対して自由とは何か? 自らの意志で人生を切り拓くのが自由だ。それは北風に向かって歩く自由でもある。単なるわがままは怯懦(きょうだ)を意味するが、真の自由は強靭な意志に裏打ちされたもので、孤独を謳歌する精神に宿る。


 失っても失っても尚かつ残る何か。周囲が奪おうとしても奪うことのできない何か。たとえ病床にあろうと獄中にあろうと光を発する何か。それこそが真の自由であろう。


 例えば戦争捕虜のこんなエピソードがある──


 メトリンコは、自分が状況をコントロールできるといういうことを学生の見張りに見せつけた。彼は回想している。「私は、祭日に出される特別な料理を食べることを拒否しました。それは宣伝にすぎない、まったくのごまかしだということを、彼らにわからせたかったからです」


【『生きぬく力 逆境と試練を乗り越えた勝利者たちジュリアス・シーガル小此木啓吾〈おこのぎ・けいご〉訳(フォー・ユー、1987年)】


 彼には「断る自由」があったのだ。自由とは人生の主導権を握る行為であるが、かくも厳しい選択をせざるを得ない場合もある。


 また束縛から離れることが自由であるならば、楽な生き方を拒絶するところに本物の幸福が現れるに違いない。


 クリシュナムルティは「偏狭さからの自由」を声高らかに謳(うた)い上げている。星の教団の解散は2年後のことである。何ものをも頼ることなく「犀(さい)の角(つの)のようにただ独り歩め」(『スッタニパータ』)というブッダの言葉と響き合っている。


 私が私に拠(よ)って立つ時、自由の扉は開かれ、現在性を奏でる生の流れが脈々と流れ通うのだ。幸福よりも自由を目指せ。

回想のクリシュナムルティ〈第1部〉最初の一歩…

子どもの犠牲で成り立つ高収益企業グリー

 たとえば福岡県警久留米署は2010年2月、グリーで若い女性になりすましていた暴力団組員が久留米市のアルバイトの女性(16歳)や高校2年生を「友達」のふりをして近づき、おびき出して相次いで強姦していたとして、この組員を強姦容疑で逮捕した。


 GREEは、実はGREEDの「D」が隠れているのかもしれない。Greed for Money(守銭奴)かもしれないのだ。

シモーヌ・ヴェイユ「暴力はそれに屈するすべての人間を物にしてしまう」


 戦争の破壊性は、暴力はどのような場合にも正当化できず、力はどのような状況にあっても常に不当である──シモーヌ・ヴェイユが戦争について至高のエッセイ「『イーリアス』あるいは暴力の詩篇」(1940年)のなかで言うように、「暴力はそれに屈するすべての人間を物にしてしまう」ゆえに不正である──と考えるのでない限り、実際にそう考える者はほとんどいないが、戦争の破壊性それ自体は戦争を仕掛けることに反対する根拠にはならない。


【『他者の苦痛へのまなざし』スーザン・ソンタグ/北條文緒訳(みすず書房、2003年)】

他者の苦痛へのまなざし シモーヌ・ヴェイユの詩学

医療制度の改悪でST(言語聴覚士)による言語訓練が受けられなくなっている


 医療制度の変革で、以前にも増してSTによる言語訓練が受けられなくなっています。私が2002年4月から始めた訪問ケアの目的の一つは、変革によって不利な立場に立たされている失語症者へのサービスを行うことです。訓練の時間も病院では長くてもたいがい40分程度と思われます。人によっては、“何もしていないうちに終わってしまった”と、いう印象だけが残ってしまうでしょう。

 ST(言語聴覚士)自身も多くの患者さんを次から次へと、時計をチラチラ見ながら“こなして”いかざるをえません。コミュニケーションを楽しもうというゆとりはないと思います。


【『失語症者、言語聴覚士になる ことばを失った人は何を求めているか』平澤哲哉(雲母書房、2003年)】

失語症者、言語聴覚士になる―ことばを失った人は何を求めているのか

ジョン・アーヴィングが生まれた日


 今日はジョン・アーヴィングが生まれた日(1942年)。19世紀的な「物語の復権」を目指した作家といえる。彼が発表する作品のほとんどは主人公たちによる人間喜劇のような波乱万丈のストーリー展開が特徴。小説は次々に映画化されて話題となり、現代アメリカ文学を代表する作家となった。

ニュークリア・エイジ (文春文庫) ホテル・ニューハンプシャー〈上〉 (新潮文庫) ホテル・ニューハンプシャー〈下〉 (新潮文庫)


オウエンのために祈りを〈上〉 (新潮文庫) オウエンのために祈りを〈下〉 (新潮文庫) サイダーハウス・ルール〈上〉 (文春文庫) サイダーハウス・ルール〈下〉 (文春文庫) 

「廃墟時計」をデスクトップの壁紙にする


廃墟時計」をご存じだろうか? 廃墟に設置されたままの、既に死んでしまった時計たちの画像を集めることで、新しい生を吹き込んでいる。彼らが最後に告げた時刻が「現在」を告げる時、生と死が渾然一体となって豊かな時間を生み出す。


 実は最近になってFacebookを使い始めたのだが、「廃墟時計をデスクトップの壁紙にできないだろうか?」とポストしたところ、速攻で熊本の友人が教えてくれた。無事設定できたわけだが、Googleの広告まで付いてきた。再び「広告を消す手はないのか?」と尋ねた。そう。私は教えて君だ。甘える時は徹底している。


 すると、熊本の友達がプログラム開発者に連絡を取ってくれた。そして何と広告を外してくれたのだ! 持つべきものは熊本の友人である。


 ではパソコン初心者のために設定方法を教えて進ぜよう。(※Windows XP


 まずはスタート→コントロールパネル→画面をクリック。


 次にタブの「デスクトップ」を開き、ここで背景色を「黒」にする。


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 そしてデスクトップ項目の「Web」→「新規」、


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 ここにURL(http://www.madin.jp/haikyo/)をコピー。


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 たったこれだけで、こうなる──


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 凄い! 凄すぎる!!! デスクトップを好きなだけ眺め続けるがいい(笑)。あなたのパソコンが「滅びの美学」を奏で始める。


 尚、デスクトップ上部にポインタを当てると、設定を変えることができるようになっている。