川口有美子
1冊読了。
29冊目『逝かない身体 ALS的日常を生きる』川口有美子(医学書院、2009年)/「シリーズ ケアをひらく」の一冊。第41回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品。ALS(筋萎縮性側索硬化症)はルー・ゲーリック病とも呼ばれる。簡単にいえば筋肉が死んでゆく脳神経疾患である。スティーヴン・ホーキングでALSを知った人も多いことだろう。川口は元教員とのことだが、それにしても文章が上手い。各章のエピグラフも秀逸だ。ALSは過酷な病気で最終的に身体が全く動かなくなる(TLS:Totally Locked-in State/眼球だけが動く状態は閉じ込め症候群という)。人工呼吸器を装着しても最後は心臓の筋肉が死んでしまう。川口は母の介護をしながらヘルパー事業所を立ち上げているので知識も正確だ。ジャーナリストが取材してもこれほどの作品に仕上げることは多分困難であろう。傑作といってよい。しかし、である。私はこの人が好きになれない。ほんのわずかではあるが嫌な匂いを発している。これは彼女と母親の関係に由来していると思う。ま、普通の人なら全く感じないだろうから、安心して読み給え(笑)。
テレビは家族がお互いに向き合わないで済むために発明されたものだ
以前、私は、「テレビは、家族がお互いに向き合わないで済むために発明されたものだ」という意味のことを書いたことがある。正直に言って、この見解は、ただの当てずっぽうであったのだが、意外なことに、正しかった。
説明しよう。
実は、1週間ほど前から、ある事情で、妻が入院しているのであるが、以来、私は、ほとんどテレビを観なくなっているのである。普通に考えれば、独り暮らしの人間の方がテレビを多く観そうなものだが、実態は違っているのだ。
「ってことは、オダジマさん、あなたはこれまで主に奥さんと口をきくのが面倒だという理由において、テレビを観ていたのですか?」と、正面切って問われると答えに窮するが、正直に答えれば、8割はイエスだ。
考えてもみてほしい。
四角い狭いマンションの部屋のようなところに二人以上の人間が暮らしていると、空気はどこまでも濃密になる。特に、ひとつの部屋で二人の男女が沈黙していたりすると、部屋の空気はほとんど液体に近い密度を獲得するようになる。えら呼吸ができない人(できる奴もいる)は、窒息して死んでしまいかねない。
で、私は思うのだが、この空気を薄めてくれるのがテレビなのだ。
テレビのスイッチを入れる。
武田鉄矢が説教を垂れている。
「嫌な野郎だなあ」
と私は妻に言う。
「ほんと、毛の生えた足の裏みたい」
と、妻が答える。
こうして、我々は共通の敵を獲得することによって、当面の平和を実現し、共存の道を歩み始めるのだ。
仏の顔もサンドバッグ