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2010-07-24

「グアム移転先送り」は妙なニュースだ


沖縄海兵隊、2014年までのグアム移転断念


 沖縄に駐留する米海兵隊約8000人のグアム移転について、日米両政府が「2014年」で合意した移転完了期限について、米政府が達成を事実上断念したことが22日、明らかになった。

 米領グアム政府に22日(現地時間)に説明し、日本政府にもすでに伝達した。海兵隊のグアム移転は、沖縄の米軍普天間飛行場移設と並び、日米が06年5月に合意した「再編実施のための日米ロードマップ(行程表)」の柱の一つで、「普天間移設の実現とセット」(米国防総省)と位置づけられている。計画遅延により、普天間が現在の沖縄県宜野湾市に固定化する恐れが一段と強まりそうだ。


YOMIURI ONLINE 2010-07-23


米軍再編に「負の連鎖」危惧…グアム移転先送り


 米政府が沖縄に駐留する米海兵隊約8000人のグアム移転の2014年の達成を事実上断念したことは、グアムの軍事施設と民間インフラ整備の財政支出が事前の予想を上回るうえ、整備の長期化が避けられないとの見通しになったことが背景にある。

 米議会では、長引くアフガニスタン戦争と景気低迷で、国防予算の削減を求める声が強まっている。移転の遅延は沖縄の基地負担軽減にかかわる米政府の西太平洋地域の米軍再編全体にも影を落とすことが予想される。

 グアム移転先送りの発端は、グアム政府の強い反発だった。米国防総省は昨年11月、環境影響評価の素案を発表したが、これに対しグアム政府のカマチョ知事らが民間インフラ整備の計画を強く求めた。

 整備には一定期間が必要なうえ、予算がふくらむのは確実で、米政府や議会内では、現状ではグアム移転の見通しが立たないとの見方が強まったという。これにより、11会計年度の予算法案では、軍事施設建設に関するグアム移転費が大幅削減される結果となった。米議会では「議員たちが予算の削減対象を血眼で探している状態」で、グアム移転の予算にその矛先が向けられたともいえる。

 日米関係筋は、こうした動きを、「普天間移設とともに『負の連鎖』が続き、米軍再編全体が縮小均衡に陥る可能性がある」と強い危惧(きぐ)を示した。


YOMIURI ONLINE 2010-07-23


「グアムでの駐留がアジア太平洋における抑止力を強化すると両政府は認識」(2006年「在沖縄海兵隊に係る協定」)→4月30日に北マリアナ連邦議会は全会一致で普天間飛行場誘致を決議している。【幻のグアム案

 で、紛らわしいのはグアムは米国の自治領で、北マリアナ諸島は米国の保護領となっている。


海兵グアム移転、14年期限を延長=インフラ不足で「困難」−米国防総省


 米国防総省は22日、在沖縄海兵隊グアム移転に関する環境影響評価の最終報告書概要を地元グアム側に提示した。人口増に伴うインフラ不足が予想されるため、2014年の移転完了期限を守るのは困難として、延長する方針を示した。

 グアム移転の期限をめぐっては、インフラ整備の遅れや環境への影響を懸念し、地元知事や有力上院議員らが米政府に再考を促してきた経緯がある。06年の日米合意でセットとされた米軍普天間飛行場移設も14年の代替施設建設完了が困難視されており、両政府は今後、新たな対応を求められることになりそうだ。 

 報告書概要は、海兵隊員8000人以上とその家族、基地建設労働者ら大量の流入により、電力や水道、道路・港湾の容量が足りなくなるとの地元の懸念に言及。グアムの現状では「14年(の移転完了)という急速なペースで基地建設するのは難しい」との認識を示した。

 その上で、地元住民の生活に影響を及ぼさないよう軍、政府、グアム当局が建設のスピードと手順を調整する方針を表明。これにより「期限は延長され、より管理可能なものになる」と結論付けた。

 生活インフラの整備は日本が負担する7億4000万ドル(約645億円)を使うと説明した。


時事ドットコム 2010-07-23


 元々は鳩山前首相もグアム移転を望んでいた。


「ま、最終的に辺野古に戻ってしまったと。で、あのー、総理は、最後までですね、えー、直前まで私、話しておりましたけれども、やはり県外、国外を目指したいというお気持は強かった、ですね。1ヶ月前ぐらいにも、『総理は本当は、どこにしたいの、ホントーはどこにしたいの』って、お聞きすると、『グアム』とか、ちっちゃい声でおっしゃったりするわけですよ」(辻元清美


 野中広務の爆弾発言が真実味を帯びてきた。

2010-06-03

【衝撃事件の核心】見逃されたSOS…両親からの虐待で死亡した7歳男児の阿鼻叫喚


 新たに「虐待」というカテゴリーを設けた。匿名報道が私の個人的信条ではあるが、虐待のニュースに関しては加害者の実名を挙げることに何の痛痒(つうよう)も覚えない。仮に反省したとしても絶対に許すべきではないと考える。一度犯した罪は償(つぐな)うことができない。「償える」と錯覚するのは単なる甘えだ。もしも罪が償えるのであれば、善悪は経済の範疇(はんちゅう)になってしまうだろう。そもそも善行や悪行を足したり引いたりできるわけがないのだ。私は死刑反対論者であるが、幼児虐待や幼児性愛者は死刑にすべきだと考える。


「パパにぶたれたけど、ママは見ても何も言わない…」。虐待のサインは“無視”された。東京都江戸川区の男児はわずか7年で生涯を閉じた。正座をさせられた状態で継父と実母に顔を繰り返し殴られた男児。学校や区も暴行の事実を確認しながらも、両親の「しつけ」という言葉に押し切られた。男児の悲痛な声はどこにも届かなかった。悲しすぎる。


「食べるの遅い」 正座させて顔を平手打ち


 トタンのようなグレーの外壁に、茶色っぽい屋根。見るからに老朽化が進んだアパートは、風が吹くとカタカタと音を鳴らす。

 1月23日午後8時ごろ、このアパートの2階で区立松本小学校1年、岡本海渡(かいと)君(7)は正座させられていた。その小さな体を、電気工の継父、健二容疑者(31)と、実母の千草容疑者(22)が見下ろしていた。

「ごはんを食べるのが遅い!」

 捜査関係者によると、2人はそんな些細(ささい)な理由から海渡君に約1時間にわたり暴行を加えたとされる。2人は海渡君を正座させたまま、顔を10回くらい平手打ちした。健二容疑者はさらに足を4、5回けりつけたという。

「子供がぐったりしている」

 千草容疑者が119番通報したのは午後9時10分ごろ。海渡君は病院に緊急搬送されたが、打撲の痕などから不審に思った救急隊が110番通報した。通報を受けた署員が病院に駆けつけたとき、海渡君は心肺停止状態だった。懸命の救命措置でいったんは蘇生(そせい)したものの、翌24日午前7時ごろ、短い生涯を終えた。

 健二容疑者と千草容疑者が病院にいたため、署員がその場で事情を聴いたところ、2人は暴行の事実を認めたのだが…。

「普段から食べるのが遅く、きちんと食べるようにしつけていた。今回もしつけの一環でやった」

「日ごろからウソをついたり、素直に謝らなかったりしたときはビンタしていた」

 2人の口から出た言葉は、虐待する親の常套(じょうとう)句である「しつけ」だった。健二容疑者は「男の子だから、厳しくしつけていた」とも説明した。

 遺体の腕や肩、胸、足といったいたるところにあざがあった。背中には多数のやけどの痕残っていたという。

「比較的、古い感じの傷があった。長い期間、虐待が繰り返されていた疑いがある」

 捜査幹部はまゆをひそめた。

 警視庁小岩署は2人を傷害容疑で逮捕。司法解剖で死因は不明だが、同署は容疑を傷害致死に切り替えて虐待の実態を調べるとともに、病理検査で死因の特定を進めている。


「もう殴らない」をうのみにした学校


 千草容疑者は中学3年の15歳のとき、海渡君を出産した。千葉県内の実家でシングルマザーとして育児を続けたが、母親に海渡君を任せて、千葉市内の飲食店で働くようになったという。

 その店に客として訪れていたのが健二容疑者だった。客と従業員の間柄から恋愛関係になり、千草容疑者は海渡君を実家に預けたまま、健二容疑者の家に住むようになった。昨年2月に入籍し、4月から海渡君を引き取って3人で暮らし始めた。

「入学式のときだったかな。3人でおめかしして歩いていた。奥さんと海渡君は手をつないでいて、『記念写真を撮ってきたんだぁ』と喜んでいた」

 近くに住む女性はこう振り返る。3人で買い物をする様子もたびたび見られており、はた目には仲の良い家族にみえたという。

 だが、昨年夏ごろから状況は変わったようだ。

 近所の人たちによると、アパート付近で子供の「ギャー」という泣き叫ぶ声、男の怒声、ドスンという大きな物音が聞こえるようになった。

「パパにぶたれた。ママは見ているだけで、何も言わない」

「何も悪いことをしていないのに、ぶたれた」

 昨年9月4日、海渡君が近くの歯科医院を訪れたときだった。歯科医師の男性が足などのあざに気が付いて問いただすと、海渡君はこう打ち明けた。

「自分の保護者である両親から虐待されていることを打ち明けることは、とても勇気のいることだ。それだけ、海渡君は追い詰められていたのではないか」(捜査関係者)

 歯科医師は同月14日、虐待情報を受け付ける同区の「子ども家庭支援センター」に通報。連絡を受けた松本小は、小原サナヘ校長(60)や担任教諭(28)らが17日に家庭訪問を行う対応を取った。

 その際、姿を見せた海渡君の顔はパンパンに腫れ上がっていたという。

「うそをついたので、しつけの意識で殴った。二度と殴らない。男の約束だ」

 学校や区側は健二容疑者の言葉を額面通りに受け取り引き下がった。

 児童虐待防止法により強制立ち入り調査や被害者の一時入所などの対応を行う児童相談所には情報提供したのみ。具体的な対応を求める「通告」という手続きを行わなかった。

「これで解決というつもりではなかったが、『二度とやらない』という確認をとっており、保護者との信頼関係があり、見守り続けたいということで…」

 同区の丸山みどり児童女性課長は当時のことをこう説明する。

 児童虐待に詳しい東海学院大学人間関係学部の長谷川博一教授(臨床心理学)は、こうした対応を厳しく批判する。

「学校や区の対応が理解できない。『しつけのためにやった』という言葉は一番危険度が高いし、母親が虐待を止めようともしない時点で危ない状況だ」

 健二容疑者が「男の約束」という言葉を使っていたが、長谷川教授によれば、「よくも約束させたな」と、健二容疑者が海渡君に責任転嫁し、さらに虐待のリスクが高まった可能性もあるという。


繰り返される連れ子の虐待死


 海渡君の欠席は家庭訪問後、目立つようになった。学校によると、昨年9月以降、「風邪」や「家の都合」、「頭痛」といった理由で85日の出席日のうち31日欠席した。10月には11日連続で欠席していた。

 それでも学校は虐待の可能性を疑わなかった。小原校長は「暴力を振るわないと約束していた。子供がもし、実際にそういうことに遭っていたのであれば、担任に話をしてほしかった」と釈明する。

 子供にそんな相談ができるだろうか。相談がなかったから、気づけなかったという学校側の対応は常軌を逸していると言わざるを得ない。

 海渡君のような連れ子が虐待され、命を落とすケースは後を絶たない。

 平成20年1月、妻の連れ子だった無職の長男(16)を木製のハンガーで殴打するなどして死亡させたとして、川崎市内の会社員の男(39)が神奈川県警に逮捕された。男は「言うことを聞かなかったので殴った」と供述した。

 昨年4月には大阪市西淀川区の小学4年の女児(9)が虐待で衰弱した状態でベランダに放置され、死亡した。保護責任者遺棄致死や死体遺棄容疑で母親(34)と内縁の夫(38)が大阪府警に逮捕された。内縁の夫は女児へ日常的に虐待を繰り返し、母親は黙認していたとされる。顔の傷を隠すために学校に登校させないこともあったという。

 連れ子のほうが一般的に虐待されるリスクが高いとされる。

「連れ子を愛せず、自分の思い通りにならないと邪魔だと思って虐待してしまうことがある。実の親も再婚相手を失いたくないという思いや、自分に暴力の矛先が向くことへの恐れから、虐待に追随するケースもある」(長谷川教授)。


 繰り返される児童虐待。海渡君は事件数日前、近所の人に「お父さんからいじめられていないか」と聞かれたとき、「いじめられてません」と答えたという。

 健二容疑者に気に入られたいというけなげな思いだったのか、そのことが健二容疑者に知られたらまた虐待されると思ったのか。

 海渡君の遺体は千葉県内に住む千草容疑者の母親が引き取り、28日に葬儀が執り行われたという。

 健二容疑者は「子供が亡くなってしまい悲しい。やりすぎてしまった」と反省の言葉を述べ始めているというが、海渡君が死の間際まで味わった恐怖は「やりすぎ」では片づけられない。


産経ニュース 2010-01-31


 注意すべきことだが、虐待にまつわるニュースにおいて新聞やメディアがジャーナリズムとしての役割を果たすことは、まずない。彼等はただの覗き屋である。この記事にしても同様で、学校や児童相談所に責任をなすりつけて自分は頬かむりしている。直ちに法改正をして、虐待通報があった場合は警察が介入すべきだ。

2010-05-29

国家権力によって沖縄県の民主主義が葬られた


 今回の沖縄県米軍基地普天間移設問題で明らかになったのは、国家権力によって沖縄県の民主主義が葬られたという事実であろう。民主主義なんて代物は所詮この程度のものだ。沖縄県民以外は、「どうせ今まで我慢してきたのだから、もう少し我慢してよ」と心のどこかで思っている。琉球王国(1429-1879年)は薩摩藩に侵略され、沖縄県は1972年までアメリカに支配された。我々は不幸な歴史は知っているものの、不幸な歴史を生きたことがない。


 28日、消費者・少子化相の福島瑞穂が名護市辺野古への移設を明記した閣議決定に反対し、鳩山首相から罷免(ひめん)された。福島を評価する向きもあるが、これは社民党的短絡平和主義か、あるいは参院選に向けたアドバルーンであろう。特に最近の世論調査ではみんなの党が支持率を上げていることもあって、社民党はそれ相応の危機感を抱いてきたことだろう。


 私は沖縄が大好きだ。りんけんバンドの筋金入りのファンでもある。ゆくゆくは故郷の北海道よりも沖縄に住みたいと考えている。弟夫婦も沖縄にいる。権力者はきっとこう考えているのだろう。「番犬を家の中で買うわけにはいかない。玄関先で飼うのが当然だ」と。


 政治は既に人気取りというレベルに堕している。参院選という次の徒競争に向けて、利用できるものは何でも利用しようとするのが政治家の本能だ。彼等の言説に耳を貸すような愚かな真似だけはしたくないものだ。


 武力が劣って侵略された沖縄に、武力が押しつけられている。これを傍観しているのは、米軍基地のない地域に住む日本国民だ。もちろん私もその一人だ。実に耐え難い事実である。

2009-04-11

信用創造のカラクリ


 我々の社会における「信用」とは何であろうか? 本来であれば人柄が織りなす言葉や行動に対して向けられるべきものだが、実際は違っている。資本主義社会における信用とは、「どれだけのお金を借りることができるか」という一点に収斂(しゅうれん)される。信用=クレジット(credit)。つまり、“与信枠”を意味する。もちろん、ヒエラルキーの構成要素もこれに準じている。


 資本とはお金のことだ。で、お金は銀行にある。資本主義経済において銀行は心臓の役目を担っている。続いて銀行の機能を紹介しよう。


 一言でいえば、「銀行とは、準備預金制度のもとで信用創造を行う業態」のこと。話を単純にすれば、「銀行が日銀に金を預ければ、その1000倍貸し出しても構わないよ」(※「準備預金制度における準備率」〈500億円超〜5,000億円以下〉を参照)という仕組みになっている。上手すぎる話だ。私にも一口乗らせて欲しい。これに関する苫米地英人の名解説が以下――

 すると理論的には以下のようなことも可能となる――


 例えば、銀行は1ドルの資本につき、12ドルの貸付をするかもしれない。なぜこれが可能かと言えば、貸し出された資金は使われるか、再び銀行システムに預けられるのかの、いずれかだからだ。使われた場合、その資金は再び使われるか、再び預けられる。貸し出された資金はすべて預金として戻ってくるため、再び貸し出すことができる。理論的には、1ドルの資本で世界中の貸付金を賄うことも可能だ(実際にこれを試みる人たちもいる)。


【『ギャンブルトレーダー ポーカーで分かる相場と金融の心理学』アーロン・ブラウン/櫻井祐子訳(パンローリング、2008年)】


ギャンブルトレーダー――ポーカーで分かる相場と金融の心理学 (ウィザードブックシリーズ)


 2007年7月27日からマーケットにサブプライムショックが襲い掛かった。そして昨年9月15日に米大手証券会社のリーマン・ブラザーズが破綻し、世界最大の保険会社AIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)が危機に見舞われた。


 一連の出来事を、「週刊スモールトーク」のR.B氏が絶妙な例えで解説している――


 ここで、今回の問題を整理しよう。個々は複雑だが、全体はいたってシンプルだ。身なりのいいセールスマンが、「100円+50円」と書かれた紙切れを売りさばいていた。曰く、

「この証書を100円で購入すると、1年後には150円になりますよ」

「集めたカネで宝くじを買って、それで支払うつもりです」

「大丈夫かって?」

「ご心配無用。保険をかけてありますから」

「宝くじにはずれても、保険会社が払ってくれますよ」


 こうして、セールスマンはこの紙切れを、世界中に売りさばいたが、運悪く? 宝くじははずれてしまった。ところが、あてにしていた保険会社は、額が多すぎて払えないという。金融世界を守る最後の砦が、いとも簡単に崩壊したのである。


【「世界恐慌I ビッグ3ショック」】


 結局のところ、問題の本質は「信用バブル」にあったという鋭い指摘だ。


 色々とネットを調べていたところ、物凄い動画を発見した。私がダラダラと何かを書くより、こちらを見た方が100倍以上も有益だ。タイトルは「Money As Debt」(負債としてのお金)。メディアが絶対に指摘しない資本主義システムの欺瞞が暴かれている。→Money As Debt

2009-03-17

エホバの証人の輸血拒否


 昨日、リンクした「NATROMの日記」に関連記事があったので紹介しよう(時系列順)。

 Wikipediaによれば、この他にも兵役拒否、国旗敬礼・国歌斉唱を忌避、他宗の儀式へは参加しない、といった特徴的な行為が挙げられている。確か選挙の投票もしないはずだ。性行為もかなり規制されている。たとえ夫婦であったとしてもだ。


 実は個人的にエホバの証人が好きだ。今まで会ったエホバの人々は皆いい人だったからだ。それも、すこぶる付きの。聖書も実によく研鑚している。


 世界の諸問題の基底に共通しているのは欧米列強による帝国主義的思想であり、それを支えているのはキリスト教である――というのが私の持論である。それでもエホバの人々には好感を抱いている。


 しかし、輸血拒否となるとまた別の話だ。近頃、ろくでもないエホバ信者と遭遇した。独善を絵に描いたような人物だった。友人にその話をしたところ、「注射器を持っていって、おもむろに輸血してしまえよ」と言われた。嫌がらせという点では完璧だ。


 彼等がなぜ輸血を拒否するのか私は知らない。多分、神様がつくったものに対して勝手な人為を加えるのはダメだ、ってな話なのだろう。それはそれで宗教的整合性はある。だが致命的なことに、「神様がつくった」という証拠がない。証拠が出たら出たで、「じゃあ、神様をつくったのは誰なんだ?」という方向に議論は発展する。


 エホバ信者は“血の滴るようなステーキ”を食べないのだろうか。食料に混じっている血は無視できるのだろうか。はたまた、彼等の目にはドラキュラがどんなふうに映っているのだろうか。


 教義を盾(たて)にして、助かるべき命が助からなかったとすれば、それは「人命よりも教義に価値を置く」教えであり、「教義のために人間を犠牲にする」思想であると言ってよい。


 もっと簡単に説明しよう。輸血をしたエホバ信者がいたとする。教団はこの信者をどのように扱うだろうか。きっと「異端」の烙印(らくいん)を押すのだろう。多分、ノアの箱舟には乗せてもらえないことになる。つまり、教義が「差別意識を助長」してしまうのだ。そもそも、エホバの証人自体がクリスチャンの間では異端視されているわけだから、異端×異端=正統となるような気もする。


 神様が人間をつくったとすれば、神様はよほど不器用だったのだろう。全知全能の看板に偽りあり。


【追記 3月18日】「鰤端末鉄野菜 Brittys Wake」(元エホバ信者の方)によれば、「『血を避けろ』と聖書に書いてあるから」というのが輸血拒否の理由らしい。更に「実はエホバの証人も輸血OKだった時期があった」というのだから驚き。コロコロと変わる教義を律儀に守っている信者が気の毒だ。