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2008-01-03

『親なるもの 断崖』曽根富美子


 日本漫画家協会賞の優秀賞に輝き、曽根富美子の名を不動にした名作を読んだ。長らく絶版になっていたが、やっと復刊された。昭和初期の遊郭が史実に基づいて描かれている。


 一度目で挫けた。意を決して再読したが、私の精神力が耐え切れず、飛ばし読みをするのがやっとだった。“地獄”という名の現実が、そこにあった。


 貧困が罪であることを思い知らされた。16歳で幕西(まくにし)遊郭に売られた松恵は、着いたその日に客を取らされ、首を吊った。


 青森から室蘭へ4人の少女を引き連れた男は言った――


 地球岬(ポロ・チケウ)――


“親である(ポロ)断崖(チケウ)”

 という意味だ

 少しはなれたところに

 そら あそこが

 ポン・チケウ

“子供である・断崖”だ


 死にたくなったら

 断崖(ここ)に来い


 どの土地にも

 その土に

 血をにじませながら

 生きた者がいる

 よく

 見ておけ

 これから

 おまえたちが

 創って

 いくであろう

 この土地を!

 決して

 見失うな

 自分の存在を

 そして

 犬死はするな!


銀と金』(福本伸行)は想像力から生まれた作品だ。しかし、この物語は現実なのだ。


「性の奴隷」と言うことは簡単だ。だが、彼女達が実際に感じた痛み、振るわれた暴力、酒臭い臭い、投げつけられた言葉、不安、迷い、絶望を想像することは不可能だ。


 松恵は生きることを拒否した。他の娘は、それでも生きる道を選んだ。もはや、善悪の領域を超えている。


 もし私だったら――当然のように暴力に訴えたことだろう。何のためらいもなく女将(おかみ)を殺し、遊郭に火を放つ。そして、命ある限りテロ行為を繰り返す。生きるためなら、どんな犯罪にでも手を染める。絶対に大人しくしているつもりはない。


 わずか80年前の現実である。発展途上国では今でも同じ目に遭っている女性が数多くいることだろう。「援助交際には、まだ救いがある」と思わざるを得なかった。現代の少女達には、まだ金品という目的があって、自発的に行なっているのだから。貧困を理由に人身売買された少女達とは、明らかな相違がある。


 経済を支えているのは欲望だ。社会に貧困があると、下劣な欲望に応じる商売が出回る。需要と供給をとりなすものは金だ。貨幣というのは、そもそも交換手段に過ぎなかったはずだ。それがいつしか目的と化して、持てる者は何でも手に入り、持たざる者は人生までを売らざるを得なくなった。


 聡一がお梅に言う――


 無学なのを

 当たり前だと

 思うな!


 女性とは

 すばらしいものだ

 男にはとうてい

 かなわない強さが

 ある


 今のおれには

 おまえに何にも

 してやれない

 だけどきっと

 おまえをここから

 出してやる!


 忘れるな!

 新しい時代を

 生み出すのは

 女性であることを!


 本流は

 女性だ!!


 本流は

 女性だ!!


 この言葉に救いがあったのかどうか――私は答えを見出せないでいる。

親なるもの断崖 第1部 (1) (宙コミック文庫) 親なるもの断崖 第2部 (2) (宙コミック文庫)

2006-09-12

『銀と金』福本伸行

 43年生きてきたが、よもや、これほどの漫画に出くわすとは思わなかった。


 私の心は痺れた。そして、魂を撃ち抜かれた。


「素人同士が刀で斬り合いをすると、みな腰がひけて刃(やいば)が人間に届かないそうだ。人を斬るには刃(は)で斬ろうとしてはダメで、柄(つか)で斬るくらいで、はじめて人間に刃が届くという。柄で斬る、つまり踏み込むということだ。真剣勝負というのはそういうもの。わしは踏み込み、森田君は退(さ)がった」(第6巻)


「理に頼ると、今と同じ過ちを何度でも繰り返す。永遠……。ギャンブルでの決定的瞬間で見あやまる。一歩先にある勝利をつかめない。とどのつまり、理ではダメなんだ。最後の一線は越えられない。では、何によって超えるかというと、狂気だ……! 最後の一線は……心に狂気を宿して、初めて越えられる……!」(同)


 丸山健二も及ばぬ言葉の数々。


 そして、私は第9巻末尾の邦男の科白(せりふ)を読んだ瞬間、本を閉じ嗚咽を漏らした。嘘偽りない話だ。そしてもう一度同じ科白を吐いた時、私は顔を本に当てて泣いた。


 男であれば読め。女は読まなくていい。


 今夜は眠れそうにない――。


銀と金―恐怖の財テク地獄変 (1) (アクションコミックス・ピザッツ) 銀と金―恐怖の財テク地獄変 (2) (アクションコミックス・ピザッツ) 銀と金―恐怖の財テク地獄変 (3) (アクションコミックス・ピザッツ)


銀と金―恐怖の財テク地獄変 (4) (アクションコミックス・ピザッツ) 銀と金―恐怖の財テク地獄変 (5) (アクションコミックス・ピザッツ) 銀と金―恐怖の財テク地獄変 (6) (アクションコミックス・ピザッツ) 銀と金―恐怖の財テク地獄変 (7) (アクションコミックス・ピザッツ)


銀と金―恐怖の財テク地獄変 (8) (アクションコミックス・ピザッツ) 銀と金―ハイリスク・ハイリターン!! (9) (アクションコミックス・ピザッツ) 銀と金―ハイリスク・ハイリターン!! (10) (アクションコミックス・ピザッツ) 銀と金―ハイリスク・ハイリターン!! (11) (アクションコミックス・ピザッツ)

2001-12-28

『同じ月を見ている』土田世紀


永遠を見つけるための生き方


 泣ける。涙が噴き出すという形容が大袈裟でないほど泣ける。既に5回読んだが、それでも泣ける。


 少年の心を失わずに生きた男の物語だ。男の名は水代元(みなしろげん)。子供の頃から“ドンちゃん”と呼ばれている。母親は既に死んでおり、飲んだくれの父親から虐待されながらの極貧生活。鼻腔が大きく膨らみ、厚ぼったい唇をしたその相貌はやや動物的だ。


 ドンちゃんは幼い頃から人の心を読み、それを絵にした。ある時は喜ばれ、またある時は嫌悪された。


 近所に住む大使館員の娘エミと知り合う。難病の少女エミは、会った途端、ドンちゃんに心を開く。テッちゃんを含めて3人で遊ぶ楽しい日々――。エミの誕生日にドンちゃんは似顔絵を書いた石をプレゼントする。少女は、20歳(はたち)になるまで毎年、私の絵を描いて欲しいと望む。それを希望に、少しでも輝いて生きたかったのだ。


 エミ、20歳(はたち)の誕生日。その約束を果たすためにドンちゃんは少年院を脱走する。だが、周囲の人間は打算と利害という苦い水を飲んで大人へと変わっていた。変わらぬドンちゃんを受け容れることのできないテッちゃん。ドンちゃんを殴りながら、自分の欲望を吐き出す姿の何と醜悪なことか。テッちゃんは、ドンちゃんがエミを自分から奪い取りにきたのだと邪推した。


「シットより…好き…………大事……こと」(1巻176p)


 と、本気で思っているドンちゃんは殴られながらも、テッちゃんを恨むことはなかった。ドンちゃんは少年時代を回想しながら、


「テッちゃんは…………ずっと優しくしてくれた。

 俺のこと汚い…臭いって言わなかったもんな…

 遊んでくれたもんな…

 俺……よかったな…

 いっぱい楽しい想い出できたもんな……」(2巻38p)


 と泣きながら微笑む。そんなことが現実にはあるはずがないと嘲笑うのは簡単だ。馬鹿馬鹿しいと本を閉じる人もいるかも知れない。だが、殴られても尚、感謝せずにはいられないほど、ドンちゃんの孤独の闇は深かったのだ。駆けつけたエミは後ろ姿のドンちゃんと一瞬、目を合わせただけでドンちゃんからのメッセージを余すところなく理解する。


 キャッチバーで知り合った金子とドンチャンは盃(さかずき)を交わし、義兄弟の契りを結ぶ。鉄砲玉の役目を命じられた金子が、死んだ兄貴分の妹・雪恵の行く末を案ずる。自分に万一のことがあったら雪恵を頼むと言われた瞬間、ドンちゃんの顔は一変する(3巻110p)。


 組長を殺害するよう説き伏せられた金子は、最初からその指示を出した坂崎を殺すつもりだった。金子の企てが失敗し、組長が撃たれようとしたその時、ドンちゃんが身体を投げ出し、銃弾は左胸を貫通した。時を同じくして手術を受けたエミも昏睡状態となる。ここで前半のクライマックスとなる。二人は同時に臨死体験をする。安否を気づかう組長と金子が座るベンチの横を少年時代のドンちゃんが駆け抜ける。病院の窓から飛び出したドンちゃんの生命はそのまま大宇宙に漂う。エミはその姿を見つめながら身悶えする。


 そこには母がいた。母は微笑みながら両手を差し出す。


「おいで、もういいんだよ。

 その人達のことはもう忘れなさい。

 真から心を開けばそこに人はどんどん汚れたものを放り込んでくる。

 よくこらえたね、元」(4巻76p)


 地球を見下ろす高みでドンちゃんは母の胸で泣く。


「元……あんたは少し欲張りだったね。

 あんたが欲しがっていたしあわせは、

 そんなに大きく、

 どんどんふくらんでいったんだね。

 地球ぜんたいがしあわせになることをかい?

 欲張りな子だよ……

 泣きなさい、元……

 そして笑顔で見送りなさい。

 あんたの祈りがいつか叶うことを信じて、

 もうサヨナラを言いなさい」(4巻86p)


 ドンちゃんは現代という悪世(あくせ)に遣(つか)わされた菩薩だった。菩薩の誓いは、一切衆生が幸福になるまで戦い続けることを旨とする。表面的な姿形など問題ではない。人生を通して如何なる心で日々を生きたか、何を目指して生き抜いたかで一生の価値は決するのだろう。


 ドンちゃんが流した涙の意味を思う。善なる心が通用しなかった人々に対する慙愧の念か。はたまた、世の中を変えることができなかったことへの悔しさであろうか。青く輝く星は、そこに棲む人々の真っ黒な欲望で覆い尽くされていた。


 そこへエミが駆けつける――


「約束したじゃない。

 ずっと一緒だって言ってくれたじゃない」(4巻97p)


 エミは少女の時のままで、ドンちゃんに笑い掛ける。そこには山火事の類焼で死んだエミの父親もいた。


「母ちゃん……ゴメンなさい」(4巻111p)


 そう言うなり、三途の川を渡ろうとするエミの手を引っ張ってドンちゃんは再び走る。エミはもう帰りたくないと泣く。


「さっきのは……永遠の場所じゃない……

 そう呼べるものは……あそこで自分で見つけるしかないんだ」(4巻117p)


 ドンちゃんは地球を指差しながらそう語る。


「たった一人で…誰よりも苦しんで……

 誰よりも傷ついて……

 受け入れて……

 許して……

 手放して……

 その時とその場所が……永遠なんだよ。

 エミ……ほんの…もう少しだけ……ボクも残るよ。

 かならずエミのそばにいるよ。エミが永遠を見つけるまで」(4巻118p)


 二人は同時に蘇生する。


 高校時代の恩師が語る――


「あの子の人生には自分が勘定に入ってないんですから」(4巻204p)


 組長が語る――


「やはりワシらのカゴでは狭すぎる…

 あの男はおさまりきるまい」(5巻83p)


 後半はドンちゃんを取り巻く人間模様に重きが置かれる。ドンちゃんの生き方に触れた彼等に革命的な変化が起こる。圧巻のラストでは、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」の詩が朗読される。基調に流れるのは法華経の精神であった。人のために尽くす生き方が魂の交流を生む。心が拡大されていった分だけ、世の中を劇的に変えてゆくことができる。


 物語の合間合間に月が顔を現す。クレーターの彫りが深く描き込まれた絵が、月のリアリティを示し、厳然と存在する姿を示している。太陽ではなく月としたのはなぜか? それは、夜という孤独に耐えた上で光輝く理想を象徴したではないだろうか。


 触覚にピリリと来るような感性などとは桁違いの、肚(はら)に堪(こた)える大感情のドラマであり、物語の復興を思わせるほどの傑作である。

同じ月を見ている (1) (ヤングサンデーコミックス) 同じ月を見ている (2) (ヤングサンデーコミックス) 同じ月を見ている (3) (ヤングサンデーコミックス)


同じ月を見ている (4) (ヤングサンデーコミックス) 同じ月を見ている (5) (ヤングサンデーコミックス) 同じ月を見ている (6) (ヤングサンデーコミックス) 同じ月を見ている (7) (ヤングサンデーコミックス)

2001-07-15

『おたんこナース』佐々木倫子


淡白なギャグに挿入される感動


 漫画である。連載中から愛読していた。前々から思っていたのだが、佐々木作品には見事な淡白さがある。今回読んで初めて知ったのだが、北海道の人だったのね。納得。私を筆頭とする北海道人は淡白なのである。なぜか? 歴史が浅いからだ。つまり先祖伝来の怨念みたいなものは、まーーーったく無いし、地境の争いごとも聞いたことがない。なんてったって広いもんねー。湿気が少ない気候の影響も少なからずあるだろう。ただ、私の場合、食い物に対する執念の深さは内地の人間を軽く凌駕するものがある。


 主人公・似鳥(にたとり)ユキエは新米ナース。その上、大呆け野郎である。ポーズだけは実に勇ましいのだが、やることなすことが上手くゆかない。更に、喜怒哀楽が激しく、喧嘩っ早い。そんな似鳥がナースとして成長してゆく様が一話完結で描かれる。


 お笑い系なのだが時折、ハッとさせられるドラマがある。似鳥が涙するシーンなどもあるにはあるが、数カットで変わる場面展開が鮮やか。どこかしら『浮ぐれ雲』(ジョージ秋山)に似た深さすら漂っている。同じようなストーリーの繰り返しもなく、長さも適度。ナースの技術・労働環境・患者との人間模様、それらに人情の機微を絡めた絶妙なバランス感覚は、往年のミル・マスカラスを思わせるほどだ。


 最近、映画を思わせる画風が多い中で、コマの一つひとつで勝負する姿勢が好ましい。まあ“四コマ魂”といってよいだろう。漫画でしか表現し得ない世界がここにはある。


おたんこナース

2001-05-11

『こんぺいと・は・あまい』くらもちふさこ


思春期のてらいをすくい取る鮮やかな手並み


 何を隠そうくらもちふさこのファンである。それも高校生の時からだ。別冊マーガレットに連載されていた『いろはにこんぺいと』を読んで、見事にはまってしまった。本書はその続編で、中学生になった「クンちゃん」が主人公。達(とおる)とチャコは脇役だ。


 少女から乙女へと変化する季節に揺れる心。何気ない日常の中の、行き違いと自己嫌悪、そして優しさ。蟹座生まれはね、こういうストーリーに弱いのだよ。古本チームで野球の練習をして、くたくたであったが、寝床で3回読んだ。3度とも同じところで涙が出た。37歳にもなって少女漫画を読んで、枕を濡らす男は、そんじょそこいらにはいないぜ。


 くらもち作品はキャラクターの秀逸さもさることながら、多彩なカットを映画のように効果的に描き出すところがミソ。「おやじ」が煙草を吸うシーンは忘れ難い。あとはあれだね、手と涙の描き方が上手いね。


 クンちゃんが心に秘めた悩みをチャコがすくい取る。その優しさがクンちゃんの心を開かせる。何遍、読んでも、いいものは、やはりいい。

いろはにこんぺいと (集英社文庫―コミック版)


『くらもちふさこ THE BEST 1』(『こんぺいと・は・あまい』収録)