古本屋の覚え書き このページをアンテナに追加 RSSフィード


WWW を検索 古本屋の覚え書きを検索

2011-11-14

野田に水は無く、稲は枯れはじめている


 格差も順調に広がっている。小泉の水は青く澄んで見えたが、その恩恵は丘の上の一部の人々にしか与えられなかった。下流域の住民は渇きに苦しんでいる。野田に水は無く、稲は枯れはじめている。


小田嶋隆

2011-10-14

毀誉褒貶の中を生きたジョブズ


 リンゴが落ちることを発見した男によって切り開かれた時代が近代であるとするなら、現代は、リンゴに歯形を付けた人間のインスピレーションに沿って動いている時代だ。未来がどうなるのかはもう誰にもわからなくなった。さようならジョブズ


小田嶋隆

2011-04-27

目的地が特定されていない移動は、それだけで既によろこびなのだ


 で、ここのところ毎日、どこに行くということもなく、西に東に、ただただ闇雲(やみくも)に自転車を走らせている。

 なぜ走るのかって?

 単純に言って、楽しいからだ。

 目的地が特定されていない場合、移動は、それだけで既によろこびなのだ。このことは、結婚を前提としていない恋愛が明白で、目的のない人生が洒脱であることとどこか通じている……だなんて、無責任な法螺(ほら)を吹くのはやめましょう。私の人生には、目的なんてありゃしないが、それは、あんまり自慢できたことじゃないのだから。


【『「ふへ」の国から ことばの解体新書』小田嶋隆(徳間書店、1994年)】

「ふへ」の国から ことばの解体新書

2011-03-26

「ただちに健康に影響を及ぼすものではない」


 ただちに、ということを言うなら、取り落としたワイングラスにだって、いくばくかの余命はある。即座に粉々に砕けるわけではない。細かく観察すれば、手を離れたワイングラスには、運動方程式に沿った長い落下の過程がある。しかも、着地に至るまでのすべて過程を通じて、グラスの形状は完全に保たれている。大丈夫、撃たれたからといってただちに死ぬわけではない。弾丸が届くまでには、なおしばらくの猶予がある。そういうことを彼等は言っている。


小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 世間に転がる意味不明

2011-03-23

テレビは家族がお互いに向き合わないで済むために発明されたものだ


 以前、私は、「テレビは、家族がお互いに向き合わないで済むために発明されたものだ」という意味のことを書いたことがある。正直に言って、この見解は、ただの当てずっぽうであったのだが、意外なことに、正しかった。

 説明しよう。

 実は、1週間ほど前から、ある事情で、妻が入院しているのであるが、以来、私は、ほとんどテレビを観なくなっているのである。普通に考えれば、独り暮らしの人間の方がテレビを多く観そうなものだが、実態は違っているのだ。

「ってことは、オダジマさん、あなたはこれまで主に奥さんと口をきくのが面倒だという理由において、テレビを観ていたのですか?」と、正面切って問われると答えに窮するが、正直に答えれば、8割はイエスだ。

 考えてもみてほしい。

 四角い狭いマンションの部屋のようなところに二人以上の人間が暮らしていると、空気はどこまでも濃密になる。特に、ひとつの部屋で二人の男女が沈黙していたりすると、部屋の空気はほとんど液体に近い密度を獲得するようになる。えら呼吸ができない人(できる奴もいる)は、窒息して死んでしまいかねない。

 で、私は思うのだが、この空気を薄めてくれるのがテレビなのだ。

 テレビのスイッチを入れる。

 武田鉄矢が説教を垂れている。

「嫌な野郎だなあ」

 と私は妻に言う。

「ほんと、毛の生えた足の裏みたい」

 と、妻が答える。

 こうして、我々は共通の敵を獲得することによって、当面の平和を実現し、共存の道を歩み始めるのだ。


【『仏の顔もサンドバッグ』小田嶋隆(JICC出版局、1993年)】

仏の顔もサンドバッグ