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2010-08-23

あるダイバーの最期


 有名なダイバーだったユーリ・リプスキー氏の最期を捕えた映像。エジプトのブルーホールというダイブスポットで、ユーリ氏は突然海底へと沈み始めます。彼が持っていたビデオカメラが、すべてを記録していました。しかし、奈落の底へ落ちた理由は、未だに謎のままです。このビデオでは、ユーリの知人達が彼の死の理由について思いを巡らせています。


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2010-08-07

あなたの価値


 世の中には、病気や過労や生活苦やイジメで自殺に追い込まれる人もいれば、自分の存在が何なのかわからなくなって自ら命を絶つ人もいる。自分がこの社会でどこに位置づけられているのか? 自分にはどんな価値があるのか? そんなことで生きる意味がわからなくなっている人に教えよう。あなたの価値は、「葬儀費用+慰謝料+逸失利益〔(自殺前1年間の年収)×(1−生活費控除率)×(67歳−現在の年齢に対応する中間控除率)〕+弁護士費用−過失相殺額」だ。


【『自殺のコスト雨宮処凛〈あまみや・かりん〉(太田出版、2002年)】

自殺のコスト

2010-06-16

極限状況を観察する視点/『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』V・E・フランクル

 20世紀を代表する一冊といっていいだろう。「戦争の世紀」に何がどう行われたか。そして戦争をどう生き抜いたかが記されている。


 20代で初めて本書を読んだ時から、私の胸の内側には「ナチス」という文字が刻印された。激しい憎悪が炎となって燃え盛った。「できることなら、ナチスの連中を同じ目に遭わせてやりたい」と歯ぎしりをした。こうして暴力は光のように反射して拡散する。果たしてジプシーや障害者、そして連合軍兵士やユダヤ人に対して向けられたナチスの憎悪と、私の憎悪とにいかほどの差異があるだろうか?


 私の手元にあるのは旧版で、冒頭には70ページ近い「解説」がある。要はナチスの非道ぶりを紹介しているわけだが、読者を特定の方向へリードしようとする意図が明らかで、先入観を植えつける内容になっている。しかもこの解説は署名がないので、訳者が書いたのか出版社サイドが書いたのかもわからない。「お前は神なのか?」と言いたくなるような代物だ。


 例えばこう――


 グラブナーと彼の助手たちは、何かの口実を設けてはたびたび収容所の訊問を行い、もしそれが男の場合には睾丸を針で刺し、女の場合には膣の中に燃えている坐薬を押し込んだのである。(アウシュヴィッツ収容所)


【『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』V・E・フランクル/霜山徳爾〈しもやま・とくじ〉訳(みすず書房、1956年/新版、1985年/池田香代子訳、2002年)以下同】


 文章に独特の臭みがあるので多分、霜山徳爾が書いたのだろう。大体、翻訳者なのだからこっちがそう思い込んだとしても罪にはなるまい。


 我々はともすると、戦争や政治を道徳的次元から問うことがしばしばある。しかし厳密に考えるならば、道徳は個人の行為を問題にするのであって、戦争や政治という利害調整と道徳とは本来まったく関係がない。多数の人々を殺傷しておきながら、ジュネーブ条約もへったくれもない。


 食べるものも満足に与えられず、暴力にさらされると、人間はどのように変わり果てるのだろうか?


 最初は囚人は、たとえば彼がどこかのグループの懲罰訓練を見ねばならぬために点呼召集を命令された時、思わず目をそらしたものだった。また彼はサディズム的にいじめられる人間を見ることが、たとえば何時間も糞尿の上に立ったり寝たりさせられ、しかも鞭によって必要なテンポをとらせられる同僚を見ることに耐えられなかったのである。しかし数日たち、数週間たつうちに、すでに彼は異なってくる。(中略)その少年は足に合う靴が収容所になかったためはだしで何時間も雪の上に点呼で立たされ、その後も戸外労働をさせられて、いまや彼の足指が凍傷にかかってしまったので、軍医が死んで黒くなった足指をピンセットで附根から引き抜くのであるが、それを彼は静かに見ているのである。この瞬間、眺めているわれわれは、嫌悪、戦慄、同情、昂奮、これらすべてをもはや感じることができないのである。【苦悩する者】、【病む者】、【死につつある者】、【死者】──【これらすべては数週の収容所生活の後には当り前の眺めになってしまって、もはや人の心を動かすことができなくなるのである】。


 無気力は「心の死」である。日常的に暴力にさらされると人は痛みに対して鈍感になり、他人の痛みに心を動かさなくなるというのだ。これほど恐ろしいことはない。生存本能を最も深い部分で支えているのは「恐怖」である。強制収容所の人々は確実に死につつあった。


 これを逆から読めば、生の本質は「ものごとを感じ取る力」にあるといえよう。すなわち感受性である。感受して応答するのが生きることなのだ。ゴムまりのように軽やかに弾んでいなければ生きるに値する人生を歩んでいるとはいえない。


 アウシュヴィッツは一つの概念だった。


 概念とは言語世界である。思考は言語世界から離れることができない。そして概念は世界を構築する。この時、アウシュヴィッツの外側の世界は存在しない。世界は階層化する。同じ囚人であっても、カポーと呼ばれる囚人の見張り役になって特典を与えられた者も存在した。過酷な情況は鑿(のみ)となって人々の本質を彫像のように現した。生きるか死ぬかという瀬戸際に置かれた人間は丸裸にされる――


 人間が強制収容所において、外的のみならず、その内的生活においても陥って行くあらゆる原始性にも拘わらず、たとえ稀ではあれ著しい【内面化への傾向】があったということが述べられねばならない。元来精神的に高い生活をしていた感じ易い人間は、ある場合には、その比較的繊細な感情素質にも拘わらず、収容所生活のかくも困難な外的状況を苦痛であるにせよ彼らの精神生活にとってそれほど破壊的には体験しなかった。なぜならば彼らにとっては、恐ろしい周囲の世界から精神の自由と内的な豊かさへと逃れる道が開かれていたからである。【かくして、そしてかくしてのみ繊細な性質の人間がしばしば頑丈な身体の人々よりも、収容所生活をよりよく耐え得たというパラドックスが理解され得るのである】。


 生きる権利すら奪われた地獄にあっても、「内なる世界」が存在したというのだ。アウシュヴィッツにはこれほどの希望が存在した。人の心はかくも巨大であった。


 ヴィクトール・E・フランクルの偉大さは、強制収容所において「心理学者としての視点」を失わなかったところにある。つまり、劣悪な環境を一歩高い視点から見下ろすことができたのだ。「観察する自分」はアウシュヴィッツから離れていた。これは一種の解脱と見ることができる。


 最もよき人々は帰ってこなかった。


 この重い一言を徹底して掘り下げたのがプリーモ・レーヴィだった。

夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録 夜と霧 新版


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2010-04-01

アナロジーは死の象徴化から始まった/『カミとヒトの解剖学』養老孟司

 脳科学から見た宗教現象といった内容。決して宗教を攻撃する主張ではなく、信仰者に対して新たな視点を提示し、健全な懐疑を促しているように感じた。


 アナロジーとは以下の通り──


 ギリシア語アナロギアanalogia(〈比〉)に由来する語で,〈類推〉〈類比〉〈比論〉などと訳される。複数の事物間に共通ないし並行する性質や関係があること,またそのような想定下に行う推論(類推)。


コトバンク


 敷衍(ふえん)すれば、類型化(カテゴライズ)、定型化(ステレオタイプ)、象徴化(シンボル)、帰納法、置き換え、比喩と辿ることができよう。ここに「物語の誕生」があると思われる。


 養老孟司はなぜ脳にアナロジーが生じる理由を考察する──


 さて、それではヒトの脳になぜアナロジーが生じるか。それはヒトの脳に剰余つまり余分が生じたためである。動物が生理的に必要な行動をしている間は、脳は必要であっても、その脳を動かすためには、環境からの特定の刺激が必要である。ヒトではなぜか脳に余分ができてしまったために、環境からの刺激だけではなく、ヒトの脳内活動そのものが、脳の活動を引き起こす刺激に変化したらしい。ところが脳内の回路は、ヒトも動物の場合と本質的には変わらない構築をしているはずで、量だけ多いわけだから、「類比」すなわちアナロジーなる機能が発生するのである。つまり、ネコであれば、サカナの臭いという具体的刺激が、食物を手に入れようとする行動の動機になり得るが、ヒトなら、金が儲かりそうだという思考もまた、その臭いの「代用」になり得る。「金が儲かりそうだという考え」が、動物の場合のさまざまな生理的刺激の「代用」なのである。ということは、脳内にはネコがサカナの臭いをかいだときに近い回路が動いているはずで、それが「代用刺激」で発動してしまうのである。そうした回路機能を私はアナロジーと呼んだのである。つまりネコがサカナに近よって行くというのと、ヒトが金のある方に近よっていくというのは、生理学的に確認をしなければ確実ではないが、よく似た回路のはずなのである。


【『カミとヒトの解剖学』養老孟司〈ようろう・たけし〉(法蔵館、1992年/ちくま学芸文庫、2002年)以下同】


 これは凄い。脳の剰余がアナロジーを生んでいるとすれば、我々の脳は大き過ぎる進化を遂げてしまったのだろう。類比は自然の摂理に何の影響も与えない。ということは、アナロジーという機能は、人間社会でのみ意味を持つことになる。あ、わかった。ヒエラルキーもここから生まれているってわけだ。


 我々が気にしてやまない出身地、氏素性(うじすじょう)、学歴、勤務先、年収などは、いずれもアナロジーに由来していることがわかる。カテゴリー化。拭えない村意識。


 しかし、である。脳の発達が進化的に有利であったならば、ヒトはアナロジーを最大限に生かして共同幻想を構築せざるを得ない運命にあるのかもしれない。

 そう考えると、ヒトの進化の過程で、もし抽象化ということが最初に起こったとすると、それは死を巡ってではないかと思われるのである。抽象化というのは、言い換えればシンボル能力である。十分なシンボル能力はまだ無かったとはいえ、その萌芽はすでにネアンデルタール人にあらわれているのではないか。だから抽象化能力あるいはシンボル能力の具体的な入口は、じつは「死」だったのではないか。なぜなら、死とは前述のように、抽象的であって具体的であるからである。具体と抽象をつなぐ性質を、死はいわば「具体的に」そなえている。自己の死と他人の死を巡って、ヒトのシンボル能力発現の最初の契機をそのまま素直に発展させたもの、それこそが宗教ではないのか。

 もちろんその後、宗教は進化する。したがって最初の契機についての意識は、ほとんど宗教から失われているのかもしれないのである。だからいまの宗教を考えたのでは、発生時の事情はかえってわからない可能性すらある。話が飛ぶようだが、言語をわれわれは既成のものとして利用している。だから言語がいかに発生したかについては、ほとんど意識が無い。というより、どう考えたらいいか、よくわからないらしい。


 強烈なワンツーパンチだ。元始の人類が死を目の当たりにした時、どのような感慨を抱いたであろうか? いや、感慨という見方そのものが既に私の先入観となってしまっている。「あれ? 動かなくなった」──と、まあ、そんな単純なものだったことだろう。動くおもちゃが壊れた時の幼児と変わりがない。


 ところが老いた者や病んだ者が同じように動かなくなってゆく。それに気づいた瞬間、あり余った脳がバチバチと火花を散らしてシナプスが新しいネットワークを構築する。「ジイサン動かない」「バアサン動かない」=死という方程式の完成だ。


 これが凄いのは、人類にとって最初のアナロジーが死であったとすれば、生という概念は後から生まれたことになる。生老病死(しょうろうびょうし)と聞くと、我々は何となく最初に「生」をイメージするが、アナロジー的観点から言えば、やはり老病死の方が明らかに共通性を見出しやすい。


「人は死んだ。その頃、まだ生はなかった」──多分そんな時代があったに違いない。そして、死によって逆照射された「生」に思い至った時、人間は苦悩に取りつかれることになったのだ。


 ヒトは進化の過程で脳が大きくなり、アナロジーが発生したため、何を現実とするかが、個人によって違うという状況になってしまった。カッシーラーのいう意味でのシンボルは、それはいわば「統制」するために発生したのであろう。たとえば言語は、その中で表現できないものを存在しないとするまでになる。西欧の言語にそういう性質があることは、よく知られている。「ことばで言えないことは存在しない」と見なされるのである。しかも、「統制」はつねに「強制」であるから、どのような文化でも、言語は教育によって強制されるのである。

 では宗教はなにを「統制」するのか。それはおそらく「生死観」であろう。生死はもとから存在するのだからシンボル化の必要はない、そうはいかないのである。なぜなら、すでに述べたように、自己の死は現実化、具体化できないからである。他人の死と自己の死の隙間から宗教が発生する。こうしてヒトは、シンボルを利用し、ともかく世界を整合的に理解しようとする。しかし、それはじつは自分の頭の中を整合的にしようとしているだけであって、その結果、外の世界が整合的になるわけではない。宗教には典型的にそれが出ている。宗教が現世と対立的に捕えられるのは、そのためであろう。いくら宗教が生死観を判然とさせたからといって、ヒトが死ななくなるものではない。だから来世を説く。現世はこちらの世界だが、宗教は徹底的に内的な世界である。ということは、脳内の世界ということであり、生物学的にいえば、もっとも進化した世界の一つということになろうか。


 養老唯脳論と岸田唯幻論は見事に補完し合っている。概念や因果関係を捨象し、「機能」という一点から見つめているだけにわかりやすい。「新しいプラグマティズム」といっても過言ではないだろう。


 人々に安心を与えてきたのも宗教であれば、人々を争いに駆り立てたのもまた宗教であった。思想や宗教が人間にとってのOS(オペレーティングシステム)であれば、限りないバージョンアップが可能なはずだ。


 確立された古い教義は過去のものである。脳のあり余る能力はそれをよしとしないことだろう。斬新かつ革命的なアナロジーが必要だ。

カミとヒトの解剖学 カミとヒトの解剖学 (ちくま学芸文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2010-03-10

生と死の間に生まれ出る言葉/『異空間の俳句たち 死刑囚いのちの三行詩』異空間の俳句たち編集委員会


 人を殺(あや)めた男達が、牢獄で自分の死と向き合う。罪を顧(かえり)み、残された生をひたと見つめ、更にもう一段高い視点から俳句は生まれる。


 死を自覚すると、生の色彩はガラリと変わる。その時、彼等の胸の内で悔恨の風が吹き抜けたことだろう。そうかといって決して過去の罪が軽くなるわけではない。


 進化論的に考えれば、突発的な犯罪を犯す者はコミュニティを危険にさらす可能性がある。だから、チンパンジーの世界では仲間によって殺される。このあたりに死刑制度の原型があるように思う。また、種の本能としてそのようなDNAは排除されてしかるべきだと判断されるのかもしれない。


序  鶴見俊輔(哲学者)


俳句の生まれるとき

 二つの力のせめぎあいを感じる。

 自分個人として生きてきたという事実を何とかしてここにのこしておきたいという意志と、自分個人の肉体をぬけだして、すでに人外の場所に立って、誰のものでもない自由を行使する感性と。

 死刑囚の俳句は、この二つの方向に、作品をときはなつ。


 人間の存在に 頭をたれる。


【『異空間の俳句たち 死刑囚いのちの三行詩』異空間の俳句たち編集委員会(海曜社、1999年)以下同】


「せめぎあい」は彼等が激情に駆られた時にこそ発揮されるべきであった。後悔先に立たず、である。悔やんでも悔やみきれない過去を見つめ、死を受け入れた時、彼等の心には初めて静穏が訪れた。


   絶句


 冬晴れの

 天よ

 つかまるものが無い


 尚道(63歳)


 さらになにか言おうとしても、それ以上の言葉がでてこない。とぎれてしまった最後の言葉、最後のうた=絶句。

 身をゆだねる雲もない「冬晴れ」。間もなく自分は宙に吊られる。

 絞首刑という即物的なイメージを離れ、生きていること事体のえたいの知れない不安感も。

(俳号の下に記載されている年齢は被処刑時のもの)


 死後の自分をも達観しているのか。ロープにぶら下がった彼は空(くう)に手を伸ばしただろうか。その手で何をつかまえようとしたのか。


 執行直前


 水ぬるむ

 落としきれない

 手の汚れ


 公洋(28歳)


 汚れを自覚しているのは、心が清らかな証拠であろう。それにしても若い。若過ぎる。


 処刑前夜


 処刑明日(あす)

 爪 切り揃う

 春の夜


 卯一(27歳)


 20代で泰然自若として死に赴くことは、まず難しい。俳句にしかならなかった言葉、そして言葉にできなかった思いが交錯する。「自分は何のために生まれてきたのか?」という疑問が、心の中を行きつ戻りつしたに違いない。どこで人生の歯車が狂ったのか。どこでボタンを掛け違えたのか。二度と伸びることのない爪がパチンパチンと弾ける音を牢獄の壁はじっと聞いていた。


 我々はどうしても「死刑囚」とひと括りにしがちであるが、色々な人物がいることだろう。いい奴もいれば、悪い奴もいるはずだ。人生が千差万別であれば、犯罪だって千差万別であろう。わずか五七五の文字だけで人を判断できるものではない。それでも、次の句には戦慄を覚える──


 綱(つな)

 よごすまじく首拭く

 寒の水


 和之(31歳)


 作者が残した二枚の色紙。その一枚が「布団たたみ/雑巾しぼり/別れとす」。もう一枚がこれである。色紙を手渡された係官は「もうこれは人間のワザではない。神様に近い存在だ」と感じ、「手の震えが止まらなかった」という。執行の瞬間、立ち会った全員が、夢中で「南無阿弥陀仏」を唱和していたとも。


 死と一体化した時に現れる慎み深い所作。溢れんばかりの自由な旋律。一切を受け容れた者のみに特有なニヒリズム。人間はこれほどの言葉を発することができるのだ。「凄まじい」としか表現のしようがない。


 彼等は死んだ。我々の法律によって処刑された。死刑制度とは、正当な理由があれば人間を殺してもいいという価値観である。そこに潜む暴力性は不問に付されている。


 人が人を殺(あや)める。そして国家が犯罪者を殺める。行為だけ見れば全く同じだ。


 最後に収められた「鑑賞と解説」という座談会が余計である。かえって、死刑囚の俳句を軽んじる結果となっていて辟易(へきえき)させられる。しかも、関西弁をそのまま活字にするというお粗末ぶり。


異空間の俳句たち 死刑囚いのちの三行詩