♪知らない街を歩いてみたい、どこか遠くへ行きたい♪(5) ある老軀者の回想

(承前)観光協会でもらった簡易地図の○囲みの街区を目指して、ヨンヌ川を右手に見ながら歩く。白鳥が一羽小型観光船の脇で優雅なたたずまいを見せていた。やがて中世期のカテドラルの後陣が、左手の小高い丘からこちらに迫ってくるような威圧感を持って、迫ってきた。左手にカテドラルに向かうことが出来るであろう石畳の階段が見える。あれを登っていけば古い時代のコレージュがある街区にいけそうだな。
思ったよりも急な階段に息を切らし、あとはくねくねと曲がる石畳と両脇に露出している漆喰壁に歴史の長さを感じていた。まさか階段や石畳、漆喰壁が中世期のものではあるまいに、そうであってほしいという歴史への憧憬も湧いてくる。それほどに現代という時代とは隔絶した空間だ。

突然、「今」という時代にでっくわした。赤いスポーツカーが目の前に現れたのだ。瞬時目的を忘れて車の後を追う。駐車された。ハーフティンバー建築物が際立って映える古い街並みに真っ赤なスポーツカーが潜む風情。この光景をカメラに収めずしてどうしよう!車を追って夢中に坂道を登ってきたが、気がついたらこの街の坂上にまで来てしまっていた。
幸い、○囲みの街区のすぐ近在であった。丸く印されたもっともヨンヌ川寄り、街の角隅の大きな建築物、これが目指すサン=ジェルマン大修道院。それに行き着くまっすぐな道を探し当て、道の左右の建築物に目を凝らす。
 と、あたかもアメリカ映画、Robin Williams主演のDead Poets Society(邦題「今を生きる」)の舞台を想起させる建築物を右手に見た。

「これ、学校だよな。」
 正門は閉ざされているが鉄格子の間からのぞき見ることができる。中庭を挟んで正面が父兄面会・面談入り口のある建物、左と右は校舎(かつては宿泊施設兼学習・教育施設)である。その学校が非常に古いものであることを感じることはできるが、どこを見渡しても、歴史を具体的に案内するものはないように思われる。
 門から少し身を離して建築物を子細に眺める。

 ・・・と、名称を刻んでいる古いプレートがあることに気づいた。“LYCEE JACQUE AMYOT et COLLEGE MODERNE DE GARCONS”(男子リセ・ジャック・アミヨ及び新制中学校)とある!AMYOTは英語読みすれば「アミヨット」になる。ある研究物に「ドイツのグラドバッハの学校は敷地は立派で、建物はアミヨットによって建設されたもので、我々の古きコレージュ・ドセールのような伝統的雰囲気を有している。」とされていたアミヨットか?ドイツとフランスとでは地理的には大違いだが、文章構造の読み違いでドイツとフランスとが入れ違ってしまったのか。そうすると、「コレージュ・ドセール」とはここのことか!
 夢中になって学校の回りを歩き回った。この一角がジャック・アミヨ校で占められており、規模がかなり大きな学校であることは分かった。それと同時に、カメラの被写体になった校門及び学校正面光景は、現在は、いわば「開かずの門」。現在の「正門」は側面に設けられている。これが、9世紀に設立されたサン=ジェルマン大修道院のコレージュを源に持つ、現在の学校の姿なのだろうか。大修道院はものの数分もかからないところに位置しているのだ。
 青春を謳歌する声はまったく聞こえない。やはり休暇に入ったのか。外はまだ明るいとはいえ夕刻5時をとっくに回っている。明日はこの学校の歴史などを調べようと予定を立て、宿に向かった。
 宿の窓から、夕景を映すヨンヌ川を望みながら、これからはぼくはどんな「知らない街」に出会うのだろうかと、しみじみ思いにふけった。